【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百六十三話 想定の範囲内

夜――桐条本邸・離れ

 

 窓の外はすっかり暗くなり、時計の針が十時を過ぎた頃、ベッドに眠っていた美鶴の瞼が動きゆっくりと開いた。

 

「ん……随分と寝た気がするがまだ外は暗いのか」

 

 小さく伸びをしながら身体を起こし、窓の外を見た美鶴は寝たことで疲労が取れたのか微笑を浮かべながらベッドを出る。

 すると、部屋の隅に人が立っていることに気付き、ずっと見ていてくれたのかと申し訳なく思いつつ声を掛けた。

 

「菊乃、ずっと付いていてくれたのか。今は何時だ?」

「現在の時刻は午後十時を過ぎたくらいです」

「午後十時だと? 私は一昼夜の間、ずっと眠り続けていたのか……」

 

 確かに心身共に疲れ切っていたが、まさか十二時間以上も眠り続けていたとは思わず、美鶴はこの大変なときに自分は何てことをしてしまったのかと自分を責める。

 もっとも、桐条家とグループの今後については昨夜の内に話がほとんど纏まっており、子どもである美鶴が出るような場面はないと言っていい。

 彼女が自分を責めるのは、父が倒れ、身体の弱い母が当主代行として仕事をしている事があるのだろうが、彼女に非がないことを知っている菊乃は起こさなかったのは自身の判断であると説明した。

 

「申し訳ありません。何度かお食事の時間に声を掛けようと思ったのですが、お嬢様の顔色が優れなかった事もあり、お疲れのようでしたので声を掛けずにおりました」

「いや、そもそも自分で起きるのが当然なんだ。君のせいではない。それで、私が寝ている間に何かあったか?」

「特にはなにも。ああ、御親族の一部の方が昨夜の遺産配分について高寺さんに聞いておりましたが、皆様の前で説明していたこともあり、内密な相談についてはお断りしていましたね」

 

 やはりというか、ああいった場を設けたにもかかわらず、まだ金の話をする者がいたと思うと美鶴は身内のことだけに情けなくなる。

 美鶴も宗家に生まれただけで特別何かをした訳ではないが、今の裕福な生活を送れて当然だとは考えていない。

 自分がこれほど裕福な生活を送れているのは、あくまで祖父や父のおかげであり、世間と比べてとても幸運だという自覚もある。

 だが、世の中全ての人間が美鶴のように考えられる訳ではない。

 中途半端に特権階級に生まれたばかりに贅沢を当然と考え、今の生活レベルを落とす事が出来ず、先代の蓄えを食い潰すことで生きているような者もいる。

 そういった者は自分で生み出す努力をしようとせず、常に他人の力を当てにしてばかりいる。

 今回、遺産の分配について聞いた者の中にもそれは混じっていたようで、呆れたように小さく息を吐くと美鶴は気持ちを切り替えて今後について菊乃に確認を取る。

 

「菊乃、今後の日程についてはどうなっている? 予定が空くのであれば一度寮に戻りたい」

「それはいけません! こんなにも眠るほどお疲れなのです。皆さんもしばらくは休養が必要でしょうし。お嬢様ももうしばらくお屋敷でゆっくりしていかれるべきです」

 

 美鶴が寮にも戻りたいと言った途端、菊乃はどこか慌てたようにそれはダメだと止める。

 すぐに自分の主の身体を心配しているように繕ったが、それも本心ではあるので美鶴は菊乃の僅かな違和感に気付かぬまま相手の提案を受け入れると返す。

 

「分かった。だが、連絡くらいは入れておこう。昨日も七歌に心配されたからな」

 

 起きてから何だかんだ話しているうちに時間もそれなりに過ぎている。

 けれど、まだ誰かしら起きているだろうと、美鶴は寮の備え付けの電話に掛けてみる。

 普段ならばすぐに呼び出し音が鳴り始めるのだが、待っていても何故だか呼び出し状態にならない。

 何故だと思いつつ、ならばと真田の携帯に掛けてみるも、こちらはすぐに留守番電話サービスに繋がってしまった。

 

「……おかしい。電話が通じない。明彦の携帯にも繋がらない」

「時間も時間ですし、入浴中か既に就寝済みなのでは?」

「あり得ない。先に掛けたのはグループだけが使える寮への直通ラインだ。そうそう不通にはならない」

 

 もしも誰かが使っているのであれば、話し中ということで専用の音が鳴る。

 たまに携帯代や携帯の充電状態によって、寮の固定電話を女子が使うことがあるので、そういう事ならば別に構わないと美鶴も了承している。

 だが、今掛けたときにその専用の音は鳴らず、何故だか呼び出し状態にもならなかった。

 巌戸台分寮は対シャドウの前線基地のようなものだ。一般の回線からは切り離されており、そう簡単に機械が故障したりという事もない。

 そして、そんな異常事態に仲間に電話が繋がらない状況が重なれば、美鶴も不安が胸に広がって昨日の話を思い出す。

 

「そういえば、昨日、警備の者たちが寮へ訪れたらしい。私は何も聞かされていなかったが、和邇さんから伝言を聞いて七歌にもそれを確かめた。彼らの目的は幾月の研究データだったようだが、どうやらそれだけではなかったらしい……」

「考えすぎでは?」

「菊乃、高寺さんの言葉を思い出してみろ。今一番避けなければならないのは、グループの暗部が世に広まってしまうことだと言っていた。となれば、組織の外部にあり、それその物が暗部が存在する証拠になる特別課外活動部は最も厄介な存在だろう」

 

 考えれば考えるほど特別課外活動部の存在が如何にグループにとって邪魔か分かってしまう。

 元々、桐条グループは公安にも目を付けられ狙われており、裏のパイプを使ってなんとか捜査の手が入らないようやり過ごしてきた。

 しかし、トップの桐条が倒れた事で、もし公安が動こうとしていてもすぐには対処出来なくなってしまっている。

 これで特別課外活動部の存在を嗅ぎつけられでもすれば、グループは今度こそ終わるかも知れない。

 菊乃は考えすぎだと言っているが、大人の中で過し、戦いにも身を置いていた美鶴は今まさに事態が動いているのが分かった。

 

「菊乃、これは想像よりも拙いことになっているかもしれない。七歌からも交戦する可能性が高いとは聞いていたんだ。私はそれを止めるために動くと約束したはずだったというのに、これまで忘れてしまっていた」

 

 七歌の電話を貰ってからすぐに遺産分配の話になった。

 その時にちゃんと伝えていれば、こんな事態にはならなかったはずだと美鶴は己の失態を悔やむ。

 それを見ていた菊乃は美鶴の傍に寄って、そう悪い事にはならないはずだと落ち着かせようとする。

 

「お嬢様、落ち着いてください。そんな、警備部の者たちとご友人たちが交戦なんて」

「違う。違うんだ。確かに警備部、いや桐条グループが狙っているのは特別課外活動部なのかもしれない。だが、私が心配しているのはそちらだけじゃない」

 

 警備部と聞くと普通ならば建物を巡回する警備員を想像するだろう。

 だが、桐条グループの警備部は、どちらかと言えば公安や特殊部隊に近い存在である。

 日本では違法である銃火器を使った訓練も積んでおり、有事の際にはそれらを使って秘密裏に動いている事もあるのだ。

 確かにグループの中でも特殊な部隊が仲間たちと戦うのは恐ろしい。どちらも無事では済まないだろうと考えるだけで血の気が引きそうになる。

 しかし、自分が恐れているのはそんな生易しいものではないと、美鶴は真剣な目で菊乃に告げる。

 

「よく聞け、菊乃。もし、警備部の者たちと特別課外活動部が交戦すれば、その時点で警備部だけでなく桐条グループの人間全ての死が確定する」

「そんな事あるわけが、いくらご友人たちがペルソナを持っていたとしても、一般人である彼らが人を殺すなどっ」

 

 グループの人間全員が死ぬと聞いて、そんな事は流石にあり得ないと菊乃は反論する。

 ペルソナの力は強大だ。近代兵器に勝るとも劣らないだけの力を個人で扱えるなど恐ろしくもある。

 ただ、それを制御するのはまだ学校に通っている子どもだ。

 敵であるストレガたちならばまだしも、美鶴の仲間である彼らにそんな事出来る訳がない事くらいは菊乃も知っていた。

 それを聞いた美鶴は静かに頷き、その通りだと相手の言葉を肯定しつつ言葉を続ける。

 

「勿論、七歌たちが相手ならこんな心配はしない。だが、警備部の狙う者の中にはアイギスも含まれている。なら、当然彼が黙っているはずがないだろう」

「い、いえ、それこそあり得ません。遺体は持ち去られましたが、彼は、有里湊は確かに死んだと、グループの人間もそれを確認しています!」

「……そうか。菊乃、君もそちら側だったのか」

 

 相手のあまりの狼狽ぶりに、美鶴は自分がこんなにも眠ってしまった理由を察し、そこから自分の親友が敵側に付いていた事も理解した。

 グループ内で影時間に関わることを聞いていれば、有里湊という“特A潜在”の力を持つ青年の脅威についても聞かされている。

 曰く、一夜で百を超える屍を築く者だと。

 曰く、心臓を潰されようと死なぬ鬼の末裔だと。

 曰く、敵対すれば名を絶たされると。

 どれも信じがたい話だが、総帥自ら絶対に手を出すなと厳命されれば、それらが事実だと信じてしまう者が出ても不思議ではない。

 むしろ、この場合は信じた者の方が危機察知能力が優れていると言えるのだが、敵側にいる自分の親友の事を想って美鶴は一昨日の事を伝える。

 

「君たちにとっては残念な報せかもしれないが、有里湊……いや、本物の百鬼八雲は既に蘇生してこの世に戻ってきている。幾月たちから我々を救い。あちらの八雲である結城理らを撃退してくれたのは彼だ。恐らく、お母様も既にそれを知っておられる」

 

 英恵も知っていると聞いて、菊乃は屋敷に着いたばかりの彼女の部屋での会話を思い出したのか、湊がいたというのは本当の話だったのかと青くなってゆく。

 しかし、桐条宗家の娘に仕える者だけあって、足にしっかりと力を入れてまっすぐ立つと、いくら何でも現実的にあり得ないと美鶴の言葉を否定する。

 

「ですが、いくら彼が強いと言っても、常識で考えてそんな事出来るはずがっ」

「いいや、出来る。流石に一晩でという訳にはいかないだろうが、彼は命を狙われた状態でも久遠の安寧というEP社の裏の顔の人間を一万人以上殺したんだ。当時より成長した今の彼なら一月も掛からず殺し尽くすだろう」

 

 湊の恐ろしいところは強さだけではない。普通の人間など頭を撃たれるだけで死ぬのだ。重要なのはそこではない。

 彼の最も恐ろしいところは、世界最高峰の索敵能力にある。

 どんな脳の構造をしているのかは分からないが、湊は人の写真を渡すだけで相手の居場所を数分もかからず見つけ出すのだ。

 そこに読心能力も加われば、相手の身内や大切な人の存在まで把握され、その者達の居場所もすぐに見つけ出すことだろう。

 ペルソナを使えば簡単に他の国に行ける彼が相手では、国外逃げようと必ず追い付かれて殺される。

 シャドウやペルソナという異能と戦う力も持たぬ者が敵対していい相手ではない。

 美鶴の言葉を聞いて呆然とした表情で座り込んだ菊乃は、自分たちは彼らを害するつもりはなく、あくまで大勢が助かるために計画したんだと話す。

 

「た、ただ、拘束するだけだと、殺す気はなく、グループが安定するまでしばらく身を隠して貰うだけだと言っていました。恐らくそれらは事実で、ご友人たちが抵抗しなければ、皆さんが転校する程度の事なのですよ?」

「……無駄だ。アイギスを自分たちの都合で従えようとした時点で敵対行動になる。お母様やお母様の従者は皆あちら側だろう。昨日、和邇さんが警備部を撃退したという事は、彼の基準からすると敵対行動を取ったことになっているに違いない。未遂では警告で済ませたが、次に動けば武装の有無にかかわらず彼は自ら排除行動に移るだろう」

 

 理不尽。一人の人間の価値観で善悪が決められるなど許されることではない。

 しかし、自分たちも力で従えようとしたのだから、それが返ってきただけと言われれば反論できない。

 それでも、菊乃は迫り来る恐怖に震えながらも、自分にも信じた正義や貫きたい信念があるのだと叫ぶ。

 

「わ、私はっ!! お嬢様をこれ以上危険な目に遭わせたくなくて、だから、もう誰も戦わずに済むよう高寺さんたちの計画に乗ったんです! 皆さんには怖い思いをさせるかもしれませんが、でも、戦う理由がないならもう止めて良いじゃないですか! お父君も倒れられ、有里湊も一度は死んだ。なのに、どうしてまだ戦おうとするんですかっ?!」

 

 元々、子どもたちに戦う義務などない。

 目標を失い。大切な者が倒れ。自分自身もまた傷ついているのに、これ以上戦う理由がどこにあるというのか。

 親友であり、心から尊敬する主を想うからこそ、こんな勝手な真似をした少女は揺れる瞳で問う。

 それを受け止めた美鶴は、こんなにも自分を想ってくれる者がいることを嬉しく思いながら、相手の正面に屈んで肩に手を置きながら静かに答えた。

 

「……君の気持ちは嬉しい。だが、答えは簡単だ。まだ何も終わっていないからだ」

「お嬢様はいつも勝手です。桐条の罪だからと、自分が償うべき事だからと、当時子どもでしかなかった貴女に背負うべき罪なんて一つもないじゃないですか。お嬢様には分かりますか? 命を失う危険のある場所へ大切な人を送る者の気持ちが、自分に何も出来ない者の悔しさが」

 

 美鶴はずっと前ばかりを見ていた。

 明確な目標などなく、ただ父の役に立ちたいという思いだけで、どこまでも進もうとしていくのだ。

 周りで見ている者にすれば、危なっかしくてしょうがない。

 湊のように全てを捻伏せるだけの力があればまだ良い。

 けれど、美鶴はほとんど見切り発車で、周りの者の心配する声など無視して進んで行ってしまう。

 

「有里湊が死んで、さらに、お父君が倒れたと聞いた時、私は心臓が凍ったんじゃないかと思うほど血の気が引いて寒くなりました。そして、お嬢様の無事を聞いたとき、もうこれ以上、お嬢様をそんな場所にはいさせられない。何としてでも止めようと思いました」

 

 最高の適性値を持つ青年でも敵の罠に掛かって死んでしまった。

 それから一月ほどで今度は桐条まで倒れたとなれば、次は美鶴が同じような目に遭うかもしれないと不安に思っても無理はない。

 人の話を聞かないのであれば、仲間全員を拘束して活動出来なくすればいい。

 仲間が出来た事で一人の力の小ささを知った今ならば、それで止まってくれるはずだった。

 どうして今、このタイミングで戻ってきたのか。菊乃は心の中で湊に恨み言を吐く。

 すると、黙り込んで俯いた彼女に向けて、美鶴がこんな話を知っているかと話し始めた。

 

「……知っているか、菊乃。八雲が被験体にされたのは私の身代わりなんだ。確かに彼は最初に確認された天然のペルソナ獲得者だ。だが、半年以上意識不明でいる間に私もペルソナを得た。ペルソナの研究をするというのなら、意識不明で研究に使えない彼より、力で劣っても研究を手伝える私を選ぶべきだろう?」

「お嬢様は桐条家の跡継ぎです。立場を考えれば、何も持たぬ少年を使って当然かと」

「そこだ。どうして人類の危機に立場を考える必要がある? 使えるものは全て使い。早急に対策に当たるべきだろう。だが、お父様や当時のエルゴ研の人間は間違った選択をしてしまったんだ」

 

 世界の危機に社会的な地位や立場など考慮する必要はない。

 出し惜しみをして世界が滅べば地位など無意味になるのだ。

 ならば、失敗を考えて戦力的な保険を残しつつ、後は出来る限り最善策を取るのが正解だ。

 

「お嬢様を大切に想うことが間違っていたと?」

「フッ、人類全体から見れば小さな犠牲だろ? 他人に強制しておきながら、自分が選ばれれば拒否するなど許されると思うか?」

 

 菊乃の言葉は全て彼女に返ってゆく。

 今動いているグループの人間は、特別課外活動部という最小の犠牲で、就労人口の二パーセントを担うグループの人間とその家族を守ろうとしている。

 現実世界での考え方としては間違っていないが、もし、影時間を知っていてそう動いているのなら、それは影時間について不勉強というほかない。

 美鶴は子どもにそれが悪い事だと教えるように、諭すような口調で菊乃に告げた。

 

「今回の件も一緒だ。君たちは桐条家やグループの人間を守るために動いているんだろう。だが、八雲はアイギスたちを守るという優先順位はあるが、基本的な行動の指針として力を持たぬ人々を守るというものがある。人類の守護者への敵対行為となれば、邪魔な存在は滅ぼされても文句は言えない。何せ、“人類を守るため”なのだから」

 

 グループを守るために子どもたちを犠牲にしようとするなら、世界のためにグループが犠牲になることを容認しなければならない。

 湊も七歌たちも、個人単位で優先する人間はいるが、彼らの行動は世界を救うことに向かっている。

 それを邪魔するなら世界のために消されても文句は言えないだろう。

 美鶴の言葉を聞いて自分も視野が狭くなっていた事に気付いたのか、菊乃はどこか諦めたような乾いた笑い声を漏らした。

 そうして、しばらく経って菊乃もようやく立ち上がれるようになった頃、着替えを済ませていた美鶴は菊乃に高寺の居場所を尋ねた。

 

「菊乃、すぐに高寺さんの所へ案内してくれ。今ならまだ止められるんだろ」

「……ダメです。もう止められません。ご友人方は周囲への被害などを考えてグループが影時間に襲撃を掛けると考えているはず。ですが、影時間はある意味で彼らのホームグラウンド。全力で戦えるようになるのは彼らも同じ。だからこそ、グループの人間はその前に襲撃を掛けることにしたんです」

 

 影時間になれば適性を持たぬ人間は象徴化する。象徴化している間は周囲で何が起ころうと分からない。

 そうなれば七歌たちはペルソナを使うはずなので、桐条グループはそうさせないための策を練った。

 人間とは慣れる生き物で、もしここ二、三日に何度もヘリが飛ぶところを見ていればどう思うだろう。

 恐らく、大半の人間は“またか”とヘリの存在を日常の一部と捉え始めるはずだ。

 そして、出来る限り人の目を避けるため、工事中のビルを使った目隠しで目撃者を減らすと共に、巌戸台分寮のすぐ傍に自分たちの拠点を作る事に成功した。

 

「では、警備部の者たちはっ」

「はい。影時間開始三十分前、後二分でヘリも使った突入作戦に入ります」

 

 話を聞いた美鶴は菊乃に高寺の居場所を聞いてすぐに部屋を出て走り始める。

 目指すはこの離れの一階奥にある警備部たちの活動拠点。

 どうやら今回の件には経営権を相続できなかった親族も関わっているらしい。

 グループだけではなく、分家と言えど桐条家の人間まで関わっているとなれば、復讐という大義名分を持つ彼相手では事態は余計に悪化したと言っていい。

 美鶴の後を追って菊乃もついて来ているが、高寺たちのいる活動拠点の部屋は、美鶴がいた部屋を出てから二分以内に着けるような距離ではない。

 案の定、フロアを一つ降りたところで、菊乃の持っていた端末に特定パターンの振動という形で作戦開始の報せが届いた。

 

「お嬢様!」

「諦めるな! すぐに止めさせればまだ!」

 

 作戦開始と同時に突入している訳ではないだろう。

 あくまで動き始めろという合図を送っただけ。

 寮に突入する前に作戦を中止させれば、何とか未遂として見逃して貰えるかもしれない。

 一階に到着して部屋を目指しながら美鶴がそう言えば、直後、窓の外に強烈な光が現われ屋敷の中も照らされる。

 一体何だと慌てて美鶴と菊乃が窓に駆け寄り外を見れば、桐条家の敷地内で何度も蛍火色の光が弾け、その度にヘリやジープが姿を現わしていた。

 

「何ですか、あれは……」

「恐らく、有里が用意していた戦力だろう。君たちが手を出したから、報復として戦力を転送してきたんだ」

 

 見ている間に戦闘ヘリが飛び上がり、ミサイルや機関銃を屋敷に向けた状態で旋回を始める。

 そして、地上では戦闘服を着込んだ者たちがチームを作って散開し、その後ろから悠々とジープが屋敷に向けて近付いて来た。

 平和な日本で戦闘ヘリや戦闘部隊がいれば目立つだろうが、ここは都会から離れた土地であり、桐条の敷地から隣の屋敷までは車で移動する距離だ。

 そして、その屋敷に住んでいるのは桐条家の分家の者なので、ここで何かが起きようと影時間に関わることだと認識されてしまうのがオチである。

 桐条グループの警備部は入念な準備をして寮へ突撃したようだが、田舎にあるせいで天然で似たような状況にある桐条家の方が攻略され易い。

 攻められて始めてそれを理解した美鶴は、大きなライトを積んだジープが屋敷にそれを向けるのを見ながら、相手の次の行動を待った。

 すると、戦闘部隊たちは屋敷を包囲した状態で止まり、ヘリとジープも一定の距離を開けて止まったタイミングで拡声器を使った女性の声が届く。

 

《我々は“蠍の心臓”。現在、その屋敷は包囲されており、こちらにはシェルターごと破壊するだけの用意がある。無駄な抵抗はやめ、大人しく出てきてもらおう。こちらの指示に従っている限り、我々は諸君らを害することはない》

 

 これだけの戦力を持ってきている時点で脅しているような物だ。

 そんな相手が何を言っても信じられるはずはないのだが、突然の騒ぎに高寺たちも廊下に出てきて、相手の次の言葉を聞いて顔を青くする。

 

《尚、これらは諸君らが今現在巌戸台で行なっている無法行為に対する報復である。交渉は一切受け付けない。屋敷の広さを考慮し、十分の時間をやる。それまでに使用人を含めた全員が出てくるように。もし、時間を過ぎて屋敷に残っている者がいれば、敵対の意志ありとしてその場で処理する》

 

 これは脅しではないとばかりに歩兵の一人が空に向けて銃を撃った。

 湊やアイギスが銃を使うので慣れてきていると思っていたが、戦闘部隊に屋敷を包囲されている状態だとやはり感覚が違うようで、美鶴だけでなく他の者たちも動揺している。

 ただ、この状況でもまだ攻撃してこないということは、相手が言っている事を守る可能性が高いと判断していい。

 高寺の傍にいる分家の人間が、警備部に何とかしろと言っていたり、影時間まで時間を稼げば指輪を持っている自分たちは逃げられると言っているのを聞いていれば、先ほどの凜とした女性の声とは別の少女の声が聞こえて来た。

 

《ミツル、ターニャです。ワタシたちは影時間の対策を施してここに来てマス。アナタがペルソナを出しても、こちらにはペルソナにダメージを与える武器がありマス。勿論、ヘリやジープも影時間に対応しているので、時間稼ぎは無駄デスね。ミナトからミツルのマーチ(お母さん)には絶対手荒な事はするなと言われてマスから、ここは大人しく従ってください》

 

 どうしてここで留学生だったターニャの声がするのかと美鶴は驚く。

 けれど、彼女の伯母は湊が中東で世話になった人物だった事を思い出し、外にいる人間が治安の悪い中東で活動している者たちであると察した。

 彼女たちは湊から影時間の事を聞いてここにいる。そして、英恵に手荒な事はするなという命令も実に湊らしいと思えるため、彼女たちが湊の指揮下に入っている信憑性が増した。

 高寺たちは何故湊の名前が出てくるんだと混乱しているようだが、そう時間は残されていないため、菊乃に頷いて返すと美鶴たちはターニャたちの言葉に従うことにした。

 


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