【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百六十四話 状況開始

夜――巌戸台

 

 秋の冷たい風が頬を撫でるのを感じながら、その者達は合図を待ってじっと待機していた。

 自分たちは人を守るために警備部に配属された。それが与えられた仕事はこれまで桐条の尻拭いのために戦ってくれていた子どもたちの制圧。

 無論、命令の意味は分かっている。トップが倒れた事で揺れているグループに、外部の悪意が近付いて来ているのは感じ取っていた。

 これで過去のスキャンダルまで世に広まってしまえば、グループに関わる者たちの生活に大きな影響が出てしまい。彼らの暮らしを守っていけなくなる。

 その彼らにはここに集まっている者たちも含まれる。

 婚約した者、子どもが生まれた者、子どもが成人を迎える者、孫がいる者だっている。

 そんな特別なイベントを迎えた者でなくても、暮らしていくには金がいるのだ。

 わざわざ給料を減らして貧しい生活を送りたい者など居はしない。

 ならば、グループにとって最も厄介な存在を排除し、外部から迫る悪意の矛先を向ける場所をなくせばいい。

 

「……時間だ。状況開始」

 

 端末に届いた作戦実行の合図を受け、集まっていた者たちは行動し始める。

 いくつかのグループに分かれ、正面玄関と裏口に回り込む。

 さらに、空からヘリを使って寮の屋上からも同時に進入を試みる作戦だ。

 相手は子ども。ならば、当然グループは周囲から怪しまれない影時間に動くと思っているはず。

 そんな予想を裏切るように戦闘服に身を包んだ者たちは巌戸台分寮への進行を始めた。

 

 

――巌戸台分寮

 

 桐条グループの警備部が行動を始めた頃、寮の中ではメンバーたちが一階のロビーに集まっていた。

 最初は作戦室にいるかという話になったが、広さや見通しを考えるとロビーの方が戦い易い。

 また、警備部は幾月の残した研究データの回収に失敗しているので、今回のどさくさに紛れて持っていこうとするチームがあるはずと考え、そういう事なら敵が少しでも人数をそちらに割いている間に残りを叩こうという話でまとまった。

 美鶴を除く特別課外活動部のメンバーに加え、今はチドリとラビリスとコロマルもいる。

 非戦闘員の風花以外は全員が武器を持っており、戦う準備は万全だ。

 ただ、問題があるとすればここにいるメンバーは武器を使った対人戦の経験が浅いことだろう。

 湊やストレガのように命を狙ってくるなら必死に抵抗しようと出来る。

 けれど、今回の敵は桐条グループ。理由があって攻め込んでくるのだろうが、自分たちを殺すつもりはないのだろう。

 それを分かっている状態で必死になれるかどうかは分からない。七歌がそんな不安を覚えていると、ペルソナで索敵していた風花に真田が尋ねた。

 

「連中の状況は?」

「正面と裏口に徐々に近付いてきています。完全に包囲されていますね」

「……身内同士でやってる場合じゃないでしょうに」

 

 相手がもうすぐ突入してきそうだと風花が言えば、チドリが何で桐条グループの者同士で争っているんだと呆れ気味に溢す。

 チドリやラビリスは狙われるかもしれないからと来ているが、今も立場は外部協力員であってグループの組織図に組み込まれるつもりはない。

 だからこそ、トップが倒れたばかりで、こんな内輪揉めをしている桐条グループは真性の馬鹿だと本気で呆れている。

 自分が敵ならこんなチャンスは逃すまいと確実に茶々を入れに行く。

 もっとも、幾月たちは桐条グループと違って湊と綾時の存在を知っている。

 姿が見えないからといって、どこに潜んでいるかも分からない相手を警戒すれば、こんなチャンスに見えるときこそ罠を疑ってしまうに違いない。

 そこを思えばここにいない青年たちにも僅かに感謝しようと思えるが、影時間まであと僅かだと皆の緊張感が高まっているとき、外から変な音が聞こえている事に順平が気付いた。

 

「なぁ、なんかすっげぇ五月蝿い変な音しねぇ?」

「ヘリコプターですね。朝から沢山飛んでましたよ」

 

 何かのイベントでもやっているのか、朝から何台も飛んでいるのを見たと天田が答える。

 こんな時間でもまだ飛んでいるなど、安眠妨害で訴えられそうなものだが、通り過ぎれば小さくなっていくはずのヘリの音が何故だか余計に大きく聞こえ始める。

 いくら何でもおかしい。建物の中にいながら騒音で互いの声が聞こえづらくなっているレベルだ。

 異常事態にこれは拙いのではと順平も声をあげる。

 

「ちょ、なんかメッチャ音これ近くねぇかっ!?」

「っ、皆さん大変です! ヘリが屋上に!」

 

 異変に気付いた風花がすぐにヘリの場所を探ると、なんとヘリは寮の屋上へ着陸しようとしていた。

 まだ影時間にもなっていないが、こんな事をしている者など現在寮を取り囲んでいる者たちの仲間しかいない。

 となれば、相手は完全に影時間前に始めるつもりなのだと分かり、七歌が即座に指示を飛ばした。

 

「全員警戒して! 敵は影時間前に始めるつもりだよ!」

 

 七歌が言い終わるかどうかのタイミングで上からガラスの割れる音が響く。

 続くように玄関と裏口の扉が音を立てて壊され、続々と戦闘服に身を包み、携行型の機関銃を持った者たちが入ってきた。

 丈夫な服だけでなく頭部もヘルメットとバイザーで守っており、装備を考えるとかなり本気で戦闘の意志があると見て取れる。

 先手を打たれては拙いからとアイギスはゴム弾を装填した銃を構えて撃った。

 

「先手必勝であります!」

「うぐっ」

 

 銃弾を腕に喰らった男が呻きながら撃たれた箇所を押さえる。

 ゴム弾は殺傷能力その物は通常の弾より弱いが、打ち身や骨折くらいは普通にあり得る威力を持つ。

 腕にそれを喰らえばすぐには復帰出来なくなるが、味方がやられたことで本気になったのか警備部の者たちは腰に付けた手榴弾を投げ込んできた。

 投げ込まれた手榴弾を七歌やアイギスが返そうとするも、空中で白い煙を発生させ七歌たちはその煙に包まれる。

 

「っ、皆吸っちゃダメ!」

 

 すぐに服の襟を引っ張って口に当てるが、こんな物でガスを防げるとは思っていない。

 それでも、敵が麻酔効果を持つガスを使ってきた以上、対策済みの敵がここで攻めてこない訳がない。

 口と鼻を服で塞ぎつつ、片手で薙刀を持ったまま警戒していれば、周囲で動く気配がありやはり来たかと七歌も構える。

 白い煙の向こうから飛んできた蹴りを躱し、片手という不安定な状態で薙刀を振るって反撃する。

 近くにいた荒垣も対人戦を想定して用意した棍棒で殴り返すも、別の方向から銃で殴りかかってくる者がいた事で、そちらの対応に追われて深追いできなくなる。

 

「きゃあっ!?」

「ゆかりっ!!」

 

 少し離れたゆかりの声が聞こえてそちらに向かおうとする。

 しかし、目の前から腕が迫っていた事で追えず、続けて別の方向から天田の声も聞こえて来た。

 

「うわぁっ」

「天田! クソがっ!!」

 

 怒ったように荒垣が敵に向けて棍棒を振るって殴りつけるが、未だに白い煙で視界が悪く状況を把握できない。

 誰が無事なのか、やられた者たちはどういう状況なのか。

 不安ばかりが募っていくが、その時、煙が晴れ始めたロビーに銃声が響く。

 

「無駄な抵抗をやめろ! 既に君たちの仲間をこちらで確保している!」

 

 煙が晴れて声のした方を見れば、確かにゆかりと天田が手に拘束具を付けられて屈強な男らに捕らえられていた。

 他の者たちも、ユノの中にいる風花やアイギスたち姉妹、そしてチドリと七歌以外は全員が立っているのも辛そうにしている。

 どうやらガスの効果で身体に力が入りづらくなっているらしい。

 そうして、人質を取られて七歌たちが動けずにいれば、昨日ここを訪れた警備部で隊長を務める男が口を開いた。

 

「大人しくしたまえ。無駄な抵抗だ。我々は君たちを連行する命令を受けているだけで、余計な危害を加えるつもりはない」

「……こんな事してる人間を信用出来る訳ないでしょ」

「とはいえ仲間がこちらの手にある以上、抵抗する事はできまい」

 

 未だ武器を手放さずにいる七歌に対し、冷たい表情でそう話す警備部の男の言葉は事実だ。

 無事なのは元対シャドウ兵装の姉妹、龍の末裔である七歌、鬼の心臓を移植されたチドリのみ。

 他の者たちは意識はあるが身体を支えて立っているのがやっとであり、周囲の警備部から銃を向けられている。

 人質を取られた上でこの状況だ。ペルソナを召喚したとしてもゆかりと天田を安全に奪い返せるとは思えない。

 これが子ども相手にやる事かとも思うが、それだけ相手も自分たちを警戒して万全を期してきたのだと桐条グループの本気を思い知らされる。

 

「よし。一階制圧、優先目標アルファの総員確認。また優先目標ベータとガンマも揃っている。全員拘束後、影時間の内に撤収する。資料の回収を急げ」

 

 周りを囲んで銃を向けたまま数名の隊員が腕の拘束具を持って近付いてくると、順番にそれを取り付けて回る。

 流石にチドリやアイギスも状況が悪すぎると判断したのか。抵抗する事なくそれらを受け入れた。

 影時間に入っても上の方では未だに音がしており、どうやら幾月の残した資料を回収しているらしい。

 それが終わり次第一緒に運ばれるようだが、武器と召喚器を取り上げられ、ロビーの中央に座らされた七歌は、出来る限りの情報を得ようと敵に話しかけた。

 

「これ、美鶴さんは知ってるの?」

「お嬢様は関係ない。だが、この作戦はお嬢様を救うためのものでもある」

 

 七歌たちも桐条グループの動機についてはある程度予測している。

 トップが倒れた事で桐条は非常に不安定な状態になっている。

 それはこれまで通りに経営が進められるかというだけでなく、社会に対する影響力や様々な勢力との繋がりも含めてだ。

 十年前のシャドウ研究だけでなく、その後の人口ペルソナ使いを生み出す人体実験も含め、これまで桐条が隠蔽できていたのは組織に力があったからだ。

 けれど、全てを取り仕切っていた桐条武治が倒れた事で、グループ内部が揺れているのは美鶴たち桐条家を見ているだけでも分かる。

 今回のこれも、そういった外部からの圧力を受ける前に、自分たちの暗部を内々に処理しようという事なのだろう。

 ここまでは確かにグループが優勢だ。備えていたというのに七歌たちは何も出来ずに制圧されてしまった。

 だが、全てが自分たちの思い通りになると思ったら大間違いである。

 影時間に対応したものなのか、時計を見ている隊長の男にチドリが冷め切った表情で告げた。

 

「……あんたたち、私たち三人に手を出した以上無事では済まないわよ」

「反社会勢力……いや、時代遅れの極道に何が出来ると言うんだ。現に君たちは影時間の中で捕らえられ、桔梗組の者たちは一切対処出来ていない。仮にそれに気付き対処しようにも警察や公安が動けば身動きできなくなるだろう」

 

 男はチドリが負け惜しみを言っていると思ったのか、とても冷たい目で見下ろしながら淡々と話す。

 しかし、その言葉を聞いた特別課外活動部やチドリたちは、やはり敵が湊の存在に気付いていないのだと確信する。

 それも当然だろう。何せ、彼の復活を知っていればこんな自殺行為に走るはずがないのだから。

 相手側が情報を持っていないと分かった者たちは、他力本願だと分かっていてもここは動かない事が正解だと思って回復に努める。

 特殊な身体をしている者たちとペルソナの中にいた風花は無事だが、それ以外の者たちは薬の影響が抜けていない。

 もし、彼が来たときに逃げろと言われても動けなければ迷惑を掛ける事になる。

 だから、今はただじっとチャンスを待つべきだと待っていた時、上の階から激しい物音が聞こえ、隊長の持っていた通信機から悲鳴のような声が届いた。

 

《敵襲っ、敵襲でっ……うわぁぁぁぁぁっ!?》

「っ、おい! どうした!? おい!!」

 

 焦ったように男は通信機に話しかけるが応答はない。

 それを聞いて他の隊員たちが警戒を強め、隊長の男も階段の方へと銃を構えて待機する。

 すると、上から物音と共に大勢の悲鳴が聞こえ、一階と二階の間にある階段の踊り場に戦闘服に身を包んだ警備部の人間が落ちてきた。

 警備部の人間はただのボディガードではなく、特殊部隊として活動出来るよう訓練を積んでいる。

 そんな人間を簡単に昏倒させる事が可能で、尚且つ七歌たちに味方する人間など警備部の者たちは知らない。

 一体誰が現われたのか。他の出入り口からの強襲を考え、入口と裏口、そして階段の方へと銃口が向けられると、上の階から黒いビジネススーツに身を包んだ女性が降りてきた。

 右肩にギターケースを担ぎつつハンドガンを持ち、左手には峰に血が付いた大きな鉈を持っているその女性は、警備部が昨日会ったばかりの和邇八尋だった。

 まさか、ここで英恵の従者である和邇が現われるとは誰も思っておらず、それぞれが驚愕や動揺に包まれていると、階段の踊り場からロビーにいる者たちを見下ろしている和邇が口を開いた。

 

「忠告の意味が理解できなかったようですね」

「……全てグループのためだ。君も奥様に仕える者なら、何が主のためか、どうするのが正しいか分かるだろう!」

 

 警備部だって本当は子ども相手にこんな事はしたくない。

 けれど、そうしなければ守れない者がある。多くの人間が不幸になってしまうのだ。

 同じ側に立つべきはずの相手が、どうしてここで邪魔をするのか。和邇の行動が理解できない男が叫べば、ハンドガンをギターケースに仕舞った和邇が、傍に倒れている男を片手で掴んで持ち上げながら答えた。

 

「最後のチャンスを無駄にしたな」

 

 言い終わると同時に和邇は持ち上げた男を階下の隊員に向けて投げつける。

 意識がない状態で勢いよく床にぶつかれば死ぬ危険があるため、軌道上にいた隊員は銃を手放して受け止める体勢に入る。

 だが、そうして視線がそちらに集中していれば、階段の上から飛び降りた和邇が隙だらけの隊員の側頭部を鉈の峰で強打した。

 いくらヘルメットを被っていようと金属の塊で殴られれば、ヘルメットは砕けて頭部にもダメージを負う。

 落ちてきた隊員と共に吹き飛びながら倒れ、他の隊員が唖然としながらも引き金を引こうとすると、ギターケースから大きな銃を取り出し終えていた和邇が先に引き金を引く。

 ドンッ、と腹の底に響く音がしたかと思えば、正面にいた女性隊員が身体をくの字に曲げながら他の隊員に向かって吹き飛ぶ。

 

「ショットガンっ!?」

「室内だぞっ」

 

 あまりの威力に何の銃かとみれば、まさかこんな場所で使う馬鹿がいるとは思わないショットガンだった。

 残る隊員たちがこれ以上好きにさせてたまるかと和邇に向けて引き金を引く。

 数メートルの距離で、様々な方向から放たれた銃弾の雨だ。

 流石に躱す事は出来ないだろうと、引き金を引いたままオートで撃ち続ければ、和邇は鉈を隊員の銃に向けて投げると同時にギターケースを盾のように構えた。

 鉈が飛んできた事で軌道上にいた隊員は慌てて回避。

 そして、和邇に向けて飛んだ銃弾は全てギターケースに弾かれる。

 ならばと高さや方向を変えて撃とうとすれば、今度は和邇の方からマシンガンの弾が放たれ、隊員らの銃を的確に撃ち抜き破壊してゆく。

 いくら実戦経験があると言っても華奢な女一人。従者として普段は主の傍にいるだけの相手ならば、日々訓練を積んでる自分たちで簡単に制圧できる。

 そう考えていた隊長の男は、敵の武器を破壊した事で自由に動けるようになった和邇が、格闘戦で次々に隊員たちを倒してゆく光景が信じられなかった。

 再び拾った鉈の峰で殴られ昏倒する者、肘を鳩尾に喰らって地に伏せる者、喉を蹴られ血の泡を吐きながら倒れる者。

 集団で多方向から攻めているのに攻撃が当たらない。

 それ以前に、相手には特別課外活動部のメンバーたちという人質が見えていないのかと思ってしまう。

 

「く、くるなっ……くるなぁぁぁぁぁっ!?」

「馬鹿、やめろ!!」

「七歌っ!?」

 

 次々と味方が倒されていくのを見て恐怖を覚えた隊員が錯乱し、近くにいた人質の一人である七歌に向けてナイフを振り下ろそうとする。

 それを見た隊長の男は制止の声を掛け、ゆかりが腰を浮かせて守りに行こうとする。

 もっとも、隊長の男は距離があり、ゆかりもまだガスの影響が抜けておらず助けに入れない。

 他の者たちも自由に動かぬ身体を無理矢理に動かしてでも助けようとするも、間に合わずにナイフが七歌の頭部に迫ったとき、急激に場の気温が下がったと思えば錯乱した男がナイフを取り落とし白目を剥いて倒れた。

 一体何が、そう思って周囲を見渡せば、隊長を除く全ての隊員たちは意識を失い。倒れる隊員たちの傍に“蒼い瞳”をした和邇が立っていた。

 

「……さて、これで大方片付きましたね。では、私は隊員たちの回収に行ってくるので、残してあげた貴方は皆さんの拘束を解いておいてください。命令に従わないのであれば隊員たちを殺して回ります。一応、まだ全員生きているので判断はご自由にどうぞ」

 

 心底面倒そうに呟く和邇だが、彼女は自分の持っていた武器をギターケースに仕舞い直すと、ポケットから何やら宝石のような物を出して握り砕いた。

 握り砕いた宝石から暖かな白い光が放出され、ガスの影響で身体の自由が効かなくなっていた者たちを包んでゆく。

 そして、光が治まると先ほどまでのだるさが消えた事で、どうやらタルタロスなどで拾う事が出来るアイテムを使ったのだとメンバーたちは察した。

 治療を終えた彼女はそのまま上で寝ている隊員たち回収しに階段を上がっていき、彼女の姿が見えなくなった事で自由になった隊長の男は、悔しそうにしながら七歌たちの拘束具を解いて回った。

 

***

 

 自由になった七歌たちは意識を失っている者や、怪我で動けなくなっている隊員たちの運搬を手伝った。

 和邇は外の道路にコンテナを一つ用意しており、無造作に隊員たちを放り込んでいく。

 硬い金属の床に身体をぶつけて痛がる者もいるが、確かに隊員たちは全員生きているようで隊長の男は安堵の息を吐いていた。

 だが、ここに来たときにあったはずのヘリや車がなくなっており、代わりに車がなければ運べないようなコンテナがある事を不思議そうに見ている。

 七歌たちは先ほど彼女の瞳を見て、大凡の事は察しているが隊員たちを全員運び入れるまでは質問しなかった。

 そうして、全員を運び終えると和邇は隊長の男にも中に入るように告げる。

 

「では、あなた方を桐条家に運びます。中に入りなさい」

「……我々はどうなる?」

 

 コンテナの入口で立ち止まると隊長の男は振り返って和邇に尋ねた。

 確かに隊員たちは全員生きている。しかし、手足が折れている者や、頭から血を流している者もいる。

 すぐに手当てしなければ拙い者もいる様子なので、もしも可能ならば治療の手配をさせて欲しいと思ったのだろう。

 けれど、和邇はその質問には答えず、男の腹部に膝蹴りを放って無理矢理にコンテナの中に放り込むと、扉を閉めてしっかりと外からロックを掛けた。

 自分たちが理不尽に襲われた事で怒りを持っていた者たちも、流石に先ほどの光景は不憫に思えたのか苦笑している。

 ただ、どうやらこれから和邇は桐条家にコンテナを運ぶようなので、その前に聞いておきたい事があるとアイギスが声を掛けた。

 

「あの……八雲さん、なんですよね?」

 

 和邇はその言葉に何も返さず、左手の上にカードを出現させるとそれを握り砕く。

 カードが砕けると同時に皆の頭上に白銀の天使が現われ、背中の羽根を蛍火色の光を纏った剣らしき物に変化させるとコンテナと和邇をそれで囲う。

 現われた存在を見てやはりと全員が確信を得ていれば、光が一層眩くなって弾け、その場から和邇とコンテナが消えていた。

 

 

影時間――桐条本邸

 

 

 美鶴たちが蠍の心臓の指示通りに外に出ていれば、隊員たちは屋敷に隠れている者がいないか探して回った。

 勝手な事をするなと怒った分家の者もいたが、大柄な男に腹を殴られればすぐに大人しくなった。

 屋敷には高寺派と思われる警備部の者たちも待機していたようだが、流石に戦闘ヘリや大型のマシンガンを持ってきている本物の軍人相手に対抗出来るはずもなく、今は高寺や分家の者らと一緒に大人しくしている。

 そして、ターニャが言っていた通り、ターニャが先導して出てきた英恵とその従者たちも外で待っていれば、時刻が零時を回って影時間が訪れた。

 屋敷で働いている使用人たちは、全員が全員影時間について知らされている訳ではない。

 故に、ほとんどの者たちは象徴化してしまったが、数名の使用人と昨夜の遺産分配の話し合いに出ていた者と警備部の人間たちは指輪を付けていたのか象徴化を免れていた。

 

「……お嬢様、やはり相手の言っていた事は事実だったようですね」

「ああ。隊員だけでなく兵器類も健在のようだ」

 

 菊乃と共に相手を観察していた美鶴は、相手側の隊員が全員象徴化していない事に気付いた。

 さらに、今も頭上で旋回しているヘリだけでなく、ライトで屋敷を照らしているジープなどもエンジンが動いているようで、影時間に対応しているのは事実らしい。

 影時間になればチャンスがあると考えていた高寺たちも、先ほどの蠍の心臓側の言葉がハッタリでなかったと分かると、目に見えて分かるほど冷静さを欠いている。

 自分たちがグループのためだと思ってやった事が、こんな形で返ってくるとは思っていなかったのだろう。

 完全に蚊帳の外にいたせいで落ち着いて周りを見る事が出来ている美鶴は、離れた場所でターニャが英恵に笑って話しかけているのを見ながら、この後はどうなるのだろうかとぼんやり考える。

 相手が湊の用意した戦力であれば、湊も巌戸台分寮を襲った者たちを排除してから合流してくるはずだが、一向にその気配がないことで状況が読めなくなってくる。

 傍にいる菊乃は自分が裏切っていたという負い目もあるのか、これで本当に湊が現われて美鶴も含めたグループの関係者全員が殺される事態になる事を想像して顔色が悪くなっていた。

 主のためを思っての行動が、逆に主を死へ追い込む事になれば誰だって後悔する。

 今はまだ何も動きがないが、次に変化があった時には今後の流れも分かるだろうと思っていたとき、庭園の方で蛍火色の強烈な光が弾けコンテナと共に白銀の天使が現われた。

 美鶴はそれを知っていたが、高寺派の者たちはやはり知らなかったようで、強大な力を持つ天使を見て腰を抜かしている。

 そんな様子を横目に美鶴が天使の方へ視線を向けた時、その天使の下にいた人間の姿を見て、どうして青年ではない者が彼のペルソナと共にいるんだと疑問に思った。

 すると、扉の開いたコンテナを天使に持ち上げさせ、中にいた者たちを庭園に転がしながら女性が一歩ずつ美鶴や高寺の方へとやってくる。

 ゆっくりと近付いてくるだけだというのに、言い様のない重圧を感じて高寺派の者たちは身体を震わし始める。

 相手の事は知っている。確かにどこか近寄りがたい雰囲気はあったが、ボディガードとしての役割も与えられた英恵の従者でしかなかったはず。

 だというのに、今の相手は得体の知れない気配を放っている。

 目を閉じてその場に蹲りたいというのに目が離せない。本当に人間なのか。ペルソナやシャドウどころではない化け物なのではないか。

 そう思って歯をガチガチと鳴らしながら震えていると、近付いてくる女性が言葉を発すると同時に輪郭が徐々にぼやけ始めた。

 

「さて……余計な事はするなと忠告したはずですが、どうやら聞き届けられなかったようですね」

 

 肩ほどの長さだった髪が伸びていき、服装もレディーススーツから男性物のカジュアルな服に変わってゆく。

 地面に着きそうなほど長い髪、不思議な光沢を持つ黒いマフラー、そして、腰の左右に下げられた黒と白の日本刀。

 ぼやけていた輪郭がハッキリとすれば女性の姿はどこにも無く。

 

「あの時、ちゃんと言ったはずですよ。有里湊は“ここにいる”と」

 

 不敵に嗤う蒼い瞳の青年がそこにいた。

 


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