【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百六十六話 賠償

11月7日(土)

深夜――桐条本邸

 

 高寺が湊に誠心誠意の謝罪を見せると、ご婦人方もいるのだから早々に話し合いに移ろうと青年は告げた。

 それを聞いた高寺は英恵に許可を取って本邸の一室を借り、そこで今回の騒動に対する賠償などを話し合いたいと提案。

 湊もそれで良いと答え、高寺側の準備もあるだろうからと、その間に蠍の心臓の隊員らをEP社に帰すと言ってセイヴァーの力で転移していった。

 桐条グループでもEP社の日本における拠点は把握しているので、数秒でそこまで移動して戻ってくることが可能なペルソナの能力には驚いた。

 だが、いつまでも呆けては相手にも失礼だと、高寺は影時間が明けるなりすぐに行動を開始した。

 まず、警備部に連絡して車を手配し、隊長格の人間以外は帰らせる事にした。

 彼らも身体は無事で精神的なショックも抜けていたのだが、どこかまだ本調子ではないようなので、今後の事も考えて休ませる必要があった。

 そも、突然連れて来られただけなので、ここにいてもする事がない上に、人数もいるので桐条家にも迷惑が掛かる。

 だからこそ、まず最初に彼らが帰るための手配をしたのだが、その間に桐条分家の者たちが徒歩でも良いからと近所にある自分の屋敷に帰ろうとしていた。

 今回の件では、確かに高寺が焚き付けた部分はあるものの、本家を今の地位から落として自分こそが新たな本家になろうと彼らは参加してきた。

 参加はするが全ての手配は高寺任せ。そんな人間がトップになど立てるはずがないのだが、全て高寺がやったのだから責任も高寺が取るべきだというのが彼らの言い分だった。

 無論、そんな言い分が通るはずもなく、高寺が止める間もなく逃げようとした彼らは、何もない空間から現われた湊に黒い影の腕で捕らえられた。

 逃げだそうとした時点で問題なのだが、逃げられて敷地から出ていれば桐条側の監督責任も問われていたかもしれない。

 謝罪すべき相手の手を煩わせた事を申し訳なく思いつつも、逃げ出す前に捕まって良かったと高寺は内心で安堵の息を吐く。

 そうして、呆れた様子で捕まえた老人らを見ている青年と、その横にいた銀髪の少女の許までゆくと高寺は謝罪と挨拶をした。

 

「有里様、身内の者が大変失礼いたしました。そして、初めましてヴォルケンシュタイン代表。私は桐条グループの新たな代表になりました高寺一郎と申します」

「ご丁寧にどうも。ソフィア・ミカエラ・ヴォルケンシュタインです。では、早速ご案内いただけますか?」

 

 こんなところで無駄な時間を過す暇などない。

 以前なら湊が時を圧縮してくれたのだが、黄昏の羽根の形状が変化した影響で一時的にその力は失われている。

 なら、お互いに暇という訳でもないので、すぐに案内してくれと伝えると高寺は分家筋の人間を捕獲したままの湊たちを案内した。

 

***

 

 とても長いアンティークな机が置かれた食堂。

 そこに案内された湊たちは席に着き。対面側に桐条グループの人間たちが座る。

 今回の件では無関係な英恵と美鶴はある意味立会人のようなものなのだが、一応は桐条側の席に座っていた。

 トップ同士の話し合いという事ならば、これでメンバーは揃っていると言っていい。

 しかし、騒動の当事者という事となると人数が足りない。その足りない者たちこと使用人の菊乃と警備部の隊長の男は立場の違いから桐条側の者らの後ろに立っており、表面上は平静を装いつつもどこか怯えているようだった。

 彼女たちは直接自分が彼に攻撃される幻覚を見せられている。

 幻の中で殺された者もずっと俯いて震えているので、いくら幻と分かっていても心へのダメージがなかったことにはならないようだ。

 そうして、使用人に用意させたお茶がそれぞれの前に置かれると、本題に入ろうかと湊が口を開く。

 

「……さて、そちらはどれだけの誠意を見せてくれるのかな?」

 

 順序立てて話をするかと思いきや、いきなり核心を突いてきた事に高寺たちは困惑する。

 本来、相手側に何かしらの損害を与えたならば、その損害の大きさを基準に賠償額というものを決めていく。

 だが、今回の件は湊が裏で手を回していたことで相手側に損害はほぼ出ていない。

 というよりも被害者は特別課外活動部であって湊やEP社ではないのだ。

 そんな状態でふんわりとした質問をされても簡単には答えられない。

 当然、その事は相手も分かっているのだろう。だからこそ、自分たちで決めてみろと意地の悪い質問をしているのだ。

 背中を嫌な汗が伝うのを感じながら、高寺は着地点を探すために会話を挿もうと口を開く。

 

「はい。そのためにいくつかお聞かせ願いたいのですが、有里様が撃退した警備部の実働部隊が怪我一つなかったのは理由があるのでしょうか? 彼らは確かに防具ごと肉体を破壊された感覚があったと言っていたのです」

 

 巌戸台分寮へ行った警備部の人間たちは、確かに自分が和邇八尋と交戦して負傷したという記憶がある。

 仲間たちが次々と沈められ、頭部や身体の様々な部位から血を流していた。

 それを見て特別課外活動部の者たちも顔を顰めていたのを隊長の男は確認している。

 だというのに、庭園で湊が指を鳴らすと、実働部隊の人間は身体も装備も全て無事な状態に戻っていた。

 コンテナに仲間を入れる際、隊長の男は仲間の折れた腕や足にも触って、これでは現場復帰は絶望的だろうと思った者も何人かいる。

 一般人にペルソナの魔法の効果が薄いことは知られているため、それら全てがなかったことになるなどあり得ない。

 相手の能力の詳細が知りたいという事もあり、高寺が状況把握の体で質問すれば、傍に控えていた使用人を呼んで口を開く。

 

「……コーヒーも持ってきてくれ」

「はい。かしこまりました」

 

 真面目に話しているつもりだというのに、湊は紅茶よりコーヒーが良いと暢気に注文している。

 隣に座っているソフィアは議事録を作る気なのか、高寺の質問だけでなく、湊のコーヒーの注文まで書き込んでいる。

 その部分はいらないのではとも思うが、彼女が残したいというなら止める理由もない。

 よって、湊の頼んだコーヒーがくるのを待っていれば、途中で湊がやる気のない様子で話し始めた。

 

「現実の情報なんて受け取る側の認識次第だ。例えば、ここにある紅茶だが、お前らの目には黒く見えるようにすれば、コーヒーだと認識し始める。そして、紅茶の香りとコーヒーの香りの認識を入れ替えれば、紅茶の香りを嗅いでいるのに主観的にはコーヒーの香りだと思う事になる」

 

 彼の話を聞いている間に紅茶は黒い液体に変わり、その香りもコーヒーとしか感じられなくなっていた。

 だが、実際に口をつけると味自体は紅茶のように思えるのだ。

 あくまで“紅茶のよう”なのは、味覚と嗅覚は同時に働いて味を認識しているからだろう。

 風邪で鼻が詰まっていると味が分かりにくくなるようなもので、実に不思議な感覚だが、途中で色も匂いも元に戻ってちゃんと紅茶の味だと認識出来るようになった。

 それらの変化が起こっている間、湊の瞳は普段通りの金色をしていたし、何より彼と目を合せていない者まで同じ体験をしていた。

 魔眼とやらの力で幻術を掛けているのだと思っていた高寺たちは、自分たちが体験したからこそ余計に彼の力がどういったものなのか分からなくなる。

 

「怪我を負ったという認識を与え、正常な状態と怪我をしている状態の認識を入れ替えた。そのせいで彼らは自分たちが大怪我を負っていると勘違いした訳ですか?」

「……いいや。幻術で現実を書き換えた部分もあるぞ」

 

 言いながら湊がテーブルを指でトンと軽く突けば、直後、テーブルが真ん中からV字に割れた。

 上に置いていたカップが跳ね上がり、溢れた中身を浴びた者たちが熱さに騒ぎ出す。

 控えていた使用人たちはすぐにタオルと冷やすものを持ってきたが、分家の人間がタオルを持つとそれらは何故か板コンニャクになってしまう。

 ひんやりとはしているが冷やせるほどではない。驚いて取り落としたものを使用人が拾ってもタオルには戻らず、彼と隣にいるソフィア以外の全員が混乱している。

 すると、冷めた視線でそれらを見ていた湊が指を鳴らしただけで、映像を逆再生するようにテーブルやカップが元の状態に戻り始めた。

 人間は動いた場所にいるままだというのに、テーブルもカップとその中身も完全に元通り。濡れていたはずの服も無事で、火傷したはずの腕などからも痛みが消えている。

 何が起きたのか。何をしたのか。目の前で見ていてもまるで分からない。

 本当に自分は現実世界にいるのか。幻術に掛けられたままではないのか。そも、肉体は五体満足で残っているのか。

 信じられない事が目の前で次々と起きたせいで、自己認識が曖昧になってきた者たちの心がゆっくりと壊れ始めた時、湊が再び指を鳴らすと彼らの意識がクリアになって再び彼を見ることが出来るようになっていた。

 

「……簡単に壊れてくれるなよ。言っておくが俺の力にも制限はあるんだ。そんなに怖いなら全てが終わってから赤道を越えた先の国にでも移住すればいい。流石に日本からじゃ届かないからな」

 

 分家の人間たちも世間から見れば十分に富裕層に入る。

 さらに、彼らの持っている桐条グループの株を売れば、残りの人生を海外で悠々自適に暮らすくらいは可能だろう。

 今夜の出来事のせいで一刻も早く湊から離れたいと思っている者にとって、彼の能力の効果範囲を知る事が出来たのは朗報だ。

 そうして、表情には出来るだけ出さずに彼らがホッとしていると、議事録に湊の言葉を書き足していたソフィアがぽつりと呟いた。

 

「湊様の眼なら時限式で術を仕込めるのでは?」

「……まぁ、向こうについた瞬間に服を脱ぎ捨てて駆け出すようにする事も出来るな」

 

 誰か目の前にいる悪魔たちを殺してくれ。

 二人の会話を聞いた者たちは心の中でそう思う。

 助かる可能性を示しておきながら、自分たちを安心させておきながら、その直後に地獄へ叩き落とすような罠を仕込んでいた。

 自然な流れで会話しているように見えるが、恐らく二人は分かっていてやっている。

 自分たちが圧倒的に優位で、桐条側にはどうあっても対抗する手段がないと分かっているからこそ、人の心を暇潰し程度の感覚で弄んでいるに違いない。

 分家の者たちも個人の能力は別にしろ様々な人間と付き合ってきた。

 桐条武治ほどの胆力を持っているとは言わないし、化け物相手に駆け引きが出来るなんて口が裂けても言えない。

 しかし、それでも一般人に比べれば人付き合いの中で心も鍛えられていたはずだ。

 若い頃には自分が低い立場になって陰で泣くような事もあったが、今では自分も多くの人間から恐れられる側になっていた。

 だがそれは、あくまで人間同士のやり取りに限った話だったと痛感する。

 あれほど金に執着していた者たちが、この場から離れられるなら自分の全財産を渡しても良いと思うほどに追い詰められていた。

 

「おいおい。今回はただの賠償の話だろう? お互いに納得できる結果を模索するだけだ。別に金を寄越せと言っている訳じゃない。誠意を見せて頭を丸めるとかでも良いんだからな」

 

 湊はとても愉しそうに口元を歪めて例を挙げるが、そんな悪戯した小学生の反省の仕方みたいな事で彼が納得するとは到底思えない。

 出来れば金銭だけで終わらせたい。これは高寺たちの共通認識なのだが、桐条グループよりも金を持っているEP社がバックに付いている彼が相手では効果は薄い。

 相手が本当に望んでいる物は何か、チドリやアイギスのためになる物なら良いのだろうか。

 かつてないほどの難問を出された高寺が嫌な汗をかいて考えていれば、これまで黙っていた英恵が紅茶に口をつけてから話に加わった。

 

「八雲君は何か欲しいものはないの? あの人の遺産分配の話も終わっているから、タイミング的には個人の所有物でも渡しやすい状態なのだけれど」

「別にないな。……ああ、いや、桐条の未公開株はあるだけあればいい」

 

 生前贈与という形で桐条の遺産を動かすため、今ならついでという形で手続きする事が出来る。

 そのため、欲しいものがあるなら今なら簡単に所有権を移すことが出来るのだが、湊は意外な事に一族が保有する未公開株を求めてきた。

 確かに桐条の保有していた株は売却する予定になっていたので、彼が買った形にして渡すことは出来る。

 ただ、どうして彼が桐条の株など求めるのか分からず、英恵たちが不思議そうにしていれば、湊はマフラーからファイルを取りだして高寺の前まで滑らせる。

 

「俺が死んでからソフィアたちが集めていたんだ。既に子会社の四割は吸収できる状態にしてある」

 

 言われてファイルを開くと、中には桐条傘下の子会社や下請け会社の株の動きが書いていた。

 これは玉藻の前がソフィアたちに伝えていた『作戦コード:悪食』の成果だ。

 上に情報が来ないようまだ動かしていないようだが、そこに書かれている事が実際に起きれば桐条傘下の小さな会社がいくつも乗っ取られる事になる。

 中には精密機械の重要なパーツを作っている会社も含まれており、今これを行なわれたらグループは対処しきれない。

 影時間でも平時と変わらぬ治療が行える事からも分かっていたが、自分が死んだ後の事を考えた彼の備えには舌を巻くしかない。

 傘下の会社には桐条グループの社内株も配られており、会社を乗っ取られればその社内株は全て湊たちに移る。

 さらに、桐条武治の所有していた株と、ここにいる者たちの持っている株を渡せば、桐条グループは完全に彼の物になるだろう。

 グループを守るために行動していたはずが、最も桐条を恨んでいる人間にグループを渡すことになるなど誰が予想出来たか。

 それだけはダメだと思いながらも、自分たちに拒否権がないと分かっている高寺が額に脂汗を滲ませながら尋ねる。

 

「……グループを手に入れ何をなさるおつもりですか?」

「別になにも。強いて言えば、あいつが大切にしていた物を一つずつ奪う事に意味がある」

 

 目が覚めたら自分の会社が乗っ取られていた。

 そんな状況に置かれれば夢か現実か疑うに違いない。

 しかし、金色の瞳の奥に暗い炎を燃やす青年は本気でそれをやるつもりだ。

 十年前の事故の被害者や被験体たちなど、桐条グループに大切な物を奪われた者たちは多数いる。

 だからこそ、彼はお前も同じように奪われる苦しみを味わえと、個人に対する悪意のみで社会すらも巻き込もうとしていた。

 

「湊様、今桐条に送れる人材は三名くらいしかおりませんが?」

「フランスにいるやつでいい。日本酒好きだったはずだ」

「その男は脂肪肝で医者に禁酒を言い渡されていたはずです」

「……なら、ドイツの方でいい。新トップが女なら馬鹿が釣れるだろう」

 

 EP社は久遠の安寧側にも籍を置いていた幹部を処分したので、他所に送れるほど豊富な人材がいる訳ではない。

 けれど、それでも全くいない訳ではない事もあり、ソフィアも既に桐条グループを手に入れる方向で人事を考えている。

 経営者として優秀なソフィアが推薦するくらいだ。今のグループにとっても迎えて損はないに違いない。

 ただ、父が倒れ、グループまで桐条家の手から離れていくのを見ているしかない美鶴は、一体今どのような気持ちなのだろうかと高寺や菊乃は心配していた。

 彼女は父から自由を与えられる事になっていたが、時間は掛かろうとも、やはり大好きな父の後を継ごうと思っていたに違いない。

 影時間を終わらせ、進学しながら会社の経営を学び、最終的には自分が再びグループのトップに立つ。

 そんな夢を目の前で奪われるのだ。彼女が湊に憎しみを覚えても不思議ではない。

 高寺たちが心配して美鶴を横目で見れば、意外な事に彼女は落ち着いた様子で湊を見ていた。

 どうして彼女は落ち着いていられるのか。不思議に思った英恵が尋ねる。

 

「美鶴、貴女はグループに未練はないの?」

「ないと言えば嘘になりますが、今、グループは外部からの悪意に弱い状態なのでしょう? ならば、EP社の庇護下に入るのは悪くないのでは?」

 

 高寺たちが警備部を動かしてまで特別課外活動部の捕らえようとしたのだ。冷静に考えれば今のグループがどれだけ危うい状態なのか察することは出来る。

 ならば、湊の脅しから始まったにせよ、今回のEP社側からの申し出は悪くないはずだ。

 再び自分たちの手にグループを取り戻すのは難しいかもしれないが、ソフィアたちも遊びで企業経営している訳ではない。

 いくら何でもグループを完全に解体するような勿体ない事はしないだろう。

 そんな事を美鶴が言えば、大人たちは確かにそうなのだがと冷静すぎる美鶴の様子に逆に違和感を覚えた。

 すると、美鶴たちの話を聞いていたソフィアから、桐条グループを手にした後の動きについて説明があった。

 

「別にわたくし個人としては桐条グループを獲得する事に拘りはありません。湊様の目的は嫌がらせのようですし。そちら側が十分な能力を持った人間を立てるのであれば、時期を見てトップを代えても良いでしょう」

「それは……グループとしては非常にありがたい話ですが、あまりにEP社に旨みがないのでは?」

 

 巨大企業を傘下に収めたなら、出来る限り技術と人材を吸い取って捨ててもおかしくはない。

 実際にそういった目に遭った企業も国内には存在しており、いくらソフィアが桐条グループに興味がないと言っても、桐条側に会社を返すことも検討するなど話が旨すぎると警戒してしまう。

 しかし、高寺にそう言われたソフィアは紅茶に手を伸ばしつつ何も不思議ではないと返す。

 

「湊様が有事の際に備え、桐条の乗っ取りを計画した主な理由は、社会の混乱を出来る限り抑える事にあります。また、そちらが危惧していたように、外部の人間が影時間に関わる情報を得ようとしてくる事も考えられたので、傘下に収めることで余計な茶々を防ぐ事が出来ます」

 

 説明を受けた一同の視線がコーヒーを飲んでいる湊に集まる。

 もしも、もしもソフィアの言った言葉が事実ならば、湊は最初から今回のような状況が生まれると警戒していた事になる。

 そして、グループ内部の人間よりも大局を見て、冷静に準備を進めていたと言えるだろう。

 高寺たちの行動はあくまで弱点を隠すだけで被害の軽減以上の効果はなかった。グループ全体の混乱が落ち着くまで状況の改善も出来ず、そんな状態で外部からの悪意に対処しなければならない。

 対して、湊たちの行動は現状維持した上で周囲に睨みを利かせ、EP社の力で早期に状況を改善できる見込みがある。

 桐条個人への嫌がらせと共に、無関係な者たち守る事も出来ている。本当に才能の無駄遣いとしか言いようがない青年の力の使い方に英恵などは苦笑している。

 

「もう、八雲君は本当に素直じゃないわね」

「……まぁ、本当にそれだけなら桐条グループには得しかないだろうな」

「あら、まだ何かあるの?」

 

 確かにこれだけなら桐条グループは得しかない。

 しかし、湊という男は天邪鬼なのだ。気まぐれに施しを与える事もあるが、同時に子どものような悪意を撒き散らすこともある。

 

「とりあえず、高寺側についた人間は全員頭を丸めろ。嫌なら手の指を左右一本ずつ詰めるでもいい」

 

 最初に言っていた事は冗談だと思っていただけに、不意打ちのような彼の言葉に全員が目を丸くする。

 全員という事はこの場にいる当事者は英恵と美鶴以外は丸める必要があり、帰らせた警備部も男女問わず全員がその対象という事だ。

 中には結婚を来年に控えている者もいるというのに、それはあまりにも可哀想なのではと思わず英恵から恩赦はないかと声が掛かる。

 

「あの、八雲君。結婚式を控えている人もいるから、その辺りは配慮してあげられないかしら?」

「そんなのは俺が考える事じゃない。ああ、斎川菊乃だったか。お前は頭はそのままで良いから処女を差し出せ。未公開株、実行犯の反省した姿、斎川菊乃の処女、それらが俺が桐条グループに求める賠償だ」

 

 実をいえば、湊は賠償を受け取ることにやや飽きていた。

 状況を支配していると勘違いしていた高寺たちを、さらに上から力で捻伏せた時点で彼のやりたい事はほぼ終わっていた。

 後は未公開株を手に入れることが出来れば目的は達成できるため、その他の部分は単に嫌がらせ目的でしかない。

 ただ、その中に娘の幼馴染みでもある乙女の純潔が混じっていたことで、流石にそんな事は冗談でも言ってはいけないと英恵が憤慨する。

 

「八雲君っ!! 貴方は女性をなんだと思っているの!!」

「……今の俺は被害を被ったEP社側の人間としてここにいる。桐条家当主代行なら公私は分けて頂けますか?」

「なっ!?」

 

 英恵はあくまで巻き込まれた立場だが、それでも桐条側の人間である事は間違いない。

 ならば、立ち会う以上はその発言は桐条側のものとして扱われるため、これ以上余計な事を言えばさらにふっかけるぞと湊は暗に告げた。

 まさか、実の息子同然に可愛がっていた青年からそんな冷たい言葉をぶつけられるとは思っておらず、英恵はショックで何も言えなくなる。

 だが、二人がそんな風にやり取りをしていれば、話題にあがった少女本人が困った表情をして小さく手を挙げて発言してきた。

 

「あ、あの……大変申し上げづらいのですが、私は以前屋敷に忍び込んだ賊に襲われた事がありまして……」

「いや、あの時はただ用を足していたように偽装しただけだ。下着は下げたがそれ以上はしてない」

「…………は?」

 

 菊乃が既に賊に襲われて純潔を散らしていると告げれば、何故だか青年がそんな事はしていないぞと答えた。

 これには聞いていた者たちも二重で驚き、なんで湊が彼女が襲われた時の話を知っているのだと疑問に思って彼を見る。

 すると、湊はあの時の行動はちゃんと意味があったんだぞと説明を始めた。

 

「二年くらい前の話だろ。あれはお前が騒ごうとしたから黙らせただけだ。そして、当時はまだ暗示などが使えなかったから偽装工作でトイレに放り込んでおいたんだ」

「待ってください。以前から屋敷に忍び込んでいたのですか?」

「ちゃんとおばさんに許可は取ってあった。人を物盗りみたいに言うな」

「いや、あの……その日、一晩で数億分の美術品などが盗まれているのですが……」

 

 物盗りのように言うなと湊は小さく不満を見せるも、菊乃はその日一晩で桐条家から数々の美術品が盗まれた事を覚えている。

 欲しいものがあれば持っていって良いと英恵も言っていたが、あまりの被害総額に英恵ももう少しセーブして欲しいと注意したくらいだ。

 こんなタイミングで事件の真相を知ることになるとは思っておらず、菊乃が何とも言えない表情をしていれば、青年がそんな事はどうでもいいと脱線した話を戻す。

 

「こちらの要求はそれだけだ。全て一週間以内に準備しておけ」

 

 これで話は終わりだとばかりに湊は席を立つ。ソフィアも議事録が完成したのか遅れてから立ち上がると部屋から出て行こうとする。

 高寺たちはまだ何も答えていないし。菊乃に至ってはそんな簡単に渡せるようなものではない。

 だが、部屋を出て行った彼らを追いかければ、他の者たちの目の前で二人は蛍火色の光に包まれ転移してしまったのだった。

 

 

 


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