【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百七十三話 京都の温泉旅館

夜――旅館“東山三条・後醍醐”

 

 到着したのが昼を過ぎたやや遅めの時間だった事もあり、ガイドの案内で京都市内を数ヶ所だけ観光してきた生徒たちは、冬時間になって外が暗くなってから旅館に到着した。

 有名進学私立だけあり、外観からして老舗の趣を感じさせる高級旅館に生徒たちは感嘆の声を漏らす。

 京都らしさを意識してか、一階のロビーには待合のソファーの他に野点傘と床几台が置かれている。

 大きなボストンバッグを持って旅館の中に入った順平は、それらを見て“THE・京都”な造りで良いじゃないかと旅館を選んだ学校の仕事を褒める。

 

「うわっ、マジですげー高級旅館って感じじゃん。ここもあれだろ? 創業何百年とかって歴史ある感じだろ?」

「順平君、ここに旅館の歴史が書いてるよ。創業二百十年だって」

「二百年以上前ってマジかよ!? つか、えっと一八〇〇年頃って何時代になるんだ?」

 

 ロビーの置物や高い天井を見て感心していた順平に、こっちに旅館の歴史が書いてあるよと壁際にいた綾時が声を掛ける。

 そこには創業当時から今日までの旅館の主人と女将の名前に加え、この旅館が乗り越えてきた数々の困難についても詳しく書かれていた。

 順平にとっては百年前でも大昔の感覚だというのに、その倍となると最早歴史的文化財なのではと思ってしまう。

 そんな場所に一般人が泊っても良いのかとオドオドしつつ、歴史に詳しい訳でもないので元号含めどんな時代だったのかと周りの者に尋ねた。

 すると、後ろからやってきていた隣のクラスの者たちにも話が聞こえていたのか。相変わらず旅行でも手ぶらな青年が静かに口を開いた。

 

「……その頃だと寛政だな。まぁ、寛政自体は十年ほどしか続いていないが」

「へー、そうなんか。つか、そんな昔からあるなんて京都の旅館はすげーな」

 

 近年は国内は勿論のこと、外国との関係も落ち着いているので昔のように数年ほどで元号が変わるという事はなくなっている。

 なので、日本史を覚えるなら西暦で覚えた方が分かり易いのだが、順平にとってはその辺りはどうでもいいようで、素直に二百年の歴史に何やら感動したように腕を組んで頷いている。

 その横では日本の文化にあまり詳しくない綾時もおり、彼は彼で日本の古い文化に触れる経験を新鮮に思っているようだが、足を止めていた湊は旅館の歴史を見て納得したように小馬鹿にした薄い笑みを浮かべる。

 

「……創業は天明の大火の後だろ。この辺りも含めて京都の中心ほぼ全てが火事で何にもなくなったんだ。全財産を失った人間もいたから先祖代々の土地なんて言ってられなくてな。小金と引き替えに土地を去った者も多い。それ以降の創業なんてほぼ余所者だ」

 

 順平や他の者たちが素直に歴史ある旅館だと感心していた中、湊は歴史を見たことで逆に浅いと貶した。

 彼の唯我独尊な振る舞いはこれまでも見てきたが、これから数日世話になる旅館の玄関に入ってすぐロビーで言うなど正気の沙汰ではない。

 何せ京都の人間は歴史やら伝統を重要視する。市内のどこに住んでいるか。何代住み続けているか。それだけでカーストが存在し、店をやっているならいつ創業したか、店主は何代目かも重要になってくる。

 そこで考えるとここはかなりカースト上位なのではと他所の人間は思う訳だが、複数のカーストなりを知っている湊にすれば“浅い”らしい。

 ただ、どんな理由があろうと湊の言動が非常識なのは変わらない。

 慌てて彼のクラスメイトで元部下の渡邊が止めに入った。

 

「ちょ、会長、聞こえたらヤバいですって! つか、マジで京都に何の恨みがあるんスか!」

「……恨みはない。ただ、事実を言っているだけだ」

 

 何を言っても無駄なようで湊は旅館の歴史が書かれた壁の前を離れると、そのままフロントに行って二、三言葉を交わし、すぐに売店の方へ行ってしまう。

 フロントの女性が丁寧な対応をしていた事から、どうやら旅館の人間に聞こえていなかったようだが、今後もこの感じだと周りの人間の精神が保たない。

 何がどうしてあそこまで京都を蔑むのか。皆が不思議に思っていると、七歌が思い当たるならここかなと自分たちの家と京都の関係を話す。

 

「私と八雲君の一族ってそれぞれしっかりと直系で二千年以上続いてるの。それでまぁ、八雲君の一族は最強っていうか敵無しでね。時の権力者に頼まれてその内の五百年くらいはこの旅館の数倍の大きさで京都に屋敷持ってたんだよね」

 

 九頭龍家と百鬼家は今も本家屋敷がある島根が発祥の地である。

 ただ、その力は旧い時代から既に全国に知られており、当然、日本の政治の中心であった京都でもその力を是非手に入れたいと様々な謀があった。

 百鬼家はそういった権力に一切の興味がなかったものの、九頭龍家は鬼を従えていることで敵などいないと分かっていたため、自分たちの家を大きくするためにも申し出を受けて京都に屋敷を構えていた事があった。

 たった十数名で一国を落とすほどの戦力。その鬼と鬼を使役する一族がいれば、京都も安泰だと権力者は自分の屋敷の傍に彼らを住まわせたのだ。

 結果から言えばその策は見事に上手くいった。謀反を企て、権力者を殺そうにも、屋敷に侵入しようとしている間に龍の命を受けた鬼が現われて下手人を殺すのだ。

 龍を守る鬼の事は知られていたが、その二家を味方につけた権力者は龍と鬼に守られていると噂になり、以降は一度も暗殺されそうになることがなかったほど。

 感謝した権力者は代が変わっても彼らを御所近くに住まわせ、九尾討伐を依頼したように何かあれば彼らに頼り続けた。

 

「ただ、京都って気候的に住みづらい土地でしょ? 散々お願いも聞いてあげたし義理は果たしたって事で、この旅館くらいの屋敷一つ残して引き上げたんだよね。そしたら、裏切りだなんだってもう追っ手がすごかったらしいの。京都が政の中心だったから当時で言えば正に国が相手っていうレベル」

 

 そう。権力者は千年先も彼らは自分たちと共にあると信じていた。

 しかし、両家は別に権力者に仕えているつもりはなかったし。国のトップだからとある程度は恩も売っておいたが五百年もやれば十分だと考えた。

 そうして、十分に義理を果たしたと彼らが住みづらい土地に屋敷一つ残して島根に引き上げようとした際、彼らが自分を守るのは当然だと思っていた権力者とその一族は大いに慌てた。

 何せ情報技術の全く発達していなかった時代であっても、国内どころか海外にまでその存在を知られていた一族たちだ。

 最強の盾であり矛でもあった存在が離れれば、それを好機と捉えて命を狙う者もいる。

 また純粋にそれだけの力を持つ者たちに見捨てられた男に、国の将来を左右する政を任せて良いものかという風潮も出るだろう。

 何としてでもそれは避けねばならないと考えた権力者が取った行動は、これまで守って貰ってきた恩を忘れ、彼らを力尽くで従えさせようというものだった。

 話を聞いていたゆかりは先は見えるがと結果を尋ねる。

 

「それで七歌たちのご先祖はどうなったの?」

「言ったでしょ。八雲君の一族は最強だって。圧勝だよ。水鉄砲持った子ども相手に戦車で応戦するようなもんだもん。追っ手を全滅させた上で権力者の屋敷に忍び込んで、これ以上邪魔をするなって脅したらしいよ。で、直筆の謝罪の文と餞別を貰って島根に帰ったんだ」

 

 国のトップを守る軍隊が弱いはずがない。

 しかし、それを相手にしても名切りの鬼は完勝できた。敵を全滅させ、隠し部屋に逃げていた権力者の喉元に刃を突きつけ、諦めて退くように告げたのである。

 ここでようやく自分がどんな存在を駒として使っていたのか権力者も理解したらしく、以後は大人しく彼らが島根に帰ることを認めて、さらに裏切り者と呼んだことを謝罪して餞別まで渡したほどだった。

 当時から国を相手に喧嘩を売っていたとは驚きだが、そんな扱いを先祖が受けていたなら京都を嫌うのも少し分かるかと、売店で何やらお菓子を買って出てきた湊を見ながら複雑な表情で渡邊も頷く。

 

「あー、先祖のされた事への恨みで京都嫌ってたんスね」

「いや、屋敷残してたって言ったでしょ? その後も色々と仕事はしてあげてたし。疫病と飢饉で都が全滅しかけた時は助けて回ったし。大火事になった時も支援物資とか贈ってたんだよ? てか、私の一族には権力者の娘も何人か嫁いできてるし。別に関係が悪くなった訳じゃないって」

 

 権力者の娘が七歌の一族に嫁いでいたと聞いて全員が目を丸くする。

 何せ権力者の血筋は日本ではいと尊き物として考えられているのだ。その血を彼女も引いているとなれば、二千年以上続く血筋がさらに高貴な物に感じられる。

 もっとも、実際は権力者は娘を百鬼に嫁がせようとしたのだが、神の器を目指していた百鬼がそんな凡俗な血はいらないと拒否した事で九頭龍に回されたという裏話もあったりする。

 結局、二つの一族は一つに戻って湊にも権力者の血が流れているのだが、そこまで深い関わりがあったなら湊が京都を嫌う理由が分からない。

 ここはやはり素直に聞いておくべきかと、戻ってきた彼に対し一同を代表してチドリが声を掛けた。

 

「じゃあ、なんで貴方は京都を嫌ってるの?」

「……別に嫌ってないぞ。ただ、下々の者らのくだらない見栄の張り合いを滑稽に思っていただけだ」

 

 聞いて一同は何を言ってるんだこいつはという顔になる。

 確かに、京都のカーストは他所の人間からすればくだらないし意味が分からないものだろう。

 ただ、それで当人たちのコミュニケーション等が上手くいっているなら気にする必要はないはず。

 それをこの男は“俺からすれば全員等しく浅いが?”と全力で上から目線に馬鹿にしているのだ。

 彼の家系を見れば確かにその通りなのだが、真面目に何か理由があると思っていた者たちにすれば、こいつはやっぱり馬鹿だわと呆れるほかない。

 長い付き合いで彼のそう言った部分を知っていたゆかりは、時間を無駄にしたとムスッとしながら手を叩いて全員に移動を促した。

 

「よし、撤収! 馬鹿は放っておいて部屋に行くよ!」

『うーすっ!』

 

 他の者たちもゆかり同様に彼のこういった側面は理解している。

 馬鹿の相手をするだけ無駄。自分たちはこれから楽しい修学旅行の夜を過すのだと、部屋の場所の関係で男女で別々の階段を目指して歩き出す。

 それを見ていた湊はならば自分も移動しようと付いていく訳だが、何故だか彼は男子たちではなく女子らの後に付いてきた。

 すぐに気付いたゆかりは再び呆れたような顔になって湊を注意する。

 

「君はあっちでしょ! ベタなことすんなっつの!」

 

 別に女子たちの向かう先の階段を通ってでも男子たちの部屋があるエリアには向かえる。

 一階で別れて移動すると言っても、泊るのは別館という訳ではないので、遠回りになるだけでフロア自体は同じなのだ。

 しかし、異性の部屋のあるエリアには立ち寄らないよう言われているため、いきなり破るやつがあるかとゆかりは注意したのだ。

 女子に叱れている湊を見て、同じ事をしようと思っていた男子たちもしなくて良かったと小さく安堵する。

 だが、叱られた青年は相手の理不尽な言葉に溜息を吐きつつ、近くにあったフロア案内の看板を指でさして説明した。

 

「俺の部屋はここだ」

「そう言えば、有里君は個人で部屋を取ってたんでしたね」

「後ほどわたしも遊びに行かせていただきます」

 

 美紀とアイギスが話す中、彼が指したのは女子たちの泊るエリアの最上階の部屋。

 この旅館の建物は台形ではなく凹型になっており、最上階は二つのスイートルームしか存在せず、それぞれ最寄りの階段とエレベーターからしか移動が出来ない。

 つまり、男子たち側の階段からでは行くことが出来ないので、そこを否定されても困ると湊は言いたい訳だった。

 どうやら先ほどフロントに寄っていたのはチェックインだったらしく、彼の手にはしっかりとスイートルームの番号を表わす数字が書かれた鍵がある。

 注意したゆかりも彼が個人で部屋を取っていることを忘れていたので、その点については謝罪するが、案内板の近くに置かれていた旅館のパンフレットを見ていた男子たちが、湊の泊る部屋の設備を見て驚愕の声をあげた。

 

「はぁ!? マジかよ!? 有里の部屋、最上階のくせに庭園と露天風呂付きって書いてんじゃねーか!」

「僕らの部屋にもシャワールームに小さな湯船はあるみたいだよ?」

「いやいやいや、完全に別物だって!」

 

 この旅館にある露天風呂は時間で男湯と女湯が切り替わるものを除けば、スイートルームにそれぞれ設置された物しかない。

 つまり、一般の部屋に泊っている順平たちは、入る時間を間違えればただの大浴場に行くしかないのである。

 どうして最上階のくせに日本庭園と露天風呂があるのかは、部屋数を二つに絞ることでそれぞれに広いバルコニーを造り、そこに庭園と露天を設置しているからだったりする。

 女子たちも男子たちが見ているものと同じパンフレットで湊の部屋を見ていれば、圧倒的格差に震えていた順平が綾時に自分たちと湊が置かれている状況についても説明を始めた。

 

「考えれば分かるだろ。有里はファミリーで泊るようなスイートに一人だぞ? 点呼が終わってから部屋に女子連れ込んで、星空眺めながら露天でゆったりも可能だ」

「そういや、会長は中学時代にも前科あるかんな。会長のくせに修学旅行カップル第一号になった前科が」

「なら、僕たちも部屋に女性たちを呼んで楽しくお話したら良いんじゃない?」

「それが出来るのはお前や有里クラスのイケメン限定だっつの!」

 

 順平や渡邊が警戒しているのは中等部時代の修学旅行の再来だ。

 旅行マジックを言えば良いのか、修学旅行中に新しいカップルが誕生することはよくある。

 ただ、前回は生徒会長である湊がその第一号となって、非公式ながら学内の女子人気ランキングでトップクラスの順位にいたゆかりを見事に射止めていた。

 今回、点呼や教師の見回りもある他の生徒と異なり、湊はとんでもなく豪華な部屋に一人で泊っているため、女子を連れ込んでも誰も注意することが出来ない。

 彼の周りには今も大勢の見目麗しい女子がいるので、また今回も同じような事になるのではと男子たちが険しい目付きで青年を見つめていると、彼はその嫉妬から来る視線を全て無視して階段へと向かってゆく。

 男子たちはそんな余裕すらも嫌味ったらしいと文句を言って去っていったが、昔から彼の事を知っているチドリはまるで分かっていないと呆れた顔をして彼の傍に行く。

 影時間の記憶と共に湊と過した時間を忘れている美紀はともかく、どうやらラビリスなども彼の様子を分かっているようで苦笑を浮かべている。

 そんな二人の様子を不思議に思ったアイギスが首を傾げれば、彼女の疑問に答えるようにチドリが湊に声を掛けた。

 

「……八雲、温泉は楽しみ?」

「……少しだけな。そのために専用がある部屋を取った」

「そう。好きな質のお湯だと良いわね」

 

 そう。湊は別に男子たちに劣等感を与えるために無視した訳じゃない。

 ただ単に温泉好きで早く部屋に行ってお風呂に行きたいから相手にしなかっただけなのだ。

 部活で旅行に行ったときも彼は部屋に着くなり温泉に行こうとしたほどだ。

 今回は部屋からすぐに温泉に行けるという事もあって、食事の時間を除けば好きなだけ温泉に入っていることだろう。

 先ほどまであんなに京都を貶していたというのに、温泉があればそれだけで子供っぽさを見せるのだから何ともアンバランスに思う。

 しかし、生き返ってからしばらくゆっくり出来ていなかったこともあり、先を行く彼の背中を見ていた少女たちは、どうか彼がゆっくり過ごせますように心の中で祈った。

 

 


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