【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百七十四話 男たちの戦い

夜――旅館

 

 旅館に着いた月光館学園の生徒と教師たちは、着いてすぐに宴会場で夕食をとった。

 今日は移動がメインだった事であまり観光する事が出来なかったが、その分、普段とは違ったシチュエーションを楽しもうと生徒たちも盛り上がっていた。

 教師陣は引率としてそんな生徒たちを抑えねばならない立場だからか、それほど羽目を外せていなかったが、途中で頼んでもいないお酒が運ばれてきた。

 何でも個人で部屋を取っていた湊からの差し入れだそうで、彼は自分の部屋で食事を取る事になっておりその場にいなかったが、教師には酒を、生徒たちにはソフトドリンクを飲み放題で頼んだらしい。

 食事のあとも翌日の打ち合わせなども残っていたので、酒を飲んで酔っ払う訳にもいかない。

 しかし、湊が差し入れた酒のメニューは高級な地酒などもあり、佐久間と櫛名田が人の厚意を無駄には出来ないとボトルで頼んだことで他の教師たちも次第に飲むようになっていった。

 おかげで食事が終わる頃には教師たちも上機嫌に部屋に戻っていった訳だが、食事を終えて一時間ほど経った頃、とある部屋に集まる男たちの姿があった。

 部屋の明かりは消され、今その部屋を照らしているのは窓から射し込む月明かりとテーブルの上に置かれたキャンプ用のLEDランタンだけだ。

 停電になっている訳ではない。蛍光灯が切れているという訳でもない。

 だというのに、その部屋にいる四人の男たちはテーブルを囲ったまま目を閉じて、静かに座って待っていた。

 他の部屋では今頃持ち込んだ玩具で遊んでいたり、関東とは放送日の異なるテレビ番組などを見ながら盛り上がっている事だろう。

 それでも男たちはそれらは別世界の事だとばかりに耳が痛くなるほどの静寂に包まれ、その時がくるのを待っていた。

 そして、ついにその時が訪れる。

 廊下と繋がる扉が静かに開くと、数人分の静かな足音がして、それらが和室と玄関を隔てる戸の前まで来て止まる。

 これまで目を閉じていた男たちはお互いに視線を交わすと、最も戸に近い場所に座っていた顎ヒゲのある男が頷いて立ち上がり、戸を隔てた向こう側にいる者たちに向けて口を開いた。

 

「“山の”」

《“頂き”》

 

 男の言葉にすぐに返事が返ってくると、男は戸を開いて向こう側にいた者たちを迎え入れる。

 戸の向こう側にいたのは隣のクラスの男子三人。

 彼らが部屋に入ってくると、先に部屋にいた者たちも手を挙げて静かに挨拶をしてから場所を移動し、新たにやって来た者たちと一緒になってテーブルを囲む。

 先にポットで湧かしたお湯を使って緑茶を用意し、集まった七人の前にそれらが配られると、一同を代表して顎ヒゲのある男が口を開いた。

 

「まず初めに諸君らには感謝を。ここにいる七人は同じ志の許に集った勇士である。一人では不可能であっても、この七人がいれば、必ずや“遙か遠き理想郷(女風呂)”に辿り着ける事だろう」

 

 顎ヒゲの男がそう言えば聞いていた男たちは同じ気持ちだとばかりに頷いて返す。

 彼らのそんな様子に満足そうな笑みを浮かべた顎ヒゲの男は、では早速作戦について話し合おうとテーブルの上に置かれた旅館の案内図を見た。

 

「じゃあ、(友近)から説明を始めてくれ」

「了解。さっき男湯の時間に実際に入ってきた。建物の位置関係は案内図とほぼ同じ。ただ、実際には案内図のような綺麗な正方形じゃなくて、もう少し奥行きがあると思ってくれ」

 

 夕食はそれなりの量があって、差し入れのソフトドリンクもおかわりしまくった事で彼らの腹は膨れていた。

 ただ、作戦の前に下見をするには自由時間になると同時に風呂に行くしかなかった。

 満腹状態ですぐに風呂に入るのはかなりきつい。おかげで部屋にいた四人は隣のクラスの者たちがやって来るまでろくに言葉を交わすことも出来なかったのだが、少し休んで落ち着いた事で実際に見た露天風呂の構造を説明することが出来た。

 おかげで、自分たちの目では露天風呂を見ていなかった隣のクラスの者たちは、Tの詳しい説明を聞きながら成程と頷いている。

 

「身体を洗う場所はオーソドックスに入口を入ってすぐの壁側。温泉自体は奥に向かって長い途中でくびれのある楕円形で、中央にお湯の掛け口も兼ねた大岩がある。大岩は奥に向かって口の開いたUの字型。そのUの字型の部分は四、五人は入れるくらいに広くて、入口側からだと見えない」

 

 LEDランタンの明かりに照らされ、真面目な表情でメモ用紙に図を描きながら話すTのあまりの詳しい説明に、実際の光景が鮮明に頭に浮かんだ隣のクラスの者たちは戦慄する。

 彼らは同じ目的のために集まった同志たちだ。

 女湯を覗きたい。そんなたった一つの浪漫のために彼らは集まった。

 一人は皆のために、皆は一人のために、例え志半ばで己が倒れようとも、同志がその夢を掴むための礎になる。

 裏切り者A(有里湊)が部屋に仲の良い女子を連れ込むのが悔しくてやる訳じゃない。

 純情故に男の度胸試しと騙されて参加させられている訳ではない。

 同じバスケ部のやつらに来いと誘われていつの間にか覗きの片棒を担がされている訳じゃない。

 彼らはただ京都の美しい夜景を見たいがために行動するのだ。

 そうして、露天風呂の構造をTが説明し終わると、隣のクラスのリーダー格である(渡邊)が口元を歪めて顎ヒゲの男を見た。

 

「流石は(順平)の仲間だな」

「オレは関係ねぇよ。ただ、ここに集まったのは浪漫を追い求める最高の馬鹿たちだ。参謀のT、高い身体能力を持つ(宮本)、期待のルーキー(綾時)。そして、新たにWたちが加わるんだ。失敗する気がしねぇぜ」

 

 このメンバーで失敗する方が難しい。そういって笑うJにWも頷いて返す。

 今回、隣のE組からは湊の元部下でバスケ部のWの他、中等部時代にバスケ部キャプテンをしていた(山井)とラフプレーで選手を潰しに来る敵として試合で戦ったことのある(忍足)が助っ人で参加する。

 Wの友人であるYは割りとノリノリで参加したのだが、Oは同じバスケ部でも彼らとなれ合っている訳ではない。

 ただ、同級生のバスケ部員が三人も集まることもあって、何かしらバスケ部メンバーでやるのだろうかと思って参加してみればこれだ。

 話を聞いて状況を完全に把握できたことで、自分はこんな物に参加する気はないぞとOが立ち上がる。

 

「ふざけんな。誰がそんなもんに参加するかよ」

「お前、逃げんのか?」

「そういう問題じゃねぇだろうが! 高いリスクに、一切メリットがねぇ時点で参加する訳ねぇだろ」

 

 去ろうとするOをWが呼び止めるが、彼はそんな事に参加してバレたらどれだけの不利益が発生するか考えなくとも分かるだろうと吐き捨てる。

 さらに言えば、そこに同じ学校の女子がいたとしても、いくら都会の学校と言えど女子のレベルはピンキリだ。

 七歌やゆかりなどトップクラスがいるならば挑む価値もあるかもしれない。

 だが、これで自分よりも体格の良い重量級の柔道部女子しかいないとなれば、あまりに勝手な言い分だが見ても損にしかならないとOは断言する。

 女子が聞けば、ただの覗き魔が何をほざいているのかと憤慨するに違いない。

 ただ、ここで自分たちの計画を知った人間が抜けるのは非常に拙い。

 そう考えてWとYはアイコンタクトを取ると、相手を煽って話に乗せる作戦に出た。

 

「……お前の幼馴染みでマネージャーの櫻井もいるかもしれないぞ? 何なら、Mの幼馴染みの西脇もいるかもしれん。いや、もっと言えば会長の周りにいるうちの学校のトップ陣もいるかもな」

「そっちに有里の知り合いがいるなら、部屋風呂がある有里は見れないって事だ。もし、それで俺たちが見る事が出来たら男として一歩リードしたと言えるだろうな」

「……なんだと?」

 

 二人が腕を組んでニヤリと笑って言えば、Oは足を止めて何やら考え込む様子を見せる。

 相手は中学時代に湊に負けた事を未だに根に持っている。チャンスがあればどんな事でも良いから彼に勝ちたいという思いを持っているのだ。

 さらに、どんなにスカして斜に構えていようと相手も思春期の男子高校生。

 行動を正当化できるだけの材料があれば、女子の裸を見たいがために話に乗るに決まっている。

 案の定、相手はテーブルまで戻ってくると湊に勝てるなら悪くないと言い訳を口にしてきた。

 それを見ていた他の者たちはこいつムッツリだなと心の中で思いつつ、下見したことでどこが覗きポイントに適しているかをRが中心となって話し合う。

 

「僕の見立てによれば、この向かって右手奥にある松の木辺りが狙い目だと思う。左側はどうしても旅館自体が光源になって照らされてしまうからね。旅館と反対側になってる方が暗くて隠れやすいはずさ」

「俺も参謀としちゃRの意見に賛成だ。つか、左側からだと下手すると移動含めてロビーから見えるかもしれん」

 

 入浴中の人間に見つかるのは論外だが、覗きポイントに行くまでを他の人間に見られる訳にも行かない。

 温泉左側の塀はロビーからも見えているので、そこを通過しているところを旅館の従業員に見られればすぐに追っ手が放たれる事だろう。

 もし教師にバレれば今夜は反省房こと教師の部屋送りにされるはず。

 何が悲しくて修学旅行の夜を教師と同じ部屋で過さなければいけないのか。

 絶対にそんな初歩的なミスは出来ないと意識を共有させたところで、バスケ部たちは動き易いジャージ姿で、JとTとRは風景に溶け込みやすさを優先して浴衣姿で部屋を出る事にした。

 

***

 

 部屋を出た男たちはあくまでちょっと散歩に行くんですよという雰囲気で旅館を出た。

 旅館の浴衣を着て外に出ることを注意されるかもと警戒したが、男性客には多いようでフロントにいた従業員も一礼するだけで特に反応してこなかった。

 

「よっし、第一段階はクリアだ。このまま外から回り込んでいくぞ」

『了解』

 

 覗き一つに何をそんなに本気になっているのか。真剣に頷き合っている彼らの目的を聞けば、誰もが馬鹿だと呆れるに違いない。

 しかし、いくら他人が何と言おうとも彼らは本気だった。

 他人に言われたくらいで諦められるなら、部屋にいた時点で馬鹿話としてその話題自体を終了している。

 彼らはその遙か遠き理想郷の光景に憧れ、恋い焦がれるからこそ、胸の奥に燃える衝動に突き動かされ目指すのだ。

 

「いくぞっ」

 

 Jのかけ声と共に出来るだけ足音を消しながら動き出すと、部活で広い視野を持つことに慣れているバスケ部が先導して進んで行く。

 見つかった時の事を考えれば不安と怖さで足が止まりそうになる。

 だが、自分たちには仲間がいる。信じられる仲間がいるからこそ震えそうになる足を踏み出し進めるのだ。

 旅館の建物沿いに走っていれば、彼らの耳に水音が届く。

 

「……近いぞ」

 

 先頭を走っていたWが言えば、他の者たちも分かっていると頷き返し、より一層周囲への警戒を強めて目的地を目指す。

 あと少し、もう少しで自分たちの夢は叶う。徐々に大きくなる水音、そして楽しそうな女子たちの話し声が聞こえてきて、少しずつ男たちの鼻息が荒くなってきたその時、

 

「――――お前らそんなとこで何やってんだ!」

 

 目標まで残り二十メートルほどのところで後ろから大人の男性の声が響く。

 声の方向からするとまず間違いなく男性はJたちに向かって声を掛けていた。

 何故このタイミングで、どうしてあともう少し待ってくれなかったのか。

 彼らは後ろから聞こえた声に聞き覚えがあった。その声の主は自分たちの学校の体育教師のもの。女子たちからはセクハラ教師ブルマンと影で呼ばれている青山という教師だ。

 一時期、店の看板が落ちてきて怪我で入院していたが、退院が間に合って彼も旅行に着いてきた。

 それを知っているJたちは、どうしてもっと入院していなかったんだと、ポイントにすら辿り着けなかった悔しさと邪魔してきた相手への怒りで拳を震わせる。

 だが、既に見つかってしまった以上、この作戦は失敗だ。どうやっても全員が無事に逃げ延びる事など出来るはずがない。

 どうすればいい。どうやれば助かる。

 無駄な足掻きと知りながらも、焦りながら全員が助かる方法を考えていた時、後ろを走っていたJとTがどこか悟ったような表情で視線を交わし頷いた。

 

「……W、お前らは逃げろ。オレたちは浴衣にサンダルだ。どうやっても逃げ切れねぇ」

「けど、お前らはジャージと靴でしっかり走れる。お前に運動部だ。俺たちが少し時間を稼げば一周して旅館に戻れるだろ?」

「な、何言ってんだ! そんな事したらJたちはっ」

 

 自分たちは仲間だ。仲間を見捨てて自分たちだけ助かることなど出来ない。

 団体競技の部活で仲間の大切さを知っているからこそ、彼らはJたちが犠牲になることを容認出来なかった。

 けれど、追っ手も体育教師だけあって徐々に距離を詰めてきている。

 サンダルで走りづらいJたちに合わせていれば、全員捕まるのは時間の問題だろう。

 故に、覚悟を決めた瞳で微笑みRが言った。

 

「僕たちは仲間だ。だから、どうか僕たちの思いを無駄にしないで欲しい」

『……っ』

 

 足手纏いになっている三人が犠牲になるだけで仲間が四人も助かる。

 悩むまでもないことだとRたちは笑っていた。

 自分たちだけ助かっても意味はない。しかし、彼らの思いを無駄にする事も出来ない。

 そうして、前を走っていたWたちが選んだ答えは、

 

「……すまんっ」

「気にすんな。お前らは生き延びろよ」

 

 Jの言葉を背に受けて四人は速度をあげて走り去って行く。

 速度をあげる直前、彼らの瞳の端には光る小さな粒が見えた。仲間を犠牲にして自分たちだけが生き残ることにどれだけの葛藤があったのだろう。

 足を止め遠くなっていく背中を見送った三人は、後ろから迫ってくる足音を聞きながら彼らには悪い事をしたと心の中で謝った。

 そして、追って来た教師がすぐ後ろにやってくると、三人は振り返ってJとTが口を開く。

 

「すみません、先生! あいつらに逃げられました!」

「なんか急にバスケ部のやつらが度胸試しだって覗きに行って、オレら止めようとしたんですけど、向こうはジャージに運動靴ってマジ装備で……」

 

 まさに外道。順平と友近は本気で悔しそうに、申し訳なさそうにする演技を見せ、即座に仲間を売った。

 あの僅かな時間で自分たちが捕まることははっきりと理解できた。そして、バスケ部たちは逃げ切れる可能性があることも分かっていた。

 だからこそ、二人は全部あいつらに罪を被せれば助かる可能性があると判断し、そこに全てを賭けた。

 動きづらい格好で走ったことで三人とも肩で息をしている状態。そして、一切誤魔化そうとする気配がないことで教師の青山も二人の言葉を疑いつつも信じてしまう、

 

「ホントか? というか、そういう問題が起きた時は先に先生らに連絡しろって言ってただろ」

「すんません! けど、準備してすぐに出てったから追いかけるしかなかったんス!」

「ったく、旅行だからって浮かれおって。それで、逃げてったのは何人だ? メンバーは分かるか?」

「二年E組の忍足と山井と渡邊、それとF組の宮本っていうバスケ部四人ッス」

 

 逃げていったのが全員バスケ部二年だったことも、順平たちの言葉に信憑性を持たせることに一役買う。

 教師たちも運動部の男子が何人かで覗きをしようとするのではと警戒していたのだ。

 順平たちも逃げていった彼らと同じ学年で知り合いでもある。

 ただ、学校という環境もあって、二クラスの混合チームであっても、先入観からクラス単位で固まって動くと無意識に考えてしまい易い。

 ここで言えば宮本が一緒に残っていれば順平たちも覗き魔の仲間と見なすことが出来た

 けれど、順平たちと同じクラスであるはずの宮本は隣のクラスの者たちと一緒に逃げ、その四人にはバスケ部という共通点があった。

 おかげで青山は、順平たちが同じクラスの宮本がバスケ部のやつらと覗きを計画していると知り、それを止めるために追いかけていたのだと信じ切ってしまう。

 

「まぁ、分かった。どうせ部屋に戻ってるだろうから他の先生と行って捕まえておく。お前らは部屋に戻ってろ」

『はい!』

 

 部屋に戻っていろと言われた三人は良い返事で答え、この場を乗り切ったことを心の中で喜びながら部屋に帰る。

 その後、青山の言った通りに男子教師たちは旅館に戻っていた宮本たち四人を捕まえ、反省させるため自分たちの部屋へと連行していった。

 どうしてあの暗さで自分たちだとバレたのか。何故、先に捕まったはずの順平たちがいないのか。

 連行された四人はその疑問が頭を過ぎった瞬間、すぐに順平たちが裏切って自分たちに全ての罪を擦り付けたのだと悟り。卑怯な裏切り者たちへの怒りに震えた。

 

***

 

 宮本たちが教師に連行されていった後、部屋に戻ってきた順平たちは尊い四人の犠牲に黙祷をささげてすぐに思考を切り替えた。

 再びテーブルに集まって緑茶を飲みながら次の作戦について話し合う。

 

「んで、次はどうする? 宮本らが捕まったせいで露天に近付くのは難しいぞ」

 

 そも捕まったのは順平たちだったのだが、こうやって彼らは無事に部屋に戻り、逆に逃げ延びた宮本たちが連行されていったので、結果だけ見れば宮本たちが捕まったという表現は正しいのかもしれない。

 しかし、仲間を売っておきながらシレッと迷惑がるあたり、ここにいる者たちのクズさが窺える。

 宮本たちが聞けば殴り合いの喧嘩になるであろう発言を順平がすれば、緑茶を飲んでホッと一息吐いた友近が物は考えようだと口を開く。

 

「まぁ、今日は諦めて明日にするってのも一つの手だけどな。あいつらの監視に先生が何人かついてるなら、こっちの警戒すべき相手が減ってるとも取れる」

「友近君は何か策があるのかい?」

「あぁ。今だからぶっちゃけるけど、そもそも、近づける可能性の方が低いと思ってたんだ。だって老舗旅館だぜ? 普通に考えて正面突破とかは無理だろ」

 

 最初の作戦は成功するとは思えなかった。実際に失敗して仲間を失っているくせに彼は軽い調子で話す。

 捕まって今も男性教師たちの部屋で正座させられているメンバーが聞けば、なら最初から言えよとこれもまた殴り合いの喧嘩に発展しそうな話だ。

 だが、その彼らは今ここにいない。教師たちの目も順平たちからは逸れている。

 だからこそ、自分の用意していた策の成功率が上がるのだと友近は部屋の奥に行って、何やら大きな荷物を持ってテーブルに戻ってきた。

 

「じゃーん! どうよこれ?」

 

 そう言って彼がテーブルに置いたのは、平らな箱の上に四つのプロペラがついたラジコンヘリのような物体だった。

 ラジコンヘリにしてはプロペラが多いし、何やら大きな箱っぽい部分も気になる。

 友近がラジコンのコントローラーを持っているので、ラジコンなのは間違いないのだろうが、それに加えてノートパソコンまで用意している理由が分からない。

 ここで降参だと両手を挙げた順平が素直に尋ねる。

 

「ともちー、それなんなん? ラジコンヘリっぽいけどさ」

「カメラ付きのドローンとか言うやつだってさ。有里君に部屋から京都の町並みを自由に見て回れるラジコンヘリとかないか聞いたら貸してくれた」

 

 どうして彼がそんな物を旅行に持ってきているのかは問わない。

 実際はただマフラーに入れてあっただけなのだが、借りにいった友近にすれば何かそういうの持ってそうとダメ元で聞いたら貸して貰えたので、やっぱり持つべき物はハイスペックな同級生だなで話は済んでいる。

 湊から簡単な説明書も受け取っており、それによればドローンはラジコンヘリよりも操作が簡単で音も静かだとか。

 カメラの映像はノートパソコンにリアルタイムで送られて来るため、全員で思い出を共有できるぞと言った瞬間に順平は友近と握手した。

 

「流石だぜ参謀。結局、有里の力を借りてるけどオレは評価するぜ!」

「褒めんなって。体力自慢の運動部とは頭の出来が違うだけだ」

「フフッ、なんかスパイミッションみたいでワクワクするね」

 

 ドローンとパソコンの電源を入れ、カメラをオンにしたところでちゃんと同期できているかを確認する。

 飛行中はどうしても映像がぶれやすいらしいが、デジカメやハンディビデオカメラのように手ぶれ補正機能である程度は軽減されるという。

 試しに手に持った状態でドローンを振ってみると、パソコンの画面にはぶれつつも人の顔などは認識出来るくらいの映像が送られてきていた。

 無理矢理に振ってもこれだけ見えるなら、四つのプロペラで安定飛行させれば問題なく見られるに違いない。

 部屋の中で簡単に飛ばして操作の練習をすると、順平たちは窓を開けてドローンが飛び立つ準備をする。

 操縦士は友近が担当だ。緊張した面持ちでコントローラーを握った彼は、意を決したように声をあげる。

 

「よし、いくぞ!」

 

 女湯の時間、そしてドローンを飛ばせる時間を考えるとチャンスは今から数分しかない。

 湊から借りた際、暗闇で長時間飛ばしていると安全装置でライトが点滅すると言われたのだ。

 もし、露天風呂の傍でそんな事になればすぐに見つかって洗面器で撃墜されるに違いない。

 バレて捕まるのは勿論、借りた物を壊すのも避けたい。

 集中しながらドローンを外に出した友近は、一度上昇させて旅館とは逆方向から近づける進路を取る。

 

「ともちー、上空を飛ぶときにカメラ下に向けてくれ!」

「お、おう。てか、あんま注文してくんな。そっちの映像は暗視モードかもしれないけど、こっちは暗い中で見失わないよう目視でやってんだぞ」

 

 最初はカメラの映像だけで飛ばせそうだと思っていたのだが、カメラは向きを動かすにしても一つの方向しか見る事が出来ない。

 これでは周囲への警戒が難しいと、友近は旅館の近くでは目視で飛ばすことに決めて今も窓から少し身を乗り出して操縦している。

 少し気を抜けばドローンを見失いかねないため、カメラを真下に向けつつ温泉上空を通過させた友近は細かい注文は無理だからなと釘を刺した。

 すると、パソコンの画面を見ていた二人が遠目に見た感じで人がいたぞと報告してきた。

 

「お、温泉に何人か入ってるっぽいのが見えたぞ!」

「流石にこの距離じゃ詳細は分からないけど、人がいたことは確かだね」

「マジか! よっしゃ。じゃあ、逆サイドに着いたからゆっくり近づけていくぞ!」

 

 人がいると聞いてやる気を出した友近は徐々にドローンを温泉に近づけていく。

 入っているのが月光館学園の生徒なのか、それとも無関係な一般客なのかは分からない。ただ、今はまだ女湯の時間なのは確認している。

 贅沢を言えば湊の周りにいる学園トップ陣の女子たちがいい。そうでないとしても、教師なら佐久間や鳥海など比較的若めの女性だと嬉しい。

 遠目に肌色の点が見えているため、後はそこに近付いていくだけ。

 そうして、友近が集中力を上げ、順平と綾時もパソコンの画面に釘付けになっていると、突然外から七色の光と軽快な音楽、さらに聞き覚えのある人の声が届いた。

 

《友近健二でござーい!! 友近健二でござーい!!》

「は!? え、え!?」

 

 突然ドローンが派手な七色の光を放ち、吹奏楽部の演奏で聞いたこともあるエレクトリカルパレードを大音量で流し始めたかと思えば、続けて友近の声で音楽以上の音量で名前を連呼し始めた。

 あまりに突然の事に友近は状況が理解できず混乱する。

 ただ、旅館にいる友近たちにも光と音は届いているのだ。距離の近い露天風呂の人間が気付かない訳がない。

 明らかに作戦は失敗だと判断した順平は綾時と視線を交差させると、“一、二の、散!”の合図で部屋の押し入れに飛び込んだ。

 友近だけはどうやって止めるんだと涙目になって焦っており、二人が押し入れに隠れたことに気付いていない。

 そして、音と光のイリュージョンが始まって三十秒ほど経ったとき、鍵が開いていた扉が大きな音を立てて開いた。

 

「友近っ!! お前、何やってるんだ! さっさとあの音楽と明かりを止めろ!!」

「ちょ、ちがっ、俺にも分からないんですって!!」

 

 扉が開いたと思えば、先ほど宮本たちを捕まえに行った青山が顔を真っ赤にして怒りながら現われた。

 どうやら旅館中に音が聞こえていたらしく、旅行のしおりを見て友近の部屋を調べ、すぐに止めさせるべくやってきたらしい。

 だが、いくらコントローラーを操作しても、音楽も光も止まらず、ドローン自体も一定の範囲を円を描いて飛ぶだけで戻ってこない。

 本当にどうすればいいんだと友近が泣きながら操作していれば、いい加減にしろと青山がコントローラーを奪った。

 すると、その瞬間に音楽と光が止まり、操作してもいないのにドローンが部屋まで戻ってくる。

 さっきはどれだけやっても何も出来なかったのに、一体何が起きたんだと不思議に思いつつ安堵していれば、友近は後ろから強い力で浴衣の襟を引っ張られ無理矢理に立たされる。

 

「うえっ!?」

「この馬鹿野郎! まわりの迷惑になるって分からないのか! 説教してやるから来い!」

 

 来いも何も引っ張られて従うしかないのだが、激怒している青山に連行され、友近も宮本たちと同じ教師らのいる反省部屋送りになってしまった。

 周りへの迷惑を思えば、覗き未遂の宮本たちよりも罪は重いかもしれない。

 明日までに無事に戻ってこられるかは不明だが、友近と教師が去って部屋に静寂が戻ると、押し入れの戸が開いて順平たちが出てきた。

 

「ふいー、危なかったぁ」

「多分、湊が仕掛けたトラップだろうね。悪い事は出来ないもんだ」

 

 最初の作戦と違って友近の計画は湊に嘘を吐いて道具を借りていた。

 もし、本当に京都の夜景を見ることに使っていれば、旅の思い出作りなら少しくらい協力しても良いだろうと思っていたに違いない。

 湊はあれで面倒見が良いので、恐らく既に何人かの生徒に物を貸していると思われる。

 だが、友近はその善意を利用して卑劣な行為に走ろうとした。

 彼はそういった舐めた真似を嫌うので、徹底的に友近を絶望へ突き落とす策に出たらしい。

 早めに逃げたことで命拾いした二人は、随分と寂しくなった部屋を見渡してからテーブルに戻ってお茶を飲む。

 

「んー、今日はもう無理だな。つか、外から見るのは多分不可能だ」

「だろうね。これだけやってしまうと旅館側も警戒してくるはずさ」

 

 覗き未遂だけならば教師たちだけで何とか処理することも出来たが、友近は旅館全体に音と光が届いていた。

 修学旅行生という事である程度は大目に見てもらえるにしても、流石に旅の雰囲気をぶち壊す友近の行動は旅館側も看過できない。

 今頃、教師の部屋で友近は説教され、他の教師たちが旅館側に謝罪に行っているに違いない。

 こんな状況でこれ以上行動する事はまず無理なので、二人は歯ブラシを持って洗面所に向かいつつ会話を続ける。

 

「じゃあ、今日は寝て。明日の夜に本命のやり過ごし作戦しかねぇな」

「ま、事故ならしょうがないもんね」

「あぁ。事故ならしょうがない。つーか、ついでに真田さんたちも誘うか」

 

 一日目は失敗に終わったが、旅行の夜はもう一日ある。

 犠牲になった仲間たちはもう参加するとは思えないため、なら同じ寮生の先輩を仲間という名の道連れにする事に決める。

 巻き込まれた方にすれば堪った物ではないが、本人たちがその事を聞くのは翌日の夜のことだ。

 そして、新たな被害者を作ろうとする男二人は、英気を養うために寝るぞとすぐに布団に入ると眠りについたのだった。

 


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