夕方――鴨川
本日の歴史的建造物巡りの観光を終えた月光館学園の生徒たちは、旅館近くの鴨川付近で解散となり旅館に帰っていった。
しかし、そんな中で一人だけ旅館に戻らず、鴨川の川べりに立って風景を眺めている者がいた。
日中は日当たりが良すぎるせいで誰もいない場所だが、暗くなってくれば途端に人が増えることで有名な場所だ。
集まってくる者の中には酒を飲んで酔っている者もいる。
観光地で有名とは言え、京都はそれほど治安が良い訳ではない事もあり、その人物の姿が旅館になかった事で探しに来たゆかりは、一体何十分ここにいたんだと呆れつつ声を掛けた。
「もう戻らないと、夜の点呼に間に合いませんよ」
後ろからゆかりに声を掛けられた美鶴は、一瞥するだけですぐに視線を川に戻す
夕日が反射して優しくキラキラと光っている川は、周囲の風景と調和して実に心を落ち着かせる。
住むには適さない土地と言われようとも、そこに惹きつけられる何かがあるのは確かで、美鶴がここにいるのは安息を求めてなのだろうかと考えつつゆかりは再び話しかける。
「そろそろ、この辺から四条くらいまでは、カップルと酔っ払いで混み出しますよ」
「どうしてそこまで私に構う? 七歌やアイギスもいるんだ。君は友人たちと旅行を楽しめば良いだろう」
「先輩だって仲間の一人じゃないですか」
「私と君は戦いによって引き合わされた。特別課外活動部の前から付き合いはあっても、君が月光館学園に来たのは父親の死の真相を知るためだ。なら、私たちの出会いは影時間に起因するもので、そして、その戦いも今は……」
自分と七歌たちとではゆかりとの関係も異なると美鶴は目を伏せる。
ゆかりに限らず美鶴の周りにいる人間は影時間に起因する出会いばかりだ。
古くからの付き合いがある七歌も順番が前後しただけで、結局は戦いに関わってしまっている。
こうやって戦いから離れ、学校行事という完全な日常側に立ったことで、美鶴は改めて自分がいかに中身のない人間かを思い知らされていた。
桐条という仮面を外せば己に大した価値はなく、忌むべき影時間がなければまともに知人や友人もいない。
これでどうやって父の役に立てるというのか。使えても政略結婚が精々だろう。
考えれば考えるほど空虚で嗤えてくると、自嘲気味な笑みを顔に貼り付けた美鶴が改めてゆかりに告げる。
「目的も、倒すべき敵も、全てが消えた。私に執着する理由などもうないだろ」
「……そういう言い方はないと思いますけど」
「答えは出たんだ。これ以上、何のために戦えばいい? 信じていたものは全て“嘘”で、そして……」
影時間を消すために戦っていたが、その方法とされていたのは裏切り者である幾月が告げた偽りのものであった。
ずっと責任者としてグループ内で指揮を執っていた桐条も、その裏切り者のせいで今もまだ昏睡状態が続いている。
大切な人を殺されそうになったことで、怒りも、憎しみも、美鶴の胸中では渦巻いている。
だが、それはあくまで美鶴側の事情であって、シャドウの脅威から人々を守り、影時間を消すことを最終的な目的に結成された特別課外活動部には関係のないこと。
シャドウたちがいるから特別課外活動部は解散もせず、時には討伐のために出ているが、先の見えない活動にはいつか限界が来る。
人々を守るためと言ってメンバーたちが犠牲になる必要はない。一時はチドリが、湊が、そして桐条が倒れた以上、新たな犠牲者が出る前に、最早無意味に思えてしまう戦いから降りるべきではないか。
美鶴がそう考えて、あの日の事で今も深く心に突き刺さっている事実を思わず口にしそうになって踏み留まれば、その先の言葉に予想がついたゆかりが引き継ぐように口にした。
「そして、なんですか? 自分じゃ守りたい人も守れなかった……とか、言いたい訳ですか?」
瞬間、美鶴は驚きに目を見開いてゆかりの方へ振り返る。
あの時、美鶴は勿論の事、桐条本人すらも幾月が裏切り生きている事に気付いていなかった。
特別課外活動部のメンバーたちは湊の過去を知るために裏の住人である五代に話を聞きに行き、そこで幾月も子どもで人体実験をしていた下衆だと聞いていたのに、既に死んだ存在だと疑うことを放棄してしまっていたのだ。
ならば、その罠に掛かろうともそれは美鶴個人の罪ではない。
むしろ、ストレガの持っていたペルソナを強制的に暴走させる弾丸や、玖美奈と理の襲撃から生きている可能性に気付いていた湊の方が異常なのだ。
あの夜の件は敵が狡猾だっただけの事で、今もそれが原因で自分を責め続けている相手にゆかりがその隠している本心を指摘する。
「守れなかったから何ですか。そりゃ、誰だって大切な人を守りたいって思いますよ。でも、しょうがないじゃないですか。守れるほど強くなかったんだから。ていうか、グループの罪滅ぼしのために戦ってるなんて、そんなの嘘。どうせ初めから、“お父様を守るため”だけだったんでしょ?」
彼女の本心は間違いなくこれだとゆかりは確信を持っていた。
人々のために戦うと口にしながら、本当は身内のたった一人のために戦っていたなど、その理由は真逆と言っていい。
別に他の者たちだって高尚な理由で戦う事を選んだ訳ではない。
真実を知りたくて、強くなりたくて、大切な人たちを守りたくて、それぞれがそれぞれの理由で戦っている。
だというのに、彼女はその理由を偽っていた。
力を貸して欲しいと誘うならば、高尚な理由を語っていた方が持たれる印象も良くなるだろう。
しかし、命を落とす危険のある戦いで、最初から嘘を吐いていたなど信頼を裏切る行為そのものである。
自分も裏切っておきながら、どうして幾月を責められるのか。恐らく美鶴が溜め込んでいるのはそういった部分もあるのだろう。
だが、ゆかり以外に仲間の姿がなく、その状況で事実を言い当てられた事で、限界まで溜め込んでいた美鶴も逆上したように言葉を吐き出した。
「ああ、そうさ! だが見たろ、とんだ茶番だ! 幾月の一番近くにいたというのに、丸め込まれて何も出来なかった、気付けなかった! 全てが詰んだ状態で初めて相手の本性を知ったんだ!」
自分たちの命があるのは、幾月との繋がりが薄かったアイギスや湊のおかげだ。
アイギスの場合は湊に執着しているが故の偶然だが、それでも一緒に特別課外活動部として戦っていた中でも彼女だけは一定の距離をあけて幾月とも接していたように思える。
影時間について誰よりも真実を知っている青年の近くにいたからか、それとも彼を戦いに巻き込んだグループの人間だからと警戒していたのか。
けれど、理由はどうあれ美鶴たちは幾月を信じていた結果敗北し、アイギスたちは幾月を信じていなかったことで裏を掛けた。
仲間を信じて戦っていたはずの者たちが、その信頼を利用されて敗北するなど皮肉な話だ。
そしてそれは、十年以上の付き合いがあって、裏切り者を右腕としてきた桐条にも当てはまる。
「お父様は桐条の責任の全てを、たった一人で抱えていたんだ……。あの事故以来、お父様はまるで死に場所を探しているような顔をしていた。生きる資格がないとでも言いたげな、あの顔を二度とさせないための戦いだった!」
後輩のゆかりでも美鶴の本心に気付けたのだ。
幼い頃から美鶴を見ていた幾月ならば、その想いもきっと分かっていたに違いない。
己とは対極の目的のために動いている美鶴たち親子を、幾月は一体どのような感情を持ってみていたのか。
本来は敵対関係にあるはずのストレガと手を組み、死を偽装してまであの状況を作り出したのなら、きっと心の中では馬鹿な親子だと嗤っていたに違いない。
そんな相手を信じていた悔しさと空しさに、美鶴は色が変わるほど拳を握り締め、今にも泣きそうな顔で叫ぶ。
「遺言状でもお父様は有里に後を任せたいと書いていた。こんな愚か者ではなく、力と実績を持った彼に託したいと! 全てが無駄だった。口先だけで何も為せない、私のような無能などいなくても良かった。十年前のあの日、彼を養子に迎えていればこんな事にはならなったんだ! そうだろ!?」
自分には価値がない。だから、父は彼に後を頼み。母は高寺派が動いた時も彼の動向を素直に見守っていた。
両親との絆を失うのが怖くて、自分にも価値があるのだと思いたくて、美鶴は湊を一族に迎え入れる事こそが桐条を守る最良の方法だと認めたくなかった。
しかし、結果を見れば一目瞭然だ。
桐条が倒れた事でガタガタになりかけたグループも、事前に湊がEP社の部下たちに命じていた策のおかげで従業員を削減せずに済んだ。
また、世界トップ企業が経営に関わることでグループは安泰だと株価も持ち直した。
口では桐条が大切に思っている物を奪うなどと言っていたが、結果的には全てをほぼ完全な状態で守った形になっている。
これでまだ自分の方が父にとって必要な存在だと言い張れるほど、美鶴は子どもではないつもりだった。
だが、それを口にした途端、ゆかりは真剣な表情で美鶴に近付き彼女の頬を張った。
「……っ」
「ごめんなさい。でも、無駄かどうかはこれからでしょ?」
顔をぶたれた経験などほとんど無い美鶴は驚いた表情のまま固まる。
ただ、今自分はゆかりに叱られている事だけは理解して、黙って彼女の言葉に耳を傾ける。
「私、前にこの辺に住んでた事あるんです。父さんが死んでから、母さん……いつも知らない男と一緒にいたんです。それが嫌で、いっつもこの辺の川べりに一人で来てました。引っ越しばっかりで友達はいない。周囲にも馴染めない。だから私、せめて父さんを信じてないと、普通でいられなかったんです」
「…………君の父は、唆されただけだ」
十年前の事故の後、桐条グループは岳羽詠一朗とその家族を守らなかった。
それは、先代のことでグループ自体が揺れていた事もあり、そこまで手が回らなかったことが原因である。
湊はその件について桐条を罵倒した事もあるが、美鶴も岳羽詠一朗はあくまで被害者であると思っていたため、彼自身には罪はないと答えた。
こんな状況でもそんな風に気を遣う美鶴を見て、ゆかりはふっと優しい表情になると遺された本物の映像を思い出して語る。
「……お父さん、危ない研究に加わってたけど、最後は食い止めようってしてくれていたんです。シャドウを放っておくと危ないぞって、身体を張って、食い止めようって。だから、私、戦う事にしたんです。私……影時間を無くすために戦いたい。お父さんの遺志を……その想いを継ぎたいから」
「想いを……継ぐ……」
きっと父は娘が戦う事に反対するだろう。危ない事はしないでいい。自分の事は忘れてくれて構わないと。
父が大好きだったゆかりもそれは分かっているが、それでも自分は決めたんだと笑って美鶴を見た。
「それが私たちに出来る事でしょ……美鶴先輩」
「岳羽……」
ゆかりの父は死んで、美鶴の父は一命と取り留めた。
その違いはあれど、二人の少女は自分の父親のために戦っているという共通点がある。
だからこそ、彼女は自分の心情を理解して発破を掛けにきたのかと理解し、美鶴もふっと柔らかい表情で笑い返した。
「そうだったな……。まだ何も終わってないな。シャドウを倒し、影時間を終わらせる。そして、幾月を捕らえてみせる。それを全て見届けて貰おうじゃないか。病院でまだ休んでいるお父様と、そして君にもだ」
「先輩……」
影時間の戦いも、幾月との宿命も終わらせてみせる。
裏切り者としての恨みはあるが憎しみに囚われてはいけない。
だから美鶴は人として幾月の野望を打ち砕き、相手の身柄を拘束してみせると決意した。
「ゆかり、来てくれるか……一緒に」
美鶴の言葉にしっかりと頷いたゆかりは、川べりの坂をあがってから振り返って口を開く。
「じゃ、帰って露天風呂って事で」
「……風呂?」
「まだ見てないんですか? あそこの露天風呂すごいんですよ。これからは、裸の付き合いということで、何でも相談してくださいね!」
ずっと思い悩んだ表情をしていた美鶴は、折角の温泉旅館だというのに一日目は部屋のシャワーで済ませてしまった。
それを聞いたゆかりは勿体ないと驚いた顔をしつつ、今日は他のメンバーも誘って全員で露天風呂に行こうと誘う。
ただ、大勢で風呂に入るといった経験の少ない美鶴は、改めてそういう事をするのは恥ずかしいと頬を赤らめた。
「……裸? ……どうも恥ずかしいな」
「ちょ、赤くなんないでください! こっちだって恥ずかしいんだから! もう行きますよ、門限過ぎてるし!」
真面目な雰囲気になったのをわざと軽いノリで終わらせたというのに、天然なところのあるお嬢様が真面目に返すせいで変な空気になってしまった。
このままでは自分まで恥ずかしくなってしまうので、ゆかりは先に戻って他の者たちを誘ってくると告げるなり旅館へ走って行った。
そんな少女の背中を見送った美鶴は、ずっと感じていた胸のわだかまりが消え、周りを見るだけの余裕が出たのか京都の夕焼け空を美しいと感じながら小さく呟く。
「お父様、心配には及びません。私は、独りではない事を忘れていました。もう、罪ばかりを、過去ばかりを振り返る事もしません」
過去は変えられない。だが、未来ならばいくらでも可能性が残っている。
再び戦うための決意の心が、美鶴に新たな力を呼び醒ました。
自分の中で力が変化するのを感じた美鶴は、新たな力・女帝“アルテミシア”に共に戦おうと心の中で呼びかける。
そして、今も病院で眠り続けている父が一刻も早く目覚める事を祈りながら旅館へと戻った。
夜――旅館“東山三条・後醍醐”
夕食を終えた後、部屋に遊びに来たアイギスと共に湊は一階の売店を訪れていた。
特にこれといって変わった物もなく、あくまで普通の売店でしかないが、旅行の時は気分も高揚しているのか普段はいらないものでも買ってしまう事がある。
そのため、“人気第一位”などといったポップが付けられた商品は、本当にこんなのが欲しいのかと思えるものが多かった。
今もアイギスは真剣な表情で和菓子を見ているが、街中に散策で出た方が良い物が帰るだろうにと湊は内心で思っている。
そして、真剣に見ているのを後ろから眺めていれば、一つ頷いたアイギスが屈んだまま振り返った。
「八雲さんは羊羹は好きですか?」
「……普通」
「細かく言えば?」
「……獅子亭の羊羹はよく貰うから食べてたな」
「なるほど。こだわりがあると」
獅子亭とは和菓子の老舗で、そこの羊羹は高級なだけあって味も確かな品として有名だった。
桔梗組でも、EP社でも、和菓子の贈り物が来るとそこの羊羹であることが多かったので、そういうものに馴染んでいると言えば、アイギスはこだわりと判断したのか羊羹を選択肢から除外していた。
風花や八十神高校の女子たちの作った料理も食べていた湊にすれば、安物を食べても不味いと感じるだけで問題はない。
ただ、わざわざ相手が不味いと感じるものを選ぶ必要もないので、アイギスが最終的に無難な煎餅を買って店を出たところで階段の方からゆかりたちがやって来た。
「あれ、アイギスお土産買ってたの?」
「はい。後で八雲さんのお部屋で食べようかと思ったので」
昨日は八雲が買ってもらった生八つ橋を食べたが、今日は別の物をお茶請けにしようと思ったとアイギスは買ったばかりの煎餅を袋から出して見せる。
醤油を塗って海苔を巻いただけのシンプルではあるものの、そういった物の方が美味しかったりするので、ゆかりたちはまた後で遊びに行こうと密かに決める。
ただ、彼女たちも今は予定があるので、小さな巾着を持った美鶴が通路の奥を指しながら君たちはどうすると尋ねた。
「今から私たちは露天風呂に行くんだが、君たちはどうする? あぁ、男女別で今の露天は女湯だけなので、男性は大浴場になってしまうが」
「……俺は部屋にあるんでいいです」
「わたしも後で八雲さんのお部屋の方を利用しようかと」
「そうか。では、また後でな」
スイートルームには専用の露天風呂がある事は聞いている。
なら、他の利用客もいる大衆用の露天風呂よりゆっくり出来るのだろうと、美鶴も強くは誘わなかった。
会話を終えた双方はそれぞれ目的の場所に向けて歩き出す。
だが、少し進んだところでゆかりが待ったを掛けて振り返った。
「え、いや、待って! 普通にスルーしかけたけど、今、有里君普通に美鶴先輩と会話しなかった!?」
「あ、そういえば!」
言われて気付いたと風花も驚いた顔をする。
会話していた美鶴も、言われるまで気付いていなかったようで驚いた顔で立ち止まった湊を見つめる。
すると、隣にいたアイギスからジッと見られていた湊は、どこか呆れた様子でゆかりに言葉を返した。
「……質問されたから答えただけだろ」
「君、少なくとも四年は会話してなかったんだけど?」
「話す価値がなかったからな。別に美鶴さん個人を嫌っていた訳じゃない」
ゆかりが見ていた限りだが、湊は中等部にいたころからずっと口を聞いていなかったはずだ。
まぁ、見ていない部分で言えば、ムーンライトブリッジで蛇神を顕現させ掛かった際に、「俺に触れるな」と拒絶の言葉を吐いた事もあるのだが、美鶴本人もその事は気付いていなかったので、美鶴にとっても月光館学園で再会してから初めての会話と言えた。
どうして急に彼が口を聞いたのか他の者は分かっていないようだが、原因があるとすれば自分の変化した部分に関係するはずだと当たりを付けて美鶴は尋ねる。
「君が私を拒んでいたのは戦う理由が原因か?」
「他人を巻き込む際に虚言を吐いていた事が理由ですね」
「なるほど。それは確かにしょうがないな」
今の湊はしっかりと美鶴の目を見て言葉を返してくれている。
その喜びを感じつつ、確かにそんな人間を信用する者はいないなと納得した美鶴は、今まですまなかったと彼に謝罪した。
「私が非常識だった。本当にすまない」
「お嬢育ちの人間に常識なんて期待した事ないので大丈夫です」
「そ、そうか……」
金持ちのお嬢様といった人間を多数知っている湊にすれば、そのタイプに常識を期待するだけ無駄だと分かっている。
だからこそ、非常識であったことを謝罪されても、それがお前らのデフォルトだろとしか思っていなかった。
言われた本人は小さくショックを受けているようだが、十年以上前に湊と美鶴が会話していた事を知っていた七歌は、思春期になって話せなくなったのかなと思っていたと正直に告げた。
「正直、八雲君が美鶴さんを無視するのって好きな子いじめるアレだと思ってたよ」
「……見た目だけ良くてもな」
「あぁ、見た目はありなんだ。ゆかりの容姿はダメだししてた気がするけど」
「俺にも親しみや好ましいといった感情はあるからな」
昔から湊はゆかりの容姿は別に好みじゃないと言っていた。
七歌もそういった話をどこかで聞いていたらしく、美鶴はありでゆかりは無しなのかと心のメモに書いていれば、近くにいたゆかりが七歌の肩を強い力で掴んだ。
「ねぇ、なんで今私の名前出したの? 素直に美鶴先輩が褒められて良かったね、で終われたよね? 好みじゃないって言われて無駄にダメージ負った私の心はどうしてくれるの?」
「いや、ほら、美鶴さんの容姿はおば様補整だし」
「けど、私のマイナス値は変わらないよ?」
美鶴もゆかりも容姿は優れているし、スタイルもかなり良い方だ。
これでどうして美鶴はありで、ゆかりだけ好みじゃないと言われるのか他の者が考えていれば、恐らくは気品などが理由ではないかという予想に落ち着いた。
彼とよく一緒にいるアイギスも人形のように綺麗な顔をしており、そこには確かな気品を感じる事が出来る。
聞いても彼が明言するとは思えないので、あえて踏み込んで聞いたりはしなかったが、好きな人に直接好みじゃないと言われたゆかりのダメージは計り知れない。
その後、他の者たちが引っ張っていかなければ、いつまでもその場で七歌を問い質していそうなゆかりも女子らと共に去って行き、それを見届けた湊はアイギスと共に自分の部屋へ戻っていくのだった。