【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百七十九話 爽やかな朝食

11月19日(木)

朝――旅館・食堂

 

 月光館学園の生徒たちが宿泊している旅館では、朝は広い食堂で各自好きに料理を皿に取り分けて食べるビュッフェスタイルをとっている。

 そこにはパンやベーコンエッグなど洋食も並んでいるが、しっかりと地元の野菜を使った和食も並んでおり、女性陣や年配の客からはそちらの方が人気のようだった。

 そして、時計の針が七時半を指した頃に七歌たちも食堂にやってきた。

 月光館学園の生徒たちの朝食は部屋単位の行動になっている。朝の七時から八時半までに朝食を済ませておくことになっており、集合時間までは朝風呂に入ろうが二度寝しようが自由である。

 七歌たちは六時頃に起きてから温泉に入り、しっかりと天然温泉を満喫してから朝食にやって来ている。

 湊が温泉好きなように、七歌も他の者よりも温泉好きなようで、他のメンバーたちはそれに付き合う形で何だかんだと旅行を楽しんでいるのだ。

 他の者たちも普段の戦いの疲れを温泉で癒やせることもあって、誘われれば気軽にOKを出すくらいには温泉を気に入っている。

 何より、朝の肌寒さと熱めの温泉は目を覚ますのに非常に効果的なのだ。

 おかげでいつもよりスッキリと疲れの取れた顔で食堂にやってきた七歌たちだが、席を選んで料理を取りに行こうと空いている席を探そうとしたとき、前日よりも食堂内が騒がしい事に気付いた。

 

「あれ、なんかざわついてる?」

「……ああ、理由分かった。あっちに有里君たちがいるからよ」

 

 七歌の問いにゆかりが呆れた様子で答え、窓際の席の方を指さした。

 そこには前日は部屋で朝食を食べていたはずの湊たちが、ベアトリーチェと八雲を除き勢揃いしていた。

 湊本人がいるのでベアトリーチェたちがいないのはしょうがないが、その二人がいてもいなくても湊たちが周囲から浮いている事に変わりはない。

 この食堂は他の宿泊客も同時に利用する場所なのだが、どういう訳か湊たちの周りの席は誰も座っていない。

 何せそこの席だけ後光が差しているほど眩く見えるのだ。

 窓際にはいくつも席が用意されているというのに、何故だか湊たちの席だけ朝日が差し込んでスポットライトで照らされたようになっている。

 そこに座っている者たちは箸を持つ者もいれば、ナイフとフォークを使っている者もいる。

 何人かは顔の造形に類似点が見られるが、雰囲気だけでなく髪や肌の色だってバラバラだというのに、顔や身体の造形が人並み外れて整っている事だけは共通していた。

 老舗旅館に泊るだけの財を持っている富裕層のはずの一般客が、従業員にあの一団は何かの撮影のために泊った芸能人なのかと尋ねているのが聞こえる。

 無論、そんな事はないので従業員は否定しているが、皆が遠慮し合って、遠目から見目麗しい一団を視界に納めている様子だ。

 湊一人だけでも恐れ多いと近付きすぎないようにしている生徒たちもいるので、気品によるオーラのようなものを幻視する一団を前にすれば、流石のファンクラブたちも写真を撮ろうなどとは考えない。

 そして、ここは自分たちも空気を読んで離れた場所に座るべきか。

 七歌たちが視線で相談し合っていると、彼女たちのいた集団から一人抜け出して彼らのいる席へと進んで行く。

 思わずゆかりが腕を掴んで止めようとするも、その腕が空を切って止められずにいれば、気品オーラの結界内部へ足を進めたアイギスが湊に声を掛けた。

 

「八雲さん、皆さん、おはようございます」

「……ああ、おはよう」

 

 穏やかな朝食時に合わせるように、アイギスはとても穏やかで母性すら感じる微笑みを浮かべ湊に挨拶する。

 瞬間、本来異物であるはずの彼女もその一団のオーラに適応し、アイギスはめでたくあちら側の住人と認識された。

 

「くっ、アイギスも有里君と遜色ないレベルに容姿が整ってるんだったっ」

「あれ? なら、これ私もいけるっぽくない?」

 

 アイギスもフランス人形かと思うほど容姿が整っている美少女だ。

 綺麗な金髪碧眼もあって、湊たちの一団に合流しても違和感なく受け入れられるだけのスペックを持っている。

 だが、そういう事ならば親族である自分もいけるのではと七歌は考え、普段は封じている上流階級の気品を放出し身に纏う。

 横にいた人間が急にお嬢様の顔を見せた事にゆかりは驚いて飛び退くが、それに構わず七歌は自然な所作でテーブルの間をすり抜けて湊たちの席へと辿り着いた。

 

「おはよう、八雲君。ユーリお婆様たちもおはようございます」

《ええ、おはようございます。七歌》

 

 辿り着いた七歌はアイギス同様に見事そのオーラに適応して見せる。

 ツクヨミは湊の中にいたが、アマテラスと同じように七歌たち龍の一族をずっと見守ってきた存在だ。

 故に、湊と同じように七歌のことも自分の孫のように受け入れ、丁寧な仕草で優しい言葉を返した。

 瞬間、湊が受け入れたアイギス以上に七歌はそのオーラの内側の存在になる。

 元から彼女は湊の親戚だと公言していた。そして、彼の親戚と思われる女性にしっかりと笑顔で挨拶された事で、それが事実だったことを周りも認識したのである。

 湊たちは四人掛けのテーブルを三つくっつけた席に使っていて、奥から座っていた事で一番通路に近い場所が二つ空いていた。

 そこは丁度湊とツクヨミの隣だったので、挨拶に行った二人がツクヨミの勧めでそこへ座ると、友人が歩き出すのを止められなかったゆかりは裏切り者がと憤慨する。

 

「なんで部屋単位の行動なのに別行動とってるのよ!」

「……諦めなさい。貴女じゃ無理よ」

「い、いけるし! 私だってお母さんの実家が桐条の名士会に名を連ねてる家の出身だから!」

「晩餐ならともかく爽やかな朝食に道化は不要よ」

「誰が道化か!」

 

 母方の実家を考えるとゆかりも一応はあちら側に属している事になる。

 ただ、ゆかりは父が生きていた頃にパーティーに出ていたくらいで、十年前の事故があってからはほとんど出席していない。

 十年のブランクはどうやっても簡単に埋められる訳もなく、それで言えば元からお淑やかな美紀や風花の方がまだ乙女らしく認識される事だろう。

 また、生まれはともかく富裕層として過してきたチドリや、アイギスの姉であるラビリスでもあの一団に馴染むのは難しいレベルを、庶民生活の長いゆかりがどうこう出来るとは思えない。

 いくらゆかりが騒ごうが現実は変わらないため、しょうがなく湊たちの隣の席に座ることにするが、オーラの境界面にいると不可視の圧力を感じるのかゆかりは眉を寄せた。

 

「通路を挟んでるのに圧力感じるんだけど……」

「それが貴女の限界よ」

「ぐっ……」

 

 絶対に認めたくはないが、ゆかりはチドリの言葉に反論することが出来なかった。

 周囲からの評価を考えれば、七歌もゆかりも同じくらいに男子から人気がある。

 ルックスはほぼ同等、性格の面で言えば毒があるもののフレンドリーな七歌に人気があり、スタイルの面で言えば湊と色々と経験しているゆかりの方が女性らしく評価が高い。

 だというのに、自分とその友人の間には超えられない壁がある。簡単には埋めがたい溝があると突きつけられた。

 隣を見れば完全に馴染んでいる友人の姿があり、頭の中でそこに自分を足してみると異物感がすごい。

 なんとも負けた気分になったゆかりは、気分を変えるため料理を取ってくると告げて席を離れて行った。

 他の者たちもそれに続いて自分の食事を取りに行き、湊たちの席にいたアイギスと七歌も遅れてついていく。

 今日はほとんど自由時間なので、班単位ではあるが京都を自由に散策してお昼も好きな店へ行ける。

 七歌たちは事前に調べて割とがっつり食べられるところへ行く予定を立てているため、朝は軽めにあっさりとしたものを食べることにした。

 

「朝から湯豆腐ってのもありだよねぇ」

「……この裏切り者め」

「え、ごめん。庶民の言葉は分からないの」

「夜は枕で決闘だから」

 

 彼にべったりなアイギスはともかく、一人だけ湊たちの席へ行った七歌へゆかりが恨み言を溢す。

 しかし、それを聞いた七歌は気にした様子もなく湯豆腐を器に盛り、薬味を入れながら悔しいならくればと煽ってきた。

 友達同士だが、だからこそマウントを取ってやりたい時がある。

 湊たちのテーブルに見事に適応して見せた七歌にすれば、これが実力だよねと煽るのは当然のことだった。

 一方、どう足掻いても自分では湊たちのテーブルに馴染むことが出来ないゆかりは、庶民を舐めたことを後悔させてやると枕投げによる復讐を誓った。

 他の友人たちは、爽やかな朝にそんなくだらない決闘の約束を交わしている二人を、呆れた目や苦笑してみている。

 まぁ、それも食事が始まれば平和な状態に戻ったが、青年が新しい料理を取りに行ったときにそれは起こった。

 

「あ、美鶴さんや」

 

 ラビリスの言葉でゆかりたちは入口の方へ視線向ける。

 朝食は部屋単位で行動するため、七歌たちと完全に別行動だった美鶴がプリミナの会長らと共に食堂に入ってきた。

 比較的入口付近に座った事でテーブル左側から取りに行った美鶴は、先に飲み物を取る事にしたのか湊のいた右側へと進んで行った。

 湊と美鶴の間に何かあるというのは有名な話で、美鶴がどれだけ話しかけようと湊が一切相手しないことで知られている。

 そんな二人が朝から出会えばどうなってしまうのか想像がつかない。

 美鶴は父親が病気で倒れたこともあって旅行には来ているものの、ずっと何やら思い悩んだ表情をしていた。

 他の者からすれば怒っているのではと思えるほどピリピリしていたのだ。

 そんな状態の美鶴が湊の進路を塞ぐように立ったことで両者が対峙し、周囲がこれは拙いのではと怯え出す。

 湊は親切で意外と面倒見が良いのだが、それらはあくまで弱者や子ども相手の話。

 美鶴は年上なだけでなく、間違いなく個人としても社会的にも強者に分類される。

 それらは湊にとって価値のない存在だ。他者を救うことで贖罪を、他者を鏡とすることでしか自分の幸福を得る事が出来ない者にとって、己の力でどうとでも出来る者はいてもいなくてもいいのである。

 自分にとってどうでもいい存在が道を阻んできたとき、多くの者はそれを邪魔だと感じて避けようとするだろう。しかし、彼は敵対行動と判断し排除行動に移る。

 このままでは美鶴の身が危ない。そう思って何人かが立ち上がろうとしたとき、真っ直ぐ湊の瞳を見つめていた美鶴が微笑み口を開いた。

 

「おはよう、有里」

「……おはようございます」

 

 瞬間、食堂中で生徒らがどよめいた。

 あの女帝があんなにも柔らかく笑った顔など初めて見た。

 前日まで暗く張り詰めた表情をしていたのに何があったのか。

 青年がしっかりと美鶴と言葉を交わすなど如何なる心変わりなのか。

 そんな疑問が次々と浮かんで、生徒たちは周りの者に何か知っているかと尋ねている。

 聞いたところで分かるはずもない。夕方にゆかりが彼女の悩みを聞き出し、それから湊と話すようになっただけの話なのだが、当事者と近しい関係にある者たちしか見ていないのだから。

 だが、分からないからこそ生徒たちはこうなのではと様々な予想を立てていく。

 中には美鶴が湊の弱みを握ったのではという物騒なものもあったが、ほとんどは明らかにないだろうという妄想レベルのものばかりだ。

 だが、彼らはまだ高校生。思春期ということもあって、その想像は下世話な方面へと加速していく。

 

「もしかして、付き合い始めたとか?」

「ないだろ。だって、有里って桐条さんのこと無視してたんだろ?」

「馬鹿。そういう駆け引きだったかもしれないだろ。んで、桐条さんが精神的に弱ったタイミングで、声を掛けて優しくしたら……分かるな?」

 

 一部の三年男子がそんな話をすれば、瞬く間に二人が付き合いだしたのではという話が広まっていく。

 何せ湊には前科があるのだ。中等部の修学旅行で旅行カップル第一号になった前科が。

 高校から入ってきた者は知らないだろうが、中等部からいた二年生の中では有名な話なので、彼らがその話の根拠として中等部の修学旅行のことを告げれば、最早二人が付き合い始めた事は事実であるように語られ始める。

 料理の前で挨拶した二人も、流石に食堂中が騒がしくなれば、何かが起きていることには気付く。

 揃ってテーブル側の方へ振り返れば、動きが揃っていた事で余計に騒がしくなった。

 

「い、一体どうしたと言うんだ?」

「……さぁ? 馬鹿が多い事は確かだと思いますが――――鎮まれ」

 

 湊の声が響くと途端に食堂から音が消えた。

 先ほどまで五月蝿いぐらいに騒いでいたというのに、全員が何やら怯えた様子でパクパクと口を開きながらも言葉を発することが出来なくなっている。

 そうして、耳が痛いくらいの静寂が場を包めば、青年は呆れたように指を一度鳴らして全員の緊張を解いた。

 湊の声を聞いた途端に金縛りに遭い。指を鳴らすとそれが解除される。

 どういった原理なのかは分からないが、怖ろしい体験をした者たちは乱れた呼吸を整えるように水やジュースなどを飲んでいた。

 生徒が騒ぐことで他の客や旅館側に迷惑が掛かると思っていた美鶴は、どうにか事態が治まったことに安堵の息を吐き。騒動を鎮圧した青年に礼を言う。

 

「すまない。手間を掛けさせた」

「……まぁ、俺たちが話しているのをみて、付き合いだしたのかって妄想した人間が出たのが原因ですからね。最低限の責任は果たしますよ」

「そ、そういう事だったのか」

 

 周囲が見せた反応の理由を理解して美鶴は頬を赤らめ、無意識の癖で胸の下で腕組みをする。

 美鶴も年頃の少女だ。美しいと評する意外に言葉が浮かばぬ青年と恋仲だと勘違いされれば、困惑や相手への申し訳なさと同時に少々の嬉しさを感じない訳でもない。

 一応、婚約者がいる事になっていたが、桐条グループを乗っ取るために行なわれた作戦コード“悪食”によって、その婚約者の会社もEP社の傘下に入っているため、グループ同士の縁をより深く結ぶという目的が果たせなくなっている。

 無論、父とそう年齢の変わらぬ相手の男は見目麗しい少女を自分の物に出来ればと思っているのだろうが、そのような下衆に英恵が大切に思っている娘を渡す訳がないと青年が手を打っていた。

 故に、今の美鶴は自由恋愛が可能な状況ではあるのだが、同年代の人間との親しいコミュニケーションの取り方すら知らぬ少女に恋愛はまだ早い。

 腕組みをした事でただでさえ主張の激しい胸部が余計に強調されるようになったのを視界に捉えつつ、湊は支えが必要なくらい重いのだろうかと余計な事を考えながら食事の話に話題を移す。

 

「それより、美鶴さんは何か飲みますか?」

「ん? あぁ、何かフルーツジュースがあればそれを」

 

 湊が美鶴の胸を見て考えた事は、アリが身体の何倍も大きい葉っぱを運んでいるのを見て重くないのだろうか、と考えるレベルの純粋な疑問だ。

 そこに一切の劣情はないため、美鶴も湊が胸を見ていたことに気付かずに質問に答えた。

 その分、周りで見ていた男子からすれば、目の前にある物に無反応な青年の紳士レベルの高さに驚愕し、逆に女子からは自分もあんな女性慣れしている人にエスコートされてみたいという思いを抱かせる。

 周りがそんな風に自分たちのやり取りを注意深く観察している事を無視しつつ、湊はいくつも並んでいるジュースのボトルを一つ手に取る。

 

「……個人的な好みだと、この梅のやつが飲みやすかったですね。少し酸味が強めですが、氷をいれる前提のようで、氷で薄まれば丁度良かったので」

「そうか。なら、それをいただこう」

 

 美鶴が嬉しそうに言えば、湊はグラスを用意し、冷凍ボックスから氷を三つほど取りだしてグラスに入れる。

 最後にジュースのボトルを何度か振って、空気を含ませるように高い位置からグラスへ注いだ。

 勿論、紅茶やフレッシュジュースではないため空気を含ませる意味はない。見られている事を意識しての演出の一つだ。

 何ならただのグラス二つを使ってシェイカーのように使うことも出来る。

 氷同士をぶつけて細かく砕き、そこへジュースと少量の塩を入れてシャーベットだって作れた。

 もしも、この場でそういった技を披露すれば、仕事屋として習得した技能は日常の様々な場面で使うことが出来ることを改めてチドリらに理解されるに違いない。

 ただ、面倒臭がりの青年が自分からする事だけはないので、そう思われることはこれから先もほとんどないことだけが惜しまれるが、この場では湊の熟れた動きを見ていた美鶴が小さく感動を覚えただけで十分だろう。

 受け取ったグラスを受け取った美鶴は、母親である英恵を彷彿とさせる優しい表情で微笑む。

 

「ありがとう、八雲」

 

 恐らくは無意識の一言。言った本人は自分が口にした言葉に気付かぬままテーブルへと戻っていく。

 けれど、二人の会話に注意していた一部の女子や、近くにいた生徒たちは確かにその言葉を聞いていた。

 

「え、桐条さん今有里君のこと違う名前で呼ばなかった?」

「あたしも聞こえた。でも、あれって二年生の子が何人か使ってるあだ名じゃなかった?」

「何それすごい気になる! てか、あのあだ名って何なの? 何人かしか使ってないけど、逆に特別っぽくて私も仲間に入れて欲しいんだけど!」

 

 美鶴の使った呼び名について近くで聞いていた女子たちが話し合う。

 現在、学園内でその呼び方をしているのは七歌とアイギスの二人だけ。チドリは時々使っているが、他の生徒たちは何故八雲と呼ばれているのか理由を知らない。

 けれど、先ほどの美鶴の雰囲気は明らかに意味を知って使っていた様子だった。

 七歌たちと同じ寮で暮らしているので、その関係で意味を知っていたのかもと女子たちは予想するが、自分からそれを尋ねに行く勇気がある者はいない。

 

「あー……俺、修学旅行が終わったら桐条先輩に告白するわ。あんな優しい笑顔マジ反則だろ」

「気付いてないなら言っておくけど、あれ有里にしか向けられてねーから。そも、お前の存在とか認識されてないと思うぞ」

「うるせーばか! それ言ったらお前なんてアイギスさんに挨拶して、どいてくださいって返されてたじゃねぇか」

「ちがいますー! あれは俺の向こう側に有里がいてタイミング悪かっただけですー!」

 

 一方、幸運にも美鶴の微笑みを見る事が出来た二年の男子が戯言を抜かせば、同じテーブルにいた男子が現実を教えてやった。

 夢の中で生きていたい少年にとって現実とは心を引き裂く残酷な刃。

 友人からそんな物を受けてしまった少年は、ならばお前も同じように痛みを覚えろと昨夜の話を持ち出してくる。

 そうなれば当然言われた方は多大なダメージを負う訳だが、男子らがそんな不毛な争いを始めたのを横目に、湊は自分の皿に料理を盛るとテーブルへとすぐに帰っていく。

 おかげで湊と美鶴のやり取りは後から食堂へ来た者たちにも伝わり、瞬く間に月光館学園の関係者らに知られるところとなった。

 

 


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