【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百八十二話 さらば京都

午後――甘味処

 

 十時には旅館を出ていた湊たちは、観光で色々と回りつつ昼ご飯を食べ終わると“京都に来たからには抹茶スイーツを食べねば”という七歌とゆかりの言葉に従って甘味処を訪れていた。

 大きな通りから外れた細い路地にあるそこは、昔ながらの長屋を改装した趣のある造りをしている。

 風花や美紀は京都らしくて雰囲気の良い店だと賞賛していたが、約一名は味が同じなら清潔感のある近代建築の方が良いだろうと風情の欠片も無い事を抜かしており、他の者たちも彼のそう言った部分には慣れたのかアイギスですら聞き流して店に入っていった。

 ちなみに、この集団はペルソナ使いの女子に美紀と湊を足したメンバーで構成されており、旅館のロビーで土下座していた男たちはそちらでグループを作って回っているらしい。

 天田のお土産を探すと言っていたので、恐らくそちらも暗いまま旅行最終日を過しているという事はないだろう。

 まぁ、女子たちに彼らの様子を気にしている者は一人もいないので、湊も店内に入ると二つの席に分かれて座っている女子たちの許へ近付いていく。

 一つのテーブルは六人掛け。片方には七歌、ゆかり、風花、美鶴という特別課外活動部が固まり、もう一つの席にアイギス、ラビリス、チドリ、美紀が座っていた。

 どちらの席にも空きはあるので、どちらに座ってもいい状況ではある。

 ただ、湊は読心能力を発動していないのに、メニューを見ている女子たちの背中から“こっちに来い”というオーラが出ている事に気付いた。

 店員の女性はニコニコと笑っているだけで席に案内しようとしない。

 恐らく、湊が店の外観を眺めている間に、先に店に入った七歌たちがどっちに湊が来るか勝負しようと話していたのを聞いていたに違いない。

 男女比が一対八のグループだ。一人しかいない男が女子たちの玩具にされるなど当然のこと。

 ニコニコと楽しそうな笑顔の裏で、そんなろくでもないことを考えている店員に呆れつつ、湊はこれが自分の選択だとばかりに離れたカウンター席に座った。

 瞬間、どちらに来るか勝負をしていた女子たちは驚愕し、青年の選択によって起こる女子たちの微笑ましい争いを想像していた店員も動揺している。

 この程度で心を揺らすなど三流だぞ、と心の中で呟いた青年は席に座ってメニューに目を通すと、さらに追加だとばかりに即決で注文する。

 

「フォンダンショコラと温かいほうじ茶で」

「え、あ、はい。かしこまりました」

 

 抹茶スイーツを食べるために七歌たちが調べた店である以上、この店は飲み物もスイーツも抹茶を推している。

 七歌たちも最初から抹茶スイーツのページを見ていたので、店員はこの一団もやはり抹茶目当ての観光客かと思っていたに違いない。

 だからこそ、湊は自分が一人だけカウンター席に座って動揺した相手へ、さらに抹茶など一切興味ないなと言わんばかりの品を注文した。

 注文を受けた店員は用意しに奥へと向かったが、テーブル席の女子たちの方からは天邪鬼過ぎるだろうと呆れた視線が飛んでくる。

 

「有里君さぁ。ここ抹茶が売りの店なんだけど?」

「名産品を使って不味いものを作る方が難しいだろ。というか、抹茶なんてそのまま飲むのが一番良いに決まってる」

「いや、だからそれを使った美味しいスイーツを作るのが腕の見せ所な訳で」

 

 湊は家柄や鵜飼桜の趣味もあって茶道を嗜んでいる。

 本人はコーヒー派であり、普段は炭酸飲料をよく飲んでいるが、百鬼家由来の技術習得の速さと舌が肥えている事もあって美味しいお茶を点てる事くらい出来る。

 だからこそ、彼は自分が出来るんだから他の者が出来ていなければ、それは個人の才能の問題か企業努力が足りないのだと判断する。

 他の者にすればそれはお前の能力が飛び抜けているんだぞと言いたくなるだろう。

 ただ、湊にすればそれが仕事だろうといった感じで、金を取るならプロとして振る舞えという事らしい。

 他の者も彼のそういった性格は分かっているため、色々と引っかかる部分はあっても注文を決めて頼んでいく。

 それぞれ抹茶を使ったドリンクと抹茶スイーツを頼んでおり、ストレートの抹茶を頼んだ者はいない。

 最初から抹茶なんてと拘っていなかった湊はともかく、他の者たちは抹茶を楽しみにしていたのではと思わなくもない。

 注文を取った店員が奥へと注文を通しに行ったのを見送った湊は、身体を捻ってテーブルに座っている女子らに声をかける。

 

「……お前ら抹茶頼めよ」

「別に抹茶飲むて言うてないやん。抹茶使ったスイーツ食べようって来たんやで?」

「じゃがいもの産地でいきなりフライドポテトを頼む並みに素材への冒涜だぞ」

「美味しいやん、ポテト」

 

 女子たちはあくまでスイーツを食べるのがメインの目的であり、抹茶自体はそこまで気にしていない。

 ここに来るまでに女子たちの話をしっかりと聞いていればそれが分かったのだろうが、湊は人の話を聞いているようで聞いていない事があった。

 ほとんどは彼にとってどうでも良いことなので、特別なにかの問題が起きることは無いのだが、こういうときには小さな情報の齟齬で認識に大きな違いを作るらしい。

 そして、気にするだけ無駄と考える事にしたらしく、湊が料理を待っていると注文をとった女性店員が大きなお盆を持って女子たちのテーブルへと向かう。

 順番的に逆ではと思わなくもないが、抹茶スイーツを売りにしている事もあって、そういった料理はすぐに出るようになっており、逆にそれ以外の料理は準備に少し時間が掛かるのかもしれない。

 七歌のテーブルの品を置いた女性店員は一度奥に戻り、今度はチドリらのテーブルの注文分を持って出てくる。

 これで湊が最後だと確定した訳だが、女性店員がテーブルに料理を並べていると、厨房と繋がっていたのかカウンターの奥から小さなお盆を持った男性が現われた。

 

「フォンダンショコラとほうじ茶、お待ちどうさまです」

「……ありがとうございます」

 

 湊に料理を持ってきた男性は何故かニコニコと本当に嬉しそうな顔をしている。

 食事の場でそんなに見られていると気が散るのだが、こういった輩は無視することにしている湊はカップに入ったほうじ茶を一口飲んでからフォンダンショコラにフォークを入れる。

 生地を切れば中から温かいチョコレートが流れ出し、湊はそれをディップしてから口へ入れる。

 チョコレートを大量に使っているのか馬鹿みたいに甘いが、根底にカカオの苦みを感じるので喉が痛くなるほどではない。

 癖のないほうじ茶と一緒に味わえばバランスも取れているし。甘い抹茶ドリンクに甘い抹茶スイーツを合わせるような偏食に比べれば良い注文の仕方だろう。

 背中の方からは携帯で写真を撮る音などが聞こえており、心の中でさっさと食えと湊が思っていれば、まだこちらを見ていた男性店員が話しかけてきた。

 

「お味はどうですか?」

「……普通に美味しいですね」

「それは良かった。お茶はおかわりもありますよ」

「じゃあ、おかわりを」

 

 多少熱くても気にせずグイッと飲み干すと、すぐに男性にカップを渡しておかわりを用意してもらう。

 新たに注がれたお茶もどこかホッとさせる柔らかな香りを感じさせ、湊は再び馬鹿みたいに甘いフォンダンショコラと一緒に味わっていく。

 その姿をいつまでも見ている男性店員に女子たちも気付いたようで、抹茶のロールケーキを食べていたチドリが男性店員に声をかけた。

 

「……なんで湊に構ってるの?」

「すみません。つい嬉しくなってしまいまして」

『嬉しく?』

 

 男性店員の言葉を不思議に思って女子たちが同時に首を傾げる。

 どうやら相手は別に湊のファンという訳でも無いようで、サインなどを目的に付き纏っている雰囲気は感じられない。

 今の相手は積み木で遊んでいる孫を眺めるような穏やかな様子で、食事中の湊を見てどうしてそんな表情になるのかが分からない。

 まぁ、湊の周りには彼が無表情で沢山のご飯を食べている姿を、慈愛に満ちた表情で眺め続ける女性が何人もいるが、男性店員の場合はそれとは全く別の理由だろう。

 どうして湊を見て嬉しくなっているのか答えを待っていれば、男性店員は湊のお茶のおかわりをガラスポットに用意してから答えた。

 

「京都という事もあってお客さんのほとんどは抹茶を求めてくるんです。なので、うちでも抹茶のデザートを出していますが、元々は実家で取り扱ってるお茶とそれに合うデザートを出そうと思って開いた店なんですよ」

 

 男性店員は五十歳くらいに見えるが、その実家はそこそこ続いているお茶屋らしい。

 ここで出しているのはその実家から取り寄せている茶葉を使っているので、抹茶だろうがほうじ茶だろうがいくらでも用意は出来るという。

 だからこそ、目的を抹茶だけに絞ってくるお客を見ると勿体ないと感じると彼は話す。

 

「良いお茶はやっぱり飲むのが一番美味しいです。なので、私としてはお茶と普通のデザートを頼むこちらのお客さんのような注文の方が作り甲斐があります」

「そこらの女子高生は抹茶スイーツを食べたがるくせに抹茶の苦みを嫌う傾向にあるだろ。それを消すために砂糖で味を誤魔化すなんて素材の無駄遣いにしか思えないな」

「いやぁ、耳に痛いです。ですが、そうですね。ただ混ぜたのでは苦いし、色も中途半端になってしまう。私個人としてはほうじ茶の方がお菓子にしても本来の風味を残せるので、抹茶よりオススメなんですが」

 

 これはあくまでイメージの話だが、抹茶スイーツを求めてくる者たちは新緑のような明るい真緑のスイーツが出てくると思っている。

 そこでくすんだ本来の抹茶色を出してしまうと、ちょっとイメージと違うと勝手に落胆するのだ。

 食べれば普通に美味しいというのに、見た目のインパクトがそこまで重要なのかと作り手泣かせな顧客ニーズに悩む者も多く、美味しい抹茶を知っているここの男性店員はとくに勿体ないと思ってしまうらしい。

 客の求める色を出すには抹茶を大量に入れる必要があり、大量に入れると苦くなるので、その分多くの砂糖を入れて味を調えるしかない。

 これではまともに抹茶の香りや味など感じられる訳が無く、湊の一見邪道な注文の方がむしろ作り手も自信を持って料理とお茶を出せるのだとか。

 二人の会話を聞いていた女子たちは、思いっきり店が困る観光客丸出しな注文だったことでやや身体を小さくする。

 逆に湊は女子たちを見下したような表情で口元を歪め、追加で注文する。

 

「抹茶ソフト一つ」

「はい。すぐにお持ちします」

 

 フォンダンショコラは十分に楽しんだので、今度は抹茶のソフトクリームを頂こうと湊は注文した。

 女子たちはケーキやプリンを頼んでいたので、ソフトクリームは湊が初めて食べることになる訳だが、散々見下していた青年が抹茶のスイーツを注文したことにゆかりが文句を付けてくる。

 

「あー、それも邪道なやつでしょ! なに自分は分かってる通ですみたいな顔してんのよ!」

 

 お茶はほうじ茶のおわかりが残っているが、先ほどの話では彼は抹茶スイーツ全般を不出来なものと断じていた。

 作り手の男性も素材本来の味を楽しむ点では一理あると言っていたので、湊にいちいち理屈臭いんだよ馬鹿と言うことも出来なかった。

 なのに、ここに来て自分でもその不出来なものを頼むとなれば、色々言ってたくせに食べるのかと言いたくなってしまう気持ちも分かる。

 フロアにいた女性店員もゆかりの言葉に笑っており、言われた湊がどう返すかと思っていれば、ガラスの器にソフトクリームを持った男性店員が戻ってきて、それを湊に渡しながらゆかりの言葉に訂正を入れた。

 

「お茶屋のソフトクリームには多いのですが、お茶の粉末もかけているんですよ。なので、こちらは抹茶本来の味もしっかりお楽しみ頂けます」

「ですよね。これだから物を知らない貧乏舌どもは困る。作られた流行に一生踊らされていろ」

 

 生地やクリームに混ぜると砂糖と合せることになるが、ソフトクリームは抹茶を混ぜたソフトクリームにさらに抹茶粉末を後がけする。

 おかげで甘いだけのソフトクリームに抹茶の深い苦みが加わり、しっかりと風味を活かしたスイーツとして成立するのだ。

 大量に物を食べられるからこそ、様々な料理を実際に食べながら調べてきた経験を持つ湊は、情報にすぐ踊らされる阿呆の典型だなとゆかりを蔑みつつソフトクリームを食べる。

 男性店員の言っていた通り、甘いソフトクリームと抹茶の苦みが合わさって調和が取れている。

 かける抹茶の質と量をケチればこうはならないので、実家がお茶屋の強みがここに出ているなと湊も納得できる仕上がりだ。

 小さく口元を歪めて頷いた湊の様子に満足したのか、男性店員も嬉しそうに笑っている。

 約一名は貶された腹いせなのか大量に追加でスイーツを頼み、二つのテーブルの会計も湊に回すように女性店員に指示している。

 言われなくても最初から払うつもりだったので、そんな事をされても湊にはノーダメージなのだが、やけ食いくらいで機嫌が直るなら安いものだ。

 湊が何も言わなかった事で他の者たちも追加注文がありだと分かったらしく、その後、それぞれ四品以上のスイーツを注文して気が済むまで抹茶スイーツを堪能するのだった。

 

 

夜――巌戸台分寮

 

 女子たちとは別行動しつつ何とか無事に旅行から帰ってきた男子たち。

 エントランスに入るとそこでテレビを見ていた天田の姿を発見し、少年も他の者たちが帰ってきた事で出迎えた。

 

「あ、おかえりなさい。旅行、どうでしたか?」

「おう。まぁ、色々あったけど楽しかったぜ? あ、これお前にお土産な。ご当地フェザーマンストラップ」

「ありがとうございます! 京都はやっぱり新撰組なんですね」

 

 順平からビニール袋を受け取ると、天田はやけに大きいなと思いながら中身を取り出す。

 そこには初期メンバー五人のストラップが一セットになった物が入っていた。

 ストラップになったフェザーマンたちは新撰組の羽織と鉢巻きをしており、非常にご当地感に溢れている。

 これで訳の分からない金色の剣のキーホルダーを渡されていたら微妙な顔をしていたところであるが、順平も天田の好みをしっかりと把握していたようで相手を満足させられた事にホッとした表情をみせた。

 

「僕からはこれ、石筒屋のおたべ」

「あ、すごい! プレーンに抹茶に、さらに中身がチョコなんてやつもあるんですね」

「味見できたからチョコも食べてみたけど、ニッキのスッとした味とよく合ってたよ」

「そうなんですね。後でいただきます」

 

 食べ物のお土産はハズレも多いが、大きな観光地だと味見を置いている場所もある。

 綾時は経験がないからこそ、そういった物をしっかりと活用してお土産の品を選んだため、天田もそれなら間違いなく当たりだろうと嬉しそうに笑った。

 女性陣と違ってこの寮で暮らす男性陣のセンスには不安がある。そのため、ちゃんとした物を買ってきてくれるか心配していた天田だったが、二年生二人は天田の好みと定番を押さえたチョイスで非常に満足だった。

 だが、問題は残る三年生二人だ。この二人は戦いでは頼りになるが、日常的な部分では心配になるところもある。

 なので、彼らはどんな物を買ってきてくれたのかと構えれば、荒垣が清水寺と書かれた小さな紙袋を差し出してきた。

 

「俺からはこれだ。地味で悪いな」

「いえ、有名な清水寺のお守りなら御利益もありそうです。ありがとうございます」

「俺からはこれをやろう」

「……提灯ですか? あ、ありがとうございます」

 

 どちらも和風で揃えたのか。荒垣は清水寺の無病息災のお守りを、真田は彼なりに真面目に選んだ結果“火の用心”と書かれた赤い提灯をお土産として渡した。

 提灯の方は別に京都でなくても買うことが出来ると思われるが、自分で買うことはまずないので、天田も一応は喜んでみせる大人の対応を取った。

 勿論、その表情は口元が引き攣っていたりするのだが、渡した本人は無事に受け取ったなと満足げにしているため、他の者たちも野暮なことは言わないでいた。

 こうして無事にお土産を渡す作業も終わり、四人は荷物を部屋に置きに行こうと階段へと歩き出す。

 だが、そこで女子たちが一人も帰ってこない事に気付いた天田が四人に尋ねた。

 

「あれ? 七歌さんたちは一緒じゃないんですか?」

「七歌さんたちは湊と一緒にご飯を食べてから帰ってくるよ。途中から別行動だったんだ」

「あ、そうなんですか。てっきり、お風呂を覗こうとして怒らせたのが原因かと思っちゃいました」

 

 一瞬肩を揺らしつつ、綾時が女子たちがご飯を食べてから帰ってくると答えれば、天田はシレッととんでもない爆弾を投下してきた。

 四人の覗き事件は一部の者しか知らず、当事者以外に知っている者がいるとしてもそれは修学旅行の参加者だけのはず。

 となると、天田がそれを知っているのはおかしい。一体どこから情報が漏れたんだと真田が真剣な表情で詰め寄った。

 

「天田、お前その情報をどこで?」

「えっと、七歌さんからメールで。先輩たちに“だからお前らはモテないチェリーなんだよ”って伝えてくれって言われました。でも、チェリーってサクランボですよね? なんで急にサクランボが話に出てくるんですか?」

 

 せめて後輩の前では格好良い先輩のままでいたい。そんな少年たち四人の想いは七歌に先手を打たれていた事で脆くも崩れ去った。

 オマケに中々に心を抉る伝言もあった事で、今日はもう寝ようと四人は荷物を持ってトボトボと階段を上がっていく。

 残された天田は不思議そうにその背中を見送るが、きっと疲れたのだろうと考え付いていったりはしなかった。

 こうして、四人の少年に心の傷を作りつつも、月光館学園高等部の修学旅行はそれぞれに様々な変化を与えつつ無事平穏に終わりを迎えたのであった。

 

 


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