【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百八十四話 作業ロボット

午前――EP社

 

 全員が案内されたシャワー室で汗を流し終えると、それぞれの名前の書かれた袋に着替えが入っていたことで新しくそれに着替えた。

 月光館学園のジャージは公立高校に多い芋臭い体操服タイプではなく、大学などでよくあるスポーツウェアタイプなので、汚れる事を考えると作業着に向いているとは言いづらい。

 そこで湊が用意したのは丈夫な最新素材で作られた自社製品のツナギだ。

 男子は渋い暗めのグレー。女子は可愛く見える蛍光オレンジ。

 さらにインナーや厚手のグローブとタオルも渡してあるので、欲しいなら期間終了後にそのまま持って帰っていいと言われて喜んでいる者もいる。

 もっとも、一部の女子は用意されていた替えの下着がサイズピッタリな事にやや疑問を抱いていたようだが、全員が着替え終わってシャワー前に着ていた物をロッカーに置いて再集合すれば、ソフィアと共に一同の前に立った湊が口を開いた。

 

「さて、まずは先ほどの非礼を詫びさせてもらう。今回の案内役は総合的な広い自社知識を持っている者の中から選ばれたのだが、先ほどの武多が自分から案内役を買って出た事でそのまま決定したんだ。だが、あいつは映画の見過ぎでな。自分たちの事を思って厳しくしてくれた教官を慕う生徒たちとの関係に憧れた事で、鬼軍曹として理不尽なしごきからスタートしたらしい」

 

 武多の予定では最初は厳しいしごきを理不尽だと感じても、途中でこれは俺たちが本当の社会に出てから折れないようにするための訓練だったんだと気付き、最後には「お前たちはもう立派なソルジャーだ」「軍曹どのぉ!!」と感動的な終わりを迎えるはずだったらしい。

 けれど、たった四日程度でそこまでの信頼関係が築ける訳が無く、学生たちは勘違いした豚野郎としか思っていなかった。

 企業としては初めて受け入れた体験学習の生徒らに悪感情を持たれるなど大失態と言える。

 今回、このような武多の身勝手な行動を許す事になった原因は、トップである湊の死と彼の遺した言葉で『作戦コード:悪食』に優秀なスタッフが駆り出されていた事にある。

 国内トップ企業である桐条グループは侮れるような相手ではない。それに気付かれないように末端の子会社から秘密裏に乗っ取りに動いていたのだ。当然、交渉するのはEP社内でも精鋭を集める必要があった。

 おかげで普段よりも社内のチェックは甘くなり、他の者たちも案内場所のチェックなどはしつつも、基本的な進行を案内役の武多に任せていたせいで、余計な“基礎トレーニング”なる項目が入っている事に気付くのが遅れた。

 細かい部分については話せないが、湊が死んでいた事は学校でも話題になっていたので、その関係でEP社でもゴタゴタがあったために今回のミス発覚が遅れた事を説明すれば、生徒たちも大きな企業でもそういった事は起こり得るのだなと納得はしてくれた。

 ただし、どうして湊がそっち側に立っているかの説明がされていなかったことで、事情を知らない生徒を代表して西園寺から質問が飛ぶ。

 

「ねぇねぇ、ミッチーが死んじゃってたからEP社でゴタゴタがあったのは分かったけど、どうしてそもそもミッチーがEP社と関係あるの?」

「湊様は我が社のオブザーバーに就いております。皆さんにも分かりやすく言えば、社長と同等の発言力を持つアドバイザーと思って頂ければ良いかと」

『ほえー……』

 

 湊に代わってソフィアが彼の役職について説明すると、事情を知らなかった者たちは何やら呆けている。

 中には過去に彼が見せた最高グレードの黒いカードを思いだしている者もいるのだろうが、どちらにせよ“社長と同等”という部分が衝撃的だったらしく、彼らの目が遠い存在を見る物に変わっていく。

 そして、少しでも自分の株を上げるために友近が一歩前に出た。

 

「社長、肩お揉みしましょうか?」

「あ、ずりぃ! 会長、オレ椅子になりますよ?」

「……お前ら、プライドはないのか」

 

 友近と渡邊がへこへこと頭を下げて近付いてくれば、湊は心底呆れた顔になって下がれと手を振って追い払う。

 こんな学生二人を下僕として扱わずとも、指を鳴らせばソフィアが肩もみや椅子役にくらいなってくれる。

 無論、今の二人の関係を思えばそんな事をさせる訳がないのだが、とりあえずここにいても意味はないので、武多の件の説明と謝罪が済めば一同は移動する。

 わざわざ大企業のトップ二人が学生らの案内を務めることなどまずないが、この後の案内を終えれば昼食の時間だ。

 ならば、その間くらいは仕事をストップさせても問題ないという判断で、二人は長い廊下を学生らと共に歩く。

 壁の案内板によればこの先は工業系の区画であり、先ほど見たパワーアシストスーツを体験できるのだろうかと小田桐や数名の男子の瞳に期待の色が宿る。

 それに気付いたソフィアは僅かに振り返りながらこの後の予定を説明し始めた。

 

「皆さんは別館にてパワーアシストスーツの見学を行なったと聞いています。ですが、あれは中々にコツがいるので、お昼までは作業ロボットの操縦を体験して頂きます」

「作業ロボットと言うと工場のラインで動いているロボットアームタイプですか?」

「あれはプログラム式なので人の手は必要ありません。体験して頂くのは小型の人型ロボットです」

 

 機密が多いからか窓もない廊下を進んでいけば、ガラス張りの自動ドアに辿り着いた。

 ソフィアがドアの前に手をかざすと、ガラスが緑色に光ってから開き、学生たちは近未来的だと僅かに感動を覚えている。

 この辺りの仕様は社員たちの要望を聞いて、わざと無駄に近未来っぽく基地風にしているという頭の悪い裏話があるのだが、外から来た学生たちが喜んでいるなら予算をかけた意味もあったと言える。

 順平も七歌たちと共に初めて入るEP社の内部に瞳を輝かせている。

 

「うおー、かっけぇ。マジで秘密の基地っぽい」

「お金のかけ方が違うよね。そして、悪の幹部に案内される私たちよ」

「いや、七歌。流石に案内してもらってるのに、悪の幹部呼ばわりは止めときなさいよ。確かに二人とも悪っぽいけど」

 

 七歌が湊とソフィアを悪の幹部と呼べば、確かにそれっぽいけど止めとけとゆかりが諫める。

 見た目とこれまでの行いを見れば悪だと断言出来るが、少なくとも今は善意から案内役を務めてくれているのだ。

 文句があるなら今も走っているはずの武多の許に戻れと言われる前に口を閉じると、少し先に開けた場所があるのが見え、一同はそこまで移動してから左側にある一面ガラス張りの向こう側に視線を向ける。

 そこには瓦礫の上を歩いて黄色いゴムボールを拾って歩く一メートルほどのロボットがいて、しっかりと膝を曲げて腰を落としながら拾う姿に風花と美紀が笑みを溢す。

 

「わぁ、なんか可愛いですね」

「でも、すごい技術ですよね。本当に人に近い動きをしています」

 

 彼女たちはロボット甲子園やロボットの世界大会などを見ていないので、あくまで自分の知る範囲ではあるが、これまでのロボットであれば膝をほとんど曲げず、上体だけ倒して手で取りに行くイメージがあった。

 勿論、そこには過去のアイギスやラビリスの存在は含まれず、あくまで一般的なロボットの話になるのだが、二人の話が聞こえていたようで小田桐がやや興奮した様子で会話に入ってくる。

 

「すごいなんて物じゃないぞ。あれは確かに小型で重心は取りやすくなっているようだが、操縦しているのは人間だ。カメラで確保される視界はあっても、あくまで主観に近いだけで実際にはテレビ画面越しで見えていない部分も多い。だが、その状態でも転倒させること無く腰を屈めて足下のボールを取ることが可能という事は、卓越した操縦技術を持った操縦者が高性能な機体を扱っているという事だ」

 

 見た目は可愛らしくとも、そこは人間と同じだけの動きが出来るようにと金がかけられており、下手をすれば高級車が買えるだけの値段をするかもしれないと小田桐は説明する。

 一メートルほどのロボットでそんな馬鹿なと笑っている者もいるが、試しに西園寺が値段を聞けば、ロボット単体で七百万円くらいだとソフィアが教えてくれた。

 実際にはそれを操縦するための機械であったり、ロボットの視界を映すモニターだったりが必要になるので、一式集めれば簡単に一千万円を超すだろう。

 自分たちにそんな高級機の操縦は無理だと生徒たちが青い顔をしていれば、熱心にロボットを見ている小田桐に七歌が話しかけた。

 

「小田桐君って機械とか好きなんだね」

「ま、まぁ、得意という訳ではないが幼い頃から相応の憧れくらいはあるさ」

「へぇ。じゃあ、壊すから操縦しないの?」

「したいからと言って出来るものではないし。仮に壊しても問題ないと言われようと、物が物だけに躊躇いもするだろう」

 

 小田桐とは生徒会を通じて知り合ったが、七歌は野郎に興味は無いとこれまで深く関わってこなかった。

 別に仲が悪い訳ではないので普通に会話はするものの、相手の意外な姿に感心していれば、機械好きを子どもっぽいと思っているのか小田桐は耳を赤くして顔を逸らした。

 これまた意外な反応だと思ったが、そのタイミングで湊が手を叩いて注目を集めてから口を開き説明を始めた。

 

「今見て貰ったのは生身では作業が困難な場所への投入を想定したロボットだ。見た目は小さいが耐熱、耐寒、他にも水や雪の深い場所での作業も行えるようになっている。もう少し大型化出来れば危険な災害現場などで安全に作業できるようになり、様々な場での活躍が期待出来る」

「ですが、その分、遠隔操作可能な兵器として転用出来る恐れがあります。毒ガスをばら撒きながら機銃掃射するという対人を想定したテロなどいくらでも活用の場はありますから、我々は高度なプロテクトを施した操縦プログラムを組んで悪用を防ぐようにしています」

 

 元々EP社は軍事関連の商品で世界シェア一位を誇っていた企業だ。

 今も海外の工場ではミサイルや戦車なども作っているが、日本の工場でそんな物を作れるはずがないので、ここでは軍事利用することも可能な研究を主に行なっていた。

 中にはアイギスたち対シャドウ兵器に使われていた技術もあるため、湊はそのデータが外部に漏れないよう細心の注意を払っている。

 ただ、学生の中にはより高度な知識を得たいと詳しく尋ねる者もいた。

 

「高度なプロテクトって実際どんな感じなんですか? 車の盗難防止みたいにブザー鳴るとかですか?」

「良い質問ですね。では、実際にどういった場所で操縦しているかを見て貰いましょう」

 

 男子生徒が質問すればソフィアがこちらへと先導して歩いて行く。

 そこはロボットが作業している隣の部屋で、扉の横にある機械にソフィアが取りだしたカードを通すと自動で開いて中に入れるようになる。

 ゾロゾロと子どもが入っても大丈夫なのかと心配しつつ進めば、中は学校の教室の二倍くらい広くなっており、先ほどいた場所と同じようにガラス越しにロボットの作業が見えるようになったそこには、軽自動車ほどもある巨大な機械の箱と白衣を着た多数のスタッフが集まっていた。

 一体ここでどうやってロボットを操縦しているのかと思って七歌たちが見渡していれば、機械の箱の横に立ったソフィアが箱を指さして笑った。

 

「こちらがロボットの操縦席になります。ビアンカ、一度出てきなさい」

《了解です》

 

 スピーカー越しに女性の声が聞こえれば、ロボットが平坦な場所に移動して直立状態になったところで箱の後面が上に開き、中から大きな機械のゴーグルを付けた女性が座っている椅子ごと後退して出てくる。

 女性は生徒たちとは色違いのツナギを着ているが、服装はともかく箱の内部や着けている機械のゴーグルなど男心をくすぐる部分が多数あった事で、男子たちが純真な瞳を向けて周りに集まってきた。

 女子たちは男子ほどは感動はしていないようだが、女性が出てきた箱の正体が想像できたようで、ゴーグルを外した女性が話し始めるのを待つ。

 そうして、ゆっくりとゴーグルを外し、それを椅子に置いてから皆の前に立ったビアンカという黒人の女性は流暢な日本語で全員に挨拶した。

 

「ハーイ、学生の皆さん。ワタシは難所作業ロボットの操縦士をしているビアンカです。多分、皆さんも想像が付いていると思うけど、あの小さなロボットはこの大きなコックピットから操縦しないと動きません。パイロット認証が必要で、認証失敗すると後部ハッチにロックが掛かるので、盗もうとした犯人はその場から逃げられなくなるってわけ」

「あ、それって高級車にも同じようなセキュリティが装備されてたりしますよね?」

「その通り! でも、それだけじゃなくて、仮にパイロット認証を突破しても普通の人では動かせないようにもなっているの。そっちについては申し訳ないけど教えられないから、他の質問だったら受け付けるわ」

 

 明るい口調で説明するビアンカは、本当にSFのロボット操縦席みたいでしょと箱の中身を見せてくれる。

 学生たちは全員携帯やカメラをロッカーに置いてきているので、撮影することは出来ないのだが、その悔しさよりも目の前にある浪漫の固まりの方が重要なようで、別の男子がビアンカに質問した。

 

「あの、さっき付けてたゴーグルってもしかしてロボットの視界を共有するモニターですか?」

「正解! 通信距離の課題があってまだまだ小型化は難しいけど、ようやくこのサイズに出来てね。モニター越しから主観的な視界になったことで、格段に操縦性が良くなったのよ」

 

 小田桐はモニター越しだと思っていたようだが、EP社ではVRゴーグルのようにロボットのアイカメラと連動した映像を見ることが可能なゴーグルを採用していた。

 そのおかげでより自分の身体の感覚に近い形で操縦できるようになっており、高度な作業を正確に行えるようになったという。

 そして、中に入ったり椅子に座ったりは出来ないが、箱の中身を近くで見せてもらえば様々なスイッチやレバーが配置されている。

 これらを完璧に使いこなして小さなロボットに人間のような動きをさせていると分かって、男子たちは途中から「すごいな」としか言えなくなっていた。

 自分たちが思っていた以上に技術は進歩し、アニメやゲームの世界のロボットが誕生する日も遠くないと思わせる光景に男子たちは興奮を抑えきれないのか、後ろで見守っていた湊を拝むようにして頼み込む。

 

「会長、一生のお願いです。古いタイプでも良いんで操縦席に座らせてください!」

「オレっちも! 頼む、有里。体術訓練の次は実機訓練ってのが新米パイロットの定番だろ?」

「皆がやるなら僕もやりたいな」

 

 渡邊、順平、綾時が集まってくると、他の男子たちも一緒になって頼み込んでくる。

 それを後ろから眺めている女子たちは何を無茶なお願いをしているんだと呆れているが、逆に正規操縦士のビアンカや周りのスタッフは微笑ましそうに笑って見ている。

 恐らく、ここに集まっているスタッフの多くが彼らと同じ浪漫を抱いてこの仕事をしているからだろう。

 一方で、五月蝿い男子たちに拝まれている青年は、黒いマフラーから取りだした煙管を咥えて深く吸い込むと、ゆっくりと吐き出してからソフィアに声をかけた。

 

「……ここの説明は以上でいいか?」

「ええ、イメージも湧いたようですし。これくらいで十分かと」

「そうか。なら、次はシミュレーターに案内してやろう」

 

 その言葉に男子たちは顔をあげて、信じられないもの見るような目で湊を見つめる。

 操縦席を見て、次にシミュレーターとくれば、当然、そこには本物とほぼ変わらぬ操縦席があるはずだ。

 何せビアンカが乗っていたのは密閉空間となった操縦席。ただモニターの前に椅子を置いただけでは、あの装置の中の感覚は分からない。

 スタッフたちに騒がしくした事を詫びながら湊が部屋を出れば、一同は長い廊下を歩いて奥へと進んでゆく。

 途中、いくつかの階段を下って地下へと進んだりもして、ここがどれだけ広い場所なんだと不安に思っていれば、最初の部屋を出てから五分以上歩いてようやく突き当たりに到り、何やら重厚そうな扉の前で湊は振り返った。

 

「……この中にあるのは先ほどの難所作業ロボットよりも、高度に軍事利用が可能なロボットのシミュレーターだ。外で話してもいいし、学校への提出物に書いても良いが、遊び気分で乗ることは止めてもらおう。冗談では無く大怪我する事になる」

 

 シミュレーターはあくまで練習するための機械のはず。それで怪我をするとはどういう事なのか。

 彼の雰囲気に一同が思わず唾を飲み込めば、湊はカードでロックを解除してからゆっくりと扉を開けて中へと案内する。

 この先に一体何が待ち受けているのか。怖々中に入っていけば、そこには学校の体育館よりも広い空間に先ほどの箱形の機械よりもやや大型の機械が幾つも並ぶ壮観な光景が広がっていた。

 今までEP社に出入りしていても、ここへは初めて訪れたラビリスがなんだこれはと驚きの声をあげる。

 

「なんなんここ……。こんなんがあるやなんて知らんかったわ……」

「姉さんでも聞いたことがないんですか?」

「うん。ウチらが出入りしてたんは別の区画やから、こっちは完全に初めて見るんばっかりやで」

 

 ここで一時は生活していたラビリスでも見たことがないとなると、どういった施設なのか想像も出来ない。

 そこは四角い形をしているものの小型のドームを思わせるほど高さと広さがあり、壁際に互い違いに五機ずつ二列に並べた計十機ずつの大型機械が左右に置かれていた。

 右を見ても十機、左を見ても十機置かれているので、それだけでも壮観なのだが、さらにそれぞれの置かれている側の壁と入口から見た正面の壁いっぱいに何やら市街地らしき映像が映っている。

 そこでは本当にSF作品やアニメなどに出てくるようなロボットが戦闘しており、湊の説明となんか違っているんですけどと思わなくもない。

 ただ、ここにいてもどういった施設なのかは分からないので、階段を下りていくつもの機械が置かれているフロアまで移動すると、三方向の壁に映った映像を眺められるよう縦五列、横十列、縦五列に置かれた長椅子まで向かい学生らが座ってから皆の前に立った湊とソフィアが説明を始めた。

 

「ここは言ってしまえば本格的なロボット対戦ゲームが出来る部屋だ」

『えぇ…………』

 

 さっきあれほど真面目な雰囲気で注意していたというのに、まさかのゲーム部屋発言に一同困惑する。

 素人判断だが見た目からして数十億は掛かっていそうなのだ。

 そんな金の掛かったゲーム部屋とは一体何なのだと思っても無理はない。

 ただ、ゲーム部屋ではあるが、ゲームを通じて操作を学ばせるためのシミュレーターではあるらしく、実際に先ほどあったビアンカなどもここでしっかり操縦の基礎を学んだという。

 

「注意点だが安全ベルトはしっかりと締めろ。ここの機械はロボットの姿勢に合わせて操縦席が動く。つまり、宙返りすれば一回転する訳だ」

「うげ、何そのハード仕様。なしてゲームをわざわざその仕様にしたん?」

 

 説明を受けた一同の頭を過ぎるのは海外の宇宙飛行士の訓練装置だ。

 実際にそれに近い動きも出来るとあって、それじゃあゲームを楽しむ前に酔うだろうと順平がツッコミを入れる。

 すると、そもそもゲームはオマケだとソフィアが詳しい説明を加えた。

 

「先ほどビアンカが付けていたゴーグルを思い出して頂ければ分かるように、操縦するロボットの動きに視界は連動します。人間の脳は不思議なもので、倒れていく視界を見ていると普通に椅子に座っているのに、錯覚から勝手に前に倒れてしまうのです。それを防ぐためにロボットの視界と操縦士の姿勢を連動させるため、シミュレーターは回転できるようになっているのです」

 

 普通に立っている者に主観で倒れていく映像を見せれば、思わず足を出してしまうように人は思っている以上に視覚に依存している。

 それを避けるために用意されたのが姿勢との連動機能で、シミュレーターを使う者たちもその機能がある事でゲームだからと無茶な動きをしなくなったという。

 その分、かなりの巨費を投じて作るハメになったが、しっかりと効果が出ているので問題はない。

 学生の人数と同じ二十機のシミュレーターがあるので、一度に対戦も出来るぞと説明しつつ、湊はパイロットシートに補足を入れた。

 

「ああ、パイロットシートは二種類ある。座席タイプとバイクみたいな前傾乗りタイプだ。座席の方が疲れづらいし、安定した操作が可能だが、前傾タイプの方が操作が簡略化されている部分がある。最初に練習時間を設けるから好きな方を選んで乗れ」

 

 地上に出ているのは二十機だが、実はそれとは別の座席タイプが地下にあるらしく、地上と地下に合わせて四十機のシミュレーターがあるのだとか。

 スイッチ一つで地下に引っ込んで、別の座席タイプが出てくるため、中身を入れ替える必要もなく時短になるのだと湊は何でもないように説明した。

 本当に金持ちの道楽のようだと心の中で思いつつも、一同はクジでチーム分けをして左右の壁際に散っていく。

 それぞれスタッフから防具とシートの安全ベルトの付け方を聞き、機体の種類を選ぶと各々で練習を始めた。

 


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