【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百八十七話 仕事の理想と現実

夜――関東・某所

 

 十年前、滅びに魅入られた桐条鴻悦が目指した世界の終焉。

 幾月たちはそれを引き継ぎ、新たな理の敷かれた世界を生み出そうとした。

 特記戦力である湊の死亡という追い風もあり、敵の分断に成功し、さらに幾月が人質に取られている状態を装った事で七歌たちを簡単に無力化出来た時点で勝利は決まったものと思われた。

 だが、死んだはずの湊がニュクスへの対抗手段(カウンター)として惑星に遣わされ、その介入によって幾月たちは撤退を余儀なくされた。

 受けた傷の回復と体勢を立て直すため、関東地方の田舎に作っていた予備の拠点に潜伏している間、幾月は理たちが戦った湊のデータとストレガの別働隊が戦ったタナトスを従えた少年のデータを詳しく解析していた。

 

「ふむ……あの異常な力はやはり黄昏の羽根によるブーストか。しかし、有里湊に匹敵するもう一人の少年が持つ力は一体何だ?」

 

 エルゴ研から救い出されたストレガたちにすれば、タナトスは湊の力の象徴とも言える特別なペルソナだ。

 力を解き放ちシャドウの姿になれば、死を恐れぬタカヤですら寒気を感じて思わず呑まれそうになってしまう。

 そんなタナトスを他の者が従えていると聞いた時には、耳を疑ってつい聞き返してしまったりもしたが、別働隊側にアナライズが使えるメノウがいたことでデータも残っていたため、タナトスを持つ湊クラスの力を持った少年の存在が改めて確認されることとなった。

 神や悪魔などと同じ名を持つペルソナの姿は、人々の持つその存在に対するイメージと召喚者の心の状態が作用して決まる。

 だからこそ、召喚者本人が特別強いイメージを持っていなければ、集合無意識の中にあるイメージの姿で現われる。

 それを思えば謎の少年の持つタナトスと湊の持つタナトスが全く同じ姿であっても不思議ではない。

 現に湊が過去に召喚したオルフェウス、理の持つオルフェウス改、幾月の持つアルケー・オルフェウスは細部に微妙な違いはあれど、基本的にはただ色が違うようにしか見えないのだ。

 幾月も同じペルソナを持つ部分については、そんな偶然もあり得るだろうと思う事も出来ていたが、黄昏の羽根の力を一切使っていないにもかかわらず、羽根を身体に内蔵した湊や理たちと同等の力を持っている少年が気に掛かった。

 

「……あれだけの力を持っている者を有里湊は隠していたのか? 普通に考えればあり得ない。あれはアイギスや吉野千鳥の安全を第一に考える。切り札を温存するよりも、本人たちを危険な戦いにつれていかない事を優先するはず」

 

 何かが引っかかる。幾月は思考の隅に刺さった小さなトゲの正体を探るべく、メノウのアナライズで得たデータを過去の研究データと比較しながら見てゆく。

 もしかすると、被験体の生き残りかと疑ってみたが、残念ながら波長が類似しているのは湊しかおらず、謎の少年が被験体の生き残りの線は消えた。

 無論、完全な他人であるはずの湊と類似した波長を持っている事も十分に異常なのだが、湊には他人のペルソナ能力を奪って自分の物にする能力があった。

 それを使えば湊は他人の力を我が物と出来るので、少年の力が湊に似ているのではなく、湊が少年の力を奪って使っていた可能性がある。

 何かもっとその力の根源を知るための手掛かりはないか。幾月が複数のペルソナの波長を合わせて比べてみたりと、様々な方法でデータを比較し続けていた時、九十八パーセント適合するデータを見つけた。

 

「これは……」

 

 驚きに目を見開いた幾月の視線が画面に釘付けになる。

 湊と謎の少年の類似率は九〇パーセント程度。これでも十分に驚異的な一致率だが、九十八パーセントとなると時間経過による自然な誤差と見なされ同一人物と判断できる。

 まさか桐条グループから持ってきたデータの中に謎の少年の情報が入っているとは思わなかったが、幾月はその画面に表示された存在を見て、何故これまで湊の友軍として参戦してこなかったのかを理解した。

 

「そうか……そうか、そうだったのか!! 儀式は成功していた。宣告者であるデスはちゃんと降臨していたんだ!!」

 

 謎の少年の持つ波長と適合していたのは十年前にアイギスと湊が戦った大型シャドウ“デス”のもの。

 つまり、どれだけ人にしか見えない姿をしていても、あの謎の少年は完全な状態でこの世に降り立ったデスだという事だ。

 そういう事であればこれまで参戦してこなかった理由も納得がいく。

 参戦しなかったのではなく、封印があったために参戦できなかったのだ。

 惑星に生きる命を存続させるため遣わされた湊、全ての滅びの宣告者として遣わされたデス。

 互いの存在理由は対極なものだが、だからこそ彼らは“その時”までは共存できるのだろう。

 幾月たちはあの日、全てを終わらせて新たなる理の敷かれた世界を迎えるつもりだった。

 しかし、世界はまだその段階に到っていない。滅びを齎す者をこの世に降臨させるには人々の死を求める心が足りないらしい。

 

「ふふっ、そういう事なら準備を進めよう。天秤は既に傾き始めている。デスが復活した時点で滅びは確約されたようなものだ。君が本当に惑星のペルソナであったとしても、人類の総意を覆すことは出来ない」

 

 人は流されやすい生き物だ。不安な状況が続けばネガティブな感情は伝播する。

 幾月たちはただそれを少しばかり突いて、滅びこそが真の救済であると嘯けば、心の弱い者たちがニュクスによる滅びを受け入れようとするはずだ。

 湊がどれだけの力を持っていたとしても、その規格はあくまで人のそれ、神クラスのペルソナを持っていても真なる神には敵わない。

 どれだけ足掻こうと滅びは避けられない。故に、存分に抵抗してみせるがいいと幾月は笑った。

 

11月26日(木)

午前――EP社

 

 職業体験学習も本日で三日目。初日は施設案内やEP社がどういった分野の製品を扱っているかの説明をして回っただけだったが、二日目からは二十人の学生たちをいくつかの班に分けて作業させていた。

 近未来的な施設に加えて、少年たちの心を大きく揺さぶったロボットの操縦体験があっただけに、学生たちはどれだけすごい事をさせて貰えるのだろうかと期待に胸を膨らませた。

 しかし、実際に作業を分担された二日目、彼らに与えられた仕事は通販の配送センターに近い物だった。

 一部の者はパワーアシストスーツを装備して、大きな荷物を運ばせてもらったりもしていたが、それはあくまでサービスで試させて貰えただけだ。

 基本的には次々と送られて来る注文に合わせて荷詰めし、注文が落ち着いてきたタイミングで別の作業をさせて貰える形になっている。

 綾時たちのいる班は今日も段ボールを組み立てて、リストに書かれた製品を緩衝材と共に入れるとガムテープでしっかりと箱を閉じてベルトコンベアで流してゆく。

 商品の製造ラインでベルトコンベアを流れる商品を見つめ続ける作業よりも楽だが、近未来な雰囲気に憧れを抱いていただけに、実際の作業との落差で学生たちのやる気は削がれていた。

 ガムテープで蓋を閉じた箱をベルトコンベアの方へ送った綾時は、ふうと溜息を吐いてから腰を叩く。

 

「ふう……単純な作業だけど、続けていくと腰も痛くなってくるね」

「逆に単純過ぎて精神的に疲れてくるけどな。有里ももっと良い仕事させてくれりゃ良いのによ」

 

 最初はここへ来て良かったと喜んでいた順平も、これならコンビニバイトの方がまだ代わり映えがあるぜと愚痴を吐く。

 冬の寒空の下で窓ふきをさせるような企業よりはマシだが、こんな配送センターのような仕事ならばEP社でなくとも体験できる。

 パワーアシストスーツを試させて貰えたときはかなり感動したものの、長時間は慣れていないと関節を痛めるからとすぐに他の者と交代させられてしまった。

 これでは桐条グループ以上の大企業だからと期待してEP社を選んだ意味がない。

 順平がそんな風に文句を言いながら作業をしていれば、苦笑していた綾時が新しい段ボールを組み立てながら口を開いた。

 

「けど、こういう仕事も大切だよ。電話一つやパソコンや携帯でボタンを押すだけで注文が出来る時代だからね。近所で買えるような電池だったりマンガだったり、そんなのを一個だけ頼むような人も増えてる。実際、順平君もたまに通販を利用してるだろう? その裏には働いている人のこういう地道な頑張りがあったりするのさ」

 

 便利な時代になったからこそ買い物の仕方も徐々に変化してきている。

 これまでは商品代金に送料が上乗せされるタイプが主流だったが、大手通販会社が台頭してきたことで送料無料の特典だったりが当たり前になりつつある。

 全ての企業がそれに合せて値段を下げたり、送料の負担を始めたりしているが、商品を発送するための作業は変わらない。誰かが注文書を見て箱や封筒に入れて送ってくれているのだ。

 実際に自分たちも似たような事をしてみて、これは中々に大変な作業だと理解する事が出来た。

 今後、もし自分が通販やネットショッピングをする事になったとしても、出来る範囲で商品をまとめて注文しようと思えるくらいに綾時もこの仕事の大変さを知る事が出来たのだ。

 ファルロスとして湊の中から見ていた時とは違う。実際に一つの個として世界と繋がる事で得た実感に綾時は満足そうに笑う。

 その笑顔を見た順平は、愚痴ばかり言っている自分がちっぽけに思えたことで頭を掻く。

 

「ま、それもそうだな。オレらがこうやって頑張ったことで、世の中の誰かが助かってるっつーならやり甲斐もあるか」

「そうそう。すごいことをする人だけが偉い訳じゃないからね。小さな事の積み重ねで成り立ってるのが現代社会さ」

「別に荷物の箱詰めでそこまで大きな視点で考えたりしないっつの」

 

 綾時は確かに立派なことを言っていたりもするのだが、ただの学生がそんな大きな視点で物事を見ながら生きたりはしない。

 順平に言わせれば、自分たちの仕事で喜んでくれる者がいるくらいの話で十分だった。

 彼と接していると時々感じる事だが、綾時は何かと物事を大袈裟に感じている節がある。

 本人の反応を見ていると本気でそう思っていそうなので、彼にすれば大袈裟ではないのだろうが、一般人である順平にすれば近所の商店街の話がどうやれば日本中に影響するような話になるのか分からない。

 別にその価値観を否定する気はないし、綾時の思考の癖のようなものなので特別気にする気もない。

 ただ、湊が唯一友人と認めている相手がそういった思考なのは本当に不思議だった。

 

「なんつーか。綾時ってホントに有里と対極な感じだよな」

「そうかな? 自分じゃ分からないけど、どうしてそう思ったんだい?」

「色々と見ててなんとなくな」

 

 綾時は誰に対しても温厚で親しげに接するが、湊は他者の存在を歯牙にもかけていないように冷たい雰囲気を纏っている。

 さらに、湊にとっての世界はチドリやアイギスなど特定の個人が基準になっているのに対し、綾時は世界を全てが繋がった一つの塊として認識している。

 性格も価値観も対極なはずなのに、どうしてだか相性は悪くないように思える。

 やはり自分たちと出会う前から付き合いがあった事が関係しているのか。順平がそのように考えていれば現場を監督していた社員が大きな声で学生たちに話しかけた。

 

「よーし、作業はここまでにしよう! 今、詰めている箱を流し終えたら集まってくれ!」

 

 作業場に置かれている時計を見れば十二時を少し過ぎている。

 という事はこれで午前中の作業は終わり、今からお昼休みになるのだろう。

 配送センターのような仕事は単調でつまらないが、タダで食べられる昼食や休憩時間に飲めるジュースはとても好評だ。

 本人たちは知らないが実はIDカードに性別や年齢が登録されており、その購入データが集計されて世代や性別ごとに好まれる物が調査されていたりもするのだが、何も知らない綾時たちは最後の段ボールをベルトコンベアに流すと社員の前に集まった。

 

「よーし、これで今回の作業は終わりにする。お昼を食べたら一階のロビーに集合しておいてくれ。そこでまた仕事の割り振りがあるから。じゃあ、おつかれさん」

『お疲れさまでした!』

 

 ここにいた八人の学生たちは社員に挨拶すると、肩を揉んだり腕を回して身体を解しながら作業場を出て行く。

 出荷の関係もあってここは地上に近い地下一階にあるので、階段を上ればすぐにロビーへ戻ることが出来る。

 作業のつまらなさともかく、移動が少ないのは数少ないメリットと言えるだろう。

 ツナギを着たままロビーに戻ってきた彼らはそのまま建物を出て、食堂のある建物を目指してゆく。

 

「昨日はカツカレーだったから、今日は天丼にでもすっかなぁ」

「ふふっ、なんか発言だけ聞いてるとおじさんみたいだよ?」

 

 体力はあるが精神的な疲労でお疲れモードになっている順平は、ヒゲ面とツナギ姿という事もあって非常にオヤジ臭い。

 これで言葉までオヤジ臭いとなってくると、現役男子高校生としての小さなプライドが傷ついてしまうので、順平はしっかりと背筋を伸ばしながら快活に笑った。

 

「よーし、ナウなヤングなオレっちは昼間からポンドステーキでも食べちゃおっかな!」

「食べ過ぎて動けなくなったら怒られるから量は普通にしなよ。もし、ロボットの操縦体験とかだったら後悔するよ?」

「……だな。やっぱ、天丼にするか」

 

 お腹いっぱいで苦しくて操縦できなければ絶対に後悔する。

 綾時に言われた順平が考え直して食堂に入れば、そこはお昼時という事もあって非常に混んでいる。

 湊やソフィアは好きな物を頼んで個室に届けさせているので、今の順平らのような苦労などほとんど感じた事はないに違いない。

 そういうとこも格差だよなと理不尽さを感じつつ、空いている席を探していると奥に別の班の者たちの姿を発見した。

 男子の小田桐や渡邊に、女子は七歌や風花にラビリスなどが揃っている。

 テーブルの者たちも順平たちに気付いたようで、軽く手を振られると近くのテーブルに腰を下ろして声をかけた。

 

「お疲れぇ。そっちはどうだった?」

「おつかれ。特に何にもだなぁ。昨日の作業と被ってるからコツは掴んできたけどね」

 

 七歌たちの方は会議で使うパンフレットのホッチキス留めや、使わなくなった書類のシュレッダーなど事務関係を担当していた。

 EP社の規模になると準備する書類も多いので、やってもやっても終わらないほど新しい仕事が増えてゆく。

 七歌たちにやり方を教えてくれる社員は、教えながらでも学生たちの二倍の速度で動いていた。

 事務も極めると達人のような動きになっていくのだな思ったりもしたものだが、七歌はそこまで極めるつもりはないため、あくまで社員の動きを参考にする程度で頑張っていると話す。

 

「教えてくれる社員さんは事務の鬼って感じで、本当に動きがキレッキレだったよ。流石にあのレベルは無理だから、私は自分の出来る範囲で効率アップ狙いだぜ」

「あー、こっちもそういう人いるわ。マジで真似出来ないレベルの人いるよな」

 

 作業を覚えて一日や二日の新入りなど二、三人でようやく社員一人分の戦力といったところだ。

 そんな者にはけっして真似出来ないレベルの技術や速さを習得している社員もいるため、七歌の話を聞いてその姿を思い出していた順平や綾時もしみじみと頷く。

 ああいった仕事の鬼とも呼べる人間は案外どの部門にもいたりする。

 だからこそ、色々な仕事場を回っていた学生たちは、EP社社員たちの層の厚さを思い知らされていた。

 

「本当にここ人材の宝庫って感じに優秀な人いるよね」

「まぁ、パートさんも結構いるみたいだけどな」

 

 七歌たちがみた仕事の鬼は全員が社員という訳ではなく、中にはパートとして勤務している者もいた。

 そんな人でもしっかりと活躍できるくらいに、作業手順が書かれたマニュアルなどがしっかりしており、会社全体の作業効率を高めている。

 大きな企業だと末端ほど管理が甘くなりそうなものだが、そこを特に気をつけている辺りに会社を管理している湊の性格が出ていた。

 これもある意味で社風と言えるのかなと考えていた七歌は、そういえばと順平たちが来る前に会ったジーモたちからの伝言を皆に伝えた。

 

「あ、そういえば、ジーモさんとかビアンカさんがデータの改修終わったってさ。希望者がいれば仕事が終わった後、三時から六時までなら初日のゲーム部屋で遊べるって」

 

 七歌の言葉に数名の男子たちが目の色を変える。

 実は初日に遊んだゲーム部屋は湊が渡したビーム兵器のデータを反映させるため、あの後から立ち入り禁止になっていた。

 それが今日になってようやく終わったようで、仕事が終わってから遊べると聞いて男子らは思わずガッツポーズを取っている。

 何せあのゲームにはセーフティーモードがあって、乗り物に弱い人間でも遊ぶことが出来ると判明しているのだ。

 今回のデータ改修でビーム兵器も実装されているはずなので、男子たちは仕事が終わったら絶対にゲーム部屋にいくぜと戦士の表情になっていた。

 無論、シミュレーターを利用したゲームを作った者たちからOKが出ていても、湊がダメだと言えば部屋に入ることも出来ないのだが、七歌は敢えてそこに触れずにペスカトーレを食べる作業に戻るのだった。

 

 

 


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