【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百八十八話 将来の仕事について

11月27日(金)

午後――EP社

 

 職業体験学習も本日で最終日。

 訪ねた企業によっては、たった四日で何が分かるのかという物もあるだろうが、少なくともEP社に来た学生たちはそれなりに満足そうにしていた。

 現在のEP社はソフィアの父親が代表を務めていた時以上に何でも取り扱っている。

 それは何が役に立つか分からないからと、久遠の安寧幹部らの私財を全て没収した湊が投資して事業を拡大させたためだ。

 大きな企業だけあってあらゆる分野に対するパイプを持っていた事もあり、そこに貿易王と呼ばれるベレスフォード家の力を借りた事でEP社は新たに進出した分野でも一定の成果を収めている。

 無論、元からその分野で覇権を握っていた企業からは、節操無しに食い散らかすイナゴの群れと悪態を吐かれたが、湊に言わせればイナゴは食い散らかさずに食い尽くすものだ。

 ただ、そう呼ばれたからにはイナゴの群れの力を思い知らさねばならない。

 桐条グループを乗っ取るための“作戦コード:悪食”では、高寺派のような存在に動きを察知されぬよう秘密裏に動く必要があったが、あれは余計な妨害でチドリらに被害が及ぶのを防ぐためだった。

 その点、ただ市場を荒らして他者のシェアを奪うだけなら資金力で圧倒的優位なEP社は力押しでいける。

 開発に必要な素材を押さえ、研究者たちに十分な給料と研究費を渡し、大々的に広告を打って、他社と同等かそれ以上の性能の物を僅かに安く売り出すだけでいい。

 そも、EP社が他社から買っていたものを自社内で賄うだけで、今まで大口取引で儲けていた企業は大打撃なのだ。

 さらに家庭向けにまで進出されれば、どうにか自分たちの利益を確保しようと無茶な動きも出てくる。

 湊たちはそこでさらに期間限定で大幅値引きを実施した。

 実施期間は二週間ほどだが、覇権を握っていた企業が広告等でアピールしようとしているタイミングで、より強く客の印象に残るように動いたのだ。

 覇権を握っていた企業だけで無く、その分野で開発を続けていた中小企業からも市場破壊だと文句を言われたが、湊にすれば技術力と企業の体力を考えれば最初から結果は決まっていただろうにといった感じである。

 一部の国では独占禁止法がどうだのと動きがあるようだが、EP社の製品は儲けを削って覇権企業の製品より少し安い程度にしているし。市場破壊も期間限定のセールでしかなかったので、国の上層部や検査機関の者たちと会食するだけで“問題なし”という評価を頂くことが出来た。

 消費者からすれば市民の味方にしか見えない大企業であるEP社。そんな企業のトップにいる湊は体験学習を終えて集まっている学生たちの前に立ち。並んでいる彼らに声をかけた。

 

「……四日間の雑用お疲れさま。子どもが学校に行っている時間だけ働いているパートの方が初動からして数倍の働きをしていたが、お前たちが無能なりに仕事に取り組んでいた事実は変わらない。ご苦労だった」

 

 四日間お疲れさまと労われて、最後に何かの記念品でも貰えるのだと思っていた学生たちは、淡々と毒を吐く湊の言葉に思わず顔を顰める。

 彼らにすれば難所作業ロボットの操縦のような近未来的な仕事を体験できると思っていたのだ。

 それがまさかの配送センターもどきや会議で使う書類の準備となれば、自分たちの期待を裏切ったなと言う思いの方が強い。

 しかし、それを言うなら学生たちの待遇がかなり恵まれていた点を考慮すべきだろう。

 職業体験学習は学校行事の一環だ。月光館学園では初等部以外、全て昼食は各自で用意することになっている。

 となれば、ここでも七歌たちは自分で昼食を用意するか、自腹で食堂を利用する必要があった。

 湊はそういった面倒を省くために二十人の昼食代を四日間全て負担していたのだ。

 飲食店へ職業体験に行った者ならともかく、一般企業で毎日高級なファミレスで奢って貰えるなど好待遇と言えるだろう。

 さらに、仕事は三時の定時上がりで、仕事が終わってから夜六時まではゲーム部屋でロボットの操縦シミュレーターを使った本格的なロボット対戦ゲームを遊べるオマケまで付いている。

 シミュレーターもタダで動いている訳じゃない。サーバーの維持費とシミュレーターの点検で安くない金額が飛んでいる。

 難所作業ロボットの操縦士たちはサークル活動に使わせてもらうからと一部費用を負担し、メンテナンスも自分たちが率先して行なっているが、学生たちは安全ベルトなど利用上の注意は守っているが無料で好きに遊んでいる。

 それらの後始末は湊がスタッフに特別手当を払ってやってもらっていたため、二十人の学生たちのこの四日間の働きよりも、湊が一人で負担した金額の方が圧倒的に多いというのが現実だった。

 元々、子どもの面倒を任せるはずだった武多は徹夜しつつも走りきった事で入院しており、初日だけで無く四日間全ての予定を組み直すはめになったため、湊が普段以上に疲れている事を知っているソフィアは、不満そうな学生たちを冷めた目で見ながら彼らの仕事ぶりを監督官として評価していく。

 

「全体的な評価をしますと総じて集中力が足りませんね。単純作業なのですから、心を無にして自分をその作業をするためだけの装置と思い込めばよろしかったのに、文句は多いし仕事もあまり丁寧とは言えませんでした」

「いや、あの、四日じゃ流石に慣れるのも難しいっす」

「その割りにウォーカーの操縦は皆さん上達していた様子ですが?」

「軍人として市民の安全を守るのは当然のことッスからね。日々鍛錬を疎かには出来ないんす」

 

 四日で完璧に仕事をこなせるようになる訳がない。順平がそう返せば、ソフィアはゲームの方はメキメキと上達していたではないかと指摘した。

 二日目は湊が組んだビーム兵器を実装するためのシステム更新に時間が掛かって遊べなかったが、昨日は新しいビーム兵器の使用感やグラフィックに問題が無いかのチェックで相当遊んでいた。

 メンテナンスが楽だからとセーフティーモードに設定し、小田桐や友近など通常モードでは適性がなかった人間も遊んでいた訳だが、遊んでいる時の彼らは自然とロールプレイの形になって共和国軍の新兵として振る舞っていた。

 若いだけあって反射神経や反応速度が速く、サークルメンバーより乗りこなして上達も速かった訳だが、ソフィアにすればその頑張りを仕事に活かせと言いたかった。

 そんな順平が軍人としてウォーカーを乗りこなせるよう訓練するのは当然だといえば、他の男子たちも何やら得意気な顔をしていることもあり、ロールプレイは健在で馬鹿は一人ではなかったかと呆れるのも無理はない。

 救いがあるとすれば女子たちはロールプレイするほどはハマっていなかった事だろうか。

 むしろ、シミュレーターの技術がどんな物に利用されているか。今後、どういった物に利用できるかを社員たちに聞いて、学校に提出するレポートのネタにしていたので、仕事を任せるならば絶対に女子たちの方が役に立つというのがソフィアの評価だ。

 

「まぁ、そこは良いでしょう。では次に現場で監督役を務めていた者たちからの評価ですが、そちらはこれといって悪くありませんね。言われた事はやっていたし。分からない部分は質問してきたので、特に大きな問題はなかったとのことです」

「……その分、いくらでも替えが利くとも取れるがな。無役の駒は数以外では脅威にならない。お前たちが将来仕事で不満を覚えることがあれば、転職するか企業内での自分の価値を上げることを奨める。自分の力を人質に企業を脅せる状況が理想だ」

 

 ソフィアから現場監督の評価は悪くなかったと聞いて一安心するも、続けて湊が不穏な事を言えば全員が首を傾げる。

 何せ彼は人を使う側の人間だ。そんな彼らからすれば従業員に脅されるような事態など起こらない方が良いに決まっている。

 けれど、湊は学生たちが職場体験に来たのだから彼らの将来のために一つの考えを教えておく。

 

「人間好きな事をして生きられるのがベストだ。ただ、全ての人間がそうやって生きていく事など出来ない。つまらない言い方になるが人の才能は決まっているからな。本人の望む仕事よりも才能を発揮出来る仕事の方が上手く行くことが多いだろう」

 

 誰もが望む仕事で心身共に充実して働くことなど出来るはずがない。

 サッカーが好きでもサッカーの才能はゼロで、逆に野球のバッターとしての才能を持っているなんて人間もいるだろう。

 多くの場合は自分の趣味よりも才能で仕事を選んだ方が成功する可能性は高い。

 ただ、才能に縛られて自由に何も選べないというのは、それはそれでつまらない。

 湊自身も才能とやらで周囲にバスケを続ける事を熱望されたが、本人は自由に過して別にバスケの才能だけが自分の持つ価値では無いと世間にも知らしめた一人だ。

 出来る事ならばここにいる人間にも自分の才能に囚われず、出来る範囲で好きに生きてもらいたいと思う。

 そのために必要なのが自分の力を人質に企業を脅すという事だ。

 

「企業は一人の力で回っている訳じゃない。向き不向き関係なく、様々な人間が一緒になって仕事に取り組んでいる。待遇や環境に不満がないなら大勢の中の一人として埋もれてもいいだろう。しかし、もしもの可能性を考慮するならお前たちはチームにおける自分の価値を認識しておかなければならない」

 

 湊もEP社の代表についてから時間が経っているが、その間にEP社を離れた者は多数いる。

 仕事内容が自分に合わないからと辞めた者もいれば、もっと自分を評価してくれる企業があったからと辞める者もいた。

 パートも含めれば三桁に届く人数で、それらを使っている内に湊もどういった点を押さえておけば離職率を下げられるか分かるようになっている。

 それでもまだ企業を離れようとする者たちの中には、自分が仕事の中でどういった役割を担っていたかを説明し、自分が離れた場合のデメリットを伝えて企業内での自分の価値を正当に評価させようとしてきた。

 ほとんどは過大評価というか単なる自意識過剰で、企業側が評価した点を細かく伝えれば納得したり顔を俯かせて黙っていた。

 だが、逆に過小評価されてしまっているケースもあり、目に見える仕事の成果以外の部分を社員たちから聞き取りをする事で待遇が上がった者もいるのだ。

 学生たちが将来勤める企業にそういった制度があるかは分からない。

 それでも理不尽を素直に受け入れ続ける必要などない。それは自ら己の価値を安売りしている事になる。

 

「いいか。容姿、家柄、学歴等のステータス。これらは企業がお前たちを判断する一つの基準でしかない。就活中は足切りにそういった点で評価され易いが、就職出来たならその時点でお前たちの評価は一律でただの“新人”に変わる。そこからお前たちが本当に自分を売り込みたいなら仕事の実力だけでなく、コミュニケーション能力や人間関係で生まれるパイプなど、企業がパッと見では評価しづらい価値も生み出し続けるべきだ」

 

 やればやるだけ評価されるほど社会は甘くない。それでも、自分を評価されたいなら仕事の成果だけを追い求めるのではなく、組織内で自分の確固たる地位や立場を築くべきだ。

 任される仕事が増えれば、どうせ個人の能力だけではこなしきれない問題も出てくる。

 上司を頼るか、部下を頼るか、それとも社外の人間に知恵や力を借りるか。

 社外秘の情報では他社の人間を頼る事は出来ないだろうが、自分だけで抱え込んでも解決しない問題ならば悩むだけ無駄だ。

 

「助けてくれる人間、頼れる人間を作っておくと将来役に立つ。それは自分だけの話ではなく、お前たちを頼ってきた者や会社をその相手と繋ぐことで恩を売る事にも使える。あいつはA社とのパイプを持っている。ならこのプロジェクトに参加させようってな具合で仕事を任されるかもしれない」

「わたくしや湊様もやっている事は基本的に同じです。大きい会社を動かしてはいますが、大きい会社だからこそバランスを保つために小さな味方をいくつも作るように日々動いているのです」

 

 EP社は世界中で知られている大企業だが、それは大きな一つの柱で出来ている訳じゃない。

 貪欲に様々な分野に手を伸ばす中で、力はあるのに資金がないからと研究を諦めている者たちを傘下におさめたり、将来性を見込んで小さな会社に声をかけて投資したり、段々とその分野での発言力を増やしていっているのだ。

 遠目から見れば大きな一つの柱でも、実際は小さなブロックを組んで大きな一つの柱に見せている。

 そうやってEP社はここまでの力を得るに到ったのだと語れば、学生たちもいつの間にか真剣な表情で二人の言葉に耳を傾けている。

 

「……まぁ、将来の事なんてまだまだ分からない。医者を目指していた人間が大きな出会いがあって警官に方向転換なんて事もあり得るんだ。お前たちも今の内に好きに悩めばいい」

「一つアドバイスをするなら知識や技術は得られる内に得ておくべきかと。もし、今日文明が滅んだとして、最後まで生き残れるのはサバイバル技術を持った人間です。それと同じように地位やお金を失ってもあなたの持つ知識や技術は残ります。役に立つかどうかは関係ありません。自分の価値を高めるため、保険のためにも、知識と技術は貪欲に求めなさい。それがあなたを助けます」

 

 今回の経験では大してEP社の事は理解出来なかっただろう。

 彼らの想像するEP社の仕事というのは、研究所のような場所で頭の良さそうな者らが真剣に機械と向き合っているようなもののはずだが、子どもに任せられるようなものではないので、それについては理解して貰うしかない。

 ただ、EP社であっても地味な仕事は沢山あって、それが最終的に会社を支える大きな助けになっていることは分かって貰えたはず。

 もしも、本当にEP社で働きたいと思ったならば、高校生でも出来るバイトもあるので、そういう形で関わって自分がEP社の中でどんな仕事をやりたいのかを固めていけばいい。

 その間にソフィアが言ったように自分のために技術と知識を得ていけば選択肢も広がる。

 話を聞いていた学生たちは二人のアドバイスが自分の将来の役に立つと分かったように頷き、これで職場体験学習は終わりだというタイミングで初日に温かいお茶をくれた女性がカートワゴンを押して現われた。

 カートワゴンには小さなカゴと何かしらの冊子のような物が乗っている。

 一体何を持ってきたのかと学生らが気にしていれば、湊が冊子の一つ手に取って皆に見えるようにしながら説明した。

 

「……さて、長々と話したが今日でここを去るお前たちに餞別をやろう。臨時IDカードと交換で受け取っていけ」

「八雲君、それなぁに?」

「うちの製品ばかりが載ってるカタログギフトだ。半年くらいで期限が来るから早めに出すといい」

 

 カタログギフトとは冊子に同封されているハガキに欲しい製品と必要事項を書いて送ると、その製品を届けて貰える素敵なカタログ本の事だ。

 EP社は様々な分野の物を作っているので、冊子自体がとても分厚いのだが、タダで好きな物が貰えるなら何でもいいやと男子たちは単純に喜んでいる。

 一方、現実思考な女子たちはいくら程度のカタログなのかを気にしており、これで五千円程度ならケチ臭いぞと図々しい事を考えている者までいた。

 けれど、とりあえずは受け取ってみないと価格帯を判断することも出来ないので、それぞれパスケースごとIDカードを外すと順番に並んで女性社員にIDカードを渡し、続けて女子は湊から、男子はソフィアからカタログを受け取っていく。

 受け取ってすぐにカタログを見るのは少し下品に思えるが、男子たちは価格帯など気にしていないのか、純粋にどんな製品が載っているのか確認し始めたので女子たちもその場でカタログに目を通す。

 価格を判断する上で分かり易いのは電化製品系だ。EP社はパソコンや掃除機も作っているので、載っている製品の売価でカタログの値段も分かる。

 一部の女子たちが視線だけでそんな事を相談して該当ページを開けば、何と写真と共に書かれた製品名のところにメーカー希望小売価格が載っていた。

 

「え、八雲君、これメーカー希望小売価格まで書いてて良いの?」

「ギフトで貰えるのは一つだからな。後で買うときに価格があった方が参考になるだろうって事で載せる事にした」

「あ、いや、そういう事ならいいけど。てか、普通に三十万するテレビとかパソコンまであるってすごいなぁ……」

 

 ケチ臭いどころか大盤振る舞いで女子たちは思わず噴き出しそうになった。

 ちなみに、一番高いのは五十万の腕時計らしいが、湊とソフィアが言うには時計でその値段は中途半端だからオススメはしないらしい。

 確かに高い時計だと百万以上なんてざらにあるので、二人が言うからには実際にそうなのだろう。

 ただ、男子たちは思っていた以上に価値のあるカタログだと認識した事で、母に献上すべきか自分で好きに使うべきか大いに悩んでいる様子だった。

 女子たちも思っていた以上という点については同じで、これはしっかりと考えて頼んだ方が良いと考え、カタログを専用の箱に入れてから鞄に仕舞い込んだ。

 IDカードを受け取っていた女性社員はそんな子どもたちの様子を微笑ましそうに眺め、湊とソフィアはこれで子守は終わりだと声をかけるとそのまま去って行った。

 始まりは武多の暴走で散々だったが、学生たちはここでの経験と得た物に概ね満足だったようで、女性社員に挨拶すると笑顔で自分たちの家に帰っていった。

 

 


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