【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百九十話 少年の苦悩

12月2日(水)

放課後――月光館学園

 

 今日の授業が終わり、生徒たちがそれぞれの放課後を過すために教室を出て行く。

 ある者は部活が面倒くさいと言いながらもどこか楽しそうに体育館を目指し、ある者たちは週末の合コンのために歌の練習をしようとカラオケへと向かった。

 そんなクラスメイトらの姿を見ながら綾時は楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「じゃあね。望月君、また今度遊ぼうね」

「せっかく誘ってくれたのにゴメン。ぜひ、楽しんできてね」

 

 新しくオープンしたカフェがあるからと放課後に誘ってくれた女子がいた。

 普段の綾時ならば、むしろ自分から女性を誘ってお茶をしに行くのだが、今日の彼はそういった誘いを全て断っていた。

 けれど、相手は断られても嫌な顔もせず、ただ残念そうに次は一緒に行こうねと笑顔を向けてくれた。

 そんな相手の優しさに胸の奥が温かくなるのを感じながら、綾時は荷物を持つと他の者らと同じように教室を出て行く。

 お茶の誘いを断った彼が目指すのは校舎の屋上。この街を見渡すことが出来る場所だった。

 階段を上っていく途中にすれ違う部活道具を持った生徒を見て、綾時は自分が転校してきたばかりのことを思い出す。

 先月この学校に来たばかりの頃、綾時は転校生だからと部活に誘われて様々な部活の体験入部を受けた。

 彼はその特殊な生まれの影響か、ある青年と同じように、やれば大抵のことはそれなりに上手く出来た。

 無論、学習能力の高さと器用さだけでは確かな技術を持った経験者に勝つことは出来ない。

 それでも、誘ってくれた者たちからは、センスが良いから絶対に上手くなると褒めてもらえた。

 新参の自分がそこまですんなりと受け入れてもらえるとは思っていなかっただけに、出会ったばかりの者たちからの素直な賞賛がとても嬉しかった。

 

(本当にこの学校は素敵な人が多い場所だったな。湊がいた影響もあるんだろうけど、異端なはずのものを受け入れるだけの柔軟さが大勢に備わっていた)

 

 ここ月光館学園は有里湊という異質な存在を何年も受け入れていた。

 別に突然奇行に走るだとか、人と見た目が大きく違うという訳ではないが、平凡な日本人学生の中にいれば悪目立ちするくらいには場に溶け込めていなかった。

 協調性がないと言えば確かにそうなのだが、別に人の話を聞かない訳ではないし、ノリが悪いのは面倒臭がりとして理解出来る。

 では、何故彼が悪目立ちするのかと言うと、他の学生たちにもそれは説明出来なかった。

 容姿が整いすぎているだとか、テストで満点しか取らないほど勉強が出来るだとか、周囲から浮く理由は挙げられるのだが、それでは“異質”として捉えられている現状の説明には弱い。

 彼の公認ファンクラブの会員たちは、彼を天が遣わせたいと尊き存在と謳っているが、他の生徒たちの曖昧な言葉に比べれば彼女たちの考え方の方が正解に近いと思えるほどだ。

 そう。湊が周囲から浮いているのは彼が他者と比べて異質だからではない。

 そもそも人間とは別の存在、二千年以上の時を経て現代人類から一歩進化した新人類、この惑星に生きる人類とよく似た容姿を持った異なる種である事が原因であった。

 それに気付いているのは彼の出自や、彼の一族の目指した物を知っている者たちだけ。

 だからこそ、学校にいる者たちは湊を異質と認識しながらも、これといった拒否反応や排除行動を取るということはなかった。

 そして、人というのはそれが未知の存在であっても、時間さえあればいつの間にやら自然と慣れている生き物である。

 全員が全員、彼を肯定的に受け入れた訳ではないが、“有里湊という変わった存在がいる”という状況を当たり前のものとして認識できるようになっていたのだ。

 おかげでラビリスやアイギスという人の社会で生きてきた経験の少ない者であっても、“少し変わっている”程度の認識でごく自然な形に受け入れられていた。

 綾時はアイギスたち姉妹と比べれば湊と共にいた時間が長い事もあり、対人コミュニケーションは自然に取れた。

 雰囲気や彼の持つ価値観はどこかズレている部分もあったが、そんなものは個性と認識出来る範囲である。

 おかげで湊以上に人の環から外れた存在であるはずなのに、綾時の存在は日本に不慣れな帰国子女として受け入れて貰えた。

 

(湊のおかげで僕はとても楽しい時間が過ごせた)

 

 一ヶ月。たったそれだけの期間だったが、その間に経験した様々な事を思い出しながら、綾時は最上階までのぼったところで扉を開いて屋上へと出る。

 人工島から見える自分が過した街の景色や、太陽の光が反射して煌めいている海を見て、綾時は小さく笑みを浮かべて転落防止用のフェンスへと近付いた。

 

(……きっと、彼女は自分だけで始末を付けるつもりだろう。そういうところは湊と本当に似ている)

 

 数日前、綾時の携帯に届いたアイギスからのメールには『次の満月の影時間に十年前の場所で待っている』といった意味の内容が書かれていた。

 順平たちと遊んでいた時にメールを確認し、突然心臓を掴まれたような感覚を覚えたが、最初は惚けようかとも思った。

 湊と共にあった時から憧れていた夢のような時間だ。失うのも、終わらせるのも非常に惜しいと思ってしまった。

 けれど、アイギスはきっとそれを許さない。

 今の彼女は人間だ。機械から生き物の身体になったことで精神性も変化している。

 だからこそ、機械の時に与えられていた使命を即座に実行に移そうとはせず、彼女なりの誠実さで残り僅かな日常を過すことを許してくれたのだろう。

 そんな相手に対して我が身可愛さから誤魔化しを述べることを綾時は由としなかった。

 

(けど、どうあっても彼女では僕に勝てない。他の皆が援護したとしても、ダメージが通るのはチドリさんの力を溜めた最大火力くらいだろう)

 

 アイギスが十年前の戦いの決着を望んでいることは分かる。

 今、影時間の戦いで正確に未来を見ているのは全てを知っている湊と、その彼から話を聞いているソフィアだけだ。

 他の者たちは幾月たちが何か仕掛けてくるとは思っているが、どうやれば影時間を終わらせる事が出来るかはまるで分かっていない。

 そんな中、十年前の戦いを経験しているアイギスが、全ての元凶と思われるシャドウの王を倒せば影時間が終わると考えても不思議ではない。

 彼女は今も湊を戦いに巻き込んだ事を後悔し負い目を感じている。

 別にアイギス個人の責任ではないのだが、彼から両親を奪い、シャドウと戦う道へ引きずり込んだ事は事実。

 流石にエルゴ研で被験体として扱われ、さらに血に塗れた道を歩むことになるとは思っていなかっただろうが、その情報は彼女により強い罪悪感を与えるだけでしかない。

 湊はアイギスに気にしていないと伝えていたし、彼女との出会いを尊い思い出と考えている事も分かる。

 しかし、湊と特別課外活動部の者たちがぶつかった後、タルタロス深層モナドで彼の心に刻みつけられた深い傷を垣間見た事で誰もが彼の弱さを理解した。

 アレは既に目的のために動き続ける事でしか生きていけない壊れた存在なのだと。

 故に、アイギスは彼やその周りの人間をこれ以上巻き込まず自分だけで決着を付けようとするのだろう。

 ただ、そうなった場合、どうやってもアイギスだけでは綾時に勝つことは出来ない。

 ストレガの別働隊を撃退しただけでなく、共にタルタロスの攻略をしたことで彼の力を見た者らも同じように認識しているが綾時の力は湊に匹敵する。

 数多の力を持つ彼と比べれば手札の数はそれほどでもないが、単純な火力の話をするならチドリの新たなペルソナであるヘカテーの最大火力と同等以上のものを連発できる。

 そして、防御力や耐久力と呼ばれるものの話をすれば、綾時は存在の性質によって資格を持たぬ者の攻撃は一定以上の火力でないと欠片も通らなくなっている。

 十年前にアイギスたちが戦えたのは、その存在が不完全なものであったからなのだ。

 

(話し合いで解決出来る問題じゃない。けど、無駄だと分かっても彼女はきっと諦めないだろう)

 

 現状、綾時を倒す以外に影時間を終わらせる可能性を持つものがない。

 そんなアイギスにすれば、勝てる可能性がゼロに等しくとも命を懸けて綾時を殺そうとしてくるはずだ。

 彼女は最初から綾時を警戒し、共に探索に出ている時も一線を引いて接していたが、そういった相手であっても親しみを覚えていた綾時からすれば命を狙われることに寂しさを覚える。

 

(……湊はこれを受け止めていたのか)

 

 ずっと一緒にいたことで彼の事を深く理解していたつもりだったが、自分が同じ経験を得たことで改めて彼の心の強さを理解する。

 確かに彼の心は脆い。傷つきやすいという点で言えば誰よりも弱いとすら言える。

 しかし、他の者たちが膝を突いて動けなくなるほど弱ったとしても、湊は同じ傷を負いながら進み続けることが出来る。

 一度死んで両親と再会した事で価値観に変化があったようだが、それでも湊の心の在り方が歪んでいる事は変わらない。

 彼は自分の命に価値を見出さず、未来を見つめることで命の使い方を既に決めているのだ。

 

(そこまで追い込んだ責任の一端は僕にもある。だから、僕も君の思いに応えよう)

 

 生まれ持った性質も関係していようと、十年前の戦いを切っ掛けに湊の歪みは加速した。

 アイギスがその責任を取るために戦おうというのなら、加害者の一人である自分もそれに応えなければならない。

 その戦いの結末がどのようなものになるかは分からないが、これまでの関係が崩れることは確実だろう。

 それを理解している綾時は、この景色を心に焼き付けておくため一人放課後の屋上で街を眺め続けた。

 

夜――巌戸台分寮

 

 クラブで飲んだくれの坊主と話してきた七歌が寮に帰ってくると、何故だかコロマルを連れたラビリスとチドリの姿があった。

 他の者たちもどうやら既に帰ってきていたようだが、特にタルタロスの探索について話していなかったのに、どうして二人と一匹がいるのかと尋ねた。

 

「あれ、今日は別に探索するって言ってなかったよね?」

「うん。けど、満月やから一応は集まっとこかってチドリちゃんと話しててん」

 

 先月の満月でアルカナシャドウは全て倒した。

 しかし、全てのアルカナシャドウを倒せば影時間が終わるという話は、滅びを求める幾月がついた嘘で今も零時を過ぎれば影時間は現われている。

 元々はこの世界に存在しなかったものなのだから、どうにか再び以前の状態に戻す方法もありそうなものだが、今現在で有力な手掛かりなどは見つかっていない。

 となると、これまでと同じようにシャドウの被害を食い止めるため、タルタロスに迷いこんだ人間の保護とシャドウの討伐を続けるしかない。

 ラビリスたちもそれを手伝ってくれているので、満月を警戒してやって来てくれたのなら有事への備えとしてありがたい。

 そう思った七歌が礼を言おうとすれば、ソファーに座っていたチドリが一階にいる者たちを見渡しながら口を開いた。

 

「……私たちは別にいいけど、そっちは二人いないわね」

「あ、ホントだ。綾時君とアイギスは?」

 

 七歌は今帰ってきたばかりなので、流石にここにいないメンバーがどこにいるのか把握できていない。

 風花ならば知っているだろうかと聞いてみれば、紅茶のカップを小皿の上に置いてから答えた。

 

「アイギスは夕方くらいに出掛けてくるって出て行ったよ。綾時君は今日はまだ帰ってないみたい」

「へぇ……隠れて逢い引きとかかな?」

「うーん。アイギスは綾時君を警戒してたから、そういう可能性はないんじゃないかな?」

 

 アイギスは湊に関わることなら判断がかなり甘くなる。

 しかし、その彼がただ一人友人と認めた綾時に対しては、どうしてかきつく当たって常に警戒している様子だった。

 何がそこまで気に入らないのかは分からないが、あれだけ警戒していたのに恋慕の情を抱くことはないと思われる。

 それなら綾時が湊と会っていて、アイギスがそれを遠目から監視している方がまだあり得るだろう。

 風花がそのように返せば、七歌も納得したのか確かにと頷く。

 

「ま、そりゃそうか。でも、今日はどうするの? 影時間に調べて何もなかったら、一応、集まったって事でタルタロスでも行く?」

 

 寮生はともかく隣の市に住んでいるチドリや、マンション暮らしのラビリスは合流に時間が掛かる。

 そのため普段は連絡を取って探索日を合わせているのだが、今日は様子見で来てくれたにしても集まった以上はシャドウ狩りをしておきたい。

 ただし、チドリたちが帰るのなら無理には引き止めないと告げれば、二人は別に大した手間ではないと探索を了承した。

 

「チドリちゃんはウチん家に泊るから、別に探索にいくんは大丈夫やで」

「……そうね。準備はしてあるし。改めて出てくるのも面倒だし、別にいいわよ」

 

 何かあれば戦えるように準備してあるので、影時間になってからタルタロスへ行くのは問題ない。

 二人がそう答えればコロマルも了承するように一鳴きする。

 彼女たちがいれば探索の効率が上がるので、参加すると決まれば自分たちも準備するかと男子たちは部屋に戻っていった。

 それを見送った七歌はここにいない二人と一応湊にも探索へ行くことをメールで伝えると、自分も準備をしておくため部屋へと向かった。

 

***

 

 影時間になって七歌たちは四階の作戦室に集まっていた。

 しかし、そこにアイギスと綾時の姿はない。

 湊に関しては来るとは思っていなかったので構わないが、どうして二人はまだ帰ってこないのだろうと風花や美鶴が心配している。

 

「二人から連絡はなかったのか?」

「はい。メールで探索に行くことは伝えたんですけど、それに対する返信もなかったし。電話にも出なかったんで行方不明状態です」

 

 帰りが遅いくらいならまだしも、満月の日に二人と連絡がつかないとなると様々な事を想像してしまう。

 湊が蘇った事で撤退していった幾月らの行方は桐条グループも追っている。

 だが、あちらにはペルソナの反応を誤魔化す装備があるようで、グループの持つペルソナ反応を計測する機械やアナライズを使っても湊と同じように居場所を発見することが出来ない。

 それはつまり、仮にいま寮の屋上にいたとしても襲われるまで分からないのだ。

 アナライズに近い能力を持っている綾時や戦闘に慣れているアイギスが相手であっても、平日の街中で襲われればペルソナを使う訳にはいかず上手く応戦できないかもしれない。

 前回はこちらのメンバーの命を狙ってきていた。

 復讐代行と言いながら殺し屋としても活動するストレガに加え、理らも湊の遺体を解体して運ぶような連中である。

 今更街中で狙ってくるに躊躇などない可能性の方が高いだろう。

 風花とチドリがアナライズで大型シャドウの反応と共に二人の事も探してくれている。

 その結果によってはすぐに移動を開始せねばと思って待っていれば、何かを見つけたようで風花に反応があった。

 

「……これは……ムーンライトブリッジにペルソナ反応です」

「ペルソナだと? 誰か戦っているのか?」

 

 ペルソナの反応があるとなれば恐らくそこで戦闘をしているはず。

 真田が風花に反応の主は誰かを尋ねれば、同じようにムーンライトブリッジを調べたチドリの方から答えが返ってきた。

 

「これは……アイギスね。近くにシャドウ反応があるけど、何これ? こんな強い反応なんて今まで……」

「……え? でも、このシャドウ反応は、何で?」

 

 ムーンライトブリッジで戦っているのがアイギスだと突き止めた二人は、何かに驚いて言葉に詰まっている。

 だが、仲間がシャドウと戦っているのなら、すぐに自分たちも向かわなければならない。

 そのために今は情報をしっかりと伝えてくれと美鶴が二人に促した。

 

「山岸、吉野、どちらでもいい。状況を正確に伝えてくれ」

「……アイギスは間違いなくシャドウと戦ってます。でも、戦ってるシャドウ反応から綾時君の反応も感じるんです」

「暴走とかそういう気配じゃない。信じられないけど、多分、望月綾時は人型シャドウだったのよ」

 

 風花とチドリの口から驚くべき言葉が飛び出すと、それを聞いていた者たちは目を見開いて言葉を失う。

 自分たちを助けてくれた少年が、共にシャドウとも戦ってくれていた少年が、これまで倒してきた異形の化け物と同類などと誰が思うだろうか。

 質の悪い冗談にしか思えない二人の言葉に、綾時と仲の良かった順平が反論する。

 

「そんな訳ねーだろ! 確かにあいつは馬鹿みたいに強かったけど、有里だって同じようなもんじゃねーか。いくら何でもシャドウだなんておかしいって!」

 

 強さと正体がシャドウである事は関係ない。

 ただ、あまり状況が分かっていない状態で、アナライズ能力を持つ二人から同じ事を伝えられると、上手い反論が思い付かなかったのか順平はとりあえず同等の強さを持つ人間がいる事で彼も人間のはずだと証明しようとした。

 すると、静かに話を聞いていた天田が、何やら考える素振りを見せてからシャドウが人型になる可能性について意見を口にした。

 

「有里先輩のペルソナだって自我はありますよね。なら、シャドウが人の心を食べ続けて自我を得る事だってあり得るんじゃ」

「この際、人型シャドウがどうのって話はいいだろ。戦ってるやつらを止めるにせよ、どっちかに加勢するにせよ。ここにいちゃどうしようもねぇ」

 

 天田の言葉に全員が人型シャドウが存在し得ると考えるも、これまでの綾時の功績を思えばすぐに敵だと断ずることも出来ない。

 であれば、どういった行動を取るにしてまずは現場に行くべきじゃないのかと荒垣が伝え、全員がそれに応えるように部屋を出て行く。

 影時間で機械が止まっているため、ここからムーンライトブリッジまでは走っていくしかない。

 両者が戦っている理由は分からないが、自分たちが到着するまでどうか無事でいてくれと願い一同は急いだ。

 

 


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