【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百九十三話 選べる選択肢

深夜――巌戸台分寮

 

「だが、だからこそ聞いておきたい。望月は我々と敵対する意思はあるのか?」

 

 真剣な表情で真っ直ぐ綾時を見つめ美鶴が尋ねる。

 この質問の返答次第では、美鶴たちも先ほどのアイギス同様、彼を敵として認識して対処せねばならない。

 その際、湊がどう動くのかが分からないという不安はあるが、綾時の力が湊とほぼ同等であれば全員が死に物狂いで戦う必要があるだろう。

 故に、他の者たちが緊張した面持ちで言葉を待っていれば、綾時は儚げに笑って口を開いた。

 

「……僕個人は敵対したくはない。でも、僕に与えられた役目がそれを許さない」

「シャドウだから人類に害を為すと?」

「いいや。そもそも、本来シャドウは人を害する存在じゃないんだ」

 

 美鶴たちはシャドウと戦ってきたことで、シャドウが人間を襲う化け物だと思い込んでいる。

 けれど、それらを詳しく知っている綾時や湊からすれば、それは彼女たちが相手の縄張りを侵しているから襲われているに過ぎない。

 

「湊から聞いているかもしれないけど、シャドウもペルソナも根幹は同じ物だ。人から抜け出たものがシャドウ。己の内から顕現させたものがペルソナ。どちらも人の心から生じたものである事は共通している。桐条グループでは影人間はシャドウに心を食われた状態と見ていたけど、実際はただシャドウが抜け出ただけでね。別にシャドウに襲われて心を失っている訳じゃないんだ」

 

 シャドウとペルソナの違いなど実際はほとんどない。

 あるとすれば持ち主の自覚によって、存在が輪郭を得ているかどうかくらいだろう。

 湊の内に宿る名切りの業から発生する影の人形や獣はシャドウ、自我を得て確固たる存在を得ているアマテラスたちはペルソナ。

 それと同じように一般人たちから抜け出たシャドウは、持ち主が持っていた心の性質である程度共通の姿をとっているだけで、もしも持ち主が己のシャドウを自覚すれば固有の姿を持ってペルソナに変化する。

 なので、美鶴たちが思っているようなシャドウの被害者というのは実はほとんどが勘違いだった。

 綾時が話した事は過去に湊も似たような事を言っていたので、彼の話が改めて事実だったと確認された形だが、それでは説明が付かない部分もあるのではとゆかりが尋ねた。

 

「でも、アルカナシャドウが出た時は明らかに無気力症が拡がってたけど?」

「ああ、そこだけは例外かな。アルカナシャドウは僕の復活のために力を集めようとしていた。だから、心が弱っている者からシャドウが抜け出しやすいよう干渉して、抜け出たシャドウを吸収していたんだ」

 

 本来のシャドウには共通の目的などないが、アルカナシャドウは自分たちの本体であるデスの復活を目指して動いていた。

 シャドウを吸収する事で力を取り戻し、消えていくときに自分が取り戻していた力の分だけデスが強化される形だ。

 別にアルカナシャドウが人の心を食べて回っていた訳ではないが、シャドウが抜け出しやすくなるよう干渉はしていたので、他のシャドウと違って人を害していたと言えなくもない。

 

「でも、それは無理矢理という訳ではないよ? ぐらついている歯を指で動かす感じで、あくまで予定を早めただけだからね。そも、心が弱い人間にしか効果はなかったんだ」

「……無気力症はシャドウが抜け出た事で起きる症状だが、分類するなら精神疾患だ。個々で抱える問題などはあるんだろうが、現実から目を背け逃げだした者しか掛からない。まぁ、心の一部が抜け出すなんて物理現象を起こせる状況を作ったのは桐条グループだけどな」

 

 アルカナシャドウは確かに干渉していたが、あくまでそれは不安を持っている人間の不安を煽っていたに過ぎない。

 湊もそれを肯定するように頷き、原因はあくまで心の弱い本人か、そういった不可思議な現象が起こる現状を作った桐条グル-プにあると告げた。

 それを言われてしまえば十年前の実験含めて全て桐条グループの責任なのだが、別に責任所在を求めている訳ではない七歌が単刀直入に切り込んだ。

 

「ねぇ、綾時君は何が目的なの? 貴方に与えられた役割って何?」

「そうだね。そこも話しておこうか。まず、シャドウたちの目的は“母なるものの存在”の復活だ。彼女の名前は“ニュクス”。太古の地球にやってきて、そこに存在した全ての命に“死”という概念を与えた存在。言ってしまえば全てのシャドウの生みの親だ」

 

 桐条が倒れたあの日、数多の古文書を読み解いた幾月からある程度は聞いているようだが、デスが降臨する意味やその先の出来事については聞いていない。

 そう思った綾時があくまで自身の降臨は計画が最終フェイズに移った事を示すだけだと伝え、幾月が語らなかった“滅びの訪れ”の詳細を告げる。

 

「もし、ニュクスが復活すれば、この惑星は純粋なる死に満たされる。簡単に言えば全ての命が消滅するんだ」

「消滅って、死ぬという事か?」

「全ての命が……待て、まさか、人類全てが影人間になってしまうとでも言うのか!?」

 

 真田に続けて美鶴が聞き返せば、綾時は曖昧な表情で見つめ返す。

 もしも、美鶴の想像した通りになれば世界は終わりだ。

 現時点でも影人間たちは家族や病院の補助を受けて生活しており、一人で家事や買い物など出来る者はほとんどいない。

 当然ながら家畜や畑の世話は出来ないし、船で漁に出るなんて事も出来ないだろう。

 全ての人間が影人間になってしまえば、その時点で人類の滅亡は確定する。

 全員がその未来を想像して顔を青くしていれば、つまらなそうに話を聞いていた湊が口を挟む。

 

「……ニュクスの力はそんなものじゃない。やつの放つ死の波動を喰らえば、やつの影響下にある全ての生物がその形を保てなくなる。この星であいつの影響下にない生物が存在しない以上、全ての動植物が液体化するだろう」

 

 綾時が曖昧な表情を浮かべていたのは、他の者たちの想像を超えた最悪の結末を知っていたからだ。

 メンバーたちにすれば人類の影人間化でも絶対に防がねばならない事態。

 けれど、ニュクスの力が及ぶのは人間だけでなく、他の動物は勿論、高度な思考力を持たない虫や植物も含まれている。

 どうして湊がそれを知っていて平然と口に出来るのか疑問は残るが、そんな未来が訪れるというのなら絶対に阻止しなければとゆかりが解決策を聞いた。

 

「ねぇ、そのニュクスってどうやれば倒せるの? シャドウの親玉なら、倒せばそんな未来を回避できるんだよね?」

「……申し訳ないけど、それは無理なんだ」

 

 ゆかりの言葉に綾時は心の底から申し訳なさそうに首を横に振る。

 綾時も出来る事ならばアドバイスをしてやりたかったが、彼にも出来る事と出来ない事が存在する。

 そして、今回の事は彼の一存ではどうしようもない事態であり、その解決策を彼自身も知らない。

 綾時のその様子に焦ったように立ち上がったゆかりは、本気で言っているのかと強い口調で聞き返す。

 

「ちょ、無理ってどういう事? なんでよ。絶対に倒せない存在とでもいう訳!?」

 

 自分たちはこれまでも強敵を倒してきた。ならば、最後の敵も同じように乗り越えてみせる。

 そう思っていたのに、最初からその選択肢を選ぶことが出来ないと聞けば誰だって納得がいかないだろう。

 それを理解している綾時は暗い表情のまま“デス”の降臨が持つ意味を語る。

 

「僕は宣告者“デス”だと言っただろう。つまり、僕が現われた時点で終わりなのさ。僕が宣告するのは滅びの確約。滅びを回避したいなら十年前の僕の降臨を防がなければならなかったんだ」

「そんな、十年前にだなんて出来る訳……」

「その通り。君たちに一切の責任はない。岳羽詠一朗とアイギスによって滅びの訪れを遅らせる事は出来たけど、それはあくまで延命措置だからね。もう一度僕を封印しようともう期限は延びない。おそらく……年を越そうとこの世界に次の春は来ない」

 

 綾時の感覚で行けば滅びはそう遠くないらしい。

 今は十二月だが、このまま年を越せても、滅び自体は冬の間にやって来てしまうという。

 いつがどの季節だという定義は分野によって変わるものの、おおよそ三月からは春にカウントされるようになる。

 つまり、ニュクスの降臨は一月か二月の間という訳だ。

 人類の滅亡まで下手をすれば一月を切っている。突然そんな事実を突きつけられたメンバーたちは思わず言葉を失った。

 痛いほどの沈黙が場に降り、誰もが暗い表情で俯いている。

 だが、綾時の他に、この場でただ一人普段と変わらぬ様子をした青年を見て、七歌が彼に縋るように声をかけた。

 

「八雲君。八雲君なら知ってるんじゃないの? どうやればニュクスを倒せるか。滅びを回避できるのかを」

「……倒すだけなら手段がない訳じゃないが、根本的な解決にはならない」

 

 青年が手段がないわけじゃないと言った途端、全員の瞳に僅かな希望の火が灯る。

 ただ、もし本当に解決出来るのなら湊はその前に自分から解決策を告げていた。

 つまり、彼も言った通り、その方法には穴があって根本的な解決にはならないのだ。

 その方法に心当たりがあったようで、綾時は少し顔を上げると苦笑気味に湊に確認した。

 

「湊が言っているのはニュクスを“殺す”という方法だろう? 確かに、君の特別な眼を使えば殺せるだろう。その可能性はある。けど、ニュクスが死ねば世の中のシャドウが消滅する。そうすれば心が欠けて人類は全員影人間になってしまうだろうね」

「ああ。だから、根本的な解決にはならないと言ったんだ。そもそも、神であるニュクスと人間じゃ規格が違う。あれは戦ってどうにかなるものじゃない」

 

 いくら期待されても湊にだって出来ない事はある。

 湊の眼は存在の寿命を捉え、それを切ることで強制的に死を発現させる事が可能だ。

 相手は死を司る存在で、他の者よりも圧倒的に光の傷が視えにくいだろうが、存在する以上は神だって殺す事が出来る。

 しかし、ニュクスが死ねばそれぞれの精神に宿っているシャドウも消滅するため、この惑星に生きる命を今の状態で存続させることは不可能と言えた。

 期待から一転、彼本人から戦うという前提が間違っていると指摘され、余計にメンバーたちの表情が暗くなっていく。

 それを見ていた青年は、以前伝えたはずなんだがなとゆかりと七歌に声をかけた。

 

「岳羽と七歌は覚えていないか? 最初のアルカナシャドウが寮に現われた数日後、昼休みに生徒玄関で七歌がペルソナについて俺に話した時、俺が冗談の体でなんて言っていたか」

 

 あの時、七歌が関係者の疑いのある湊に機密情報を話していると思ってゆかりは慌てていた。

 実際に彼は誰よりも深く影時間に関わっていた訳だが、そうなってくると軽いノリで口にしていた事にも意味があったのだと思えてくる。

 他の者たちが二人に視線を向け、当人たちが必死に記憶を辿れば先に思い出した七歌が湊が言っていた言葉を皆に聞かせた。

 

「えっと……確か、月にニュクスっていう……シャドウの親玉が、いて……」

「待って、あれが本当のことだったとでも言うの?」

「だから、分かっていると言ったんだぞ」

「ふざけないでよ!! そんなの分かる訳ないじゃない!!」

 

 湊は四月の中旬頃にはその話をしていた。

 だが、マジシャンのアルカナシャドウを突然変異体だと思っていた時期に、そんな事を言われても信じられるわけがない。

 ゆかりが怒って湊を怒鳴りつけるが、そうしたところで現状が変わるわけじゃない

 ニュクスは倒せない。倒しても滅びは回避できない。その事実がただ重くのしかかってくる。

 すると、そんな友人たちの姿を見ていた綾時が、出来ることがない訳じゃないと口を開いた。

 

「確かに滅びは避けられない。でも、その時まで苦しまずに過すことは出来る。僕は湊の中にいた事で彼の持つ人の性質を得た。おかげで本来なら完全体となった時点でニュクス同様倒せない僕を彼なら殺す事が出来る」

 

 デスはあくまでニュクスから分かれた端末のようなものだ。

 それ故に、彼と近い性質を持っている人間か、神に届き得る力を持つ者でないとダメージを与える事が出来ない。

 チドリを助けるために湊が死んだときは焦ったが、彼が戻ってきたなら全て彼に任せれば安心して最後の時を過ごせるはず。

 事情を分かっていないメンバーたちに、綾時は自分が殺された時に起こる現象について伝える。

 

「宣告者であるデスが倒されれば、ペルソナを持つ君たちであっても影時間に関わる記憶を失う。そうすれば、君たちはこの救いのない現実を忘れたまま最後の時を過ごせるようになるんだ。滅びの訪れは一瞬の事だからね。君たちは苦しまずに最後を迎えられる」

「待てよ、綾時。そんな、忘れて過すとか、そんなのってさ!」

「順平君。僕は君たちの事を大切に思ってる。僅かな時間だけど、仲間に入れて貰えて本当に嬉しかった。だから、君たちが滅びに怯えて日々を過す姿なんて見たくないんだ」

 

 綾時はこの一月の間の出来事を大切な思い出として胸に刻んでいる。

 ペルソナ使いとシャドウ、本来は相容れない存在だろう。

 しかし、皆と笑って、助け合って、仲間として本当に楽しく過すことが出来た。

 だからこそ、そんな彼らが辛い思いをして最後の時を迎えるなど受け入れられない。

 忘れて過せば苦痛もなく終わることが出来るのだから、どうかそれを選んで欲しい。

 綾時がそれを頼めば、黙って話を聞いていたチドリが一つ聞かせて欲しいと質問をした。

 

「……ねぇ、その時八雲はどうなるの? 真田美紀が適性を失ったとき、八雲との思い出も失ってた。なら、私たちの時も同じ事が起きる可能性があるんじゃないの?」

「ああ、その通りだ。彼は半分こっち側の存在になっている唯一の例外。僕を倒せば彼との思い出も消える。そして、ニュクスと同格の神を宿す湊はニュクスの波動も相殺できる。だから、彼だけは記憶を失わないまま、滅びを超えて地球最後の生命として生き残る」

 

 チドリの質問から発覚した情報に、思わずメンバーたちの視線が青年に集まる。

 一度は完全に死んでおきながら蘇った存在だ。であれば、滅びを超える可能性もあると薄々気付いていたが、まさかニュクス側である綾時からそれを肯定されるとは思っていなかった。

 いくら自分たちが怯えずに最後の時間を過ごせるからと言って、大切な彼との思い出を失う事など出来るはずがない。

 眼に強い怒りを込めて、アイギスはそんな馬鹿な真似が出来るかと声を荒げた。

 

「八雲さんとの思い出を失って、自分だけ何も知らずに平和な時間を生きるなんて出来るはずがありません!」

「君にとってはそうかもしれない。でも、他の人にまで死の恐怖に耐えて過す事を強制するのかい?」

「それは…………でも、そんなのはただの現実逃避です。楽な方へ逃げているだけではないですかっ」

「逃げることは悪い事じゃない。実際、君も湊が死んだときはしばらくその現実から目を背けていたんだろう?」

「確かにそうですが、でもっ」

 

 アイギスにとっては死への恐怖よりも湊との思い出を失う方が辛いのだろう。

 しかし、他の者にとっては湊との思い出よりも、己の心の平穏の方が大事かもしれない。

 彼の事でつい感情的になってしまうアイギスの気持ちも分かるが、自分たちの最後だからこそちゃんと冷静に考える時間を作った方がいいと言って綾時は立ち上がる。

 

「まだ滅びまでは時間がある。だから、しっかりと考えてから答えを出すといい。十二月三十一日、その日にもう一度答えを聞きに来よう。それを過ぎると僕は向こう側に還ってしまって、湊であっても触れられない状態になるからね」

 

 それだけ言い残すと綾時は皆に背を向けて入口へと歩いて行く。

 シャドウでありながら最後まで仲間たちの事を心配してくれていた少年は、扉を出た途端に気配が消えてその場からいなくなった。

 部屋に残された者たちの間に再び沈黙が戻ってくるが、話し合いが終わったと判断した湊が立ち上がった事で他の者たちの視線が彼に向く。

 

「八雲さん、どこへ行かれるのですか?」

「……どこって会社に戻るだけだが? 別にお前たちがどっちを選んでも構わないからな。話し合うなら好きにやってくれ」

 

 湊もそれだけ言うと部屋を出て行ってしまう。

 綾時を殺せるのは彼だけで、それをすれば彼の存在は他の者たちの思い出から消える。

 さらに、彼だけは記憶を失わずに滅びの日を迎えることになるというのに、どうして平然としていられるのか他の者たちは理解できなかった。

 だが、この場に残ったところで自分の気持ちがしっかりと決まるわけじゃない。

 今日は解散し、また数日後に集まるように決めると、メンバーたちはそれぞれ暗い表情で部屋を出て行った。

 

 


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