【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百九十五話 ”特別”

12月10日(木)

放課後――久遠総合病院

 

 あれから一週間が経った。それぞれがどちらを選ぶのか真剣に考えているようで、皆どこか暗い雰囲気を纏っていた。

 美鶴も上級生として他の者たちを気遣ってやりたかったが、残念な事に彼女も他のメンバー同様他人を気にしていられる余裕がない。

 頭ではどのような結果になろうと最後まで諦めるべきでは無いと分かっている。

 しかし、美鶴はメンバーの中で誰よりも長くシャドウと関わってきた。

 ペルソナに目覚めて少し経った頃、相手がエルゴ研で調整済みの個体だと分かっていても、こんな敵に立ち向かっていくのかと恐ろしく思った事を覚えている。

 自分たちの力が及ばぬ超常の存在。同じ超常の存在であるペルソナを獲得してようやく戦うスタートラインに立てる人類の敵。

 けれど、そういった認識がそもそも間違っていたと言われれば、他の者たちと共に美鶴も驚愕せずにはいられなかった。

 放課後に父のいる病院を訪れた美鶴は、未だ意識を取り戻さず人工呼吸器を繋げられた父を見つめながら呟く。

 

「お父様、影時間について進展がありました。シャドウの親玉、ニュクスという存在について情報を得たのです」

 

 美鶴が話しかけたところで桐条からの返事はない。幾月に撃たれたあの日から彼は眠り続けたままなのだ。

 相手が相手だけに桐条の世話や診察するスタッフは限られているが、中でも優れた能力を持つ湊や医者のシャロンの話によれば、そもそも意識が戻らない理由が分からないらしい。

 無論、どうしてこういった状況になっているのかは分かっている。

 腹部を撃ち抜かれた事で大量に出血し、酸素を運ぶ血が不足したことで、脳に酸素が回らなくなり機能障害を起こしてしまっただけだ。

 それが分かっていたからこそ、湊たちは傷口を塞いで輸血を施し、血栓などが出来ていないかを確認しながらしっかりと酸素を供給し続けたのである。

 おかげで桐条の怪我はほぼ完治して僅かに傷跡が残った程度まで回復し、今はいつ目覚めても良いように日に何度かマッサージしてやることで筋肉が固まってしまうのを防いでいる。

 ただ、それらの効果か本当にただ眠っているだけのようにしか見えない父を見つめ、美鶴はこのまま目覚めなければ何の恐怖も感じずに滅びの時を迎えられるのではと後ろ向きな考えを持ってしまう。

 今までずっと頑張っていたのだから、最後くらいは心穏やかなままこの世を去ることが出来た方が良いのではないか。

 そう思ってしまった美鶴はハッとして頭を振ると、綾時から提示された選択肢について父に聞かせた。

 

「望月の話ではニュクスには誰も勝てないそうです。八雲もそも戦えるような相手ではないと言っていました。滅びは十年前に決まっていた。だから、これから私たちに出来るのは怯えて死を待つか、全てを忘れて最後の日まで日常を過すかだけとの事です」

 

 湊と綾時を見ていれば嘘を吐いていないと分かる。

 元々があちら側の存在であると伝えられた綾時の事は僅かに疑おうともしたが、綾時が知らない事まで何故か知っている湊が正しい情報だと認めたのだ。

 それでさらに疑おうという気が起きるはずも無く、全てを知っていた湊を除く全員が用意された選択肢に絶句するしかなかった。

 最初に感じたのは戸惑い。そして、次に感じたのは理不尽に対する憤り。

 相手が神だと言うのなら、確かに人間なんかではまともに相対する事も不可能だろう。

 けれど、ここまでやってきて、多くの犠牲を払いながら必死に戦って来たというのに、その結末が滅びを受け入れるか現実から目を背けるかの二択であれば誰だってふざけるなと叫びたくなる。

 美鶴も他の者たちと同じように心の中ではそう思っていたが、こうやって今も意識が戻らない父を見ていると最後くらいは穏やかに過しても良いのではないかという気持ちが湧いてきていた。

 何度振り払っても同じ考えが湧き上がってくるという事は、美鶴自身の理性がこれ以上自分たちに出来る事はないと認め始めている証拠だ。

 自分たちでは湊と綾時の領域にはどうやっても届かない。ニュクスがそのさらに上となれば諦めるしかないだろう。

 ただ、そうなると美鶴たちはよりマシな最後を迎えるため綾時を殺す方を選ぶことになる可能性が高い。

 どうせ相手が消えるのなら殺す必要はないが、諦めて最後の時間を過すならば少しでも幸せな最後を選んだ方が良いというだけの話になる。

 

「ですが、諦めるにしてもそれだけは認めないという者もいるでしょう。望月を殺せば影時間に関する記憶を失う。それは同時に八雲との繋がりを絶つことにもなるのですから」

 

 最後まで足掻くことを望む者がいたとしても、仲間たちが死への恐怖で正気を保てなくなれば最後には折れてくれるだろう。

 だが、そこに湊に関する記憶や思い出も消えるという条件が増えれば、反対する者と敵対してでも綾時を殺させないと宣言する者もいるはずだ。

 彼の家族であるチドリは勿論、誰よりも彼の事を大切に想っているアイギス、一緒に暮らしてきたラビリス、彼の事を愛しているゆかり、血の繋がりを持っている七歌などほとんどの女子メンバーは阻止側に立つと思われる。

 美鶴も彼から再び繋がりを奪う事など出来ないとは思っており、心情的にはチドリたちと同じ側に立ちたい。

 影時間の記憶が消えるのはペルソナ使いだけではないはずなので、英恵や桜たちにも事情を話せば味方してくれるに違いない。

 だが、それは彼女たちの我が儘でもあった。

 

「本当に死を恐れる者からすれば、望月の殺害を阻止しようとする我々は悪魔に見える事でしょう。八雲は助けて、自分の事は見捨てるのかと。感情のぶつかり合いなので、どちらが正しいという事もない。本当にただ自分がどうしたいかの話でしかありません」

 

 チドリたちの意見も分かる。そして、死を恐れる者の意見も分かる。

 少女たちは湊との絆を失う事を恐れ、死を恐れる者は自分の命が失われる事を恐れている。

 それが大切であればあるほど失う事を恐れる気持ちは大きくなるものだ。

 前者は知性と感情を持つ人間として当然の思いで、後者は生物が生まれ持った根源的な本能。

 どちらの考えが正しいかなどと比べられるわけも無く、対立した時にはどうあっても話し合いでは解決しないだろう。

 美鶴自身は前者寄りの考えではあるが、同じくらい後者の気持ちも分かる。

 そして、きっとそれは他の者たちも同じなのだ。

 チドリやアイギスだって死ぬのは怖いだろう。美紀が殺されかけ、チドリも一度殺され、湊が一時的に完全に死んでしまっていた事で、彼女たちも死が身近なものだと分かっている。

 

「……シャドウと戦ってきた私たちだからこそ、平和な日常を過している者たちよりも死が身近に感じられます。ペルソナを呼び出すには死と向き合う必要もあり、ある意味自分の命と向き合う機会も多い。だからこそ、全てを忘れるという僅かな救いに縋りたくなる」

 

 逃げたってニュクスの齎す滅びからは逃れられない。

 綾時を殺す方を選ぶ者たちは死の恐怖から逃れたくてそちらを選ぶはずだが、死についてしっかりと考えて強い恐怖を覚えているからこそ、忘れたって意味がないことは理解しているはずだ。

 忘れたところで滅びは確実にやってくる。けれど、そのままでは心が耐えられなくなるから記憶を消してやり過ごす。

 考えてみれば、忘れるという選択肢を選ぶ者の方が辛い選択に思えた。

 綾時を殺さなければ記憶は残る。そうすれば、大切な者との思い出を失いたくない者の願いは叶う。

 しかし、死を恐れる者からすれば、記憶を失ったところで死ぬという現実は変わらない。それを恐れているから逃れたいのに、どうやってもその者の願いは叶わない。

 忘れることで死の恐怖から一時的に逃れる事は出来るが、本当にそれは僅かな救いでしかない。

 これまで共に戦ってくれてきた者たちに報いたい気持ちがある美鶴は、こういった大切な場面こそ恩を返すチャンスだろうにと何も出来ない自分を嘲るように苦笑した。

 

「彼らに何もしてやれないのが悔しいですが、私自身、どちらを選ぶか迷っているので、逆に相談に乗って欲しいと思うほどです。でも、もう一週間が経ちました。なので、今夜にでも一度集まって話を聞いてみたいと思います。話が拗れて仲間同士で戦うなんて事にならないよう祈っています」

 

 最後は冗談めかして口にしたが、紛れもなく美鶴の本心だ。

 もしも戦いで決着を付けるとなれば、記憶保持派に強さ上位の仲間が集まってしまう。

 誰も悪くないというのに、死に怯える仲間相手に暴力で意見を押し通すというのはどうにも認めづらいものがある。

 そんな事態を避けるためにも、今日の話し合いは重要なものになるだろうと考え美鶴は立ち上がった。

 

「では、お父様。また来ます。今日の話し合いが平穏に終わるようお父様も祈っていてください」

 

 どちらの選択肢を選ぶのかが最も重要な問題ではあるが、美鶴たちには他にも抱える問題がいくつもあった。

 だからこそ、その重要な選択を出来る限り全員が納得した形で終わりたい。

 父に別れを告げた美鶴は一礼してから病室を出ると、今夜、寮に集まるようそれぞれに

 連絡し、自身も出来る限り考えをまとめようと時間まで悩み続けた。

 

 

夜――巌戸台分寮・エントランス

 

 美鶴に呼ばれた事で会社から出てきた湊が寮に着いたときには、既にメンバーたち全員は揃っていた。

 今日は顧問を任されている栗原も話を聞くようで、彼女は第三者として聞き役に徹するのかキッチンに近いテーブルの椅子に座っている。

 他の者たちは入口側のソファーに集まっており、全員座るだけの席が無い事もあって、湊は玄関扉の横の壁に背を預けて話を聞くことにした。

 集まっている者たちの表情はどことなく暗い。顔に覇気が感じられず、ここ数日悩み続けているのが見ただけで分かる。

 チドリやアイギスなどは最初からどちらを選ぶのか決まっていたようだが、それでも精神的な負担は掛かっている様子で、見ていた湊は万全な調子とは言いづらそうだなと心の中で思った。

 すると、メンバーが全員集まったことで話し合うタイミングだと判断したのか、ソファーに座っている全員の顔を見渡しながら美鶴が口を開いた。

 

「さて、今日で一週間だ。それぞれ皆、自分なりに考えてきたと思う。まだ時間はあるが少しは冷静になったここらで一度意見を交換しておきたい。皆、何かあるか?」

 

 綾時がやってくるのは年末なので、ここで完全に決めてしまうつもりはない。

 まだまだ選べていない者もいるだろうし、仮に選んだとしても時間が経てば意見が変わることだってある。

 それでも、他の者たちの考えを聞いて、参考にしたり全体的な方針をある程度定めることが出来るかも知れない。

 美鶴がそういった様々な考えから意見を募れば、最初からほとんど意見を決めていたアイギスが口を開いた。

 

「わたしは感情的に言えばデスを排除したい。でも、八雲さんの記憶を失うのであれば、その選択肢は選べません」

「なるほど。だが、それは君自身が最後まで死の恐怖を味わうという事になるぞ?」

「それだけに潰される気はありません。勝てないとしても、最後まで諦めたくないんです」

 

 何もしなくても消えることが確定しているデスを今更殺したところで何の意味もない。

 勿論、影時間に関する記憶を失うためであれば分かるが、アイギスの目的は十年前の戦いに決着をつけることだ。

 あの時のデスに人間と敵対するような意思はなく、ただの動物的な本能で敵を排除しただけだとしても、大切な人の家族が死んだ原因の一つではある。

 故に、アイギスはデスの討伐を今も諦めてはいないし、ニュクスの齎す滅びに素直に従うつもりもなかった。

 仲間の中にこうもはっきり諦めないと口にする者がいたのは非常に頼もしく思える。

 そこに青年との繋がりも関係しているとしても、大切な物のために戦うのは人として普通の事だ。

 ここでアイギスの戦う理由について文句を付けてくる者はいないだろう。

 だが、いくら仲間がそういった頼りになる姿を見せても、遠くない未来に死が待っているとなれば尻込みしてしまう者がいても当然だ。

 美鶴とアイギスの会話が一段落したと判断したのか、どこか不安そうな表情をした天田が真田と荒垣に話しかけた。

 

「先輩たちはどうですか? もう決めましたか?」

「簡単には決めらんねぇよ。けど、勝てないって情報だけで納得出来るほど利口じゃねぇ」

「確かにな。こっちは敵の事なんて何も知らないんだ。ただ黙って殺される気はない。美紀も巻き込まれるなら尚更だ」

 

 荒垣も真田もまだ完全に決めたという訳ではないようだが、それでも諦めたくは無いと口にした。

 理不尽であろうと不運が重なって起きた事故などならまだ死に納得がいくかもしれないが、化け物の親玉がやってきて地球が滅びるなどと言われても想像が付かない。

 何より、真田は妹を守るために力を求め続けてきたのだ。

 自分にどれだけの事が出来るのか、やったところで意味があるのかは不明にせよ。妹まで死ぬとなれば抵抗してみせるしかない。

 これまで同様、そこだけは絶対に変えないと真田が告げれば、聞いた天田は少しだけ安心した様子を見せた。

 この中で最も幼いだけに不安もあったのだろう。しかし、他の者たちに相談出来る状態でもなかった事で今日まで自分の中に不安を抱え込んでいたが、真田の言葉の中にいつも通りな部分を見て少しだけ不安が薄れたようだ。

 ここまで意見を口にした三人ともが戦う事を諦めないという意見。

 今まで自分たちの力で何とか生き残ってきただけに、簡単に命を諦めることの方が難しいのだろう。

 しかし、このままでは場の雰囲気で戦う事に決まりかねない。

 そう思った七歌が敢えて別の選択肢を選ぶこともダメでは無いと意見を述べる。

 

「って言っても、別にもう一つの選択が悪いわけではないけどね。そりゃ、死ぬのは嫌だろうけど、それでも辛い思いはしないで済むわけだし」

「七歌ちゃんはそれでええのん? 勝てへんならしゃあないけど、それも決まってる訳やないやろ?」

「うん。ただ、私が言いたいのは真剣に選んだならどっちを選んでも間違いじゃないって事なんだよ。最終的にはどっちかになるとしてもね」

 

 綾時も言っていたが嫌な事や怖いことから逃げるのは悪い事ではない。

 自分ではどうしようもない事、どう足掻こうとどうにもならない事が世の中にはある。

 いざ自分がそういった状況に置かれて、冷静に何でも対処出来る者は極僅かだ。

 であるならば、その現実を否定したいがために逃げ出すというのは、自身の心を守る上ではマシな選択と言えるだろう。

 七歌の言葉に再び全員が沈黙すれば、普段はお調子者である順平が一言も話していない事にゆかりが気付いた。

 普段はうざいくらいに五月蝿い事もあるというのに、この真面目な雰囲気に当てられてしまったのだろうか。

 そう思ったゆかりは相手が少しでも何か話せるよう、わざと普段通りの軽い調子で声をかけた。

 

「順平、あんたは決めた?」

「ん……いや」

 

 首を横に振って答える順平にはいつもの覇気が無い。

 下手をすると気の弱い風花以上に精神的に参っているのではと思える。

 順平は風花と同じようにペルソナの才能があったから参加しただけの一般人だ。

 力を求めて入った真田や、母親が殺された真相を突き止めるために入った天田とは事情が違う。

 その分、仲間のことを除き、自分一人だとしてもこの場にいる理由が必要になってくるのだが、ここまでそれを強く意識してきたことも無かったのだろう。

 ヒーロー願望や仲間のためだけに戦って来た少年が、一人で深く悩み混んでいるのを見て、いつもの調子はどうしたと発破をかける。

 

「なーに真面目ぶってんのよ。悩んだって結局二択じゃない。あ、もしかして怖い?」

「……何だよ、そのノリ。自分も、仲間も、全員死ぬって話だぞっ。怖いに決まってるだろ!!」

 

 突然の大声にゆかりは肩を跳ねさせるが、声を荒げて立ち上がった順平の目が不安に揺れながらも怒りに染まっているのを見て思わず閉口する。

 順平には自分だけの戦う理由がない。しかし、いい加減な気持ちでここにいる訳ではないのだ。

 仲間を見捨てたくない。それでも、自分が死ぬ事を想像して怖くて震えてくる。

 そうして悩んでいたところに、どうにも上辺だけにしか聞こえない仲間たちの意見が次々と出てきて、最後には意図は分からないが少しふざけた様子を見せられれば誰だって限界が来る。

 順平は驚いた様子のメンバーたちに視線を向け、どうしてそこまで落ち着いているんだと指摘した。

 

「他の奴らもなにご立派なこと言って冷静ぶってんだよ! 終わるんだぞ、全部!! 絶対死ぬって意味、本気でちゃんと考えたんかよっ!?」

 

 本気の感情を込めた言葉をぶつけられ他の者たちは視線を落とす。

 全員考えていない訳ではない。ただ、自分に訪れる死よりも他の理由で戦う事を決めようとしていたのは事実だ。

 死が怖いと思うのは生き物として当然のこと。真剣に考えれば考えるほど足が震えて立っていられなくなる感覚に襲われる。

 だからこそ、他の者たちは別の理由で戦おうとして、無意識に“絶対死ぬ”という事について考えるのを避けてきた。

 その点、順平にはその他の理由という物が少なかった。少なかったからこそ、“絶対死ぬ”という事について誰よりも真剣に考えてきたのだ。

 彼の言葉が深く胸に刺さった美鶴は、しかし、ならどうするんだと僅かに感情的になって返す。

 

「なら、お前はどうしたい。望月を殺して、それで終わらせるのか?」

「……最初っからオレに出来る事なんてないッスよ。殺せるのは、ずっと抱えてたこいつだけなんだし。大体、お前のせいじゃんか。十年前から気付いてて、全部知ってて抱えて過してきてさぁ」

 

 言いながら順平の視線が黒い光を宿し、壁に背を預けて立っていた湊に向けられる。

 今自分たちが悩んでいる事を、彼だけは知っていた。デスがどういった存在かも含めて分かっていたはずなのに、彼はデスの成長を放置し何もしなかった。

 幾月に騙されて自分たちが戦ったにせよ、最初のアルカナシャドウが倒されなければ別の道があったかもしれない。

 それをせずにこんな状況でも第三者として話の輪にも加わらない青年に向かって、順平は怒りで強く床を踏み締めながら近付いてゆく。

 

「お前が育てちまったんだろ、お前のせいみたいなもんじゃねぇか!! 自分だけは死なないからって、何があっても生き残れるからって、ビビってるオレらみて内心で笑ってんだろっ!!」

 

 どれだけ順平が感情的になろうとも、湊は感情の読めない瞳でただ見つめ返してくるのみ。

 それが余計に勘に障った順平はそのまま乱暴に相手の胸ぐらを掴み、強く壁に押し付けるようにしながら不安に押し潰されそうな心の叫びを吐き出した。

 

「何とかしろよ!! お前、“特別”なんだろっ!?」

 

 相手を責める順平は今にも泣き出しそうな顔で湊を見ていた。

 そうだ。この男は特別なのだ。自分じゃ逆立ちしたって勝てない。真性の“化け物”。

 十年前から滅びを知っていながら、デスを育てたのは全て彼の責任だ。

 ならば、その責任を取るのは当然の事。化け物同士で潰し合って、自分たち人間を巻き込むなと順平は相手に告げる。

 その言葉を受けた青年はジッと静かな瞳で順平を見返すと、

 

「…………分かってるさ」

 

 胸ぐらを掴んでいた相手の腕を払い。小さく一言だけ呟いて寮を出て行った。

 その背中を見て、彼が遠くに行ってしまう気がしたアイギスは、すぐに彼を追いかけようと立ち上がる。

 だが、湊が去って行ったことで呆然として順平の前に立ち止まり、どうしてあんな事を言ったのかと問い質すように責めた。

 

「なんで、なんで八雲さんに言うんですか!? 全部悪いのはわたしだって、八雲さんは被害者だって言ったのに!!」

「ち、ちがっ、オレは……っ」

 

 順平の返事を聞かずに出て行ったアイギスの姿が見えなくなり、場に気まずい沈黙が降りてくる。

 一週間もあれば少しは落ち着いているかと思えば、どうやらまだ誰も冷静に考える余裕がなかったようだ。

 完全に第三者の立場で話を聞いていた栗原がソファーの方へやってくると、どことなく苦笑した様子で全員に声をかける。

 

「はぁ……もう少し個人でしっかり考えてから集まるべきだったね。全員まだ混乱してるからどうしても感情的になっちまうのさ。ただ、正直、湊のことはあんまり触れてやらないで欲しかったね。あんたらの気持ちは分かる。手足縛られて目の前にナイフを出されたようなもんだ。怖いに決まってる」

 

 ここにいるのは子どもだ。命懸けで戦って来たとしてもそこは変わらない。

 彼らが情報をまるで出さない湊に思うところがあるのは分かる。

 もっと早くに教えてくれていれば、自分たちも何かしらの準備が出来ていたかもしれないのだ。

 そういった不満と今回の事で膨れあがった不安が悪い方に作用し、順平も思わず彼に八つ当たりしてしまったのだろう。

 それが分かっているからこそ栗原は順平を特に責めたりはせず、今の七歌たちと湊の視点の違いについて諭すように伝える。

 

「けど、あいつは十年前から知ってた。逃げ場のない部屋に徐々に水が満ちていくのを想像してみれば良い。最初は気にならないだろう。でも、膝まできて、腰まで浸かって、今じゃ天井あたりに少し空気が残ってる程度だろうさ。十年かけてそれだ。私なら途中で発狂してるね」

 

 動けない状態で目の前にナイフを出されるのも怖しいが、徐々に水かさが増して逃げ場がなくなっていく方が押し寄せる恐怖は強い。

 十年かけて部屋が満杯になるとすれば、水かさが増す速度は非常に緩やかな事だろう。

 ただ、それも一年経てば増えている事に気付き、五年で部屋の半分が埋まれば残り時間が気になり出す。

 

「そして、あいつは自分の命には執着しない。代わりにチドリやアイギスなどごく一部の者に異常に執着する。今回の滅びはチドリたちに影響するが自分には関係ない。となると、あいつからすればチドリたちのいる部屋に水が満ちていくのを外から見せられているようなものなのさ。当然、何もしない訳がないが、流石にあいつでもどうにもならなかったんだろうね」

 

 チドリたちを大切に想っている彼が滅びの回避を目指さない訳がない。

 それでもこうやってデスの復活が起きて、ニュクスが降臨するという事は、神を宿す事に成功した湊であっても止める方法が見つからなかったという事だ。

 だからこそ、湊は次善の策として無気力症患者を受け入れるための病院を作ったり、影時間中でも高度な治療が出来るだけの設備を整えた。

 湊なりに出来る事はやっていて、今も滅びを回避する方法を恐らくは探している。

 その事を伝えたところで髪や肩を雪で濡らしたアイギスが戻ってきた。

 どうやら寮を出てすぐにセイヴァーで転移していなくなってしまったらしい。

 彼もいなくなった以上、ここで話の続きをするのは難しいだろう。

 そう判断した栗原は、自分も帰る用意をしながら子どもたちに告げた。

 

「次に集まるときは自分なりに答えを決めてからの方がいい。それと湊の参加はあまり期待しない方がいい。今はあっちの病院も忙しいみたいだ」

 

 無気力症の拡大もあって大きな病院はどこも患者の受け入れに手を焼かれている。

 どちらを選ぶのかはメンバーたちの判断に委ねられているので、湊にはメールなりで伝えれば十分だろう。

 それまでは十分に時間を使って考えなと言い残し、栗原は雪の降る外へと出て行き、他の者たちも自然と解散の流れになった。

 

 


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