【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百九十八話 信じる事

12月21日(月)

深夜――都内・教会

 

 特別課外活動部の者たちがそれぞれ決意を固めている頃、彼らのいる港区から離れた場所にある寂れた教会に集まる者たちがいた。

 どこか無気力症患者にも似た濁った瞳で次々と教会へ入っていく人々。

 年齢も性別も人種だってバラバラで、彼らには共通点などないように見える。

 だが、彼らはそれぞれ手に一枚の紙を持って、どこか必死さを感じる様子で何かを求めるように扉を潜っていた。

 古く寂れた教会は今はもう使われていなかったようで、建物の形は保っているがその内装は酷くボロボロだ。

 ひび割れた床に、湿気でカビたのかほとんど剥がれ落ちてしまっている壁紙。元はそれなりに見栄えがしたであろう天使の彫刻は首と片翼が崩れてしまっている。

 ただ、ここへ集まった者たちは全員靴を履いているので、床が割れていようが中に置かれた長椅子が崩れていようが気にせず奥まで進み、蝋燭の炎で明るく照らされた礼拝堂である人物の登場を待っていた。

 そして、時計の針が約束の時間を指した時、奥の部屋へと繋がっている扉が開き三人の男が姿を現わした。

 衣服を身に着けていない上半身に大きな刺青を施した男・タカヤ。

 従者のようにその後ろへと続くジンとカズキ。

 今まで裏の人間として依頼人やターゲットの前にしか姿を現わさなかったストレガたちが、男性陣だけとは言えこうやって一般人の前に出てくるのは非常に珍しい。

 だが、彼らも別に気まぐれで人前に姿を現わした訳ではない。今回のこの集会は来たるべき滅びの日に向けた準備であった。

 燭台の上で揺れる炎に照らされながら人々の前に立ったタカヤは、集まった者たちをゆっくりと見回し、その瞳の奥に宿っているモノを感じ取って口元を歪める。

 

「――――この世界は平等ではない。生まれ、容姿、才能、自分の力ではどうにもならぬ事で人々に差を付け。それを理由に只人であるはずの者たちが自分たちは選ばれた存在であるとばかりに他者を虐げる」

 

 壇上でタカヤが語り出せば集まった者たちの視線が彼へと集中する。

 タカヤはこれまで依頼のターゲットがどのような感情を見せるか観察してきたため、相手の眼を見てどういった感情を抱えているか察する力が鍛えられていた。

 多くの者は銃という命を簡単に散らす武器を見て恐怖に染まり、または理不尽に訪れようとする終わりに対して怒りを見せた。

 理性ある生物として死を恐れるのは正しい事なのだろう。

 自分を害する存在に怒りを持って排除しようとするのも同じく正しい反応だ。

 だが、何年も仕事を続けていると、そういった者ばかりになって飽きが出てくる。

 依頼とは別件だが特別課外活動部の者たちだって過去に会ってきたターゲットたちと変わらず、やはり普通の人間、平和な日常を生きてきた者の感性しか持っていないとすぐに理解出来た。

 その点、この場に集まっている者たちはターゲットや七歌たちとは違っている。

 彼らの瞳は暗く濁り、何かに絶望しながらもまだ諦めきれず救いを求めているのが伝わってくる。

 

「ここへ集まった貴方たちもそうやって理不尽を強いられ生きてきたのでしょう。自分たちが必死な想いで積み上げてきた物、育んできた物、それらを悪戯に奪われる怒りと哀しみは私も知ってします」

 

 タカヤも大人たちから理不尽な目に遭わされてきた存在だ。

 本人の特殊な感性もあってペルソナを目覚めさせられたこと自体は恨みもせず、むしろ感謝しているくらいだが、実験に巻き込まれなければ別の未来があった事を否定するつもりはない

 自分の仲間であるジンたちは桐条グループを恨んで、憎んでいるのだ。

 だからこそ、タカヤも彼らを通して正しい感情を認識し、同じ境遇であれば辿る道も同じだろうと共に進む事が出来る。

 とある青年と同じように他人と同じ視点に立てぬくせに、奪われた人間として当たり前の感情を“自分”も知っているのだと、影時間の存在も知らぬ同胞たちに向けてタカヤは語りかけた。

 

「失ったものは帰ってこない。プラスからマイナスに振り切れてしまった以上、例え奪った者へ復讐しようとゼロに近付く事はあれどプラスになる事はありません」

 

 かつて同じ言葉を桐条武治に向けて吐いた青年がいる。

 奪われた者は、失った者は皆それを理解している。どれだけ復讐心に駆られようとも、同じ幸せが戻ってこない事など百も承知なのだ。

 故に、この場に集まっている者たちにはタカヤの言葉が届く。彼は自分たちを真に理解してくれる存在であると。

 

「ですが、我々の抱いた想いは無駄ではない。絶望し、死を求めて尚踏み留まった貴方たちの想いが、大いなる存在をこの惑星へと呼び寄せたのです。大いなる存在の名は“ニュクス”。我々とは異なる次元、異なる理を生きる存在を“神”と呼ぶ者もいた」

 

 言いながら壇上で両腕を大きく広げ、天井のその先にある虚空を見上げるように視線を送るタカヤ。

 彼の頭上に不可思議な力が揺らめき、それが何であるかを理解出来ない者も彼がその“神”と繋がる何かを持っているのだと理解する。

 人間というものは意外に単純だ。分からない事、理解出来ない事が目の前で起こると、他人が吐いた口から出任せであってもそれを信じて自分を納得させようとする。

 タカヤの後ろに控えている二人からすれば、彼の頭上で揺らめいたのがペルソナ召喚を途中でキャンセルした事で、不完全な形の力が漏れ出しただけだと分かっていた。

 種が分かっている者からすれば子ども騙しだが、分かっていない者にとっては神の存在を証明する紛れもない証拠。

 そうして、集まった者たちのタカヤを見つめる視線にこれまでと異なる色が混じれば、タカヤは仕上げだとばかりに優しく語りかけるような口調で言葉を続ける。

 

「――――この世界は平等ではない。ですが、この世界で唯一平等と呼べるものが“死”です。世に生まれ出る事が叶わなかった命も、この世のあらゆる物を手に入れた者も、過程は違えど辿り着くものが存在の終わりである死です」

 

 この世に物質として存在する以上、どのような過程を経ても最後に辿り着くのが死であるという事実は変わらない。

 中にはその枠から外れた存在もいるようだが、それは自分たちの常識の枠から外れているだけであって、神と呼ばれるニュクスのようにそもそも別の理で生きているだけなのだと考える事も出来る。

 であれば、タカヤにとっても神の降臨は目指すだけの価値がある事柄だ。

 妄想と願いに取り憑かれている幾月ではないが、つまらないこの世界にちょっとした刺激を与えるに十分な衝撃を持っているはず。

 目標を定めれば後はそのために動くのみ。タカヤからすれば下らぬ執着で身を滅ぼそうとする愚者たちだが、如何に矮小であっても数が集まればそれなりの力になる事だろう。

 

「我々はずっと奪われ続けてきた。だが、ようやくその想いが報われるときがやってきました。死を思い、死を求めなさい。その果てに、大いなる存在“ニュクス”が齎すこの惑星の滅びがあるのです。我々が今の世界に幕を下ろす事で、理不尽を強いてきた者たちは全てを失う事になる。貴方たちの求める新たなる世界はその先にあるのです!」

 

 彼の言い放ったその言葉に集まっていた者たちは熱狂した。

 奪われてきた自分たちが、何も出来なかった自分たちが世界に幕を下ろす事で、支配者を気取っていた者たちから全てを奪う事が出来る。

 他人の地位も名誉は勿論、人の命だってどうとでも出来ると驕っていた者たちが、何もかもを奪われて無力な存在に成り下がる。

 この場に集まった彼らが憎む者たちにとっては何より残酷で苦痛に思える復讐だろう。

 ニュクスが何であるかは知らない。タカヤにどれだけの事が出来るかも分からない。

 それでも、彼らと共に行けば何かが変わる予感がする。集まった者たちが動く理由としてはそれで十分だった。

 自分たちの事で手一杯な特別課外活動部や増え続ける無気力症患者の対処に追われる桐条グループが情報を掴めていない裏で、タカヤを教祖とし滅びを求める『ニュクス教』はこうして誕生したのだった。

 

放課後――久遠総合病院

 

 仲間たちがそれぞれ滅びに抗う事を決意している頃、美鶴は再び父が眠っている病室を訪れていた。

 綾時から選択肢を提示された時と比べて、今の寮の雰囲気は格段に良くなっている。

 誰よりも死を恐れていたはずの順平が真っ先に立ち直り、続けて天田や荒垣といった者たちもどうするか選んだようだった。

 最初は揺れていた様子の七歌は、本人の心の問題というよりもリーダーとして仲間の事を考え悩んでいたらしく、次々と立ち直って決意の光を瞳に宿した者たちを見れば本人も迷う事を止めたようだ。

 また、父の遺志を継ぐと言っていたゆかり、何があろうと湊に関する記憶を失う訳にはいかないと思っているチドリ、アイギス、ラビリスたちは最初から抗うと決めていた。

 一時期は悩んでいた様子の真田に関しても、絶対に妹を死なせはしないと既に戦いへの準備を始めている。

 非戦闘員である風花は意外にも落ち着いていて、理由を聞けば自分には戦う力はないが皆を助けたい、誰かの力になりたいと戦う者をサポートすることを早くから決めていたという。

 以前の彼女は誰かに必要とされたい。必要とされる事で自分にも居場所があるのだと安心するような心の弱い部分があった。

 だが、これまでの経験や“離れていても繋がっている”事を教えてくれた友人の存在によって、彼女もいつの間にやら一回りも二回りも成長していたらしい。

 そうして気付けば美鶴を除く全員が綾時の勧めを断り、彼を殺さずニュクスと戦う道を選ぼうとしていた。

 大変な目に遭って、何度も死にかけたと言うのに、本当に頼もしい事だと美鶴は彼らの存在を誇らしく思う。

 ベッドの横に置かれた椅子に座り、人工呼吸器に繋がった父の姿を見ながら昨夜見た仲間たちの姿を思い出しながら父に話しかける。

 

「彼らはどうやら戦うつもりのようです。死ぬような目に遭いながらも、普通の学生であればとっくに心が折れていてもおかしくないほどの体験をしていても、彼らは“生きる”ことを諦めないと既に決めているようでした」

 

 これまで数々の敵と戦ってきた特別課外活動部の最後の相手は、あの湊と綾時に戦ってどうにかなる存在ではないと言わしめた神。

 どうして戦う事が出来ないのか。本当に戦っても滅びは回避出来ないのか。

 そういった不安は今もあるが、仲間たちはその不安を抱えたまま前に進もうとしている。

 美鶴はそんな強い心を持った仲間を応援したい。自分もその支えとなりたいと思っていた。

 そう、思ってはいたのだ。

 こんな姿になるまで自分たちの犯した罪を償うために働き続けた父に話すのは心苦しいが、他の者たちと違ってあと一歩が踏み出せなくなっていた美鶴は自分の本心を語る。

 

「仲間たちはこれまで本当によくやってくれました。誰に褒められる訳でもない。報酬が出ると言っても命と比べられる訳もない。それなのに彼らは自分の大切な者たちだけでなく、見知らぬ誰かのためにも戦い続けてくれたのです」

 

 それはかつてメンバーたちを仲間に誘うときにも使った言葉だが、美鶴たちの戦いは命懸けにもかかわらず誰にも認められず、褒められることもない孤独な戦いと呼べる物だった。

 順平などはむしろそれこそヒーローらしいと喜んでいたが、実際に彼らが経験した戦いの日々はテレビで見るヒーローの戦いよりも過酷なものだったと言えるだろう。

 何せ、実際に目の前で親しい者が死んでいるのだ。

 それが異形の化け物によって引き起こされた事態であれば、命懸けで戦って来た者としてまだ理解出来たかも知れない。

 だが、それは異形の化け物の手ではなく、自分たちと同じ人間の悪意によって仕組まれた出来事だった。

 最初に命を奪われたチドリは青年の起こした奇跡によって蘇った。

 その奇跡の代償として助けた青年自身がこの世を去る事になったが、彼はエリザベスの助力を得ながらほとんど自力で復活を果たした。

 もっとも、彼が戻ってきた日に、入れ違いのような形で父が倒れた事は酷くショックだったが、その父も湊やその部下たちの助けで一命を取り留める事が出来た。

 そうやってこれまでを思い返せば返すほどに、大切な者たちが今も生きているのは、己のあらゆる物を犠牲にしながら人事を尽くしてくれていた青年のおかげだと断言出来る。

 

「また、戦う理由を偽っていた私を許し、改めて受け入れてもくれました。勇気を出して打ち明けてみれば、そんな事はとっくに知っていたと苦笑してみせたくらいです。本当に、私なんかには勿体ないくらい掛け替えのない仲間たちです」

 

 本心を偽っていた事もあってか、昔は共に戦いながらもどこか壁のようなものを感じていた。

 だが、同じ敵に立ち向かい、危機を乗り越え、心の奥に隠していた本心を明かした事で、美鶴は彼らと本当の意味で仲間になれたと思っている。

 約一名ほど気難しい存在もいるにはいるが、今では彼とも言葉を交わす事が出来るようになったので、少女にとっては父は勿論仲間たちの命の恩人でもある彼もまた掛け替えのない仲間の一人として見るようになっていた。

 

「ですが、だからこそ私は怖いのです。幾月の嘘を見抜けず、お父様や仲間たちを危険に晒したあの日の事を思い出してしまう。また、今回も選択を誤って取り返しのつかない事をしてしまうのではないかと、どうしても最後の一歩を踏み出す事が出来ないのです」

 

 美鶴が他の者たちと違って最後の一歩を踏み出せない理由。

 それは、これこそが唯一の正しい選択だと思っていたものが、裏切り者の仕組んだ罠であり、それが原因で仲間たちが死にかけた悔やみきれぬ記憶が今も忘れられないためだ。

 あの時は助かった。敵にしても予想外な存在の介入によって、自分たちを破滅へと追い込むシナリオごと敵を全て屠ってくれたおかげで自分たちは生きている。

 けれど、次はそうはいかない。

 何せ前回イレギュラーとして現われた青年も今度は自分たちと同じく、一つの駒として盤面にいるのだ。

 もしかすれば、青年が用意した何かしらの奥の手が盤外に存在する可能性もあるが、地球に滅びを齎す神に対抗出来る者など同じ神以外に存在しないだろう。

 

「ですが、同じ神をぶつけるとなれば、それはまた全てを八雲に押し付けるという事です。私の選択によって再び仲間を窮地に追いやり、その尻拭いに八雲を利用するなど……」

「――――みつ、る」

 

 美鶴が内から溢れてくる不安に押し潰されそうになった時、聞こえるはずのない声が聞こえ思わず顔を上げてベッドの上にいる人物へ視線を向ける。

 

「お父様っ、意識が戻られたのですか!?」

 

 すると、先ほどの声は聞き間違いではなかったようで、ずっと意識が戻っていなかった桐条が僅かに目を開け、途切れ途切れになりながらも何かを口にしていた。

 

「……美鶴……仲間を、彼らを信じなさい…………彼らも、また、後悔のないよう選ぶのだから……」

 

 意識が戻らない間も外の音は聞こえていたのか、桐条は前に進めなくなった娘の背中を押すための言葉を贈った。

 不安なのは分かる。自分のせいで大勢の人間の命が失われるとなれば、まともな精神をしている者なら二の足を踏んでおかしくない。

 けれど、美鶴は独りではない。彼女も言ったように大切な仲間たちがいるのだ。

 調和する二つは完全なる一つに優る。その言葉を聞いて育った美鶴ならば、父が言った仲間を信じろという言葉の意味もしっかりと理解する事が出来た。

 偶然か、それとも親としての意地だったのか、それだけ呟くと桐条は再び意識を失ったが、父の言葉を確かに聞いた美鶴は涙を流しながら笑みを浮かべしっかりと言葉を返す。

 

「ありがとうございます。お父様。私も、彼らと共に進みます」

 

 父に背中を押されてまだ迷い続けるなどというみっともない事は出来ない。

 以前、信じられる仲間がいると言ったのは自分だ。

 ならば、今度の困難もまた信じる仲間たちと越えてみせると彼女も進む事を決意する。

 そうして、病室を訪れた時とは全く違った決意に溢れた表情をした美鶴はナースコールのボタンを押し、父が一時的に目を醒ました事を伝えた。

 やってきた医者が診察すると、どうやら呼吸が自然になっているようで、今回の事を切っ掛けに意識が回復する可能性があると言われた。

 その事を母にも電話で伝えてから寮へと帰れば、夜に父が再び意識を取り戻して英恵と少しだけ言葉を交わしたとの報告を受け、その日から桐条は徐々に回復を見せるようになり。

 美鶴からその事を聞いた仲間たちも美鶴を祝い。桐条の回復を共に喜んだ。

 


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