【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三百九十九話 冬休み前の女子会

12月22日(火)

放課後――巌戸台分寮

 

 昨夜、桐条武治が本格的に目覚めたという報告があり、それを美鶴から聞いたメンバーたちは全員が安堵の息を吐いてから美鶴に祝いの言葉を贈った。

 今日も学校帰りに病院によってきた美鶴の話では、体力が落ちている事に加えて、足に痺れのようなものを感じているらしい。

 だが、自分が倒れる事になった原因については覚えており、目覚めたばかりで途切れ途切れの返答にはなるが受け答えもしっかり出来ているという。

 意識を失っている間の事は不完全ながらも聞こえていたようで、影時間の真の終わりを前に美鶴たちが途轍もない困難に直面している事は分かってくれていた。

 話が聞こえていたからこそ、彼は必死に意識を覚醒させて娘の背中を押すための言葉をかけたのだから、その想いの強さは大した物だとメンバーたちも認めざるを得なかった。

 そうして、これまでずっと悩んで塞ぎ込みがちだった美鶴もどうするかを選び、ようやく全員がどちらの選択を取るか答えが出た事で、今までの暗さがまるで嘘だったかのように寮内では穏やかな雰囲気が流れていた。

 期末試験も終わり、今日は冬休み直前という事でチドリたちや美紀も遊びに来ている。

 男子たちはキッチン側のテーブルに集まっているが、入口に近いソファーの方を占領している女子たちは、お菓子を持ち寄って直近に控えたイベントについて話をしていた。

 

「世間はもうクリスマスムード一色だけど、皆はなんか予定とかあんの?」

 

 言いながら皿の上のクッキーを一枚手に取り、全員を見渡しながら頬張る七歌。

 今日は二十二日。明後日にはイヴが、明明後日にはクリスマスが控えている。

 日本では当日よりもイヴに日本式のクリスマスを楽しむ傾向が強く、当日になるとクリスマスの飾りは片付けられ、大急ぎで年末年始に向けた準備を行なっている店が多い。

 海外だとクリスマス以降は皆ゆっくり家族と過したりするので、どうして日本がそんなにも忙しなく年越しムードに模様替えしているのか不思議に思われているくらいだ。

 もっとも、ここにいる者たちは特別どれかの宗教を信仰している訳でもないので、日本独自の少し変わったクリスマスを過す事になるのだが、去年までならともかく今年はイベントを計画するような余裕などなかった。

 詳しい話を聞いていなかった美紀を除き、青年との思い出のため最初から抗う以外の選択肢がなかった者たちですら悩んではいたのだ。

 それを考えれば分かるだろうと一口サイズのプチケーキを摘まんだゆかりが返す。

 

「いや、七歌。私らにそんな事考えてる余裕あったと思う? 自分たちが死ぬかもしれない、世界が滅びるかもしれない、って状況で遊ぶ事ばっか考えるのなんて順平でも無理でしょ」

「そりゃ、そうだけどさ。ゆかりたちは早々に戦う方選んでたじゃん。なら、遊ぶ予定立てたり彼氏とデート企画したりも出来たんじゃないの?」

「はぁ……言っとくけどここお独り様しかいないから」

 

 七歌の言う事は分からなくもないが、そもそもの前提としてここには誰とも付き合っていないフリーな人間しかいない。

 というよりも、ゆかりやチドリたちは中学時代の美術工芸部を経て総合芸術部になった訳だが、その中で男子と付き合った経験があるのはゆかりだけだ。

 他の者たちは美紀と留学生のターニャを除いて、全員が湊と肉体関係を持っているものの交際はしていない。

 最初に引っかかった男が湊というスペックだけは高いド屑だった事もあり、他の男がなかなか目につかなくなった弊害もあるのだろうが、それはそれで勿体ないなと七歌は紅茶に口をつけた。

 

「ほーん。皆、見た目は良いんだから男くらい簡単に引っかけられそうなもんだけどね」

「……そういう自分はどうなの? 八雲に纏わり付いてるけど、別に恋愛感情じゃないんでしょ?」

 

 人にばかり言ってくるが七歌だってこの場のメンバーに引けを取らないどころか、アイギスやラビリスという自然発生し得ない美貌を持った少女らと同等のルックスをしているのだ。

 性格は色々と残念な部分もあるので、そこが難点と言えば難点なのだろうが、それでも明るく付き合いやすい雰囲気もあって男子からの人気は高い。

 順平たち一部の有志が行なった今現在の月光館学園女子人気ランキングによれば、ほとんどの票がこの場にいる女子たちに入っている。

 付き合いたい女子、結婚したい女子、甘えたい女子などランキングは複数あるが、意外な事に七歌はそれらの総合トップになっている。

 単純なルックスで言えばアイギスやラビリスの方が美人かもしれないが、二人は西洋人風の顔の造りなので男子高校生からすると気後れしてしまうらしい。

 また、ラビリスはよく湊とバイクに二人乗りしている姿を見られていたし、アイギスに到っては転校してすぐに湊が一番大切な相手だと宣言していた。

 そうなると、男子たちは欠片も希望がない相手よりはチャンスがあるかもしれないと、一応フリーである事が分かっている他の女子に票を入れたようだ。

 ここにいる者たちはそんな下衆な人気投票が存在する事は知っているが、結果までは知らないので自分がどの程度男子たちに人気があるかは分かっていない。

 ただ、それでも普段校内を歩いているときに視線を感じる事は多々あるため、そこそこ人気があるのだろうと仮定し、自分は男子から何の誘いも受けていないのかとチドリが七歌に尋ねた。

 すると、チドリの方からそういった野暮な話が振られると思っていなかったのか、七歌は紅茶のカップをソーサーの上に置きつつ答えた。

 

「まぁ、この私ですから? そりゃ、クリスマスのデートのお誘いなどは何人からも受けましたけどぉ。しょーじき、釣り合いが取れてないよねーって事でバッサリお断りしておきましたよ!」

「七歌ちゃんやとホンマにバッサリ断ってそうやね」

「まぁな! ディナーはフレンチレストラン“ブランシュ”レベルじゃないと無理って言っておいてやったぜ!」

 

 自信満々に七歌が告げたレストランは、世界のフレンチレストランを紹介するガイドブックで最高の三つ星評価を受けた有名店だ。

 一般的なフレンチは見た目や技術は確かにすごいが、味付けが日本人好みではなかったりする。

 だが、ブランシュの店主は本場の有名店で活躍し、それから自分の故郷の食材を使ったフレンチを作りたいと日本で店をオープンした事もあって、日本人の好みに合うフレンチを提供していた。

 おかげで各界の著名人や海外の美食家たちも足を運び、予約は常に数ヶ月待ちの状態になるほど。

 ただの男子高校生にそのレベルのレストランへ連れて行けと言っても無理な話で、というよりもそのブランシュという店自体を知らない芋野郎がほとんどだったのだが、勇気を振り絞ってデートに誘ってすぐにほぼ金の話をされたら誰だってゲンナリするだろう。

 断られた男子たちに僅かに同情して場に苦笑が広がれば、それを見た七歌は自分が悪いわけではないのだと続ける。

 

「いや、これ私が悪いわけじゃないからね? クリスマスデートって世間的には特別な恋人デートな訳じゃん。なら、そこは男の甲斐性として奮発するでしょ。仮にここでディナーにラーメンチェーン店へ連れて行かれたら、相手にとって私はその程度の相手なんだなって思うし」

 

 七歌だって別に本気で高級フレンチにつれて行けと言っていた訳ではない。

 単に相手がどれほど真剣に考えているかを測るために、自分のために頑張ってくれるのかと試してみただけで、実際に行くとなれば高校生のバイト代でも手が出るくらいの店でもダメではなかった。

 しかし、七歌をデートに誘った者たちはそこまでの覚悟はなかったようで、携帯でブランシュを調べてそのディナーの料金を見ると肩を落として去って行ってしまう。

 これで彼らの想いは本気だったなどとは当然思えるはずもなく、所謂“シングル・ベル”こと独りでクリスマスを過したくなくて慌ててデート相手を探していただけだったようだ。

 七歌の話を聞いた者たちも同じように考えたらしく、それならばまだ納得は出来ると頷いた。

 

「まぁ、七歌の断り方は別にしても、本気で誘いを掛けた訳でもないなら問題ないだろう。高校生活の思い出にという事ならクリスマスパーティーなどでも良いだろうしな」

「あ、クリパ良いですね。忘年会も兼ねてこのメンバーでやっても良いですけど…………誰か実は予定があるじゃーっていう裏切り者とかいる?」

 

 美鶴が口にしたクリスマスパーティーという単語に食いついた七歌は、女子会からの流れでクリスマスパーティーも楽しそうだと乗り気になる。

 もし開催するとすれば実際に集まるのはクリスマス・イヴの夜で、会場は押さえる必要がないこの寮になるだろう。

 実家暮らし組みもここならば送迎含めて問題ないので保護者の許可も簡単に出る。

 けれど、七歌は途中で真面目な顔になって、普段よりもいくらか低い声でまさかそんな人間はいないよなと瞳孔の開いた病んだ瞳を全員に向けていく。

 感情の昂ぶりで瞳孔が開く者はそれほど珍しくないが、彼女のように病んで見せるためだけにコントロール出来る者は少ないだろう。

 いくら美少女と言えども、瞳孔を開いた目で薄い笑みを顔に貼り付けていれば不気味に見える。

 キッチン側のテーブルで女子たちの話を盗み聞きしていた男子たちなどは、七歌のその顔を見てしまってビクリと肩を跳ねさせ、その際にテーブルの裏に足をぶつけたのか痛がっていた。

 まぁ、そんな目で見られたところで本当に予定がないので問題はないと思われたが、ここで七歌の瞳に一切怯んでいないアイギスが小さく手を挙げて口を開く。

 

「あ、わたしは明日八雲さんに会いに行こうと思っています。その結果によっては明後日参加出来ないかもしれません」

「は? 女の友情よりも性欲で男を取ると?」

「性欲に関してはよく分かりませんが、八雲さんの存在は何よりも優先されますので」

 

 男に会うというだけで性欲と結び付けるのは早計だろう。

 アイギスは自身の恋心についてはようやく自覚出来るようになったが、その気持ちの変化を当人には伝えていないし、別に伝える必要もないと思っている。

 彼女が湊に会いに行くのは純粋に彼を慕っているからで、仮に会えても中学三年時のゆかりや高校一年時のチドリのように純潔を散らす予定はない。

 というよりアイギスにはそちらの方面の知識があまりないのだ。

 だからこそ、そういった心配はするだけ無駄なのだが、前回全員で集まった話し合い以降に彼とまともに会えていなかったゆかりがどこで約束を取り付けたのかを尋ねた。

 

「アイギス、有里君と話せたの?」

「いえ、話せていません。テスト期間中は登校していたようですが、今は学校にも来ていないので音信不通です」

 

 ゆかりに聞かれてアイギスは首を横に振って答える。

 彼はテストだけ受けに学校へ来ていたが、それ以降はずっと休んでおり、電話もメールも繋がらなくなっている。

 一応、時間を選ばないメールは届いているはずだが、その返信がないこともあってアイギスも心配していた。

 明日会いに行くのはそういった現状確認もあり。イヴの予定については会ってからじゃないと分からないというのが正直なところだ。

 それを聞いた他の者たちはアイギスでも彼と連絡が取れていないのかと少し暗い雰囲気になる。

 前回の話し合いで起きた事については美紀にも伝わっており、テスト期間最終日に順平が謝罪した件まで把握している。

 ただ、こうやってまた誰とも会わずに何かやっているとなると、彼の事だから無茶しているのではという不安があった。

 

「あの、有里君はどういう状況なんでしょうか? 皆さんが悩んでいる間、どうやって過していたとかは聞いていますか?」

「わたしは聞いていませんが、栗原さん経由で無気力症の増加が少しだけ減速したことを桐条グループが確認していると言っておられました」

 

 冬になって夜が長くなっているからか、人々の気分は落ち着いていたり暗くなり易くなっている。

 その影響かは分からないが無気力症患者は以前の数倍の速度で増加しており、その範囲も首都圏周辺を超えて海外にまで及ぶようになっていた。

 無気力症は精神病に分類されており、医療の専門家たちはどうしてこんなにも同時多発的に広がっているのか首を傾げている。

 一時期は違法薬物の副作用によって心神喪失状態になっているのではとも見られたが、患者の検査をすればそんな痕跡がないことはすぐに分かる。

 よって、今も世界各国で対策について話されているが、自然に回復したと思われている患者に発症時の精神状態などを聞いても何も分かっていないため、具体的な対策も取れぬまま影時間解決まで無気力症は増加すると思われた。

 ただ、アルカナシャドウもいない状態で急にその増加ペースが落ちれば、無気力症の真の発症原因を知っている者たちは、誰がシャドウを倒しているかと真っ先に考える。

 増加ペースが減少した期間に特別課外活動部はずっと寮にいてタルタロスへは行っておらず、タカヤたちストレガと幾月たちもわざわざシャドウ狩りをするとは思えない。

 もしかすると、ほんの気まぐれにベルベットルームの住人たちが出てきた可能性は否定出来ないが、普通に考えれば湊が他の者たちが戦っていない間も被害拡大を抑えるために戦っていたと見るべきだろう。

 今の湊は時流操作を使えない。であるならば、夏のような度を超えた無茶はしていないはずだが、それでも一人でずっと戦っているとすれば心配だと美紀は小さく溜息を溢す。

 

「いくら強いと言ってもやっぱり心配ですし。出来れば一緒にクリスマスを過ごせればと思いますけど、連絡が取れないとなると難しいですね」

「美紀、お前まさかっ!!」

「兄さんは黙っていてください。パーティーで一緒にという話です」

 

 こっそり話を聞いていた真田が思わず立ち上がって声をあげれば、美紀は冷めた目で女子の話に入ってくるなと拒絶し、そもそも二人きりという意味ではないと答える。

 確かに美紀は湊に対して淡い恋心のような憧れの気持ちは抱いているが、それは友人たちのように彼を独占したいと思えるほど強い感情ではない。

 なので、ここにいる友人らと争ってまで彼とのデートを勝ち取る気はなく、単純に最近会えていないから友人らと共に過したいというのが先ほどの発言の真意だった。

 男子らが女子たちの話を聞いていると分かった事で、美鶴やチドリの冷たい視線がテーブル席の方へと向けられれば、真田以外の男子は白々しく本を読んでいるフリや携帯を弄っているフリをする。

 それで本当に誤魔化せると思っているなら随分とおめでたい頭だろうが、今はクリスマスパーティーと湊の話なので、脱線し掛かっている話を戻すように七歌が口を開く。

 

「まぁ、そこら辺は決まってから連絡してくれたらいいや。とりあえず、準備する物とかあるし。アイギスもこっちに参加する体で意見出して」

「了解です」

 

 恐らくは男子たちも参加したがるはずなので、食べ物などは多めに準備することになるだろう。

 そこからアイギスの分を抜くとしても、それは翌日に食べれば良いので問題はない。

 明日は祝日なのでアイギスが上手くコンタクトを取れるかという問題は置いておき、ここでパーティーについて決められるだけ決めて、明日の午後にでもいるものを買いに行くため女子たちは計画を詰めていく。

 彼女たちは未来を生きることを諦めないと決めた。だからこそ、パーティーについて話し合う少女たちの表情に暗いものはなかった。

 


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