【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四十話 少しの喧嘩

6月22日(水)

放課後――生徒玄関エントランス

 

 本日の授業が終わり、掃除当番を終えると、岳羽ゆかりは荷物を持って女子弓道部の部室を目指していた。

 美術工芸部の活動日を決めたのは湊だが、湊はわざと弓道部と被らないように設定したので、ゆかりもほぼ毎日下校時刻まで部活に勤しむという充実した日々を送っている。

 もっとも、母と少し距離を開けたいという想いだけでなく、父の死の真相を調べるという目的を持ってこの地へやってきたが、知るための糸口すら掴めていない。

 唯一、いま分かっているのは、父親が現場レベルとは言え、桐条グループに勤めてそれなりの役職についていたこと。

 ならば、桐条に近付けば何かしら知ることが出来るはずだが、この学校に通っている桐条グループのご令嬢こと桐条美鶴と接点を持つ方法が分からない。

 何度か廊下などですれ違うことや、生徒総会で発表している姿を目にしているが、ただの一生徒でしかない者ならば、それが普通と言えた。

 しかし、教室のある四階から一階まで下りてきたところで、偶然にも出会ってしまった。自分のクラスメイトが桐条美鶴に話しかけられている現場に。

 

「有里、吉野も一緒で良い。少し話を聞いてくれないか? 十五分、いや、十分でも良い。頼む」

 

 そういって美鶴は軽く腕を組んだまま真剣な眼差しで湊を見ていた。

 二人の邂逅を初めて目にしたゆかりにとっては意外な組み合わせだが、自分が湊の立場なら首を縦に振るしか出来ないだろうと思える。

 相手は一般人では持てないオーラのようなものを持っている。それが俗に言う“カリスマ”と呼ばれる物なのかも知れないが、あの気に当てられ呑まれないのはよっぽど場数を踏んだ者くらいだろう。

 一応、靴を履き替えている湊と一緒にいるチドリが、真顔と思われる普段通りのやる気の感じられない瞳で相手を見ているが、美鶴の瞳は湊しか映していない。

 状況から推測するに、目的は湊でチドリはサブプラン程度の扱いか、湊に願いを聞いてもらうため同行を許可しているだけなのだろう。

 

(どうして桐条先輩が有里君に話しかけてるの? それもあんなに真剣な表情で。まわりの人間がざわついてるのに気付いてないし、そんなに重要な用件なのかな?)

 

 部室へ向かうという目的も忘れ、ゆかりも他の生徒と同じように動向を見守る観客の一人になる。

 観客となった生徒の表情には、いま思っている考えが分かり易く浮かんでいた。そう、結果は分かりきっているという表情だ。

 しかし、有里湊という人間を知っている者ならば、そんな表情はしなかっただろう。彼は存外まともであっても、総評としてまともでない事を嫌でも理解させられているから。

 案の定、湊は他の大勢の予想の斜め上をいく対応を見せた。

 

「チドリ、靴出しといた」

「え? ああ、ありがとう。すぐ履き替える」

 

 湊が見せた反応は、美鶴を完全に無視するというもの。自分の靴を履き替えると、立ち止まっていたチドリの靴を取り出し、履き易いように置いていた。

 声をかけられたチドリは僅かに驚いていたが、直ぐに靴を履き替えると湊に上履きを仕舞わせる。

 そうして、二人とも外靴に履き替え終わると、そのままスタスタと歩き出してしまった。

 

(えーっ、流石にそれはないでしょう!? だって、名指しだよ、名指し。それで話しかけてきた相手を全く視界にも入れないって、王様なの? 皇帝気質なの?)

 

 承諾でも拒否でもなく、話しかけてきた相手を視界にすら入れない。他の者がやれば、意識して無視しているのが伝わり、随分と子供染みた真似をしていると思われるところだ。

 だが、湊の対応にはそれが見られなかった。違和感なくごく自然で、湊だけを見ていれば彼が誰かに声をかけられていたなど、言われたところで信じられないだろう。

 生徒玄関から出ていった二人は、チドリだけが一度振り返ったが、湊はそのまま前を向いて気だるげに歩いて行った。

 そうして、校門からも出て行ってしまうと、湊の後ろ姿を睨むように見ていた美鶴だけがエントランスに残された。

 苛ついた空気を放つ相手に周囲は動くことが出来ず、目をつけられないよう気配を限りなく消して背景と化す。

 すると、五分ほど経ってから、ようやく美鶴は深く息を吐いて頭を振り、そのまま管理棟の方へと去って行った。

 

「はぁー……やっと行った。つか、なんで有里君は相手しなかったんだろ? 様子からすると以前から何度も声をかけられてたのかな。ま、バイトだったのかもしれないし、答えの出ない事を考えるだけ時間の無駄か」

 

 湊と美鶴、それぞれが去って行った方へ視線を送ると、ゆかりは気を取り直して部活へ行く事にした。

 靴を履き替え、外からまわって部室へ向かうと、先輩から言い渡された基礎練習のメニューを他の一年と共にこなしたのだった。

 

――生徒会室

 

 エントランスを去った美鶴は、誰もいない生徒会室に一人で座っていた。

 今日は生徒会の集まりはなく、美鶴自身も学内で済ませる用事は先ほどなくなったところだ。

 事が上手く運べば、今ここにはもう二人ほどいるはずだったというのに、前回同様、今回も会話すらすることが出来なかったと悔しさに表情を歪ませる。

 

(何が問題なんだ。私の声の掛け方か? しかし、用事があるから話を聞いて欲しいというのに、それほど声の掛け方もあるまい。特段、礼を失する行いをしたつもりもないし、吉野は私の方を見ていた)

 

 美鶴の最大の悩みは、話を聞いてもらえないことではなく、自分のことを視界にすら収めてもらえないことだ。

 似たような雰囲気を纏っているチドリは、声をかけた美鶴をジッと見つめていたし、靴を履き替えて歩き出してからも一度だけ振り返っていた。

 となれば、共にいる湊にも認識はされているはずなのだが、本当にそうだろうかと美鶴は不安を覚えずにはいられなかった。

 

(……佐久間先生のように直接的にアプローチをかけてみるか? 腕を掴んだりすれば、流石に認識していないと言い切ることも出来ないだろう)

 

 実を言えば、美鶴は最初に声をかけてから、かれこれ五回ほど湊に接触を試みていた。

 しかし、視界に収めてもらえたのは最初の一度だけで、それ以降は極めて自然に無視されている。

 三度目のときは、初回同様に制止しようと肩を掴もうとしたが、触れようとした瞬間に自身の腕が切断される光景が脳裏に浮かび、現実へと意識が戻ったときには全身から冷や汗を掻いて声をかけるどころではなかった。

 どうしてそのような光景が浮かんだのかは分からないが、あまりにはっきりと幻視したせいで、いまでも湊を見る度にフラッシュバックを起こし、軽度のPTSDを患ってしまった。

 そのため、他の者はともかく、湊に触れることを極度に恐れる自分がいるのだが、このままでは事態は好転しない。

 幾月からは、もっと時間をかけて、外堀から埋めていく方法に切り替えても良いのではという意見も貰っている。

 フラッシュバックとPTSD、さらに、認識されないという自己の存在を否定される行為を受け続け。精神的に弱っていることを自覚している身としては、幾月の提案は非常にありがたく思える。

 だが、仲間になるかもしれない者を恐れてどうする、と己を叱咤する内なる声も存在するのだ。

 

(……触れても、大丈夫なはずだ。佐久間先生は実際に問題なく触れられている。腕が切断されるなどあり得ない。そう、大丈夫だ)

 

 心を落ち付けながら自分に大丈夫だと言い聞かせ、美鶴は湊に再び接触を試みようと考える。

 アプローチの方法は佐久間を参考にするが、流石に全く同じという訳にもいかない。

 若い教師がやるには十分に問題のある行為が目立っていたが、それはやる人物を桐条グループの娘に置き替えても同様の事が言える。

 ほとんど会った事もないが、父親が相手側の親と共に決めた婚約者もいるので、不要なスキャンダルは避けるべきであり、せいぜい腕や肩を掴むのが限度だろう。

 

(一応、お母様にも助言を頂いた方が良いか。静養しておられるとはいえ、どう接すれば男性に不快感を与えないか、私よりもよっぽど知っているだろうしな)

 

 身体が弱いため美鶴が幼い頃から、遠くの保養地で静養中の母・桐条 英恵(きりじょう はなえ)は、グループの者として表に出てはいないが、それでも社交のマナーをしっかりと身に付け、どのような場でも相手を不快にさせない接し方は心得ている。

 そして、堅物でいつも厳しい表情をしている桐条武治に、心を許されている女性でもある。

 そんな母ならば、湊のような相手との有効な接し方も知っているのではと思い、今晩にでも電話してみることにした。

 電話でどのように話を切り出せば良いか考え、さらに、自分でも次回の接触時のことを何度か脳内でシミュレーションし、美鶴は鞄を手に取り席を立つ。

 今回も接触には失敗したが、チドリには認識されていることは理解出来た。結果的に失敗でも得る物はあったため、そのことを報告するついでにラボへ向かおうと、生徒会室を出た美鶴は携帯で車を呼び学校を後にした。

 

影時間――タルタロス

 

 本日は満月。一月の中で最もシャドウが活発であり凶暴になる日だ。

 しかし、下層フロアのシャドウなど、成長し強くなった湊たちの敵ではなく、チドリは鎖で繋がったハンドアックス二つを手に持ち、片方を恋愛“狂愛のクビド”の仮面に投げつけ仮面ごと頭部をかち割って霧散させた。

 正面からの敵が消えると鎖を操り、地面に落ちた斧を手元に手繰り寄せ、背後で数体の敵を相手にしている湊に視線を向ける。

 湊の足もとには仮面を踏みつけられ、耐えきれずに黒い靄になっていく金色の手のシャドウが一体いた。

 黒い靄が消えると、そこには金属の剣のような物が落ちていたが、湊は踵で蹴ってチドリの方へ滑らせ。そのまま、正面にいる二体の女教皇“囁くティアラ”に、腰のベルトに複数付けていたプッシュダガーを投げつけた。

 一体は仮面の目の部分に小剣が入り、痛みにもがくように飛びまわる。もう一体は上昇して回避したところへ、湊が飛び蹴りを叩き込み通路から広間へと押しやられる。

 

「ハァッ!!」

《グララ……》

 

 広間へ飛んでいった一体は距離が開いたので、湊は着地した直後に、もがいていた一体を中華剣で叩き切った。

 

《グラララッ》

 

 そして、すぐにもう一体を視界に収め、床を蹴って疾走すると、体勢を立て直した敵がいくつもの氷塊を放ってきたため、マフラーからエリザベスに貰った小刀を取り出し、二刀流で斬り伏せてゆく。

 

「邪魔だっ!!」

 

 面で迫ってくる氷塊を全て砕き、欠片となって飛び散る氷の煌めきの中を猛進する。

 魔法を体術のみで無効化された敵は、慌てて背を向けて逃げ出そうとするが、逃げ出すにはあまりに距離が近過ぎた。

 背を向け、さぁ逃げ出そうと移動を開始する瞬間、シャドウの体内を突き破り仮面から刃が飛び出していた。

 

「……討伐完了。もっとも近い敵で四十メートルほど離れてる」

 

 背後から敵を貫いた湊は中華剣を鞘に戻し、小刀をマフラーの中へ仕舞いながら、索敵で周囲に敵がいないことを確認する。

 そして、レアシャドウ“宝物の手”が落とし、湊が先ほど蹴ったアイテムを、背後からやってきたチドリが拾っていたので向き直ると、相手が無言で差し出してきたアイテムを受け取った。

 

「ありがとう」

「別に良い。でも、それ使えるの? ぼろっちぃけど」

 

 湊がチドリから受け取ったアイテムの名は『無の小剣』。見た目は鈍らの西洋剣で、何か硬い物を切ればすぐに刃こぼれを起こし、下手をすれば刀身が折れてしまいそうな状態をしている。

 物の正確な価値は分からないが、自身も武器を使う者としてチドリもそれなりに武器の良し悪しは分かるようになっている。

 その鑑識眼を使ってみたところ、無の小剣は打ち直しも出来ないような酷い武器だ。これなら、熔かして何かに作りなおした方がよっぽど使えるだろう。

 その事を伝え、武器を見つめてから続いて湊の顔に目を向けると、湊は静かに武器をマフラーに入れながら答えた。

 

「これはペルソナと合体させる事で真の力を発揮する武器だ。俺のようにワイルドの能力を持っていないと使えないが、合体後の武器は他の者でも使える。チドリが使いたいなら、何かと合体させておくから、そのときは言ってくれ」

「ふーん……それって一般人でも使えるの?」

「対シャドウ兵器という意味なら、その認識で合ってる。適性しか持たない人間でも、合体後の武器を使えばシャドウにダメージを与えられる」

 

 無の武器シリーズは素材として使ったペルソナの強さに依存するが、黄昏の羽根を搭載した対シャドウ兵器と同じように一般人でもシャドウと戦える武器に変化する代物だ。

 湊が普段から装備している無の鎧はイレギュラーナンバーのため、他の武器と違って湊の力に反応して姿を変えるが、他の物はペルソナと合体させない限りは変化しない。

 故に、チドリが使いたいと望むのであれば、湊に頼んで変化させねばならないのだが、チドリは何を考えているのか、視線を僅かに伏せて黙っている。

 もっとも近い敵でも大分離れており、接近していたとしても今いる広間からなら通路の敵をすぐに捉える事が出来るため、ここでしばらく悩んでいても別に構わない。

 しかし、何をそんなに考え込んでいるのかと、湊が近づきジッと見つめた途端、チドリはハッとした表情でわずかに後退し距離を取った。

 そんな相手の珍しい反応を、湊は不思議に想い尋ねる。

 

「……何故、逃げる?」

「に、逃げてない。ちょっと近くて驚いただけよ。それより武器ってどんなのでも作れるの?」

「あんまり特殊な物は無理だな。それに近代兵器も大砲的なものを除けば、ほぼ対象外だ」

 

 声を上ずらせながら答えるチドリを怪訝に思うが、言いながら湊はマフラーに手をつっこみ何かを取り出した。

 それは錆びていると言ってもいいような、古さからくる鈍いくすんだ色をした筒状の物だった。

 眺めても実際に何かは分からない。なので、形状が前腕に沿う形のように思えたので、そこから推測し導き出した答えをチドリは呟く。

 

「……手甲?」

「いや、これは無の銃だ。確かに形状は人の肘から先に沿う形だけど、底に結合部があるから腕は通せない」

「そう。それで、それが何なの?」

「まぁ、見ててくれ――――タナトス」

 

 言うなり湊はタナトスを顕現させて、そのままカードに戻し手に取った。

 そして、次にカードを無の銃に添えると、カードと武器が光りに包まれ形状を変化させてゆく。

 だが、光は途中で属性が反転したかのように黒く染まり。黒い輝きが解かれると、そこには黒い翼の飾りのついた、暗い紫の装甲に艶のある黒い金属で蔦状の装飾のなされた、美しい手甲のように見える大砲が存在した。

 銃は湊が使う事を許可しなかったので、召喚銃を除けばほとんど見たことがないチドリでも、これが何かの力を秘めていることは一目で分かる。

 そうして、美術品と見紛うばかりの大砲を手にしている少年に、その武器の銘を尋ねた。

 

「なんていう武器?」

「さぁ? ベースカラーが紫だし、ラテン語で“ウィオラケウス”とでも呼べば良いんじゃないか?」

 

 今まで名前を付けていなかったらしい武器を作り出すと、湊はマフラーを使って自分の腕にそれをくくり付け始めた。

 マフラーを長くしてまで念入りに縛っている様子を眺め、チドリがぼーっとしていると、通路の奥から新たな敵がやってきているのが見える。

 未だに湊は固定するのに時間をかけているので、チドリが武器を持ちなおし倒しに行こうとしたところで声がかかった。

 

「……チドリ。口を軽く開けたまま、耳を塞いで少し下がっててくれ」

「え? あ、うん。別にいいけど」

 

 言われて素直に言う事を聞き、チドリは口を半分開いて耳を塞ぎ後ろに下がった。

 すると、湊は通路に向けてウィオラケウスを固定した右腕を構える。左手は伸ばした右腕を支えるように手首の辺りを掴んでおり、足を肩幅程度に広げて準備は終えたらしい。

 

「……照準完了、敵を殲滅する」

「っ!?」

 

 次の瞬間にチドリが目にしたのは、シャドウたちのいた通路を埋め尽くす赤と黒の光の奔流だった。

 轟音が響き、空気が振動している。少し離れた場所にいるというのに、攻撃の余波かかなりの熱気を感じる。

 発射台と化した本人は足を前後に開き直して踏ん張っているが、たかだか下層フロアのシャドウを倒すには十分過ぎる威力を有しており、チドリはこれが大砲などと言われて信じられる訳がなかった。

 そして、光線を出し始めて十秒ほど経つと、徐々に光が細くなり最後には消えた。

 今まで光線に埋め尽くされていた通路は壁や床が融解し、赤く光って焦げたような臭いを周囲に充満させている。

 あまりの威力に呆気にとられると、湊がマフラーを解き始めたところで復活したチドリが、先ほどの攻撃の正体を聞くため口を開いた。

 

「さっきの攻撃ってなに? どう見ても普通の大砲じゃなかった。レーザーとかビームって言われた方がまだ納得できる。もしかして、ペルソナのスキルを放てるの?」

「この武器に出来る攻撃はアレ一つ。万能属性によく似た別のスキルを放てるんだ。便宜上、虚無属性と名付けてるけど、効果は分からない。まぁ、この武器以外であんなスキルは見たことがないし、自分で喰らった事もないから当然だが」

「ふーん。けど、流石にあんな威力の武器は振り回せないわ。もっと、近接用の武器で良いのはないの? この斧、投げた後に手繰り寄せるのが面倒なのよ」

「……中近距離向けで、さらに個性を狙って自分で選んだくせに」

「私は過去を振り返らないわ。前を向いて生きていくって決めてるの」

 

 ドヤッ、という擬音を付けたくなるような、どこか得意気な表情で言い切るチドリに、湊は思わずため息を吐く。

 チドリの鎖付きのハンドアックスは、彼女が自分で選んだ武器であり、その武器を選ぶ場に湊も同席していた。

 この五年間の経験の中で様々な武器の使い手と遭遇したが、対処法を覚える中で各武器の使い方も理解していたため、その武器は大きな欠陥を抱えた中途半端なものだとも忠告した。

 しかし、そういったキワモノの武器は極めれば強いだろうと、チドリは湊の忠告を無視して五代の知り合いの武器商から買い取ったのである。

 近距離は斧で攻撃を受けつつ斬りつけ。中距離では重心が中途半端な部分にありコントロールにコツのいる武器を、見事に敵に投げつけ使いこなしており。斧だけでなく、鎖で攻撃を受け止めることもあれば、鎖を操作して迂回するような軌道で斧をぶつけることもある。

 本人の言った通り、確かに使いこなせば強いことを証明したため、湊も口には出さないが感心していた。

 だというのに、ここへ来て自分で選んだ武器に不満をたれるとは、一つの武器も満足に使いこなせない人間に喧嘩を売るようなものであり。才能を持つ者特有の我儘だなと、小さく呆れるのも無理はなかった。

 

「……ハァ……ザシキワラシ、通路を氷で冷やしてくれ」

《……わかった》

 

 武器を固定していたマフラーを解き終えると、湊はカードを砕いてザシキワラシを呼んだ。

 現れたザシキワラシは、ケーキのロウソクを吹き消すような軽い仕草で氷の混じった風を起こし、熱で赤くなっていた通路を冷やす。

 固まった床は表面がくすんだガラス状になっているが、湊が魔眼で壁を切り崩したフロアも、翌日には傷一つない別の物になっていたので、どうせ明日には何事もなかったように新しいフロアに作りかえられているはずだ。

 そうして、湊らを包んでいた熱気もザシキワラシのおかげで消えると、湊は相手に礼を言って自身の中に戻した。

 

「……よし、行こう。新しい武器については歩きながら話せば良い」

「ちょっと待って。あなた苦しそうだけど、どうしたの? 気分でも悪いの?」

 

 歩き出そうとした相手の腕を掴み、チドリは湊を自分の方へ向かせて表情を窺う。

 ザシキワラシを呼んだ時点で湊の顔色はわずかに青ざめ、呼吸が乱れていた。

 フルマラソンをしようが発汗と多少の呼吸の乱れしか起こさない人間が、これほどの状態になるのは普通では考えられないことだ。

 相手の身に何か起こっているのかも知れないという不安を隠し、真剣な表情でジッと見つめていると、湊はウィオラケウスを左手に持ち替え、右手をチドリの頭に置いた。

 

「単純に疲労状態になっただけだ。虚無属性は他の攻撃と違ってかなり疲労する。威力はあれで固定で、俺も日に三度しか撃てない。限界まで撃つとペルソナも呼べなくなるので、ある意味で切り札と言ってもいい攻撃なんだ」

「……本当に? 怪我とか病気じゃない?」

「俺の身体は病気にはかからない。チドリも知ってるだろ?」

「……うん」

 

 湊の言葉に静かにチドリは頷いた。

 飛騨から渡された湊の身体に施された改造のデータは、栗原の手を離れ今は桜が所持している。

 中には常軌を逸している内容もあったが、それらは既に過去のことであり、湊は無事に戦えるだけの力を手にして生きている。

 そのため、全てに目を通した桜も湊に何かを尋ねるようなことはせず、他の誰にも見せないように机の奥にしまっていたのだが、チドリの勉強に使う道具を探していたときに桜はそれを落としてしまった。

 まるで漫画やアニメのようなタイミングの悪さだが、落ちた拍子に飛びだした封筒の中身を拾おうとしたチドリが見てしまい。半分も理解出来なかったが、湊が再会した夜に話した以上のことを身体に施していたことだけは理解して、どうして黙っていたのかと詰め寄った。

 毒に対する免疫を得るときなど、痙攣を起こして心停止に陥ったとも記載されているのに、多少痛い事もあった程度にしか伝えていないことが許せなかったのだ。

 それに対する湊の答えは、尋ねたチドリも言葉を失うような実に単純な理由で、『苦労話は誰の得にもならない』というものだった。

 確かにそうかもしれないが、自分は話して貰いたかったという気持ちがあるだけに、チドリは未だに納得しておらず、湊が原因で拗ねるときには、前も自分に隠し事をしていたと湊にとっては済んだ話を蒸し返している。

 今回はそのような状態ではないため、頷いたチドリは疲労状態の相手を気遣いつつ、武器を構え直すと脱出装置の場所を探り到達するまでのルートを割り出した。

 

「脱出装置の場所、こっちから行ける……いこ?」

「まだ戦えるけど良いのか?」

「いい。へばってる人間を連れ歩くと、三ヶ月も連絡つかなくなりそうだから」

 

 訂正しよう。チドリは今回も密かに拗ねていた。

 わざわざ実演して見せる必要もなかったというのに、それで呼吸が乱れるほど疲労するのならば、先に説明しておけと怒っているらしい。

 随分と懐かしいネタで皮肉を言ってきた相手に、湊は苦笑で返し、黙って隣を歩きながらウィオラケウスからカードを抜き出した。

 わずかに光って元の無の銃に戻ると、湊の手には死神のカードが握られ、すぐに青い光になって消えていった。

 

「……それって簡単に元に戻せるの? 合体したやつにポコポコ抜け出されて、急に鈍らになるんだったら命預けられないんだけど」

「いや、普通は戻せない。エリザベスたちも武器合体は出来るが、合体解除は上司のイゴールでも無理らしい」

 

 武器合体の技術を持っているのはベルベットルームの住人と湊、そして、シャドウに対抗し得る存在としてペルソナを発見した栗原シャルマだけだ。

 もっとも、最初期の栗原は、情報と物質の狭間の存在である黄昏の羽根に、人格とペルソナを宿らせる技術を応用して、宿らせる対象がペルソナと親和性が高い場合のみ理論上は可能かもしれないと言っていただけだった。

 彼女は桐条を離れて研究に一切関わらないでいたが、自分のしていた研究で被害者が出た事は事実であり、贖罪として再開し、この五年で湊とチドリに手伝って貰いながら独自に研究を続けている。

 そして、かつて組み上げた理論の証明として、銃火器ではなく近接用の対シャドウ兵装を作れはしないかと、湊にペルソナを借りて剣や槍など武器類に宿らせる実験を繰り返した。

 だが、親和性の高い物などそう見つかるはずもなく、ペルソナが武器に宿ることはなかった。そう、湊が無の武器を見つけて持ってくるまでは。

 

「じゃあ、なんで湊は出来るの?」

「……特別、だからだろ?」

「あっそ……私、そういう自信過剰なやつって嫌い。それに本当は分かってるくせに、適当な言葉で誤魔化して隠すようなやつも」

 

 湊は自分が合体解除できる理由を理解している。そう読んだチドリは、隣を歩いている少年を上目使いで睨みながら自身の右腕と相手の左腕を組み、視線を正面に戻して肩に頭を乗せる。

 

「買い被ってくれてどうもありがとう。だけど、俺にも分からない事くらいはある」

 

 だが、少年は本当に分からないと伝えた。通路の先を見つめる瞳には感情が籠もっておらず、その内面はまるで読めない。

 

「……フン」

 

 一度視線を送って瞳と表情を確認したチドリは小さくむくれると、少し上げた頭を湊の肩にぶつけ、真面目に言えと催促した。

 相手がどう言っても、チドリの中では湊は理由を理解していることになっているようだ。

 そんな相手の思考を理解してか、湊は短く嘆息すると、少し考えるための間を置き、しばらくして口を開いた。

 

「……合体に使ってるのは俺のペルソナだ。ベルベットルームの住人は、ペルソナ全書のペルソナを呼び出しているだけで、別に自分のペルソナという訳じゃない。なら、素材として使った後でも、持ち主ならある程度はコントロールないし干渉が可能だと思えないか?」

「最後に同意を求める辺り、自分で頷くことで納得させようって魂胆が見える。それらしい理屈を並べて誤魔化さないで。さっきも言ったわ、そういうやつは嫌いだって」

「……これで納得できないなら、俺にはもう説明出来る言葉が見つからない」

「正直に話せばいいじゃない。どうしてそんなに隠すの? ここには敵もいないし、私も誰かに話す事なんてしない。何より、話したところで他の人間には真似できないんでしょう?」

 

 周囲を探知してもシャドウ以外には誰もいない。数十キロとかなり遠く離れた場所にならば、桐条の関係者もいるようだが、いまタルタロスにいるのは自分たち二人だけだ。

 メノウという探知とステルスを担当する存在のいる、イタリア語で“魔女”を意味する“ストレガ”というチーム名で呼ばれるようになったタカヤたちも、ステルス特有の小さな違和感を現在は感知していないため、ここにはいないとはっきり言い切れる。

 だというのに、湊がなにをそこまで隠すのか理解できない。自分はそんなにも信用するに値しない人間なのかとも思ってしまう。

 湊の腕を掴んだまま、チドリが怒ったように立ち止まりジッと見つめる。そんな、いつもとどこか様子が違うことに気付き、湊は質問に返さぬままその事を尋ねた。

 

「今日はやけにつっかかってくるな。何が原因だ? 俺が嘘を言っている、何かを隠している、そう思った根拠は? 勘なんてくだらないもので疑ってるなら止めてくれ」

「……私はあなたのペルソナを把握してない、能力も含めて出来ていない。だけど、極稀にステルスが解けて中にいる数だけは分かる。それが疑う理由よ」

「まだ見せてないやつを見せろってことか? 素直に言えば良いものを」

 

 つっかかっている本当の理由を知った湊は、呆れたように鼻で笑って掴まれていた腕を振り解き、腕組みをして壁に背中を預ける。

 それが自身の聞きたい事を答えるポーズなのかは分からないが、チドリは声に怒気を含んで湊を正面から見据えた。

 

「言って見せてくれるの? ザシキワラシだって最近になってようやく見せたんじゃない。私が感知したときから数えれば、半年以上経っても見せも教えもしてくれなかった。それなのに、素直に見せろって言えると思う?」

「思おうと思うまいと、聞かない限り答えは出ないだろ。俺が教えるまで待てないなら素直に聞けばいいんだ。回りくどいことは止めてくれ」

「っ……じゃあ、見せて。八体目のペルソナを、いま直ぐに」

 

 効率を優先した正論らしいことをいちいち癇に障る言い方で言われ、チドリは頭に血が上るのを感じながら、相手が言った通りに催促した。

 二人きりのときに限り、湊とチドリがこんな風に言い合う事は別に珍しくはない。一人で先を見据えて行動する湊に対し、何も伝えられていないチドリが説明を求めて絡む。

 幼い頃から、自分は危険なことに顔を突っ込んでいるというのに、お前はそんなことをしなくて良い、そんな事をする必要はないと行動を制限されてきた。

 相手が自分の身を案じていたり、自分のために行動していることは理解している。しかし、湊がチドリを想うように、チドリも湊の事を考えて手伝いたいと言っているのだ。

 それを湊は全く理解せずに、常に一方的に告げて反論されても聞き届けない。頑固というよりは独善的で、そこに正統性を感じたとして素直に聞く気にはなれなかった。

 故に、チドリは自分でも子供じみていると自覚しながら、湊を逃がさないように胸倉を掴んで、相手が召喚するのを待った。

 そして、それに対する湊の返事は、

 

「……勘違いしているようだから訂正しておく。こいつは“八体目”じゃない、俺自身から目覚めた“三体目”だ」

 

 “審判”のカードが砕けると同時、渦巻く風と共にチドリの背後に現れたのは翠玉の騎士。その姿と湊の口から語られた能力にチドリは耳を疑った。

 同時に、話さなかった理由もおおよそ理解する。その能力を一言で表すのならば『最凶』。

 そんな物を聞かされてしまえば、相手が黙っていたことを許すしかなく。

 湊が自らの内に三体目を戻してしばらくすると、チドリはもう怒っていないと示すように腕を絡め、肩に頭を乗せて湊と共にタルタロスを後にした。

 

 

 


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