【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百話 雪空の下で

12月23日(水)

午後――EP社

 

 十二月も残り一週間。世間は祝日で休みを謳歌しているのだろうが、テスト期間が終わってからは学校に行っていない湊は今日も研究室で作業をしていた。

 湊は過去に自分の細胞を基に作ったプロト・フルオーダーを経て、ラビリスとアイギスの生体ボディを作り、さらに自分の腕の予備として生体パーツの義手を製作した。

 今もその研究テータは残っている訳だが、人工骨格の研究を進めるうちにより優れた素材も手に入っていた。

 もっとも、だからと言ってラビリスとアイギスをさらに新しい身体にしようなどとは思わない。

 湊の腕は勿論、彼女たちの身体も金属探知機に引っかからない合金製で、本物の骨と同じように多少変形しつつも元の形に戻る形状記憶の特性も持っている。

 それでいて強度は人間の骨の数十倍だというのだから、四肢が千切れ飛ぶなどの問題が起きない限りは弄る必要もないだろう。

 では、どうして湊が今も生体ボディの研究を続けているかと言えば、単純に自分の生体義手をより高性能に出来ないか考えているかであった。

 確かに湊の右腕は生身の腕として使えて、昔付けていた“三連装アルビオレ・改”より遙かに高性能だ。

 神経は繋がっているし、血も通っている事で脈拍も測れる。湊の本気に近い打撃を繰り出したところで、骨にダメージがいっても強すぎる反動で自壊したりもしない。

 ただ、それだけの性能を持っていてもまだまだ生身の左腕に性能で負けているのだ。

 とはいえ、EP社を除いた世界の義肢研究の状況をからすれば、以前作った人間用に改修した三連装アルビオレの時点で数世代先を行っている技術だ。

 対シャドウ兵装用にパーツを作った桐条グループであっても、人間の義手として転用出来るとは考えておらず、仮に取り付けたとしても神経接続で動くようには出来ないだろう。

 

(やはり、現状ではこの辺りが限界か。人の身体としては十分なんだろうし、相性に不安が残る以上は新しい素材を試す時間もないしな。残る時間で研究しつつこれで妥協しておくか)

 

 この会社に入る条件として義肢の研究と開発への援助を求めたシャロンは、転職前に自分が作った世界最高峰の義肢とされていた物がただのマネキンの腕に思えると発言しており、ここでの研究データを応用して作った義肢は三連装アルビオレのさらに数世代進んだ品になっている。

 下手をすれば十世代は先を行っている生身以上の性能を持つ義手。その性能を生身で超えているというのだから、名切りの身体は実に研究し甲斐があるとはシャロンの言だ。

 いっそ通常のクローニングで新しい身体をつくり、その右腕を移植してから活性化した名切りの細胞と血で移植した腕を造り替えた方が手っ取り早いらしいが、自分の腕のために臓器提供用の人間を作る事など出来る訳がない。

 考えるまでもないと却下すれば、シャロンや他の研究員たちも安堵してから嬉しそうに笑っていたので、どうやら目的のために手段を選ばない部分と人命優先のどちらが勝つか僅かに不安を覚えていたらしい。

 別に自分が信用されているとは思っていなかったが、ラビリスの身体を作るときなどにクローンが出来たら、それをしっかりと一人の人間として育てるという話をしていたはず。

 他の者たちもそれは覚えているだろうに、結果をいくら積み重ねても信用しきれない部分があるとは、如何に自分が人間社会に馴染めていないかが分かると内心で溜息を吐く。

 

(さて、こっちは良いとして“月の欠片”の使い道も考える必要があるか)

 

 そうして、中身の成長が終わった培養器を生命維持モードに切り替え席を立つと、湊は作業台の上に置かれていた青く発光する岩石の前に移動する。

 岩石の大きさは大人の頭と同程度。これの他に似たような大きさの物が数十個と、軽自動車ほどの大きな塊がいくつかマフラーの中に入っている。

 これは復活して現世に戻ってきた際に、エリザベスの力で月面に突き刺した九尾切り丸を回収しようとして剥がれたニュクスの身体の一部だ。

 地球に落着していた黄昏の羽根はほぼ回収して十分なストックもあったが、月の表面が薄く剥がれただけの羽根よりも、小指の先程度だろうと結晶状態の方が効果が高いのは誰でも予想がつく。

 であれば、折角手に入るのなら持ち帰っておこうと回収しておいた物が、目の前に置かれている青く発光する岩石だった。

 

(俺の中にある結合した七枚の羽根“七熾天”とは違ったアプローチになるが、使える用途は多いはずだ。見た目こそ岩石というか鉱物なものの、黄昏の羽根と同じように情報と物質の両性質を持っている事は分かっている)

 

 湊の中にある結合した黄昏の羽根“七熾天”は、羽根の持つ力を増幅する性質をお互いに掛け合うことで、増幅させた力をさらに増幅させるという上限の無い増幅機関になっている。

 仮に一枚の羽根が十グラム、七熾天が七十グラムの羽根だったとして、湊の目の前にある岩石が百倍以上ある十キロの塊だとしても、恐らく増幅機能に限って言えば七熾天の方が上だ。

 七熾天は湊を想う少女たちが持っていた結合した羽根と、彼自身の持つ羽根が融合して生まれた特殊なもの。

 元の羽根とは性質が微妙に変化しており、さらに彼専用に自然と調整されたからこそ最上級の増幅機関になったのだ。

 いくら湊でもそれと同じ物は勿論、近い性能の物ですら作る事は出来ないと分かっている。

 ただ、それでも“月の欠片”と仮に名付けた岩石に使い道があるのは確実だ。

 第一候補としては湊の新しい人工骨格として利用すること。

 湊は死を認識出来る。そのためかニュクスとの相性は非常に良く、それを使った物との親和性が高い。

 他の者に使うとなると力の制御が利かなくなるなど不安が残るが、青年に限っていえば恐らくそういった事態は起こり得ない。

 だからこそ、湊は構造的に弱所となり易い上腕部の神経接続用アタッチメントを排除し、肩まで残っている右腕の骨を外して、肩の関節から先の骨を“月の欠片”製に取り替えた新しい腕を付けようかと考えていた。

 

(関節から入れ替えれば構造的な弱所はなくなる。また、骨が繋がっている事で全てが“俺の身体”として認識されるはず。そうすれば、右腕も左腕と同様の性能になってくれるはずだ)

 

 今の右腕でも普通に使う分には問題ないが、それでも出来る限りのことはして戦いに備えたい。

 幸いな事に湊の右腕全体の骨格模型は以前作られており、青年の持っている力を使えば岩石状態から骨の状態に加工することは簡単だ。

 残っている元々の骨を切除し、新しい骨に交換する作業はシャロンに頼むことになるだろう。

 下手をすると骨を交換した時点で湊の肉体と認識され、再生能力を使えば新しい骨に肉付けがされる可能性もある。

 だが、しっかりと保険をかけて右腕として培養し、元の腕が残っていて不要な上腕部分は後で切り捨てて繋げる方が確実だと思える。

 無論、本来の肉体の一部を捨てる事にシャロンが難色を示す事も考えられるが、その方が湊の元々の身体に近い性能になるといえば恐らく渋々ながら認めてくれるだろう。

 そう考えた湊は手に淡い光を纏わせて“月の欠片”に手をかざし、干渉を仕掛けると光の粒状態に変化させて自分の右腕骨として再構成してゆく。

 合金製の人工骨格を散々作ってきた事もあって、詳細なイメージさえあれば道具が一切いらないこの方法で加工出来る分、“月の欠片”は素材として優秀に思える。

 ただ、それは湊だから出来るのであって、シャロンたち一般の医者や技術者からすれば、データの取りづらい“月の欠片”は未知の研究素材以上の価値は今のところないだろう。

 

(よし。後は培養器に放り込んでおけば勝手に出来るだろう。細かな調整がいらないのは名切りの良いところだな)

 

 名切りの細胞は人間どころかタコやヒトデよりも優れた治癒能力を持っている。

 おかげで多少雑な調整をしたとしても、湊の細胞からであれば培養は楽に進むのだ。

 よって、慣れた湊は作ったばかりの人工骨格を新しい培養器に放り込み、自分の細胞が定着するよう最低限の調整だけ施すと自動設定にして作業を終えた。

 以前よりも早く培養出来るようになっているので、湊の細胞から作れば一週間もあれば右腕は完成するだろう。

 仮に全身を作るとなれば臓器の調整もあって一月以上の時間がかかるが、腕は構造もシンプルなので短時間で出来るのだ。

 ほとんど思い付きのままに新しい腕を作るのは如何なものかと思うところだが、湊にすればこれまで何度も作ってきた右腕の予備に過ぎない。

 作業が終わればここにいる意味はもうないため、湊はロックを解除して部屋を出る。

 彼の私的な研究室は幹部であっても立ち入り禁止。たまに湊が一緒にいれば招くこともあるが、それは見られても問題ない研究室であって、先ほどまでいた最上級のセキュリティランクの研究室ではない。

 他の者たちもそれらの研究室が存在することは知っているが、所属する際に勝手に立ち入ろうとする者は許さないと忠告済みだ。

 おかげで湊の研究室しかないこのエリアには誰も近付かないのだが、研究中は邪魔されたくないからと電源を切っていた携帯を見れば、アイギスから会社まで会いに来るという連絡が入っていた。

 以前はゲストIDで入ってこられたアイギスたちも、今はそれらが凍結されて自由に出入り出来なくなっている。

 となると、会社や研究室には立ち入ることも出来ないので、同じ敷地内にある広場や食堂で待つことになるだろう。

 培養器の観察や新しい人工骨格を作っている内に時間も過ぎ、既に夕方を越えて夜と言っていい時間だ。

 今日は雪が降るという予報だったので、電車が動いている内に帰すにはすぐ用件を聞くしかない。

 こんな時期に一体何の用だと思いつつ、小さく溜息を吐いた湊は地上へ向かうためのエレベーターに乗った。

 

夜――港区・新興開発地区

 

 チラチラと雪が降り始めるのを見ながら、アイギスは公園のベンチで彼が来るのを待っていた。

 白いダッフルコートに深緑のチェック柄マフラーを巻いているが、海に近く雪も降る気温となれば吹いてくる風も冷たい。

 だが、生身で感じる初めての冬という事もあり、以前湊を探しに向かったドイツの雪原を思い出しつつ、もう少しだけ待ってみようと彼女は街灯に照らされる雪を眺めている事にした。

 音もなく降りてくる雪を見ながらアイギスは彼の事を考える。

 最近、彼とは会っていない。電話もメールも通じず、何をしているのかも分かっていない。

 期末テストだけは受けに来ていたが、それを最後に学校に来なくなったので、また何か無茶をしているのではと心配になってくる。

 もしかすると、自分がいれば他の者たちを惑わせるからと気を遣い。全員がどういった答えを選ぶのか待っている可能性もある。

 それならば、既に全員が選んだことを彼に伝えたい。貴方との絆を犠牲にしたりはしないと、自分たちも一緒に最後まで抗い続ける覚悟だと。

 もっとも、それも彼が来なければ伝える以前の問題だ。

 これまで何をして過していたのか、クリスマスには用事があるのか、色々と話したい事がある。

 だから、どうか来て欲しい。そう思っていれば、石畳に靴底をぶつけて歩く音が聞こえてきた。

 普段の彼ならば癖で足音を消していただろうが、今はその必要はないからと編み上げブーツでコツコツと小さな足音を立てている。

 オリーブドラフ色のコートに黒いマフラーを巻いて現われた青年は、少女の嬉しそうな笑顔を見て小さく嘆息する。

 

「……こんな時間まで何してるんだ。風邪を引く前に帰れ」

「八雲さんを待っていました。もう少し待って来なければ帰ろうと思っていましたが、来てくださって嬉しいです」

 

 言いながらアイギスはベンチから立ち上がって湊の前まで歩いて行く。

 彼女も別に一日中ここにいたわけではない。湊の都合もあるだろうからと三時くらいにやってきて、それから約四時間ほどここで待っていただけだ。

 無論、人によっては十分待ち過ぎだと思えるような時間をここで過していたのだが、結果から言えば彼に会えた以上待っていた甲斐があったと言える。

 久しぶりに会った湊の様子は普段通りだ。順平に八つ当たりされて傷ついているだろうと心配していたが、テスト期間最終日に順平から謝罪されたとは聞いているので、どうやら彼自身もその事は引き摺っていないようだ。

 

「八雲さん、学校をお休みされている間は何をしていたんですか?」

「……別に。会社の仕事と多少タルタロスに潜ってたくらいだ」

「そうですか。あの、今日は八雲さんの予定を聞きたくてきたんです」

 

 湊の言葉を聞いてやはり彼は一人でタルタロスに行っていたのかと納得する。

 無気力症患者の増加が僅かに緩やかになったのだ。今の状況で自然に勢いが弱まるとは考えづらい。

 となれば、一般人への被害を出来るだけ食い止めようとする青年が動いていると見て間違いないと少女も思っていた。

 ただし、今回会いに来た用件とはあまり関係ないので、あまり遅くなるのもどうだろうかと早速アイギスは本題を切り出した。

 もしこれを聞き忘れて明日のパーティーに参加すれば七歌たちに怒られるに違いない。

 メールでは詳しい用件は書いていなかったので、ここで初めて湊もその話を聞くことになった訳だが、読心能力を切っている状態では流石に詳細まで理解出来ないのか湊は聞き返してくる。

 

「予定っていつのだ?」

「クリスマス・イヴです。七歌さんたちが寮でクリスマスパーティーをするのでご一緒にどうですか? 大勢が嫌なら一緒にどこかへお出かけするという事も出来ますが」

 

 皆と一緒に初めてのクリスマスを楽しむのはきっと楽しいだろう。

 けれど、自分の愛する人と二人きりで過すクリスマスが特別な物だという知識も彼女は持っている。

 ゆかりがよく読んでいるファッション雑誌には、クリスマスデート特集という記事もあったので、自分と湊ならば何の問題もないだろうと僅かな期待を込めて彼の答えを待つ。

 すると、コートのポケットに手を入れたまま立っていた湊は、普段通りの平坦な声で返してきた。

 

「……俺はいい。君たちだけで楽しんできてくれ」

「何かご予定が?」

「特別何かがあるわけじゃないが、仕事は常にあるからな。小さい病院から無気力症患者の受け入れに関する話も進める必要がある」

「それでは、夜に食事だけ参加するというのはどうですか? 皆さんも八雲さんに会いたがっていました」

 

 湊がEP社を手に入れてまず病院を作ろうとしたのはこういった状況を予想していたからだ。

 桐条グループ傘下の病院だけではベッドが足りず、仮に足りたとしても他の病気や怪我で入院の必要がある患者を受け入れる余裕がなくなってしまう。

 それを避けるには大勢の患者を受け入れるだけの規模を持った病院を用意するしかない。

 計画するだけなら簡単だろうが、土地の確保や人員を用意するなど莫大な資金が必要になる。

 “久遠の安寧”を傘下に治めた事でそういった問題を解決し、実際に今も増え続ける無気力症患者を受け入れて社会に貢献しているのを見れば、彼が誰よりも真剣に影時間と向き合ってきたことが分かった。

 ただ、それでもいつも無茶をしている彼ばかりに負担が行くのはダメだと、アイギスは短時間でも気分転換するべきだと提案する。

 

「八雲さんは皆さんが選ぶまで待っていてくださるのかもしれませんが、既にどちらを選ぶか全員が決めています。だから、少しだけその事は忘れて一緒に食事をしませんか?」

 

 湊の雰囲気は普段通りだが、その眼は蘇ったばかりの時より僅かに暗くなっているように見える。

 疲れているのか、何か問題を抱えているのか、アイギスには詳しい事は分からないが、それでも仕事ばかりしている彼に心の休息が必要な事は何となく理解出来た。

 だからこそ、アイギスが食い下がってジッと彼の事を見つめていれば、相手がいかに頑固でしつこいかを知っている青年は、溜息を吐いてから諦めたように口を開いた。

 

「はぁ……時間は?」

「六時頃からです。途中レクリエーションを挟みますが、食事をしながらという形ですので、食事をされるならその時間から来ていただければ良いかと。無論、その前にわたしと二人で出掛ける事も可能です」

「……一時間くらいなら買い物に付き合える。クリスマスプレゼントが欲しければ移動時間を考慮しつつ、時間を逆算してここに来い」

「では、三時頃に来ます。着いたら連絡するので、八雲さんはそれから出てきて貰えれば大丈夫です」

 

 湊がこの後も仕事に戻ると分かっているのか、アイギスはEP社からここに来れば良いと明日の待ち合わせについて話す。

 もっとも、一時間買い物してから寮に移動するのであれば、待ち合わせは四時ぐらいが適正だ。

 それを三時と早めの時間で伝える辺り、アイギスも七歌たちの影響を受けて中々に強かに成長しているらしい。

 都内の地図が頭に入っている湊はそういったアイギスの狙いに気付いているが、ここでは何も言うつもりがないのかアイギスを駅まで送るために歩き出す。

 

「詳しい話は後でメールしてくれればいい。とりあえず、今日は駅まで送る」

「ありがとうございます。では、巌戸台駅までお願いします」

「…………寮まで転送してやろうか?」

 

 湊は現在地から最寄り駅まで送るつもりでいたというのに、アイギスは湊の発言を逆手にとって寮の最寄り駅まで送ってもらおうとしてきた。

 一体誰の影響だろうかと湊は少し頭が痛くなったが、候補者が多過ぎて特定出来そうにないため思考を放棄する。

 一応正解を言っておけば、最初から彼女は一番大切な人に関する事だけは強かだったので、誰の影響というわけで無く完全に地の性格である。

 七歌、チドリ、ゆかり、ラビリスなど影響を与えていそうな候補が多い事で気付かなかったが、アイギスが割と本気で言っていると分かっていた湊は、彼女の要望通り……という事は無くEP社の最寄り駅まで送って会社へと戻るのだった。

 

 

 


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