【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百二話 彼女たちの選択、彼の選択

夜――巌戸台分寮

 

 世のカップルたちがデートに勤しんでいる頃、巌戸台分寮では女子が中心となってクリスマスパーティーの最終確認を行なっていた。

 急遽決めた割りには全員が乗り気で準備も滞りなく進み、寮の入口横にあるカウンターの前にはそれなりに立派なクリスマスツリーが置かれている。

 

「もうすぐアイギスたち着くってさ! 料理の盛り付け始めちゃって!」

「了解! さぁ、男子どもチャキチャキ働くのだ!」

 

 携帯に届いたメールを確認したゆかりがキッチンに向けて声をかけると、七歌が返事をして大皿に盛り付けた料理を男子らに渡してゆく。

 料理を作ったのは七歌・美紀・ラビリス・荒垣がメインで、他の女子たちも手伝ったりはしたが、男子たちは基本的に部屋の飾り付け担当になっていた。

 どちらが大変かは個人の能力によるだろうが、料理を作って貰ったなら運ぶのは自分たちの仕事という認識があるのか男子たちは文句も言わず大皿をテーブルへと運ぶ。

 用意した料理は洋風、和風、中華にエスニックと多国籍だ。

 クリスマスの本来の意味を考えると、最早何のために祝おうとしているのかも分からないが、日本において宗教行事というのは企業が儲けるための口実であり、また市民らが日常を忘れ騒ぐための理由付けである。

 何せ自国の宗教である神道のトップが生まれた日には何もしないのに、その翌日にある海外発の宗教の前夜祭は祝うのだ。信心などある訳がない。

 ここに集まっている者たちもそれは同じで、全員が揃うまでに準備を終えるぞと忙しなく動き、物置から出してきたテーブルも繋げて用意した長いテーブルに次々と皿が置かれていった。

 そうして、後は二人の到着を待つばかりとなったところで、入口の扉が開くとつまらなそうな顔の青年と腕を組んだ笑顔の少女がエントランスに入って来た。

 

「すみません、遅くなりました」

「謝る気があるなら八雲君と腕組んで入ってくるんじゃねーよ、タコ助!!」

 

 青年に体重を預けるように身を寄せ、普段より美少女度が数割増しになって微笑んでいるアイギスに向けて、ぶっ殺すぞテメェと七歌はトナカイカチューシャを投げつける。

 今日はみんなでクリスマスパーティーを楽しむために集まっているが、今回の催しは一昨日決まった突発的なイベントである。

 それに寮生やその関係者たち全員が参加しているという事は、逆を言えば誰一人として予定がなかったという事だ。

 世間では、カップルや意識し合っている男女などが共にすごし、心の距離を縮めていたりするというのに、年頃の少年少女が十数人もいて一人もそういった話がないとは何とも色気のない集団である。

 ただ、全員が同じ条件であれば、傷の舐め合いかもしれないが、仲間意識が芽生えて心地よい一体感すら覚えるようになる。

 自分たちは最高の仲間。その仲間と一緒にすごすパーティーなら世の中のカップルのクリスマスデートにだって勝るとも劣らない。

 そう信じていたのに裏切り者が出れば誰だって怒って当然だと、七歌が投げたトナカイカチューシャがアイギスに向かって飛べば、アイギスは湊の左腕と組んでいる右腕はそのままに自身の左手だけで器用にそれをキャッチした。

 上手くキャッチされた七歌は悔しげに舌打ちをする。

 だが、その一連の流れを見ていた女子たちは、トナカイカチューシャをキャッチしたアイギスの左手に見慣れぬ物が輝いている事に気付く。

 最初に反応したのは今も腕を組んでいる二人に対し胸中穏やかでないゆかりだ。

 

「アイギス、左手の指に嵌まってるそれって……」

「これですか? 八雲さんにプレゼントで戴きました」

 

 尋ねられた少女は満ち足りた表情で左手薬指に嵌まった指輪を皆に見えるようにかざす。

 上品なプラチナのリングに、深い蒼色の小さなブルーサファイアが埋め込まれており、それを見た女子たちは青年の持つ魔眼の色を咄嗟に思い出す。

 恐らくアイギスもそういった事を考えてその色の宝石を選んだのだと思うが、どう見ても非常に高価な指輪をクリスマスプレゼントとして贈られ、それが左手薬指用だとなればその意味も想像がつく。

 けれど、確認するまではあくまで疑惑。彼に限ってそんなはずはないと緋色の髪をした少女が裏切り者の可能性がある少女に低い声で尋ねた。

 

「ねぇ、それ付ける指間違ってるわよ。もしくは、左手じゃなくて右手でしょ?」

「いいえ、ここで合っています」

「……どういう事?」

「ご想像の通り、“そういう事”です」

 

 皆で楽しくクリスマスを過そうという話だったが、集まっている女子のほとんどが想いを寄せている青年を掻っ攫っていった裏切り者の登場によって場に緊張が走る。

 天田はともかく、真田や順平など男連中は湊に視線を向け、タイミング考えろよと責めるように見ていた。

 アイギスは勿論、湊もアイギスをあれだけ大切に想っていたのだから、二人がそういった関係に落ち着くことは十分にあり得た。

 けれど、今日はこれまでの慰労と最後の戦いに向けた決起集会としての意味合いもある集まりだった。

 だというのに、人間関係で一番ややこしくなり易い男女関係で問題を起こすとは、これではパーティーを楽しむどころではなく、新たな争いが勃発しかねない。

 女性陣で最も中立な立場をとれる美鶴が怒気を発する女子たちを宥めようと口を開きかけては、恋愛経験ゼロが足を引っ張ってか何を言えばいいのか分からず口を閉じる事を繰り返す。

 また、妹が幸せなら譲ってもシェアでも良いと言っていたラビリスも、アイギスと湊の交互に見てから何か言おうとするが、第三者が言うよりも当事者が話した方が早いと思ったのか湊が口を開いた。

 

「……この指輪はアイギスが強請ったから買っただけだ。アクセサリーならともかく指輪を買うつもりなんてなかったのに、以前した言うことを一つきく約束を使って左手薬指用の指輪を要求してきた。まぁ、気に入っているなら別に良いが、それ自体に親愛以上の深い意味はない」

「あ、どうして言ってしまうんですか!」

「料理が冷めるからだ」

 

 アイギスはライバルたちを牽制するためにわざと意味ありげに言ったが、実際はドイツでの一騎打ちで保留になっていた約束を理由に買わせただけだった。

 もし、それが無ければアクセサリーならピアスかネックレス辺りを買っていたし、アクセサリーを離れて服や鞄に家電用品を買っていた可能性だってある。

 既にテーブルに料理が並んでいる事から事態の収拾を優先した湊がそれを告げれば、他の者たちも料理のことを思い出したのか動き出す。

 

「あ、そうだった! 八雲君はともかくアイギスは荷物置いたり着替えたりがあるんだから早く行ってきて! で、八雲君は手土産って話だけど料理かデザートで出して貰うタイミング変わるんだけど?」

「一応、どっちもある。料理は寿司だが、被らない物ならもう何品か出せる」

「ほーん。手作り? それとも虎膳?」

「……面倒だから自分で握ったやつだ」

 

 虎膳とは以前アイギスがお土産に持って帰ってきた江戸前鮨の有名店の名前だ。

 ただ、一見さんお断りなだけでなく、そもそもお持ち帰りはやっていないので、湊のように昔からの知り合いで余程気に入られていない限りは二度と来るなと言われて終わりである。

 そんな店の寿司を持ち帰り出来る希有な存在である青年ではあるが、流石にこの人数で食べる量を握って貰うのは無理だと思っていたので、今回持ってきたのは彼が事前にストックしていた自作の寿司だった。

 着替えるためにアイギスが去って行くと、湊はマフラーからそこそこの大きさの寿司桶を三つ出し、それらを七歌に渡して自分は脱いだコートをマフラーに仕舞って過しやすい格好になる。

 

「おぉ、見事なネタの光り具合。改めて無駄に高いスペックですなぁ」

 

 七歌も育ちが良いこともあって寿司の善し悪しは見ただけで分かる。

 他人が食べる物を料理するときには基本的に手を抜かない青年が握っただけに、手土産の寿司はネタの状態は最高といって良く光って見える。

 鮮度が命のネタは新鮮なまま活かし、旨みを求めるネタはしっかりと熟成させてから使っている。

 これは食べるのが楽しみだとテーブルへと移動させ、風花や美紀に醤油の皿とワサビの準備を頼む。

 その間に湊は手を洗って戻ってきて、着替えたアイギスも戻ってきた事で全員の準備が整った。

 席順は特に決めていないが湊の隣を狙う者がいることは容易に想像出来るので、彼を入口に近い下座に座らせ他の者たちは適当に席についてゆく。

 それぞれの手に持ったコップにジュースが注がれている事を確認し、準備は良いなと一同を見回した七歌が立ち上がって音頭を取る。

 

「よーし。それじゃあ、パーリィーの時間だぁ!! メリークリスマースッ!!」

『メリークリスマース!』

 

 本来はマナー違反な行為に当たるが、学生のホームパーティーならば関係ないとコップをぶつけて乾杯する。

 そして、ジュースを少しばかり飲めば、ここからは楽しい戦いの時間だとばかりに七歌は皿を持って料理を取りに手を伸ばした。

 

「しゃあっ、エビフライもらったぁ!!」

「オレっちは大トロとウニをゲットだぜ!!」

「ちょっ、こら、意地汚いことやめなさいよ!」

 

 七歌に続いて順平まで他の者に先んじて狙った料理を素早く確保した事で、流石に行儀が悪いとゆかりが注意する。

 料理は十分に用意されており、足りなくなる事は恐らくない。

 まぁ、ほぼ際限なく食べる事が可能な湊の事は考慮していないが、この場にいる人数より五人前以上多く用意している事を考えれば十分と言えるだろう。

 仮に足りなくなっても湊が後から追加で出せるとも言っているので、小学生の天田がいる前で大人が意地汚い事をするなと叱りつけるのはある意味当然だ。

 美鶴は苦笑し、真田や荒垣は呆れたような顔をしているが、彼らと近い位置に座っている順平がさらに高級な寿司ネタのものを取ろうとすると慌てて動いた。

 

「順平、寿司ばかり食うな!」

「つか、テメェ狙って高いやつばっか食おうとしてるだろ!」

「誤解っすよ。ほら、寿司は乾いたらマズくなるから先に食べようとしてるだけっす!」

 

 それを言うのなら他の料理も冷めれば不味くなるだろう。

 すぐに順平の嘘を見破った二人はアイコンタクトで連携して妨害し、順平には寿司が回らないように動く。

 離れた位置にいる湊の周辺に座っている女子たちは馬鹿かと呆れ、自分たちは関係ないとばかりに彼らの存在をスルーして食事を楽しんだ。

 

***

 

 主な食事やミニゲームなどの催しも終わり、残るはデザートであるケーキを食べれば終わりという段階になった。

 既に全員がゆったりと雑談をする空気になっており、手分けして用意した紅茶やコーヒーが各自の前に置かれてゆく。

 ほとんどの者は紅茶で、コーヒーは湊くらいのものだったが、七歌たちが買ってきたケーキに加えて湊の持ってきたケーキもあったため、大きめの皿に各一切れずつ載せられて配られる。

 七歌たちが用意したのは定番のイチゴのショートケーキ。上には砂糖細工のサンタなどが乗っている。

 対して、湊が持ってきたのはチョコベースのブッシュドノエル。こちらもクリスマスには定番のものと言えた。

 まぁ、湊の場合は様々なケーキを収納しているので、被らないように選んで出したのだが、女性陣が主に喜んでいるのでそれで正解だったのだろう。

 全員に飲み物とケーキが配られ、冬休みの予定などを話すかと思いきや、メンバーたちはケーキに手を付けずに湊に視線を集める。

 他の者たちに見られている青年は構わずコーヒーを飲んでケーキを食べ始めるが、何か話があるというのは分かるので視線だけは他の者たちにも向けていた。

 すると、一同を代表してかチームの指揮官である七歌が湊に声をかけた。

 

「八雲君、綾時君との約束の日までまだあるけど、全員が答えを選んだからそれを聞いて欲しいの」

「……そうか」

 

 言ってみろとコーヒーに口をつけつつ先を促す湊。

 実際のところ、湊は彼女たちの選択に興味は無い。

 他の者は選択によっては記憶を失うが、どちらを選んでも彼が戦う事だけは確定しているのだ。

 ここで全員が戦いを降りると告げたとしても、悩んだ末に選んだ答えならばこれまでの戦いを労って別れることが出来る。

 もっとも、そういった答えには到らなかったようで、集まっている者たちの瞳には先日まではなかった決意の光が宿っていた。

 これならば聞くまでもないと思いつつも、湊が答えを待っていれば七歌がしっかりとした口調で話す。

 

「私たちは、綾時君を殺さない」

「……その先に待っているのが絶望だとしてもか?」

「うん。私たちはニュクスと戦う。生きることを諦めたくないから」

 

 自分たちは勿論、大切な人たちが死ぬのなんて絶対に嫌だ。

 それを阻止する可能性が僅かにでもあるのなら、自分たちは最後の最後まで諦めたりはしないと七歌は言った。

 集まっている者たちもそれに頷いているので、どうやら全員の覚悟は既に固まっているらしかった。

 あの日、ニュクスは戦ってどうにかなる存在じゃないと伝えたというのに、こうまで諦めが悪い者ばかりだと逆に感心してしまう。

 本当に最後の瞬間までその気持ちを維持出来るかは分からないが、選んだ答えがそれで良いなら分かったと湊もケーキを食べながら頷いて返す。

 

「そうか…………まぁ、どうでもいいが」

「ちょっ、それ、言い方っ」

 

 自分たちが数週間悩み抜いて選んだ答えを、本気で興味がないように言われてゆかりが思わず突っかかる。

 他の者たちも彼のリアクションに微妙な顔をしているが、話は済んだという事でケーキを食べつつ、湊がいなかったことで詳しく聞けなかった今後の話などをするため美鶴が尋ねた。

 

「有里、改めて確認しておきたいんだが、君はニュクスがどういった相手か知っているのか?」

「ええ。死後の世界で実際に相対した事もありますし。死の概念を理解している関係で俺の精神の一部は常にニュクスに触れている形になるので、相手がいつ目覚めるかも感覚で分かります」

「触れている? それは、大丈夫なのか? その、精神の浸食などはないのかという意味だが」

「問題ないです。触れているとは言いましたが、イメージは観測者に近いので」

 

 湊の魂は基本的には肉体と同じ世界に存在する。

 チドリの蘇生で命を燃やし尽くした時には肉体を離れてしまい。そのまま、“あの世”と呼べる世界に移動してしまったが、肉体が現世にあったとしても時間経過で復活した可能性はあった。

 そんな現世と常世を行き来可能な魂を持つ青年ではあるが、死を理解したことで綾時を介さずにニュクスと“縁”を結んでしまっている。

 あちらから湊に干渉してくる事はないものの、湊自身も相手の存在を感じる以上の事は何も出来ない。

 ニュクス復活までの時間をほぼ正確に把握出来る事が利点と言えば利点だろうか。

 また、観測者として魂がニュクスの存在を感じ続ける事で、死に近付く事により上昇する適性値が今尚増え続けている事もその恩恵の一つと言える。

 デメリットらしいデメリットはなく、強いて言えば死を理解する事で精神に異常をきたすくらいだが、湊にはほぼ関係が無い話なので彼にすればニュクスとの繋がりは得しかない。

 それよりも、ニュクスと戦うと決めたのならば、問題となるのはニュクスを討たせまいと立ち塞がる存在だと湊は続ける。

 

「……ニュクスの先兵と言えるデスだが、完全体となったそれは俺とほぼ同等の攻撃力を持つ。十二体のアルカナシャドウの力と経験も吸収しているので、お前たちの力は把握されていると思っていい」

「マジかよ……。けど、同等なのが攻撃力だけって、耐久力だとか他の能力はシャドウであるあっちが上ってことか?」

「逆だ。俺には盾を含めた防御技があるけど、デスは壊すことしか出来ない。だから、ペルソナを使って戦えばまず間違いなく俺が勝つ」

 

 アイギスが彼と戦った日に見たデスの姿を思い出し、順平は確かにとんでもなく強そうだったなと勝手に一人で納得しかける。

 綾時と一緒にタルタロスへ行っていた順平は相手の強さを十分知っている。

 使っていたペルソナはタナトスだけながら、その強さはワイルドの力を持つ七歌以上であったことは間違いない。

 そのため完全体となったデスの方が湊よりも強いと予想した訳だったが、デスはニュクスの力を誰よりも濃く受け継いでいるため、力の性質が破壊に寄っていてセイヴァーの盾のような防御に特化した技を持っていない。

 もっとも、通常のシャドウがニュクスの力の数十億分の一以下の力しかない欠片であるのに対し、デスはニュクスから直接分かれ権能を一部受け継いでいる神に最も近い存在である。

 元から有している力の規模が違うために、並みの攻撃では直撃してもダメージを与えられないだけの耐久力を持っており、防御に特化した技などそもそも必要ないという事情もある。

 その事を伝えれば、湊の方が強いと聞いて安心していた者たちも顔を顰め、デスに加えてストレガたちの相手もするとなれば誰が誰の相手をすべきか非常に難しいと七歌らも悩み始めた。

 

「うーむ。幾月の力はよく分かってないけど、少なくとも沙織と理っていう航空戦力が二人はいるんだよね。そこを八雲君に抑えて貰うとすれば、デスとストレガたちは完全に私たちで当たる訳かぁ」

「あのデカいペルソナの相手すんなら、俺やアキみたいな物理向きのやつが行く必要があるだろ」

「シンジの言うことも分かるが、俺はカズキとかいうパーカーの男と決着を付けたい。勿論、殺すつもりはないが、落とし前を付けさせないと気が済まない」

 

 巨大なペルソナであるテュポーンは通常攻撃だけで物理スキル並みの威力を出してくる。

 魔法スキル主体のペルソナではスキルを放つ前に攻撃され、恐らくまともに戦う事も難しくなると予想される。

 それを考えて荒垣は自分たちが相手をした方がいいと提案したが、真田が別の人間と戦いたいと返した。

 影時間の戦いは遊びではない。誰とやりたいなどと自由にさせる訳にはいかず、普通であれば美鶴や七歌も真田の意見を却下するところであったが、彼が口にした落とし前という言葉でどうしてカズキと戦う事を希望したか理解出来たため、確認の意味も込めて美鶴が尋ねた。

 

「明彦、お前がカズキと戦いたいのは美紀の件が理由か?」

「そうだ。確かに美紀は助かった。危険な影時間に関わる原因となった適性は失ったまま、有里との思い出を含めた影時間の記憶も戻ってきた。状況的に言えば以前より今の方が安心出来るが、有里に頼めば危険もなく適性を捨てる事は出来ただろう」

「ふむ。復讐ではなく、あくまで落とし前を付けさせるだけだな?」

「ああ。ただ、骨の一、二本は覚悟して貰うぞ」

「こちらを殺しにくる相手にその程度は十分許容範囲だ」

 

 相手は裏稼業で人を殺してきた人間だ。こちらを殺す気で襲ってくる敵を相手に、怪我をさせないようにと気を遣ってはいられない。

 真田の様子から復讐の黒い感情は見られないと判断した美鶴が頷いて返し、出来る限り少年の希望に沿うように作戦を立てる事を約束する。

 となれば、荒垣の他に誰がテュポーンを抑えに回るかが問題だが、そういった話を進めようとしたタイミングで、何やら微妙な表情を浮かべたゆかりがストップをかけた。

 

「ってか、今日はクリスマスパーティーですし。そういう話は明日以降にしません?」

「まぁ、確かに今話しても一緒やしな。ウチもゆかりちゃんに賛成やわ」

「八雲さんが用意してくださったケーキがとても美味しいです。戦い事ばかり考えて上の空で食べるには勿体ない味かと」

 

 ゆかりやラビリスたちに指摘されたメンバーたちは、確かに戦いのことばかり考えてケーキを味わえてなかったと反省する。

 しっかりと目の前のケーキに集中して味わってみれば、成程確かに極上の味だと思わず頬が緩んだ。

 これを前に物騒な話をしていたとは、気付かぬうちに最後の戦いを意識して余裕を失い始めていたのかもしれないと美鶴も苦笑いを浮かべる。

 

「ああ、確かにこれは考え事をしながら食べて良い物ではないな。すまない、八雲。せっかく用意してくれたのに失礼な事をした」

「羽入がよくねだってくるから作って置いたストックの一つですし、別に気にしてません」

 

 七歌たちが用意したケーキは美鶴がスポンサーになっている。なので、それが近所の商店街にあるケーキ屋で買ってきたものだと知っていた。

 一方、湊が用意したのは全て彼が金銭の負担しているため、こんなにも上等なケーキを用意してくれたのに申し訳ないと謝った訳だが、無意識に湊を名前で呼んだ美鶴は聞き逃せない単語が混じっていた事で驚きながら、先ほどの言葉が聞き間違いでないか改めて確認を取る。

 

「こ、これは君が作ったのか?」

「あぁ、そういえば前に私の誕生日にケーキ作ってきた事あったね」

「湊君、基本器用やからね。かすみちゃんとかに頼まれてケーキ作ってたから慣れてるんよ」

 

 本人は何も答えなかったが、代わりにゆかりとラビリスが答えた事で、皆の前にあるブッシュドノエルが湊の作った物であると確定する。

 舌の肥えた美鶴も満足出来る味に、見た目も売り物としか思えないほど美しかった。

 一つ下の後輩に頼まれてケーキを作るのも珍しいが、そのクオリティがプロ並みである事には驚きを超えて、むしろツッコミ所かと思ってしまう。

 美鶴以外にも男子連中などが信じられないという顔で湊を見ているので、美鶴だけがこの特技を知らなかった訳ではないようだ。

 料理と製菓は共通する部分もあるが、やはり異なる技能が求められる。

 子どもに頼まれるくらいでプロ並みのケーキを作れるようになるのは才能の無駄遣いに思えるが、実際にこうやって食べてみるとその道で生きていけばいいのではと思ってしまう。

 普段は背伸びして大人ぶっている天田も、美味しい物の前では笑顔を隠せないのかケーキを頬張りながら呟いた。

 

「これだけ作れるなら将来ケーキ屋とかになれそうですよね」

「……仕事で使えるから習得した技術だ。本職でやる気は無い」

 

 どれだけ他人から羨まれるような才能であっても、湊にとっては裏の仕事で使えるかもと習得した技術の一つでしかない。

 毒殺は依頼人からの指定が無い限りは使ってこなかったので、料理に毒を盛ることはなかったが、彼の料理はそういった使い方も考慮されて用意していたものである。

 本職の人間が聞けば激怒しそうな内容だけに、湊本人もその道に進む気はなく、それを聞いた他の者たちは少々勿体なさそうな表情を浮かべる。

 ただ、こうやって自然に将来の事を話せるのはいい時間だと、他の者たちも高校卒業後の進路やどういった仕事に就きたいかを話し始めた。

 ニュクスに勝てば未来は続く。だからこそ、自分たちは将来の事もしっかり考えていくんだと、メンバーたちは笑顔でお互いの夢や希望を語り合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月30日(水)

影時間――ムーンライトブリッジ

 

 七歌たち特別課外活動部とその仲間であるチドリらが共にクリスマス・イヴを過してから約一週間。

 首に黒いマフラーを巻き、ベルトで身体の左右に太刀を吊した青年が一人静かに歩いていた。

 緑色に塗り潰された不気味な空の下、かつん、かつんと静かにブーツの底を鳴らし彼は進む。

 海の方から流れてくる風で揺れる長い髪を、青年はマフラーから取りだした紐でまとめて結い上げていく。

 器用に頭の後ろで髪を結い。その間も橋の上を歩きながら、彼は橋の中央を目指した。

 進むにつれて心が冷えていく。感情が削ぎ落とされていき、小狼として仕事をしていた時と同じ雰囲気を纏う。

 自分は定めた目的を達成するための機械であると。思考と感情を切り離して、目的を遂行するために最善の状態に到るように自己暗示を掛ける。

 そうして、静かに歩き続け、橋の中央辺りまでやって来れば、青年の視線の先に一人佇む少年の姿が映った。

 相手もやってきた湊に気付いたようで、黄色いマフラーを揺らしながら微笑みかけてくる。

 

「やぁ、久しぶり」

 

 およそ一ヶ月ぶりの再会。友人である湊の顔を見た綾時は、嬉しそうに笑って挨拶をしてきた。

 だが、ただ一人の友人からの挨拶に湊は何も返さず、一定の距離を開けたところで立ち止まると、静かに息を吐いて“蒼い瞳”を相手に向けた。

 

「……デス、お前を闇の皇にはさせない」

 

 “闇の皇”、それは以前幾月が七歌たちに語った預言書に書かれていた内容だ。

 滅びを導いた“闇の皇子”は人々に救いを与えた後、“皇”となって新世界に君臨する。

 幾月はそれがデス自身の事を指しているとは気付かなかったようだが、湊はニュクスが現われるまでの流れからその預言がデスの事を伝えているんだと気付いた。

 だからこそ、湊はそれを止めると純粋な殺意の籠もった瞳を向けて綾時に言い放った。

 友人から向けられた瞳と言葉の意味を理解するのにそう時間はかからず、こうなる事は分かっていたのか悲しげに笑ってから表情を引き締め、湊と同じように冷たい瞳になって言葉を返す。

 

「なるほど。なら、僕も役割に沿った対応をしよう。……百鬼八雲、君の存在は危険だ。君のその瞳は、力は、我らが母なる存在を殺し得る。ニュクスの子として、君を生かしておくことは出来ない」

 

 言い終わると同時に綾時は何もない空間から長大な西洋剣を呼び出し構える。

 それに呼応するように湊も左右の腰に下げた太刀を抜き、両手に持って構えて告げた。

 

「十年前の戦いに決着を付けよう――――デス、お前を殺す」

 

 言い終わるかどうかのタイミングで湊は地面を蹴って駆け出し、それを見ていた綾時も駆け出し相手に接近すると両手で持った剣を振り下ろす。

 人型の状態のまま発揮される綾時の持つシャドウとしての力、その渾身の一撃を交差させた二刀で湊が受け止めると、甲高い音を立ててぶつかり合った武器からは激しい火花が飛んだ。

 

 


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