【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百四話 二人の戦い

影時間――ムーンライトブリッジ

 

 風花が衝突する二つの巨大な気配を感じ取り、それが湊と綾時だと分かるなり七歌たちは走っていた。

 確かに綾時は湊が自分を殺してくれることを望んでいた。

 親しくなった者たちが苦しむ姿を見たくない。残された時間を心穏やかに過して欲しい。

 神であるニュクスには勝てないと分かっているからこそ、綾時は仲間に事情を話す際に自分を殺せる青年にその思いを伝えていた。

 十年前、ポートアイランドインパクトと呼ばれる爆発事故の裏側で起きていた世界の存続をかけた戦いで出会ってから、二人はずっと一緒にいて互いを友達と認め合うようになっていたという。

 ニュクスに挑むかどうかを考えるよりも先に、青年に友達を殺させる訳にはいかないという想いがあった。

 我が身可愛さから友達を殺せと命じるなど、そんな恥知らずな真似をするほど少女たちの性根は腐っていなかった。

 自分たちの力を足してもその背中すら見えない青年たちが、戦ってどうにかなる相手じゃないと断言した神が敵だ。

 当然、怖い。何をどうすれば良いのかも未だに分かっていない。

 それでも、戦うと、抗うと決めたからこそ、彼女たちは残された時間で少しでも強くなろうと思っていた。

 先日のクリスマスパーティーでその事を湊に伝え、彼も分かったと言ってくれていた。

 だというのに、どうして返事をする期限直前にあの二人が戦っているのか。

 風花が言うには以前アイギスと綾時が戦っていた時に感じた力の規模を遙かに超えており、今回は綾時も湊に向けて力を振るっているらしい。

 湊が七歌たちの選んだ答えを無視して、独断で彼を殺そうとするのはまだ分かる。

 しかし、自分を殺して欲しいと望んでいた綾時がそれに抵抗しているのだとすれば、どうしてそのような心変わりが起こったのかが分からない。

 

「ちくしょうっ、地味に遠いなムーンライトブリッジまで!!」

 

 海沿いの道を走りながら順平が突然大声を出す。

 焦った表情をしながらも順平は少しでも普段通りに振る舞って、自分同様混乱している他の者たちを冷静にさせようとしているのだ。

 月光館学園の建っている人工島には月光館学園以外に高さのある建物は存在しない。

 故に、少し離れた場所にあるムーンライトブリッジも既に見えているのだが、そこでは両者が激しく戦っているようで雷が迸り、炎が上がっているのが遠目からでも分かった。

 見慣れない黒い光のような物もあるが、チドリが言うには湊の持つ蛇神の力に近い性質を感じるので、恐らくは綾時がデスとしての力を使っているのだろうと説明してくれた。

 また、黒い雷や炎もその黒い光と同じ波長を感じるため、どうやら先ほどから見えている魔法スキルは全て綾時側の攻撃らしい。

 そんなものを相手に湊は何故ペルソナを使わないのか。他の者たちも疑問に思ったようだが、あと少しで到着するという時に無数の小さな赤い光が高速で飛ぶのが見えた。

 一つの方向に向けて火花が散っているようにも見えるそれが何であるか、一般人である七歌たちは分からなかった。

 けれど、彼女たちの中に近代兵器の知識を有する少女がいた事で、それがマシンガンの掃射である事を教えてくれる。

 

「あの赤い光は全てマシンガンの弾丸です。速度、量、それらから予想するにミニガンと呼ばれる兵器かと」

「……じゃあ、あれは八雲の攻撃って事ね」

「デス……いえ、綾時さんは防御に徹して動いていないようです。適性が高ければ近代兵器でもシャドウを殺せますが、構造が複雑になるほど能力者の適性は浸透しづらくなります。それでああまで威力が出せると言うことは、八雲さんが使えばどのような兵器でもシャドウの王を殺し得るのでしょう」

 

 銃弾の光は少し離れた位置で何かに弾かれるように軌道を変えている。

 その軌道が変わる地点が動いていないことから、彼と戦闘経験のあるアイギスは魔法陣による防御をしていながら反撃出来ていないと読んだ。

 他の者たちにすれば銃火器などの近代兵器を使う際に、構造が複雑になるほど能力者の適性が浸透しづらくなるという話も初耳だ。

 適性が浸透しづらいという事は、その分だけシャドウに干渉する力が落ちるという事であり、簡単に言えば当たってもダメージが通らないという事になる。

 それが分かっているならアイギスは使う銃を選んでいたのだろうが、複雑な構造のマシンガンを使っていながらシャドウの王の自由を奪っている青年は、きっとその適性の高さによるゴリ押しで攻めているのだろう。

 随分と無茶な戦い方だと思わずにはいられないが、見ている限りでは攻撃の起点も動いていない様子。

 であれば、攻撃している湊も動けず、防御している綾時も動けてはいないが防ぎ切れている事になるんじゃと真田が尋ねた。

 

「だが、防がれているという事は有里の攻撃も望月に届いていないって事だろ?」

「破壊に特化している存在に、不慣れな防御態勢を強いている以上、状況は八雲さんに圧倒的に有利です」

 

 実際にデスと戦ったことがない者では想像出来ないだろうが、デスに反撃を許していないどころか、破壊特化の存在が完全に守りに徹しているだけでも十分に驚くべき事なのだ。

 それが湊側の動きによって引き起こされているなら、次のアクションを起こす点でも彼にアドバンテージがあると言うこと。

 アイギスがそのように説明していれば、突然、橋の上で炎が上がり、驚いた次の瞬間大きな爆発によって影時間の大気が揺れた。

 

『うおっ!?』

『きゃあっ!?』

 

 既に橋は見えていたが、それでもまだ数百メートルは離れている。

 にもかかわらず、橋の上で起きた爆発の衝撃が七歌たちの許まで届き、少女たちは思わず地面に倒れそうになった。

 普段あまり運動をしない風花や体重の軽い天田はそのまま転倒しかけたため、傍にいたラビリスと荒垣がそれぞれ支えて転倒は免れたが、やはり目指していた場所で途轍もない爆発が起きたため動揺している様子だ。

 実際、先ほどの爆発によって橋の一部が壊れて、遙か下にある海にアスファルトの大きな破片がいくつも落下していくのが見える。

 あれで決着がついていればこれ以上の被害は出ないが、綾時の話によれば彼が死んだ時点で湊以外は影時間の記憶を失うはず。

 七歌たちはまだ影時間の中に存在するし、これまでの戦いを一連の流れとして認識出来ている。

 それらの事を走りながら考えられている以上、綾時はまだ生きているのだろう。

 相手が生きていれば湊も止まらず相手を殺すまで戦い続ける。

 戦いの規模を考えればどちらも本気で相手を殺そうとしているのが理解出来てしまったが、それでもまだどちらも死んでいない。

 まだ最悪の結果になっていないのであれば、自分たちが辿り着けば止められる可能性は残っている。

 そう信じて七歌たちは二人のいる場所を目指し、ようやく着いたと思えば、橋の上は彼女たちの知るものとはかけ離れた荒れた状態になっていた。

 

「なによ、これ……」

 

 車の走る幅の広い道路は表面が削れてボロボロになっている箇所もあれば、大きな刀傷のような溝が出来ている箇所もあった。

 その回りには一度溶けてから固まったのか、波打つように歪な形で固まっているところもある。

 十二番目のアルカナシャドウと戦った時も、こんな風にはならなかったので、どうして二人だけで戦ってここまでの被害が周囲に出ているんだと思ってしまう。

 だが、そんな風に現実から目を逸らそうにも、橋の中央当たりで一人の青年と一体のシャドウが刀と剣で切り結んでいる光景がどうしても目につく。

 ぼろ切れのような黒いマントを纏った髑髏のシャドウが振るった剣を青年が屈んで躱せば、空を切った剣がぶつかった地面が爆ぜて細かな破片が青年を襲う。

 けれど、青年は細かな破片が当たって頬から血が流れるのも無視して、屈んだまま身体を回転させて裏拳のように刀で横からシャドウを斬りつける。

 寸前で敵が後退したため青年の攻撃も不発に終わるが、後退したままシャドウが口元から黒い熱線を放ったことで、青年は刀を使って熱線を切る形で防御させられていた。

 素早い身のこなしをしていた相手の足が止まれば、それは攻撃のチャンスになる。

 熱線を放ちながら頭上に力を集めたシャドウは、刀で熱線を切り裂いていた青年へ頭上から雷撃を落とした。

 黒い雷は正面からの攻撃を防いでいた青年に直撃する。

 風に乗って肉の焦げる匂いが少女らの許にも届き、このままでは青年が危ないとゆかりや七歌が回復スキルを持つペルソナを呼び出そうとする。

 しかし、二人がペルソナを呼び出す前に、雷撃が直撃したはずの湊が身体から蒸気を出しながら飛び出し、後退しながら攻撃を放っていたシャドウに接近すると、相手の目の前で地面を踏みならし、右肘で敵の鳩尾を突くように殴りつけた。

 相手の懐に飛び込まない限り、八極拳の頂肘など絶対に届きようがない。

 魔法とは言え雷の直撃を喰らった直後に、殺そうとした相手に向かっていくなどまともな神経をしていればしない。

 人としての自我を持っているデスも同じように思っていたのか、相手の想定を上回る速度で接近され、それに反応しきれず攻撃を受けて身体をくの字に曲げて後ろに吹き飛ぶ。

 それを湊はさらに追いかけ、相手が体勢を立て直す前に回し蹴りで相手の右肋骨辺りに踵を決めた。

 ほとんど真横に吹き飛ぶシャドウを見れば、人間であれば骨折どころか内蔵が破裂して死に到っていた事が分かる。

 通常のペルソナよりも一回り大きなシャドウに、通常の体術でダメージを与えられている光景はある意味異常だ。

 しかし、シャドウの身体の構造は人間とは異なる。人間であれば骨折していたとしても、シャドウの状態であれば折れる骨がそもそもない。

 攻撃を喰らって吹き飛び、肩から地面に落ちようとするデスはそのまま氷結魔法を放って、扇状に拡がるように一帯を凍りつかせた。

 当然その範囲内にいた湊も氷に閉じ込められる。

 空間ごと一瞬で熱を奪われていれば絶命しただろうが、氷の津波に呑まれたような状態であれば即死には到らない。

 もっとも、全身を氷で固められて動けない上に、急激に体温を奪われてはまともに身体を動かすことも出来ないだろう。

 この最大の好機を逃すつもりはないと、倒れていた身体を起こしたデスは何も持っていない左手の拳を握り、そこへ力を集める。

 見ていた分にはただ左手の拳を握り込んだだけだ。だというのに、それだけで空間が震えるのを離れた場所で見ていた七歌たちも感じた。

 そして、数秒で準備は整ったのかデスは金色に輝く拳を突き出し、轟ッ、と空気を押し退ける音をさせながら巨大な金色の拳“ゴッドハンド”が飛び出した。

 放たれたゴッドハンドは氷を砕いて直進して行き、そのまま青年ごと橋の一画を破壊して崩落させる。

 打撃系最強スキルの直撃を受け、さらに瓦礫と共に海に向かって落下しては青年も助からない。

 今すぐに助けねばとアイギスが動こうとすれば、橋の下からワイヤーの繋がったフックが投げ込まれ、欄干に食い込んだ直後に全身を血で汚した湊が下から飛び上がって橋の上に着地した。

 

「おい、流石に動いていい怪我じゃねぇだろ……」

 

 着地した湊に向けてデスが複数の黒い球体から熱線を放つ。

 それを躱しながら刀を持って駆けてゆく湊を見て、荒垣が思わず声を漏らせば、他の者たちもより一層止めなければという想いを抱いたのか召喚器を抜いた。

 下手なタイミングで介入すれば二人に大怪我を負わせる事になるかもしれない。

 しかし、そんな事を考えている間に決着がついてしまう可能性もある。

 全員がそれを分かっていたのか、一斉にペルソナを呼び出すと二人を引き離そうと二手に分かれてそれぞれを拘束しようとした。

 だが、剣で切り結び、スキルや銃弾の応酬を繰り返していながらも、湊たちは向かってくる者たちの存在に気付いていたのか、刀と剣を振るい複数の斬撃を飛ばしてそれぞれを一撃で消滅させる。

 

『――――邪魔をするなっ!!』

 

 余人が介入する余地などない。これは自分たちの戦いだと、余計な真似をしようとした者たちに向けて両者は叫ぶ。

 邪魔な存在を排除した両者はすぐに相手に向かって攻撃を再開し、一撃一撃が必殺の威力を持った攻撃を繰り出してゆく。

 振るっては躱し、躱しては斬りつけ、斬りつけられては弾いて防ぐ。

 湊が刀を振るえばデスの身体から黒い靄が漏れ出し、デスが剣を振り下ろせば躱したはずの湊の腕から血が流れ落ちる。

 重傷なのは湊の方だが、デスも決して余裕があるわけではない。刻々と戦いの終わりが近付いているのが見ている者にも伝わってくる。

 傍目からは青年が強大なシャドウを相手に奮戦しているようにしか見えないが、そのシャドウが人としての姿を取っていた事実を知っている者たちにすれば、どうして友人同士と認め合っていた者たちが明確な殺意を持って戦っているのか理解出来ない。

 戦うだけの理由がある。そうでなければ説明が付かない。なのに、七歌たちにはその理由に心当たりがない。

 この二人の戦いに介入するためには、恐らくその理由を正しく理解した上で“当事者”である必要があるのだろう。

 

「どうして二人は戦ってるの、そんな必要ないはずなのに……」

 

 戦いを止めたい。だから、誰かこの状況を説明してくれ。

 そんな思いのまま七歌は思わず呟いた。

 まだ諦めてはいない。もう一度ペルソナで止める事を試みる事も、自分が薙刀で割り込むことも手段の一つとしては考えている。

 ただ、次に邪魔をすれば戦いが終わるまで寝ておけと意識を落とされる可能性もあるので、七歌と仲間たちは下手に動けないでいた。

 そうして、両者の戦いを見ているしかない状況が続こうとした時、

 

《皆さん、もう少し離れた方が良いですよぉ。最悪この橋が落ちることも考えられますから》

「というよりも、湊様たちの邪魔になっているので立ち去れと言った方が正しいですわね」

 

 二人の女性の声が聞こえて七歌たちはその方向へ振り返った。

 すると、そこには湊のペルソナであるはずの玉藻の前とEP社の表の代表を務めているソフィアが立っていた。

 


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