【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百九話 年の初めに

2010年1月1日(金)

早朝――EP社

 

 世界の滅びが預言されるも、年は明けて世界の終末まで残り一ヶ月となった。

 無気力症の拡大によって人々の意識は気付かぬうちに陰気に染まりつつ、けれど、年の初めは特別なのか今日は空気の淀みが僅かに晴れて明るい気配が街を包んでいる。

 もっとも、朝日が昇るよりも前にベッドの中で意識を覚醒させた青年は、ベッドサイドチェストの上に置いていた携帯を手に取って時刻を確認し、もう少し寝るかと再び意識を落とそうとする。

 世間では前日から山に登ったり、暗い内から車を海岸まで走らせてまで初日の出を拝もうとする者もいるが、随分と暇を持て余した物好きもいるものだと他人の趣味を馬鹿にするのがこの青年だ。

 二度寝する前に来ているメールに目を通していれば、新年の挨拶メールの中に『今、御来光を見に富士山にきてます!』とタイムリーな内容のものを送ってきている者もいた。

 相手はバスケ部の渡邊でどうやら他にも数名のバスケ部仲間が一緒に行っているらしい。

 中等部時代に生徒会長として数々の尻拭いをさせられてきた身として、冬の富士登山にバスケットボールを持っていって、山頂でパスをして日本最高到達点のパスなどとくだらないことをしてはいないだろうなと不安になる。

 パスキャッチに失敗して薄暗闇をボールが転がり落ちていきでもすれば、無関係の人が巻き込まれて大惨事になる可能性もある。

 まぁ、そんな事があったところで湊には関係のない話なのだが、新年早々同じ学校に通っている人間が他人に迷惑を掛けない事を祈りつつ、湊はさらにメール画面をスクロールしてチドリたちからの初詣の誘いを見つけた。

 どうやら特別課外活動部と総合芸術部のメンバーで揃って初詣に行く予定らしい。

 総合芸術部は中等部の美術工芸部のメンバーにラビリスを足しただけの部活なので、幽霊部員状態であっても湊も含まれる事になる。

 揃って初詣に行く予定と言われても湊にすれば初耳なので、予定を組む段階で相談してくるべきではと思ってしまう。

 連絡自体はチドリだけでなく参加する女性メンバー全員と綾時から集合時間と場所の詳細が来ており、綾時以外の男性メンバーからはやや定型文な新年の挨拶メールが来ているのみだ。

 特別親しくもない人間からの定型文のメールなどスパムメールと大差ない。順平、真田、荒垣、天田のメールを選択し、キャリアの迷惑メールサポートデスクのアドレスを選ぶと選択したメールの転送処理をする。

 これでもし迷惑メール認定されれば、湊の使っている携帯キャリアでは彼らのアドレスから送られたメールは自動で弾かれて届かなくなる。

 まぁ、明らかに通常利用されているアドレスなので、数回転送した程度で迷惑メール認定される事などあり得ないのだが、万が一の事態が起きないとは言い切れない。

 四人は桐条グループ系の携帯キャリアで、湊はそことは別の会社の携帯を使っているため、その時には四人は美鶴経由で桐条グループの携帯キャリアに連絡を入れ、湊の使っている携帯キャリアに設定の解除を要請して貰う事になるだろう。

 チドリたちが聞けば元旦から何をしているんだと呆れるだろうが、この場に彼女たちはおらず青年に対するツッコミはない。

 と思いきや、ベッドに横向きに寝転んだまま携帯を操作している彼の背後で毛布が蠢き、中から白い腕が伸びると肩越しに抱きつくように青年の首へと回される。

 そして、毛布の中から続けて頭が出てきたかと思えば、その持ち主は湊の耳元へ口を近づけて小さな声で囁いた。

 

「女の子を放っておいて何してるのかなぁ?」

「……知り合いからのメール確認ですよ」

「隣に裸のトップアイドルがいるのに、他の子とメールしたりしちゃうんだね。有里君は薄情者だなぁ」

 

 湊は先ほどまで寝ていたが、年が明けてからまだ数時間しか経っていない。

 部屋のカーテンを開けても外は真っ暗で、この時間から活動している者など初日の出を見に行っている者か、徹夜している人間くらいなものだろう。

 だというのに、彼の寝ているベッドにはトップアイドルの柴田さやかが一糸纏わぬ姿でいた。

 彼女は自分がこんなあられもない姿で傍にいるのに携帯を弄っているなんてと少し頬を膨らませると、彼の手から携帯を奪って枕の下に隠してしまう。

 そして、これで邪魔な存在はなくなったと満足げな表情を浮かべれば、横向きになっていた湊を仰向けにさせて、そのまま自分は湊に覆い被さるように上になる。

 互いの胸を密着させて心臓の鼓動を感じ、相手の存在を強く意識しながら少女が湊の首筋に小さな唇を押し当ててくれば、湊は相手の肩が外気に触れないように毛布を手繰り寄せつつ言葉を返す。

 

「夜の内に十分楽しませたつもりですけどね」

「酷いなぁ。こういう関係になる予定はなかったのに、有里君に誑かされちゃった」

「……共演が決まってからのレッスン時点で、強く異性として意識されている様子でしたが?」

 

 元々、湊も柴田も役として恋人を演じることはあっても、あくまで仕事上のパートナーという関係でそれを崩すことはなかった。

 柴田は自分のアイドルという仕事に誇りを持っていたし、湊は相手と親しくなろうと人間的に好ましいかどうかの判断でしか見ていない。

 周りの人間がどのように自分たちを見ているかは理解していたが、それでも男女の関係になる事はないだろうと思っていたのに、年が明けてみれば二人は湊が自分用に確保しているEP社の私室で肌を重ねていた。

 どうしてこうなったのかを思い返せば、発端は柴田が色々言いつつも湊を異性として意識していた事になるだろう。

 湊は相手を嫌っていないし、そのプロ意識には好ましさを覚える。容姿は整っているとは思いながらも、まぁ、周囲の女子と比べれば“普通”という評価になるが、それは彼の周りにいる女子たちのルックスが整いすぎているだけだ。

 逆に、柴田からすれば湊の容姿は業界内でもトップレベルで、ミステリアスな部分は多いが接してみると妙に一般常識からズレていて中々に面白いという評価。

 そんな相手をレッスンのためとは言えしばらく独占していれば、年頃の少女としてどうしても意識してしまうのも無理はない。

 故に、青年の首筋から唇を離した少女は、自分はアイドルであると同時に一人の人間なのだとムスッと目を細めて反論する。

 

「そりゃ、アイドルとは言っても花の女子高生ですし? 年下と言っても一つ違いなら全然許容範囲な訳で、君みたいな綺麗な顔の男の子の真剣な様子を間近で見続けたら意識しないなんて無理だよ」

「プロ意識の塊だと思っていたので、こういう曖昧な関係で身体を許してきたのは意外でした」

「うぅ……そこは雰囲気に流されたとしか言えませぬ。というか、二人だけの打ち上げから言葉巧みにここへ連れて来たのは有里君でしょ。自分の方が最初からそういうつもりだったくせに、私としてはちゃんと責任とって貰いたいんですけどね?」

 

 生放送の年越し歌番組に登場した二人は、観客と視聴者たちを音楽の力で圧倒してみせた。

 インターネットでもすぐに話題になったようで、柴田は挑戦して良かったと上機嫌なまま打ち上げを提案したが、年越し直前に未成年が飛び込みで入れるような店などほぼない。

 彼らの知名度を考えれば一時間程度の食事でも騒がれる事は間違いないので、ではどうすれば打ち上げに行けるかと悩んだ柴田へ、湊は会社の施設なら自由に使えると私室へ案内した。

 扉を入ってすぐのスペースだけならば、リビングとダイニングに簡易キッチンが併設されている形で、ドラマの中で見るホームパーティーをするような家のイメージに近い。

 冷蔵庫の中には食材もあったので、自分たちで作った料理で今日の大成功を祝おうと彼女もノリ気になったところまでは良かった。

 だが、仕事が終わってから移動したので、料理を作って、それらを食べてとしている間に時間も遅くなり、気付いた時には今から帰れば車の中で新年を迎えることになるという状況になっていた。

 せっかく楽しい気分でいたというのに、そんな新年の迎え方は御免被りたい。

 何より、もう少しこの楽しい時間を過していたいと思っていた少女に、全てを見透かすような瞳を向けていた青年がこのまま泊っていくように言った。

 そして、気付けば距離が近くなっていて、動揺して冷静さを欠いていた少女は言葉巧みに言いくるめられ悪い狼に食べられてしまったのだ。

 愛の言葉など一言も聞いていないし、付き合って欲しいと告白を受けた訳でもない。

 なので、二人は恋人関係になどなってはいないのだが、少女が何かを期待している事に気付いた嗅覚と、そこから獲物を捕らえるまでの仕事運びがやけに手慣れていた事に柴田は今更になって気付いた。

 

「有里君って結構遊んでるでしょ? 誰とも付き合わないでこういう事ばっかりしてるんじゃない?」

「……まぁ、否定はしませんよ。相手には申し訳ありませんが、特定の誰かと付き合う気はないんです。他の人間と肌を重ねるなっていうなら、まぁ、関係の継続を条件に呑むことも出来ますが」

「何よそれぇ。言っておくけど、私の方が年上で芸歴も長いんだからね? 都合の良い女扱いしてると怒るよ?」

 

 独占という形で事実上の恋人関係にはなっても、正式に付き合う気はないと断言する青年を少女が睨む。

 確かに一般人であるはずの湊の人気は、同年代の若手人気俳優たちを大きく突き放して独走状態と言って良い。

 けれど、柴田も競争激しい世界でトップアイドルと呼ばれ続けるだけの人気と実力を誇っている。

 そんな両者は対等な関係か、芸歴を考えれば柴田の方が上位だと言っても良いはず。

 だというのに、湊の言葉はどことなく上から目線なので、生意気な事ばかり言っていると怒るよと年下の青年を窘めた。

 

「確かに私の方がこういった経験が浅かったことは認めます」

「……浅いどころか未経験だったかと」

「むしろ、普通です。アイドルはおトイレも恋愛もしませんので」

 

 アイドルとして活動してきたこともあって、柴田は湊に喰われるまで純潔を守っていた。

 二人の寝ているベッドのシーツにもその証が残っているので、経験値で負けている事は彼女も認める。

 ただ、だからといって先輩後輩の立場が変わることはないのだと改めて湊に言い聞かせた。

 

「業界において芸歴は人気よりも重い。分かったら生意気な発言は禁止。あと、本当に責任は取って欲しい」

「恋愛は御法度とされるアイドルの頂点に立ちながら、世間から徐々に俺とセットで見られるようになった貴女にすれば、ただの柴田さやかとして接する事の出来る同年代の異性は非常に都合がいい存在ですよね」

「……むぅ、有里君のそういう人の内面を全部見透かしてるようなところ嫌い」

 

 少女がどれだけ真剣に責任を取って欲しいと願っても湊はそれを聞き流す。

 言った本人もそう答えることは分かっていたので、ここでヒステリックに叫んだりはしないが、やはり面白くはないので肩と首の境界辺りに口を近づけると、歯を立てるようにして噛み付いて傷を付けた。

 動物に比べて顎の力が弱いと言われる人間でも、力を入れて噛み付けば皮膚を突き破って血を流させる事は出来る。

 そうして、じんわりと滲んだ血を吸い出すようにして喉の奥へと流し込めば、柴田はビクリと身体を震わして急に熱の籠もった視線で湊を見つめ、荒い息づかいのままに貪るような口づけをしてくる。

 

「ん、はぁ、はぁっ……ねぇ、有里君、身体、熱いんだけど、何かした?」

「……俺の血を飲むからですよ。薄めても気付けに使えるのに、原液を摂取したら身体が活性化し過ぎて辛くなるはずです」

「ど、どうすればいいの? お水、飲んだら、治る?」

 

 スッポンやウナギで元気が出るように、覚醒した名切りの血も滋養強壮薬として使えるくらいに栄養がある。

 ただ、健康な人間が原液で飲むと身体が活性化して気が狂いそうになるくらいに危険でもあった。

 飲んだ後に水を摂取しても、身体に入った血液の量が減るわけではないため、そんな事をしても意味がないと説明しつつ湊は解決策を教えた。

 

「水は意味ないですが、言って身体が昂ぶってるだけです。そういう運動をして発散すれば治りますよ」

「……変態」

 

 恨みがましい視線を向けてくるも、彼女自身もそういう発散の仕方があると分かっていたのか、毛布の中で身体を押し付けてきていた。

 湊にすれば軽率に所有権を主張するために傷を残そうとしてきた罰が当たったとしか言えないが、柴田から求められれば応じる気はあったので、湊は身体の位置を入れ替えるように相手を組み伏せる。

 そして、柴田が飲んでしまった血の効果が抜けきるまで獣のように何度も交わり、最後は柴田が意識を失う形でようやく事態は落ち着いたのであった。

 湊は勿論、アイドル業から女優業に転向しつつある柴田もしばらくは正月休みで仕事はない。

 よって、気を失った相手の身体を濡れたタオルで拭いて最低限綺麗にしてから着替えさせると、湊は出掛けてくるという置き手紙を残して部屋を出た。

 

 

 

 


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