【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百十一話 新年の挨拶

1月2日(土)

深夜――都内某所

 

 世間が新しい一年の始まりに浮かれている頃、東京の外れにある寂れた教会にとある集団が集まっていた。

 集まっている人間たちは性別も年齢もバラバラで、何度か顔合せていてもお互いに名前だって知らない。

 けれど、誰も彼もが生気の薄い濁った瞳をしており、一目見ただけで真っ当な精神状態でない事が分かる。

 戦場にいた事のある湊が見れば、生きることを諦めている負け犬の目だと断じただろう。

 ただの負け犬ではない。自分が死ぬのだから、他の奴らも同じように死ななければ不公平だと、自分勝手な論理で他者の足を引っ張るろくでなしの負け犬だ。

 湊からすれば無関係の者を巻き込む害悪。青年が最も嫌悪する存在と言える。

 だが、そんな者たちの前に立った男、ストレガのタカヤがそれを聞けば笑いながらこう返すに違いない。

 それも力無き者の生き方の一つだと。

 青年は確かに他人の心を読める。本人すら忘れている記憶を当時の感覚を伴って追体験出来るため、本人以上に相手の感情や思考を理解出来るくらいだ。

 ただ、いくら相手の事を理解しても湊はその相手になる事は出来ないし、その人生を歩むことも出来ない。

 そこに至る過程も分かる。どういったロジックでそうしようと思ったのかも分かる。

 けれど、どうあっても湊は強者の思考で物事を考えてしまうために、この場に集まっている者たちとは意見が合わない。

 いくら青年にカリスマや王の資質があろうと、タカヤたちのように力を持っていても未来がないような存在でなければ、この場にいる彼らを導くことは出来ないのだ。

 壇上に立ったタカヤは薄い笑みを浮かべて礼拝堂にいる者たちの顔を見渡す。

 誰も彼も湊が言うところの負け犬の瞳をしている。ただ、今はそこに狂気の混じった僅かな熱が宿っていた。

 蒔いた種は育ち始めている。その事に満足げに頷くとタカヤは静かに口を開く。

 

「皆さん、約束の日まで一月を切りました。力を持たぬ弱者だと我々を切り捨てた傲慢な者たちに、大いなる神ニュクスより裁きが下るのです」

 

 ニュクスと繋がっていた綾時と湊が敵の降臨を予想したように、タカヤたちの方でもニュクスの研究をしていた幾月がその降臨を予測していた。

 それをタカヤはニュクス教の信者たちに伝えており、彼らもその約束の日の訪れを待ちわびている。

 死を望むだけで、滅びを求めるだけで、その声を聞き届けた神が降臨し世界が終わる。

 この世界に見切りを付けた自分たちの生だけでなく、自分たちをゴミのように見下していた存在や、不幸があったばかりの自分たちに順風満帆な姿を見せつけてきた者たちの生まで終わらせる事が出来るのだ。

 さも自分は選ばれた存在であるかのように振る舞っていながら、本物の神の前では何も出来ずに無様に死んでいくなど滑稽でしょうがない。

 これでは神を呼んだ自分たちこそが真の御使いではないかと、彼らは約束の日まで生きる理由を見出していた。

 そうなるように仕組んだタカヤたちにすれば、目の前にいる信者たちと何も知らずに死ぬ人間たちに大きな違いは無い。

 どちらも真実を知らず観客のまま死んでいくのだ。道化以上の価値など感じられる訳も無い。

 ただ、せっかく無知なまま集まってくれたのなら、自分たちの駒として働いてもらおうとタカヤたちは彼らにいくつかの役目を与えた。

 無気力症は世界規模にまで拡がっており、既に特別課外活動部や湊がどうこうしても治まらないレベルになっている。

 人々の不安というのは簡単に伝染していくもので、テレビで報道するだけで次々と無気力症患者が増えるくらいだ。

 ニュクスの降臨に必要なのは人々の死を求める声の高まりで、それはマーカーとなるデスが降臨した時点で達成出来ていると言って良い。

 けれど、どうせなら特等席でニュクスの降臨を見たいと思っているタカヤたちにすれば、確実に邪魔をしてくるであろう湊たちを万全な状態のまま舞台に上がらせるつもりはなかった。

 

「ですが、まだ足りない。仲間を、同志を集めなさい。一人一人の声は小さくとも、我々はここにいるという声を同志と共に上げ続け、天上に御座す神へと届けるのです」

 

 特別課外活動部のバックに付いている桐条グループは、トップである桐条武治が倒れた後に組織内のゴタゴタで一時的に力が弱まっていた。

 そこからさらに日本中で無気力症が多発し、国外にまで拡がっていった事で、無気力症患者の受け入れや保護に力を割く必要が出てきて対応が間に合っていない。

 恐らく今も幾月とストレガたちの居場所を探しているのだろうが、対応の緊急度で言えば無気力症患者の受け入れと保護の方が上。

 十全に力を発揮出来なければいくら大企業の力と言えど怖くはない。

 何より、グループの暗部とも言える影時間関連の動きは、その方面で桐条の右腕として働いていた幾月が動きのパターンを把握しているのだ。

 外部に情報を漏らせない以上あらゆる行動に慎重を期す必要があり、幾月が死を偽装してから桐条が倒れるまでの短い期間にパターンを変更できるわけもない。

 であれば、ストレガ側にもいる探知能力持ちのペルソナで十分先回りして対処することが出来た。

 もしも桐条グループがその上をいきたいのであれば、グループの全力で首都圏全域を警戒しつつ、風花とチドリに首都圏の端から順番に索敵して貰うローラー作戦を展開するしかない。

 今の彼女たちの能力であればメノウの気配隠蔽を突破する事も可能で、幾月が研究の中で見つけた気配隠蔽効果のある素材を使った建物や装備を使っていても、風景の中に感じる僅かな違和感で気付いてみせるだろう。

 その方法を取られればストレガたちも敵の目となっている風花とチドリの排除に動くか、グループの目の届かない首都圏外に逃げるかを迫られる事になる。

 何せ、首都圏内を逃げ回ろうと先々にグループの人間がいるのだ。そいつらを排除すればどの方角に逃げたかがバレてしまう。

 そうなれば再び風花とチドリをそちらに派遣して追ってくるに違いない。

 いくら少数精鋭と言えどもストレガたちも人間だ。そういった人海戦術を組み合わせた手段で来られれば先に体力が尽きる。

 だからこそ、ストレガたちはこうして使い勝手のいい駒を用意することに決めたのだ。

 

「確かに我々は弱い。間違ったルールに縛られた社会で理不尽にも弱者のレッテルを貼り付けられた。だが、我々を弱者と決めつけた者たちは真に強者であったと言えるだろうか? 私は断じて否だと答えたい。自身が強者であるとばかりに振る舞った彼らが示したのは数の力でしかない」

 

 人間一人の力などたかが知れている。この場に集まっている者たちは全員がその事を理解している。

 いくら自分が正しい声をあげても、数の暴力によって封殺されて来たのだ。

 それが社会だと、コミュニティの中では多数派こそが正義なのだと言われればそれまでだが、何かを求めてここへとやってきた者たちは簡単に諦めることが出来なかった。

 だからタカヤたちはその部分を刺激して望む方向へと誘導する。

 

「ならば、我々も示そうではありませんか。彼らが弱者と軽んじた我々の力を、同じく数の力を持って正義はこちらにあるのだと教えてやりましょう。仲間を、同志を集め、その声を持ってニュクスを降臨させるのです」

 

 目には目を、歯には歯を、自分たちがやられたことをやり返す。

 自分たちを被害者だと思っている人間には、これが最も耳触りが良く分かり易い行動指針になる。

 先に相手がやってきたのだから自分たちは悪くない。

 見下していた人間に同じ方法でやり返されてどんな気持ちか。

 自分たちは一人じゃない。

 何があっても“主導者”が守ってくれる。

 細かな部分で違いはあれど、大凡はそういった気持ちによってここにいる者たちは簡単に思考を捨てて駒に成り下がる。

 壇上から彼らを見ていれば、瞳の奥にある理性の光が濁って、狂気の光が強くなっていくのが分かった。

 人助けを生き甲斐にしている湊でもここにいる人間は救えない。

 彼は真なる強者側の人間だ。その身は巨大な炎のようなものであり、ここにいる光を憎みながらも憧憬の念を捨てきれない虫たちの身を簡単に焼き尽くしてしまう。

 だからこそ、弱者側に立ち続けるタカヤは彼に救えない人間を救おうと思った。

 タカヤにすれば駒が手に入り、彼らはその心が救われる。お互いに利がある素晴らしい関係だ。

 残り一ヶ月。それまでにどれだけの成果が上げられるか愉しみにしながら、熱狂に包まれる信者たちの前でタカヤは薄い笑みを浮かべた。

 

 

昼――桐条本邸

 

 新年になって二日目。元日は仲間たちと過した美鶴も、両親や親戚に挨拶に行かねばならないとその日は迎えの車に乗って実家に戻っていた。

 クリスマス頃に目覚めた父・桐条武治もリハビリを始めて少しずつ動けるようになっている。

 だが、大量出血で瀕死の重傷を負ったこともあってか、足には痺れが残ってしばらくは車椅子生活になりそうだと医者からも言われている。

 それでも意識が無事に戻り、筋力は衰えながらも自分で手を動かす事が出来るのだから、日常生活にそれほどの不便はないだろう。

 会社の方も代表はEP社の人間になったが、社長は桐条の後を継いだ高寺が就いて以前とほぼ変わりなく回せている。

 一ヶ月後に最後の戦いがあると分かっていても、最悪の事態を回避して揃って新年を迎えられた事はめでたい。

 

「お嬢様、こちらでございまっ」

「……有里?」

 

 そうして、美鶴は久しぶりに顔を合せる両親との再会を楽しみにしていたのだが、用意された昼食の席では何故だか母の正面に湊が座っていた。

 親族との挨拶や夕食会で行なうため、昼食は家族だけとの事だったが、場所は普段から使っている食堂の長テーブルだ。

 横の席との間隔はそれなりだが、正面の相手とは少し距離が開く。

 そして、今日は桐条が上座に座っておらず英恵の隣にいるので、参加者が美鶴だけならバランスが悪くなっていたと思われるが、それでも湊がこの場にいるのは違和感が強い。

 美鶴をこの場に案内した菊乃も彼を見るなり表情を引き攣らせ、普段は厳粛な雰囲気の桐条もどこか落ち着かない様子、英恵だけニコニコと楽しそうに笑っているので恐らくは彼女が彼をここに呼んだのだろう。

 彼の後ろには変化した玉藻の前だという和邇八尋と英恵付きのメイドが控えている。

 桐条家付きのメイドは彼の世話を出来ないようになっているらしく、桐条の後ろや部屋の隅に控えているメイドたちは少しだけ羨ましそうにしていた。

 そんな彼女たちの前を通って美鶴はテーブルに近付いていき、桐条の正面であり湊の隣の席に着く。

 美鶴が座れば英恵がメイドたちに指示を出して料理が運ばれてきた。

 正月だからおせち料理でも出てくるかと思えば、予想は外れても普通のイタリアンが出てくる。

 桐条も英恵も特別イタリアンが大好きという訳ではない。美鶴もそれは同じで普通に食べる程度のものなのだが、家族の好みを把握している料理長がこのタイミングで作ったという事は恐らく湊の好みに合わせたのだろうと考えた。

 

「有里、君はイタリアンが好きなのか?」

「……別に食べられたら何でもいいですよ」

「だが、君自身かなりの料理の腕前を持っているだろう。あれだけの料理が作れるなら味にも敏感なのでは?」

「入力と出力は可能。だけど、そこに俺個人の好みは関係ありません。ただの作業なので」

 

 湊のオーダーかと思えばそうではなかったようで、食べられるなら何でも良いという料理人泣かせの言葉が返ってきた。

 彼の手料理を食べたことで味覚の鋭さと料理センスの高さを美鶴は知っていたが、どうやら湊にとっては淡々と進める作業扱いらしく、味覚など無くても同じ味の料理を作ることが可能らしい。

 美鶴は自分で料理を作ることがないので不慣れな素人レベルの腕前だ。

 そんな彼女からすれば少し勿体ないと思えるものの、量があればそれでいいという食事スタンスの相手にわざわざ言うことでもない。

 料理が並べ終わると美鶴は両親への視線を送り、相手が頷いたことで挨拶を交わしてから食事を始める。

 

「美鶴、寮の彼らの様子はどうだ?」

 

 食事が始まると桐条が美鶴に話しかけてきた。

 ナイフとフォークを扱う手の動きに違和感はなく、足の痺れと体力に筋力を除けば問題なく日常生活を送れているようだ。

 そんな父の元気な姿を嬉しく思った美鶴は、普段よりも明るい声色で言葉を返す。

 

「皆、変わりありません。いえ、むしろやる気に溢れているくらいです。やはり、仲間を失わずに済んだ事が大きいのでしょう。決戦を控えているとは思えぬほどに落ち着いています」

「そうか。報告は聞いていたが、またお前たちに決断を強いるような事になって申し訳ない限りだ」

「私たちは何もしていません。八雲が一人で全て終わらせてくれただけなので」

 

 綾時の正体と湊と彼の戦いについての報告は桐条にも届いている。

 二人の戦いでムーンライトブリッジが通行不可能なレベルに崩壊したと書かれているのを見て、流石の桐条も目を見開いて驚いたが、続きを読めば湊が事前に用意した実体を持った幻術による複製品だと分かって思わず安堵した。

 ただ、デスから宣告者としての力を奪ってただのシャドウに落とし、その魂を黄昏の羽根の類似品である月の欠片に宿してから人間にしたと聞いた時は首を傾げるほかなかった。

 前例があることは分かっている。ラビリスとアイギスも、魂とも呼べる人格の宿った黄昏の羽根を使って、人工的に作った肉体に魂と記憶の移植を行なって人間になっている。

 きっとそれと同じ事をしたのだろうという事は分かっているのだが、桐条グループの持つ技術では生体ボディの製作すら出来ないので、それがどれだけ凄いことなのかを正確に把握しきれないのだ。

 

「うむ。彼も人としての肉体を得たとあったな。その後はどうだ? 問題なく過ごせている様子か?」

「はい。アイギスたちと同じ方式のようで、問題なく過ごせているように見えました。自身の正体という負い目も消えた事で、年相応に人としての生を楽しんでいるようです」

 

 以前の綾時はどことなくミステリアスで時々陰がある表情をしている事もあった。

 今にして思えば自分の正体を隠していることに負い目があったと分かるのだが、それら全てがなくなった今の彼は等身大の高校生として順平たちと一緒に騒いでいる。

 確かにデスとして力のほとんどを失いはしたが、月の欠片でブーストされて七歌たちと同程度の力は残っている。

 であれば、ストレガ側にいる厄介な理や玖美奈の相手だけは湊に任せ、他の相手を仲間と一緒に担当すれば綾時の戦力ダウンの影響はほとんど出ない。

 むしろ彼を犠牲にしていた方が全員のやる気に影響が出ていたはずなので、一致団結している今の方が状況的には良いと考えられた。

 そうして父娘が近況報告で話し合っていれば、その隣で英恵と湊も言葉を交わす。

 

「ねえ、八雲君。テレビのお仕事はもうしないの?」

「……大晦日のあれは知り合いが依頼してきたから受けただけだ。局からオファーはあっても無視してる」

「そうなの……。桜さんも楽しみにしていたから、もう少しだけ出たりしてみない?」

「別に金に困ってないからな。むしろ、スポンサーとして動く側だ」

 

 先日のテレビ出演は英恵的にとても良かったらしく、またテレビに出たりはしないのかと湊に尋ねる。

 聞かれた青年と言えば、他の者たちよりも大盛りな料理を素早く食べつつ、知り合いから頼まれたから出ただけで芸能活動には一切の興味が無いと答えた。

 EP社から出る役員報酬だけで一生遊んで暮らせる額なのだ。これ以上、金を稼ごうなどとは思うまい。

 もっと言えば、EP社はスポンサーとして金を出す側なので、自分は出ずに番組内容に口を出せる立場だ。

 暇潰しに何かしたければ自分で動く事が可能な以上、テレビ局から出演を求められても彼は断るつもりでいた。

 青年のそんな態度を見た英恵も相手の決意の固さを見て小さく嘆息すると、残念そうな顔をしながらメイドの一人にお茶の用意を頼んだ。

 そこで会話に一段落ついたと判断したのか、食べる手を止めた湊は美鶴の後方に控えていた菊乃に視線を送って声をかける。

 

「そこのお前」

「……なんでしょうか?」

「今月の休日の日程を後で送ってこい。別に許可が出るなら仕事日でも良いが、そろそろ賠償の支払いを済ませろ」

 

 湊が菊乃の名前を知っているかは不明だが、話しかけられた菊乃は出来る限り無表情で対応した。

 グループの内乱騒動については自分が悪かったことは認めるが、それでも彼から出された条件やその後のいざこざも考えると愛想良く接しようなどとは思えない。

 なので、とても事務的な対応になったのだが、湊は気にせず用事を伝えると再び食事に戻ってしまった。

 言われた菊乃からすれば近いうちに純潔を捧げにこいという意味なので、ちょっとした用事を頼む感覚で言われても困る。

 しかし、自分が仕える主人たちの食事の場でそういった話をする事など出来ない。

 今のが冗談にしろ本気にしろ何も言われない限りは、菊乃は相手の要望を叶える必要があるため休みの日を教えなければならない。

 また使用人仲間から色々と言われながら、嫌いな相手に抱かれる覚悟を決めなければならないと考えると今から胃が痛くなってくる。

 この場に彼を呼んだのは英恵だが、こんな事になるなら給仕は他の者に任せて別の仕事をしていれば良かったと内心で溜息を吐いた。

 そうして、何故だか先ほどの青年と菊乃の会話を桐条家の人間は気付かぬまま食事は終わり、美鶴たちは本邸の自室へ、湊は予定があるからと昼食後は別れて菊乃から手紙を受け取って帰っていった。

 

 


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