【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百十二話 メイドとの逢瀬

1月5日(火)

午後――都内

 

 美鶴が新年の挨拶に実家に帰った数日後、湊は駅前の喫茶店で本を読みながら時間を潰していた。

 頼んだブレンドコーヒーを飲みながら、周りから見れば何語で書かれているんだというような海外で手に入れた古書を読みふける。

 美の世界で生きる女性以上の妖艶さを纏う青年が一人でそんな事をしていれば、あまりに画になりすぎて周囲から浮く。

 客だけでなく店員からも視線を集め、中には湊が誰か気付いて声をかけても良いのかと悩む者もいる。

 彼は確かにテレビにも出ていたが、あくまで一般人を自称しており事実として事務所には入っていない。

 なので、恐らくプライベートで静かに過しているのを邪魔しても良いのかと悩み、モラルと善良さから誰も話しかけずにいれば、新たに喫茶店に入ってきた一人の少女が彼に近付き声をかけた。

 

「お待たせしたようで申し訳ありません」

「……別にいい。時間には間に合っているからな」

 

 黒のニットにチェック柄のプリーツスカート、そしてベージュのロングコートを身に纏った斎川菊乃が声をかければ、湊は読んでいた本を閉じて立ち上がる。

 普段はメイドとしてエプロンドレスを着ているが、そうでない時もレディーススーツを着て美鶴の傍にいる事が多いだけに、若者らしい私服姿でいるのは非常に珍しい。

 まぁ、それも湊からの指示で、街中を歩くのに適した私服で来るようにと伝えていたからだ。

 もし、彼がそのような指示を出していなければ、菊乃は前と同じようにスーツスタイルで彼に会いに来ていたことだろう。

 美鶴よりはマシだが菊乃も桐条の使用人として生きてきた事で一般常識からズレた部分がある。

 そういった部分に関しては、EP社で仕事をするために市場調査や過去のデータを見て勉強した湊の方が強い。

 昔は常識がないだとか、世間ずれしていると言われていたのに、今では他の者に常識を説けるようになったのだから大した進歩と言えるだろう。

 だからといって、その常識に合わせて行動するかどうかは別なのだが、席を立った湊は着いたばかりの菊乃を連れて店を出る。

 隣を歩く菊乃は仕事と割り切っていながらもややツンケンとした態度で、その辺りはまだまだ子どもかと湊は内心で評価を下す。

 常に完璧たれとは思わない。相手は学校が違うものの美鶴と同い年の高校生、世の中から見れば十分に子どもだ。

 それに対して湊は戸籍上は一つ下でも、真っ当な世界で生きてきた訳ではない。

 人の命がはした金よりも上の価値を持つようなくだらない世界。欲に塗れた社会のゴミたちが跋扈する裏の世界でずっと活躍し続けていたのだ。

 そんな場所で生きていれば同年代の者たちよりも早く精神的に成熟する。

 いや、感覚が徐々に麻痺して感情が部分的に死んでいくというべきか。

 相手も親に売られてエルゴ研で被験体として扱われていた過去を持っているが、幸か不幸かペルソナを手に入れられるほどの適性は得られなかった。

 影時間に活動出来る程度の適性など持っていても意味がない。被験体としては失敗作の扱いだ。

 だが、そういった存在にも一応の使い道はある。影時間に動けるのならば、同じく影時間の適性を持っているご令嬢の世話係になればいい。

 それからは随分と良くして貰った事で、こうも普通の少女としての心を残して成長出来たのだろう。

 これがチドリや死んだマリアの別の可能性かと思うと心が僅かにざわつくが、そんな事を考えるためにこの少女を呼び出した訳ではない。

 すれ違う人々からの視線を感じつつ、服屋の並ぶ通りを並んで歩いていれば、大人っぽく見えるよう薄らと化粧をしている菊乃が話しかけてきた。

 

「それで、その……今日の予定は?」

「……適当に買い物をしてまわる予定だが、昼は食べてきたのか?」

「微妙な時間だったので食べていません。ですが、昼くらい食べなくても問題ないので、貴方の予定を優先してください」

 

 菊乃は美鶴の御側御用としての役割を持っているが、寮生活をしている美鶴が屋敷にいることなど稀だ。

 戻ってくれば当然そのためのシフトを組まれて動くものの、そうでない時は古参として後輩たちに指示を出しつつ精力的に働いているため、食事の時間などは不規則になり易い。

 だからこそ、買い物の用事があるのならもてなすために湊に合せると口にしたのだが、それを聞いた湊は鼻で笑うように小さく嘆息した。

 

「そうやって不規則な食生活をしているからお前は貧相なんだ。金なら出してやるから食事くらいしっかり取れ」

「なっ、別に平均です! 何を持って貧相などと謂れ無き中傷をっ」

「……は? お前、自分のスタイルも把握していないのか。例えば特別課外活動部の女子たちだが、お前よりも年下ばかりな訳だ。だが、お前より全員スタイルは上だ。特に胸が足りない。お前の身体は薄いんだよ」

 

 昼から少し過ぎた時間帯なのだが、三が日が終わったばかりなので世間では冬休み真っ最中。

 そのタイミングの都心部だと店はまだ混雑していると思われるので、湊は携帯を取り出すと近場の店を調べながら菊乃を適当に相手する。

 しかし、自身では身体を絞れているという認識を持っていただけに、菊乃は自分の身体が薄いと言われて憤慨した。

 

「ちが、違います! そも、あの人たちがおかしいんですよ。私は平均的です」

「……お前の私見なんてどうでもいい。現状に満足するな、常に上を目指せ。そういった考えだからお前たちは俺に負けたんだ」

 

 菊乃は以前、現在の桐条グループ社長の高寺側について湊と敵対したことがある。

 当時は湊が蘇っていると知らず、おかげで全ての企みを完全に潰された上に会社まで乗っ取られる事になったが、会社も敵対した者たちも賠償は支払う事になったが残っている。

 高寺たちは現状維持を目的に動きながらも、桐条が倒れた事で出た損害は大きく補填作業に手を焼き、グループの力を更に削ごうとする外部勢力へ対処し続ける体力も持っていなかった。

 一方、湊はEP社という外部勢力で介入する事で、残っている桐条グループをその他の木っ端勢力から守りながら助力する手段を取った。

 持っている手札が違うからこそ、お互いが出来る範囲で最良の手段と取ろうとしたため、高寺たちが間違っていたとは言わない。

 しかし、桐条グループの社員とその家族の生活を守るために、今までグループの尻拭いで命懸けで戦っていた学生たちの自由を犠牲にしようとするのは道理が通らない。

 大勢を守るためにはしょうがない。そうやって言い訳をして別の策を考えることを放棄したから、高寺たちは鬼を怒らせて破滅しかけた。

 あの時から何も成長していないのかと湊が相手を見れば、菊乃は気まずそうに視線を僅かに落としてぽつりと言葉を返す。

 

「あの時の事は確かに我々に非があります。お嬢様を守るためとは言え、お仲間の皆さんを犠牲にしようとしました。ですが、貴方というイレギュラーがなければ成功していました」

「それで? 無気力症患者が増えて、シャドウへの対処が必要になって、自分たちの都合で監禁した相手に手伝ってくださいとでも言ったのか?」

 

 湊の存在がなければ高寺たちの作戦は成功していた可能性が高い。

 その点については湊も認めるが、桐条グループに影時間やシャドウへの対抗手段がない以上、再び特別課外活動部の者たちの力を借りることになるのは明白だ。

 ただ、菊乃は湊の発言に対し、無気力症患者やシャドウの増加の推移を知った今だから言えるだけで、あの当時はこうなることなど予測出来なかったはずと言いたそうな顔をする。

 実際のところはそんな事はなく、湊はアルカナシャドウを全て倒しても影時間が終わらないと分かっていたため、EP社の経営する病院で無気力症患者の受け入れ体勢を整えていた。

 なので、相手の推測は完全に間違っているのだが、訂正するのも面倒なので店の場所を調べ終わった湊は携帯をポケットに仕舞って歩き出す。

 

「流石、研究から外され真っ当な人生を歩み直せた方は違うな。先代と同じ思想、エルゴ研の研究員たちと同じ価値観になる辺り、桐条は随分といい教育を施してくれたんだろうな」

「違います! これは、あくまで私の考え。桐条家の方々は関係ありません!」

「違わないさ。桐条も、美鶴さんも、同じようにしていたじゃないか。目的のために手段を選ばない。犠牲にするのは自分でも身内でもなく他人からだ」

 

 急に大きな声を出す菊乃をすれ違う人たちが見ていくが、湊は歩みを止めずそんな相手に淡々とした調子で言葉を返す。

 菊乃は美鶴と一緒に育ったため、その環境からかどことなく思考が似ていた。

 勿論、美鶴は桐条家の人間としての教育を受けていたり、逆に菊乃は使用人としての心得などを学んでいたが、幼馴染みとして共に過してきた事で共通の価値観を持っている部分があるらしい。

 それが自分と身内への甘さだ。場合によっては問題にならないが、人命に関わってくる影時間関連でそれが出てくるのは頂けない。

 桐条家の者たちの家族への情を素晴らしい物と思っていた菊乃にとって、湊のその発言は到底許せる物ではなく、どれだけ二人が自分を犠牲にしてきたかを伝えようとするも、それよりも先に再び湊が口を開いた。

 

「……ああ、どうせ二人はそんな事なかったって言うんだろ。時間や精神やらを犠牲にしていたって。だが、既に力を持っていた娘を犠牲にする事を拒んで百人近い子どもを殺した男。親の罪を隠したまま事情を偽って学生たちを仲間に引き入れた女。これはどうあっても否定出来ない事実だ」

「家族を大切に思うことの何が悪いのですか。貴方だって大切に思う少女たちのために他人を犠牲にしてきたのでしょうに」

「……はぁ、そうだな。なら、それでいい」

 

 確かに湊も桐条と同じようにその手を血で汚してきた。その点については言い訳するつもりはない。

 しかし、湊の罪と桐条の罪の違いが分からないのであれば、きっとこの少女は同じミスを犯すだろうと湊は思った。

 呆れたように話を切った湊を菊乃は不満そうに睨んでいるが、目的の店が入っているビルに到着した事で相手を無視して湊は先へと進む。

 それほど大きくない雑居ビルの通路を進み、奥にある小さなエレベーターに揃って乗る。

 嫌いな相手と狭い密室に二人きりという事で菊乃が警戒しているが、年中発情している訳でもあるまいしここで何かをする気など欠片もない。

 いちいち突っかかってこられても面倒なので、相手の記憶を読んで食べ物の好みなどを把握してから店を探した結果ここに来ただけで、そういう事をするために移動するなら最初からホテルに連れ込んでいた。

 以前から感じていたが、思い込みが激しい上に自意識過剰なやつだなと思いながら湊はエレベーターを降りると再び狭い通路を歩いていく。

 そして、そのまま奥へと進むと随分とレトロな雰囲気の洋食屋があった。

 中高生などの若者が来ることはまずなさそうな、所謂常連客の存在によって経営を続けられていそうな小さな洋食屋。

 青年は一体どこでこの場所を知ったのか。菊乃が不思議に思っていると、湊は躊躇いなく扉を開けて店の中へと入っていく。

 

「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」

「……ええ。テーブル席でお願いします」

「かしこまりました。奥の席へどうぞ」

 

 店の中へ入れば菊乃が思っていた通り、昭和の雰囲気が漂うレトロな空間がそこにはあった。

 カウンター席の他に三つのテーブル席があるだけのこぢんまりとした内装に、壁には古い映画の映画看板のレプリカらしきものが飾られている。

 客は一人もおらず、店員も湊たちを案内してくれた一人だけ。

 菊乃の想像では優しそうな老紳士か老夫婦が経営していると思っていたが、そこだけは予想が外れて四十代の厳つい顔をしたガタイの良い男性が店員だった。

 相手に案内されるまま二人用の席に着くと、湊がどうぞと菊乃にメニューを渡す。

 こういった部分は育ちの良さが窺えるほど非常に紳士的なのだが、やはり中身が鬼畜生なので騙されてはいけないと菊乃は短く礼を言うだけで相手と視線を合わせずメニューに目を落とす。

 そこに書かれている料理は五つだけで、店が小さいからメニューを絞って個々のクオリティで勝負しているのだろうかと見る。

 

「デミグラスソースのオムライス、タンシチュー、ハンバーグ、ナポリタン、カレーですか。お店の雰囲気通りの料理ですね」

「……まぁ、客がそういうのを求めているからな。他の物が食べたければ言えば割りと対応してくれるぞ。おでんやお好み焼きやチーズリゾットは過去に見たな」

「えぇ……? どういうお店なんですかここ?」

 

 メニューに書かれているのはあくまで基本のメニューに過ぎず、食べたい物が他にあって店主が作れる物であれば割りと何でも注文を受けてくれる。

 昭和レトロな雰囲気を大事にしている店だと思っていただけに、どうしてそんな方向に突き進んだのかと菊乃は首を傾げた。

 チーズリゾットはギリギリ許されるとしても、おでんもお好み焼きも洋食屋のイメージとかけ離れている。

 店の内装からこだわりが強い事は分かるので、何故料理に関してはそんなにも来る者拒まずなスタンスなのか菊乃は考える。

 一方、既に注文を決めた湊は店主が持って来た水を飲み、菊乃が注文を決めるのを待ちながら相手の疑問に軽く答えていく。

 

「ここはうちの組員が足を洗って社会復帰してから趣味で始めた洋食屋だ。元々、組員には料理に凝ってるやつが多くてな。ここの店主は特にその傾向が強く、メニュー外の料理を注文された方がむしろ喜ぶ」

「それはそれでどうなんでしょう……」

 

 桔梗組の組員たちは出店の料理を本気で研究して作っていたりと、料理を作ることに妥協しない者が大きくいる。

 この店の店主もその流れから料理人に転職したようだが、趣味で始めたという事から、あまり売り上げにはこだわっていないらしく。料理が作れたら何でもいいようだと湊が話す。

 それを聞いた菊乃は料理もこだわりを見せたら良いのにと呆れたように呟き、注文を決めたようで湊にそれを伝えてきた。

 彼女は割りと子どもっぽい味覚をしているようで、ほとんど悩まずにオムライスに決めていた。

 湊は単品では足りないからとオムライスとシチューとハンバーグを注文する。

 二人の注文を聞いた店主は沢山作れるのが嬉しいそうで、カウンターの中へと戻っていくと早速料理を作り始めた。

 それを見ていた菊乃は本当に料理することが好きなんだなと、相手が元極道と聞いても信じられない気持ちが強かった。

 だが、湊がそういった点で嘘を吐くことはまずないので、世の中には色々な極道の人間がいるんだと納得することにした。

 そうして、二人は料理が出来るのを待つ間に本日の細かな予定を話し、料理がやってくれば満面の笑みでオムライスを頬張る少女を湊が観察しながら昼食を済ませるのだった。

 

 

 


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