【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百十八話 失踪者の保護

1月15日(金)

影時間――タルタロス・憂鬱の庭アダマ

 

 腰の両側に刀を下げた青年が広い通路を飛ぶように疾走する。

 いや、事実として彼は一歩地面に足を着く度、その桁違いの脚力を活かして地面を蹴って跳んでいた。

 本来、直線的な動きは戦闘に向かない。いくら速くても真っ直ぐだと分かっていれば、ある程度は山を張りまぐれ当たりを狙って対処する事も出来る。

 人のような高度な知能を持たぬ通常のシャドウも、獣の持つ野生の勘に近い物は持っているようで、単調な攻撃を繰り出そうとすればそこを狙ってくる。

 戦い慣れている青年がその事を知らぬ訳はないのだが、彼は気にせず数メートルの跳躍を繰り返して進む。

 そうしてフロアを高速で移動していれば、正面に槍のような腕を持つシャドウ、戦車“スロータードライブ”が三体いるのが見えた。

 相手までの距離はおよそ三十メートル。その距離を詰めるのに青年の進むペースなら三秒もかからない。

 相手も既に敵が近付いている事に気付いているようで、迎え撃つための物理スキルを用意し始めていた。

 通路の幅は五メートル以上あるものの、三体がそれぞれスキルを放ってくれば完全に避けきるのは難しいかもしれない。

 であれば、ここでの対処法は発動前に潰すか、後退して相手の射程圏外まで距離を取るかになる。

 そして、青年が選んだのは後の先、敵の二十メートル手前で足を着くとさらに強く踏み込み、敵の視界から消えるほどの超加速で壁に向かって跳んだ。

 そこからさらに壁を足場に天井に向かって跳躍、空中にいる間に身体を反転させ天井に足を着くと再び壁に向かって跳び、まるで弾かれたピンボールように立体的な軌道で敵の許まで移動する。

 相手の動きを捉えきれていなかった敵はスキルを放つ間もなく、先頭の敵の仮面をすれ違い様に逆手に持った右手の刀で斬りつけられ、残る二体は間をすり抜ける間に両手に持った太刀で同時に一太刀ずつ浴びてそれが致命傷となり黒い靄になって消えた。

 敵を倒した事でようやく足を止めた青年は、刀を鞘に戻すとゆっくり歩いて通路の奥にある開けた部屋に向かう。

 そうして彼が進んだ先の部屋には、壁際で力無く座り込んだ女性がいた。

 

「……面倒を掛けるな」

 

 言いながら湊は女性の頭に手を伸ばすと、淡い光を放ち相手の意識を飛ばす。

 無気力症になっているため変に暴れる事はないと思うが、意識があると急に動く心配がある。

 敵がいる場所でそんな事をされては面倒なので、湊は意識を失った相手を雑に肩に担ぐと元来た道を戻って外へ出られる場所を探す。

 今回のようにタルタロスへ迷いこんだ人間を見つけたのは一度や二度ではない。

 ほぼ毎月のようにそういった者は現われ、世間では失踪者として捜索願も出されているという。

 捜索願を出す関係者たちは警察へ相談する際、失踪者がいなくなる前どこか注意力が散漫で応対の反応が鈍かったと伝えている。

 おかげで警察は無気力症になってから行方不明になっていると考え、他の事件事故に巻き込まれる前に発見しなければと忙しいこの時期でも捜査員を導入しなければならず、対応に手を焼いているらしい。

 それが仕事だと言ってしまえばそれまでだが、その場合、身内のお前がそもそも目を離したから大事になっているんだろと突っ込まれる事を覚悟しなければならない。

 まぁ、どちらにしても湊はその双方と一切関係がないのだが、彼の立場としてこういった事態に対応しない訳にはいかず、わざわざ時間を割いて迷いこんだ馬鹿を回収しに来たという訳だ。

 

(“寺戸史香”か……捜索願も出てるし、病院経由でいいな)

 

 肩に担いだ相手の服を弄って身分証を探し、事前に情報を入れていたEデヴァイスにデータ照会を掛ければ、ちゃんと相手の捜索願が出ていたため、湊は警察より病院に届けた方が面倒が少ないと判断する。

 前はタルタロスで見つけても路上に倒れていたと通報して警察に身柄を渡した事などもあったが、変に疑い深い者がやってくると湊が相手を襲った可能性があるとして遠回しにネチネチと探ってくるのだ。

 疑い深い上に気の短いやつとなると、難癖を付けて警察署まで連れて行こうとしてくる事もある。

 そういった場合でも、大体は湊の事を知っている別の警官が駆けつけて、湊がそんな事をするなんてあり得ないと説明して解放される。

 伊達に中学時代から人助けを続けて毎年感謝状を受け取り続けている訳ではない。

 だが、面倒を嫌うのであれば最初から病院へ送り、病院から警察に連絡を入れた方が湊の存在がバレずに済むためスムーズに事を終わらせる事が出来る。

 無気力症発症後に失踪した人間の捜索など、本来の管轄としては、これらの大本の原因を作った桐条グループが果たすべき責任の一つであり、湊がこうやって出張る必要など一切ない。

 しかし、街中の捜索であれば桐条側にも人員を用意出来るが、失踪者がタルタロスへ迷いこんでいると途端に難易度が跳ね上がる。

 何せ桐条側がタルタロスでの捜索活動に派遣出来る人員など、ペルソナ使いである特別課外活動部しかいないのだから。

 

(時期が時期だけにあいつらに余計な仕事を回すべきじゃない。まぁ、それを言えば多忙な俺に回されても困るんだが)

 

 タカヤたちの頑張りのおかげなのか、世間にも徐々にカルトが浸透してただ滅びを受け入れようとする者たちが増えて来た。

 そんな事をすれば精神のバランスは崩れていき、それほど時間を置かずに無気力症を発症する。

 ただでさえ増加傾向にあったというのに、さらに加速させてきたせいで一部の地域では病床不足に陥っているところもあるという。

 幸いな事にEP社傘下の久遠総合病院は湊が無気力症患者の受け入れを目的に作った事もあって、急増する患者たちを何とか全員受け入れられている。

 このまま増えても普段は職員や検査入院患者用の宿泊施設に利用している棟を開放すれば当分は保つ。

 無論、今のペースからさらに加速すれば分からないが、それでも一月末までは何とか耐えられるだけの備えはあった。

 もしも、他の地域に限界がくればEP社を頼るように伝えてあるので、医療現場はしばらく戦場のような忙しさを迎えつつも、患者たちを放置して死なせるような事は起こらないと思いたい。

 あと二週間なのだ。それさえ乗り切れば無気力症も治り、患者たちの身体と脳も徐々に元の機能を取り戻して補助が必要なくなる。

 

(あいつらの狙いはニュクスを呼ぶ声を増やすだけじゃなく、こちらの手を無気力症患者の保護に割かせる事だろう。お優しいヒーローなら見捨てないでしょうと言わんばかりの上手い搦め手だ)

 

 肩に担いだ女性を運びつつ、相手の弱い部分を突くのが本当に上手い奴らだと内心で吐き捨てる湊。

 本当なら湊にこんな事をしている暇はない。出来る事なら担いでいる女性を放り投げて帰りたい。

 何せ彼には時間がない。あと二週間でニュクスを倒してこの惑星で生きる生命を存続させる手段を考えなくてはならないのだ。

 湊のように敵の放つ波動を受けても相殺出来るようにすれば良いのか、それともニュクス自体を撃退して力を使わせないようにすれば良いのか。

 未来の七歌たちと出会い。さらに他の世界かも知れないが数年先の未来に生きる鳴上たちと出会った事で、ニュクスを倒して世界を無事に存続させる手段がある事だけは分かっている。

 しかし、その正解に辿り着こうにも、ヒントは勿論取っ掛かりになりそうな情報もない。

 勝てる可能性、湊を除く他のメンバーたちが四肢の欠損などもなく無事に生存する未来があると分かっているだけマシだが、それだけに湊は自分の選択に全てが掛かっている事を重荷に感じていた。

 

(ストレガと幾月たちを処理して、到来したニュクスに向けてアイアスの盾を展開して弾き飛ばすか……。無理だな。異能による攻撃は防げても地表に向けて落下する月の質量を受け止めきれる訳がない)

 

 湊のセイヴァーは湊の生命力を喰らって浄化の力に変換する。

 そのため幾つもの固有スキルを持っているが、確認されているスキルの中で最高の防御性能を持つ虹の盾“アイアスの盾”は防御系のスキルの中でも異端の性能を持つ。

 通常、防御系スキルは攻撃の種類に個別で対応するように出来ている。

 物理を防ぐスキル、魔法の中でも特定の属性のみを防ぐスキルなど、しっかりと効果を発揮する分その用途が限られていた。

 一方、湊のセイヴァーは召喚者の生命力を喰らっているが、それに加えて他のペルソナのようにSPなども消費してスキルを発動している。

 おかげで敵の攻撃をエネルギー状の障壁で物理的に防ぎつつ、生命力を変換した浄化の力で異能の力自体を発動前の無害なエネルギーに戻して、対異能の切り札になり得る防御性能を誇っているのだ。

 以前、時の狭間でその力を見た他の者たちは、神の力すらも防いでみせる盾を無敵と認識したようだが、使用者である湊は当然その力の弱点も理解していた。

 他の防御スキルが物理か属性魔法に特化しているとすれば、セイヴァーの防御スキルは対異能に特化している特殊タイプ。

 もしニュクスがスキル等を使ってきても防ぐ事は出来るものの、相手の肉体である月ごと地球に向けて落下してくれば、エネルギー状の物理障壁で受け止めるしかなく、その質量を長時間支えられるほどの力は無い。

 仮に湊がニュクスの到来を防ごうとするのなら、自分から宇宙空間まで出向いていき。そこで盾を展開して地球に向かってくるニュクスを加速前に止めるくらいが限界だろう。

 

(未来の岳羽たちの言葉を信じるなら、俺はニュクスと一人で戦いに行って帰ってこなかったらしい。だが、ニュクスを討伐か再封印しない限り、恐らく影時間とタルタロスは消えない。タルタロスはあくまでニュクスが降臨するためのマーカーだからな)

 

 桐条グループは長年タルタロスが現われた理由とその正体を分かっていなかったが、それ自体には大した意味などはない。

 タルタロスはあくまでニュクスが降臨する際の目印になる、地球上に付けられたマーカーだ。

 ニュクスが現われるまではシャドウたちが集まる場所、滅びを迎えるために用意された祭壇程度のものだ。

 だからこそ、それが消えて現われなくなればニュクスが降臨しなくなった証明となる。

 そういった説明を聞いた者の中には、なら先に潰しておけばニュクスは降りて来られないのではと考える者もいるかもしれない。

 当然、湊もそういった可能性については考えたが、結果から言えばそんな事をしてもタルタロスは時間経過で復活する事が分かっている。

 何せタルタロスは実際に一度完全に消滅しているのだ。

 夏休みの中頃、丁度お盆の辺りに精神が不安定になった湊が幼少期の姿に変化し、完全な形で蛇神“无窮”を呼び出した事がある。

 その時の湊は門としての機能を持った无窮を利用し、十年前の儀式の続きを行なうために空を目指した。

 けれど、湊は深層モナドの最下層にいたため、すぐに儀式を行なうには蓋となっている塔が邪魔だとスキル“DEATH”の一撃で消し去った。

 ペルソナという括りに入っているがその力は神クラス、流石というべきなのかその一撃により文字通りに影も形もないほど完璧にタルタロスは消滅した。

 退行したまま姿が戻らない湊の問題もあったが、眠った彼を栗原たちが連れて帰った後には、タルタロスの消滅という事態に七歌たちも不安を覚えたものだ。

 もっとも、その不安も翌日の影時間には解消した。そう。なんと次の影時間には完全な形でタルタロスが復活していたのだ。

 これが仮に全体の消滅ではなく半壊程度の状態で、尚且つタルタロス内に人がいたままならどうなるかという疑問もあった。

 湊が数日タルタロスにいたように、内部にいれば現実の時間に弾き出される事なく、連続したまま影時間の中にいることが可能なのだ。

 人の目から消えている間に復活しているのなら、中にいて影時間を連続した時間として体感している人がいれば条件から外れてしまう。

 影時間もタルタロスもまだまだ全貌が解明されていない事もあって、研究者や影時間に関わる者がそういった疑問を持つのはある意味当然。

 もっとも、結果から言えば中に人がいようとタルタロスは日付を跨いだ時点で復活する。

 確かにタルタロスは天まで伸びる塔ではあるのだが、その役割はあくまで降臨の地としてのマーカー。

 塔がある場所が最重要なのであり、上の塔は祭壇としての機能を持ったオブジェクトに過ぎない。

 故に、日付を跨がないと復活しないなら当日破壊すればいいと考えたところで、降臨の場所が雲の上から地上に変わるだけでニュクスが月光館学園の敷地に向かって降りてくる事に変更はないのだ。

 

(降臨してから行動を起こしたのか、初動を制して畳み掛けたのか。それだけでも分かれば違ってくると言うのに……)

 

 段々と残り時間が少なくなっているというのに、少しも解決策が思い付かない。

 それだけでなく、肩に担いでいる女性のように余計な手間を掛けさせてくる者まで増えてくる始末。

 ニュクス降臨の切っ掛けは桐条鴻悦の主導した実験だが、原因を辿ればこの女性たちのように精神の弱い者や、興味本位で死に触れたがった大衆の声がニュクスに届いた事にある。

 尻拭いをさせられている者にすれば、悪意も自覚もないだけに質が悪いとしか言い様がない。

 そして、ニュクスと対峙出来る者が湊しかいない以上、約束の日の戦いについて他の者たちに相談したところでどうなるものでもないため、独りで抱えるしかない湊は余計に心を荒れさせながら保護した女性を連れてEP社へと帰っていった。

 

 

 


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