【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百二十話 もしもの時の覚悟

夜――EP社

 

 七歌たちが本日のタルタロス探索について話している頃、EP社の特別区画に存在する湊の私室にソフィア・ミカエラ・ヴォルケンシュタインの姿があった。

 夕食後に湊と二人でちょっとした運動を行なったため、シャワーを浴びて髪を乾かして戻ってきたところだが、リビングに戻ってくればソファーに座って携帯電話を見つめる青年がいた。

 彼は仕事用と一応のプライベート用で携帯電話を使い分けている。

 それはソフィアも同じで、湊とはお互いにどちらの連絡先を知っているが、普段の彼を見ていればプライベート用の携帯電話を使っている事はほぼない。

 何せプライベートで籍を置いている学校にろくに通っていないのだ。

 他者に興味を持ってもいないので、相手側から一方的に知られている事を除けば交流もない。

 そうなってくれば、普段の活動の場であるEP社に関係する携帯の方がメインになるのはある意味自然な事だろう。

 ただ、そうとは言ってもプライベート用の携帯に連絡が来ることも一応はある。

 極希に学校の関係者だったりもするが、基本的にはその相手は特別課外活動部のメンバーやチドリたちだ。

 彼女たちは湊の仕事用の連絡先を知らない。栗原などは仕事屋時代の連絡先を知ってはいるが、それはあくまで仕事用の連絡先の一つでしかないため、EP社関連の仕事用で使っているものとは異なっている。

 まぁ、仮に仕事用の連絡先を知っていたとしても、プライベート用のもので連絡が取れている内はそちらしか使わないだろう。

 なので、プライベート用の携帯電話を見つめている湊の姿を見た時、ソフィアはまたアイギスか七歌が何かしらの雑談でメールでも送ってきたのだろうと思っていた。

 いくら湊に特別な感情を寄せているソフィアでも、別に湊と彼女たちが雑談していたとしても気にしない。

 決戦まで二週間を切っているといっても、その事だけを考えて常在戦場の心構えたれなどと言うつもりもない。

 七歌たちは自分たちの世界を守るため、日常を取り戻し未来を掴むための戦いに挑む気でいるのだ。

 であれば、決戦が近付いて来ても普段通りでいるのがある意味正しい姿だと言える。

 本来多忙である湊がそれに付き合うかは別だが、彼は何だかんだ言いながら面倒見が良いので今回もダラダラとくだらない雑談に付き合うのかも知れない。

 雑談を続けるなら自分も仕事のメールチェックでもしようと思いつつ、ソフィアが湊に話しかけようと近付いていけば、青年はソファーの上に携帯を放り出して立ち上がり、

 

「……少し風に当たってくる」

 

 そう言って輝きの濁った瞳でソフィアを見つめ、感情の抜け落ちたような表情ですぐに部屋を出て行った。

 突然の事に驚いて声を掛ける間もなく、扉が閉まってから再起動を果たしたソフィアは一体何があったのかとソファーの上に残っていた携帯を手に取る。

 どう考えても先ほどの様子となった原因は放置されていったこの携帯だ。

 幸いな事に画面は明るいままでロック画面にはなっておらず、面倒なパスワードを打ち込む必要もない。

 今すぐにでも彼の後を追いたい気持ちを抑えながら、原因を探るためにソフィアが現在開いている画面に視線を向ける。

 そこにあったのは大方の予想通り七歌から送られて来ていたメール。

 普段なら彼のプライベートに踏み込まぬよう勝手にメールを見たりはしないが、緊急事態だと自分に言い訳をして内容に目を通してみれば、なるほどと先ほどの青年の様子に納得がいった。

 メールに書かれていたのは、本日のブリーフィングで決まったという“再会の約束”だ。

 彼女たちも湊が影時間の記憶を失わない事は知っているようで、他の人たちが思い出すまで助言は禁止だと注意書きまである。

 集合場所にこれなかった者には思い出させてから罰ゲームをするらしく、文面からは戦いへの不安よりも未来への希望を強く感じることが出来た。

 

「……本当に、その心の強さは大したものです」

 

 彼女たちの真っ直ぐ未来を見続ける姿勢に感心して、ソフィアは思わず口元を歪める。

 やはり、光の当たる場所で生きてきた彼女たちは自分や湊とは異なる種類の人間らしい。

 七歌たちも人の死を身近に感じる経験や、所謂社会の闇に触れる機会もあった事だろう。

 対シャドウ兵器だった姉妹は勿論、桐条グループの研究所で人体実験の被験体になっていたチドリにいたっては、そういった闇の被害者なので普通の人間より余程詳しい。

 しかし、その思考の軸となるのはあくまで表の世界の常識で、彼女たちの心は善性に傾いている。

 自分たちの目的のために他者を害し、そうして作り上げてきた敵をさらに殺して、今もまだ我を押し通し続けているソフィアや湊では持ち得ない視点だ。

 彼女たちの能力が常人よりも高いのは知っていたが、その強さの理由が改めて理解出来た事でソフィアも未来のためにもう一頑張りするかと部屋を出る準備をする。

 メールの画面を閉じると湊の携帯をテーブルの上に置き、深く息を吐いて気持ちを切り変えてそのまま部屋を出て行く。

 風に当たってくると言った青年の姿はとっくに見えないが、恐らくは他の者の立ち入りが禁止されている屋上にいるはずだ。

 もっとも、居場所の見当がついていようと別に湊を追いかけるつもりはない。

 どうせ自分が行ったところで何も出来ないことが最初から分かりきっているためだ。

 長い廊下を進み続け、特別区画を出てから様々な実験を行なっている研究区画へと足を踏み入れる。

 あと一時間もせずに日付が変わるという時間だけに、歩き続けても誰ともすれ違いもしないが、ソフィアが向かっている場所は研究内容が特殊なだけに誰かしら控えている事は分かっている。

 カードキーを通してセキュリティを解除して入室する。

 中で作業をしていた者たちも扉が開いて来客に気付いたらしく、だらけた姿勢で椅子に座っていた褐色の肌をした女性が手を挙げて声を掛けてきた。

 

「はぁーい。こんな時間に珍しいわね。何か用事でもあったぁ?」

「まぁ、野暮用というやつです。それと湊様について二、三伝えたいことが」

「坊やについて伝えたい事?」

 

 ソフィアに挨拶をしてきた女性シャロン・J・オブライエンは、湊について伝えたい事があると聞いて不思議そうに首を傾げた。

 言ったソフィアもこれではまるで内容の予想がつかないだろうと思いつつ、傍にあった椅子を少し移動させてシャロンの傍で腰を下ろした。

 

「ええ、貴女も湊様の最近の様子には気付いていたと思います」

「まぁ、一応はあの子の主治医だからねぇ。何より、女の子連れ込みまくってるから、そうじゃなくても目立つっていうかさ」

「基本的にはわたくしが対応していますが、会社関連でどうしても外せない用事が入る事もありますから、彼女たちのような都合の良い存在がいた事はとても助かっています」

 

 二人が話しているのはここ最近の湊の性生活の事だ。

 基本的には両性である湊に性欲は存在しない。彼の中でスイッチを切り替えない限りは、そういった欲求が一切湧いてこないのだ。

 けれど、そんな湊が望んで女性を抱こうとする時がある。

 それは精神的に強いストレスを受けている時だ。

 シャロンは過去にラビリスから相談を受けて知っており、ソフィアは求められるタイミングと彼の抱えている悩みの大きさなどでそれに気付いた。

 元々は食欲を満たすことで間接的に解消していたが、より強く不安を解消ないし一時でも忘れられる行為を知った事で、彼は性依存症だとシャロンから診断を受けた。

 そう診断したシャロン自身は、湊の抱える悩みの大きさをそれなりには理解しているし、潰れて廃人になるくらいなら同意の上での行為ではあるので性行為に励んでいる方がマシだと思っている。

 ただ、ここ最近はソフィアを連れて部屋に籠もる機会が増えているだけでなく、アイドルの柴田さやかや桐条家の使用人である斎川菊乃を連れ込んでいる事もある。

 前者はお互いに納得した上での密会のようだが、後者は賠償として純潔を捧げるという一夜限りの話ではなかったかと首を傾げたくなる。

 けれど、それは置いておいても最近の湊を見ていると、体調は大丈夫なのかと聞きたくなるような頻度で女性を部屋に連れ込んでいた。

 最も彼の相手をしているであろうソフィアがこうやって元気な姿を見せているため、化け物染みた体力を持つ青年の心配は無用だと思われる。

 昔聞いた話では一夜で三人の女子を相手した事もあったようなので、湊の体力は本当に無尽蔵だと考えも良いのかもしれない。

 しかし、医者として見れば湊の現状はかなり危険な状態と言わざるを得ないとシャロンが口を挿む。

 

「まぁ、坊やの性格を考えると抱え込むなって方が無理なんだと思うけどさぁ。正直持たないと思うのよ。見てるなら分かるでしょ? あれ、とっくの昔に限界超えてるわよねぇ?」

 

 そう尋ねるシャロンが言っているのは湊の精神の話だ。

 確かに彼は強い。純粋な身体能力だけでなく、先祖たちが鍛えてきた技術も取り込み、さらには神クラスのペルソナという異能まで持っている。

 あれと一対一で戦える存在など、それこそ人の理から外れた存在くらいなものだろう。

 ただ、それだけの力を持っているというのに、その精神は酷く臆病で触れれば簡単に壊れそうな脆さを持っていた。

 彼の事を知っている者たちから話を聞いた限りでは、彼の精神の弱さは昔からだという。

 誰よりも傷つきやすく、悩みを抱え込みやすい。

 だが、そうやって自分が塞ぎ込んでいれば大切な物を失うからと、彼は心が摩耗していくことを無視して歩き続けることを選んだ。

 

「どういう精神構造しているのか知らないけどさぁ。なんであれで動けてるのか不思議でたまらないのよねぇ」

「マグロやサメみたいなものでしょう。止まれば死んでしまうから動き続けているだけかと」

「その動き続けるための腕やら足やらが既に崩れ落ちてるようなもんでしょ」

 

 シャロンからすれば、湊は固い地面の上で身体を引き摺りながら進んでいるようなものだ。

 進むにつれて徐々に身体は削られていくため、今の湊はとっくに動けなくなっていてもおかしくない状況。

 だというのに湊はそれでも止まらず、手足がないなら這っていけばとばかりに進むのを止めず、どうしてそこまで出来るのかと周りが不気味に思うところ超えて、理解出来ない化け物だと思うところまで来ていた。

 ソフィアもシャロンの言っている事は理解出来ており、湊と肌を重ねて彼の精神の負担を僅かでも軽減させる役割を持っていなければ同じように感じでいたと断言出来る。

 そうならないのは行為を通じて彼の怯えを強く意識出来ている事が大きいと思われた。

 

「……そういった表現で言うならば、湊様は手足どころかとっくに目も耳も利かないような状況になっています。それでも、止まってしまうことの方があの方にとっては恐ろしいのです」

「まぁ、この惑星の命全部の命運を託すって言われりゃ誰だって冷静ではいられないでしょうね」

「未来が続く可能性が存在することは分かっています。ですが、未だその方法が分からないようでかなり思い詰めていられるようです」

 

 ソフィアは湊から滅びを免れた世界の話を聞いていた。

 自分たちがいるこの世界の未来なのか、それとも分岐した並行世界なのか。実際に彼女らと対面した湊にもそれは分からない。

 ただ、この世界と同じようにニュクスと戦って生き残った彼女たちが存在する以上、この世界が同じ未来に辿り着く可能性はある。

 その可能性を知らなければ湊も今ほど悩んではいなかっただろう。逆に知ってしまったからこそ、あるかも分からない正解に辿り着こうと悩んでいる。

 ソフィアの話を聞いて改めて不器用な生き方だなとシャロンは小さく溜息を吐いた。

 

「はぁ……正直それって悩んで意味あるの? だって、もしかしたら決戦の日に偶然奇跡が起きて助かったって可能性もあるんでしょ?」

「分かっているのは湊様が単身ニュクスに挑みに行って帰ってこなかったという事だけです」

「坊やの行動がトリガーって事以外何も分かっていない事は理解出来たわ」

 

 ニュクスに勝つには湊が単独で敵の許へ行く必要がある。

 しかし、そこで湊が何かをして勝つのか、それとも足止めしている間に他の者たちが何かをして勝てたのか、得られた情報からは重要なその部分がまるで分からなかった。

 よくもそんな状態で悩み続けられるなとシャロンは思わず呆れたが、傍にいる少女がここを訪れた理由がまだ残っていたため、横道に逸れていた話題を戻すべく用件を尋ねた。

 

「んで? 坊やについて伝えたい事って?」

「先ほどの話にも関係することですが、先ほどあちらのメンバーの一人から湊様に一通のメールが届きました。その内容は影時間が消えて記憶を失った後に再び記憶を取り戻して再会しようという“約束”です」

 

 姿勢を正して話し始める相手を見て、シャロンはメール一通に何をそこまで真剣な様子を見せるんだと思いかける。

 だが、その内容を聞いた途端に全て理解したと脱力して、主治医として働く必要もあると考え彼の居場所について質問した。

 

「なーるほど、それで坊やは? 止めを刺したと言ってもおかしくない内容だと思うんだけど」

「無表情で風に当たってくると出て行かれました。ただ、わたくしには今にも泣きそうな表情に見えましたね」

 

 二人がここまでメールに書かれた“約束”について気にするのは、その内容が最も湊の精神にプレッシャーをかけるものだと思えたからだ。

 七歌たちにとってはより強く未来を意識させ、約束を果たすために負けられないと心を支えてくれる魔法の呪文と言える。

 けれど、湊からすれば、自分が失敗すれば約束も含めた彼女たちの未来が閉ざされる事を強く意識させる見えない鎖だ。

 何より、いくら約束を結ぼうにも、彼女たちの進む未来に彼の姿はない。

 

「悪気はないんでしょうけどねぇ。自分がいない未来に向けた約束なんて、追い詰められてる状態で言われても困るでしょうに」

「これ以上溜め込むくらいなら、あの場でわたくしに八つ当たりでもして発散してくだされば良かったと思わずにはいられません」

「出来る訳ないじゃない。方法はともかく坊やとって貴重な精神安定剤代わりなのよ? そんな相手に八つ当たりしたなら、そのまま罪悪感からの精神崩壊で廃人コースしかないわぁ」

 

 ピンポイントで湊にダメージを与える内容の“約束”であった事は偶然だと思われる。

 湊はあちらのメンバーたちには未来の情報を伝えていないので、本当にそれはただの偶然に過ぎなかったのだが、タイミングと伝える相手が悪過ぎた。

 この場にいる二人は湊から情報を貰っているため、七歌たちの約束を聞いた時には“味方を追い詰めてどうする”とツッコミを入れたくなった。

 風に当たってくると言って少しでも冷静になろうとしているのだろうが、今の青年の精神状態はそれくらいでどうにかなるようなレベルではない。

 もし、湊が言っていた未来の七歌たちが並行世界の存在ならば、自分たちのいるこの世界は決戦を前に最大戦力を失い敗北が決まっている世界の可能性もある。

 とっくに限界を超えているせいで、湊がどこまで持つかの予想がつかない。

 ただ、そういった“もしも”の事態について考えておくべきだとソフィアは告げ、シャロンもその時は潔く諦めるしかないと苦笑した。

 報告を終えて部屋を出て行く少女と研究室に残る女性。いま二人が願うのは青年の心に平穏が訪れる事のみだった。

 

 


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