【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百二十二話 言葉で伝える

1月22日(金)

午後――桐条本邸

 

 一月も下旬に入り、世界の終わりまで十日を切った。

 テレビや新聞では増え続ける無気力症患者と、世界の滅びを預言するカルト宗教の話題が連日報道されており、社会全体がどこか暗い雰囲気を纏っている。

 そんな物に負けないと仕事や部活に打ち込む者もいるが、ある日突然仲間や知人が無気力症になって倒れると流石に意識してしまうのか、そこから不安を覚えて無気力症になるケースも増えているという。

 政府も専門家を招いて対策会議を続けているものの、言ってしまえば不安から来るただの精神病でしかないものに明確な対策など取れるはずがない。

 地方自治体に専用の相談窓口を用意させ、街中で無気力症患者を見つけた際に迅速な保護が出来るよう救急と警察で連携が取れるようマニュアルを作り、受け入れ先の病院に病床を出来る限り増やして対応するよう要望を出し、そしてこのような時だからこそカルト宗教などに頼ったりしないで欲しいと注意を呼びかける。

 今現在、具体的に取れている対応はこれくらいだ。

 大きな病院を持っているEP社と桐条グループは、無気力症についての研究を行なっている事に加え、最も無気力症の発生が多い都内にある事で他の病院よりも対応を求められる件数が多い。

 EP社全体の指揮を執っている湊は勿論、意識不明で入院している間に会長職に退いていた桐条武治も高寺を会社の方に専念させて、自身は病院や無気力症の研究の調整を受け持ち自宅から指示を飛ばしていた。

 だが、本来は学校で授業を受けているであろう午後の早い時間に、湊と桐条は桐条本邸の応接室で会っていた。

 無論、過去に湊が桐条の命を救ったことがあるにせよ、様々な因縁のある両者が二人だけで会っている訳ではない。

 今この部屋には、車椅子に座る桐条の隣には英恵が、その正面に座る湊の横にはソフィアと桜が、湊から見て右側のソファーには鵜飼と渡瀬が、左側のソファーには五代とロゼッタと栗原が座っている。

 普通であれば裏の情報屋や仲介屋など屋敷には入れないが、今回の面子を集めたのは湊だ。

 まだ足に麻痺が残っている桐条の事を考え、場所を桐条家の屋敷に指定した事は桐条本人も分かっている。

 そのため、最低限の自己紹介をした後はそれぞれの素性などは深く探らず、斎川菊乃を初めとした影時間について知っている使用人たちが飲み物を用意して退室するまで待ち、部屋に関係者のみがいる状態になってようやく英恵が口を開いた。

 

「それで八雲君。今日は影時間に関わることで話があると聞いているけど、一体何かしら?」

「……正確に言えば影時間が終わった後の話についてだ。今月の終わりにニュクスと戦い。それに勝てば影時間は消える。けど、実際にはそこで終わりじゃない」

 

 本日の訪問理由について、英恵たちは最低限の情報は持っていたが詳しい内容までは聞いていなかった。

 内容が影時間に関わるものとなると、公安や桐条グループを陥れようと考える者の耳がどこにあるか分からない。

 そのため、影時間という単語も実際には使わずに、分かる者にはそうと分かる形で湊は自身の訪問理由を事前に告げていたのだ。

 桐条家との情報のやり取りを実際に行なったのは菊乃であり、彼女は今月に入ってから休みの度に湊に会いに行っているため、桐条が自宅療養しながら自宅で仕事をしている今の状況であれば簡単に予定を合わせる事が出来た。

 湊が自分から二人に話があると伝えてきただけに、二人も重要な話だと言うことは事前に理解している。

 しかし、最後の戦いがこれからという状況で、それを終えても終わりではないと聞かされれば困惑して当然だ。

 被害者と加害者という立場から、出来るだけ自分は話を聞く側に徹し、直接言葉を交わすのは英恵に任せようと思っていた桐条も、ここは事情を詳しく知っている自分が聞くべきだと判断して尋ね返した。

 

「そこで終わりではないというのはどういった意味なのか聞かせて欲しい。無論、無気力症患者の社会復帰や、シャドウの被害などの後処理が必要になることは分かっている。しかし、君が言っているのはそういう事ではあるまい」

「ああ。後処理の一部とも言えるんだろうが、特別課外活動部が対処すべき別の事件が発生するという話だ」

 

 七歌たちが対処すべき事件が起こると聞いた途端、桐条と英恵だけでなく臨時顧問になっている栗原も僅かに険しい表情になる。

 子どもたちは影時間を消すために、最後の戦いとしてニュクスに挑む。

 だというのに、ニュクスを倒してもまだ終わりではないとなると、子どもたちに戦いを任せてしまっている大人として、いつになれば彼女たちは戦いから解放されるんだと世の理不尽さに怒りを覚えずにはいられない。

 ここで湊から情報を貰えているため、何も分かっていない状態よりはマシなのだろう。

 それでもやはり、最後の戦いに向けて闘志を高めている彼女たちに、ニュクスに勝利しても再び戦う時が来ると伝えるのは気が引ける。

 一度あったなら二度、三度と続くかもしれない。そう考えてニュクス戦の前に心が折れる可能性もあるのだ。

 実際、彼女たちにとっては幾月の言葉を信じて既に一度裏切られている状態である。

 アルカナシャドウを全て倒せば戦いが終わると思っていたのに、影時間は消えずシャドウを生み出した神と戦うはめになっている。

 ここでまた戦いがあると伝えれば、流石に彼女たちもストライキで訴えてくるかもしれない。

 桐条家の持つ戦力で対処出来るならばいいが、どうしても彼女たちの力が必要になるとすれば、伝えるにしても十分な配慮が必要だろう。

 彼女たちに実際に伝える役目を負う可能性が高い栗原は、その事件の規模や対処法など分かる事があれば教えて欲しいと尋ねた。

 

「湊、その事件ってのはどこでどの程度の規模で起こるんだい? 時期によっては三年生はすぐに来れない可能性もある。分かっている事があるなら教えて欲しい」

「……最初に断っておくが、その件について特別課外活動部の人間に伝える必要はない。チドリやラビリスも同様だ。事件が起きる理由はあいつら自身にある。そして、事件の解決もあいつらだけで出来るから解決するまでは何もしなくていい」

「伝えなくていいって、ペルソナを使って戦ったりもするんだろう?」

「まぁな。けど、そこに関してはしょうがない。タルタロスが消滅した事で、それを構成していたエネルギーが現実世界に留まり、何もなければ時間経過で消えていくところを、あいつらの未練がトリガーになって不完全な願望器として機能してしまうんだ。自分らで解決するしかない」

 

 タルタロスは影時間側のものではあるが、それ自体は人がニュクスを求めた結果生まれた降臨するためのマーキングである。

 つまり、建造物という形ではあるものの、人々の死を求める心が形となったエレボスなどに近い存在ということだ。

 影時間の消滅によって高まった人々の願いが形を失い。何の方向性も持たない高エネルギー状態で消えるのを待っているとき、常人よりも心の力が強いペルソナ使いたちが一つの場所に集まって似た願いを持っていた。

 その願いにタルタロス消滅で残った高エネルギーが反応するも、完全な形で叶えるには至らずに起こるのが“終わらない三月”の事件である。

 特別課外活動部の者たちも巻き込まれたようなものだが、自分たちの願いが原因である以上は自分たちで解決して貰いたい。

 湊がその事を伝えれば、話を聞いていた五代がまるで見てきたかのように話す姿に違和感を覚えて口を挿んだ。

 

「どうして君は影時間消滅後の事を理解しているように話すんだい?」

「実際に知っているからな。終わらない三月、三月の最終日にあいつらは異界化して時の空回りを起こした寮に閉じ込められる。だが、補給の心配をした事で扉の一つが過去に通じてそこで俺に出会うんだ」

「なるほど、君は既に未来の彼女たちに会っているのか」

 

 説明を受けて納得した顔で頷く五代。

 未来の本人たちから彼女たちの置かれた状況について説明を受けたなら、ここまで確信に満ちた様子で話すのも理解出来る。

 最初から最後まで任せるというのも、彼女たちが自分たちの力でそれを解決出来ると分かっているからなのだろう。

 ただ、情報源を知った事で納得出来る部分もあるが、そことは別で気になる点もいくつかある。今の湊なら素直に答えてくれると期待して五代は質問を続けた。

 

「しかし、それでも気になることがいくつかある。君は先ほどから彼女たちが解決するしかないと言っている。だが、彼女たちが事件に巻き込まれているなら、事情を理解している小狼君自身が合流して助けた方が速い。そこについて話さないという事は、未来の君はその事件に巻き込まれていないのかい?」

「……ああ。俺はその場にいない」

 

 五代の質問は他の者たちも疑問に思っていた部分で、どうして事件が起きると知っているなら湊自身が解決しないのだろうかと不思議に思っていた。

 勿論、彼にも色々と事情があって手を貸せない時もあるだろう。

 事件のトリガーとなる未練とやらを湊は一切抱いておらず、そのせいで事件が起きた寮から弾かれている可能性だってある。

 なので、事情があれば湊が合流しない事も十分あり得ると思っていたのだが、五代の問いに自分がその場にいないと返した彼の様子を見て、全てを悟った鵜飼が頭の後ろを掻きながら溜息を吐いた。

 

「はぁ……今日会って眼を見たときから気になってたが、そういう事かい。坊主、今度の戦いでお前死ぬ気だな?」

 

 鵜飼の言葉にソフィアを除く全員の視線が湊に集まる。

 先ほど鵜飼が湊の眼について話していたが、他の者たちも今日の湊は普段よりもどこか存在感が強いと感じていた。

 一番印象的なのがその瞳で、輝くような金色の瞳の奥に確かな決意の光とでも言えばいいのか、強い自信のようなものが見て取れたのだ。

 他の者たちは他の子どもたちのように、ニュクスとの戦いに向けて気合いが入っていると思っていたのだが、決意の光の中に一種の悟りのようなものが混じっていた事で鵜飼や渡瀬は死ぬ覚悟を決めているのだと察していた。

 ここでそういった指摘を受けることも想定していたのか、指摘された湊は気にした様子もなく鵜飼に視線を向けると、多少の語弊はあるが概ねそうだと肯定で返す。

 

「死ぬ気というと語弊があるが、まぁ、そうですね。俺はニュクスに勝つ方法をずっと考えていました。未来の彼女たちはどうやってニュクスを倒したか知らなかったけど、その未来がある以上は勝つ方法があるんだと思ってずっと考え続けていたんです」

 

 いくらニュクスに勝った未来からきた人間だったとしても、当人たちが実際にニュクスと対峙したのでもなければ詳細など語りようがない。

 けれど、その未来があるという事実は湊に希望を与え、そして同時に先の見えぬ思考の迷宮へと彼を閉じ込めた。

 

「ニュクスを殺せばこの世界の命は全て心が欠けて無気力症になり滅びてしまう。なのに、彼女たちは勝った。そこで、俺はありもしない倒す方法を考えて悩み続けました。でも、それが不可能だと悟った時に、ニュクスを倒す以外の方法なら勝てると気付いたんです」

 

 先日、悩み続けた末に折れかけた青年は、そこでニュクスを倒す事は直接の勝敗に関係ないと気付いた。

 確かに人類を滅ぼすのはニュクスだ。そこだけを切り取って考えればニュクスこそが倒すべき敵だと思ってもおかしくない。

 しかし、湊はその認識が間違っていると気付いた事で、ニュクスを倒さずに勝つ方法を思い付いた。

 気付いてしまえば、どうしてあんなに悩んでいたんだと思うくらいに簡単な事だった。

 最初からニュクスは戦いの舞台に立っていない。ニュクスはあくまで時間制限で発動する舞台ギミックのようなものでしかなかったのだ。

 そう。いつも青年を苦しめてくるのは異形ではなく、本来彼と同じ側の存在であるはずの人間たちだったのだ。

 その事実に気付いた青年はどこか諦念の籠もった苦笑を浮かべ告げる。

 

「……結局、俺の敵は人類だって事に気付きました。全ての人間を殺し尽くせば願いは叶う。けど、人を救うために人を殺すなんて出来る訳がない。幾月たちは死を救いだと思っているのかもしれないけど、我が儘な俺はそれとは別の道を選ぶ」

 

 最期の戦いで敵として立ちはだかってくる幾月たちは、死そのものか死の先に救いを見出している。

 実際に幾月たちの目的を聞いた七歌たちの理解がどの程度かは不明だが、心を読まずとも湊はその事に気付いている。

 死後の世界で両親たちに会った湊だからこそ、彼らの考え方もある意味では正解なのだろうと共感出来る。

 しかし、湊はその道を選ばない。それしか手段がないのであれば最後は敵を殺してでも我を通すつもりだった。

 

「ニュクスの降臨は人に望まれたからだ。だから、俺という個の意志で、人類の意志に挑んでその願いを否定する。死を求める人間たちに生きろと命じる。それが人に願われ続けた俺が最期に果たす復讐です」

 

 人々にそうあれと、他者を助け救済する存在として願われ続けた湊だからこそ、人々の願いを真っ向から否定し真逆のことを強いる事が最大の復讐となり得る。

 けれど、そう話す青年の表情は言葉の物騒さとは裏腹に、悪戯が成功した事を喜ぶような年相応の柔らかい笑みを浮かべている。

 話を聞いていた大人たちは、そこで湊が自身の選択に一切の悔いを抱いていないと悟った。

 ただ、それでも彼が犠牲になる事を全面的には肯定出来ない桐条が、どうしてもそれを選ぶ必要があるのかと確認する。

 

「……それは君の命を使わないと出来ない事なのだな?」

「ああ。人は増えすぎた。一度その願いを否定したところで、高まった願いによって再びニュクスが呼ばれる可能性がある。なら、対処出来るうちにその可能性を潰しておかなければならない。俺は人と神を隔てるための封印になる」

 

 自分の命を使ってでもそれを為すのではなく、それを為すために命を使う必要がある。

 湊の言葉はどこまでも自信に満ちており、彼が単なる自己犠牲で特攻をかまそうとしている訳ではないと理解出来た。

 ここまで覚悟を決めているとなると他人が何を言っても彼は止めないだろう。

 恐らく彼はこの事を特別課外活動部の者たちには話していない。何も伝えぬまま封印となるつもりだ。

 もしも、ここにいる者の誰かがそれを伝えようとすれば、湊は魔眼を使ってそれを阻止してくるに違いない。

 ただ、自分がいなくなった後の事を一切心配していない訳ではない。

 そのために大人たちを集めて後の事を託すために自分の計画と未来の事を話したのだ。

 

「向こうの世界で両親に会ったとき、二人から俺がどうしたいか、どう生きたいか聞かれた。以前の俺はどうすべき、どうしなきゃいけないと義務感か強迫観念に突き動かされて生きていた。でも、自分が望まれて生まれた存在なんだと知った事で、そういった鎖から解き放たれて自分の意思で考える自由を得た」

 

 覚悟を決めた青年の計画を聞いて誰も何も言えなくなっていれば、湊はとても穏やかな表情で自分が死んでいた時の事を話し始めた。

 あちらの世界で両親に会ったこと、イリスと話したこと、そして自分の心がその時点で救われていた事を。

 他の者たちも彼の心が何かに縛られている事は知っていた。

 自分が幸せになる事を悪い事だと考えている節があり、誰かを救い続けなければならないと強迫観念に囚われ、裏の仕事をしている者にすら生き急いでいるように思えていた。

 そんな青年が自然と満ち足りた表情を浮かべ、この場にいる者たちに視線を送ると感謝の言葉と共に頭を下げた。

 

「忠告もろくに聞かない馬鹿を見捨てないでくれてありがとう。子どもの我が儘を受け止めてくれてありがとう。家族になってくれてありがとう。貴方たちに支え続けて貰ったおかげで俺はここまで来られた。両親と別れてから十年間、楽しいことばかりじゃなかったけど、それでも俺は――――誰よりも幸せでした」

 

 大切な者たちの未来を守るため、後悔なくこの選択を出来る事が自身の幸福の証明である。

 その意志を彼の笑顔から悟った大人たちは、ある者は子どもにそんな選択を取らせるしかないやるせなさに俯き、ある者はこの別れが今度こそ本当の別れになる事を察して涙を流し彼を強く抱きしめ続けた。

 

 

 


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