【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百二十五話 住人らへの報告

1月28日(木)

午前――ベルベットルーム

 

 決戦まで残り数日。湊は影時間消滅の記憶補整で自分に関する記憶が消える事を考え、出来る限り自身がいたという痕跡を消しながら、それでもアイギスたちに何かあった時の備えをしながら過していた。

 桜や英恵には自分が死んだ後の事を頼んではいるが、影時間の適性を持たないからと言って記憶補整の影響がないとは断言出来ない。

 未来の七歌たちから桜たちの話は出ておらず、彼女たちの記憶が残っているかは不明なままだ。

 加えて、未来からやってきた七歌たちが、本当にこの世界の延長にある未来から来たかも分からない。

 順平からの呼び方が変わっていたり、修学旅行で美鶴と話すようになっていたり、未来と同じ変化はこの世界でも起こっている。

 天田に殺されて死ぬ可能性のあった荒垣も生き残り、あの時の眞宵堂にやってきたメンバーは全員生存しているのだ。

 唯一の違いはあの時に眞宵堂に来なかった綾時がいる事だが、実を言えば湊はアザゼルを送った際にあちら側に綾時がいる事に気付いていた。

 アザゼルの視界越しに綾時の姿を見ていた事に加えて、その後、鍵が出現したという話をする時にメティスが「姉さんたち一人につき一本で合計十三本」と言っていた。

 人数を数えれば簡単に分かるが、特別課外活動部とチドリたちの人数を数えると一人足りない。

 メティスを含めれば合うものの、そうであれば“姉さんたち一人につき”と他人事のようには言わないだろう。

 七歌たちの未練が原因で時の空回りが起こった訳だが、あちらはニュクスの封印が成功した世界。宣告者である綾時がいても問題はない。

 一方で湊がいるこちら側は、六月の時点では宣告者であるデスは封印状態にあった。

 そこに人間になったとは言え、宣告者だった綾時が現われればニュクス側にどんな変化が起こるか分からない。

 下手をすれば綾時がやってきた時点で時は満ちたと判断され、七月か八月にニュクスが降臨していた可能性もあるのだ。

 そういった事態を避けるべく、未来の綾時は情報収集を他の者たちに任せて自分は寮に残ったに違いない。

 よって、このまま行けば死ぬ予定の湊も含めて、味方側のペルソナ使いらの人数や構成は一致するのだ。

 そこから恐らくは地続きの未来と考えられるため、出来る限りの準備は進めているものの、どこまでやれば十分なのかが湊には分からない。

 強い装備が欲しいのであれば、湊の死後でもアイギスに渡したリストバンド経由でマフラーの中身は取り出せる。

 追加で送る戦力はないが、湊のマフラーに入っている武器の一部はセイヴァーの力で対シャドウ兵器化しており、引き金さえ引ければ誰でも敵を屠る事が可能だ。

 とはいえ、自分たちの窮地でも補給経路を求めて過去に扉を繋いだ事から、アイギスが兵器を除くマフラーの中身を使う気がない事は察せるので、回復アイテムに関しては湊も別枠で用意して密かに寮内に置いておくつもりでいた。

 その中にメティスをよろしくと書いた手紙を入れておけば、未来の真田と天田が言っていた手紙の件もクリア出来る。

 回復アイテムや時限式で開く箱は既に用意しており、後は寮生らに気付かれずに元理事長室に設置すれば条件達成となる。

 そこに関してはマフラーの中にある“ハデスの隠れ兜”を使えばすぐにでも可能なので、いつでも出来る事は後回しにして、湊は学校を休み久しぶりにベルベットルームを訪れていた。

 扉を潜って現われた湊は椅子に座ると正面にいる長鼻の老人を見る。

 いつみても不気味な姿をしているが、それはとても精巧な人形の身体をしている事も理由の一つだろう。

 人形の身体に魂が宿った異形側の存在。それはある意味でアイギスらの先輩のようなものだが、相手にはまだこの部屋を出て行くつもりはないようなので、湊はそちらの問題には関わろうとせず話を始める。

 

「……まぁ、色々と話もあるかも知れないが、とりあえず最初に伝えておく。約束の日、ニュクスとの戦いで俺は死ぬ。これまで色々と世話になった」

「ホッホッホ、現実世界の時間にしておよそ十年。これほど長くこの部屋を利用されたお客人は貴方が初めてだ。制約も多く万全な仕事が果たせたとは言いませんが、この部屋の住人たちの仕事ぶりはどうでしたかな?」

 

 楽しそうに笑う老人は、あの日やって来た幼い少年の成長を感慨深く思っているのか、これまでよりも僅かに親しみの籠もった声色で問いかけてきた。

 途中参加したマーガレットを除けば、他の三人とは十年の付き合いになる。

 家族となったチドリたちより付き合いは長く、彼女たちの助けがなければ今の湊は存在しない。

 普段通りの様子でいる姉二人と親しくなった者との別れに表情を曇らせている弟を見ながら、湊は顎に手を当て少しだけ考えると、僅かに口元を歪めて返事をする。

 

「……そうだな。訓練だというのに何度も殺されて、たまに私怨も混じった八つ当たりで殺されて、客人のはずなのに使いっ走りのように無茶な依頼をさせられて、それらの不満点について語れと言われれば数時間は話し続けられるくらいには不満を持っている」

 

 いくら人体改造を受けて筋力や反応速度を上げたと言えど、小学校低学年でしかなかった湊をエリザベスは本気で殴ったり蹴り飛ばしたりしてきた。

 無論、全力でやればミンチを超えて肉片の混じった血の染みになっていたので、内臓破裂程度で済むよう手加減はしていたのだろう。

 けれど、ファルロスによる蘇生があると言えど、幼い子どもによくもそんな事が出来るなと言うレベルの事を彼女たちは何度もしてきた。

 成長してからはさらにエスカレートしていき、対応を誤り直撃すれば肉体が蒸発するであろうメギドラオンを、一対三で戦っている状態で別々の方向から放ってくる事もあった。

 蘇生が可能と言っても限界は存在するし、現実世界でそこまでの状態になる事などないだろうというレベルの戦いを繰り返し、湊として不満が全くなかった訳ではない。

 中には相手の不満やらストレスの解消という名の八つ当たりが混じっていた事もあり、本気で客人への対応を見つめ直した方が良いのではと呆れ混じりの視線を送る。

 そんな視線を向けられても姉二人は微笑を浮かべている辺り、やはりいい性格をしていると湊は小さく溜息を吐く。

 小さく溜息を吐いてから顔を上げた湊は、話を聞いて同じく従者らに呆れた様子を見せていた部屋の主に偽りない自分の本音を伝えた。

 

「それでも、俺の願い通りに何の力も持っていなかった子どもを本気で鍛えてくれた事は嬉しかった。俺が現実世界で死なないように、必死に掴んでいた大切な物を手放さずに済むよう、お前たちが全力で依頼に取り組んでくれたおかげで俺は最後の仕事をこなすことが出来る」

 

 他人が聞けば本気で恨んでもおかしくないエリザベスたちの所行も、湊にとっては何の力も持たぬ子どもの到底果たせそうにない願いを本気で叶えさせようとしてくれた結果だ。

 故に、青年の中にある不満など親しい者への冗談交じりの愚痴でしかない。

 それを聞いて安心したのかイゴールも少しだけ笑い。指を鳴らすと現われた四枚の紙をテーブルの上に置いて湊に見せてくる。

 

「この場所を訪れたお客人は、どなたもそれなりに困難な道を進んでおられました。貴方はその中でも長い時間をここで過された。歩んできた道はその分困難も多かったと思います。ですが、貴方はその旅路を歩き抜こうとしている」

 

 ベルベットルームはいくつもの世界が交わる空間にある。

 どこにでもあるし、どこにも存在しないとも言える。

 そのため、湊のいる世界とは全く異なる歴史の流れを辿った客人を迎えた事もあった。

 エリザベスたちは住人としては新人になるので、イゴールほどここを訪れた客人らを知らないが、多くの客人らを迎えてきたイゴールから見ても湊の人生は中々に波瀾万丈だった。

 それは契約を結べた数からも分かる事で、魂の強度による結べる契約の上限を無視すれば、一つの契約で十分なはずのものを湊は四つも結んでベルベットルームとの繋がりを強化していた。

 繋がりを強化することで、マーガレットもサポートに加えられるようになり、二人の姉の命令でテオドアも鍛錬に力を貸していた事から、実質姉弟三人とも湊のサポートに駆り出していた事になる。

 ベルベットルーム内で相談したり、ちょっとした商売のような形で関わるのでなく、しっかりと外の世界でも力を貸した者など湊が初めてと言っていい。

 だからこそ、イゴールは困難に満ちた旅路を彼がどうしてここまで歩き続けられたのかを聞きたかった。

 テーブルの上に載った紙には彼の結んだ契約が書かれている。そして、内二枚が既に役目を終えて灰色になっていた。

 残るはエリザベスと結んだ“契約を果たすまで死なない”という契約と、マーガレットと結んだ“命のこたえを見つける”という契約のみ。

 一度は完全に死んで契約自体が凍結されていたのだが、彼が生き返った事で契約書も再び色を取り戻した。

 エリザベスと結んだ契約は他の契約を全て果たした時点で達成となるため、実質、残るはマーガレットとの契約だけという事になる。

 湊であれば既にそちらも達成出来る状態にありそうで、彼が“命のこたえ”を見つけるに至った道程を知る切っ掛けになればと思ってイゴールは彼がここまで歩き続けた理由を尋ねた。

 

「貴方の願いは最初から他者の幸福に偏っていた。人は誰かのために剣を取る事もある。それは私も理解しておりますが、その果てに貴方は何を得るのでしょう? 一切の見返りを求めず、ただ誰かのために在りたいと願っていた訳ではありますまい」

「……そうだな。幼い頃から俺には力があったから、力を持たない者に救いの手を差し伸べる事を当然だと思っていた部分はある。けど、この十年を過す中で根底にあったのは贖罪だと思う」

 

 イゴールからこういった質問が来ることを予想外に思いながら、湊は少しだけ考える素振りを見せてすぐに答えた。

 自分が何のために戦っているのか、何を求めて戦っているのか、死後の世界で両親に会ってから湊は何度もそれを考える機会があった。

 ニュクスとの戦いに勝つ方法を考える中でも、それらの答えが大きなヒントになったと言える。

 

「俺を守るために死んだ者、俺が生きるために殺した者、他人の命を喰らって生きている俺はその分誰かを救う義務があると思っていた。けど、別に俺はアイギスやチドリを両親らの代わりだなんて思ってはいなかった。確かに二人は俺を助けてくれた。けど、それ以上に二人を助けた時点で恩返しは終わっても良かった」

 

 命を助けられた恩を返すために、湊は二人を守ろうと戦っているつもりだった。

 しかし、湊は恩を十分に返したと思えるだけの事をしても、二人を大切に思って自分の命を懸けてでも助けようとし続けた。

 贖罪と恩返し。本当にそれだけで戦っていたなら、自分はもっと前に戦い止めていたと湊も気付いている。

 彼の精神の在り方は確かに人として異常だが、湊は自分が常人とは異なる考え方をしている事はちゃんと分かっている。

 異物を排除したがる人間社会で生きていく以上、湊は周囲をしっかりと観察して自分の中の常識と社会の常識をすり合わせて紛れ込む努力をしてきた。

 その過程で自分がどれだけおかしいかも再確認しており、能力的な可能不可能を除いて一般人ならどこまで出来るかというラインを完全に超えている事も分かっている。

 では、どうしてそこまで自分はしようと思えたのかを考え続け、湊は自分なりに納得出来るシンプルな答えに辿り着いた。

 

「考えても難しい答えは思い付かなかった。けど、その分納得も出来た。恩返しとかそういうのは出会った経緯や関わるようになった切っ掛けでしかない。俺がここまで歩き続けたのは彼女たちが既に俺の世界の一部だからだ。自分の世界は平穏であって欲しい。そう思うからこそ、それを怖そうとする脅威は何があっても排除しようと思えるんだ」

「ですが、貴方はその世界を守るために命を捨てようとしていらっしゃる。貴方が死ねばその世界も終わることになるのでは?」

「俺の目では見れなくなるだけで、世界を構成していた物が消える訳じゃない」

 

 答える湊の口調は穏やかで、以前のような切羽詰まった雰囲気が完全に抜けている。

 彼は彼なりの決意を持ってニュクスとの戦いに挑むはずだが、決戦に向けてペルソナの強化に訪れる七歌のような決意に燃える様子もなく、以前よりむしろ覇気がないように思える。

 ただ、だからといって不抜けているかと言えばそうではなく、エリザベスたちも今の湊がどういった精神状態でいるのか掴みかねていた。

 彼の様子からすると“命のこたえ”は既に見つけている。

 しかし、そこへ辿り着くまでの道程を知る切っ掛けを得ようと思って質問をしていたはずなのに、ここに来て彼の精神の変化が余計に分からなくなってしまった。

 イゴールの周りにいる姉弟たちも同じように思っている様子だ。

 エリザベスたちもただ自分の役割だからと客人を迎えている訳ではなく、自分が何者であるかという答えを求めてこの部屋にいる。

 そのため、客人が道半ばで倒れようと、見事その旅路を終えようと、仕事を終えた後には僅かながらでも答えに近付くヒントを得られて満足していた。

 だというのに、その旅路を終えようとしている湊は、この部屋の住人たちに混乱と更なる疑問を残そうとしている。

 彼が死んでしまえば残った疑問は永劫解けることなく終わるかも知れない。

 その疑問が小さなトゲのように突き刺さったまま、エリザベスたちがこの部屋に縛られてしまう事態は避けたい。

 テーブルに肘をついたまま組んだ手の上に顎を置いて考え込むイゴール。

 すると、これまで黙っていた従者の一人が一歩前に出て、イゴールの様子を眺めていた湊に声をかけた。

 

「八雲様、本日この後に時間はおありでしょうか?」

「……まぁ、特別用事は入れてないな」

「では、街の案内の依頼を受けて頂けないでしょうか。場所は港区とその周辺で八雲様と縁深き場所という事で」

 

 湊に声をかけてきたエリザベスは、ジッと湊を見つめて依頼を受けて欲しそうにする。

 以前にも彼女を外の街に連れて行って案内した事はあるが、今回は湊と縁が深い場所という条件がついている。

 そんな場所などあるだろうかと考えつつ、エリザベスの依頼を受けるのもこれで最後だろうと思った湊は結局依頼を受けることにした。

 

「……別にいいぞ。なら、部屋に戻って私服に着替えてこい。流石にベルベットルームの制服は目立つ」

「かしこまりました。では、しばらくお待ちください」

 

 湊が依頼を受けると返せば、エリザベスは街へ繰り出すためすぐに私室へ着替えに向かった。

 その背中を見送った他の者たちも今回のエリザベスの行動を珍しいと思っているのか、このタイミングで行動を起こした意図を読もうとしながら、何か言いたそうにしつつも口を開かずにいる。

 そこには、もしかするとエリザベスの行動によって、湊が辿り着いた答えや辿り着くまでの道程を知るヒントがあるかも知れないという思いもある。

 待っている間にそう考えたイゴールは、湊にエリザベスの相手を頼む以上の事は言わず、現実世界へ向かう湊たちを黙って見送った。

 


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