【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百二十七話 命のこたえ

放課後――月光館学園

 

 少し遅めの昼食を食べてからやって来てみれば、既に午後の授業は終わり放課後の時間帯になっていた。

 普段であれば雪のちらつく真冬の放課後であっても、校舎の周りやグラウンドで走っている運動部の声が聞こえてくるのだが、最近はそういった日常だった風景も見なくなった。

 ウイルス感染するタイプの病気ではないのだが、無気力症の流行もあって一部の部活はメンバーが足りず、現在休部状態になっているところもあるのだ。

 湊の知り合いたちが所属している男子バスケ部や女子テニス部も、普段通りの練習が出来ない状態だが、練習メニューを少人数でも出来るものに絞ることで一応の活動を続けられているという。

 影時間が消えて無気力症が治ってもすぐには元通りにならないが、それでも二月中には以前の生活に戻れるだろう。

 明後日には、学校だけでなくこの世界全体に広がってしまった無気力症の元を断てる。

 その後の経過を見ることが出来ない部分に若干の不安を覚えるも、時の空回りによって起こる終わらない三月事件までは何の問題もなく過す事が可能な未来が存在することを湊は知っている。

 この世界がその世界線なのかどうかは分からないものの、その可能性があるのならそれほど心配しなくても済む。

 何せ影時間を消せば現実世界でのシャドウの行動は制限されるのだ。

 偶発的な事態を含めれば完全に無くすことは出来ないけれど、ニュクスの再封印によってニュクスの影響も弱まりシャドウたちの弱体化は起こる。

 後の事はこの世界に残る者たちに何とか解決してもらえばいい。

 そんな事を考えながらエリザベスと並んで歩きながら月光館学園高等部の敷地に入った湊は、興味深そうに校舎を見上げているエリザベスに声をかけた。

 

「……どうした? そんなに興味を惹くものでもあったか?」

「そうですね。タルタロスの昼の姿である月光館学園をこうして眺めるのは初めての事でしたので、そういった意味では非常に新鮮な感動を覚えています。ですが、今最も強く抱いた想いを挙げるとすれば、羨望と嫉妬でしょうか」

 

 現実世界の情報を何かしらの手段で手に入れているエリザベスは、現代日本の高校についてもある程度の情報を持っている。

 湊もその事は理解しているが、相手がどういったものに関心を寄せるか把握しきれていない部分もあった。

 故に、直接何を見ていたのか尋ねてみたところ、これまでの彼女の印象からは想像出来ない言葉が返ってきた。

 

「それは何に対する感情なんだ?」

 

 エリザベスらベルベットルームの住人にすれば、客人ではない人間というのは本来接する機会もない相手だ。

 そういった人間を目にする機会もほとんどなく、ただ歩いている姿だけでもある意味で新鮮に映ってもおかしくない。

 だが、エリザベスはそんな本来出会うことのない人間を羨ましいと思ったと言う。

 人間のようであって、やはり精神構造からしてどこか異なる彼女が、どうしてそんな風に感じたのか。

 本気で分からなかった湊が聞き返せば、エリザベスはその瞳を湊に向け直して苦笑気味に答える。

 

「どちらもこの学園に通う生徒に向けたものです。一応説明しておきますと、私たちにも昔の八雲様のような幼少期というものは存在します。ですが、そこは特殊な環境であり部屋の住人を除けば契約を果たしたお客人しか訪れぬ場所。よって、同年代の者らと切磋琢磨する事もなければ、学び舎に通うという事もありませんでした」

 

 歩きながら話す彼女の表情には、幼い頃を思い出し懐かしむ微笑が浮かんでいる。

 そこから察するに彼女が抱いた羨望と嫉妬とやらも、別に暗い感情によるものではないのだろう。

 彼女が一般人に危害を加えるとは思っていないが、それでも外の案内を頼まれていながら気分を害していたなら案内としては失敗と言える。

 今回はなんとかそれを回避出来たようで湊が内心安堵していれば、どうして一般人でしかない学生を羨ましく思ったのかを教えてくれる。

 

「姉弟妹と過す日々も皆様が学園で過される日々に劣らぬ素敵な思い出です。ですが、八雲様が様々な出会いを経験したこの場所で、自分も共に過す未来を想像してみた時、私は素直にそんな時間を過してみたかったと思ってしまったのです」

 

 以前の彼女ならば外の世界に興味を持っても、自分の居場所はベルベットルームだという認識を強く持っていたため、外の世界で生きている自分を想像することなどなかった。

 現実世界にとってはエリザベスもシャドウらと変わらぬ異なる理の中で生きる世界の異物。

 そんな存在が何の力も持たぬ者が大勢生きるこの世界で生きていけるとは思えない。

 何がそこまで彼女に変化をもたらし、またそこまでの執着を持たせるようになったのか。

 ストレートに尋ねたい衝動に駆られながらも、湊は生徒玄関から校舎に入ってマフラーからスリッパを取り出してエリザベスに渡しつつ、先ほどの話で引っかかった部分について触れる。

 

「……妹なんていたのか。出会って十年目にして出てきた新情報だな」

「ええ。未だお客人をお迎えする立場にない未熟な妹ですが、歳が離れている分過保護になっている部分は自覚しております」

「なるほど、間に挟まれたテオドアが苦労していそうな事は理解した」

「ラヴェンツァは大人しい子ですので、住人として共に仕事をしている姉上や私ほどテオに構うことはありませんよ。まぁ、子どもらしいヤンチャな部分はありますが」

 

 今まで三人姉弟だと思っていたが、ベルベットルームに顔を出していない妹がまだ存在したらしく、湊は十年目にして知った新情報に驚きを隠せない。

 話したエリザベス本人も少しだけ悪戯が成功した事を喜んでいるようなので、どうやら話す機会がなかった事もあるが、途中からある程度は意識して伝えないようにしていた部分もあるらしい。

 何でも分かっているようなすれた眼を青年の相手をしていれば、どうにかして一本取ってやろうと悪戯心が湧く気持ちも分かる。

 実際、エリザベスのお茶目な企みは成功した訳で、少々得意気な表情になったエリザベスは受け取ったスリッパを履きながら話を続ける。

 

「八雲様が会うことはほぼないでしょうが、ベルベットルームの住人は主と私共姉弟以外にも多数おります。絵描きや歌手や占い師など役割もいる理由も異なっておりますが、本質的には皆同じ願いを持っています。“自分が何者であるか”の答えを探しているのです」

「……閉じ籠もっていて見つかるなら苦労しないだろ。外との繋がりが限定的な上に、部屋にやってくるのは問題を抱えた人間ばかりだ」

 

 別に湊もベルベットルームの在り方に文句をつけるつもりはないが、あの部屋に閉じ籠もったまま自分が何者かを探すのは酷く遠回りな道のりに思えた。

 本当に自分が何者か知りたいのであれば、進んで外に出て異なる価値観を持つ人間と接した方がマシだろう。

 ベルベットルームの客人はそれぞれ問題を抱えており、本人たちは契約を結んでも自分の抱える問題への対処に忙しい。

 そんな状態の客人を通して外界に触れる住人たちに大きな変化が訪れるとは思えない。

 その点、エリザベスは何度か湊に依頼を出して外の世界に触れているため、姉弟妹も含め彼女が一番速くに“自分が何者であるか”の答えを得て部屋を出て行くのではと思えた。

 湊の言葉を聞いた彼女自身も、自分たちの現状が抱いている疑問の答えを得るに相応しい環境だとは思っていないのだろう。

 少しだけ自嘲的に口元を歪めると、それから表情を戻して微笑を浮かべたまま湊を見上げてくる。

 

「では、この施設の案内をお願いします」

「……別に案内するほどの場所でもないがな」

 

 湊にとっては慣れ親しんだ場所なので、相手がどんな場所に興味を持つかなど分からない。

 とりあえず、目の前にある購買部にでも行くかと視線で方向を指示して並んで歩き出す。

 まだ学校に残っていた生徒やこれから帰ろうとしていた生徒たちが、私服の湊と並んで歩く謎の美女に目を大きく見開いて驚いているが、二人は周りのそんな視線を無視して購買部のカウンター前まで進む。

 

「ここは購買部と言って、まぁ、軽食とか文房具を売ってる場所だ。一応、ここでしか買えないパンもある」

「なるほど。では、店主。オススメのパンを一つください」

 

 真っ赤なダッフルコートに身を包んだ白人の美女に声をかけられ、購買部の店員である女性は少し戸惑っていた様子だったが、隣にいるのが湊だと気付けば何かを納得した顔でパンの在庫を出してくる。

 店員が出してきたのはコロッケパンで、それを見た湊はよく総菜パンが放課後まで残っていたなと思いながら代金を払って受け取るエリザベスを見つめる。

 

「これは……なるほど、クロケットをパンで挿んだサンドウィッチの一種のようですね。常温でありながらも芳醇なソースの香りが何とも食欲をそそります。では、失礼して早速頂きたく思います」

「……正直、クロケットと日本のコロッケは別料理だがな」

 

 エリザベスが口に出したクロケットとはコロッケの原型になったフランスの食べ物だ。

 そのまま日本のコロッケのようなものもあれば、もっとシンプルなものもあって、今では世界中に類似品や派生品がある。

 外国ではコース料理でもなければそれ単体で食べるファーストフードの扱いなので、日本のように主食の炭水化物のおかずとして食べるパターンは珍しい。

 しかし、コロッケサンドを口にしたエリザベスには、炭水化物に炭水化物を合せた日本式の食べ方がヒットしたようで美味しそうにがっついている。

 ただ、こういった味の濃いパンを食べると高確率で喉が渇く。湊はそれを先読みしてペットボトルのホットの紅茶を買ってエリザベスにした。

 

「ん……どうもありがとうございます。商品名コロッケサンド、初めて食べましたが非常に美味でした。食べやすく、ボリュームがあり、濃いめの味付けもあって以前食べたハンバーガーに並ぶ優秀なファーストフードだと見受けます」

「まぁ、バーガータイプのコロッケサンドもあるからな。広義では類似品って事で良いだろう」

「やはり、そうでしたか。学生の一部は放課後に運動で汗水を流すと聞き及んでいます。コロッケサンドはそんな学生たちの栄養補給源として不動の人気を誇っているのではないでしょうか」

「人気は人気だが大概は昼休みに売り切れる。放課後に売っていたのは運が良かったな」

 

 購買部を冷やかすと移動するぞと教室棟の一階を抜けて中庭へと出て行く。

 少しは暖房の効いていた校舎から出ると、雪のちらつく外気に触れて二人の吐く息が白く染まる。

 それを気にせず進む湊は中庭に植えられた樹木について説明をしながら歩き続ける。

 

「ここらに植えられているのは卒業生たちが記念に植えたものだ。一部は教師なんかも植えているらしいが、七歌がコミュニティを築いた老夫婦の死んだ息子が卒業生たちと記念に植えた柿の木なんかもある」

「卒業生、つまりこの学び舎から巣立っていった方たちの事ですね。顔も名前も知らぬ先達との繋がり、過去と現在を繋ぐ貴重な場所なのでしょう」

「……ま、学園にしてみれば歴史を感じられる場所の一つかもな」

 

 卒業生たちの植えた木の生えた中庭にそんな感想など抱いたことはなかった。

 けれど、自分も旅立つ身になったことで、意図せずとも過去と現在が繋がってしまう事もあるのかもしれないと湊は不思議な気持ちになった。

 湊はこの庭には何も残さないし、出来る限り自分がこの世界にいた痕跡も消そうとしている。

 その行動にどこまで意味があるかは分からないが、もし時の空回りが起こらない別の未来に辿り着くのであれば、その時は自分が残した物も気付かれぬまま破棄されるよう記憶を失わない者に頼んでおくことにした。

 

***

 

 学園の敷地内と校舎の中を案内し終えた湊は、誰もいない屋上にエリザベスと二人で立っていた。

 少し雪が降っているため遠くまで見渡す事は出来ないものの、自分の過してきた街を見渡す事は出来る。

 この景色ももう見納めかと思えば、何気ない日常の風景も特別な物に思えてくる。

 すると、湊の隣に立って同じ景色を眺めていたエリザベスが街を見つめながら話しかけてきた。

 

「八雲様は本当に良いのですか? ご自身が守った世界のその後を、彼女たちの未来を見守ることが出来なくなっても」

「……また、その話か。重要なのは結果だ。俺と彼女たちの道が交わるのはここまでだった。それだけの話だろ」

「私には分かりません。こうして、再び貴方と街を巡り、貴方と縁の深い場所を案内して貰った事で、やはり貴方は絆を育んだこの世界にいるべきだと感じました」

 

 エリザベスが突然街の案内を依頼したのは、湊がどのように考えているのか、どういった経緯で自身の死を受け入れることが出来たのかを探るためだった。

 そこに一切の私情がなかったとは言わない。しかし、面倒臭そうにしながらも、街を案内する湊の雰囲気は穏やかで言葉の端々に親しみと愛おしく思う気持ちが感じられた。

 そこまでこの世界を、自分が過してきた場所や出会った人々を思っているなら、どうしてそれを簡単に手放せるのかエリザベスには分からない。

 他の姉弟たちもそれは同じで、湊の行動は矛盾を孕んでいて不可解に映る。

 彼の真意はどこにあるのか、何を思って心とは真逆の選択をしようとしているのか。

 そこを知る事こそが彼が辿り着いたであろう命の答えを知る事にも繋がる。

 エリザベスがこれまで見せていなかった真剣な表情で湊を見つめれば、相手がどうしてこの場でこんな話を振ってきたのかを理解し、再び視線を街へと向けながら静かに答えた。

 

「エリザベスの目からでもそう見えたなら、俺は自分の選択が間違えていないと自信が持てる」

「……それは何故ですか? 死を覚悟した時、貴方はそれでも力を残して彼女たちを守ろうとしていたはずです。なら、残して行くことに未練があるのでは?」

「ああ。だから、俺はこの答えを選ぶことが出来る」

 

 彼が何を言っているのかまるで分からない。

 相手は自分の考えが正しいと、残して行くことに未練があるとはっきりエリザベスに告げた。

 であるならば、彼のように自分の死を受け入れ、後の世界に大切な者たちを残すような選択を取れるとは思えない。

 そんなエリザベスの困惑を感じ取った湊は、かつて見せることのなかった穏やかな表情で彼女を見つめて話す。

 

「そもそも逆なんだ。君の言う通りに未練はある。出来る事ならずっと一緒にいたい。彼女たちを守り続けられたらと思う。でも、だからこそ俺は、例え自分が死ぬことになろうと彼女たちと彼女たちの暮らすこの世界を守るための手段があるなら、それを迷いなく選ぶことが出来るんだ」

 

 湊は彼女が自分の行動を理解出来ない理由を察していた。

 エリザベスにも執着するものはあるのだろう。けれど、彼女にとっての世界はまだまだ狭い。

 犠牲を払ってでも、例え自分がどうなろうとも、それを守りたいという想いを彼女はまだ知らないのだろう。

 もし、エリザベスがベルベットルームを出る時がくるのなら、それはきっと彼女が今の湊が手にした想いを僅かでも理解した時に違いない。

 アイギスたちも人の心を手に入れ、湊と同じような気持ちを理解出来るようになった。

 なら、エリザベスもいつかはそれを理解出来るようになるはず。

 そんな彼女に湊が今教えてやれるのはこれだけ、自分が辿り着いた命の答えだけだ。

 

「“未練はある。だから、後悔はない”。それが俺が辿り着いた命の答えだ」

 

 湊が辿り着いた命の答えを聞いたエリザベスは、目を見開くようにして驚愕する。

 たったそれだけ、本当にそれが辿り着いた命の答えなのかと彼女は疑って納得出来ていない節がある。

 しかし、それが真実であると証明するように、エリザベスのコートの内側からカードが飛び出し、カードはすぐにペルソナ全書に姿を変えて契約の書かれたページを開いて宙に浮いた。

 そこに書かれた契約は四つ、内アイギスと結んだ第一の契約、チドリと結んだ第三の契約は既に果たし終えて文字が灰色になっている。

 そして、今二人の目の前でマーガレットと結んだ第四の契約“命のこたえに辿り着く”という文字が灰色になり、そして、エリザベスと結んだ第二の契約“全ての契約を果たすまで死なない”という契約の文字も灰色になって消えた。

 契約を果たし終えてもベルベットルームへ出入り出来なくなる訳ではない。

 ただ、全ての契約が灰色になったページを見つめたエリザベスは、湊との繋がりがこれで終わりだと言われているような気になり、瞳を揺らすと本を消して湊に強く抱きついた。

 


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