【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百三十話 『行ってきます』

1月31日(日)

朝――EP社

 

 今夜、ついにニュクスが降臨する。

 テレビではカルト宗教であるニュクス教の人間たちが“Xデー”と示し、今も街の至る所で今夜世界は滅びると一種のトリップ状態で騒いでいる様子が映されている。

 湊や七歌たちがニュクスに勝てなければ、世界は幾月たちの望み通りに滅びてしまう。

 しかし、その滅びの形は幾月やニュクス教の人間たちが望んでいる形とは異なっている。

 彼らは知らないのだ。神はある意味で平等である事を、人が気付かぬうちに足下の虫を踏み潰してしまうように、人間の個に興味を持っていない神は殺すとなれば全てを滅ぼす。

 滅びを望んだ本人たちの願いの本質を見る事なく、区別なく全ての人間たちを滅ぼす以上、新たな世界で生きていく事など出来るはずがない。

 どうしてそんな簡単な事にも気付かないのか。湊にすれば不思議でしょうがないが、EP社の社員たちに聞けば人とは本来そういったものらしい。

 決戦の日ではあるが普段通りに仕事をしつつ、朝食を摂るために湊がソフィアと共に食堂へ向かえば、そこで同じように朝食を食べていたシャロンらと言葉を交わす。

 

「まぁ、坊やにすれば不思議でしょうけどねぇ。アンタみたいに目的のために逸れずにいるって中々にレアケースなのよ。普通の人間は目的のために突っ走ってもどこかで転んだりして、そこで悩んだりして、どうしようもなくなったら都合の良い想像で自分の心を守ろうとするの」

「そっすねー。そりゃ、それだけに集中出来たら効率の面では最高ッス。でも、一度躓いたら保険を掛けようとするのが人間な訳で、身体削りながらでも止まらず進み続けられる方が珍しいっすよ」

 

 サラダボウルにこんもりと盛られた根菜のサラダを一人で食べているシャロンに、隣でホットドッグを食べていたエマが同意だと頷いて続ける。

 一般人は現在と未来をちゃんと繋がりとして考える。だからこそ、現在で無理をしたり失敗すれば、まだ見ぬ未来にも影響すると思ってしっかり保険を掛けようとするのだ。

 それに対して、未来に求める結果を設定すれば、どのような過程だろうとほとんど拘りのない湊は転んでも何をしても自分の状態になど興味がないとばかりに進み続ける。

 ある意味で刹那的であり、その根幹部分はストレガのタカヤたちに似ているとすら言えるだろう。

 幼く何の力も持っていない状態で、そう遠くない未来に起こる世界の滅びなど知ってしまったが故に、なりふり構っていられなかったという事情は分かる。

 両親がいる頃から自分よりも他人を優先する特異な人間性で、そんな彼が自分の命を救われたなら恩を返すために相手の生存を第一に行動する事も分かる。

 ただ、そのせいで一般の感覚が理解出来ないというのは、価値観の違いよりももっと別な何かを感じずにはいられない。

 片目を抉られ、腹に穴を開けて、腕を千切られ、それでも止まらずに自分の大切な人間の命を奪った相手を殺そうとする執念。

 一般人であるエマからすれば、そこまで出来る青年の方がズレていて理解しがたい存在だった。

 ただ、だからといってこの場にいる者の中に湊の存在を受け入れられない者などいない。

 アイギスの人格モデルの一人だった水智恵は、カップスープを飲みながら湊の方を見て微笑む。

 

「でも、実際のところ大勢がそうやって流されやすいからこそ、湊さんみたいな人も必要なんだと思います。滅びを求める人たちも別に死にたい訳じゃないっていうか。何かに、誰かに憧れていて、自分もそうなりたいけど変われない。だから、世界が変わればもしかしてって考えているんだと思うんです」

 

 全員が全員湊のようになれる訳がない。けれど、そういった一般から外れた存在が不要かというとそうではない。

 人は今自分が持っているものだけで満足出来る者ばかりではなく、多くの者たちはより幸福になる事を望んでいる。

 幸福の定義などは人それぞれだろうが、自分には出来ない事や鮮烈な印象を与えてきた存在に憧れを抱き、自分もそうなりたいと思う者は多い。

 自分が持っていない側の人間だからこそ、水智は湊のような存在は人が上を目指し夢を見続けるために必要なんだと思うと笑顔で話した。

 湊自身は好き勝手に生きて周りに迷惑を掛けてきたと思っており、こんなくだらない人間に憧れるなんて物好きなやつもいたもんだと呆れたようにコーヒーを飲む。

 すると、そろそろ雑談も一区切りついただろうと、隣に座ってスコーンを食べていたソフィアが真剣な様子で湊に話しかけた。

 

「湊様、我々は敷地内の公園や未開発区画に市民の受け入れを行ないます。シャドウが出るようでしたら、わたくしも戦いに出ます」

「……あぁ、それでいい。ま、そこまでの影響はないはずだ。シャドウたちも自分たちの神が来るって分かっているだろうからな。ほとんどのシャドウはタルタロスを目指すはずだ」

 

 今夜の戦いでこの世界の未来が決まるのは確かだ。

 けれど、その戦いは湊たちだけに関係する訳ではない。

 恐らくだが本来の身体を取り戻したニュクスの降臨によって、世界中に黄昏の羽根のブースト効果が働いて象徴化が解けると思われる。

 月の表面が薄く剥がれた黄昏の羽根でも、持っているだけで影時間の適性を擬似的に得られるのだ。

 月その物が齎す効果など想像もつかないが、それでも世界中に影響が出て一般人も巻き込まれるのは確実。

 だからこそ、湊はEP社の者たちにも説明して、避難しようとする市民たちを広い公園内に受け入れて一時的に保護するつもりでいた。

 この事は桐条側にも伝えてあり、可能な限り病院の敷地などで受け入れるとの返事を貰っているが、本来は災害時の避難場所に使える学校が騒動の中心になっているため、桐条側がどれだけ市民の避難に協力出来るか分からない。

 ただ、今日に限っては所謂はぐれシャドウと呼ばれる存在も影時間に迷いこんだ人間を襲う事より、母なる存在ニュクスの降臨する地を目指すため、自分から攻撃をしない限り被害は出ないと思われる。

 勿論、シャドウたちの行動は確実だとは言い切れないし、ニュクス教の人間たちが馬鹿な真似を始めたり、影時間やニュクスを見て恐慌状態になった人間が暴れる可能性だってある。

 湊たちは出来る限りそういった騒動を鎮圧出来るように備えているが、シャドウとの戦いばかりは一般人には荷が重い。

 ソフィアもペルソナを持っていて、その強さは蘇生後のチドリに匹敵するほどだ。

 ただ、彼女はEP社の本拠地であるここに待機して、この周辺に敵が現われた場合にのみ排除する。

 その他の地域でシャドウが出てもソフィアが急行する事はなく、また対シャドウ兵器は用意してあるが基本的には銃火器になっているので周りへの被害を考えると多用は出来ない。

 人間たちはニュクスの力によるブーストで影時間の適性を得るが、シャドウたちは通常の満月の時以上に凶暴化して力も増す。

 そんな状態のシャドウに襲われれば一般人など無事で済むはずもなく、ソフィアやEP社の実働部隊の者たちもあまり表立って動けないとなれば、やはり相応の被害が出ることは覚悟しないといけないのかもしれない。

 医者であるシャロンや部下の武多も怪我人の対処について考えたのか、少しばかり表情が険しくなれば、それに気付いた湊がそこまで気にしなくても良いと声を掛けた。

 

「……街中の方は気にしなくて良い。基本的にタルタロスに近いほどシャドウは活発になるし。離れていれば影響はほとんど出ない。それに街中には自我持ちのペルソナたちを待機させる。あいつらがいればシャドウもそっちに寄っていくはずだ」

「それは大丈夫なのですか? 負担が掛かるのは勿論ですが、街の防衛に戦力を割いてしまうと本来の目的達成に影響があると思うのですが……」

 

 ソフィアたちは七歌たちがどういった作戦で戦うのか詳しい説明を受けていないが、それでも湊が最も厳しいところの対処に当たるのだろうと予想している。

 敵側には湊のクローンである結城理と、長谷川沙織の偽名を使っていた幾月玖美奈というワイルド能力者もいる。

 あの二人は敵側の戦力の中でも別格で、一対一でまともに戦えるのは湊とデスの力を失う前の綾時くらいなものだった。

 単純な火力で言えば力を溜めたチドリも並べるが、相手は高同調状態になって空を飛ぶことが出来る。

 いくら火力が強くても当てられないのでは意味がない。

 そして、力を失ってしまった綾時では戦いについていけない以上、空を飛べる二人は湊が一人で押さえる必要がある。

 相手は勿論湊を殺すつもりでいるだろうし、最後の戦いと言うことで全てを使って勝とうとしてくるに違いない。

 湊はそんな敵を相手に殺す以外の方法で解決出来ないかと考えていた。

 確かに殺せば確実だろう。情けを掛けて自分たちの不利になるような真似をされれば、世界を救えなかった時に悔やんでも悔やみきれない。

 湊もそうなるくらいなら、息の根を止める確実な対処方法を取るつもりでいる。

 しかし、もしもそれ以外の方法があるのならば、血の呪いによって他人の記憶と自我を与えられ自分が何者であるかを悩んでいる相手を救う方法があるのならば、湊は自分が両親に救われたように名切りの血の呪いから解放してやりたいと考えていた。

 

「俺は結城理と幾月玖美奈の相手をする事になると思う。狭い場所で戦えば圧倒的に俺に有利だからな。敵側も俺を外で足止め出来るならそっちを選んでくるだろう」

「では、他の者たちでストレガや幾月と対峙するのですね?」

「ああ。加えて綾時の抜け殻である不完全なデスとも戦う事になるだろうな」

「人の心という余分なものを切り離したはずなのに、それでも一部は一部だったという事ですわね。湊様と綾時さん以外の人間でも戦えるというのは朗報でしょう」

 

 デスはニュクスから切り離された彼女の一部。その性質はニュクスと一緒で、本来なら誰も戦う事なんて出来ない。

 しかし、デスを内に宿した湊のような存在であったり、ニュクスの力を強く宿した武器などであれば戦う事も出来る。

 故に、本来であれば理たちを下した湊が、そのままデスと戦う予定だったのだが、封印が解かれ完全体となったはずのデスにとある誤算が生じた。

 それは湊と綾時が十年前の戦いに決着をつけた時、湊の機転によってデスから“望月綾時”という人としての心を分離したことで、完全なシャドウ体でありながらデスとしては僅かに存在が欠けた状態になった事だ。

 デスはシャドウの王であり、その存在は神の写し身たるシャドウその物。湊に宿った事で得た人としての性質こそが余分なものであったのに、デスとしてはその余分なものも欠けてはならなかったらしい。

 おかげでデスは完全にニュクスと同じ性質になる事はかなわず、相応の力があれば他のペルソナ使いたちでも戦う事が可能だと分かった。

 であれば、湊はそちらを他の者たちに任せて自分は理たちの対処に専念出来る。

 街の上空で戦う事になるはずなので、状況によっては地上で人々を守る自我持ちたちの援護も可能かもしれない。

 七歌たちは七歌たちで自分のすべき事に全力で挑み、湊もまた自分がすべき“名切りの血の因縁”と決着をつける事に集中する。

 

「化け物たちの相手はこっちでする。だから、お前たちは人間の相手を任せた。無理はしなくていい。ただ、出来るだけ多くの人たちを助けてやってくれ」

「りょうかーい。医者として拾える命は拾ってあげる主義なの。だから、坊やは自分の事だけ考えてたらいいわ。こっちはわたしらで何とかしておくからさぁ」

「ええ。わたくしもここは気に入っています。何年、何十年掛かるとしても待っています。だから、湊様もどうかお元気で」

「……ああ、ありがとう」

 

 他の事は頼んだぞと湊が部下たちに頼めば、ソフィアやシャロンをはじめとした部下たちは安心して戦って来てくれと笑顔で返した。

 この戦いが無事に終わっても湊は帰ってこない。その必要があるのだと、ただ命を捨てに行く訳ではない事はしっかりと説明した。

 全員がそれを聞いて素直に納得した訳ではなく、今も食堂にいる者の中に涙が溢れそうになるのを必死に耐えて無理矢理に笑顔を作っている者もいる。

 それでも、彼らは湊を信頼して後の事は任せろと、いつ帰ってきても良いように会社を守っていくと約束してくれた。

 元々、上司と部下という関係でしかなかったはずなのに、新たに得た家族以外にも、こうやって自分の帰りを待ってくれる者たちがいる。

 それに喜びを感じた湊は、エリザベスに伝えた“命のこたえ”がやはり間違いではないと確信が持てた。

 

 

夜――巌戸台分寮

 

 時刻は既に九時を回っている。

 寮のロビーには戦いの準備を終えた七歌たちに加えて、直接合流する事になっていた湊の姿もあった。

 七歌たちはタルタロスに向かうが、湊は厄介な敵を引きつけるため力を一切隠さず挑発しながら街中にいる予定だ。

 理と玖美奈は七歌たちにとって非常に面倒な相手だが、相手からすれば湊がそこに合流して一緒に来る方が面倒に違いない。

 仮に欲を掻いて七歌たちの方へ向かえば、その瞬間、フリーになった湊によってタルタロス内に残っているストレガと幾月を襲撃される。

 そんな事態を避けるのであれば、湊が別行動していても、理たちは先に七歌たちを潰すという動きは取れず、素直に湊の方へ向かうしかない。

 味方としては非常に心強い存在だが、敵だとすれば何と厄介な存在だろうか。

 そんな事を考えながら小さく笑った七歌は、メンバー以外でこの場所に集まった者たちに視線を向ける。

 娘と会話する美鶴の両親にメイドの斎川菊乃、汐見姉妹と話している栗原、兄たちの心配をしながらゆかりと風花と会話する美紀、戦いに向かうチドリと湊を心配そうに気遣う桜とそんな彼女たちの様子を静かに眺めている鵜飼と渡瀬。

 彼らは全員ここに残る事になっている。栗原と美紀を除けば全員が少し距離のある場所で暮らしているというのに、今日ばかりはと子どもたちの戦いの結末を見るために集まったらしい。

 普段は年長者として皆を引っ張っていく立場の美鶴も、どこか薄い反応しか見せないチドリも、親と言葉を交わすことで自分を落ち着かせ、逆に相手には安心感を与えるように話をしている。

 真田と荒垣は勿論、ゆかりと風花もこれ以上ないほど落ち着いていて、逆に戦いに出ない美紀の方が落ち着きがなくなっている。

 下手をすればこれが最後の会話になるかもしれない。そう思えば確かに七歌の中にも不安や恐れという物は存在している。

 いくら湊という戦力があろうと敵はそれ以上の力を持つ神だ。

 その前には自分たちを殺す事に一切の躊躇いを持たない敵もいる。

 全員が無事に辿り着ける保証はなく、想定外の事態が起ることだって十分に考えられる。

 ただ、七歌たちはそれでも勝つために準備をしてきた。不測の事態が起きても力で捻伏せる。

 これだけの仲間がいれば全員で勝って明日を迎える事も絶対に不可能じゃない。

 強い意志の宿った瞳を輝かせながら、七歌は全員の注目を集めるように声を掛けた。

 

「よーし。それじゃあ、そろそろ出発するよ。心配なのは分かるけど大丈夫! どうせ帰ってくればまた話せるから! あんまり恥ずかしい事ばっかり言ってると、無事に帰ってきた後にネタにされちゃうから気をつけてね!」

「んだな。全国五千万人の女性たちがオレっちの帰りを待ってるんだ。しっかり凱旋して安心させてやらないとな!」

「皆、聞いたね? 順平には五千万人の女性たちが待ってるらしいからね。戻ってきたら全員の名前を聞いてあげようね」

 

 皆の緊張を解しつつ、帰りを待つ者たちの不安を少しでも和らげるために順平が冗談を言えば、七歌もそれに乗ってすぐにネタにしてやる。

 すぐにネタにされた順平は七歌の考えを理解しながら、「行く前にネタにすんのやめろ!」と抗議して他の者たちの笑いを誘った。

 これから最後の戦いに赴くというのに、これ以上無いほど全員が心身共にベストなコンディションだと言うことが分かる。

 一頻り笑い終えれば、全員がやる気に満ちた表情になり、それぞれの装備が入った荷物を持つと入口前の扉の前に並んだ。

 戦いに向かう者とここで待つ者に分かれて向き合う。

 だが、そこで湊が待つ者側に残っていた事で、戦いに向かうメンバーたちが微妙な表情になり、七歌もここはキチッと締めたかったなと思いながら青年に声を掛ける。

 

「あー……八雲君もこっち側じゃないの?」

「俺は別行動だって言っただろ。影時間になる直前に転移するから、ここでは見送ってやる」

「まぁ、そういう事なら良いかな。じゃあ、お互いに無事合流出来る事を祈りつつ暫しのお別れを」

 

 湊がどこで理たちを待つのかは聞いていない。

 どうせ戦いが始まる頃には馬鹿でかい気配を一切抑えずに解放するのだ。

 感知能力持ちでなくとも、方向くらいは分かるに違いない。

 なので、転移を使えば一瞬で移動できる彼も見送ってくれるというのなら、今回は素直に見送って貰いましょうと気を取り直して全員で声を揃える。

 

『行ってきます』

 

 暫しの別れを告げると後は振り返らずに順番に外へと出て行く。

 数日前まで雪が降って寒さは厳しいが、今日は空に雲一つなく東京の頭上にも星と月が輝いているのが見えた。

 澄んだ青色のように見える美しい月が、これから自分たちが戦う敵だと思うと不思議な気分だ。

 そんな事を考えながら七歌たちは駅を目指して歩き出し、親や友人に見送られながら戦いの待つ場所へと向かっていった。

 そして、先に寮を出た彼女たちが、湊が寮を離れる際の言葉が「さようなら」だった事を知るのは、これから数ヶ月後の事になる。

 

 

 


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