【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百三十三話 邂逅

影時間――タルタロス

 

 仲間たちがストレガのメンバーを足止めしている間に、七歌たちは綾時という人格面が抜けたデスとの邂逅を果たすべく塔を上っていた。

 途中の通路で出てきたシャドウを剣で切り裂き、移動を再開するため他の者たちの方を僅かに振り返った綾時は先頭を走りながら仲間に声をかける。

 

「戦いに入る前に行っておくけど、僕という人格を失ったデスはシャドウとしての本能と宣告者としての使命に忠実に動く機械のような性質を持った敵だ。アルカナシャドウの時に得た戦闘データも持っているから、相手があまり情報を持っていない僕や湊にチドリさんたちの方が相性は良かった」

 

 これまでずっとアルカナシャドウとの戦いに参加してきた七歌たちは、その分、多くのデータを取られていると言える。

 アルカナシャドウと戦っていた当時と今では能力も異なっているが、意図的にパターンを変えて読ませないようにしない限り、陣形や攻撃手順など戦闘の癖などはどうしても出てしまう。

 敵はシャドウの王。これまでのどの敵よりも強いのだ。

 そんな者を相手にするのであれば、僅かでも勝率を上げるために相手がデータを持っていない者、つまりは湊側に属していたペルソナ使いであるチドリたちをぶつけるのが最適だった。

 けれど、彼女たち二人と一匹は既に別の戦いを始めてしまっている。

 どんな敵にも対応出来る戦闘パターンを持っている青年も、現在二人の敵を一人で押さえているため手を離せない状況だ。

 となると、この場にいるメンバーという括りにおいて、デスの相手をする人間も自然と限られてくる。

 指揮官ではないため綾時はその人選を直接口にしなかったが、指揮官の少女が口を開く前に組織の責任者である美鶴が苦笑を浮かべつつ答えた。

 

「幾月の相手は私とゆかりでしよう。七歌たちはデスの相手を頼む。山岸も七歌たちの方へ向かってくれ」

「え、でも、理事長の能力がまだ分かってません。それなのに二人だけに任せてしまっていいんですか?」

「君ほどではないが私も少しくらいは分かる。なら、デスという未知の存在に能力の高い者を向かわせるのは当然だ」

 

 綾時によれば、デスは分かれていた力の欠片であるアルカナシャドウが倒された際、集められた力と共にそのシャドウが手に入れた能力も取り込んだらしい。

 マジシャンの持つ数多の腕、プリーステスの身体の一部を刃にする力、エンプレスとエンペラーの弱点と耐性を変化させる力など、能力の切り替えなどは必要なようだがこれまでに会った事がないほど多くの能力を持った敵だ。

 その分、敵の解析と状況変化には素早い対応が求められる。

 恐らく、戦いながら調べるような余裕を持てる相手でもないため、情報戦の専門家ながらトップクラスの防御力を持つペルソナに守られている事で護衛を必要としない風花はデス戦のサポートとして適任だった。

 一方で、能力が未知数の幾月だが所詮は人間である。

 風花やチドリの事前の索敵でも幾月の適性値は理や玖美奈より下だと判明している。

 無論、相手は目的のために非合法な手段に散々手を染めてきた狂人なので、美鶴もたかが人間と侮ったりはしない。

 それでも、二対一で数の利は美鶴たちにあるし、何より彼女たちには幾月との戦いを望む理由があった。

 

「やつが危険な事は私も理解している。ストレガの仕業かもしれないが、既に爆弾で殺そうとしてきた事は判明しているからな」

「でも、私たちも負けられない理由がある。皆を騙していた事、お父さんの最期の言葉を都合良く改竄した事、私たちと先輩のお父さんを殺そうとしてきた事、そういった全部をひっくるめてぶっ飛ばしてやらないと気が済まない」

 

 心配そうに見てくる風花を気遣ってあえて乱暴な言葉で濁したが、美鶴もゆかりも幾月の事は心の底から怒っていて骨の数本は覚悟しろと思っていた。

 ゆかりは自身の父が残した最期の言葉を改竄し、それを利用して自分たちを騙した上に殺されかけた事を今も恨んでいる。

 美鶴も大切な仲間の親族が最期に残した言葉を利用した事は勿論、自分の父親を嘲笑って殺されかけた怨みは一日たりとも忘れたことはない。

 相手と同じところに堕ちるつもりなど毛頭ないが、それでもただ無力化して拘束する程度では腹の虫が治まらないと断言出来る。

 故に、戦力的に七歌たちの方が厳しい事に加えて、あくまでこれは自分たちの自己満足的なものだからと美鶴とゆかりは風花に七歌たちの方へ向かうように告げた。

 

「私たちは私たちの因縁に決着をつける。なに、すぐに追い付いてみせるさ」

「そうそう。だから、風花は七歌たちの方をしっかりサポートしてあげて」

「先輩、ゆかりちゃん……。分かった。理事長に出会った時にアナライズを掛けて情報を渡すから、そこから先は頑張ってね。また後で合流しましょう」

 

 仲間を信じて戦いを任せる。以前の風花ならばネガティブな思考に囚われてそんな事は出来なかった。

 けれど、ここまで一緒に戦って来たからこそ、彼女たちの強さは風花が一番よく分かっている。

 楽な戦いという訳にはいかないだろうが、それでも彼女たちなら幾月に勝利して自分たちに合流してくれると信じられる。

 七歌や綾時はそんな彼女たちのやり取りを聞いて小さく笑い。アイギスはデスとの戦いは任せろとばかりに強い瞳で頷いている。

 下の階に留まった者たちも、幾月と遭遇すれば別れる美鶴たちも、恐らくはデスとの戦いには間に合わない。

 仮に間に合ったとしても、彼らも自分を本気で殺す気で掛かってくる者たちを相手にしてくるのだ。

 当然無事にと言う訳にはいかず、合流しても戦線に立てるかどうかは微妙なところだろう。

 しかし、それでも彼らは絶対にやってくる。このまま時間が過ぎればニュクスが現われるのだ。彼らがその戦いに参加しないはずがない。

 そうして、再び仲間と合流することを信じて上を目指し進み続けていれば、再びフロア全体が大広間になっている階層に辿り着いた。

 まだここは最上階ではない。ただ、風花の話によれば後は階段ばかりで頂上を除けば実質ここが最後のフロアらしい。

 もしかすると、相手は頂上で待っていて共通の敵を持つ者としてデスと協力するのではと思っていた。

 綾時という人格が抜け出たデスに、人間の個体を区別するだけの判断力があるのかは分からないが、幾月とて一人で特別課外活動部のメンバーを何人も相手出来るとは思っていないはずだ。

 相手はシャドウの研究をしていて、桐条グループの方でも分かっていない研究成果をいくつも持っている。

 それを使えば人工的に強化したシャドウを操れる事も判明しているので、デスと幾月を同時に相手する覚悟を持っていたのだが、どうやら相手はデスをコントロール出来ないと判断したようで広いフロアに一人で待っていた。

 このフロアは壁の一部が開いていて塔の外の様子が見えた。塔の外では時折炎や雷が弾け、カウンターの如く蛍火色の閃光が空を照らしている。

 そんな、湊と玖美奈たちの戦いの光を見ていた幾月は、七歌たちがやって来たことに気付いて視線を向けた。

 

「やぁ、君たちか。随分と人数が少ないけど、ここにいない者たちを捨て駒の足止め要員として置いてきたのかな?」

「なら、理事長の傍に沙織たちがいないのは、勝てもしない八雲君相手に少しでも時間を稼ごうと特攻を命じたからですかね?」

 

 七歌たちはあの場を仲間に任せてここまで進んで来た。

 それを足止めの捨て駒だと言うのであれば、特別課外活動部のメンバーとストレガたち以上に戦力差のある敵に挑んでいる玖美奈と理は、足止め以下の単なる時間稼ぎの特攻でしかない。

 挑発に皮肉で返せばレンズ越しに見える幾月の目が細められ、後ろ手を組みながら幾月は静かに怨嗟の声を漏らす。

 

「八雲ね。ああ、本当に忌々しい存在だ。そのまま死んでいれば良いものを、そこにいるデスの残り滓も含めてどこまでもこちらの邪魔をしてくれる」

 

 幾月たちの策は上手くいっていた。幾月自身の死を完全に偽装出来した上で、ストレガと玖美奈たちが裏で動いてくれる事で、幾月自身の暗躍を完全に隠せていたのだ。

 再び彼女たちの前に姿を現わした時には、アイギスの介入で捕らえたメンバーたちを解放されてしまったが、重傷の怪我人を抱えた彼女たちは人海戦術によって疲弊させて始末出来るはずだった。

 だが、それも蘇った湊と封印から解放された綾時によって、あと一歩というところで阻止された。

 二人が来るのが三十秒遅れていれば勝っていたのは確実に自分たちだったと断言出来る。

 だからこそ、今また自分の願いを阻もうとしている人の姿をした化け物に幾月が黒く澱んだ瞳を向ければ、真っ直ぐその視線を受け止めた綾時は不敵に笑って返す。

 

「僕の正体に気付いていたとは驚いた。けど、その反応からすると上にいるデスは僕が抜けたせいで融通の利かない機械のような状態らしいね」

「やはり、綾時さんという人格のコアを失った影響は大きかったようですね」

「まぁ、僕はデスの存在を司っていたからね。あっちは湊が切り離した力だけだ。アルカナシャドウをさらに小賢しくした敵と思ってくれればいい」

 

 頂上にかなり近付いて来たこともあってか、上からデスの放つ強い気配を感じる。

 ただ、幾月が綾時をデスの残り滓と言っていたように、頂上にいるデスは限りなく完全体に近いもののやはり不完全体でしかない。

 幾月がデスを味方に出来なかったのもその辺りが理由だと察して、綾時は付け入る隙十分だと戦いに向かうべく七歌とアイギスに移動を勧める。

 視線を交わすだけで意図を察した二人は、幾月を警戒しながらも頂上に続く階段に向けて走り出す。

 幾月たちが会話している間にアナライズをしていた風花も、美鶴とゆかりに敵の情報を簡潔に伝えると他の者たちの後を追う。

 

「理事長のペルソナは一体。打撃以外の物理に耐性、電撃を吸収、火炎と光と闇を反射してきます」

「了解。後は任せてくれ」

「風花たちも頑張ってね」

「はい。二人もどうか無事で」

 

 幾月の横を走り抜けて頂上に向かう階段を目指す七歌たちを幾月は見逃す。

 下の階にいたストレガたちと同じように、数の不利を理解してわざと見逃すようだ。

 心の中では鬱陶しい子どもたちをその手で潰したいと思っているに違いない。

 しかし、それは不可能。幾月のペルソナに明確な弱点は存在しないが、アイギスの持つアテナの防御を容易く突破するほどの攻撃力はなく、逆に七歌と綾時は耐性を無視出来る万能属性の力を持つペルソナを宿している。

 尚且つ、頂上を目指す者たちは特別課外活動部の中でも特に強い力を持っているメンバーだ。

 それ故に幾月は彼女たちをこの場に留まらせるリスクを冒せない。自身と相性の悪い力を持っている上に戦力としても厄介なのであれば、デスと戦って勝手に潰れてくれた方がいい。

 美鶴とゆかりは相性の有利不利はなく、遠距離攻撃を持っていると言っても幾月を殺すつもりはないと分かっていれば色々とやりようがある。

 階段を上っていく足音が遠ざかるのを聞きながら、幾月は黒い召喚器を自分のこめかみに当てて笑った。

 

***

 

 塔の外周部に沿って造られた頂上まで続く螺旋階段。

 階段自体にも五メートル以上の幅があり、外側には腰の辺りまで伸びた柵もあるが、上層フロアのシャドウの巨大さを考えると安心は出来ない。

 足場は悪いし範囲攻撃をされれば逃げるほどの広さもない。

 頂上まであと少しなのだから、どうか出てくれるなよと思いながら七歌たちが階段を駆け上っていれば、再び遠く離れた空で炎や雷が弾ける様子が見えた。

 

「八雲君の戦いの光だね」

「攻撃パターンが多過ぎるっていうのに、セイヴァー一体の攻略も難しいからね。相手も必死みたいだ」

 

 弾ける炎と雷の中をセイヴァーらしき蛍火色の残光が走り抜けてゆく。

 離れた場所から見ていても炎と雷それぞれのスキルの威力が馬鹿げている事を感じる事が出来るというのに、速度を落とさずその中を突き抜ける事が可能となると戦っている方からすれば悪夢だろう。

 有里湊、いや、百鬼八雲という青年は仲間である七歌たちにとっても未知の存在だ。

 彼の精神は善性に偏っているが、悪意の有無を問わず他者を害そうとする存在を赦さず、それを排除しようとする時には躊躇いなく手を汚す。

 誰かは彼を抑止力や必要悪と呼んだが、彼をよく知っている者からすれば行き過ぎた自己犠牲であり、単なる痩せ我慢でしかないと思っている。

 他人を助けるために自分の心を殺し続ける。そんな生き方の何が楽しいのか七歌たちには分からない。

 両親や被験体の子どもたちが死ぬ様を見てきた彼にとっては、他者の行動によって理不尽な目に遭う存在を見殺しにする方が自分が傷つくよりも辛いのかもしれない。

 けれど、彼の事を大切に想っている者からすれば、自分の知らぬ間に彼がどこか遠くへ行ってしまうのではないかという不安が常に付き纏ってしまうのだ。

 実際に、数ヶ月前の満月の日に彼はその生を一度終えた。

 最強のペルソナ使い。心臓を破壊しても、腹をぶち抜いても蘇生し、正攻法で勝てる者など存在しない。

 そんな自分たちとは違う。ある意味では化け物のような存在だと思っていたのに、彼がチドリを蘇生させて死んでしまうと、それを知った者たちは心のどこかで“あぁ、やっぱり”と彼の結末に納得した。

 あんな事を続けていて長生き出来るはずがない。ある日突然別れが来ると誰もが無意識に思っていたのだ。

 そこで人々はようやく彼も人間だったと思えるようになった。

 そう。なったはずなのだが、彼はそんな者たちの想像を容易く飛び越え、完全なる死すらも覆して蘇った。

 仲間である七歌たちですら未だに何があったのかよく分かっていないのに、最大の障害を排除したと思って安堵していた理たちからすれば、寝ている時に頭をハンマーで殴られた以上の衝撃を受けた事だろう。

 七歌も一度桔梗組で敵対した事があるからこそ、あの青年を敵に回すのは精神衛生上良くないんだと実感が籠もった苦笑を漏らす。

 

「本当に八雲君と戦うのは疲れるんだよね。こっちが絶対的に有利な状況のはずが、針の先程度の本当に小さな綻びを見抜いて徐々に浸食してくるんだもん」

「そりゃ、そうだ。小学生の頃から裏の人間と戦って来たんだよ? 圧倒的不利な状況なんて経験しすぎて慣れてるよ」

「子どもでそれに慣れる方がおかしいんだけどね。普通はその前に死んじゃう訳だし」

「そこは僕の力と彼の性質のおかげってとこかな」

 

 幼い頃の湊は夢の中ではベルベットルームの住人たちと実戦形式の鍛錬を重ね、現実世界ではイリスや五代と一緒に裏の仕事をして経験を積んでいた。

 ベルベットルームの住人たちという超越者を間近で見てきたからこそ、彼はどれだけ強くなっても先を目指し続ける事が出来た。

 十年後の戦いを見据えて貪欲に強さを求めた彼の経験値はまさに桁外れ、同年代で彼を超える経験値を持つ者などいないだろう。

 そんな人間が無限収納内にあらゆる武器を持ち、固有ペルソナは武器を取り込み強化して造り替える能力を有しているのだ。

 敵対している側からすれば数では勝っているのに、相手の攻撃バリエーションが多過ぎて対応しきれないという、数の利を一切活かせない状況は悪夢以外の何ものでもないはず。

 七歌たちも絶対に負けられない状況ではあるが、相手にとってもそれは同じはずで、よりにもよって一度殺した相手が最大の障害として立ち塞がるなどどんな気持ちだろうか。

 七歌と綾時が敵に軽い同情を覚えていると、最後尾を走っていた風花がとある条件によってそこまで悪い状況には陥っていないのではと疑問をぶつける。

 

「でも、有里君は相手を殺さないと言っていましたよね?」

「八雲さんからすれば理さんも被害者なのでしょう。桐条の研究がなければ、自分という被験体がいなければ理事長が彼を生み出す事もなかった」

「それだけじゃない。ただのクローンなら別の生き方も選べただろうに、相手は湊の血を投与されて人格を上書きされてしまった。そのせいで彼は自分が何者なのか分からず悩んでいるんだ」

 

 玖美奈が戦うのは父親の願いを叶えるためだと想像出来る。

 だが、湊と同じ幼少期の記憶を持つ理は、幾月たちの行いを悪など認識しているはずで、どうして彼らに協力して世界を滅ぼそうとしているのかが分からない。

 恩人だと思って協力しているのか、他に頼れる者がいないから付き従っているのか、いくつかそれらしい候補を考える事は出来るがはっきりとこれだろうと思えるものはない。

 しかし、人としての心を持ちながらも人間ではない己に悩んだ経験を持つ綾時とアイギスは、自分が何者か分からず悩んでいる理の気持ちを少しだけ理解する事が出来た。

 

「自分を定義する上で最も重要な自我が他人のものとなると、彼の悩みは簡単には解決しないと思います」

「だろうね。僕やアイギスたちは人ではない生き方を選ぶ事も出来た。でも、彼は同じ人間だ。彼が僕たちのように別の生き方をしようとすると、自分を他人として定義して生きていく事になる。そんな訳が分からない事を出来る訳がない」

 

 人と機械、人とシャドウ、その二つの間で揺れていた綾時たちは、片方を諦めてももう片方として生きるという選択肢があった。

 しかし、結城理は百鬼八雲の自我と記憶を持っていながら、自分は百鬼八雲かそうでないかという問いの間で揺れていた。

 仮に百鬼八雲を選べば、クローンという事実がのしかかってくる。

 逆に百鬼八雲ではない事を選べば、彼の持つ百鬼八雲の記憶と自我が邪魔をする。

 どちらを選んでも矛盾が発生するため、似た悩みを持っていた二人は結城理がその問いに答えを出せるとは思えなかった。

 その話を聞いて少し考えこんだ七歌は、そもそも問い自体が間違っているのではと眉根を寄せつつ綾時らに尋ねる。

 

「でも、それって悩む部分間違ってない? いや、意味としては分かるんだけど。欲しいのは自分は自分だっていう証だよね?」

「恐らくはそうです。ですが、七歌さんはその証を見つける事が出来るのですか?」

「まぁ、逆説的な感じで良ければっとぉっ!?」

 

 七歌たちが話しながら進んでいれば、突然階段の一部が爆発してそこから死神“刈り取る者”が現れた。

 幸いな事に下のフロアの天井をぶち抜く形で出てきた相手に巻き込まれた者はいない。

 しかし、戦いづらいこの場で厄介な敵に遭遇してしまった事に七歌たちは表情を歪める。

 相手は速度も力もずば抜けており、敵対者の状況などから判断して狙いを決める事も出来るため、ハッキリ言ってアルカナシャドウたちよりも強い。

 デスと戦う前にこれの相手をするのかと七歌たちが武器を構えた時、

 

「外から高エネルギー反応っ、来ますっ!!」

 

 風花の叫ぶような声が聞こえ一同は視線を塔の外に向けて硬直した。

 直後、七歌たちは視界一杯に広がる蛍火色の光に飲み込まれる。

 温かい霧や雲の中に入ったかのような不思議な違和感に包まれ、その光量に目を開けていられず全員が黙って瞳を閉じる。

 これで刈り取る者に攻撃されれば一巻の終わりだなと七歌が無駄な事を考えていれば、自分を包んでいた違和感が消え、瞼の外に感じていた明るさも収まった事でゆっくりと目を開けた。

 すると、周囲には目を閉じる前とほぼ同じ光景が残っていた。

 ただし、たった一つだけ明確な違いもあって、それは彼女たちの前にいた刈り取る者の姿が消えている事だった。

 突然外からの攻撃を喰らった時には七歌たちも驚いたが、その結果を見ると攻撃を放って来た犯人に対しての呆れが湧いてくる。

 何とも言えない表情を浮かべたアイギスは、短い溜息を吐きながら遠く離れた空を飛んでいる光を見つめて小さく溢す。

 

「敵の最大戦力二人を押さえながら、こちらの状況まで把握して援護してくるとは正直思っていませんでした」

「まぁ、地球に戻ってきた時にも大気圏外から地表を薙ぎ払ってたからね。異形の存在のみを祓う浄化の力だから出来る事だ」

 

 先ほどの光は刈り取る者の出現を感知した湊による援護射撃だった。

 必死になって湊と戦っている二人は、その攻撃を受けるとペルソナが消えて飛べなくなるため回避に専念するしかない。

 よって、二人を押さえる事に注力しながらも、浄化の光による攻撃を構えるだけで相手が勝手に離れてくれるため、雑な遠距離射撃程度であれば湊も他の者たちをサポートする事が出来た。

 ただし、湊の援護射撃にはいくつかの条件をクリアする必要があると、移動を再開した七歌が他の者たちに伝える。

 

「八雲君の援護射撃だけど、多分、窓のない部屋とかだと壁に遮られて攻撃その物が届かないね。加えて、街の上空で戦ってるから、仮に窓があっても海側の部屋には射線的に届かない」

「さらに補足させて貰うと味方のペルソナも問答無用に消しちゃうから乱戦だと撃てないし。頂上にいるデスとの戦いに横槍を入れると、デスは湊を狙って街の方へ行ってしまうだろうから、僕たちの戦いを援護する事は出来ないね」

「ですが、おかげで厄介なシャドウは排除されました。今はこの一帯に浄化の力が残っていて敵も出てきません。急いで頂上まで行ってしまいましょう」

 

 浄化の力は生命力を素にした攻撃的な回復スキルのようなものだ。

 死と向き合う事で顕現させるペルソナも、死を求める事で抜け出てしまうシャドウも、命の光をぶつけられれば死のイメージが揺らいで存在を保てなくなる。

 それは最凶のシャドウである刈り取る者も例外ではなかったようで、戦うつもりでいた七歌たちにすれば彼の援護はありがたかった。

 だが、この後の戦いでは彼に頼ることは出来ない。デスが街の上空で戦い始めれば、その攻撃はどうあっても地上を焼くだろう。

 理と玖美奈を押さえながら、さらにデスまで乱戦に加わってしまえば湊も街を守るため二人を殺さぬよう気を遣っていられなくなる。

 アイギスを狙われた事や、チドリを一度殺された事に対して怒りを抱いた彼が、殺さずに済む方法があればそれを選びたいと願って戦いに参加したのだ。

 であれば、七歌たちも彼がその結末に辿り着けるよう出来るだけ協力してやりたいと思う。

 浄化の力が一帯に残っている間はシャドウが現れないため、その効果が切れる前に頂上を目指し走った七歌たちは、長い階段を上り続けること数分、ようやく階段の終わりを見えた。

 敵の気配は離れていて、待機状態のエネルギー反応なども特にはない。

 これで待ち伏せや奇襲の可能性は消えたと、速度を緩めずに階段を上りきったメンバーたちは、開けた視界の中で頭上に輝く巨大な満月を見つめ、それから視線を正面にいる巨大なシャドウに向ける。

 長大な剣を持ち佇む姿はある意味で異形の騎士と呼べなくもない。

 スカートのように広がった下半身の黒い翼を除けば、人型の範疇に収まる姿をしていると言えるが、湊と戦っていた時の骸骨と比べて全く異なる姿と大きさをしている。

 あれはシャドウとしての姿であり、力を取り戻した今の姿こそが本来の宣告者としての姿だというのなら、感じるプレッシャーも含めて納得がいく。

 それに綾時も言っていた。一度あちら側に戻ったデスは本来持っているニュクスと同じ性質を取り戻すと。

 つまり、七歌たちが対峙しているその存在は既にデスではない。それは女神ニュクスの分身、“ニュクス・アバター”である。

 

 

 


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