【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百三十四話 アルカナシフト

影時間――タルタロス頂上

 

 雲に届きそうなほどの高さを持った奈落の塔。

 その頂上に立った七歌たちは、頭上に輝く巨大な月に視線を向けてから七歌たちが上ってきた階段と真逆の位置に佇む存在に目を向ける。

 少女らもストレガの一人が持っている巨大ペルソナを過去に見ていたが、宣告者としての姿を取り戻したデスもそれに匹敵する巨躯だ。

 何もせずただ黙ってそこに存在している姿は、電源の入っていない機械を思わせる。

 実際、相手からは生物のような気配も、シャドウたちのような異形の持つ存在感も感じる事が出来ない。

 それでも相手からは周囲へ放つプレッシャーのようなものを感じ、七歌は随分と不思議な気配をした存在だと警戒しながら呟く。

 

「綾時君が抜けた影響か本当にただの機械みたいな雰囲気があるね。その分、なんでこんな重圧放ってるのか謎だけど」

「人間もただ立っているだけで何かしらの気配を出しているだろう? 小動物からすればそれでも恐ろしいもので、敏感に感じ取って距離を取るわけさ。デス……いや、既にニュクス・アバターか。あれの放つこれも同じで、存在の位階が違っているせいで敏感に感じ取ってしまうんだよ」

 

 デスからニュクス・アバターに変化した敵は、既にただのシャドウではない。

 相手がシャドウであれば、同じくシャドウを宿している人間もそれを制御してペルソナに変化させることで対抗出来る。

 対抗出来るという事はある程度は同格の存在と見なせるこという事であり、それであれば気配を感じる事はあっても重圧として感じる程ではない。

 しかし、敵は既にシャドウから一つ上の存在に、神であるニュクスに近い存在になってしまった。

 綾時は元々自分が辿る変化だっただけあってニュクス・アバターの事を知っていた。

 故に、自分たちが今感じている重圧はそういった存在の格が異なっているからだと説明すれば、敵のことを出来るだけ正確に把握しようとアイギスが続けて綾時に尋ねる。

 

「その存在の位階というのは人と神の違いと思っても?」

「そうだね。ニュクス・アバターは純粋な神ではないけど、強大な神であるニュクスの眷属だ。その辺の土地神なんかよりも神格は高い。でもまぁ、君たちも影時間直後に湊が放った気配を感じただろう? あれに比べれば全然大した事ないよ」

 

 確かに敵は神クラス。しかし、神クラスと一括りにしてはいるが、保持するエネルギーも能力も当然違いがあって、司る力や持っている能力によってはただのペルソナ使い一人でも十分対抗出来る場合もある。

 何より、シャドウから神の眷属としての姿に戻ったデスよりも、ニュクスと同等の神格を持った存在を受け入れ共存する事に成功した味方の青年の方が力は上である。

 佇んでいるだけで七歌たちに重圧を感じさせる相手が神に分類される存在であろうと、力を抑える事をやめただけで数キロ離れた位置にいる者たちが居場所を把握出来る存在の方が危険だろう。

 味方にそれだけの存在がいるのだから必要以上に恐れる事はない。綾時がそう言って笑えば他の者たちも笑って頷いた。

 

「よし。じゃあ、風花はこの階段付近で待機。場合によっては階段の下に戻る事も頭に入れててね」

「了解です。他の皆が近付いてくれば伝えるから、皆もあんまり無茶しないでね」

 

 よく小規模のチームを作るには四人一組が良いと言われる。

 お互いのフォローや分断されても単独になりづらいなど理由はいくつもあるが、七歌たちも数の利を活かす時でもなければ四人一組を基本にしていた。

 そして、これから挑む相手は本来ならその四人一組以上の仲間で挑むような存在なのだと分かる。

 基本の四人一組に一人足りない三人で挑むなど無謀だ。たった一人削られただけで負傷者のフォローも何も出来なくなる。

 いくら個々の能力が高く、ワイルドという敵の能力変化に対抗し得る能力を持っていようと、自分たちは分の悪い賭けをしようとしているんだと七歌たちは戦う前に理解出来ていた。

 だが、必死なのは自分たちだけじゃない。仲間たちも戦っている。

 自分を殺そうとしてくると言えど、同じ人間を相手に武器を振るうのだって辛いし恐いはず。

 それに比べれば遠慮のいらない化け物が相手な分、自分たちの方が仲間よりもずっとマシだ。

 

「よし、いくよ!」

「ああ!」

「はい!」

 

 消耗してやってくる仲間が到着する前にこの敵を片付ける。七歌が気合いと共に薙刀を持って駆け出せば、綾時とアイギスも左右に散開しながら追って駆け出す。

 互いに一直線にならぬよう気をつけつつも真っ直ぐ敵へ迫る七歌と綾時に対し、大きく円を描くように移動しながら湊に貰ったリストバンドから銃を出して連射する。

 二人と別の行動を取ったアイギスの狙いは牽制と情報収集。

 七歌たちがメインとなって戦うには、敵に対する情報が不足している。

 綾時は本来の自分自身の事として情報を持っていたが、あの形態で戦闘した事などなかった。

 そのため、剣の切れ味も本体の耐久力も比較対象すらなく、実際にどの程度の能力を持っているか分かっていなかった。

 不利な状態で敵本体の情報が少ないのはまずい。そこで七歌たちは遠距離攻撃が可能なアイギスに耐久力や反応速度を調べて貰う事にしていた。

 今回の戦いに向けて湊はいくつかの銃に黄昏の羽根を含ませ、対シャドウ弾には劣るが対シャドウ銃という形で威力を上げている。

 元々、ペルソナ使いたちが使えば本人の適性に応じた威力があったが、それを強化して武器自体に適性を持たせているのだ。

 七歌たちが敵に辿り着く前にアイギスの放った銃弾が敵に当たって、金属にぶつかったような音が鳴る。

 敵に近付きながらそれを確認した七歌たちは、怪しげな模様が発光している翼以外は全身が鎧のようなものだと判断。

 元よりペルソナ中心で戦うつもりではあったが、さらに武器による攻撃は難しくなったと考え、七歌はその場で召喚器を構える。

 

「エウリュディケー!」

 

 風を纏って現れたエウリュディケーが風の刃を複数生み出し、ニュクス・アバターの翼の片方にそれを殺到させる。

 ペルソナと違ってシャドウは飛べない。飛べるタイプもいるが翼を持っていたりペルソナと同じように浮遊能力を有しているから飛べるだけだ。

 であるならば、翼を持っているニュクス・アバターもそのタイプである可能性があると見て、七歌は鎧のような本体よりも耐久力が弱そうな翼を狙った。

 

「メサイア、メギドラ!」

 

 それと同時に左側から回り込んでいた綾時もメサイアを呼び出し、剣を持っている手に向けて万能属性の魔法を撃ち込む。

 ニュクス・アバターはどちらかと言えば魔法寄りの性能だが、物理攻撃が弱いわけではない。

 近付けば間違いなく剣で薙ぎ払おうとしてくる。五メートルを超える大剣をシャドウの力で振るえばそれだけで人間は全力で避けるしかなくなる。

 もしも回避が間に合わず咄嗟に武器でガードなどすれば、武器を破壊されてそのまま致命傷を受けるか、吹き飛んだ勢いでこの頂上から落下するだろう。

 七歌と綾時がそれぞれ敵の機動力と武器を奪おうとすれば、今まで黙って佇んでいたニュクス・アバターが七歌たちの方へ顔を向けながら感情の籠もらない声で何やら唱え始める。

 

《知恵の実を食べた人間は、その瞬間より旅人となった……カードが示す旅路を辿り、未来に淡い期待を託して。そう……とあるアルカナがこう示した……強い意志と努力こそが、唯一夢を掴む可能性であると……》

 

 そう唱えたニュクス・アバターは自分を狙って放たれたメギドラを剣で払い霧散させ、その背中から剣を持った多数の腕を生やす。

 七歌と綾時はその腕が何かを知っている。それは七歌が巌戸台に来たばかりの頃、最初の満月の日に現れたアルカナシャドウ“マジシャン”の能力。

 階段付近で敵をアナライズしていた風花も敵の変化に気付いたようで、力の質自体の変化に僅かに驚きながら報告する。

 

「ニュクス・アバターの司るアルカナが魔術師に変化しました! アルカナシャドウ“マジシャン”の能力が来ます!」

 

 ニュクス・アバターの背中から生えてきた腕は、関節など存在しないのか一斉に伸びて七歌たちに迫る。

 アイギスは距離を取りながらショットガンで迎撃、七歌と綾時はペルソナに対処させながら自分でも薙刀と剣で攻撃をいなして反撃の隙を探る。

 今の敵は綾時という人格の核が存在しないため、攻撃は単に敵と認識した対象を排除するという機械的なものだろう。

 複雑な思考が出来ないのであれば、誰かが囮になってフェイントを入れればそれに釣られて隙が出来る。

 視線を交わして七歌たちは意思疎通を図り、次の瞬間に綾時が走り出してメサイアと共に敵の背後を目指す。

 その場に留まる七歌と遠いアイギスよりも、マジシャンの腕を迎撃しながら自分に向かってくる存在の方が危険と判断したのか彼に向かう腕の数が増す。

 次々と迫る剣と腕、メサイアは腰を覆っていた鎧を展開しブレイドウイングに変化させて舞うようにそれらを斬りつける。

 メサイアを避けるようにして綾時に向かってきたものは、本人が危険だと判断したもののみ剣で攻撃を逸らしながら回避して前に進む。

 綾時たちがニュクス・アバターに近付くほどに攻撃の勢いと数が増す。

 そうして、最初の距離から半分ほどまで詰めたタイミングで、七歌はエウリュディケーを消して新たなペルソナを呼んだ。

 

「お願い、ジークフリード!」

 

 剣を携え赤い鎧に身を包んだ戦士は、現れると同時に敵まで疾走し迫る。

 七歌が新たなペルソナを呼び出した事には敵も気付いたようだが、マジシャンの腕は全てマニュアル操縦だと綾時から聞いていた。

 多数の腕を綾時たちの対処に使っていた以上、突然迫る新たな脅威への対処はどうしてもタイミングが遅れる。

 迫る敵を自身で排除すべく敵がその手に持つ剣を振り上げれば、そこでアイギスが構えていたライフルが火を噴いた。

 飛び出した弾丸はジークフリードが迫るよりも速く飛び、ニュクス・アバターの仮面を僅かに掠って外れる。

 大きな的だからと当たると思っていたアイギスは、咄嗟に相手が身体を引いて躱したのを確認し、心がなく機械的な割りに問題の把握と対処行動に移るまでが速いと内心で舌打ちする。

 けれど、仲間二人の攻撃を囮にした奇襲を失敗しても、敵がしようとしていたジークフリードへの対処をほんの数秒だけ遅らせる事には成功した。

 その間に距離を詰め切ったジークフリードは両手で持った剣で、下から振り上げるようにしてニュクス・アバターを斬りつけ後退させた。

 

「っ、駄目! 浅かった! 思ったよりも反応速度が速いみたい!」

 

 ペルソナを通じて攻撃を当てた感触を知った七歌が咄嗟に叫ぶ。

 ジークフリードの斬撃は確かに相手に当たり、目に見える傷を相手に付ける事には成功した。

 しかし、それは人間で言うところの血である黒い靄が敵の身体から漏れ出すほどの深さではなかった。

 その程度のダメージであれば敵はすぐに反撃や別の行動に移れるだろう。

 七歌がそれを警戒して味方に伝えれば、七歌が想像していたように敵は空へと飛び上がりながらマジシャンの腕を背中に戻して再び言葉を紡ぎ出した。

 

《そのアルカナは示した……心の奥から響く声なき声……それに耳を傾ける意義を……》

 

 ニュクス・アバターの背中に戻っていくマジシャンの腕が光に包まれる。

 そして、その光が弾けるように消えると、先ほどまで剣を持った腕だったものが側面が刃のようになった白い帯になっていた。

 二体目のアルカナシャドウと戦った七歌と力の持ち主だった綾時は、それが何かすぐに理解し距離を取る。

 だが、新たに現れた白い帯はマジシャンの腕よりも速く、七歌たちは対処のために足を止められてしまう。

 

「くっ、触れれば切れて、それ自体で縛り上げる事も可能なんて厄介なっ」

「アイギス、プリーステスの髪をマシンガンで殲滅させて!」

 

 女教皇の持っていた聖典で出来た髪の毛は、攻撃その物の重さはマジシャンに劣るが帯のような形状のせいで七歌たちの攻撃が当たりづらい。

 さらに攻撃を仕掛ければ巻き付き縛り上げて圧殺しようとしてくるため、近接攻撃はどうにも相性が悪い。

 そこで距離を取っていて無事なアイギスに対処を頼めば、彼女は両手持ちの巨大な白い銃を取り出し返事と共に引き金を引いた。

 

「了解です!」

 

 引き金を引いた途端にけたたましい音が響き、青白い光を纏った弾丸が赤い火の尾を引いて飛ぶ。

 弾丸が纏っている光は明らかに黄昏の羽根と同質の光だ。

 まさか、湊が用意した虎の子の対シャドウ弾を装填した銃を使ってしまったのか。

 攻撃を受けた白い帯が細切れになっていくのを見ながら後退した七歌たちが、敵への警戒を緩めずに離れた位置で銃を構えているアイギスに声をかける。

 

「アイギス、それ対シャドウ弾装填してある切り札じゃないの?」

「違います。これは八雲さんのセイヴァーによって造り替えられた対シャドウ銃です。弾丸を除く全てのパーツに黄昏の羽根と同じ力が宿っているため、これで撃った弾丸は全て対シャドウ弾とほぼ変わらぬ威力を発揮します」

「なるほど、でも、多用出来ない理由もあるの?」

「はい。僅かにですが使用時に力を吸われます。その分、一般人が使うよりも威力は上がるのでしょうが、継戦能力を考えると切り札としての使用に限定すべきかと」

 

 湊のセイヴァーには武器を取り込んで対シャドウ兵器に造り替える能力がある。

 それはセイヴァーの手を離れても残り、解除するには再びセイヴァーが触れて再び作り直す必要がある。

 一般人が使っても効果があるため、湊はそれらを大量に造ってEP社と桐条グループに配っておいたが、湊のマフラーと繋がっているアイギスのリストバンドには一般人には使わせられない威力の兵器が入っていた。

 今、プリーステスの髪を薙ぎ払ったマシンガンもその一つ。重量を無視すれば一般人でも使えるが、ペルソナ使いが使えば僅かにエネルギーを消費するだけで、状況によってはペルソナ以上の効果を発揮する掃射が可能となる。

 おかげで助かった七歌と綾時はアイギスに感謝しつつ、上空で再び力を変化させようとしているニュクス・アバターを見つめる。

 

《そのアルカナは示した……生が持つ輝き……その素晴らしさと尊さを……》

 

 状況に応じて使い分ける可能性がニュクス・アバターのアルカナシフトは、ここまではアルカナ順になっている。

 敵は人間が死に到るまでの旅路について語っているため、最後までアルカナ順である可能性が高い。

 となれば、当然次は七歌にとって初めて仲間を失う事になった苦い思い出の敵、厄介は弱点変更能力を持つ女帝“エンプレス”の力が来るだろう。

 ニュクス・アバターの背中から出ていたプリーステスの髪が光に包まれ消える。

 そして、敵と七歌たちを隔てるように鉄の扉が空中に現れた。

 一瞬何が出てくるのか分からなかったが、敵の能力解析に集中していた風花から仲間に向けて声が飛ぶ。

 

「その能力は弱点変更の攻撃版、魔法攻撃の属性変化です!」

「なるほど、それなら対処はそう難しくないね! 来て、メルキセデク! アカシャアーツ!」

 

 敵が魔法属性を変化させて攻撃してくるのなら、それらの弱点を持たぬペルソナを出せばいい。

 七歌が金属の翼を持つペルソナ、正義“メルキセデク”を呼び出し。空に浮かぶ鉄の扉に向けて光を纏った拳から拳撃のラッシュを放つ。

 勢いよく開いた鉄の扉からは炎が噴き出してくるも、それらを押し退けるようにして拳撃は進み開いた金属の扉に次々と着弾した。

 

「メサイア、メギドラで完全に破壊しろ!」

 

 メルキセデクの攻撃で範囲攻撃が出来ていない鉄の扉に対し、綾時は開いた扉の奥に向けてメギドラを撃ち込む。

 メギドラの侵入を許してしまった扉は、内部から破壊されるようにして爆発して消えていく。

 弱点変更能力であれば面倒だったかもしれないが、ただ攻撃属性が変化するなら短期決戦で終わらせれば何の対処も必要ない。

 消えていく扉を見て七歌が僅かに口元を歪めれば、ニュクス・アバターの持っている剣が光に包まれる。

 どうやらエンペラーの能力再現はエンペラーの持っていた大剣らしい。

 そも、弱点を持たぬニュクス・アバターにとって、エンプレスとエンペラーの弱点変更能力は必要のないものだ。

 二体のアルカナシャドウの持っていた能力が、本来弱点を持っていないニュクス・アバターの力の劣化再現だったことで、このような逆輸入の意味のない再現になったに違いない。

 そんな風に考察した七歌はここまでは順調だと呼吸を整え、新たなペルソナに切り替える用意をして敵の行動に備えた。

 

 

 


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