影時間――港区上空
敵である結城理と幾月玖美奈を相手に防御に徹していた湊は、セイヴァーと共に港区上空を飛びながら敵を観察していた。
死後の世界から帰還して七歌たちを助けたあの日、湊は理と玖美奈を相手に戦ったがあの日は片手間に相手をしても十分に対応出来た。
だが、今日の二人は違う。たった二月ほどの間に随分と適性が強くなっている。
タルタロスで鍛錬を積んでいた七歌たちと違い。二人やストレガのメンバーは潜伏していてシャドウとの戦闘は出来なかったはず。
シャドウとの戦闘はろくにしていないにも関わらず、それでも彼らは強くなっている。
その理由は何か。七歌たちであれば疑問を持ってからしばらく悩んだかもしれない。
その点、湊は相手を見て肉体の状態なども把握することが出来るため、この二ヶ月の間に相手が何をして力を得たのか大凡の予想がついた。
(……なるほど、身体に埋め込んだ黄昏の羽根が増えている。一定以上の力を持ったペルソナ使いであれば、身体に埋め込んだところで拒絶反応は出ないからな。回復スキルを持っていれば傷もすぐに癒えるため、短期で強くなる事が可能というわけだ)
湊が二人を見たところ身体から感じる黄昏の羽根の反応が増えていた。
元々、人工ワイルド能力者になるため被験体のペルソナを羽根に移し、それを移植することで二人はペルソナと力を得ていたのだろう。
節制と運命のアルカナシャドウと戦った日に、玖美奈たちからそれぞれ四枚ずつ羽根の反応を感じていた。
しかし、今日の二人からはさらに三枚。計七枚ずつの反応を感じる。
最初の四枚の羽根も、全てが被験体のペルソナを移植するための物ではなく、それ以外はあくまで適性を強化するための補助装置。
理の所持ペルソナは五体、玖美奈の所持ペルソナは四体、羽根の枚数が増えてもそこは変わっていない。
であれば、追加した分は全て強化用に移植したものと考えるべき。
そう考えたところで、敵に背を向けたまま飛んでいる湊とセイヴァーに向けて、炎の斬撃と影で出来た黒い羽根が雨のように降り注ぐ。
攻撃が放たれる前に力の流れで変化を感じ取っていた湊は、身体を反転させてセイヴァーにアイアスの盾を展開させて攻撃を防いだ。
(適性の増加と蘇った俺に対する意識によってペルソナの力が増している。ただ、あくまで強化されただけだな)
敵の攻撃を防いだ湊はマフラーから白銀の銃を取り出し構える。
それを見た敵は驚愕の表情を浮かべすぐに散開しようとし、湊はわざと当たらないものの避けないわけにはいけない微妙な位置に向けて蛍火色の光線を撃ち込んでいく。
湊が持っている銃はセイヴァーの力で造り替えた対ペルソナ・対シャドウ兵器だ。
セイヴァーの武器を造り替える力は、大きく訳で二種類のものをつくることが出来る。
一つは黄昏の羽根を積んだ武器と同じように、武器自体にペルソナやシャドウに干渉する力を付与することで、一般人が使ってもダメージを与えられるよう造り替えた汎用品。
もう一つはペルソナ使いたちの持つエネルギーを消費することで、擬似的に攻撃スキルを放つ事が出来る特殊兵装。
中でも湊が今使っているのは特別製で、銃自体に使用者の生命力を吸収して貯蔵するバッテリーを搭載し、攻撃時にはセイヴァーの固有スキルのように貯蔵していた生命力を光線にして放つという機能がある。
元が生命力なので光線といっても破壊力は無い。触れても温かいと感じるだけで火傷すらしない。
だが、ニュクスの欠片であるペルソナは死と向き合うことで顕現させることが出来る。
死と向き合うというのは簡単な事ではなく、最上級の回復魔法のようなものを喰らって生を意識するだけで簡単に輪郭を保てなくなる。
(とりあえず、これで仕切り直しに持って行けるか。時間はまだあるがそこまで余裕があるわけじゃない。あいつらもまだ一組も決着がついてないようだし、下手をするとギリギリ間に合わない可能性もあるか)
理と玖美奈が離れたタイミングで銃をコートに仕舞い直し、セイヴァーと共に飛翔して高度を上げていく。
制空権を取られることを嫌って相手も追いかけてくるが、残念ながら湊と追っ手の二人では肉体のスペックが違う。
息を吸うだけで肺が凍りつきそうになるような高度でも湊は耐えられる。
しかし、ただの人間の肉体しか持たない敵は追っては来られない。
無論、湊もそこまでの高度に行くつもりはないので、途中で止まると身体を反転させて上空でセイヴァーの状態を変化させる。
セイヴァーの頭上に虹色の光輪が現れる。目元を覆っている黒いバイザーの奥に七つの赤い瞳が浮かび、左右の腕が二本ずつ増え六腕という異形の姿になる。
そして、機械のような金属の質感を持っていた六対十二枚の翼が短剣のような状態で射出され、鎧が白く発光するセイヴァーの背中には三六対の光の翼が現れた。
目の前で姿が変わっていくセイヴァーを見て、追って来ていた理と玖美奈の表情が険しく歪む。
単体でも厄介な相手だというのに、射出された翼が変化した十二本の短剣はタナトスの棺桶と同じくビット兵器としての機能も持っているのだ。
前回の戦いでそれを知っていた理たちは、短剣が放たれるのを見たと同時に動いていた。
「ビット兵器を使えるのが自分だけだと思うな!」
理がそう叫ぶなり酒呑童子の肩付近に浮いていた車輪が飛び出してゆく。
大きく迂回して左右から迫るように飛んできた車輪は、片方からは熱線が、もう片方からは氷の飛礫が放たれ湊へと迫る。
そして、酒呑童子自身も手にした刀から斬撃を飛ばし、玖美奈のノートは黒い翼を広げて疾風の範囲攻撃スキルを繰り出してきた。
理は湊の力を参考にして自分も同じ土俵へ上がることを目指し、玖美奈は空間を制圧することでビット兵器の動きを制限することを目指したのだろう。
人数で勝っていて、個々の力も恐ろしく強大なのだ。彼らの選択は正しい。
「だが、そもそも忘れていないか? お前たちはセイヴァーの盾を一度として突破出来ていないことを」
言うなりセイヴァーの光の翼が湊たちを包み込み、湊は半透明な虹の膜で覆われた球体の中に閉じ籠もる。
酒呑童子とノートが放った攻撃は全て虹の膜に阻まれ、攻撃が止んだ時には攻撃を受ける前と変わらぬ姿の湊とセイヴァーがその場にいた。
そして、敵の攻撃が止んだタイミングで虹の膜の外に待機していた短剣が動き出す。
正面から四本の剣が酒呑童子とノートそれぞれを狙って飛んでゆく。
短剣の剣先は光を纏っており、既に何かしらの物理スキルが発動しているのが分かる。
威力はペルソナのスキルと同等だというのに、大きさは人間の扱う両手剣ほどとペルソナより圧倒的に小さい。
おかげで攻撃するにも狙う必要があり、空中という全方位から攻撃を受ける可能性がある場所で、残り八本の短剣を警戒しながら対処するのは難しい。
二人はすぐに迎撃を諦めると酒呑童子が火炎を放ってすぐに回避行動に移る。
避けた先には既に別の短剣が二本回り込み、風の刃を飛ばして来たため、ノートが黒い羽根を飛ばして迎撃しながら左右に分かれる。
けれど、それを読んでいたように二人の背中に向けて万能属性の光線がそれぞれ飛び、迎撃が難しいと判断した両者が一気に高度を落せば、下から急上昇してくる短剣を見つけて身体を捻るようにして緊急回避する。
僅かにペルソナに攻撃が掠り、フィードバックダメージに顔を顰めながら理が毒吐く。
「十二個の端末だぞ!? 戦況をどこまで読んでるんだっ、こちらの動きを先読みして配置するにしても限度があるだろ!」
理は自分がビット兵器としての機能を持つ車輪を手に入れたことで、その操作が全て思考制御だということを知っている。
空中という自由度が高いからこそ、状況変化を読みづらいはずなのに、湊はバラバラに動いている理と玖美奈をそれぞれ追い込むように短剣を操ってスキルを繰り出している。
当然、理たちも神経を研ぎ澄まし迎撃や回避を行なっているため、短剣から放たれるスキルのほとんどは何もない空に消えてはいた。
だが、常人ならエネルギーが枯渇してもおかしくないほどスキルを短時間に連発しようと、虹の膜を解除して悠然と高みから見下ろしている青年の力には限界が見られない。
以前は街一つを覆い尽くしてシャドウを殺し尽くして見せたのだ。
持久戦やエネルギーの枯渇を狙ったところで先に潰れるのは理たちの方だろう。
このままでは徐々に対応が追い付かなくなり、最後は詰め将棋のように一切の逃げ場を失って敗北しかねない。
動くなら今しかない。そう判断した理は瞬間的に溜められる限界まで力を溜め、それを炎の津波へと変えて一気に解放する。
この攻撃で短剣を消し炭に出来るとは思っていない。けれど、僅かな時間でも自分の攻撃が相手を上回れば次の行動までに余裕が生まれる。
その考えが正しかった事を証明するように炎の津波に呑まれた短剣からの攻撃が不発に終わり、短剣からの連携攻撃に空白が生まれた。
その隙に理は玖美奈の許まで移動し、相手を抱きとめてその空域から離脱した。
相手が自分から距離を取っていくのを見ていた湊は、セイヴァーの手に先が二叉に分かれた金色の槍を呼び出した。
「敵から逃げてどうするんだ。仮にタルタロスの連中が全滅しようと、俺を殺さない限り、お前たちの願いは叶わないんだぞ――――――“ロンギヌス”」
幾月たちは滅びを求めるくせに自分たちの死を怖れている。
それは、自分たちがニュクスの齎す滅びの目撃者になる必要があると認識しているためだろう。
ニュクスの力によって滅びた後の世界に新たな理を築くことで、死の定義が変わり選ばれた者のみが存在するユートピアが生まれる。
そのためには新たな理を世界に築く者が必要だ。
故に、彼らは全滅を怖れ、湊の足止めとして理と玖美奈を寄越した。
作戦としては理解出来る。最後の戦いなのだ。負けないように、障害となる者を遠ざけるのは間違っていない。
しかし、いくら湊を遠ざけて、その間にタルタロスへ向かった者たちを全員討ち取ったとしても、その遠ざけた湊がいれば幾月たちの願いは叶わない。
何せ彼の力は街一つを覆えるのだ。大切な少女たちの死を認識した時点で街ごと敵を殺すくらいはやってのける。
それを理解していれば逃げるなんて手は選ばないだろうと、湊は口元をつり上げて嗤い、セイヴァーの手から神殺しの槍が放たれた。
セイヴァーの手を離れた槍は、金色の尾を引きながら空を駆ける。
背を向けて逃げる酒呑童子に向けて真っ直ぐ飛び、その肩を貫くと思った瞬間に黒い翼を広げたノートが現れて酒呑童子を庇った。
「フッ、直撃は拙いだろう。神を殺し得る槍だぞ?」
投げた槍は酒呑童子を庇うように現れたノートの胸に突き刺さった。
通常、ペルソナはダメージを負い過ぎると召喚者にフィードバックダメージが返りながら消えてゆく。
だが、セイヴァーの投げた神殺しの槍は、かつて世界の狭間で時の神を殺してみせた力を持っている。
ペルソナ以上の存在の格を持った神を殺す力が、通常のペルソナに振るわれれば、当然そのダメージは通常のフィードバックを超えて召喚者に返る。
その結果、ノートを通じて神殺しの槍のダメージを受けた玖美奈は理の腕の中で意識を失った。
「姉さん!?」
抱き上げていた玖美奈の身体から突然力が抜け、さらに呼吸が弱々しくなれば理も動揺を隠せない。
しかし、逃走しようとしていた酒呑童子の動きが鈍れば、彼らを追っていた短剣にとって絶好の攻撃チャンス。
玖美奈の様子を確認しようとする理と酒呑童子に向けて雷が飛ぶ。
回避を許さぬように四方向から放たれた雷は、直前で気付いて理が避けようとするもそれを許さず直撃する。
酒呑童子の背中に雷を受けた理は表情を歪め、攻撃を回避し始めると怒りに染まった瞳で湊を睨んだ。
「有里、湊ぉぉぉぉっ!!」
ビット兵器として使える車輪を肩付近に戻し、そこから炎を吐き出して加速しながら酒呑童子が雷の包囲網から飛び出してゆく。
敵が同じようなビット兵器としての力を手に入れたと思っていたが、成程、短剣のような形をしているセイヴァーのビット兵器ではそういった使い方は出来ないなと考えつつ湊は言葉を返す。
「会話を拒んだのはお前たちだろう?」
湊は最初に会話を求めた。相手の求めるもの、そこに到るまでに必要なこと、ニュクスや死に対する勘違いの訂正など、戦わなくても済む道を模索するためお互いを知るべきだと湊は敵にも手を差し伸べたのだ。
だが、理と玖美奈はそれを拒んだ。お互いに敵として怒りや憎しみを抱いていたことで、差し伸べた手を素直に信じられなかった気持ちは分かる。
湊もこれまで散々好きなように生きて、自分の目的のために他人を巻き込んできた側の人間だ。
敵の言うことを素直に信じないのはお互い様でしかない。
けれど、玖美奈は友人として出会った七歌を切り捨てて、自分の父親の願いを叶えるために殺そうともした。
そんな人間に手を差し伸べるのは一度で十分。チャンスを捨てたお前たちが悪いんだと、ビット兵器の包囲網から抜け出そうとする理たちに向けてセイヴァーが光を纏った拳から拳撃を撃ち出す。
現れた巨大な金色の拳は“ゴッドハンド”、空気を押し退けて進むそれは、逃げ場を塞ぐように立ち替わりながら攻撃する短剣に足止めされていた酒呑童子を横から殴りつけた。
「ぐぅぅぅぅぅっ!?」
ゴッドハンドに横から殴りつけられた酒呑童子と理たちは、進み続けるゴッドハンドに身体を押し付けられながら運ばれてゆく。
逃げようにも空気の壁とゴッドハンドに挟まれ、スキルの勢いが消えて消滅するまでに大きく移動させられていた。
先ほどまでは街の夜景が見えていたというのに、理たちの眼下には暗い海が広がっている。
そして、それを認識した理は背筋に寒いものを感じ、直後に頭上で光が弾けて湊が現れていた。
「……ま、とりあえず落ちろ」
天高く手をかざす白銀の天使、その主の声に呼応するように上空で黒い雲が渦を巻く。
攻撃が来る。それを悟った理は玖美奈を抱きよせ、酒呑童子に覆い被さるように自分たちを守れと命じる。
直後、上空より落ちてきた極光の柱に飲み込まれ、理たちは光と共に海へと落ちていった。