【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百四十四話 それぞれに出来る事

影時間――EP社

 

 湊が世界に向けて放った広域通信が終わると、人々の動きは大きく二つに分かれた。

 一つは彼の言葉を信じて自宅に残るという選択。もう一つは不安を少しでも軽減したいからと避難所で他の者たちと共に事態の解決を待つという選択だ。

 とくに港区周辺は異形の化け物が現れると注意された事もあり、他の地区よりも避難所に集まる人数が多い。

 異形の化け物の正体はシャドウで、シャドウは人の心から抜け出ることで現実世界に顕現する。

 それを思えば人が集まるというのは、ある意味でシャドウが現れる確率を上げているようなものなのだが、影時間について知らないプリンス・ミナトの会員たちは自分たちに出来る事をすべく避難誘導や不安がっている人を励まして回っていた。

 

「こっちにEP社の人たちが用意してくれた毛布があります! 家族の人数分まで配布できるので必要な方は取りに来てください!」

「トイレは病院側に仮設の物がいくつも用意されています! 近くに案内の人間もいますから心配しないでください!」

 

 EP社の敷地内にある大きな公園には大勢の人間が集まっていた。

 人が集まればトラブルが起きやすくなるが、プリンス・ミナトの会員たちがEP社の人間を補助する形で動くことで大きな混乱は抑えられている。

 もっとも、それは人が大勢いる場所に辿り着けた安堵から一時的に落ち着いているだけであり、この状況が長く続けばそれぞれの不安が再発するのは間違いない。

 それがいつまで保つか、もう一度落ち着かせる事は可能か。

 誘導や指示を行なっている者たちは、そういった別の不安を抱えながら必死に動き回っている。

 何より、ここにいる者たちは湊が言っていた異形の化け物らしき存在を見ており、それが実在する事を既に知ってしまっていた。

 EP社は海沿いの敷地に建っており、公園の奥へと向かえば海を見渡す事が出来る。

 それ故、沖合で戦っている二体の巨人らの戦闘音や地面の揺れが街中よりも強く感じるのだ。

 中学時代、湊の生徒会で副会長を務めていた渡邊は、避難先の公園でバスケ部や元生徒会役員ら知り合いを見つけ、彼らと共に先ほどの湊の言っていた事について話す。

 

「会長が言ってた事、マジっぽいな。奥にある教会の方に行けば海で巨人が戦ってるのが見えたわ」

「その巨人って味方ですか? それとも敵ですか?」

 

 実際に海の方へ見に行ってきた渡邊が話せば、後輩である木戸がどんな戦いだったのかを詳しく尋ねる。

 巨人が味方であれば海側から侵攻してくる敵を防いでくれている事になるが、敵だとすれば足止めしている味方がやられればここに来るかも知れない。

 ここには避難民だけでなく、入院していて動けない者たちも大勢いる。

 少しでも分かる事があれば、情報を整理してEP社の人間に伝えるべきだろう。

 そうして、他の者たちも渡邊の言葉を待てば、彼は情報が正しく伝わっていないことを察して補足を入れた。

 

「悪い。戦ってるのは二体の巨人だ。なんか、炎を纏ってる悪魔みたいなやつと、人型のみたいなのが戦ってる。んで、その余波で発生した津波とかを防ぐように、蛇か龍かの骨みたいな半透明の何かが陸地を守ってる」

「という事は、そのドラゴンの方が一応は味方になるのかしらね。陸地を守っているのが龍の骨だとすればだけど」

「たぶんな。まぁ、離れてるから見ても大丈夫だとは思う。気になるなら実際に見てみて、気付いた事をEP社の人に伝えた方がいいかもな」

 

 七歌とラビリスと共に女子テニス部に所属している高千穂は、渡邊の説明から陸地を守っている骨と共通点のあるドラゴン型の巨人が味方と予想した。

 説明した渡邊も恐らくはそうだと予想しているが、あまりに非現実的な光景であったため確信は持てていない。

 二体の巨人が戦っているのは陸地から少し離れている。

 EP社の敷地自体は埋め立てて高台に作っており、浜辺の方へと降りていかない限りは津波等の心配も少ない。

 であれば、少しでもEP社の人間に協力出来るよう情報を入手すべく、彼らはそれぞれの親に少し離れると告げてから海が見える場所へと移動した。

 公園の中を奥へ奥へと進み、教会の傍を通って整備された林の中を抜けてゆく。

 そうして、その先にあった展望台まで辿り着けば、陸地から離れた海上で戦う巨人の姿が見えた。

 炎を纏った悪魔の両手には炎で出来た剣がそれぞれ握られており、横薙ぎに振るわれた片方をドラゴン型巨人がバク転で回避する。

 その着地の瞬間を狙った悪魔がもう一振りで突きを放てば、横からドラゴンの尻尾が伸びてきて悪魔を殴りつけた。

 殴られた悪魔がバランスを崩して転がれば、身に纏った炎に触れた海水が蒸発したのか一面が白い靄に包まれる。

 けれど、次の瞬間、ドラゴンの口から放たれた赤い光線によって靄は消し飛び、悪魔は咄嗟に光線の直撃を回避すべく両腕で身体を守りながら光線の勢いに押されて後退していた。

 押しているのは間違いなくドラゴンの方だろう。けれど、光線が納まってみれば、両腕で防御していた悪魔も健在だ。

 敵の攻撃に耐えきったからか、悪魔は炎で出来た羽根を大きく広げると、羽ばたいた勢いで飛び出してドラゴンへと迫る。

 両手に持っていた炎の剣が突撃槍に形状変化し、対するドラゴンは淡い光を纏った両手を使ってその攻撃を正面から受け止める。

 突進の勢いで僅かに後退するも、途中で踏ん張ってその場に留まると、両者の力は拮抗しているのか動かなくなる。

 けれど、その足下の海面は激しく荒ぶっていて、発生した波を龍の骨が受け止める事で陸地への被害を食い止めているようだった。

 あまりに現実感のない光景にしばらく一同は呆ける。

 しかし、離れていても空気や地面の震動を感じ、戦闘の激しい音によってそれが現実である事が分かる。

 戦隊ヒーローのフェザーマンなどで巨大化した怪人とロボットが戦うシーンを見たことがあるが、そこで逃げ惑う市民たちはこのような気分だったのかと思ったところで、展望台から少し離れて改めて話し合う。

 

「有里君の言っていた通りね。正直、実際に目にしても現実だとは受け入れがたい光景だわ」

「でも、間違いなく現実の光景ですよ。まぁ、痛みを感じる夢でなければですけど」

 

 もしかすると夢かもしれない。そんな僅かな可能性に賭けて自分の頬を抓ってみたことで、彼らは痛みを感じる現実だと認識している。

 普段見ている夢以上に現実感のない現実というのは、彼らにとっては悪夢でしかないだろう。

 ただ、現実であるならば、しっかりと自分たちに出来る事をすべきだと思考を切り替え、彼らは戦っている巨人らを観察する。

 陸地に近い場所には確かに龍か何かの骨らしき半透明のものが存在しており、それが巨人たちの戦いの余波で起きた波を防いでくれている事は分かる。

 仮にそれが龍の骨ならば、見た目が確かに人型のドラゴンのような巨人とは一応の繋がりがありそうだ。

 その予想が当たっていればドラゴンが人類の味方、悪魔が人類の敵であるニュクス側の存在と言える。

 戦況的に有利なのはドラゴンに見えるため、このままいけば問題なさそうだがと観察していた高千穂が呟く。

 

「素人目線だけど有利なのはドラゴン側よね?」

「はい。僕にもそう見えます」

「一応、言っておくとどっちも味方じゃない説もあるからな。会長が配置したっていう対処部隊の人も見えないし」

 

 高千穂と木戸がドラゴン有利のまま決着がつけば良いがと思っていれば、渡邊が化け物同士がただ戦ってる可能性もあると指摘する。

 他に巨人らしき存在は見ていないので、もしかすると、あの巨人たちはお互いに化け物の中のボスクラスで、どちらが他の化け物を従えるか争って決めようとしている可能性もあるのだ。

 もしも、渡邊のそんな予想が当たっていれば、勝負が着いた時点で勝った巨人が人類に牙を剥いてくる事も考えられる。

 湊が言っていた対処部隊がここへ来ても、巨人たちはお互いに全長百メートルクラスなので、戦車やミサイルなどの兵器が使えなければ戦えないだろう。

 この謎の現象が起きてからは機械が使用不能で、戦車やミサイルなど使えるはずもない。

 敵への対抗手段を人類が持っていない以上、仮に勝者の巨人が疲弊していたとしても倒す事は出来ない。

 まだ死にたくない渡邊たちが、どうかその予想よ外れてくれと祈っていれば、友人である宇津木と共にじっと巨人の方を見ていた羽入が口を開いた。

 

「んー……あっちのドラゴンの巨人さんは大丈夫だと思う。たぶん、湊君だから」

「え、羽入さん? どういう意味?」

「えっとね。あのドラゴンの巨人さんは湊君みたいだから、心配しなくていいよって」

 

 友人として普段から一緒にいる宇津木から見ても羽入は不思議な少女だ。

 どことなく感性がズレていて、その心は純粋だが、けっして馬鹿という訳ではない。

 以前、湊のペットだという柴犬とも会話のような事をしていたが、その時は犬の言葉を理解していたようで赤ん坊の保護者を呼び出して感謝されていた。

 そんな不思議な少女だからこそ、何か他の者には分からない物が見えているのかと思っていれば、その場にいた者たちの頭に青年の声が届く。

 

《羽入の言う通りだ。お前らがドラゴンの巨人と呼んでいる存在と俺は一緒にいる。まぁ、悪魔の方も人間が操っているけどな。さっき言っていた化け物とは別の存在。その化け物への対抗手段の一つなんだが、ニュクス教側にそれを悪用するやつらがいて対処中という訳だ》

 

 急に湊の声が聞こえて来て驚くも、彼が共にいるというドラゴンの巨人は今も悪魔と戦っている。

 相手の放った火球を拳で破壊しながら接近し、切りつけてきた炎の剣を片腕で防ぎ、逆の手で相手の腹を殴りつけた。

 戦闘の真っ最中に話しているとすれば、どれだけ余裕があるんだと思うところだが、状況が飲み込めていない渡邊はあたふたとしながら湊の言葉に返事をする。

 

「え、マジで? つか、会長これどうやって話してるんすか?」

《指定した対象に声を届ける能力だ。というか、お前らは公園の方に戻っておけ。海側から別の化け物が出た時に対処部隊が守れないぞ》

「有里君、私たちはその化け物が出たと思って情報を集めにきたの。海で戦っている巨人がそうだとすれば、この場所も安全ではないからと」

 

 ドラゴンは上手く悪魔の攻撃を躱したり防いだりしているが、よく見れば敵の攻撃を防いだ部位が焼けていたりする。

 状況はドラゴンに有利であっても、決して油断出来る訳ではないのだろう。

 離れていると言っても目視出来る距離にいるため、巨人たちの感覚ならば一分とかからず距離を詰められるに違いない。

 そんな場所に何の力も持たない子どもがいれば危険だ。

 湊が他の者たちのいる公園へと戻れと言ってくるのも理解は出来る。

 それでも、高千穂は彼に尋ねた。

 ここにいても何も出来ないというのは理解しても、知り合いが命懸けで何かをしているのに隠れているだけなど出来ないから。

 高千穂の言葉を聞いた湊はしばらく黙っている。

 命懸けで戦っている者にすれば、そんな自己満足な正義感など捨ててしまえと思って当然。

 けれど、湊はそんな正論をぶつけない。彼は将だ。新たに得た駒を適所に配置する位は出来る。

 ペルソナ使いたちの戦いにとっては不要だが、避難している者たちを守る戦力として利用出来ないこともない。

 そう結論づけて、湊はその場にいる高千穂たちだけでなく、他の場所にいる人間にも同時に通信を繋げた。

 

《なら、お前たちは避難民の防衛戦力にあてる。ソフィア、こいつらに武器を渡せ》

《よろしいのですか? 正直、まともな戦力としてカウント出来るとは思えませんが》

《弾幕を張っていれば誰かしらが到達するまでの時間稼ぎになる。ビアンカを回して指示をさせろ》

 

 湊の言葉の中に以前職業体験で知り合った者の名前が混じる。

 ソフィアに到っては同じように通信で言葉を交わしており、渡邊たちは湊がいくつかの場所に通信を送っているのだろうと推測した。

 探知型のペルソナ能力について知っている者ならば、戦いながらそれらをこなす難しさを理解して驚愕するところだ。

 一般人でしかない少年たちは当然気付かず、通信で聞こえてくる彼の言葉に素直に従う。

 

《渡邊、EP社側に武器を用意させる。人間には効かない特殊な武器だ。ビアンカの指示に従って警戒任務に就け》

「了解っす。その……会長も頑張ってください! オレらじゃ何にも手伝えねぇけど、ここに来た人たちはなんとか守って見せますから!」

《……ああ、任せた。他のやつらも無理だけはするなよ》

 

 湊からの通信が切れると、ドラゴンが悪魔を両腕の防御の上から殴りつけて大きく後退させた。

 敵がさらに大きく陸地から離れたタイミングで、渡邊たちも一斉に走ってその場を後にする。

 公園の方へ戻れば病院に近い場所でビアンカが待っており、そこで渡邊たちは武器を受け取って公園に逃げてきた者たちの護衛に移る。

 親たちはきっと危ない事は止めろと言ってくるに違いない。

 渡邊たちだって化け物と戦うのは恐いし、出来る事なら自宅のベッドで寝ていたかった。

 だが、湊が戦っていると知ってしまった以上、彼にだけ任している訳にはいかない。

 

「オレたちにも出来る事はある。会長のファンクラブが避難誘導してくれてるから、オレたちはビアンカさんの指示に従って化け物が出たら対処していくぞ」

 

 教会近くの林を走り抜けて一同は病院の方へ急ぐ。

 近付くにつれてプリミナ会員たちが頑張って避難誘導しているのが分かった。

 そして、そんな彼女たちが化け物に襲われぬよう、湊の部下であるビアンカの指示で警戒任務に就くのが自分たちの役目だと覚悟を決める。

 一体どんな武器で戦う事になるのか。いくつもの不安を押さえつけて病院近くにやってくれば、以前、作業ロボットの操縦について教えてくれたビアンカが待っていた。

 

「ハァーイ! こんな状況でなければ再会を喜べたんだけど、今は時間がないからすぐに説明を始めるわ。全員、銃とマガジンを取って。これは対化け物用の光線銃で実弾は出ません。光線自体も非破壊系のものだから外しても実害はないわ」

 

 湊がEP社に用意させたのはペルソナ“セイヴァー”を手に入れてから、時間が空く度に密かに作り続けていた対シャドウ銃だ。

 セイヴァーの力で武器自体を対シャドウ兵器に変え、そこにセイヴァーの力を込めたマガジンを組み合わせる。

 セイヴァーの浄化の光は回復魔法の延長であり、これを使えば一般人でも周りの被害を考えずに防衛に専念出来る。

 説明しながらビアンカは一人一人に銃を渡し、何度かマガジンの交換作業を練習させた。

 

「皆、無理はしないでいいからね。あくまで時間稼ぎって事を忘れないで」

 

 戦うのは専門の対処部隊の仕事であり、渡邊たちが任されたのはこの場所の防衛だ。

 深追いして殺そうとする必要などない。他の人を守るように、自分たちの身の安全もしっかりと確保して任務にあたってくれとビアンカは言う。

 武器を受け取った渡邊らもそれに頷いて返し、ビアンカが移動を始めるとその後を付いていって避難所の防衛任務にあたるのだった。

 

 

 


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