【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百四十五話 父娘の因縁

影時間――タルタロス

 

 スーツの袖や脇腹の部分が血に汚れながら破れた幾月は、召喚器の引き金を引いて呼び出した黒いオルフェウスに竪琴を奏でさせ、放射状に電撃が迸り美鶴とゆかりの視界を焼こうとする。

 数の有利で上手く立ち回っていたはずの二人も、幾月ほどではないにしろ服や肌が汚れ、一部は血の染みが広がっていた。

 二人は敵を殺せない。殺したいくらいの怒りや憎しみは持っているが、相手と同じところまで落ちるつもりはない。

 だが、戦いが長引くほど、相手に負わせた手傷が積み重なって命の危険が出てくる。

 タルタロスで見つかる即効性のある回復薬を使おうとも、流れた血までは回復出来ない。

 腕や足、そして脇腹から血を流していた事もあって、幾月の顔色は徐々に青白くなってきており。攻撃を仕掛けたタイミングで限界を迎えて大怪我を負わせる可能性も出始めていた。

 当たり所が悪ければ死ぬ。常にそんな事を頭の片隅に置きながら咄嗟に腕で目を守り、敵の攻撃が治まると同時にゆかりは矢を撃ち放った。

 ヒュンッ、と空気を切り裂き飛んでゆく矢は、真っ直ぐに幾月へと迫る。

 けれど、攻撃直後の反撃を予想していた幾月は、危なげなく躱すと口元を歪めて言葉を発した。

 

「フハハハハッ、涙ぐましい努力じゃないか。君たちにも聞こえたのだろう? 有里湊の広域通信が」

 

 嘲るように嗤う幾月は、先ほど聞こえて来た湊の通信について話す。

 敵の最大戦力である玖美奈と理を押さえるために先に出ていた湊は、まだタルタロスに姿を現わしておらず、現在もその二人と戦闘中のはずだった。

 だが、時間が進むにつれて外の状況が変化した。

 まだ降臨していないにもかかわらず、ニュクスの影響が現われて一般人の象徴化が解け始めているらしい。

 黄昏の羽根を材料に作った簡易補整器の指輪でも一時的に適性を得られるのだ。

 大本であるニュクスが地球に近付いてくれば、黄昏の羽根以上の適性増幅効果で全ての一般人が影時間に活動出来てもおかしくない。

 ニュクス降臨が近付くにつれてそういった影響が出る可能性については事前に聞いていた。

 特別課外活動部のメンバーだけでなく、桐条グループとEP社の対策チームにもその事は伝わっており、シャドウの出現が確認されている港区周辺だけでも一般人の避難誘導を行えるように準備を進めていた。

 しかし、影時間は機械が使えない。黄昏の羽根を組み込んでいたり、湊の持つセイヴァーの力で造り替えた物を除けば、懐中電灯のような単純な機械でも使えなくなってしまうのだ。

 携帯電話を持つのが当たり前になった現代社会で、知り合いに連絡も取れず、情報収集の要であるテレビやラジオも使えない。

 さらに、避難しようにも懐中電灯が使えないので、不気味に輝く月明かりのみを頼りに夜の街を歩く必要があるとなれば、人々の中に混乱が広がる事は避けられない。

 また、街の中には今夜世界が滅びると知っていたニュクス教の人間も大勢いた。

 彼らはどういった現象が起きるのかは知らなかったが、あり得ない事態に直面した時点でこれが滅びの始まりだとすぐに感づいた。

 そんなニュクス教の者たちは状況が把握出来ていない一般人に滅びの始まりを告げた。

 世界は滅びる。滅びは避けられない。弱者を虐げ続けたお前たちの罪が今日裁かれると。

 それを聞いた一般人の中にはニュクス教の人間たちに謝罪して助けを請う者もいた。

 訳が分からず恐怖に震えることしか出来ない者もいた。

 そんな時、港区周辺や東京都内だけではない。日本全国に、世界中の人々に向けて、一人の青年が声を届けたのだ。

 まさか戦っている自分たちのところに彼の声が聞こえてくると思っていなかった幾月は、彼が一般人に向けて声を届けた事実とその内容に対して苦笑を浮かべる。

 

「一体どこまで声を届けたのやら。探知型の通信は情報解析ほど消耗しないとは言っても、対象を補足した上で情報を飛ばすため相応のコストがかかる。だというのに、彼は不特定多数。都内は勿論、下手をすれば東京周辺にまで声を届けていたんじゃないかな」

 

 探知型の能力を持っていても、その効果範囲や効果対象はそれぞれ違う。

 美鶴のような探知能力に応用出来る程度の力であれば、補助機材を使っても港区全域に声を届ける事すら難しい。

 逆に、探知能力に特化した風花のようなタイプであれば、県を跨いでも声を届けられる可能性はあるが、対象人数が増えるにつれて術者の負担が大きくなるため、効果範囲を広げれば対象人数が限られるという欠点がある。

 しかし、あの青年は通常考えられるそれらの問題点を全てクリアしたらしい。

 湊の適性値を考えればそれが出来たとしても不思議ではない。

 一般人が混乱して不安を煽るニュクス教の人間と衝突を始めれば、彼が望んだ出来る限り無関係の人々に被害を出さないという目標を達成出来なくなる。

 だから、多少の無理をしてでも彼は人々に声を届けたのだろうと幾月は予想した。

 

「フフッ、この状況でまだ他者の心配を出来るなんて筋金入りのお人好しだ。どれだけ救っても、どれだけ守っても、愚かな人々は彼に何も返してはくれないだろうに!」

 

 美鶴が氷結魔法で氷を飛ばそうとすれば、黒いオルフェウスが竪琴を激しく鳴らして複数の炎弾をばら撒いた。

 狙いをつけず、されど個々の威力は無視出来ない程度に強い。

 攻撃を仕掛けようとしていた美鶴は後退し、アルテミシアに氷壁を展開させて攻撃も防ぎながら言葉を返す。

 

「貴様には理解出来ないだろう。彼がどうして人々を助けるか。なんの利益も求めず、他者を救おうとするのかを!」

 

 湊の事を嗤う幾月に美鶴は強い怒りを感じる。

 どうして彼を嗤えるのか。何故、彼の行動を理解出来ないのか。

 それらの理由が分からない理由が逆に分からないと、氷壁の後ろから美鶴は広範囲に吹雪を巻き起こしながら告げる。

 

「彼が人々を助けようとするのは、失う痛みを知っているからだ! 大切な物を奪われ、理不尽に晒されても、彼は責任を感じて自分を責めるばかりで、自身の抱いた正当な怒りを加害者にぶつけようとはしなかった」

「それが愚かだと言うんだ。加害者に対する、怒りと憎悪は正当な権利だ。法が、社会がそれを認めず、軽い罰だけ与えられた加害者がのうのうと生き続ける。こんな事が許される世界など認められてなるものか!」

 

 有里湊の在り方を尊いと感じた美鶴に対し、幾月はそんな泣き寝入りのような真似などするものかとオルフェウスの放つ紅蓮の炎を吹雪にぶつけて吼える。

 衝突した炎と吹雪が蒸気に変わり、フロア全体に広がって視界が徐々に埋まってゆく。

 けれど、魔法の発動を止めない両者は相手がどこにいるかはっきりと分かっていた。

 視界が白い蒸気で埋まりつつあろうと構わず魔法を放ちながら、美鶴は僅かに視線を地面に伏せてすぐに顔を上げて幾月に問いかけた。

 

「やはり、これは復讐なのか。お前の妻であり、長谷川沙織の母親である幾月茜を事故で奪われた事に対する」

 

 湊が蘇ったあの日から、美鶴は何故幾月が裏切ったのか真相を突き止めようと調べた。

 相手が結婚していた事や、子どもが一人いて、妻が事故で死んでいる事、調べるにつれて美鶴がこれまで知らなかった事実が幾つも出てくる。

 そして、そういった情報を繋げて行けば、どうして幾月が今ある世界を滅ぼそうとしているのかも見えてきた。

 白い蒸気の向こう側にある相手の表情は分からない。しかし、美鶴の問いかけに幾月は静かに答えた。

 

「復讐か……。そういった側面があった事も否定はしない。しかし、私が求めたのはその先だ。生と死の定義を塗り替え、選ばれた魂を持つ者だけが暮らす事を許される世界の創造。ニュクスの滅びを越えた先にそれは成る」

 

 加害者を救済し、被害者に理不尽を押し付けるのが幾月の見てきた世の中だ。

 そんな間違った世界を破壊し、真の平和と喜びに溢れる世界を幾月は作り上げようとしている。

 もし、幾月の望む理が敷かれた世界が創造されれば、湊のような貧乏くじを引き続けるような存在は出ないし、玖美奈のように母を奪われる悲しみを味わう子どももいなくなるだろう。

 本当にそんな世界が出来るのなら、美鶴だって一方的に相手の主張を否定したりはしない。

 ただ、美鶴はとある青年から、滅びの先に未来がないことを聞いていた。

 

「そんな事は不可能だ。ニュクスの滅びは平等、貴様と娘の魂もニュクスによって破壊される」

「有里湊という実例が存在する。惑星のペルソナだか知らないが、死んだはずの魂を再利用する事で蘇ったというじゃないか。死後の世界は存在し、そこに魂が保管されているという何よりの証拠だ」

 

 吹雪を止めていくつもの氷槍を放ちながら、美鶴は徐々に横へと移動して場所を掴ませないようにする。

 美鶴の攻撃が吹雪から切り替われば、幾月も攻撃方法を変えたのか美鶴が元々いた場所の近くに炎弾がいくつも着弾した。

 

「ニュクスを降臨させれば闇の皇になれる。新たな世界で生きる魂の選定。それが皇になった者に与えられる権能だよ。滅びは止められない。無駄な事は止めるんだ。そうすれば、アルカナシャドウを倒す事でニュクス降臨の手伝いをしたと見なし、君たちやその家族に新たな世界で生きる権利を与えようじゃないか」

 

 ニュクスの降臨には封印されていたデスの復活が必要だった。

 最初のアルカナシャドウが現われた時点で幾月はストレガたちと手を組んでいたが、デス復活には生贄が必要という情報があり、幾月は生贄要員として特別課外活動部のメンバーを増やすため桐条や美鶴に働き掛けた。

 おかげで人数は徐々に増えていき、さらに美鶴たちは幾月の思考誘導に引っかかり騙され、デスの欠片であるアルカナシャドウを倒し続けてデス復活の手伝いをしてくれた。

 そんな彼女たちの功績を讃えて、幾月は新たな世界に彼女たちとその家族が存在することを許してもいいと宣言した。

 闇の皇となれば魂の選定を行えるのだ。幾月茜と同じように、既に故人になっている岳羽詠一朗などもその世界でなら蘇ることが出来る。

 父親のために戦い続けてきたゆかりならば、当然この報酬に釣られてくるだろうと幾月は思っていた。

 だが、そうして相手の返事を待っていた時、視界を覆っていた白い蒸気が吹き飛び、クリアになった視界の先に弓を構えたゆかりの姿があった。

 

「そんな世界お断りよ! 私はこの世界で生きると決めたの。お父さんが命懸けで繋いだ。この世界で!」

 

 言い放つと同時にゆかりは矢を射った。

 突然開けた視界に混乱している状態で、自分に向けて真っ直ぐ矢が飛んでくれば誰だって驚く。

 咄嗟に動けず、無意識に顔を腕で守ろうとするも、僅かに狙いが逸れた矢は幾月の右肩に突き刺さった。

 

「うがぁっ!?」

 

 焼けるような痛みに幾月は思わず声をあげ、矢が刺さった右肩を左手で押さえる。

 致命傷ではない。片腕は使えなくなるが、それでも戦闘を続ける事は可能である。

 だが、ゆかりが作ったこのチャンスを逃しはしないと、美鶴も呼び出したペルソナに氷の飛礫を作らせて幾月に向けて撃ちだした。

 

「チィッ」

 

 肩に刺さった矢を引き抜いて、飛んできた氷の飛礫を幾月は飛び込むようにして躱す。

 先ほどまでと打って変わって幾月の顔からは余裕が消えていた。

 攻撃を飛び込んで回避した幾月は、すぐに起き上がると腰につけたポーチから回復薬を取り出して肩の傷を塞ごうとする。

 そんな相手の姿を目にした美鶴はレイピアを抜いて駆け出しながら声をかけた。

 

「幾月、お前は勘違いしている。確かに我々は家族や仲間と共にある事が出来ればと考えている。だが、それはあくまでこの世界での話だ。理不尽に溢れていようと、どれだけ厳しい出来事が待っていようと、我々が生まれ育った世界はここだ。それを見捨てて楽な方へ逃げる事など出来る訳がない」

 

 幾月の言葉がどれだけ魅力的に感じられようと、美鶴の心は最初から決まっていた。

 自分が生まれ育った世界で、そこでベストを尽くして駄目であればその結果を受け入れる事も出来るかもしれない。

 しかし、可能性が残っているにもかかわらず、恐怖に駆られて逃げ出してしまえば、どれだけ幸福な世界に逃れられようと心にしこりが残る。

 新たな世界が満ち足りていればいるほど、残ったしこりが逃げ出した事実を突きつける。

 そんな状態で生き続ける方が辛いに違いない。そう話しながら迫ってきた美鶴に幾月は拳銃を向ける。

 

「だから、愚かだと言うのだ! 何故気付かない、何故分からない!? 武器を向ける事が、力を振りかざす事だけが戦いだとでも思っているのか!?」

 

 右肩の痛みで狙いが定まらないまま幾月は引き金を連続で引く。

 拳銃が火を噴く直前、美鶴は飛び込むように射線から逃れ、放たれた弾丸は誰もいない地面や壁を抉る。

 

「恵まれた環境で生きてきた者には分らないだろう。どれだけ願っても、どれだけ望んでも、一切戦う力を持たない人間だっている。弱者として虐げられるしかない彼らは、それでも希望に縋って新たな世界の創造を願ったんだ!」

 

 飛び込むような緊急回避では躱し続ける事などで出来ないだろうと、幾月は美鶴に狙いを絞って銃を撃ち続ける。

 最初の一撃を躱した美鶴は受け身を取って、すぐにペルソナの力で氷壁を作り、その後ろで攻撃に耐える。

 

「力を持たない彼らの祈りがニュクスを呼んだ! 祈りこそ彼らの戦いだったんだ! それをお前たちのようなやつらに否定される筋合いはないっ!!」

 

 ここに到るまでに幾月も何度も無力感を味わってきた。

 どれだけ願っても、必死に求めても、理不尽な存在や不運によって積み重ねてきた物を奪われる事もあった。

 しかし、ようやくここまで来たのだ。自分と同じように力を持たない者たち、祈ることしか出来ない者たちの願いは神に聞き届けられた。

 ようやく、彼らも報われる時が来たのだ。

 それを邪魔するというなら殺すしかない。血走った目で氷壁を睨んだ幾月が執拗に引き金を引き続ければ、

 

「――――悪いけど、こっちも譲れないから」

 

 横から迫った風の砲弾が直撃し、幾月の身体は宙を舞った。

 何が起きたのかと唯一動いた瞳を衝撃がやってきた方へ向ければ、離れた位置に召喚器を持ったゆかりが立っていた。

 ゆかりの存在を認識した幾月は、喉の奥から鉄臭い液体が迫り上がってくるも、まだだ、まだやれると左手に握られたままの拳銃を敵へ向けようとした。

 だが、宙に舞っていた身体が地面へと落下し、勢いのままフロアの地面を転がると、既に限界が近かった幾月はあっさりと意識を手放し動かなくなった。

 気絶したフリをして騙し討ちを仕掛けてくる可能性も考慮し、美鶴とゆかりは氷壁の後ろに隠れてしばらく様子を見る。

 一分が経ち、二分を過ぎると、本当に気絶したのだと分かった少女たちは、父親の無念を晴らす事が出来たとこの場の勝利を喜びあった。

 

 

 


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