――島根県・某市
喪服に身を包んだ大人たちが椅子に座る七歌たちに一礼して焼香をあげてゆく。
彼らの前には三つの棺が横たわり、その正面には色とりどりの花に囲まれた三人の親子の写真が飾られている。
穏やかな笑みを浮かべる百鬼雅、慈愛に満ちた笑みを浮かべる百鬼菖蒲、そんな両親と共に天真爛漫な笑顔を見せる百鬼八雲。
本来結ばれるはずのなかった鬼と龍の一族が再び一つになり、古の盟約から外れた愛子が生まれながらも、彼らは一族の憎しみに囚われる事なく故郷から遠く離れた地で幸せに暮らしているはずだった。
そんな家族の幸せな時間が奪われたのは突然の事だった。
桐条グループの行なった実験により起きた爆発事故。彼らはそれに巻き込まれ、横転した車の中で焼け死んだ。
幼い七歌は両親に聞いてもそれがどういう事だか分からなかった。
ただ、もう彼らには会えない。遠い天国という場所に行ってしまったのだと言われ、大好きだった百鬼家の者たちにもう会えない事を悲しく思った。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、菖蒲さん、八雲君、雅さんっ」
今回の集まりは天国に行った彼らに皆でお別れを言うためのものだと祖父に聞いた。
けれど、お別れを言いに来た大人たちの殆どがどこか安心した様子で棺を見つめ、帰っていく時には清々しさすら感じるような表情を見せていた事が七歌は気になった。
もう八雲たちには会えないのに、どうしてそんな嬉しそうな顔が出来るのかと、大人たち一人一人に聞いて回りたいほど強く疑問に思った。
だが、ようやく自分と同じように彼らとのお別れを悲しんでくれる人がやってきた。
相手は桐条英恵、七歌の知り合いである桐条美鶴の母親だ。
彼女は三人の棺に向かって涙を流しながら謝っている。
どうしてあの人が謝る必要があるのだろうかと気になり、七歌は小さな声で隣に座る母親に尋ねた。
「おかあさん、どうしておばさんがあやまってるの?」
「事故の責任を感じてしまっているのよ。英恵さんが事故を起こした訳ではないのだけど。知り合いのした事だからどうしてもね」
棺に向かって泣いて謝っている英恵を、顔に包帯を巻いた桐条武治が支えて離れてゆく。
本来ならば桐条はこの葬式に参加している暇はない立場らしいが、今の英恵を一人には出来ないからと付き添いとして同行したのだという。
幼い七歌にはよく分からないが、今は東京の方で大変な事があって怪我をしているのに桐条はその対処をしなければならないらしい。
「八雲くんたちはやさしいから、いそがしいならおしごとがんばってっていうよ?」
「そうね。でも、あんなに悲しんでいる英恵さんを一人には出来ないでしょ? 自分の奥さんだから桐条さんも一緒にいてあげたいのよ」
八雲たちなら自分たちの事はいいからと遠慮するに違いない。
母も確かに彼ならそう言うだろうと同じように思っているようだが、八雲たちのためではなく英恵のために一緒にいると説明してくれた。
何度も何度も謝って、本当に申し訳なさそうに頭を下げていた姿がとても印象に残っている。
七歌はまだまだ子どもだが、龍の一族に生まれた影響か人を観察する力に長けていた。
そんな彼女の目から見て、今日来た大人たちの中で本当に八雲たちの事を思って涙を流してくれていたのは、英恵しかいなかったのではないだろうかと思う。
自分や母である九頭龍和奏は百鬼一家の死を悲しんでいるし、今も彼らとの思い出が蘇ってきて寂しさを感じている。
けれど、父親である九頭龍恭介と祖父である九頭龍太蔵は、八雲たちの死に悲しみだけでなく安堵している気配があった。
どうして自分の息子や弟一家の死に対してそんな感情を抱くのか。
九頭龍家に嫁いできた母は自分と同じように悲しんでいるのに、血の繋がっている父たちが彼らとの別れを歓迎している態度に七歌は怒りよりも嫌悪感を覚えた。
九頭龍家と百鬼家は元々屋敷が隣り合っているため、七歌は従弟である八雲に会いに遊びに行くことがあった。
その際、八雲を誘って家の前の道路で遊んだりもしていたのだが、偶然出会った祖父の八雲を見る瞳はいつも冷たかった。
対して、父の八雲を見る目には冷たさではなく、怯えや恐怖の感情が込められていたと記憶している。
八雲の両親に対してはそんな目を向けていなかったのに、大の男が二人揃って幼い八雲を警戒していたのは間違いない。
彼は龍と鬼の混血。七歌と同じ龍の一族の人間と、彼の生まれである鬼の一族両方の血が流れている。
どうしてそれを父や祖父が恐れているのかは分からなかったが、もう二度と八雲たちに会えないというのに、それを喜ぶような態度を見せるのは間違っていると七歌は感じた。
「おとうさんたち、どうしてうれしそうにしてるの?」
「急にどうしたんだい? お父さんもお爺ちゃんも七歌と一緒で悲しいんだよ。誰も嬉しそうにしている人なんていないよ?」
「うそだよ。七歌しってるもん。おとうさんもおじいちゃんも八雲くんをきらってた。おじいちゃん、七歌とはお話しても八雲くんのことなんてずっと見てなかったもん」
何故お別れの会で嬉しそうにしているのかと七歌は父と祖父を責める。
二人だけじゃない。ここに集まっている古い家柄の人間たちの中には、父らと同じように八雲たちの死を喜んでいる者たちが大勢いる。
そんな事が許されるものか。あんなに優しかった人たちの死を喜ぶなど、二度と会えない事に安心するなど絶対に認められない。
幼いながらも七歌が真剣に相手に怒りをぶつければ、大人たちはそんな事はないよと取り繕った表情で否定してきた。
それをさらに七歌が嘘だと糾弾しようとすれば、隣にいた母にやめなさいと止められる。
自分は間違った事は言っていない。間違っているのは他の大人たちだ。
だが、子どもである七歌では大人たちに強く止められればそれ以上は何も言うことが出来ない。
自分と同じように悲しんでいたはずの母も間違った者たちの味方をするのかと、七歌が不満を募らせていれば式は進み棺の移動の時間となった。
皆で棺を表に停まっている霊柩車へと運び入れるため、男性たちが中心となって参列者たちで棺を運ぶ。
父、母、子どもの順に棺が運ばれるため、最初に大人たちは八雲の父が眠っている棺へと集まった。
小さな七歌はそこに参加出来ないため、皆がそちらに集まっている間に改めて八雲に挨拶しようと彼の眠る棺へと近付く。
棺の上部には顔を見るための小さな窓があり、七歌は閉じていたその戸を開いて窓越しに彼の顔を見ようとする。
「……あれ? 八雲くんいないよ?」
しかし、そこで七歌は初めてその棺が空である事に気付く。
彼の両親の棺は遺体の損傷が激しいからと、顔を見ることが出来なくなっていた。
八雲も同じ事故で亡くなったため、同じように窓がないタイプの棺になるはずだったが、彼の棺は窓があって棺の中を見ることが出来た。
そして、七歌が見た棺の中は完全に空。焼けて遺体が小さくなったというレベルではなく、本当に何も入っていないただの空箱なのだ。
他の者たちも同じ者を見ていたはずなのに、どうしてだか八雲がいない事に気付いていない。
七歌は母の許へと駆け寄ると棺の中に誰もいないことを伝える。
「おかあさん、八雲くんいないよ?」
「ええ。天国に行ったからね。もう会えないのよ」
「ちがうよ。あのハコの中に八雲くんがいないの」
「八雲君たちはね。事故で身体が燃えちゃったの。だから、とても小さくなっているのよ」
焼死体など幼い子どもが見ていいものではないが、母は怒らず七歌を諭すように八雲たちがどんな状態かを説明する。
しかし、七歌にすればそれは的外れな話であり、相手は自分の言っている事を理解していない事が分かった。
その後、火葬場で遺骨を骨壺に移す時にもやはり八雲の物だけは空で、他の者たちは一切それを気にせずにいた。
どう見ても異常な光景だが、だからこそ、七歌は自分以外は八雲がいない事に気付けていないのだと理解する。
死んだはずの八雲の遺体はなく、遺体がないことを誰も不思議に思わない。
そんな異常事態を目の当たりにした事で、七歌は八雲の生存を確信する。
あの八雲がそんな簡単に死ぬはずがない。やっぱり彼はすごいのだと、彼の生存を感覚的に察した七歌はこの日から彼との再会を楽しみに過し、程なくして毎夜零時に現われる不思議な時間の存在に気付くことになる。
――罪の路コキュトス
最初のダンジョン最奥で見つけた扉を通じて過去のポロニアンモールと繋がり、そちらで出会った湊のアドバイスを受けた七歌たちは二つ目のダンジョン攻略に乗り出した。
ダンジョンの内装や出てくるシャドウに違いはあれど、二つ目のダンジョンも地下へと進んでゆくという構造は同じで、最奥にはまた巨大な扉が存在した。
一つ目のダンジョンでは補給経路を求めていた事で過去のポロニアンモールに繋がったが、今の七歌たちは早くこの事件を解決したいとしか思っていない。
もしかすると、心の奥底では何か共通した願いや想いがあるかもしれないものの、一つ目のダンジョンの時ほど心は一致していないはずだ。
故に、今度はどこに繋がるか不明だった訳だが、メティスが扉に触れて光に包まれると見えた過去の映像だった。
一つ目のダンジョンでは過去のポロニアンモールに繋がっていたというのに、どうして今回は過去の映像が見えただけだったのか。
何より、どうして見えたのが七歌の過去だったのかが分からない。
映像が終わり視界が元に戻ると、先ほどまであった巨大な扉が消えていた事に気付いてメティスが声をあげた。
「あ、扉が消えています。どうやら過去に通じた時と違って、過去の映像が見えただけの時は扉は役目を終えて消えてしまうようですね」
「メティス、なんで今度は映像が見えただけなんか知っとる?」
「いえ、私もこの世界の事を全て知っている訳ではないので、どうして今回は映像だけだったのかは分からないです。でも、これも皆さんの心の影響を受けたものだと思います」
どうして一つ目の扉と違って今回は映像が見えただけだったのか。ラビリスがメティスに聞いてみるも、彼女もこの世界の不思議な現象については分からないらしい。
ただ、一つ目の扉が過去に繋がったのが七歌たちの心の影響ならば、今回映像しか見えなかったのも同じように個人か全体の心の影響を受けているはず。
メティスがそれを伝えると一同は心当たりはないかと互いに見合った。
もっとも、そんな物があれば扉の性質を逆手に取って扉の構造を変化させ、自分の好きな時間や場所に移動してみせるだろう。
それほど器用な事が出来る人間など今の仲間の中にはいない。
となると、先ほどの映像に出てきた少女が今回扉に影響を与えた存在なのではと睨み。先ほどの映像は本物なのかと荒垣が現代の本人に尋ねた。
「さっきのは本当に九頭龍の過去なのか?」
「そうですね。実際にあった出来事っていうか、十年前の事故で八雲君のご両親が亡くなった数日後の話です」
十年前の事故、通称“ポートアイランドインパクト”に巻き込まれて死んだ百鬼家の葬式。
当時の映像としては本物だと七歌が認めれば、話を聞いていたチドリが呆れた様子で葬式の参列者たちについて苦言を呈する。
「……八雲の一族が恐れられていたとは聞いていたけど、あれだけいた葬式の参列者の殆どが喜んでいるなんて異常な光景ね」
「いやぁ、面目ない。喪主であるお父さんとお爺ちゃんがその筆頭だからね。あれを見るとこの世界に救う価値なんてないと思っちゃうよね」
百鬼家は湊とその家族しかおらず、血縁関係のあった七歌の父が喪主を務めた。
葬式の参列者はほとんどが九頭龍家と繋がりのある旧家や名家の人間ばかりで、彼らは当然のように名切りについても知っていた。
戦後になって戦う機会がなくなり、鬼は人になったと言われていても、時の権力者すら手を出せなかったと言われる人殺しの一族だ。
歴史ある家に生まれたからこそジンクスや言い伝えなどを重んじる旧家や名家の人間にすれば、そんな人間兵器のような者たちなど消えてくれた方が良かったのだろう。
その筆頭が血の繋がりのあった父と祖父だった七歌にすれば、守って貰った恩を忘れた恥知らずな自分の一族こそ滅べばいいのにと毒を吐かずにはいられない。
ただ、参列者たちの非常識な振る舞いは別として、今回見えた過去の映像がどうして七歌の記憶だったのかという疑問がある。
扉に触れたのは今回もメティスで、七歌の立っている場所は別に扉に近い訳でもない。
順平や真田など男子の方が扉に近い場所に立っているので、扉との距離はあまり関係ないのだろう。
素直な疑問としてゆかりがそれを口にする。
「でも、なんで七歌の過去が見えたんだろ。別に扉に触れた訳でもないしさ」
「私に聞かれても分からないけど、この世界自体が過去に関係してるっぽいしね。今回が私の記憶だったのは偶然で、次のダンジョンではまた他の人の過去が見えるかもしれないよ」
今回は七歌の過去が見えたが、次のダンジョンでは別の人間の過去が見えるかもしれない。
そう考えれば、重要なのは“誰の過去か”ではなく“何故過去なのか”という部分になる。
アドバイスをくれた過去の湊によれば、七歌たちは寮ごと過去に囚われているらしい。
その想いが時の狭間に満ちている力に作用し、過去に繋がったり過去の映像が見えたりしているとすれば、湊が言っていた事は本当だったと信じるところだ。
もっとも、過去に繋がる扉も、過去の映像が見えた扉も、今のところはまだ一つずつしか見つけていない。
今後さらにダンジョンをクリアしていけば、七歌の予想が合っているかの答え合わせも出来るようになる。
美鶴は七歌の意見に同意して今後確かめる事にしながら、映像の内容が湊たちの葬式だったことには意味があるのだろうかと首を傾げた。
「確かにそうだな。だが、どうして見えたのが八雲のご両親の葬式だったのか。そちらも謎だ」
「うーん。個人的な予想で言えば適性の目覚めたのがあの時期だったと思います。八雲君が生きてるって確信して、皆の認識に作用する何かの存在を感じ取って、そこから夜中に偶然起きたタイミングで影時間を認識したって感じです」
「なるほど……なら、次に誰かの過去が見えたときにそちらも答え合わせをするとしよう」
何故見えたのが湊たちの葬式だったのか。それに対する七歌の推測は非常にあり得そうなものだった。
今はそれが正しいかどうか判断出来る材料がないため、次のダンジョンで答え合わせをするぞと声をかけて美鶴は転送装置に向かって歩き出す。
途中で休憩を挿んでいてもここまで戦闘を続けてきたため、七歌たちは全員がそこそこに疲れていた。
見えた過去の映像やら次のダンジョンについてやら、話し合うことはあるが寮に戻って休んでからでも遅くはない。
ダンジョンをまた一つ攻略した丁度良いタイミングという事もあり、美鶴と共に転送装置に向かった仲間たちは寮へ帰還するのだった。