【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四十八話 夏祭り、小さな出会い

8月13日(土)

夜――長鳴神社

 

 お盆真っ盛りの休日の夜。岳羽ゆかりは麻の葉柄のピンクの浴衣を着て、神社の石段の近くで人を待っていた。

 本日は巌戸台にある長鳴神社の夏祭り初日。祭り自体は明日もやっているが、メインは今日であり、海の方で揚がる花火も見られるということで、部活のメンバーと一緒にまわることにしたのだ。

 

「あ、ゆかりちゃん。こんばんは。浴衣、可愛いね。すごく似合ってるよ」

「こんばんは。ありがとう、風花もよく似合ってるよ」

 

 ゆかりの次にやってきたのは、水仙柄の藍色の浴衣を着た風花だった。

 昨日の昼まで、父方の実家に帰っていたそうだが、夕方には戻っていたため、本日の昼までぐっすり寝て、移動の疲れをとってからやってきたらしい。

 からんころんと下駄の音を立てながら笑顔で寄ってくると、浴衣を似合っていると言われたことで、少し耳を赤くしている。

 そんな照れる姿も小動物的で愛らしく思いながら、ゆかりは待ち時間の暇を潰すため、相手をいじって楽しむことにする。

 

「いやぁ、残念だったねー。今日は有里君がいないから、浴衣姿みせらんないね」

「だ、だから、あれはデートじゃないってば。館長さんとかお店の人も一緒にいたし、ゆかりちゃんもお土産もらったでしょう?」

 

 今日の参加者は美術工芸部の女子四人に、害虫(ナンパ)よけとして真田と荒垣がやってくることになっている。

 何故、湊だけは参加しないかというと、神に嫌われているから結界に弾かれて神社に入れないかららしい。もっとも、実際は遠くの街に出かける用事があるとチドリから説明を受けている。

 チドリの説明を聞くまで、風花以外の人間はやや信じかけていたのはここだけの話だ。

 無論、ばれたとしても素直に謝罪するつもりだが、ゆかりたちにも言い分はある。

 そもそも、湊は神どころか世界を小馬鹿にしたような、斜に構えた思考をしている。

 古今東西の神話についての知識を持ちながら、ある神は強姦魔だと言い捨て、またある神は女のくせに女の裸踊りに釣られた変態だと断じた。

 確かにエピソードを聞けば、その認識も間違ってはいないのだが、その神たちを崇拝している信徒を敵に回しかねない発言はどうだとチドリ以外の女子からツッコミがはいったりもした。

 けれど、そのとき部室に居たチドリ・佐久間・櫛名田の三人が、いざというときに守ってくれるのは神ではなく湊のような人間だと、『湊>神』という独自思想を持っていたので、ゆかりたちは何も言えなくなってしまった。

 当時のことを思い出すと苦笑するしかないが、それよりも今は風花の相手をする方が重要だ。

 そうして、話題を湊から貰ったお土産のことにシフトしながら会話を続ける。

 

「てか、あれ少し冷めてたけど美味しかったよ。二人の思い出の店かもしれないけど、今度どこにあるか教えてくれない?」

「もぉー! そういう言い方するなら教えたくありません。有里君にも教えないで良いって言っておきますから」

「……湊に言っておくって何の話?」

 

 拗ねたように風花が顔を背けると、丁度良いタイミングでチドリが現れた。

 ゆかりたちと同じように、チドリも牡丹の柄が描かれた黒色の浴衣を着ていて、家での普段着が着物や浴衣だけあって実に違和感無く着こなせている。

 それを、やけに高そうな生地だなと思いながら、ゆかりは相手に訳を話した。

 

「いや、あのね。前に風花が有里君と一緒に中華料理を食べに行ったらしいんだけど、お土産でくれた料理がすごく美味しかったの。だから、どこのお店か教えてって言ったのに、二人の思い出のお店だからって教えてくれなくて」

「ち、違うよ。ゆかりちゃんが今みたいに変な事いってくるから、そんな言い方するなら教えたくないって言っただけで。あの、本当に有里君とは部活で美術館に行っただけで、デートとかじゃないの。ていうか、有里君のことは大切なお友達だと思ってるけど、異性としては見てないから、チドリちゃんも誤解しないでね?」

 

 ゆかりがチドリに今までの経緯を話すと、相手が答える前に風花が焦ったように説明を被せた。

 本当に誤解をして欲しくないらしく、説明を終えた風花の額には薄っすらと汗が滲んでいる。

 ただの冗談のつもりだったが、そんなに必死になって弁解するとは、流石に悪乗りし過ぎたかとゆかりも反省し謝罪しようと思った。

 けれど、ゆかりが謝罪を口にする前に、どこか呆れたような視線でチドリが口を開いた。

 

「……なんで私にそんなに必死に説明するの?」

「え? あの、だって……ね?」

「怒らないからはっきり言いなさいよ。きっと、私と貴女には大きな認識の齟齬が発生してる。でも、それがどの程度かは分からない。だから、はっきりと声に出して私に教えてみせて」

 

 困ったように乾いた笑いを浮かべた風花を、チドリはジッと見つめて逃がさないようにしている。

 怒らないから、とは言っているものの、少しでも変な事を口にすれば分かっているんだろうな、と脅すようなオーラが他の二人には見えていた。

 だが、それが分かっていても、相手に逃がす気がないのであれば、何かしら自分の考えを話さなくてはならない。

 背中に嫌な汗を掻くのを感じながら、風花は脳細胞をフルに活用して、相手に怒られないであろう答えを弾き出そうとする。

 あれでもない、これでもない、と考えは全く纏まらず。かといって、あまり時間をかけても変に思われるため、答えは直ぐに返さなければならない。

 色々とプレッシャーを感じながら考えているせいか、妙に熱が出てきた様な気もしてきた。そして、半分泣きそうになっている風花の前に、救いの神が現れる。

 

「あ、皆さん、遅くなりました。お待たせしてすみません」

 

 白地に撫子柄の浴衣を着た、最後の女子部員にして美術工芸部部長の真田美紀の登場は、風花にとってはまさに救いだった。

 ゆかりも同じように思ったのか、場の空気を変えるため、率先して美紀とその後ろにいるTシャツにハーフパンツというラフな私服の男子二人に声をかける。

 

「こんばんは。真田先輩と荒垣先輩も今日はボディガードよろしくお願いします」

「ああ。まぁ、ここの祭りはそんなに荒れたりしないが、もしものときは任せろ」

「アホか。女子を守るにしたって、ボクサーのテメェは手を出せねえだろうが」

「ボクサーだって殴る以外も出来るさ。攻撃を躱して、相手の腕を捻りあげれば良いんだろ? 美紀に不埒な真似を働くやつがいたときのために、そういった無力化用の技もいくらかは習得している。甘く見るな」

 

 荒垣の言葉に、真田は歯を見せるようにニカッと笑ってどこか得意げに答えた。

 それを聞いた美紀は、習得理由が自分のためだと言われ恥ずかしそうにし、身体を小さくして他の者から隠れようとしている。

 もっとも、石垣のすぐ傍で遮蔽物はなにもないので、隠れる事など出来ないのだが。

 そして、他の女子が同情するような視線を送っているのを見ると、荒垣は美紀のために別の話題に切り替えた。

 

「そういや、今日はあいつはいねぇのか? ボディガードつったら、有里も結構できそうな雰囲気だったが」

「ああ、有里君は今日は欠席です。なんか遠くに出掛ける用事があったみたいで」

 

 今日の参加メンバーに湊がいると思っていた荒垣は、ゆかりから説明を受けると、そうなのかと納得して頷く。

 湊についてあまり知っている訳ではないが、自分の幼馴染でボクシング部エースの男に腕相撲で圧勝したのだ。

 体格もかなりがっちりしているので、あれで腕っ節はてんでさっぱりと言われても信じることは出来ないだろう。

 そのため、ボディガードにも向いているのではと思ったのだが、荒垣の発言に不機嫌そうに食い付いた者がいた。

 

「ふん、あいつがいなくたって、俺一人で他のやつらを守って見せるさ。腕力だけでは実戦に勝てない。常識だ」

 

 確かに、いくら腕力が強かろうと、それを効果的に当てることが出来なければ、実戦で勝つ事など出来ない。

 腕力で負けている真田が言っているせいで、どこか負け惜しみのようにも聞こえるが、その点については実戦を知らぬ風花や美紀も納得出来た。

 けれど、真田の発言が湊を下に見ていると判断したチドリが、どこか不機嫌そうな表情をしていたため、ゆかりは諍いが起こる前に全員を移動させることにした。

 

「それじゃあ、全員が揃ったし移動しようか。いやぁ、あたし少しお腹空いてるんだよね。屋台で何か食べようと思って晩御飯まだだからさ。風花は何か好きな屋台の食べ物ってある?」

「好きな食べ物? んーと、あ、たこ焼きとかかな? 普段食べても美味しいけど、お祭りだとちょっと特別な気がするの」

「良いですね。それじゃあ、どこか良いお店があったら買って食べましょうか」

 

 石段を上がる人の流れについて行きながら、美紀が風花に笑って声をかけると風花も笑顔で返し頷いている。これで一先ずは大丈夫だろう。

 そんな風に安堵して神社の鳥居を潜り、人で賑わっている出店の屋台に視線を送って進んでいると、途中である屋台の男に声をかけられた。

 

「あ、お嬢。どうもです。今日はご友人と一緒ですか? サービスしますんで、よかったらうちで遊んでいってくださいよ」

 

 相手は水色の祭り印の法被を着た、二十代後半と思われる坊主頭の男だ。

 そんな知り合いはゆかりにはいないので、他の者に向き直りながら誰の知り合いか尋ねる。

 

「お嬢? って、誰のこと?」

「私のこと。保護者の仕事の部下からは、そう呼ばれてるの。……サービスってタダってこと?」

「あはは。いやぁ、タダだと俺が怒られちまいますんで、全員で二百円くらいなもんでどうでしょう?」

 

 流石にタダは無理だと困ったように笑って相手は答えたが、一回百円のところを六人で二百円にするのも結構な無茶だと思える。

 だが、チドリはそれで構わないと思ったらしく、女子らを見てからヨーヨーの浮かんだ水槽の横にしゃがみ、自分の準備は万端だと一緒にいた先輩の男子二人をジッと見つめた。

 その見つめている理由を理解したらしい二人は、どこか複雑そうな表情で百円ずつ財布から取り出し、店員に渡す。

 

「はい、まいど。取れなくても一個ずつ持っていって構わないんで、軽い気持ちで楽しんでくだせえ」

「了解です。ってか、私、こういうのあんまりやった事ないんだよね。ちゃんと釣れるかな?」

 

 釣り針と容器を受け取り、ゆかりは袖を少し巻くって準備を整える。

 お祭り自体は初めてという訳ではないが、父が死んでからは母と一緒に各地を転々としていたので、こんな風に友人と祭りを楽しんだ事はなかった。

 行きたい気持ちはあったが、すぐに転校するのなら思い出を作っても別れが辛くなると、今までは我慢していたのだ。

 だが、これからは高等部までここで暮らしてゆく。今日のメンバーとずっと一緒にいられるかは分からないが、何の憂いもなく純粋に楽しめることが素直に嬉しかった。

 そして、ちゃんと出来るかなと思いつつ、どれを取ろうか選んでいたゆかりに、隣にしゃがみこんでいた風花がアドバイスをしてきた。

 

「ふふっ、これってコツがあってね? 紙を濡らさないのは当然なんだけど、引っ掛かったからって勢いよく持ち上げても駄目なの。そうすると、紙に急な負担が掛かって千切れちゃうから」

「へぇ、そうなんだ。もしかして、風花って結構得意?」

「得意ってほどじゃないけど、お祭りにきたら大体やってるから、少しだけコツを知ってるって感じかな」

 

 言って、風花は青色のヨーヨーを一つ釣り上げ容器に入れた。

 上手く浮きあがっていたゴムに引っかけたので、紙の部分は一切水に触れていない。言うだけあって、実に見事な手前だと素直に感心した。

 

「おおー、やっぱり経験者は違うね。んで、ヨーヨーの次はどっかの男子を見事に釣りあげたり」

「し、しません! って、あー! ゆかりちゃんが変な事言うから、全部水に浸けちゃった……」

 

 驚いて前のめりになった際、風花は針を持っていた手を水槽の中に少々入れてしまった。

 それにより、紙は千切れていないが、全体が水を含んだ状態になり。次に釣ろうとしたときには、ヨーヨーの重さに耐えきれず切れてしまう事が容易に理解出来る。

 試しに一つ釣り上げてみようとすると、ゴムを持ち上げている途中で千切れて針が水槽に沈んでいってしまった。

 自身の数少ない特技を見せるチャンスが、いきなり潰えたことに風花は肩を落とし。釣り上げたヨーヨーを手にとって容器を店員に返し後ろに下がると、ポシャンポシャンと手でついて一人で遊び始めた。

 前髪に隠れ表情は見えないが、どことなく暗い雰囲気を纏っているせいで、やけに怖く感じる。

 

「ご、ごめんて風花。ほら、私の針使っていいから」

「いいの。私にはこの子がいるから」

「こ、この子って……」

 

 一人で遊んでいる風花はいじけたように、ゆかりの申し出を断った。

 湊やチドリの影に隠れて目立たないが、風花も変なところで頑固なので、これ以上は言っても意味がないだろう。

 諦めたゆかりは、後で謝罪とフォローすることに決め、気持ちを切り替えると早速ヨーヨー釣りに挑戦する事にした。

 

「えっと、紙を水につけないように、釣り上げるときはそーっとする、か。中々むずかしいこと言うわね」

「なら、初めから紙を捻っておけば良い。その方が紙が強くなるし、水も染みづらくなる」

「え? そんな事していいの?」

 

 急に隣のチドリから声をかけられ、ゆかりはその内容にわずかに目を丸くする。

 こういったゲームは、与えられた物をそのまま使って遊ぶものだと思っていた。けれど、言われてみれば、チドリの言った事は科学的にも正しいと理解出来るものであり。チドリはその方法で既に三つも釣り上げている。

 これならば、初心者である自分も出来そうだと、早速、針のついた紙を破かないようにそっと捻って強化する。

 そして、無様に一つも釣れずに悔しがっている真田を視界の端に捉えながら、ゆかりは黒いヨーヨーのゴムの輪っかに針を通し釣り上げた。

 

「わぁ、やった、釣れたー! すごいね、どこでこんなの聞いたの?」

「ここの店員とか、他にも祭りの屋台を出す人間から、ちょっとした遊びのコツを聞くことがあるのよ。まぁ、他所の縄張りだと因縁つけられるかもしれないから、あんまりしない方が良いけどね」

「縄張り……?」

「祭りの出店は地区ごとに出店許可が必要なの。私の言った縄張りは、その地区のこと。巌戸台は縄張りに含まれてるから、どこの祭りにも知り合いが出店してるから良いけど、他県の花火大会の祭りとかだと他の地区だから、知り合いもいないし。揉めるようなことはしない方が良いって事よ」

 

 実際は、組の縄張りという意味が含まれているのだが、ゆかりたちはチドリの保護者の職業を知らないので、そういう物なのかと素直に納得し頷いた。

 そして、美紀は二個、荒垣は三個ほど釣っていたが、一人一個あれば十分だと、必要分以外は水槽に返し、ゆかりらは別の屋台を見て回った。

 

***

 

「あー……祭りでこんなに食い物買った事なんて初めてだぜ」

「ああ、俺もだ。というより、吉野の知り合いはどれだけいるんだ?」

 

 言いながら女子たちの後ろを歩く男子の手には、ビニール袋いっぱいの料理が納まっていた。

 店を回りながら奥でお参りもしようと進んできたのだが、行く途中行く途中で、桔梗組の人間に声をかけられ、そのたびに格安で大量の料理を貰ったのだ。

 お好み焼き・たこ焼き・焼きそば・カレーライス・今川焼き・フランクフルト・アメリカンドッグ・ベビーカステラ・りんご飴・綿菓子・焼きトウモロコシ。これらを一つ分の半額で三・四人前ずつ貰い、さらにサービスで瓶のラムネなども無料で頂いている。

 真田などは施設に居た頃、お祭りの屋台でお腹いっぱい食べるという夢を持っていたので、今日でその夢も叶いそうだが、何故だか支払いは自分たちばかりで、荷物も持たされていることに不満を感じてしまう。

 しかし、チドリのおかげで財布へのダメージも予定以下で済んでいるため。妹が楽しく遊べていることもあって、それを口に出したりは決してしない。

 

「せんぱーい、かき氷は何味が良いですかー?」

 

 そんな風に考えて進んでいると、少し前を言っていたゆかり達がかき氷屋の前で止まっていた。

 ここでも店員がチドリにペコペコと頭を下げているため、またしても知り合いであることは直ぐに理解出来た。

 これだけの料理をこの後に食べるというのに、あいつらはまだ量を増やすのかと、荒垣が呆れた様子で深いため息を吐く。

 

「はぁ……言っておくが、俺はこんなに食える気しねぇからな」

「安心しろ。俺も無理だ。だが、昔なら意地でも食べようとしたんだろうな。こうやって、祭りの騒々しさの中で、三人でお好み焼きを分けあった事もあった。それに比べたら、随分と贅沢な悩みじゃないか」

「確かにな。けど、それとこれとは別だ。いい加減にあいつら止めねえと、マジでいくらか残して捨てることになるぞ」

 

 真田に言われ、荒垣も昔のことを思い出し、少しだけ懐かしい気分にもなったが、重要なのは今起きている問題を如何に解決するかだ。

 今度のかき氷屋では、女子らがお金を出し合って人数分を買っていることは確認した。

 そして、自分たちが何味が良いかと答える前に、兄たちの好みを知っている美紀が、イチゴとメロンのかき氷を受け取っている。

 手にこれだけの料理を持っていて食べられる訳がないので、そのまま座るまで持っていてくれるのならば大助かりだが、問題はそのどこで食べるかという事だった。

 人ごみを避けつつ進み、ようやく合流できた二人はかき氷を食べている女子たちに声をかける。

 

「そろそろ、どこで食べるか決めないか? 一纏めにしているから、それぞれの熱で冷めにくくはなっているが、流石にそう長くは持たんだろう」

「そうですね。では、前に一緒に座って食べた場所にしましょうか。ほら、あの本殿の近くの」

「ああ、そこなら食い終わったらお参りも出来るな。んじゃ、そこに行くまで俺らの分はお前が持っててくれ。流石にこれ抱えて持つのはキツイからな。ほら、お前らも美紀に続いて動き出せ。さっさとしねぇと融けっぞ」

 

 荒垣に言われると、美紀が先導して他の者も歩き出す。

 途中でチドリが何人かの店員に声を掛けられていたが、後で来ると伝えていたので、どうにか荷物は増えずに本殿近くのベンチにやってくることが出来た。

 料理の入った袋をベンチに置いて、その中身を他の者に配りつつ、真田と荒垣は美紀から受け取ったかき氷を先に食べてしまう。

 そして、ゴミは先ほどまで料理の入っていた袋に放り込み、全員が何かしらの料理を手に持つと、「いただきます」と言って食べ始めた。

 

「はふ、ん、このたこ焼き美味しい。チドリちゃんの知り合いのおじさん料理上手なんだね」

「……祭りのたびに作ってて、変に凝り性な人も多いし、常連には結構知られてるらしいわ。まぁ、私と湊はそんなに行った事ないから、あんまり知らないけど」

 

 目当てのたこ焼きを頬張り、その味に満足したらしい風花が、満面の笑みで料理と作った者を褒める。

 祭りの食べ物は、雰囲気で美味しいと感じる物もあるが、中には大きく外れの物も存在する。

 そんな中、いま食べた物はお世辞抜きに美味しいと思えたため、風花は褒めたのだが、チドリにしてみれば、どっちが本業なんだと製作者に僅かに呆れたようだ。

 けれど、チドリ自身も組員の作った料理は中々だと思っていたので、どちらが本業であったとしても、別に文句や嫌味を言うつもりはなかった。

 

「お、このカレー美味いな。肉もでかいし、俺好みだ」

 

 カレーを食べていた真田が、屋台のカレーでは珍しい大きな牛肉が入っていることに喜び、さらにがっついて食べ進めている。

 それを見た荒垣がやや呆れたような顔をしているが、自分の食べていた焼きそばを相手に見せながらコメントを一つ返す。

 

「ああ、こっちの焼きそばも悪くねえ。ちゃんと高温で麺を炒めてっから、ソースが絡んでるのに麺がべしゃってねえ。これなら、普通に鉄板焼き屋で出せんじゃねえか?」

 

 料理ついては厳しい判断を下す荒垣も、味や食感、具の大きさも含めて、いま食べている焼きそばは非常にハイレベルだと太鼓判を押した。

 ゆかりと美紀もアメリカンドッグやお好み焼きを笑顔で美味しそうに食べているので、チドリの言った祭りの常連に知られているという話も、あながち嘘ではないのかもしれない。

 そうして、大量にあった料理も次々に胃に収まっていき、残りわずかとなった料理の中から、荒垣が今川焼を手に取ったところで、何か白い物が足元をうろついていることに気付いた。

 初めは狸か何かかと思ったが、白い狸など聞いたことがない。狐のようにも見えないので、相手が顔を上げたときようやくそれが白い子犬だと分かった。

 

「あん? なんだ、お前? どっから迷い込んできたんだ?」

「きゅーん」

「あ、可愛い。毛もふっさふさで柔らかそう。ねえ、あなたどこから来たの?」

 

 荒垣の足もとで靴を嗅いだりしていた子犬に、しゃがみこんだ風花が話しかける。

 撫でようと手を伸ばしても逃げ出したりせず、むしろ、そのまま受け入れ気持ち良さそうに鳴いていた。

 

「くーんくーん」

「うふふ、気持ち良いの? でも、この子、どこから来たんでしょう? お祭りで人が多いから、飼い主さんを探すのも大変そう」

「ははっ、大丈夫だよ御嬢さん。虎狼丸はこの神社で飼っているからね」

 

 そう言って現れたのは、紫色の袴を履いた宮司らしき初老の男性だった。

 少し白髪混じりの癖のある黒髪、顔に年相応の皺が刻まれているが、体格が良いのでみすぼらしさは一切ない。穏やかで優しげな雰囲気もあって、大人の男性といった感じの者だった。

 男性がやってくると、子犬が嬉しそうに尻尾を振って駆け寄っている。

 そして、男性は子犬を抱きあげると、苦笑しながら相手を窘めた。

 

「こら、勝手に行ってはいけないと言っただろう? いや、この子が迷惑をかけたね。私はここの宮司をしている近衛 博孝(このえ ひろたか)。この子は柴犬の虎狼丸(コロマル)だ。私が来るまでに、この子が何か悪さしなかったかな?」

「いえ、大人しく良い子にしてましたよ。でも、白い柴犬って珍しいですね」

「ああ、アルビノというやつでね。兄弟の中でこの子だけがそうで、幼いときは身体も弱く育てるのも大変だから、誰も貰い手がいないならと私が引き取ったんだ。強く育つようにと、名前に虎と狼という字を入れてね」

 

 にこやかな表情で言って、近衛はコロマルを地面におろす。

 おろされたコロマルは、初めは近衛の回りをぐるぐると回っていたが、途中で立ち止まって顔を上げると、トコトコと歩いて荒垣の足もとに行儀よく座りこんだ。

 何故、他にも大勢いる中で荒垣の前に座ったのかは分からないが、コロマルはジッと荒垣を見つめて尻尾を振っているため、その様子を見た美紀がおかしそうに笑って言葉をかけた。

 

「フフッ、シンジさんが気に入ったんですか? そうですね。この中では一番上手にお世話をしてくれると思いますから、貴方の見る目は正しいと思いますよ」

「ふざけんな。ペットの世話なんてだりぃことしねぇっつの。ほら、テメェも俺以外のやつの前に行けって」

「わんっ!」

『あははははっ!』

 

 荒垣が子犬の首の後ろの余っている皮を掴んで持ち上げ、逆向きに地面におろしてやるも、子犬は再び荒垣の方を向いて嬉しそうに一声鳴いた。

 何度やろうと元通りになるため、子犬は遊んでもらっていると思っているのかもしれない。

 楽しそうにしている子犬と、面倒そうな顔をしている荒垣をそれぞれ見て、他の者は声を揃えて笑った。

 動物は本能的に善人と悪人を見分ける事が出来るという。ならば、きっと荒垣もそういった理由で懐かれているのだろう。

 ひとしきり笑っていた真田は、今もどうにか子犬を遠ざけようとしている幼馴染に、その事を伝えた。

 

「何だかんだ言って、お前は面倒見が良いからな。そいつも、しっかりと善人か悪人か見分けて寄って行ってるんだろうさ」

「あ? ……まぁ、下級生いたぶろうとして、無様に返り討ちくらった野郎よりは善人かもしれねえな。コロだったか? お前はどこぞのやつみてぇに“負け犬”にはなんなよ」

「なんだと!?」

 

 大笑いされた仕返しに荒垣が皮肉で返す。

 途端、真田は竹で出来たベンチから勢いよく立ち上がり、憤慨した様子で荒垣に訂正を求めた。

 

「訂正しろシンジ! 俺はまだあいつに負けていない!」

「負けただろうが。ビクともしなかったつってただろ」

「あんな物は本当の戦いじゃない。リングでやり合えば、他の者と同じようにこの拳で負かしてやる。遊びと実戦は違うんだ!」

 

 それは確かにそうかもしれない。しかし、その遊びで負けた人間が言うのはどうなんだ、と荒垣は眉を寄せて呆れたように深い息を吐いた。

 

「はぁ……そうかよ。だったら、有里にリベンジさせてくれって頼んでみろ。ま、噂になってる副会長への対応みてぇなのが関の山だろうがな」

 

 湊も美鶴も校内ではかなり目立つ人間だ。お互いルックスも成績も学内トップレベルで、どこか世間とずれているところまで共通している。

 そんな二人が出会って何かしていたとなれば噂にならない方がおかしい。

 真田は校内に限らず噂などには疎いが、荒垣の耳にはその情報も入っていて、噂は真実だということも知っていた。

 そして、普段の幼馴染に対する湊の反応もどこか似ているので、リベンジは実現しないだろうと確信に近い物を持っていた。

 だが、気付いていない男は、右手の拳を左掌に打ち付け、瞳に炎を宿しながら不敵な笑みを浮かべている。

 

「ああ、すぐに再戦を果たしてやる。お前も立ち合わせてやるから、楽しみに待っていろ」

「ははは、最近の若い子は元気があっていいね」

 

 話の内容はよく分からなかったが、真田が誰かに勝負で負けて、もう一度戦いたがっていることは近衛も理解した。

 危ない事ならば大人として止める立場だが、どうやら格闘技など何かのスポーツでの決着のようなので、それならば良いかと思う事にし。

 時計で時間を確認すると、コロマルを抱き上げて社務所に戻ることにした。

 

「さて、君たちの時間にあまりお邪魔しても悪いので、私たちはそろそろ戻ろう。もう少しで花火が揚がる時間だから、最後まで楽しんでいきなさい。ほら、虎狼丸、お世話になった方たちに挨拶だ」

「わん!」

「さようなら。ばいばい、コロちゃん」

 

 去っていく一人と一匹に挨拶を返し、風花は手を振っていた。他の者も同じように挨拶をして、近衛らの姿が見えなくなると、時間になって揚がった花火を観賞し。

 見終わった後はゴミを捨てて、参拝をしてから後半戦とばかりに祭りを大いに楽しんだのだった。

 

影時間――某所

 

 他の者が祭りを楽しんでいた頃、湊は桐条宗家の本宅の近くに仕事でやってきていた。

 もっとも、用事があったのは宗家ではなく、桐条の名士会に名を連ねている名家の一つで、既にその家に侵入して依頼の品を奪ってきている。

 湊が今いるここは、桐条だけでなくゆかりの母親の実家など、桐条と交流のある名家や旧家が多く集まっている場所で、警官や警備員が巡回していたりもするため、一般人は土地に近付くことすら難しい。

 だが、湊には能力の眼がある。街一つ分だろうと探知で探り、警備と防犯カメラの死角をついて進むことが出来るのだ。

 そうして、屋敷から出てきたところで影時間に突入したため、警戒レベルを一段落とし、散歩気分で歩いていると、湊は何かの気配を感知した。

 

(……何だ? 影時間に、人の気配?)

 

 影時間とは言え、桐条の関係者ならば人工的に適性を得ることも出来るため、人の気配を感じたとしてもおかしくはない。

 だが、いま感知したのはある屋敷内に単独で存在するどこか懐かしい気配。

 人工的に適性を得た金持ちは、影時間でも自分を守らせるように、SPにも適性を持たせているはずなので、屋敷に単独でいるというのは通常考えづらい。

 ならば、どうして、いま立っている門の奥にある屋敷には、どうみても子どもだと思われる気配が独りで存在するのだろうか。

 そして、その気配は何故アイギスと似通っているのか。

 疑問に思った湊は、相手を確かめるため、少し助走をつけて三メートルを超える大きな門を飛び越えた。

 

 


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