【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百八十話 裏での情報収集

――喫茶店“シャガール”

 

 三つ目のダンジョンでチドリの過去を見た後、七歌たちは話し合って数日の休みを取る事に決めた。

 外と空間的に切り離されている寮がいつまで持つのかは分からないが、シャドウの出るダンジョン探索でメンバーたちも疲れている。

 時の狭間や自分たちの置かれている状況など、それらに最も詳しいと思われるメティスに尋ねても、まだしばらくは大丈夫だとお墨付きを得ている。

 戦いを重ねるにつれて戦闘の感は取り戻しつつあるが、落ちてしまった筋力や体力はすぐには戻らない。

 だからこそ、自分たちの世界の湊が残してくれた回復アイテムという保険があっても、七歌たちは出来る限り疲れを蓄積しないよう気をつけて探索スケジュールを組んでいた。

 そうして、探索の疲れもあるだろうからと全員が早めに部屋に戻り、寮内を静けさが包むと七歌は一人部屋を抜け出して過去の世界へとやって来ていた。

 仲間たちには出来る限り過去の湊と接触しないようにと伝えている。

 ポロニアンモール内では手に入らない物資を補給するためならば目を瞑るが、そうでないなら出来るだけ彼とは会わない方がいい。

 何せ事件を解決して元の世界に戻れば彼はいないのだ。

 自分たちよりも過去の存在だというのに、彼は仲間たち以上に七歌たちの置かれた状況を理解しているため、自分たちの世界の湊と同一視してしまっている自覚は七歌もある。

 だが、やはり彼は過去の世界の存在であり、自分たちの世界の湊はこの世から去っているのが現実だ。

 過去の湊と関われば関わるほど、元の世界に戻った時に味わう悲しみは大きくなる。

 だから、七歌や美鶴は仲間たちに彼との接触は必要最低限に留め、出来る限り自分たちの力で事件を解決しようと話していた。

 

「んでさ。八雲君の推測を聞きたいんだけど、どうして二つ目と三つ目の扉が私とチドリの過去を見せたのか分かる?」

 

 仲間たちには必要最低限しか会わないようにと言っておきながら、夜中にこっそりと抜け出してきた七歌は過去の世界の湊を誘って喫茶店へやってきていた。

 補給経路として世界が繋がったからか、あちらでは夜中でもこちらはまだ明るい時間で、店内にはコーヒーを楽しみにやってきた客が大勢いる。

 そんな中、比較的周りから見えない奥の席へ着いた七歌は手早く注文を決めると、青年も同じように何点か注文したところで質問をぶつけた。

 明日になれば経過報告として誰かが三つ目のダンジョンでの出来事を彼に伝えに来るに違いない。

 ダンジョン攻略後に休みを数日設けるのは心身の休息を第一の目的にしているが、その他の目的として彼に会いたがっている者が“報告”を理由に会いに行けるようにという配慮がある。

 卒業式の日に記憶を取り戻して以降、やはり皆どこか落ち込んでいる雰囲気があった。

 ゆかりや真田のように目の前の事に集中することで、自分が何とか立ち直ったと思い込もうとしている者もおり、正直に言えば痛々しくて見ていられなかった。

 だが、こうやって世界が繋がり、過去の湊との交流という形で心が癒やされたのかそんな者たちも以前の状態に戻りつつある。

 その分、元の世界に戻った時の反動が恐いのだが、ダンジョン探索という危険を伴う作戦行動を進めて行くには余計な悩みなどは無い方がいい。

 七歌もそれを分かっているため、明らかな雑談なども混じって彼への報告が長時間に及ぼうとも仲間のそれらの行為を見逃していた。

 強面の店主が運んできたコーヒーのカップを受け取り、七歌はミルクと砂糖を入れながら正面に座る青年に視線を向ける。

 七歌と同じようにコーヒーのブレンドを受け取った彼は、何も入れずにストレートのまま一口飲み、それから七歌の問いに答えを返してくる。

 

「……お前が知りたい情報について確認しておこう。その質問は何故選ばれたのがお前たちだったのか、何故扉はわざわざ仲間の過去を見せてくるのか。一体どっちだ?」

 

 自分たちの世界の湊は仲間と一緒に行動する事がほとんどなく、さらに言えばニュクスとの決着も一人で着けようと思っていたのか、影時間やニュクスについてあまり話してくれる事はなかった。

 実際は、もしかすると、教えて欲しいと頼めば教えてくれたのかもしれない。

 家族であるチドリやラビリスが呆れるくらいに彼は面倒臭がりなので、かなり重要な事であっても聞かれないから伝えなかったと素で言ってくるような場面も多々あった。

 けれど、ここにいる湊は少しばかり事情が違う。

 未来の自分が遺したと思われる“俺を頼れ”という言葉を真剣に受け取り、彼にとっては何の得もないというのに時間を作って話を聞き、また可能な限り質問に答えようとしてくれる。

 無論、事情があって答えを知っていても教えられない事柄もあるようだが、今回の七歌の質問は答えられる範囲の話らしく、どちらについての情報が必要なのかと問い返してきた。

 チーズケーキを一口分フォークで切り取り、それを口に運んでゆっくりと咀嚼した七歌は、口の中が空になると自分が聞きたいのは後者だと伝える。

 

「知りたいのは過去を見せてくる理由についてだよ。前者は本当に偶然だと思ってる。見せてくる過去は多分適性やペルソナの目覚めに関係しているんじゃないかって予想してるけどさ」

「まぁ、別に向こうに意思がある訳じゃないからな。順番はランダムか力の大きさなり性質で選ばれているだけで意味はないだろう」

 

 言いながら湊は五段重ねのパンケーキをナイフで切り分け、重なったままフォークで突き刺したものを一口で頬張る。

 コーヒーはブラックのまま飲むくせに、甘いものでも気にせず食べている姿を見て、七歌は好き嫌いがないのは良いことだと微笑む。

 彼の話はしっかりと聞いているが、こうやって二人で穏やかな時間を過すことは最後までなかった。

 お互いの立場であったり、運命の巡り合わせの悪さでそんな事になってしまったのだろうが、事件に巻き込まれなければこんな時間を過す事はなかった訳だ。

 彼と向き合って言葉を交わす機会を与えられたと思えば、事件に巻き込まれた事にも感謝したくなる。

 無論、他の者にはそんな事は言えないし、助言を貰うためとは言え夜中にこっそりと会いに来ている事も話せない。

 故に、七歌は表情を引き締めると自分が聞きたい事を詳しく伝える。

 

「メティスの話によるとあそこって“過去”に繋がり易い場所なんだよね?」

「今回はお前たちの性質に引っ張られて力の向きが過去に限定されているだけだ。本来は別に未来にだって行ける。実際、お前たちはここから未来に辿りついているだろ?」

「それは元の世界とこことで二点にアンカーが刺さってるだけじゃないの?」

「ああ。だが、どちらも時間は進んでるだろ。もし、お前の言う通り二点にアンカーが刺さって座標が固定されているなら、時間経過が起こるのはおかしいと思わないか」

 

 言われてみれば確かにと七歌は考え込む。

 七歌の考えでは時空間に存在する座標にアンカーが打ち込まれ、その二点間を行き来しているようなイメージだった。

 しかし、双方で時間経過が発生しているとすれば、時空間上に存在するその座標に固定されているはずのアンカーが動いてしまっている事になる。

 今は僅かな時間経過という形でズレている程度で済んでいるが、もしそのアンカーが完全に外れて別の座標に引っかかれば、七歌たちはいつかも分からぬ時代の全く見知らぬ土地に出てしまう可能性もあった。

 けれど、そんな危険性があれば湊が真っ先に教えてくれているはずなので、寮とここを繋いでいる扉にそういった危険性はないのだろう。

 

「あの扉って使い続けて危険とかないの?」

「寮内の様子に変化がなければ大丈夫だろう。だが、そちらに変化が起き始めたならタイムリミットが近い。もしかすると、空間が不安定になっているかもしれないから使用は控えた方がいい」

「もし使ったタイミングで空間が不安定になったら?」

「……楽しい楽しい時間旅行の始まりだ」

 

 言葉の響きは楽しそうだが、二度と元の世界には帰れない片道切符はゴメンだと七歌が顔を顰めてケーキを食べる。

 寮の状態については毎日風花やチドリがチェックしており、今のところは空間が不安定になっている兆候もない。

 攻略したダンジョンはまだ三つだけ。これは時の狭間に存在する扉の半数にも満たない数だ。

 今は安定していてもいつ空間が不安定になるかも分からない。

 全員の安全のために休日などを多めに作っているが、今後はもう少し攻略のペースをあげるべきだろうか。

 七歌がそんな風に悩んでいると、パンケーキに続けて分厚い小倉トーストを食べていた湊が金色の瞳を七歌に向けて話しかけてくる。

 

「別に攻略ペースをあげる必要はない。タルタロス消滅の揺り戻しだって言っただろ。ダンジョンを攻略して扉が減っていくならともかく、怠惰に過すなら数ヶ月はそのまま暮らせるはずだ」

 

 今のところは安全に行き来出来ているものの、それがいつまで続くか分からない。

 だからこそ、不安に思った七歌はダンジョンの攻略ペースをあげるべきか考えたのだが、楔の役目を果たす扉が減っていかない限りは大丈夫だと湊が伝えてきた。

 最初にこちらの世界に来た時にも彼は言っていたが、やはり自分たちを三月三十一日に縛り付けている存在は全ての扉を攻略しない限りは現われないらしい。

 逆を言えば、ダンジョンを攻略して扉が消えていかない限りはその存在に近付く事もない訳で、寮を概念的に外界と切り離している存在に近付かなければ寮もそのままという訳だ。

 いつまでもこんな生活が続くのは御免被るが、それでも時間的に余裕があるのなら七歌も焦らずにいられる。

 コーヒーを一口飲んで心を落ち着かせると、七歌は脱線していた話を戻すよと本題に戻る。

 

「で、ダンジョン攻略の話に戻すけどさ。どうしてあの扉は過去を見せてくるんだと思う?」

「……切っ掛けを思い出させるためじゃないか? 今のところは適性に目覚める切っ掛けと、ペルソナを本格的に呼び出せるようになった切っ掛けが見えたんだろ?」

「うん。私は八雲君が棺の中にいないって知ってから影時間の存在に気付いて、チドリはあの訓練以降からペルソナを完全な姿で呼び出せるようになったんだって」

 

 七歌は影時間の適性に、チドリはペルソナ能力に本格的に目覚める切っ掛けとなったのが、ダンジョン最奥の扉で見えた過去の映像の出来事になる。

 どちらも影時間に関わる能力の目覚めであり、本人たちが明確にそれを切っ掛けと認識していた事が共通点と言える。

 ここに来る前の寮でのミーティングで、もう残りの扉が過去と世界と繋がる可能性は低いとメティスも言っており。となると、残る扉も最奥では仲間が力に目覚めた切っ掛けが見られるはず。

 だが、そこで疑問なのはどうしてダンジョン最奥の扉はそんな過去の映像を見せてくるのかという事だ。

 時間が経っている事もあって、映像を見た本人は少しだけ懐かしい気持ちになったものの、仲間に過去を見られて少し恥ずかしい気はするがそれ以上の感想はない。

 というより、今更そんな過去を見せて何がしたいのかという気持ちの方が強い。

 七歌がその事を素直に伝えると、湊もまぁそうだろうなと共感しながら少し考え、あくまで自分の推測だがと考えられる可能性について話す。

 

「恐らくは過去の映像を見ていく形で、今回の事件が起こるに至った原因を見られるようになるんじゃないか。お前だって偶然ペルソナ使いたちが巻き込まれたとは思ってないはずだ。全員が過去を見つめ直して行き、その集大成として今回の件の原因と対面するって流れは十分にあり得るだろう」

「あー、なんかすごくありそう。けど、それ私たちが過去の事を想ってるほど力が増すタイプじゃない?」

 

 もしも、その原因とやらがシャドウのように実体を持って現われれば、七歌たちの想いの影響を受けて力が強化される可能性がある。

 未練を断ち切るという儀式だと思えば、相手が強ければ強いほどそれを打ち破る事に意味を感じられるが、ダンジョンを攻略していく中でブランクのある自分たちがどこまで力を取り戻せるかによっては非常に厳しい戦いになるだろう。

 まだ扉は半分以上残っているというのに、先の事を考えると頭が痛くなる。

 それを紛らわすように七歌が大きく切ったケーキを口に運べば、それを見ていた湊はコーヒーに口をつけて薄く笑った。

 

「……フッ、どうせ最後は面倒な相手との戦いになるはずだ。一つアドバイスをするなら、例え相手がどんな姿をしていても躊躇わずに息の根を止めろ」

「うわぁー……今のところダンジョン内で時々見かける八雲君の姿をした何かがその第一候補なんですけど?」

「別にそいつは俺じゃないからな。同じ姿をしてようがシャドウモドキなら遠慮する必要もないだろ」

 

 自分の姿をした敵を気にせず殺せと言ってくる青年に、そういえば自分たちの世界の湊は結城理との戦いでそれに近い事をしていたなと七歌は思い出す。

 そも、湊は自分が原因で世界が滅びるなら一切躊躇わずに自決するような男だ。

 そんな彼からすれば、いくら仲間の姿をしていようと明確に敵だと分かっているのに躊躇う理由が分からないらしい。

 だが、七歌にすればそれが未練の象徴なら躊躇って当然だと思ってしまう。

 

「いやぁ、未練の形が八雲君の姿だったら、少なくとも女性陣は攻撃を躊躇すると思うよ」

「散々その内刺されると言ってたくせに意気地のない」

「痴情の縺れと一緒にしちゃダメだよって言おうと思ったけど、ある意味で痴情の縺れが根本的な原因だと思えてきたよ。八雲君、狭い範囲内で手を出しすぎ」

「まわりが勝手に寄ってくるんだ。基本的にこちらに非はない」

 

 メンバーたちの未練が独りでこの世を去った湊に関わる事なのは間違いない。

 だが、その中で女性陣の持つ未練のいくらかは恋愛的なものだろうと七歌は見ていた。

 もしも最後の敵が湊のシャドウモドキなら彼女達は戦闘の役に立たない。愛した相手の姿をした敵を殺す事など出来ないはずだから。

 けれど、その原因となっている目の前の青年は、合法的に刺すチャンスなのになと軽口を叩いてくる。

 ただのモテ男ならそんな未来のあるのだろうが、残念ながら彼の周りにいる女性陣は彼の過去や人格の歪みを知ってしまっている。

 おかげで女性陣は彼のそういった部分を“しょうがない事”と受け入れてしまっていた。

 七歌は相手を弟として見ており男女の仲になるつもりはないため、自分たちの世界の未来に繋がるまでに彼の女性関係が何かしら好転しないかと思って忠告する。

 

「八雲君、本当に好きな人と一緒になりたいならちゃんと選んだ方がいいよ」

「そんな未来は来ないから大丈夫だ」

「はぁー……それ絶対にそっちの皆には言っちゃダメだよ。勿論、こっちの皆にもだけど」

 

 自分たちの世界の青年が帰ってこなかった事を思えば、過去の湊が既に自分の死を受け入れていてもおかしくはない。

 ただ、それをこうもハッキリ言われてしまうと、最後の戦いで彼を一人行かせてしまった時の無力感や後悔が蘇ってくる。

 これは何も出来なかった自分への罰だと七歌は甘んじて受け止めるが、流石に仲間たちにこれを味わわせるつもりはない。

 深い溜息を吐いて七歌が口止めをすれば湊も分かっていると答えたため、コーヒーとデザートを食べ終えていた事もあり二人は店を出ることにする。

 今回の話し合いで過去の映像の意味や、最後に姿を現わす未練とやらの姿にも予想がついた。

 七歌はこれを使って上手く仲間たちを導いて、再び湊と別れる事になっても出来る限り心に傷を負わずに済む方法を考えて行くことに決める。

 過去の湊の存在は甘い毒のようなものだ。無事に今回の事件を解決するためにも七歌はリーダーとして仲間がそれに溺れないよう注意していく必要がある。

 自分も他の者たちのように再会をただ喜べたら良かったのにと、心の中で愚痴を漏らしながら湊と別れた七歌は寮へと帰っていった。

 

 


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