【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第四百九十三話 戦力強化

――ベルベットルーム

 

 最後のダンジョンで中層のフロアボスを倒した翌日、アイギスはペルソナを強化するためベルベットルームを訪れていた。

 今のアイギスは彼女自身のペルソナであるアテナを失っている。

 けれど、代わりに湊と同じワイルドの力とオルフェウスを得た。

 ワイルドの力を使った戦い方は七歌や湊の戦闘を見ていた事もあって頭に入っていた。

 当然ながら、このようにすべきという正解が分かっていても簡単にはいかなかったが、事件に巻き込まれて既に一月以上が経っている。

 それだけの期間に実戦で力を使い続ければ、傍で戦い方を見ていた事もあってコツも覚えて立ち回る事が出来るようになっていた。

 

「ようこそベルベットルームへ。本日は主が所用で出ているため私共で御用件を承らせていただきます」

 

 契約者の鍵を使って開けた扉を潜ると、アイギスは椅子に座った状態で目を覚ます。

 テーブルを挟んだ向かい側にはエリザベスたち力の三姉弟が立っており、普段は正面に座っていたイゴールだけがいなかった。

 アイギスたちがいる巌戸台分寮は今も外に出られないのだが、どうやら扉で繋がっていてもベルベットルームにまでは影響がないらしく、部屋の主であるイゴールは出掛けているらしい。

 今日は所持しているペルソナを複数体掛け合わせ、新たなペルソナを生み出そうと思っていた。

 しかし、その作業はイゴール以外の住人でも出来ると知っていたため、アイギスは部屋の主が席を外していても気にしないと答えた。

 

「今日はペルソナ合体のために来ました。イゴールさんでなくとも出来る作業だと聞いているので、わたしとしては問題ありません」

「ええ、確かに。では、本日はどのペルソナをご所望ですか?」

 

 アイギスの担当はエリザベスだ。普段はイゴールが座っている椅子に彼女は腰掛け、手に持っていた分厚い本のページを開いてテーブルの上に置く。

 彼女が開いて見せてきたページには現在アイギスが所持しているペルソナたちが書かれており、一体目のペルソナを選ぶと組み合わせる事が可能な候補が出てくる仕様になっている。

 どう見ても古いインクで書かれた文字にしか見えないというのに、どういう訳か書かれている文字は目の前で変化している。

 年季の入った本の形をしているだけで、まるでタブレット端末のようなハイテクさだ。

 無論、ベルベットルームの道具は最先端の科学技術とは対極の力、現実世界で言えばオカルトに分類される技術である事は分かっている。

 しかし、科学だろうがオカルトだろうが究めていけば一般人の理解を外れ、結局は“理解出来ないもの”として似たような扱いに行き着く。

 “北と南、真逆に進もうが辿り着くのは同じ極寒の世界”というのは、科学もオカルトも研究していた湊の言葉だ。

 開かれたページに触れて操作しながらそんな事を考えていたアイギスは、今所持しているペルソナの能力を見比べつつ、今後の戦いに向けてどういった力が必要かを考える。

 同じ力を持つ先輩の七歌は特化型のペルソナを揃えて、魔法が必要なら魔法型のペルソナを、物理のペルソナが必要なら物理型を出すようにして戦っている。

 なら、自分はその逆であるバランス型のペルソナを使おうかとアイギスは考えた。

 どちらもある程度使えるペルソナを持っておけば、相手の能力によって戦うメンバーを入れ替えるまでの時間稼ぎに出られる。

 メインアタッカーは得意な者に任せ、自分は戦いながら戦闘の流れを作るサブアタッカーになる。

 これは中々良いのではないだろうかと思ったところで、正面に座っていたエリザベスがどこか人間味の薄い微笑を浮かべて話しかけてきた。

 

「探索は順調に進んでおりますか?」

「ここまでは順調だと思います。皆さんも昔の感を取り戻していますし。わたしもワイルドでの戦い方に慣れましたから」

 

 ベルベットルームの住人たちはアイギスたちの状況を把握しているはずだ。

 普段はどういった活動をしていて、メンバーたちの現在の強さはどれほどか、仲間たちの寮内での雰囲気など、逆に知らない事があるのかと思えるほどである。

 それでも何気ない雑談のように探索の進捗を聞いて来たなら、何かしらの意味があるに違いない。

 アイギスは合体させるペルソナを選びつつ、エリザベスの様子にも意識を割きながら会話を続ける。

 

「ですが、最後のダンジョンという事もあって敵が強く、フロアの広さも増している事から今はこれまでの探索よりペースを落としています」

「命の危険がある以上、それも仕方の無いことかと」

 

 最後のダンジョンに挑み始めた段階で、敵の強さとフロアの広さを考えて探索ペースは落としている。

 歯が立たない訳でないため、ゆっくり慎重にでも探索していればこのまま最下層にも到達出来るはずだ。

 ただ、アイギスはその最奥で待つ存在に不安を覚えている。

 他の仲間たちとも話しているが、これまでのダンジョンと同じように最後のダンジョン最奥にも扉を守る存在がいるとすれば、きっとそれはこれまで何度か姿を目にしてきた湊の影に違いない。

 最初の扉のダンジョンでは中層のフロアボスを相手にステータスで負けている分、唯一勝っていた速度と技術を駆使して倒していた。

 あの時点であればブランクがあって弱体化していたアイギスたちでも数の暴力で苦労せずに勝てただろう。

 しかし、アイギスたちは彼の姿をしている影を倒す事が出来なかった。

 自分たちよりも先にダンジョンへと潜り、道中やフロアボスのシャドウを倒して回っていた湊の影は、いつの間にか成長して明確な脅威として認識出来るレベルに達している。

 まだ確定ではない。もしかすると、あれは湊が残した力の欠片で自分たちを手伝ってくれているだけの可能性もある。

 自分にそう言い聞かせようとするも、アイギスもこれまでの経験で何となく分かっている。アレが最後に立ちはだかる自分たちの敵だと。

 

「エリザベスさんは、このダンジョンの奥で何が待っているか知っていますか?」

「……そうですね。ある意味では全ての原因、今回の事件が起こるに至った理由の答えが待っていると言えるかもしれません」

「それは八雲さんの姿をしていますか?」

「残念ながらその問いにはお答え出来ません。あの方の姿をしているかどうか、それはお客様自身の目でお確かめください」

 

 知らないではなく答えられない。そう返してきたエリザベスに、アイギスはどうやら予想通りの存在が待っているようだと確信する。

 相手はあくまで彼の姿をしただけの紛い物。そこに魂はなく、アイギスたちの未練が形を持つ時にそのイメージから彼の姿を取っただけだ。

 未練を断つ。そのために彼の姿をした敵を倒して別れを告げる。実にシンプルで分かりやすい。

 だが、そんな風に簡単に割り切れるなら未練など最初から抱いていない。

 そう遠くない未来に待っている戦いの事を考え、ペルソナを選ぶアイギスの手が止まっていればそれに気付いたエリザベスが声をかけてくる。

 

「随分と悩んでおられるようですね。現在の手持ちから可能な組み合わせの中でいくつか助言いたしましょうか?」

「……エリザベスさんは今のわたしたちで八雲さんに勝てると思いますか?」

「本人が相手であれば不可能でしょう。ですが、影が相手であれば十分に可能性はあるかと」

 

 七歌たちも話し合っていたが、湊の影はどこまで彼の能力を再現しているのか分かっていない。

 チドリや風花が相手をアナライズしても力が読めないらしく、分かっているのはあれがシャドウに近い何かという事だけだ。

 正確に言えばシャドウに近い性質を持った別の存在。そんな得体の知れないものが彼の姿をしているのだ。

 そのせいで、もしかすると本当に彼と何かしらの関係があるのではないかという思いが湧いてしまい。頭の冷静な部分では違うと分かっていながらどうしても踏ん切りがつかない。

 

「正直に言って分からないんです。自分が八雲さんの姿をした敵と戦えるのか。自分の力がどこまで八雲さんに通じるのか。ダンジョンの奥に進むほど不安が強くなるばかりで……」

「ならば、あの方の力を模倣されますか? 姿も力も異なりますが、同名のペルソナを生み出す事が可能な状態です」

 

 迫る戦いへの不安から弱音を吐くアイギスに、自分に自信が持てないなら信じる存在の真似をすればいいとエリザベスが告げる。

 彼女はページの文字に触れていくつか操作していくと、アイギスの持っているペルソナの名前が動いて四体のペルソナが四方に位置取る魔法陣が現われた。

 これまでは二体か三体のペルソナを合体させていたので、さらに上の四体合体させる召喚があるとは思っていなかったアイギスが驚いていれば、魔法陣の中心に合体の予測結果が表示される。

 

「これは……死神“アリス”ですか? 確かに八雲さんはアリスというペルソナを持っていましたが、アルカナが異なっていませんか?」

「ええ、仰る通りでございます。八雲様のペルソナが“恋愛”だったのに対し、こちらのアルカナは“死神”となっております」

 

 予測結果として出てきた名前に触れると、白黒で描かれたペルソナの絵が現われる。

 そこには小学生ほどの幼い見た目をした少女が描かれており、どうやらこの絵の少女が死神“アリス”の姿のようだ。

 湊の持っていた恋愛“アリス”は湊やアイギスと同じ年頃の少女の姿をしていたため、どうしてこんなにも見た目の年齢に差があるのかが気になる。

 そんな風に首を傾げているアイギスを見て理由を察したのか、相手から質問を受ける前にエリザベスが相手が誤解している部分を説明した。

 

「先に申しておきますと本来のアリスはこちらであり、八雲様のペルソナが特殊なのです。あちらのアリスは部下の方が念を込めて作ったものを、八雲様の桁外れの適性で存在を補強して一つの個として具現化させた形ですので、同じ存在を呼び出しようがないのです」

 

 エリザベスの説明を聞いてアイギスは以前人工ペルソナの話を聞いた事があったなと思い出す。

 世界で唯一の成功例。狙って生み出そうとしても生み出せない奇跡の存在。それがEP社所属の研究員である武多の執念から誕生した人工ペルソナ・恋愛“アリス”だ。

 そんな特殊な存在など簡単に生み出せる訳がないので、アイギスが呼び出すとしたら本来のアルカナと姿を持つ同名のペルソナになる。

 一見、名前以外に共通点はなさそうだが、習得するスキルなどはほとんど変わらないようなので、湊の強さに近付くために同名のペルソナを入手するのは良いかもしれないと考える。

 

「見た目からすると魔法特化型でしょうか?」

「はい。物理系の攻撃スキルは覚えませんが、その分強力な闇魔法の固有スキルを持っております」

 

 アリスの持つ固有スキル“死んでくれる?”は最上位の呪殺系闇魔法だ。

 強力な分エネルギーの消耗も激しいが、複数の敵を相手にする時には非常に有効な攻撃スキルで、戦況を変化させるだけの力がある。

 不安に駆られて色々と悩んでしまうのであれば、色んな場面で使える中途半端なペルソナを選ぶよりも、こういった尖った性能を持ったペルソナを一体手に入れた方がいい。

 自分よりも圧倒的に戦いに慣れたエリザベスのまともな助言に、アイギスは素直に従う事に決めてペルソナの四身合体を選んだ。

 アイギスの決定を聞いたエリザベスは魔法陣を展開し、具現化した四枚のカードを四方に配置してゆく。

 魔法陣が光り始めるとカードが水色の欠片に分解され、続けて魔法陣の上で水色の欠片が渦巻きだす。渦巻いた欠片は一つに集まり、一際強く輝くと光が治まったときには一枚のカードに変化していた。

 ゆっくり回転しながら下りてきたカードを手にしたアイギスは、無事にペルソナ合体が成功して新たに自分の中に死神“アリス”が宿った事を理解する。

 エリザベスがオススメしてくるだけあってステータスも高く、残るダンジョン攻略でも活躍してくれるに違いない。

 自分一人では見つける事は出来なかったはずなので、アイギスは助言をくれた事に感謝して礼を言った。

 

「エリザベスさん、アドバイスありがとうございました」

「お客様のサポートが仕事ですので、悩まれた時には是非ご相談ください。可能な限り御力になりましょう」

 

 今回の戦力強化はこれで十分。そう思ったアイギスは席を立って寮へ帰ろうとする。

 扉を潜る前にエリザベスたちに改めて挨拶し、そうして外へと出ようとしたタイミングでエリザベスが静かに告げてきた。

 

「アイギス様、貴女の契約は彼への“誓い”です。それをどうかお忘れなきよう」

 

 何故、突然それを告げてきたのか。それが何に対する忠告なのかも分からないまま部屋から一歩外へ出たアイギスは、意識が急激に遠のいていく感覚に引っ張られながら元いた場所へと帰って行く。

 それでも何とか忠告の意味を理解しようと瞼が下りてくるのを我慢しながら振り返れば、エリザベスは微笑を浮かべているだけで真意はまるで読み取れない。

 けれど、恐らくそれは事件解決において重要な事だ。次に聞いても答えはぐらかされると考えたアイギスは、寮に帰ったら落ち着いて考えようと思いながらベルベットルームから去ってゆくのだった。

 

 


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