【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第五百一話 達成報告

――ベルベットルーム

 

 元の世界に戻って彼の残した“希望”を賭ける。

 全員がそれを選んで時の鍵を寮の入口で使えば、何かが壊れるような音が聞こえて全員が光に飲まれた。

 自分たちをあの場所に閉じ込めていた物が壊れ、これで元の世界に帰れるのだと誰もが思った。

 けれど、彼女たちのそんな想いは裏切られ、光に飲まれる際に閉じた瞳を開けるとそこは下降する巨大エレベーターの中だった。

 学校の教室並の大きさにも驚くが、それ以上に驚いたのがテーブルを挟んだ向かい側にいる不気味な老人と従者の三人の存在。

 何故かメティスも従者の青年の横に立っているが、周りを見渡してここはどこだと順平が声をあげる。

 

「うおっ!? なんだここ? オレら外に出られるんじゃなかったのかよ!」

 

 外に出られると思っていたら自分の知らない不思議な空間にいたとなれば誰だって驚く。

 そんな風に驚く順平や他の者たちの様子を見て、向かい側にいる者たちはどこか微笑ましそうに微笑を浮かべている。

 だが、ここがどこだか知っている七歌とアイギスは自分たち以外のメンバーがここにいる事へ疑問を持った。

 

「どうして皆さんまでここに?」

「これってそっちの干渉で起きた事なの?」

 

 元々この部屋へ来るには住人から鍵をもらう必要がある。

 最初に訪れるときには契約を結び、この部屋の手助けが必要なら導かれるようになっているそうだが、時の空回りに巻き込まれたタイミングならともかく戦いを終えた仲間たちが招かれるのはおかしい。

 であれば、ベルベットルームが何かしたのは、寮を包んでいた力が破られ存在が元の世界に復帰するタイミングだろう。

 異空間から現実世界へ復帰する瞬間、ほんの僅かな時間だけ寮はどちらにも存在する事になる。

 現実世界であって現実世界でない狭間にいる特別課外活動部のメンバーは、現実時間で一秒にも満たない間だけ存在が曖昧になっていた。

 夢と現実、精神と物質の狭間に存在するベルベットルームなら、そんなこちら側に近い状態のメンバーたちに干渉出来てもおかしくない。

 七歌がそう推測して尋ねれば、何とも興味深いと楽しげな顔をしてイゴールが口を開いた。

 

「ええ。ですが、驚いたのは私もでございます。別れの挨拶にと呼んだつもりでしたが、よもやお仲間の皆様まで一同にいらっしゃるとは……フム、二人のワイルドの影響か……いえ、正確に言えば同じ時代に現われた三人のワイルドと共にいた影響を受けたといった方が正しいでしょうか」

 

 七歌とアイギスと共にやってきた仲間は誰も契約を結んでいない。

 契約者たちと絆を結んではいるが、この部屋の果たす役割から外れた非正規の客人と言える。

 だからこそ、本来なら来る事が出来なかった場所を訪れる事が出来たチドリは、ここが彼がかつて利用していた場所なのかと感慨深そうに部屋を見渡した。

 

「……ここが八雲の通ってたベルベットルームなのね」

「そうです。ここは力に目覚めようとしている者、力に目覚めた者を手助けする場所。今は姉さんと七歌さんしかいませんが決戦の日までは兄さんもいたそうです」

 

 今回の事はワイルドに目覚めた者らと長く共にいた事で起きたイレギュラーだ。

 勿論、生きている限り再び訪れる可能性はゼロではないが、契約を結んでここに来るという事は最低でも今回のこと以上の事件に巻き込まれた時だ。

 そんな目には遭いたくない事もあって、今回限りと割り切ってチドリは景色を目に焼き付けていたのだが、何故か住人たちの傍に立っていたメティスが訳知り顔で説明をしてきた。

 最初は立つ場所を間違えているだけだと思っていたメンバーも、どうやら意味があるようだと認識したことで荒垣が代表してその理由を尋ねる。

 

「つか、なんでお前はそっちにいるんだ?」

「私は元々こっち側に近い存在なんです。と言ってもベルベットルームの住人ではないし、人々の営みの中では異物ですから、そう言う意味では兄さんと同じカテゴリーになるのかな」

 

 懐いている青年と同じ“異分子”カテゴリーの存在だと嬉しそうに語るメティスは、そのまま仲間たちの方へと歩いてきてアイギスの傍で止まる。

 これまで何度か彼女自身に素性を尋ねた事はあったが、記憶の混乱か何らかの意図があってか答えははぐらかされていた。

 けれど、今は明確に自分がベルベットルームの住人に近い存在であると告げてきた。

 事件を解決したからかどこか浮かれているようにも見える彼女は、アイギスの傍で立ち止まって笑顔を向けて話を続ける。

 

「寮を包んでいた結界を壊した事で時の狭間はもう消えます。これまで通り正しい時間の流れる日常に帰れるでしょう。おめでとう、姉さん。皆さんも本当にお疲れ様でした」

「メティス、君は一体何者なんだ? 今回の事件もこれで終わりだ。そろそろ本当の事を教えて欲しい」

 

 今なら答えてくれるのではないか。そんな想いで美鶴がメティスに正体を尋ねると、彼女は小さく笑ってからアイギスに当ててみて欲しそうに問いかける。

 

「姉さんは私がなんだか分かりますか?」

「……最後のダンジョンで見た夢の記憶。あれであなたの正体に気付けました。多分、あなたはもう一人のわたし。対シャドウ兵器としてのわたしの心が抜け出た存在」

「ええ、その通りです」

 

 問われたアイギスは笑顔を向けてくるメティスの瞳をジッと見つめたまま答えた。

 アイギスだってメティスが何者なのか考えていなかった訳ではない。

 湊が彼女を妹だと呼んで信用していたにしても、突然地下から現われた存在が何者なのか探るのは必要な事だ。

 だが、時の狭間のダンジョンを巡る中で最後に見た夢での光景。それを見た事でアイギスは彼女が自分の心から抜け出た自我持ちのシャドウのようなものだと予想していたのだった。

 

「わたしは八雲さんに人としての命を貰いました。対シャドウ兵器としての力を一部持ったまま、それでも人としての一生が歩めるよう人としての身体を貰ったんです。でも、あの日の戦いで八雲さんを失って、こんなに苦しいなら人になるんじゃなかったと思ってしまった」

 

 考えてみるとその切っ掛けは自分の弱さが原因だった。

 幸いな事にペルソナ使いとして心の一部が欠けてもペルソナの能力の一時的な喪失程度の問題しかなく、パピヨンハートの補助もあってワイルドに目覚めてからは元のペルソナであるアテナ以外のペルソナが使えるようになった。

 おかげで自分の症状にも気付くのが遅れてしまったが、夢の中で自分の心の一部が抜け出たのを見れば流石に思い出す。

 

「だから、あなたはわたしの前に現われた。機械としてのわたしの心を司る事で、人だろうと機械だろうと、その心に大きな違いは存在しないのだと教えるために」

 

 彼女は抜け出た心の一部が何かの力を借りて現われた自分の鏡。

 いくら機械に戻ろうとしても意味がない。心を得た時点でそこに違いは無いのだと教えてくれる存在だった。

 気付くことも含めて随分と待たせてしまったが、今ならば人としての自分も機械としての自分も両方を受け入れる事が出来る。

 

「待っていてくれてありがとう」

「ううん。ただいま、姉さん」

「おかえりなさい、メティス」

 

 互いに笑顔で手を繋ぐとメティスの身体が温かな光に包まれた。

 そして、彼女の全身を包んだ光が弾けると、弾けた光は全てアイギスの中に吸収されてゆく。

 全ての光が彼女の中に収まったとき、アイギスは自分の中にペルソナ“アテナ”が戻ってきたのを感じた。

 彼女本来のペルソナが戻ってきた事で、後から手に入れた力が消えるかと思えばそんな事はなく、今もワイルドで得たペルソナたちは存在する。

 思い返すと湊も彼本来のペルソナであるセイヴァーと共に多数のペルソナを所持していた。

 なら、ワイルドは能力の拡張であって、本来のペルソナ以外にも所持し続けられて当然なのかもしれない。

 そんな事を考えながらアイギスが本来の力を取り戻せば、これまで待ってくれていたイゴールが七歌とアイギスに視線を向けながら口を開いた。

 

「さて、では本来の目的である契約の話に移りましょう。まずは七歌様、“我、進みし道の先にある、いかなる結末も受け止めん”の履行を確認いたしました。この一年の旅路の結末は如何でしたか?」

 

 ニュクスと戦ったあの日に終わると思っていた彼女が結んだ契約。今となれば戦いを終えても尚契約が続いていたのか七歌にも分かる。

 彼女の契約ははじめからここまでを含めて考えられていた。自分だけではなく、彼も含めた皆の戦いの結末を見る必要があったのだと。

 何故ニュクスは降臨したのか。どうやって彼は神を封じたのか。全てを知った上で七歌は率直な気持ちで答える。

 

「うーん。正直、分かんない。でも、八雲君とこの世界の事情は分かった。だから、私も足を止めない事にした。契約の先も旅路は続くって感じで進み続けようと思う」

「この先に何があるか分からなくてもですかな?」

「うん。八雲君だって未来の全てが分かっていた訳じゃないしね」

 

 自分の知る限り湊に未来予知の能力は無い。

 彼は自分の知り得た情報の中から未来を予測し、可能な限り備えていただけだ。

 それでも彼の予測は七歌たちにすれば未来予知にしか見えないレベルで、呆れるほどあらゆる事に対応可能になっていた。

 そんな彼が希望を残しているというのなら、七歌もそれを信じて進み続けるしかない。

 未来など分からなくて当然。だから、彼女はただ信じて進んだと笑顔で答える。

 それを見たイゴールは納得したように頷き、続けてアイギスの方を向いて尋ねる。

 

「続いてアイギス様、貴女の契約は不完全だった。明確な文章はなく、その内容も曖昧でした。故に、完全な心の形を取り戻した今だからこそ問います。貴女が彼に立てた誓いをお教え願えますか?」

 

 ここへ辿り着いた以上はアイギスも契約を結んでいる事になる。

 だが、その内容は極めて曖昧で契約としては不完全としか言い様が無い。

 それでも欠けていた心を取り戻したならば、彼女が彼に誓った内容もハッキリとしているはず。

 イゴールが彼女を見つめ続ければ、アイギスは答える前に少しだけ聞いて欲しいと話し始める。

 

「……その前に少しだけ自分の話をさせてください。わたしは元々が機械だった事で、心のどこかで自分は人ではないという想いがありました。メティスの言っていたように、人々が形成する社会の中に紛れ込んだ異物だと思う自分がいたんです」

 

 湊によって人間の身体を与えられたアイギスは、機械としての心で自分を客観的に見て人間社会に紛れた異物だと認識していた。

 もっとも、当初からその考えはあっても悲観したりはしていなかった。

 彼と共に生きられる。彼が望むならその子どもを宿すことも出来る。

 機械の身体では出来ない様々な事が人間の身体なら可能だと、メリットデメリットで物事を判断していたからだ。

 

「でも、それは同時に彼との繋がりでもありました。あの人は人として生まれながら人の環から外れた存在。それは精神性だけの問題ではなく、純粋に人から一歩進んだ別種の生き物という意味でもあります。そういった意味では、わたしには同じ立場の姉がいましたが、八雲さんはこの世で独りぼっちでした。だから、わたしはその心を中途半端でいさせることで彼と同じ独りぼっちの存在でいようとしていたんです」

 

 人間から突然変異で生まれた新人類。基本的なデータでは人間と計測されるが、決定的に違う部分がいくつもあってそれが彼を現行人類とは別種の生物だと証明していた。

 その点で言えばアイギスには同じ人造人間の姉がいたため、同じ種族のいない彼とは違っていた。

 しかし、社会に溶けこみ人として生きている時間の長かった姉に比べ、アイギスは再び目覚めてから突然人の身体になったため機械の心と人間の身体を持つ中途半端な存在になっていた。

 自分を血の繋がった妹として想ってくれていた姉には悪かったが、アイギスはそんな中途半端な存在は自分しかいないと分かっていたため、独りぼっちでいるためわざとその状態を維持しようとした。

 そういった努力の甲斐もあってか彼はよりアイギスを受け入れ、このまま絆を育めば共に生きて家庭を築いたりも出来るだろうと思ってた。

 

「でも、その彼がいなくなってしまった。おかげでわたしの世界は壊れました。八雲さんのせいではないんですけど、わたしにとってはあの人が全てだったので」

 

 しかし、彼女のそんな夢は儚く崩れ去った。

 世界を救う奇跡の代償として、彼はその全てを捧げる事になったのだ。

 彼にしてみれば、全てが終われば消える予定だった自分の命一つで大切な物を守れるなど、躊躇う理由が欠片もなかった選択だったのだろう。

 後からそれを知った者の気持ちも少しは考えて欲しかったが、完全な死から一度は蘇った彼と再び別れる事になったアイギスは色々と考えさせられる事になった。

 

「だからでしょうか。今回の事件に巻き込まれて、八雲さんが守りたかったものが壊されそうになって、そんな事はさせないって怒りにも似た感情が自分の中から湧き上がってきたんです。彼が守ろうとしたものを守ってみせるって」

 

 全てが終わったはずなのに、どうしてまた事件に巻き込まれるのか。彼が命を懸けてまで守った仲間たちを傷つける事は許さないという敵への怒り。

 あの時のアイギスは彼の守ろうとしたものを守る事だけを考えて、自分の不調など知った事かと感情の全てを込めて力を解放した。

 結果、アイギスは生体ボディのベースになった細胞や長年彼の中にいたペルソナなど、彼女の中に眠っていたいくつもの湊の残滓を依り代にワイルドの力を覚醒させる事が出来た。

 

「……けど、今回の事件に向き合っていくうちに、本当にそれが彼に誓う事なのかと疑問を持ちました。わたしは一人では戦えません。皆さんの力を借りて、なんなら今も世界は八雲さんに守って貰っています。そんな状態で守ってみせるなんて言えるわけがありませんでした」

 

 あの時の彼女は彼の代わりに守ってみせると誓ったつもりでいた。

 けれど、ここに辿り着くまでに様々な事を知っていく中で、自分一人ではそんな事は出来ないと理解し、そもそも彼がそれを望んでいないことにも気付いた。

 彼が本当に守りたかったのは、命を懸けてまで取り戻そうとしたのは、アイギスたちが何でもない平和な日常で過す事だったのだ。

 

「だから、わたしが誓うべきはそんな事じゃないんだと気付けました。わたしが本当に誓うべきは“生きる”、ただそれだけの事でした」

 

 故に、アイギスは自分が彼のために誓うべきは彼の守った世界で“生きる”事だと理解した。

 何をしても、何になろうとしてもそれはアイギスの自由。

 彼が守った未来を生きる事こそが彼への最大の恩返しになる。

 誓いの内容を教えて欲しいという問いへの返答を聞き、それが存外シンプルな内容だったことが面白かったのか聞いていたイゴールは目を細めて笑って頷く。

 

「ホホホッ、なるほど“生きる”ですか。一見簡単なようで、何とも難しい道を選ばれるようですな」

「はい。でも、人の身になって一年にも満たない若輩者ですから、出来る限り多くの事を経験していきたいんです」

「フフッ、困難な旅路を選ぶお客人に私からも幸あれと祈らせて頂きましょう。真なる誓いを立てた事で貴女の契約もこれにて完了とさせていただきます」

 

 七歌とアイギスの契約が果たされたとイゴールが認めれば、テオドアとエリザベスの持っていた本のページが勝手に開き、イゴールが指を鳴らすとそこに書かれた文章の上に赤い判を押したような紋様が現われる。

 アイギスにとっては事件に巻き込まれてからの数ヶ月の出来事だが、七歌にとっては一年以上かけた契約の完了だ。

 鍵を持っている限り、再び扉を見つければ会いに来られるというが、契約を果たした後もポロニアンモールの扉が残っているとは限らない。

 下手をすればここを離れてそれっきりと言うこともあり得るだろう。

 なので、七歌は最後かもしれないからと別れの挨拶をしておく。

 

「最後かもしれないから言っておくね。力を貸してくれてありがとう。貴方たちのおかげで真実を知る事が出来た」

「こちらこそ、これまでお付き合い頂きありがとうございました。至らぬ点も多々あったかと思いますが、最後まで七歌様の旅路の手助けを続ける事が出来たのは私の誇りです」

「ううん。本当に助けて貰ってばっかりだったから、不満なんてなかったよ。テオもこれから頑張ってね。エリザベスさん、マーガレットさん、イゴールさんもありがとうございました」

 

 七歌がこれまでのお礼を言えば、イゴールたちは笑みを浮かべながら一礼して返してくる。

 湊と色々あって既に部屋にいる意味がないエリザベスだけは、もしかしたら一緒に現実世界に出てくるかもしれないと思ったが、どうやらまだ部屋にいるつもりらしく付いてくる様子はなかった。

 ならば、最後の別れも済ませた事でこの部屋ともお別れだ。今度こそ現実世界に帰ろうと七歌とアイギスも椅子から立ち上がって仲間と並ぶ。

 

「では、わたしたちは現実に帰ろうと思います。お世話になりました」

「ええ。またの機会があるその時まで、ご機嫌よう」

 

 イゴールの言葉を聞き終わると同時に瞼が重くなって徐々に意識が閉じてゆく。

 意外な形でベルベットルームを訪れた仲間たちもそれに逆らったりせず、完全に意識が途切れると彼女たちはその場から消えて現実へと帰っていった。

 誰もいなくなった椅子を見つめていたエリザベスも、しばらくすると先ほど契約完了のため開いていた本を閉じてそれを抱え直して口を開く。

 

「ようやく終わりましたね。次なるお客人が来るまでしばらく休暇でしょうか」

「休暇って……どうせ貴女は仕事を受ける気はないのでしょう?」

 

 客人がいなくなった途端に姉弟たちと接するオフモードになった妹に、マーガレットはもう少ししゃんとしろと思いつつ尋ねる。

 今回、彼女は気まぐれと彼女なりの打算を持ってアイギスの担当を申し出たが、湊との関わりによって自己を定義した彼女は既にこの部屋に残る意味がなく、それ故に担当を持って仕事をする義務もない。

 なら、休暇なぞ取らずに好きに外へ行けば良いのだが、担当を持つ気もないのにどうして出ていかないのかと尋ねれば、エリザベスは本に挟んでいた栞を引き抜いて魔法陣を展開しながら答える。

 

「確かに私は今後もうお客人を担当するつもりはありません。ですが、縁が残っています」

 

 そういって彼女は展開した魔法陣に手を入れると、そこからどこか古臭いデザインの鍵を取り出して見せた。

 彼女が持っている鍵は魔法的な加工は一切無く、現実世界に普通に存在する一般的な金属で出来ているように見える。

 ただ、現実世界との関わりが薄いエリザベスが何故そんな物を持っているのかが分からない。

 そのため、それが何の鍵なのかも含めてマーガレットは見せてきた意味を尋ねた。

 

「それは一体何なの? 休暇とやらに何か関係があるわけ?」

「こちらは八雲様に頂いたお家の合鍵です」

「…………へぇ、そう。ならゆっくりと休んで、気が済むまで休暇を楽しんでくると良いわ」

 

 思わず色惚けがと言いたくなったが、マーガレットは何とか耐えて好きに休暇を楽しんでくればいいと妹を送り出そうとする。

 死んだ男に貰った家の合鍵を見せびらかしてくる妹も妹だが、あの客人も自分が死ぬと分かっていて何故こんなにも多くの女性に手を出しているのかと呆れてしまう。

 けれど、最初に彼が死んだ時には深く傷ついていたのを見ていた事もあって、妹が元気にしているなら好きにすればいいと思ってしまうくらいには彼女も甘い。

 次の客人が迷いこんでくるのはいつか分からないが、自分かテオドアがいれば十分に対応も出来るだろう。

 よって、彼の遺した家で過したいなら止めはしないと言えば、エリザベスは不思議そうに僅かに首を傾げて再び口を開いた。

 

「こちらは八雲様が皆様に内緒でご購入した隠れ家の鍵です。何でも現実世界の時間にして二年後にニッポンのとある地方で事件が起きるそうで、新たな客人の暮らす町に拠点があれば便利だろうと売りに出されていた広い日本家屋を買っておいたそうです」

「……どうしてあの子は自然に未来の情報を手に入れているのよ」

 

 エリザベス曰く、彼女の持っている合鍵は地方の町に用意した彼の秘密の拠点のものらしい。

 どうやって彼がそんな未来の情報を得たのかは分からないが、拠点まで用意しているからには事件が起きることはほぼ間違いないのだろう。

 ベルベットルームの住人ですら手に入れていない未来の情報を、現実世界で暮らしていた人間が入手した手段は非常に気になるが、新たな客人が来るというのなら準備を進める必要もある。

 ベルベットルームの住人は扉を通じて居住区などに移動も出来るが、新たな事件が起きる舞台を直に知っておくのも良いかもしれない。

 現実世界の時間でもまだまだ先の事だが、ここはエリザベスの誘いに乗ってあげるとマーガレットは答えた。

 

「分かったわ。それで、それはどこの町にあるの?」

「はい。なんでも“稲羽市”という町だそうです」

 

 

 用意した拠点とやらは掃除するなら好きに使って良いそうだが、自分が死ぬと分かっていた彼が用意したなら使わなくても劣化しないよう結界などが張られていても不思議ではない。

 ならば、町の中心に通常の扉を用意して、彼の拠点へは歩いて移動した方が良いはず。

 場所を聞いたマーガレットはテオドアに指示して座標を調べさせると、死んだ後も話題に事欠かない青年に小さく苦笑を浮かべてエリザベスの休暇のために準備を進めた。

 

 

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