【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第五百三話 時を超える言葉

4月1日(木)

深夜――巌戸台分寮・作戦室

 

 EP社が掴んでいる情報と交換で七歌たちは時の空回り事件について語った。

 影時間とタルタロスが消滅した揺り戻し、その力がペルソナを持つ七歌たちに引き寄せられ、彼女たちの未練が今いるここを異界化させた。

 話を聞いていたソフィアは原因を聞いた時点で呆れ顔だったが、番人であり寮を“現在”に繋ぎ止める楔であった湊を過去の湊本人に処理させたと聞いて時、彼女は呆れを通り越して怒りを見せた。

 

「あれだけ湊様に頼っておきながら、最後の後始末までご本人にさせるとは何事ですか! 恥を知りなさい!」

「いやぁ、本当に面目ないっす」

 

 怒られた七歌としては本当にその通りだと認めるほか無く、彼女としてもあれは自分たちで乗り越えなければならなかったという自覚がある。

 だが、自分の分身か贋物が悪さをしているなら、それは自分の手で始末をつけるべき事柄だと湊が一人で動いてしまえば七歌たちに止める術はなかったことも考慮して貰いたい思いがある。

 

「というか、八雲君が次元を超えてあそこまで未来に干渉出来ると思ってなかったんだよね。アザゼルが出てきた時には番人の方もすごく驚いてたし」

「坊やって時流操作とか時間に干渉出来る能力があったんじゃないのぉ?」

「私たちはそれがどの程度の規模で出来るか分かってないんですよ。時の加減速くらいしか出来ないイメージでしたし」

 

 時流操作が出来ることは聞いていたが、時の加減速以上の事を出来るかどうかは知らなかった。

 チドリやラビリスに聞いても分からないそうなので、わざわざ自分の手札を他人に教えていなかった可能性が高い。

 それを言われればソフィアも強くは言えないのか口を噤む。

 そして、番人を倒してからあの日へ向かい。そこで滅びの原因と封印の秘密を知った事を伝えれば、詳細までは知らなかったソフィア達も難しい表情で黙り込んだ。

 なにせ最後の決戦が全人類と彼個人の戦いだという発言がある意味では真実だったのだ。

 エレボスが人々の無自覚は想いも含む存在であれば、彼のためにと裏で動いていた彼女たちも例外ではない。

 それでは時の空回りを起こした七歌たちを責められる訳も無く、話が一区切りついたところでソフィアやシャロンも難しい顔になり場に沈黙が降りる。

 そうして、しばらく誰も言葉を発さずにいると、場の空気を変えようと思ったのか栗原が荷物からディスクを取り出して皆に見せた。

 

「まぁ、それぞれ考える事はあるだろうが、先にこいつを見ようじゃないか。私も湊から内容は聞いてない。ただ、特別課外活動部のメンバーが無事に戻ってきたら全員で見ろってだけ言われてる」

「不思議な模様がありますね。どこのメーカー品でしょうか?」

 

 栗原の持っているディスクには表面に薄ら青く光る不思議な紋様が輝いており、こんなディスクは初めて見たと他の者たちも興味深そうに眺めている。

 ケースを見てもどこにもメーカー名は書かれていないので、恐らくは湊がEP社の設備を使って自分で作ったのだろうと思われた

 もっとも、いくら外見を眺めたところで内容は分からないため、美鶴がディスクを受け取ってモニター前にある機械にセットし、彼女が着席してからリモコンで再生ボタンを押した。

 わざわざ彼が決戦前に栗原に預けていたものだけあって、皆もどこか緊張した様子で画面を見ている。

 そして、しばらく黒い画面が続いていると突然モニターに黒い波紋が浮かび始めた。

 モニターの中で黒い波紋が何度も浮かび、それに続けて無線の周波数を合せるような甲高い不快な音が鳴り始める。

 コロマルや他にも何人かが耳を押さえて顔を顰めていると、ブツンッ、という音がしてモニターが急に明るくなった。

 明るくなったそこに映っていたのは、なんと無重力空間らしき場所で足を組んでフワフワと浮いている湊だった。

 

《……なんだ、随分と時間がかかったな。栗原さんにはすぐに見るように言っておいたんだが、まぁいいだろう。お前たちはさっきぶり、ソフィアたちは久しぶりだな。自己紹介は不要だろうが有里湊だ》

 

 一体この映像は何なのか。そう思っていると、画面の向こうの湊はまるでこちらが見えているかのように話しかけてきた。

 栗原は湊から誰が同席しても構わないと許可を貰っていたが、ディスクを受け取った時点ではソフィアたちを誘おうとは考えていなかったらしい。

 だというのに、画面の向こうにいる湊がソフィアたちの存在を言い当てた事で、ゆかりはこれは本当に録画された映像なのかと疑いを持つ。

 

「は? え? これ、何なの? 録画の映像じゃないの?」

《……リアルタイムの通信だぞ。俺の通信能力は力を込めればどこまでも範囲を広げる事が出来る。まぁ、流石に今いる裏側から何の用意もなく表の世界に繋ぐのは難しいが、今回はマーカーとして俺の力を宿したディスクを用意していたからな。そっちでマーカーを起動させればこの通りだ》

 

 栗原が持って来たディスクは不思議な紋様が描かれ黄昏の羽根のような青い光を発していた。

 湊が言っている通り、それ自体が彼の能力を受信するためのマーカーだとすれば、わざわざ黄昏の羽根を材料として使っている事にも納得が出来る。

 しかし、いくら彼の探知能力が並外れた出力を持っているとしても、世界の裏側に存在する影時間側からでも通信出来ると誰が思うだろうか。

 これにはソフィアやシャロンも驚いた表情をしており、彼から色々と任されていた彼女たちですら今回の仕掛けは聞いていなかったようだ。

 封印を施した後でもこんな事が可能だったなら、別れる前に教えて欲しかったという気持ちはある。

 けれど、そんな個人的な感情を今は抑えて、アイギスはこれまで気になっていた事をここで尋ねる事にした。

 

「八雲さん、貴方は今どういった状態なんですか? あの封印によって月に縛り付けられているんじゃないんですか?」

「それもやけどニュクスと一緒にいて大丈夫なん? 綾時君の話やと湊君の力がどんどん消耗されるって話みたいやけど」

 

 アイギスに続いてラビリスも彼の今の状態を気にして質問する。

 綾時やメティスの話が真実であれば、湊はユニバースの力で奇跡を起こしニュクスを封じることが出来たが、その封印を維持し続けるために力を消耗し続けているという。

 いくらベアトリーチェという他次元神と融合していようと、彼の魂は人間の規格がベースになっている。

 封印となってニュクスを監視し続け、人々の負の感情が高まりエレボスが生まれればそれを排除するため戦いに駆り出される。

 あんな事を続けていれば遠くない未来に彼の魂は摩耗して消滅してしまうだろう。

 それを心配して彼女たちが尋ねると、湊は顎に手を当てて少し考えてから口を開いた。

 

《……まぁ、色々と聞きたい事があるのは分かるが、とりあえず俺の方から順番に話をしていこう。まず、滅びの原因だ。お前たちも既に知っているだろうが、滅びはニュクスによって起こされるがその原因はお前たちから生まれた負の概念“エレボス”だ》

 

 好き勝手に質問されてそれに答えていては無駄に時間がかかってしまう。

 それを嫌がった湊は、質問は後にしてニュクスが引き起こす滅びの原因から順番に説明していこうと話を続ける。

 一応、ここにいる者たちは湊から事前に聞いていたり、時の空回りの中で綾時などから説明を受けていたため基本的な部分は知っている。

 ただ、封印となって実際にニュクスを間近で観察し続け、今も時々原因であるエレボスを倒している彼からの情報はとても貴重だ。

 テーブルに置かれたカップに口をつけて喉を潤し、皆が真剣な表情のまま彼が語る言葉に耳を傾ける。

 

《俺の封印はそのエレボスを消すためのものだ。封印があればエレボスはニュクスに触れられず、エレボスが触れなければニュクスは自分を呼ぶ声の存在に気付かない。ただの遮断結界でも別に良かったが、小まめに殺した方が楽だからな。敵の出現に反応して俺自身を召喚する攻性防壁という形を取った》

 

 あの封印はニュクスを封じるためではなく、ニュクスを守るためでもなく、原因となるエレボスを拒絶し殺すための攻性防壁だと彼は語る。

 その封印の機能と性質はやはり綾時たちが言っていた通りのものだった。

 いつか人類がニュクスを必要としない日まで耐え続ける事など御免だと、人類の意思を個の力で捻伏せ続ける道を彼は選んだのだ。

 ただ耐え続けるよりは良いのかもしれない。他人に任せずに自分の力で選び続ける姿は実に彼らしいと思える。

 

「理屈は分かるがお前はそれで良いのか? エレボスは俺たち人類がいれば無限に湧いてくる存在だ。それではお前はいつまでも戦い続ける事になる」

 

 だが、人類はそう簡単に変わりはしない。ニュクスを求めなくなる事など永劫来ない可能性だっってある。

 それでもその選択に後悔はないのか。心のどこかで彼に全てを押し付けてしまったと負い目を感じていた真田が聞けば、湊は溜息を吐いて呆れたような顔をしながら答える。

 

《……俺の事を本気で心配するならエレボスを生み出さない努力をしろとしか言えない。あれが出てこなければ俺はこんな風に悠々自適に過ごせる訳だからな》

 

 言いながら湊は組んでいた足を下ろすと、床を蹴ってそのまま空中を移動していく。

 どういった方法で映像を繋いでいるのか分からないが、カメラの役割を果たす物が彼の後を追っていくと湊は巨大なガラス張りの一画で浮いたまま止まった。

 そして、浮いたままの湊は左手の親指でガラスの向こうを指し示し、カメラがそちらを映せばガラスの向こうには宇宙の闇の中で煌めく星々と太陽の光に照らされ青く光る地球があった。

 過去への扉で決戦の日に向かった七歌たちは、扉を通じて宇宙に行ったことで既に一度見ていたが、桐条製の高性能モニターで見た宇宙から眺める地球の姿もこれまた格別だと順平や天田がモニターへ近付いてゆく。

 

「え、後ろにあんのってマジの地球か?!」

「決戦の日に行った時も思いましたけど、宇宙から見る地球ってやっぱりすごいですよね。ていうか、有里さんがいるのって一種の宇宙船なんですか?」

 

 カメラの映像を見る限りではガラス張りになっているのは地球に面した部分だけで、後は天井も床も淡く発光する白い不思議な材質で出来ている。

 どうみても地球の科学で作った物だとは思えず、天田は彼だけが持つ謎の技術で作った宇宙船なのだろうかと考えた。

 そも、ガラスの向こうに地球が見えるまで、彼が今いるのは封印の内側だという認識を全員が持っていた。

 それが蓋を開ければ無重力空間で優雅に泳いだりしつつ、どこかスカした態度で母なる惑星を見下ろしていたのだから、彼が実際にはどういった場所にいるのか不思議に思っても無理はない。

 

《……ここは封印の内部とも言えるし、ニュクスの眠るあちら側の世界とも言える場所だ。そこに俺とベアトリーチェの力で専用の神域を造り、こうやって地球を眺めながらエレボスの襲来を待っている》

「我々と共にエレボスを倒していたが、二ヶ月ほど経った今は大丈夫なのか?」

《エレボスの襲来に周期などはない。だが、一度倒せばしばらくは力を溜める必要があるのか出てこなくなる》

 

 偉く自由度が高く見える空間は、そうは見えないものの現世の裏側にある常世側だった。

 しかし、完全な心の海という訳ではなく、何もなかったエリアにベアトリーチェの力を借りて自分たち専用の神域を展開した事で、その範囲に限り今のように環境を自分好みにいじることが出来るらしい。

 思っていたよりも余裕がある様子だと知れたのは良かったが、自分たちで神域を維持しているならその分消耗も激しいのではと気になる。

 本来休めるはずの空間の維持に力を消耗しながら、敵が現われればそれと戦わなければならない。

 今はまだ余裕があるように見えるものの、今後の事を考えると心配だと風花とチドリが湊に話しかける。

 

「でも、有里君も戦いで傷ついてましたし、今はそこを維持出来ていてもいつまでも続けるのは難しいんじゃないんですか?」

「……というか魔眼の力を使って殺せばあれも簡単に狩れるんじゃないの?」

 

 九頭龍家の血も流れている湊の瞳には魔眼の能力が備わっている。

 その内の一つに存在の死を捉える魔眼があり、それで見抜いた存在の綻びを切って死を発現させればエレボスも簡単に狩れるのではとチドリは考えた。

 綾時の正体を皆に話した時には彼の魔眼を使えばニュクスすら殺せると言っていたので、その欠片を持った人間たちの意思の集合体であるエレボスにも当然効くはず。

 どうして先の戦いで魔眼を使っていなかったのかと疑問を持ってチドリが質問すれば、湊は二人の質問にまとめて答えるように口を開いた。

 

《……今の俺は魂のような状態だ。一応肉体はあるがデス状態だった綾時に近い。怪我や消耗があっても生身のように直ちに命に影響する訳じゃなく、こちらに戻って休めば本来の魂の形に合わせて肉体の欠損も修復される。まぁ、そのせいでペルソナも含めて使える力に制限はかかっているがな》

 

 神域の維持に力を消耗するかどうかは分からなかったが、どうやら神域に戻りさえすればエレボスとの戦いで負った怪我などは回復するらしい。

 もっとも、彼が封印の核として機能している限り、肉体と魂の境界が曖昧になるせいで使える異能にも色々と制限が出てしまっているようだ。

 彼が強い事は知っているし、過去への扉を使って向かった先で共闘したので、現在使用可能な力だけでもエレボスに通用する事は分かっている。

 それでもやはり心配せずにはいられないのか、美鶴は異能の殆どを封じられてしまっているんじゃないかと尋ねた。

 

「ペルソナを使えない以上、今の君は生身で戦うしかないという事か?」

《……別に力を武器に纏わせて斬撃を飛ばしたりは出来る。一応、マフラーの機能も生きているし。近代兵器を使う事も可能だ》

 

 アイギスのリストバンドとも繋がっている湊のマフラーは、通常兵器である銃火器だけでなく、個人での使用を想定していないミサイルランチャーや戦闘機、さらには巨大な戦艦なども入っていたりする。

 宇宙空間でそれらがどこまで通用するかは分からないが、湊の適性の高さであれば影響を受けた兵器の力は一般的なペルソナの力を上回る。

 力を纏わせた大剣だけでもエレボスには通用していたので、そういった兵器も組み合わせれば確かに戦力に不足はなさそうだと美鶴も納得した。

 

《まぁ、封印やエレボス関連はこれくらいで良いだろう。お前たちが気になっているのは、どうすれば俺が封印を解いて現世に復帰出来るかという話だろ?》

「え、封印ってそんな簡単に解いたり出来るの?」

 

 滅びを呼んだ敵の正体や湊の現状は理解出来た。

 だが、彼女たちが本当に知りたいのはそこではない。

 湊もそれは理解しているようで、足を組んで宙に浮きながら現状では不可能と語りつつ自身の復活について触れた。

 

《封印の解除自体は俺の意思で出来る。まぁ、解いてしまえばもう一度同じ封印を作るのは不可能で、今の世界の状態ではそれが出来ないってのは分かるはずだ》

「なら、どうすれば有里君は戻ってこられるの?」

 

 自分が一番知りたかったのはそこだとゆかりが食いつく。

 現状、エレボスがニュクスへの干渉を止めようとしない限り湊の封印を解くことは出来ない。

 一度は地球へ降臨した事で、再封印されたニュクスも再び目覚めやすくなってしまっている。

 そんな状態で封印を解いてしまえば世界は今度こそ滅びを迎える事になる。

 だが、それを分かっている湊が自身の復活について触れたのだから、何かしらの方法があるのだろう。

 ゆかりが問い返したままモニターを見つめていれば、湊は少し考えてから静かに答えた。

 

《……一番簡単なのは封印を解いて現世に復帰後、世界中の人間に死について考えるなと暗示を掛ければいい。ペルソナ使いが相手でも問題なく使える力だからな。強制的にエレボスが生まれる原因を無くすことは可能だ》

 

 エレボスは人々の死を求める心の集合体。死を求め、死を意識し、死に触れたいと思った人間の心が集まって生まれた怪物だ。

 なら、湊の暗示の魔眼を使えば強制的に人々からそういった思考を消すことが出来る。

 どれだけの時間がかかるか分からないものの、ペルソナ使いですらその力に抗えない以上、無差別に力を使い続ければいつかはエレボスが生まれるのに必要な力を下回るに違いない。

 

《だが、お前たちも分かっている通りこれは現実的じゃない。死について考えるなと暗示を掛ければ、死と向き合う事もなくなって何かの切っ掛けでシャドウが抜け出る可能性もあるし。世界中でそんな面倒な事をするくらいならエレボスを殺し続ける方が楽なくらいだ》

 

 特別課外活動部のメンバーたちが今もペルソナ使いでいるように、何が切っ掛けで再びシャドウが抜け出て無気力症になる者が現われるか分からない。

 エレボスを消そうとして無気力症を広める事になれば本末転倒なので、世界中を回るのが面倒である事も含めて実際はこんな方法は取れないと湊は苦笑した。

 自分で提案しておきながらなんだそれはと思うものの、彼にはまだ他にも案がありそうだと見てソフィアが他の案はないのかと聞いた。

 

「では、他に何か方法があるのですか?」

《……他に方法はなくはない。だが、そっちも時間が必要で簡単ではないぞ。なにせ、現世にいるお前たちが世の中を変えていくって方法だからな》

「皆がハッピーになればエレボスなんて生まれないってこと?」

《……そもそも、エレボスはお前たちが勝手に生み出しているだけだからな。そんな物を願わずに生きていけっていう単純な話だ》

 

 世界中の人間に暗示を掛けるという力業の次は、まさかの地道な草の根運動だったことで、真面目に話を聞いていたメンバーたちは思わず脱力する。

 確かに彼の言う通りなのだ。七歌たちも含めた人類全てがエレボスを生み出す元凶であるならば、湊の魔眼を使って暗示を掛けなくとも、その元凶たちの意識を変えていけばいつかはエレボスも生まれなくなるに違いない。

 ただ、それは湊本人も言っているように時間が必要で、さらに言えば確実性がある訳でもないため、七歌たちが生きている間に終わる可能性の方が低いくらいだ。

 そんな微妙な案を伝えてきた相手に文句を言いたくなるが、彼が言う通りエレボスが生まれるのは人類のせいなので、その後始末を請け負ってくれている青年に文句を言うのは筋違いだろう。

 それが分かっているアイギスたちが少し黙っていれば、そういえばまだ聞きたい事があったとある事を思い出す。

 

「あ、そういえば、八雲さんが戦いの後に言っていた“希望”というのは何の事なんですか?」

「それそれ! もしかして、このディスクを使えばいつでも通信越しに会えるとかって意味なの?」

 

 アイギスとゆかりの言葉を聞いて他の皆もそんな話もあったなと姿勢を正す。

 ゆかりの言う通りこのディスクを使えばいつでも彼と会話出来るというのであれば、モニター越しではあるものの近況報告なども出来るため、彼女らにとって非常に有用で“希望”と言えなくもない。

 けれど、これはあくまで通信用に用意していただけで、あの時に語った“希望”は別の物だというのならそれを教えて欲しい。

 どこか期待の籠もった視線がモニターへと集まれば、皆にジッと見つめられていた湊は顎に手を当てて少し考え込んでから一度頷いた。

 

《…………まぁ、頃合いか。話を続ける前に一つ質問だ。七歌、今日は何月何日だ?》

「え? 今日はもう日付を跨いだから……うん、四月一日だよ」

《ああ。つまり、そういう事だ》

 

 聞かれたので素直に答えたが、質問された七歌は急に何の話だろうかと首を傾げる。

 他の者たちも七歌と同じように何が“そういう事”なのかと話について行けていない様子だ。

 だが、それぞれ顔を見合わせて彼の言葉の意味について考えていれば、何かを思い付いたらしい綾時が自信なさげに思い付いた答えを口にした。

 

「もしかして、エイプリルフールかな?」

 

 綾時の言葉に他の者たちはそういえばそうだと、確かに今日は四月一日なのでエイプリルフールだった事を思い出す。

 けれど、それが一体何なのか。エイプリルフールなど嘘吐いたりフェイクニュースで楽しんだりするくらいの行事という認識しかない。

 ただ綾時以外からは何の回答も出てこなかった事で、“エイプリルフール”という答えに対する湊の判定はどうだと再びモニターに視線が集まれば、画面の向こうにいる青年は愉しそうに頷いた。

 

《……正解。これがリアルタイム通信っていうのは嘘で、ただお前たちの反応を予想して一人で話し続けていた録画なんだ。嘘だと思うなら、誰か試しに何か言ってみろ》

「ええっと、バーカ」

 

 今までリアルタイム通信だと信じていた映像は本当は全てが録画だった。

 急にそんな風に言われて混乱しているところに、さらに何でも良いから何かを言ってみろと言われ、咄嗟には思い付かなかったのか順平が苦し紛れに悪口を言う。

 突然の事で良い言葉が思い付かなかったのは分かるが、いくら何でもそれはないだろうと他の者が呆れていれば、モニターに映る青年は不思議そうに首を傾げた。

 

《……ん? 急に自己紹介なんてしてどうしたんだ?》

「自己紹介じゃねーよ! つか、ちゃんと返事してんじゃねーか!」

 

 先ほどこれはただの録画映像だと言っておきながら、湊と順平の会話はちゃんと成立していた。

 煽られた事も含めて、どこか録画だ嘘を吐くなと順平は憤慨する。

 しかし、それに対して湊は改めてこれは録画で間違いないと、会話が成立して見えるネタばらしをしてきた。

 

《いや、これは確かに録画だぞ。今のは何か言えと言ったらIQの低い誰かが幼稚な暴言を吐いてくると予想して答えただけだ。だから、馬鹿と言ったのか阿呆と言ったのかまでは分かっていないからな》

「それにしたっていくら何でも会話が成立しすぎだろ。タイミングまで合っていたのはどう説明すんだ?」

《さっきまでの会話は基本的に俺がリードして会話を進めていた。最初にリアルタイムと信じた時点で何人かが様々な質問をしてくるのは容易に想像出来る。なら、それらを聞いている体で順番に説明させてくれと言えば質問してきた者もこちらの話を聞くだろう? そこからリードすれば後の展開もある程度はコントロール出来るという訳だ》

 

 説明されてみれば理屈としては理解出来た。

 確かに様々な質問が飛んできても、まずは自分の話を聞いてくれと会話をリードしていたのは彼だった。

 人の心を読めるだけでなく、他者の記憶を追体験して人格をトレース出来る彼であれば、そこからメンバーらがどういった反応をするかも予想出来ていた可能性は高い。

 しかし、今もまたしっかりと会話が成立していたせいで信じ切れずにいれば、何故だか騙していた本人がご丁寧に嘘に気付くためのポイントを解説してきた。

 

《俺が順番に説明すると言ってから、自分がした質問に俺がなんと答えたか思い出してみろ。ちゃんと質問に答えているようで、それなりにどうとでも受け取れる返答しかしてないはずだぞ》

「いや、思い返せばそうなんだけどさぁ……」

 

 普段は湊を信じようとしているだけに、嘘でしたと言われても釈然としない様子の七歌。

 まぁ、釈然としない様子なのは彼女だけではないが、悪ノリして煽ってくる時の湊であればこういった事もやりかねないと納得するつもりらしい。

 大人である栗原やシャロンは呆れつつも彼らしくはあるかと楽しんでいるようなので、恐らく彼に近い立場にいる子どもたちの方が納得しきれていないようだ。

 そうして、他の者たちが彼に振り回されて消耗したメンタルを回復させようとしていれば、画面に映っている湊はネタばらししたので話しやすくなったなと言葉を続けてくる。

 

《さて、これが録画だと信じて貰えたところで話を続けよう。今の俺は決戦の日に戻ったお前たちと封印になった自分が何を話したのかは知らない。だが、お前たちの未練を切るため“希望は残してある”といった内容の言葉は伝えるつもりだ。そして、その希望の詳細についてなんだが――――》

 

 メンタルを回復させようと気を抜いていたゆかりたちは、突然自分たちが知りたかった“希望”の内容が出てきて慌てて姿勢を正す。

 決戦よりも前に録画した映像で内容を語るのであれば、恐らく彼もそれなりに周到に準備をしてから決戦に臨んだに違いない。

 彼が残した希望の内容によっては封印の解除も具体性を帯びてくるため、無意識に前のめり気味に話を聞こうとすれば、仲間たちの想いを嘲笑うかのように映像の中の湊がとんでもない言葉を返してきた。

 

《――――これは録画だからな。未来の自分が言った事までは責任を持てないんだ。悪いな》

 

 聞いた直後、部屋の中の空気が完全に凍る。

 誰もが映像の中の青年が口にした言葉を理解したくない衝動に駆られ、けれど、煽るためか不敵に嗤っている彼の表情を見てゆかりが真っ先に再起動を果たす。

 

「はぁ?! え、嘘吐いたってこと!?」

《まぁ、エイプリルフールだからな。許せ》

「あっちは一月だったでしょうが!!」

 

 この映像を録画している時期だけでなく、希望は残してあると彼女たちに告げた湊がいたのも四月一日ではなく、一月三十一日か日付を跨いだ二月一日のはずだ。

 時の概念が曖昧だったとしても過去への扉を通じて移動したのだから、少なくとも三月三十一日よりは前なのは確実である。

 ネタばらしをしたのがエイプリルフールだから、それ以前に吐いた嘘もOKとはならない。

 何より、ここにいる者たちは彼が告げた“希望”に一縷の望みを賭けて元の世界に戻ることに決めた部分もあるのだ。

 どちらにせよ元の世界に戻る必要があったとしても、彼女たちを先へ進ませるために期待を持たせる嘘を吐いたと言われては冷静ではいられない。

 チドリは画面の向こうでどこか人を見下した薄い笑みを浮かべる青年を見つめ、いくら非常識だとしても一般的な善悪の判断や限度があることくらい分かるだろうと吐き捨てる。

 

「……流石に冗談じゃ済まないでしょ。いくら何でも吐いて良い嘘と悪い嘘があるって事くらい分かるでしょ」

《……録画時点の俺はその嘘を吐いてないからな。俺に当たるのは御門違いだ》

「同一人物でしょうが! というか、何でさっきから会話が噛み合ってんのよ!」

《そっちの声は聞こえていないが上手く返せているならお前たちの思考が読み易いだけだ。どうせ俺に対する不平不満をぐちぐちと言ってるだけだろ? 人を嘘吐き呼ばわりする前に嘘と真実を見抜く能力を鍛えた方がいいぞ》

 

 録画映像のくせに的確に見ている者たちの反応を当ててみせ、その上でどこかずれたアドバイスをしてくる彼の煽りスキルは今日も凄まじい切れ味だ。

 だが、彼の言葉と“希望”の存在を信じていた者たちにすれば、裏切られただけでなくこの上なく馬鹿にもされている訳で、普段の彼の煽りには怒ったりしない美鶴や風花ですら何か言いたそうな顔をしている。

 希望が嘘だったと聞いて素直に悲しんでいるのはコロマルくらいなもので、第三者の立場であるソフィアは綺麗な笑みを顔に貼り付けているため、湊を崇拝する立場の彼女でもこれはないと内心では考えているようだ。

 とんでもなくくだらない最低なサプライズによって場の空気は冷え切っている。

 普段は空気を読んで自分が笑われる立場になる事も厭わない順平ですら、今の場の空気を復活させるのは無理だと諦めるほどだ。

 そうして、主に女性陣の怒りが凄まじい事で、男子たちがこれをどうするんだと画面に映る青年に視線を送れば、指を鳴らして宇宙空間に偽装していた幻術を解いて部屋をEP社の私室に戻した湊が口を開く。

 

《さて、話は変わるが“希望”に相当するものは用意していない。だが、そう遠くない未来に俺は自分が現世に戻ると知っている。その時の封印の状態は勿論、どうやって現世に戻ったのかも分からない。ただ、お前たちとは別の未来人からその話を聞いたから可能性は高いと見て良いだろう》

「え、私たち以外の未来人ってどういう事? いつ会ったの?」

 

 七歌たちの認識では湊が未来人に会ったのは六月の一件だけのはずだった。

 決戦の日に共闘した事も入れれば二件になるが、それ以外に未来人に会うことなどなかったはず。

 しかし、湊は彼女たちとは別の未来人と遭遇し、さらにその未来人から自身が現世に帰ってきている事を聞いていたという。

 リアルタイム通信だと信じていた先ほどまでの感覚で思わず聞き返すが、録画された映像がそれに答えてくれる訳も無く、パソコンの前にある椅子にゆっくり腰掛けた青年はどこか悪戯に成功した事を喜ぶような笑みで続けた。

 

《ま、俺が用意出来る“希望”なんてこれくらいだ。信じるかどうかは任せる。今日はエイプリルフールだからな》

「……もう、八雲さんは本当にわたしたちの心を弄ぶのが好きなんですね。こんな風に言われてはもう一度信じるしかないじゃないですか」

 

 先ほどは裏切られたと憤慨したが、今度のこれは信じて良いような気持ちにさせられる。

 これもまた期待を持たせるだけの嘘かも知れない。ただ、その時は今回以上の怒りで彼に文句を言ってやれば良いだけだ。

 アイギスの言葉に他の者たちも苦笑しながら頷き、まだ映像が続いている事で皆の視線が画面に集まる。

 

《……未来を生きるお前たちにこれだけは言っておく。俺は自分の選択に後悔なんてしていない。同情される覚えもないし、救われたいとも思っていない。自惚れるな。お前たちはあの戦いで最善を尽した。人の身で神に挑んで何の代償もなく未来を勝ち取るなんて虫のいい話があるわけがない。今回はたまたま俺だっただけだ。そして、俺だったからこそ“希望”が残ったんだ》

 

 彼が語った通り、犠牲となったはずの青年は“希望”が残っている。

 映像を見ている者たちは詳しい事情を知らないし、それがいつの事だかもまるで分かっていない。

 それでも、他の者では不可能だったとしても、彼であればまたこの世界に戻ってきてくれるのではないかという期待がある。

 わざわざ彼女たちの罪悪感を取り除くような事まで言って、さらに不確かな“希望”を持たせて背中を押された以上、これを見ている者たちは再会の時まで前を向いて歩き続けるしかない。

 優しいのかスパルタなのか見ている者たちが苦笑していれば、椅子に座った彼が別れの挨拶をしてくる。

 

《……そういう訳で今回はここまでだ。いつかまた未来で会おう。俺は今の姿のまま歳を取らないが、お前たちはいくらか老けた姿で再会するんだろうな。ああ、それはそれで楽しみだ。結婚して子どもがいる可能性もあるし、下手をすれば孫がいる者だっているかもしれない。男連中は……天田と綾時くらいしか期待出来ないが、まぁ、金があれば何とかなる。諦めずに頑張れ。それじゃあな》

 

 言うだけ言ってそこで映像が終わり、暗転した画面には『最初から再生しますか?』という表示が出てくる。

 別れの挨拶が暗くならないよう気を遣ったのかもしれないが、あんな締めの言葉で本当に良かったのかよと順平や真田は呆れ顔で愚痴を溢した。

 

「最後に盛大にディスられたオレっちらの立場よ」

「お前と同列に扱われた俺の立場を考えてみろ。やつが死人じゃなければ顔を殴っているところだ」

 

 場の空気は元に戻って穏やかになったというのに、最後の挨拶でお前たちは未来でも恋人一人作れずにいるんだろうなと同情された事で順平たちの心にはしこりが残った。

 加えて言えば、先輩組はお互いに順平よりはマシだろうと思っていた部分もあるので、自分たちより明らかにモテていた青年から同列扱いを受けた事で新たな争いの火種が生まれた形だ。

 ただし、そういった不毛な争いをここで始めるわけにはいかないため、荒垣は湊から太鼓判を押された二人を褒める方向にシフトする。

 

「天田と望月は良かったな。あいつから見てお前らは望みがあるらしい」

「まぁ、僕は肉体のベースが湊だからね。見目は整っている自覚があるよ」

「えっと、僕は先輩たちもカッコイイと思ってますよ。世間的な人気じゃ有里さんに敵わなくても、真田さんなんてファンクラブもありましたし」

「ああ。だが、高校を卒業したら解散だからな。ファンクラブの存在は高校時代を讃えるトロフィーの一つみたいなものでしかない」

 

 いくらファンクラブがあったとしても、それは月光館学園内の物で大学まで続くものではない。

 湊のファンクラブのように全国展開していれば違ったかもしれないが、卒業して出ていく彼にとってファンクラブの存在はあくまで思い出の一つに過ぎなかった。

 そうして、男子たちがお互いに慰め合ったり、時にマウントを取り合ったりしていると、ここへ来た目的は達成したとソフィアたちが椅子から立ち上がった。

 

「さて、では映像も見終わりましたし。わたくしたちはこれで失礼いたします」

「んじゃ、私もこれで帰るとするかね。あんたらは今日はここに泊まっていきな。桐条グループからそういう許可も出てるから。それとディスクの複製は別に禁止されてないからコピーなら渡せるよ。ま、あんなドッキリは初回限定だから次は一人で話し続ける湊が見られるだけだけどね」

 

 ソフィアたちに続いて栗原もデッキから取り出したディスクを回収して帰ろうとする。

 不思議な紋様などはそれらしく見せるただのデザインだった事も判明したので、彼が残したものとしてコピーを作っても問題はない。

 その場で希望者を確認してメモすると、出来たら連絡するとだけ告げて栗原も帰ってしまった。

 後には特別課外活動部のメンバーたちが残るが、彼女たちも最後の扉の番人やエレボスと戦ってそのまま元の世界に帰ってきたため非常に疲れている。

 色々と話したい気持ちがあってもまともに頭が働くとは思えないため、今日はこのまま解散して部屋で休むことになった。

 

 そして翌日、本来は組織の解散と共に回収する予定だった召喚器は、再び事件に巻き込まれた時の保険として各自で所持し続けることがその場で決まった。

 何せ湊が自分たちとは別件で未来人に会っているのだ。何の事件も起きていないと言うには無理がある。

 その対処に自分たちが駆り出されるかは分からないものの、巻き込まれたときの事を考えればこの選択は間違いではない。

 加えて、湊の馬鹿なサプライズのせいで半信半疑だった彼女たちは、結局、湊の言っていた“希望”を信じて未来に歩き出す事に決めた。

 いつ再会するのか、どうやって戻ってくるのか、分からない事だらけだが仕事を終えて戻ってくる彼と会うのにだらしない姿は見せられない。

 どうせなら一回りも二回りも成長して見返してやろうと全員が同意して笑っていた。

 そうして、二〇一〇年四月一日に特別課外活動部は正式に解散し、巌戸台分寮は静かに閉鎖される事となった。

 




2022年3月27日(日)にポロニアンモールのモデルとなったお台場ヴィーナスフォートが閉館しました。
今後のペルソナシリーズで現代や近未来の東京が登場するのなら、跡地に建設予定の多目的アリーナも出資が桐条グループといった形で作品の繋がりを感じる小さなファンサービスがあれば良いなと思います。
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