???――ベルベットルーム
「再びお目にかかりましたな」
そんな声が聞こえて瞳を開くと、八雲はベルベットルームの椅子に座っていた。
テーブルをはさんで向こう側には、以前と同じように椅子に座ったイゴールとベルベットルームの住人たちが佇んでいる。
あのタルタロス探索から一日が経過し、明日から自身の肉体を改造するというこのタイミングで、なぜ自分がここにやってこれたのかは分からないが、八雲は丁度良いとして彼らに話しかけた。
「そっちはこっちの事情とかも理解してるんでしょ? だから、単刀直入に言うけど、俺に戦い方とペルソナについて教えて欲しい」
「ふむ、お客様が今お持ちでいらっしゃるペルソナならば、大概の敵を倒す事が可能だと思いますが。それでは足りないと?」
「俺のペルソナには探知能力も無ければ、傷を癒すための力もない。なら、さらにペルソナを増やしてその力を得れば良いと思ったんだ」
普通のペルソナ使いならばペルソナは一人につき一体ということで、その能力を伸ばす事で新たな力を得るしかない。
しかし、八雲はワイルドと言う複数のペルソナを使役する能力を持っている。
よって、いま所持しているペルソナで新たな力を得るよりも、その力を持っているペルソナを扱えるようになれば良いと考えたのだ。
確かに、鍛える事でペルソナが新たな力に目覚めるにはかなりの時間が必要になり。それをするよりかは、他のペルソナを得る方が簡単ではある。
イゴール自身も、効率を考えるのであれば八雲の考えの方が正しいと思えた。
けれど、ペルソナとは自身の心の内に潜むもう一人の自分。
たった一体のペルソナを扱うだけでも、他の者は制御剤に頼らなければならないというのに。それをさらに増やしていけば、八雲も他の者のようにペルソナを制御できなくなる恐れがあった。
「……今の貴方では持てても六体が限度でしょうな。戦い方に関してはお客様の肉体が戦えるようになってから教える事にしましょう。今日のところは新たなペルソナの得方、それとペルソナの合体と言うものをお見せしようと思います。テオドア、お客様を部屋まで案内しなさい」
「畏まりました。では、八雲様。ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
そういってテオドアは八雲の席までやってくると、手を差し伸べて椅子から下りるのを手伝い。そのまま、数多ある扉のうちから一つを選び、その奥へと案内した。
――大広間
テオドアに手を引かれてやってきたのは前回やってきた場所とは別の部屋だった。
天井や壁と言ったものがなく、空は青ではなく白、地面はどこまでも続く荒野となっていた。
そんな空間にポツンと佇む扉からエリザベスが遅れて入ってくると、八雲に笑顔を向けて隣までやってくるなり頭を撫でる。
急にそんな事をされて少々驚く八雲だったが、当の本人は気にした様子もなく話し始めた。
「ペルソナを得るには心が大きく変化するか、シャドウと戦う事で可能性の芽と出会う必要があります。そして、ペルソナの合体には多くのペルソナが必要となりますので、この部屋にシャドウを放ち、それらと戦う事でペルソナを得て頂こうという次第でございます」
「わかった。まだ俺自身は動けないからペルソナで戦うけど良いよね?」
「ええ、勿論でございます」
戦闘に関して類い稀なセンスを持っている八雲だが、今現在は身体のせいでそれらは封じられている。
しかし、それでも戦うしかないとなると、当然、ペルソナによる力押しの戦い方が基本となる。
エリザベスにルールの確認を終えた八雲は、死神のカードを掌の上に具現化させるとそれを握り潰し。死の神を呼びだした。
「準備は宜しいですね? では、先ずは小手調べに魔術師“マジックハンド”を三体ほどお相手して頂きます」
《グララ……》
言ったテオドアの隣に現れた赤銅色の扉が開くと、渦巻く銀色の境面から水色の仮面をつけた頭部に手の形をした胴体を持ったシャドウ、魔術師“マジックハンド”が三体出てきた。
シャドウが現れてからも、扉の中に存在する鏡面は向こう側が一切見えない不思議な作りのまま渦巻いている。
それを見た八雲は、タルタロスの二階へ上がるゲートに似た物なのだろうと当たりを付け。視線をシャドウらに戻すと、袈裟切り、横薙ぎ、刺突と一体につき一撃を見舞う事で、敵を全て黒い霧へと変えた。
「ん? この頭の中に浮かんでるカードを選べば良いの?」
「はい。私共には見えておりませんが、それが八雲様の出会った『可能性の芽』でございます」
説明を聞いている最中も八雲の頭の中では、三枚のカードが衛星の様な軌道でグルグルと回っていた。
どのカードが良いかは分からないが、とりあえず目の前に来た一枚に手を伸ばして捲るイメージを抱くと。それが現実に起こり、八雲の手には一枚のカードが握られていた。
「……女教皇“アプサラス”。これが新たにペルソナを得るってことか、自分の中にペルソナが増えたのが分かるよ」
「フフッ、では続けて参りたいと思います」
手に入ったカードを光にして消す八雲に笑いかけるテオドア。
そして、テオドアの言う通り、再び扉の鏡面が揺れると、今度はピンクの仮面をつけた黒い小さな天使のようなシャドウ、恋愛“狂愛のクビド”が三体現れる。
さらに敵は、出てきて直ぐに八雲に向けて持っていた弓で矢を飛ばすが、それらは顕現し続けていたタナトスによって全て叩き落とされた。
その光景を冷静に見つめながら、精神エネルギーを練っていた八雲は静かに呟いた。
「……タナトス、メギドだ」
《グルォオオオオオッ!!》
練り上げられた精神エネルギーはタナトスによって魔力に変換され、変換された魔力は咆哮するタナトスの手の先より放たれる。そして、それらは力の奔流となって全ての敵を飲み込んだ。
敵を飲み込んだ攻撃の余波で地面と大気が震え。濛々と砂塵が巻き上がるが、見ていたエリザベスによって支えられ八雲は倒れずに済んでいた。
そうして、視界が戻り始めるころに、再び頭の中でカードが回転していた。
先ほどのやり方を思い出し、八雲は再び一枚のカードを捲るようイメージする。
「小アルカナ“コイン”か。ゴメン、エリザベス。これ預かっといて。テオドアは、次をお願い」
『承知いたしました』
大きく一枚のコインの描かれたカードが光となって消えると、八雲の手の上に七百円が現れていたので、それをエリザベスに渡すと今度はテオドアに次の相手を頼む。
そうして、頼まれたテオドアがシャドウを呼ぶと、突如タナトスが扉へと疾走を始めて向かって行った。
右手に持った剣を振り上げながら扉へと向かったタナトスは、鏡面を揺らして現れたばかりのカブトムシ型のシャドウ、皇帝“死甲蟲”に向けてそれを振り降ろし。角の先から真っ二つに切り裂く。
シャドウを呼んだばかりだったテオドアは、その一瞬の事に少々驚くがタナトスの潜在能力はエリザベスに見せてもらったペルソナ全書で既に知っていた。
そのため、ペルソナを自在に使役する八雲であれば、この程度は簡単にこなしてしまうだろうと納得する事にした。
「戦車“アラミタマ”。色んなアルカナがいるんだね」
「はい。タロットの大アルカナに対応していまして、愚者から永劫までの計二十二種になります」
「へぇ、そんなにあるんだ」
新たに手に入れたカードの他、顕現させているタナトス以外のカードも出して掌の上で回転させる八雲。
話を聞きながらのその行動に年相応な幼さを見て、力の管理者である二人は思わず笑みを浮かべた。
しかし、途中で八雲はその三枚のカードを掴んで遊ぶのを止めたため、気を取り直して己の役目を果たす事にする。
「では、ペルソナも集まりましたので、一度ベルベットルームに戻りましょう」
「わかった」
そうして、シャドウを出していた赤銅色の扉が消えていくのを見ながら、三人は入ってきた銀色の扉から部屋へと戻ったのだった。
――ベルベットルーム
部屋へと戻ってきた八雲は椅子に座ると、テーブルの上に三枚のカードを置いた。
愚者“オルフェウス”、女教皇“アプサラス”、戦車“アラミタマ”のカードを渡されたイゴールは興味深そうに笑みを深めると、それらを手に取り、口を開く。
「ホッホッホ、やはりお客様は素晴らしい素養をお持ちのようだ。“ペルソナ能力”とは“心”を御する力……“心”とは、“絆”によって満ちるのです。他者と関わり、絆を育み、貴方だけの“コミュニティ”を築かれるが宜しい。“コミュニティ”の力こそが、“ペルソナ能力”を伸ばしてゆくのです。よくよく、覚えておかれますよう」
そんな風に言い終わると、イゴールの持っていたカードは宙に浮き、現れた複雑な魔法陣に正三角形に配置された。
そして、カードと魔法陣の光がひときわ強くなった時、イゴールが腕を一閃させると三枚のカードが光を纏ったまま魔法陣の中心で融合した。
《ヒッホー!!》
「ふむ、魔術師“ジャックフロスト”。これがお客様の新たな力ですな」
融合したカードから勢いよく飛び出してきた雪だるま型のペルソナ、魔術師“ジャックフロスト”はテーブルの上でキョロキョロと辺りを見渡すと八雲を見て嬉しそうにピコピコと変わった足音で近寄る。
そして、子どもが抱っこを強請るように両手をやや広げて伸ばしてきたので、八雲はそのぬいぐるみ大の小さなペルソナを抱こうとした。
しかし、そこで考える。今の自分の非力な腕で重さも分からない相手を抱き上げることが出来るのだろうかと。
目測で身長約三十五センチ。これは帽子の分を除いた高さだが、自分で動けるということはぬいぐるみよりも動物の子どもの重量に近いと考えた方が良いだろう。
抱き上げるために手を伸ばしかけてから思考を終えるまでにこの間僅か一秒。
そうして、自身で抱き上げることの危険性を考えた八雲は高同調状態でタナトスの腕だけを顕現させ、テーブルに乗るジャックフロストを自分の膝の上に移動させた。
ペルソナの部分具現化など実際に出来るかどうか不安だったが、どうにか成功できた安堵と膝に座り嬉しそうに「ヒホヒホ♪」と歌っているペルソナをみて、八雲は笑みをこぼした。
「呼びだしたばかりだというの良く懐かれていますね。しかし随分と小さなジャックフロストだ。突然変異種でしょうか?」
「普通はどれくらいなの?」
「ペルソナ全体で見ますと小型に分類されますが、およそ五十センチから七十センチ程度が平均かと。ですので、八雲様のジャックフロストは二周りほど小さいですね。差し詰め、プチフロストと言ったところでしょうか」
「ふーん」
テオドアの話を聞きながら自分の膝の上に座るジャックフロストに視線を移す。
確かに小さいペルソナだとは思っていたが、エリザベスの召喚したピクシーの方が小さかったのでジャックフロストも小さいものなのだと思っていた。
しかし、ペルソナに詳しいテオドアがいうには目の前のジャックフロストは普通よりも小柄なのだとか。
とはいえ、小柄だと弱いのかと言えばそうではなく、軽くて持ち運びがしやすいなどのメリットもある。
なので、八雲はこの小ささは欠点ではなく個性だとして気にしない事にした。
「じゃあ、お前はプチフロストだ。エリザベスもそう登録しておいて」
《ヒホ?》
「畏まりました」
エリザベスがペルソナ全書のジャックフロストの次のページに栞を挿み、その栞を指でなぞると新たなページが現れる。
そして、八雲の元までやってくると、プチフロストに指で一度触れカードに戻し。プチフロストのカードを登録するためページに挿んだ。
カードを挿んだペルソナ全書は薄っすらと発光すると、それで登録が終了したのか再び本を開き。カードとなったプチフロストは八雲に返された。
「登録ってなんかアナログなんだね」
「ご希望でしたら“ハイテク”な登録もご覧にいれますが?」
「どうやって?」
「こうやってで御座います」
言うなり、エリザベスはペルソナ全書から栞を抜き取り、そのままペルソナ全書を発光させて消してしまった。
続いて、先ほどページを増やしたときのように栞をなぞると、今度は空中に淡い光の球が現れ。エリザベスの手へと降りてくる。
そして、光が治まったときには、エリザベスの手にはやや丸い形のノートパソコンが現れていた。
「こちら、COMPと申しまして、本来ならば悪魔を管理する道具でございます。けれど、ペルソナも似たようなもの。ですので、図鑑として管理するにはなんら問題ありません」
「へぇ。けど、悪魔って何? 実在するの?」
「ええ。ですが、それはまた別の世界のお話。この世界の住民である八雲様は知っても意味がありません。ですので、あまり興味を持たれぬようお願いいたします」
いくら精神年齢が年齢不相応に高いと言っても、流石に未知の存在が実在すると言われて興味を持つなと言われても無理な話だ。
どうにか自分もその悪魔とやらの事をもっと知ることは出来ないかと考えを巡らせながら、八雲はタナトスのカードを取り出すと登録をするふりをしてCOMPに触れようとしてみた。
「登録はこちらでやりますので、カードのみをお渡しください。お触りは厳禁でございます」
冗談の様な口ぶりだが、エリザベスは至っていつもと変わらぬ表情でカードを受け取り、COMPの側面に開いたフロッピーディスクの差し込み口の様な場所にカードを入れた。
そして、今度は栞をUSBメモリ代わりに別の小さな差し込み口に入れると、それが始動キーとなっていたのか画面が立ち上がり登録が始まる。
チラリと見えるCOMPの画面にはペルソナ全書と同じタナトスに関するデータが表示されているのだが、上手く見えない八雲は催促するようにエリザベスの服を引っ張った。
「見えない」
「……見ても分からないと思いますが?」
「俺のペルソナだよ?」
それを言われてしまえばエリザベスとしても困ってしまう。
しかし、普通の人間が触れて良いものではないので、どうすべきか主であるイゴールに視線だけで判断を仰ぐと、イゴールは少々の間を置いて頷いた。
「わかりました。ですが、不要な操作はご遠慮ください。タナトスのカードは抜いても構いませんが、白金細工の栞にも御手を触れないようお願い致します」
「うん。これ、どうやってみるの?」
「基本的には現実のパーソナルコンピュータと同じ使用法でございます。タッチパッドでポインタを移動させ、画面上部にあるローマ数字を選ぶ事で対応するアルカナのペルソナを一覧表示するようになっております」
「ふーん……」
生返事だが説明を聞きながらテーブルに置かれたCOMPを操作してゆく八雲。
No.0の愚者の一覧には既に合体で使ったオルフェウスの情報が載っており、隣のNo.1の魔術師の一覧には登録したばかりのプチフロストが載っている。
自分の中にいる状態であれば少し集中すれば耐性や弱点、スキルと言ったものも自然と理解できるのだが。感覚的に捉えるのと視覚的に理解するのでは違った感想を抱いた。
そうして、まだ登録数の少ない自分のペルソナ全書を見終わると、タブの影に隠れるようにポツンと置いてあるアイコンが目に入った。
(GATE? なんだろこれ……門?)
渦巻く銀色の円形のアイコンには『GATE』という名がつけられており、どこかシャドウらが出てきた扉を連想させた。
八雲はこのGATEというアイコンを開いてみたいという欲求にかられた。だが、現在も横ではエリザベスが目を光らせているので滅多な事は出来ない。
しかし、もしもこれが先ほどの話に出てきた『悪魔』という存在を呼び出すものならばと強い好奇心が湧いた。
(チャンスは一度きり。尋ねるフリをしてそのままタップすれば……)
そう考えて、八雲は一度エリザベスの方へと振り向くと、声をかけた。
「ねえ、エリザベス。これなぁに?」
「どちらでございますか?」
「えっと、これだよ」
「っ!? それを開いてはなりません!」
普段の落ち着いた余裕のある様子から一転、本当に焦った様子でエリザベスが手を伸ばして制止するよりも早く、八雲はアイコンの上にカーソルを合わせ。タッチパッドを二度タップする事に成功した。
そして、アイコンが開くまでの砂時計が表示されると画面が眩い光を放つ。
エリザベスは八雲に覆いかぶさるようにしながらCOMPのキーを叩いて、操作を中断しようとするが全く操作を受け付けず。アイコンが開くのを止めることは出来なかった。
「……フゥ、仕方がありませんね」
諦めたように呟いたエリザベスは、画面の輝きが強くなるのを見ながら八雲を抱き上げるとCOMPから離れた。
抱きあげられた八雲は一体どうなるのだろうと思いつつ画面を見つめていると、ついにGATEのタブが表示された。
開いたタブに表示されているのはアイコンと同じ銀色の渦。
しかし、こちらはアイコンと違って現在も不規則に渦巻いており、先ほどの赤銅色の扉に近いものだった。
「あれは悪魔をこの人間界へと呼ぶためのゲート。悪魔召喚の儀式と違い完全にランダムで呼びだすため、私共でも何が出てくるかは分かりません。それと、八雲様の頭脳を持ってすればあれが召喚の為のものであることは容易に推察できていたはずなのですが、一体何のためにあのような事をされたのか……御聞かせ願えますか?」
表情はいつもとほぼ同じ。いや、やや呆れている様子のエリザベスは、抱き上げているため直ぐ近くにある八雲と視線を合わせながら尋ねる。
しかし、呆れている様子であっても器用に冷たい怒りのオーラを出しているため、逃げられない八雲は生命の危機を感じていた。
「……知的好奇心から、かな?」
「好奇心は猫をも殺す、というイギリスの諺が元となっている言葉はご存知ですか? 悪魔は根本的に人間界の生物とは異なります。もし、我々の手に負えない者が現れれば人間界に災いが降りかかることもあり得るのですよ?」
「……うん。けど、大丈夫みたい」
エリザベスに叱られながらもゲートを見つめていた八雲が呟くと、ゲートからは何か黄色い獣の耳の様なものが出ていた。
だが、その耳は一度引っ込むと、今度は短い足の様なものが恐る恐ると言った感じで出ている。
イゴールとテオドアの方からは画面の向きで何も見えていないようだが、見えているエリザベスとアイコンタクトをとって大丈夫なことを確認すると、動向を見守る事にした。
《メー、メチ?》
「なにあれ?」
「八雲様の呼びだした悪魔で御座います」
現れたのは黄色い卵型の身体から直接、耳と手足が生えた奇妙な生き物だった。
大きさは先ほどのプチフロスト程度で、COMPの画面から出てきてテーブルに乗ると、キョロキョロと辺りを見渡している。
そして、エリザベスに抱きあげられている八雲と目が合うと、嬉しそうに鳴いてテーブルから八雲目がけてダイブした。
《メッチー!!》
「……タナトス、キャッチ!」
《メチィッ!?》
突如現れた死の神に掴まれた黄色い生物は怯えた様子で丸まる。
だが、八雲も別に悪魔を倒すために捕まえた訳ではない。先ほどのプチフロストのときと同じく、自分自身で抱けるか心配だったのでペルソナを使ったのだ。
なので、キャッチすると、そのままタナトスに自分の元まで連れて来させ。数秒観察してから、ぬいぐるみを抱くように受け取った。
「エリザベス、これなんて種族?」
「『メッチー』と申しまして、魔界のペット悪魔でございます。本来ならば呼びだし、交渉することで仲魔とするのですが、そのご様子ですと必要はなさそうです」
言いながらメッチーを抱いている八雲を椅子まで連れていき、既にゲートの閉じたCOMPを操作して悪魔図鑑を表示するエリザベス。
そこにはメッチーという種族の説明と耐性と弱点、覚えているスキルが表示されており。八雲は見た目よりも優秀なスキルを持っている事に驚く。
「お前、回復スキル使えるんだ。ふーん、雷撃属性ね」
《メッチー!》
「この子を連れていきますか? ペルソナとは違い、独立した自我を持っているのでカードには出来ませんが」
「そう、だね。俺のペルソナは回復スキルを持ってないから、一緒に行けるならお願いしたいな」
今の八雲にとって回復スキルはかなり魅力的な魔法だ。自分の肉体を改造すれば、その手術の傷が塞がるまでは無理が出来ない。
だが、もしも回復スキルがあれば直ちに傷を塞ぎ、体力が続く限りは次の手術や訓練をする事が出来る。
チドリを守るため少しでも早く強くなりたい八雲にはメッチーの力は最も望んでいたモノだと言えた。
そんな八雲の意思を理解したのか、エリザベスは起動していたCOMPをシャットダウンし白金細工の栞を抜き取り、続けてCOMPを光にして消す。
そして、抜き取った栞を指でなぞり新たな光の球を取り出すと、それを八雲の左手首へと纏わせた。
興味深そうにエリザベスの行動を見ていた八雲だったが、光の治まった左手首には黒いベルトのウェアラブルコンピュータが巻かれている事に気付くと、驚いた表情のままエリザベスを見上げていた。
「フフッ、これはCOMPの一種でEvilデヴァイスと申しまして、省略してEデヴァイスと呼ぶ事もございます。仲魔となった者はその端末に登録し、好きなときに呼び出せるようになります。ですが、仲魔と言っても所詮は悪魔。一種の契約によって力を貸しているに過ぎません。ですので、契約の対価を払う事を覚悟しておいてください」
「でも、こんなの貰っちゃっていいの?」
「大変貴重な物ですから、本来ならば御譲りする事は出来ません。ですが、八雲様はペルソナ使いとしての素養だけでなく、悪魔召喚師の素養も持ち、既に一体の悪魔を使役している。ならば、私はその手助けをするだけでございます」
自分自身を知りたいという願いを抱いているベルベットルームの住人にとって、客人とは自分が何者であるかを知るための可能性。
そして、歴代の客人らを超える程の可能性を秘めている八雲は、エリザベスにとって自分が何者であるかを教えてくれる存在まで成長する確信があった。
よって、先ほどまでは悪戯で悪魔を呼び出した八雲を母親のように窘めるつもりだったが、いまの心境はむしろ才に恵まれた八雲を出来得る限り後押ししようという気持ちだった。
「……ありがとう。でも、貰ってばっかりだと悪いから、いつかエリザベスに何かお返しするね」
「はい。そのときを心待ちにしています」
八雲が言ったのはプレゼントを贈るという意味だったが、エリザベスは自分と戦えるまでに成長することだと受け取った。
その食い違いのせいか八雲は妙な寒気を感じながらも、貰ったEデヴァイスを起動させタッチ操作で機能を確認して気のせいだと思う事にした。
「……ペルソナ全書の機能も搭載してるんだ。それに電話とメール機能もあるんだね」
「はい。ペルソナ全書はサーバと繋がっているような状態ですので、八雲様がご自身で登録・更新されれば私の方でも上書きされるようになっております。それから、ご利用に為られない時は『DEAD』の掛け声で待機状態としましてリストバンドに出来ます。また呼び出される際は『SET』の掛け声で呼び出せますので、状況に応じてご使用ください」
「へぇ、凄い便利なんだね。それじゃあ、メッチー。また後で呼び出すから、一回戻っておいて」
《メッチー!》
エリザベスの説明を聞きながら早速試してみようと考えた八雲は、先にEデヴァイスで送喚プログラムを起動させゲートを開いた。
そして、テーブルの上に移動していたメッチーは、呼ばれると素直にEデヴァイスの上に出現したゲートに飛び込み魔界へと帰っていったのだった。
「あとは……DEAD!」
教えられた掛け声をすると、Eデヴァイスは光に包まれリストバンドになっていた。
「うわ、本当にリストバンドになった。どんな技術なんだろ?」
現代科学では考えられない機能に驚かされながらも、リストバンドになったEデヴァイスを撫でながら八雲は顔を上げた。
そう、そろそろ眠気が襲ってきたため、今回の会合は終わりを迎えようとしているのだ。
「さて、先ほど私がやってみせたのはトライアングルスプレッドという三身合体です。他に、二身合体のノーマルスプレッド、四身合体のクロススプレッド、五身合体のスタースプレッド、六身合体のヒランヤスプレッドがございます。ですが、四身以上の合体はまだお客様の力が足りませんので、そのときが来れば解禁とさせていただきます」
「わかった」
「では、そろそろお時間のようですな。最後にこちらをお持ちください」
そう言ってイゴールは手をかざすと、そこに青い光が集まり鍵の形となった。
一体何に使うのだろうと思っている間に、その鍵は八雲の前までやってきて宙に浮いている。
他の者も黙ってそれを見ているので、浮いている鍵を掴むと鍵は強く輝き消えてしまった。
「……? どうなったの?」
「お客様は鍵の所有者として選ばれたのです。今後は必要なときにペルソナカードのように呼び出せば、元の形に戻ります。夢ではなく、現実からここへ入るには必要となりますので、使うタイミングになれば自然と鍵の方から呼びかけてくるでしょう」
言われて直ぐに鍵を呼び出すと、確かに先ほどイゴールがやったように青い光が集まって鍵となった。
イゴールと従者の二人はそれを満足気に見つめ、現実世界の肉体が覚醒しようとしているためか急な眠気に襲われ始めた八雲に別れの言葉を告げる。
「フッフッフ、またお会いしましょう。それでは、御機嫌よう」
イゴールの笑い声を聞きながらそこで八雲の意識は完全に途切れたのだった。