――ハルーフ・市場
ナタリアに言われて町行きの準備を終えた湊を待っていたのは、通常のヘリではなく大型輸送ヘリCH-47という、背の低いハンヴィーならば二台積み込めるような代物だった。
通常のヘリと大型輸送ヘリでは操縦方法も異なっているので、日本ではまず使わない物の操縦を教えてきたことに、湊は騙されたと小さく機嫌を損ねた。
だが、出発の直前に文句は言えないので、都市部の飛行場に向かう途中にアトラクションのコーヒーカップを思わせる回転により、他の搭乗者も巻き込んでの復讐を成功させた。
副操縦席にいたヤンはシートベルトで席に固定されているので軽症で済んだが、後ろに積まれたハンヴィーに分かれて乗っていた者たちは、操縦席よりキャビンの方が遠心力が強くなるため、飛行場に着いたときにはグロッキー状態となっており。普段は何かと優しい通信兵のバーバラでさえ、青い顔で「当分、恨みます」と告げてきた程だ。
しかし、少し休めば症状も回復したため、湊はレベッカの案内で観光、ナタリア・イリス・ラース・チャド・グリゴリーは兵器類の補充、ヤン・バーバラ・セルゲイ・パトリック・カルロ・ジーナは食料を含めた生活備品の発注へと分かれた。
車は二台、グループは三つ、観光しようにも市場などは空港から離れた場所にあるため、自分たちはどうやって移動するのかレベッカはナタリアに尋ねた。
すると、湊がバイクを持っているのだから、それで良いではないかと告げて、薄情にもメンバーは去って行ってしまう。
そうなれば、タクシーを使うなんて勿体ない事はしたくないので、レベッカは湊にバイクを出す様に言って、後ろに乗ったまま道案内をしてハルーフという町の市場にやってきたのだった。
「ここがこの国ラナフで一番有名な市場よ。ごちゃごちゃしてるけど、活気があるでしょ?」
「……スリが多いんだな」
「あんたが目立ち過ぎなのよ。というか、髪は縛っておいた方が良いわよ。動くときに邪魔になるし」
建物の陰でバイクをマフラーに仕舞って市場に来るまでに、湊は五人のスリに出会った。
相手がポケットに手を入れかけた瞬間、顔面に拳を叩き込んでやったが、鼻血を出してのびている姿を憐れに思ったので、湊は相手の口にこの国の最小通貨である一フェン硬貨を入れておいた。
この国の通貨は紙幣のデルト、硬貨のフェンで成り立っており、『一デルト=百フェン=約三十円』となっているため、流石に一フェンを貰ったところでどうにもならないが、命を狙いに来ない限り、湊はそれなりに犯罪者にも寛容だった。
そんなどこかのんびりした考えの湊にやきもきしたのか、レベッカは自分の手に付けていたヘアゴムを一本取ると、そのまま湊の長い髪を高い位置で縛ってエセ侍風のポニーテールにしてしまう。
余程、変な髪型にされない限り、邪魔そうだからと髪を纏められても湊は怒ったりしない。
だが、目付きの鋭さも相まって、そのエセ侍風の姿は、以前に読んだ日本の漫画に出てくる、頬に十字傷のある人斬りの京都時代をレベッカに想起させた。
そして、ストレートと癖毛で髪質は違うが、湊とレベッカは双方ともルックスは整っているため、お揃いの髪型にしたことで余計に注目を浴びるようになった。
けれど、市場の喧騒で周囲のざわつきに気付いていないレベッカは、ずっと気になっていた湊の髪を結べたことにスッキリしたようで、爽やかな笑顔を浮かべている。
「それで、何する? あんたの趣味とか知らないから、どこに連れていけば良いか分からないんだけど」
「……先に昼食がいい」
「ああ、あんた馬鹿みたいに食べるもんね。動いてない日も食べてるし、どこに栄養いってんのかしら? 身長いくつだっけ?」
湊が食事を済ましたいと言ってきたため、レベッカは人混みの中を進みつつ、後ろをついてきている湊に身長を尋ねる。
こちらに来たばかりの湊は、レベッカと同じくらいか少し低いくらいであった。だが、一月半も経つといつの間にか背は抜かれてしまっていた。
既に二十歳でほとんど身長の止まっているレベッカに対し、湊は成長期真っ盛り。ならば、よく食べて、よく運動し、よく寝ている湊がすくすくと育つのも頷ける。
そのため、相手が年下であっても身長の差に特に悔しさなど感じず、レベッカは湊が答えるのを静かに待った。
「この前、イリスに測らされたときは一六七センチだった」
「ふーん。成長期だし、そのままのペースだと一七〇後半はいきそうね。あたしの結婚相手の条件は一七五センチ以上だから、憧れのお姉さんに結婚して欲しかったら最低ラインは超えなさいよ」
「……狭い路地は随分と荒れてるな」
フフン、とどこか得意気に話しているレベッカを無視して、湊は建物と建物の間の路地に視線を送って呟いた。
興味のない事や相手に関わるのが面倒なとき、湊は勝手に話題を別の物へと切り替える。レベッカに憧れなど抱いたことはないし、そもそも異性として意識すらしていない。
故に、無駄な話をするよりも、日本とは大きく異なった町の様子に興味を示す方が、実に湊らしい態度に思えた。
たった一月半の付き合いでも、湊と関わる機会の多かったレベッカは表面的には相手のことを理解している。
なので、どうしてこうも自分勝手なのだと呆れつつ、一応、相手は中学生だと諦めて、荒れた様子の路地について説明してやることにした。
「これがこっちでは普通なの。見たまんま貧富の差って言えば分かり易いわね。ここはまだ宗教色が薄い土地だけど、カースト最下層なんて犯罪に手を染めなきゃ物乞い以外に生きていく方法がなかったりするわ」
活気のある大通りのすぐ脇、たった一本路地に入るだけだ。
それだけで、まるで無気力症の影人間のように、生きているのか死んでいるのかも分からない者らが、力なく壁にもたれて座り込んでいる。
衣服は身に付けているが、一体いつから同じ物を着続けているのかと思うほど、ボロキレにしか見えないそれは、泥や土の色で染め上げられていた。
今にも死にそうな子どももいる。だが、大通りを歩く者たちは、誰一人として見向きもしていない。
助ける方法がないと分かっていて、何をしても無駄だと諦めているのか。レベッカの言う通り、日常の一部として野垂れ死ぬ者を受け入れているのか。
誰も助けようとしていない時点で、子どもだけでも助けられないかと考えている湊がここでは異端だ。
しかし湊は、助けようとする自分、こんな物を現実として受け入れている者たち、そのどちらがおかしいのか、またどちらが正しいのか分からなくとも、これを受け入れることなど自分には無理だと思った。
そんな気持ちが気配として出てしまっていたのだろう。普段の気だるげな表情を強張らせていた湊の手を、前を歩いていたレベッカが掴んでくる。
「助けちゃ駄目よ。あの人たちはあのまま死ぬの。あんたが自己満足のために一度助ければ、相手は“また、もしかしたら”っていう希望を持ってしまう。もう誰も助けてくれないのに」
「お前はこの状況が普通だと思っているのか?」
「恵まれた日本の価値観で語らないでよ。これが普通と思ってるか? そんなの異常だと思ってるに決まってるじゃない。でもね、ここではこれが“日常”なの」
ムスッとした表情でそれだけ言って、レベッカは湊の手を掴んだまま前を向いてしまった。
生まれ育った国は違っていても、この国で長く暮らしている彼女ですら、今現在のこの国の状況は異常だと感じている。
だが、そんなものが日常になってしまっている以上、一市民でしかない者たちにはどうする事も出来ないのだ。
助けないのは、せめて苦しまずに死なせてやるため。小さな希望を抱いてしまったばっかりに、より大きな絶望を感じたまま死ぬのはあまりに可哀想だから。
相手の掴む手の強さから、レベッカ自身の苦悩を感じて取って、湊は自分の向けた軽蔑は間違いだったと先ほどの言葉を謝罪した。
「……済まない」
「謝んな、バカ。あんたは正しいわよ。ただ、正しさだけじゃ人は救えないの。復讐代行なんて依頼も受けてるあんたなら、そういうのも分かるでしょ」
そう言ったきり、レベッカは目的地に着くまで黙ってしまった。
湊もあまり自分から話す方ではないため、周りの活気とは対照的な暗い雰囲気が、人混みを進む二人を包んでいた。
***
息抜きのため、気を利かせて二人を観光に送り出してやった保護者たち。
二人が手を繋ぎながらも一切喋らず町を歩いているなど知る由もなく、兵器類補充の一行は、イリスの用事を済ませるため、とあるガンスミスの工房にやってきていた。
「なにも、万能な銃を作れって言ってる訳じゃない。それぞれ対極なコンセプトにすることで、隙のない構成に出来るだろって言ってんだ」
オーダーメイドの銃を作って貰おうと、自分の要望を書き込んだ紙を相手に見せつつ、イリスは説明する。
だが、机を挟んで向かいにいる額にゴーグルを付けた鼻の赤い老人は、ゲンナリした様子でそれに返した。
「じゃから、コンセプトを対極にしたところで、ハンドガンでは限界があると言っとるんじゃ。なんじゃ、このハンドキャノンと無限銃とは。威力と連射性ならそう書かんか」
「分かり易いだろうが」
「フン、それならデザートイーグルとファイブセブンでも使っておれ。お前さんの要望は満たしとるじゃろ」
老人はそう答えて、イリスの要望書をつき返した。
この老人の名はテッド。他の者からはテッド爺さんと呼ばれている、蠍の心臓とは古い付き合いのガンスミスだ。
今日はイリスが新しい銃を作って貰うためにやってきたのだが、いかんせんイリスの要望は具体性に欠けていた。
テッドの言う通り、威力と連射性を考えるのなら、わざわざ新しい銃を作らずとも既存の銃を少しばかり使い易く調整するだけで事足りる。
銃の設計はただ図面を引くだけでなく、使う素材の強度や、実際に作ってみて実用に耐えられるかも調べなくてはならない。
それを個人工房で、注文の品は全くコンセプトの異なる銃だというのに、半年程度で完成まで仕上げろと言っているのだ。
知り合いのよしみで話しは聞いているが、これが新規の依頼人だったなら、テッドは話しも聞かずに追い返しているところだった。
「それじゃあバランス悪いだろ。二挺拳銃で乱戦でも同時に使えるよう、銃自体のバランスも調整して欲しいんだよ」
「ふざけるのも大概にせい! いくら銃のバランスを整えようが、威力と連射性の異なる銃を同時に使いこなせるはずないじゃろう。そもそも、ハンドガンは片手で構えて撃つようなもんじゃないわい!」
「それが出来る奴がいるんだって。ミニガンだって自分で持って使ってたし。爺さんの言う通り、威力と連射性の違う銃をそれぞれの手に構えて、敵を制圧出来ていたよ」
相手が怒っていても構わず、イリスは後ろにいたチャドにパソコンを持って来させて、画面をテッドに見せながらある動画を再生した。
流れ出した映像に映っているのは、こちらに来てから撮影された、任務中の湊の姿。
仕留め損ねた敵は他の者が片付けるので、単騎で三十人以上いるテロリストの集団を制圧してこいと、なんとも無茶な作戦をナタリアから言い渡されたときのものだ。
これを撮影しているのは高台に構えた司令部にいたバーバラで、湊は走って敵のキャンプに向かうなり、次々と出てきた敵を拳銃のガバメントと突撃銃のタボールMTAR21で撃ち殺している。
しかも、突撃銃は牽制のために弾幕を張っている訳ではなく、敵に向けたときだけ引き金を引いて蜂の巣にしていた。
ガバメントは一射一殺で確実に仕留めているため、同時に別々の方向にいる者を狙えていることから、確かに自分の言っていた条件をクリアできるようにしかテッドは思えなかった。
「むむむぅ……」
「爺さんに頼んでるのはコイツ用の銃の開発だ。バランスの悪い銃を使ってこれだ。最初から二挺で使う事を盛り込まれた銃なら、もはや敵無しだろうよ」
「し、しかし、こんな戦い方をするなら、強度もかなり上げんといかん。使用弾薬も普及品では難しいので、ワイルドキャット・カートリッジになるじゃろう。そんな事をすれば、諸々込みで数百万じゃ済まなくなるぞ。開発期間も足りないわい」
ワイルドキャット・カートリッジとは、簡単に言えばカスタムメイドの弾丸の事である。
市販の弾丸を、威力であったり、貫通力であったり、使用目的に合わせて調整して弾を作るのが一般的で、ほとんどはガンスミスが依頼に合わせて作っている。そのため、価格が通常の弾丸よりも高く、また作る側の人数の問題から大量生産も出来ない。
銃だけでなく、専用の弾丸まで作るとなれば、いくら何でも半年では不可能だった。
しかし、イリスはテッドが開発自体を前向きに考えていると察知し、不敵な笑みを浮かべて言った。
「爺さんが昔から温めてた銃の設計図があるだろ。それをコイツ用に使えばいけるって」
「なっ!? あれはわしが生涯最後に手掛けようと思ってる代物じゃ。そんなどこの馬の骨とも分からん奴に誰が作るか!」
「サイズはデザートイーグルくらいでも良い。アイツなら余裕で使えるからな。完成したらナタリアに渡してくれ。そしたらアタシらに送ってくれる事になってる。じゃあ、絶対に期限を守れよ。遅れたらこの工房にRPG7撃ちこむからな」
かなり一方的に告げて、イリスはパソコンを回収すると、それをチャドに渡して店から出て行ってしまった。
後ろで黙って見ていたナタリアも一緒に出て行ったことから、イリスらの中では既に依頼したことになっているのだろう。
しかも、イリスは撃つと言ったら撃つ人間だ。
開発して納品するまでに、最低でも数百万掛かる銃を子どもにプレゼントする感覚は分からないが、これで湊に誕生日プレゼントを渡せなかったとなれば、イリスは工房が更地になるまでRPGを撃ち続けるに違いない。
本来は、この人物になら託せるという相手を見つけてから、遺作として自分の持てる技術の全てを費やし製作するはずだった銃の図面を取り出し。
テッドは深いため息を吐いてから、渋々、相手の希望に沿うよう図面の修正を始めるのだった。
――ハルーフ
活気のあるハルーフの市場から少し離れた、通常の店の並んでいるエリアの路地に一人の幼い少女が立っていた。
現地の貧民層の人間らしく、どこか薄汚れた服を着ながら、カフェテラスのような場所で食事をしている人間たちを羨ましそうに見ている。
中でも、先ほどから料理を頼んでは食べ続けている、この地域では珍しい青みがかった髪の相手に視線は集中しており。空腹であるためか、知らず知らずのうちに足はそちらの方へ進んでしまっていた。
そして、相手のテーブルから二メートルほど離れた場所で、ジッと料理を見つめていると、青髪の正面に座っていた女性が少女に気付いてムスッとした顔で何やら話している。
対して、話しかけられた方はあまり気にしていないのか、食べていた手を止めると、振り返って少女を視線で捉えた。
「……そんなに食べたいなら、黙って見てないでこっちにこい。残り物くらいなら恵んでやる」
「いいの?」
「そう言ってるだろ」
少女は相手を見たとき、あまりに綺麗な顔をしていため女性だと思ったが、声が男の物であったことから男性なのだと理解した。
だが、相手が男でも女でも関係ない。食べ物を恵んでくれると聞き、顔を輝かせて相手の傍に駆け寄った。
「……なんでそこなんだ。椅子があるだろ」
「え? でも、そこお姉ちゃんとお姉ちゃんのお兄ちゃんが食べてるところだよ?」
「ブフッ!」
少女が青髪の少年を『お姉ちゃんのお兄ちゃん』と呼称した瞬間、向かいに座っていた女性が笑って吹き出していた。
この場合、『誰々の物』という意味ではなく、『女性のような男』という意味でそう呼んだのだろう。
確かに中性的でどっちつかずな顔立ちのため、そのように思ってもおかしくはないが、女性をお姉ちゃんと呼んだのなら、普通にお兄ちゃんでも良いのではないだろうか。
呼ばれた少年は、僅かに眉根を寄せて少女からの呼称を気にしつつ、空いている椅子を引いて少女に着席を促した。
「……座って食べろ。行儀が悪いだろ」
「えっと、おじゃまします」
「ああ、どれでも勝手に食べて良い。飲み物はジュースで良いか?」
「ジュースも飲んでいいの?」
「まぁな」
言いながら、少年は使っていなかった皿に羊肉のケバブの載ったマジャドラライスをよそい、さらにファラフェルを二つ載せて、フォークと共に少女の前に置いてやった。
どの料理もまだ来たばかりのようで、出来たて特有の食欲をそそる香ばしい匂いが鼻腔に届き。我慢しきれなくなった少女は、どのジュースにするかも答えず、料理を頬張り始めてしまう。
「おいしい! すごくおいしいよ!」
「落ち着いて食べないから顔に飛んでるって。けど、今のうちに沢山食べておきなさいよ。こいつみたいにご飯恵んでくれる人なんて、ここじゃ滅多にいないんだから」
「うん! ありがとう、お姉ちゃんのお兄ちゃん!」
本当にお腹が空いていたのか、少女が美味しいと言って満面の笑みを浮かべると、女性は苦笑しながら少女の頬に飛んだ肉汁を紙ナプキンで拭いてやる。
優しく顔を拭いて貰った少女は、それにも嬉しそうにしながら、またしても奇妙な呼び名で少年を呼んで礼を言った。
少年は少女の言葉にただ頷いて返し、店員にジュースを持ってこさせると、少女が満腹になるまで一緒に食事を続けていたのだった。
***
ハルーフの外れ、薄暗い土造りのとある民家で、髭を生やした男が深刻な表情を浮かべて二十代と思われる青年と話しをしていた。
「……もう限界だ。このままじゃ、小さいバスマも餓死しちまう」
「父さん、覚悟を決めよう。妹を死なせるくらいなら、金持ちを襲って金を奪おう。神だって幼い命を救えというはずさ」
青年と男は親子のようで、二人で話していたのは暮らしていくための資金が底をついたせいで、このままでは暮らしていく事が出来ない事が理由だった。
さらに、この家にはまだ幼い妹が一人いるようで、男である自分たちだけならば働きに出て何とか食い繋げるが、幼い妹を遠い地へ連れていく事は出来ないことから悩んでいるらしい。
「どこにそんな金持ちがいるんだ。この町に来てるやつらじゃ、よくて数日食える程度しか持ってねえ。金持ちはみんなコベやジャマルの方に住みやがるからな」
「観光客を狙うのさ。他のやつらともよく話してたんだ。やるなら全員で協力しようって。武器だってある」
青年はそういうと、戸棚の奥に隠してあったAK-47を取り出して見せる。これは、近所の知り合いと一緒に、殲滅されたテロリストのアジトから拾ってきた物だ。
テロリストを殲滅した者たちは、かなり激しい攻撃を加えたのか、ほとんどの武器は壊れてしまっていたが、青年が持っている物のようにいくつかは弾も残った武器も見つかった。
武器が手に入った以上、こんな電気も通っていない町の外れに住んでいるつもりはなく。近所の者同士で、いまの生活から抜けだすため協力して強盗を働く事も話し合っていた。
ただ脅して相手が金を出すとは思えないので、金を奪う以上、青年らは相手を殺すつもりでいる。
しかし、いくら生きるためとはいえ、何の罪もない相手を殺すことは出来ない。青年たちは本当に最後の手段として、相手を殺して金を奪おうと思っていたのだ。
そして、ついに貧窮によって飢え死にの未来しか見えなくなってしまった。周囲も似たような状況であるため、食料を恵んで貰うことはできない。
もう死ぬしかないというのなら、青年は幼い妹のためにも、どんな事でもするつもりだった。
瞳に強い意思を宿して見つめる青年を見て、父親も覚悟を決めたのか、ゆっくりと頷いた。
「……やろう。それしか方法はない」
「ああ、それじゃあ俺は他の皆を集めてくる。父さんはバスマが帰ってくるかもしれないから、家で待ってて」
父親が同意すると、青年は銃を戸棚の奥に隠して、仲間を集めるため家を出て行った。
決めたからには後戻りは出来ない。人を殺す事を恐れているのか、心臓の音がやたらと五月蝿く聞こえる。
時間が経つにつれ揺らぎそうになる意思を必死に押さえこんで、男性はゆっくりと静かに呼吸をすることで、平静を保とうとした。
そして、いくらか心臓の音が静かになったころ、軽い足音と共に少女が家に入ってきた。男性は帰って来た少女を笑顔で迎える。
「おかえり、バスマ」
「ただいま! ねえ、お父さん。あのね、さっき綺麗なお姉ちゃんのお兄ちゃんがご飯をくれたの! 食べ残しって言ってたのに、新しいのいっぱいお店のひとにもってこさせてたんだよ!」
「ほう、良かったな。優しい人もいるもんだ」
幼い娘と話しをしながら、男性はこれも運命かと感じていた。
自分たちが行動しようという日に、人に施しを与えるほど裕福な人間に娘が出会った。
この町の人間に新しい料理を頼んでまで施しを与える者はいない。そんな事が出来るのは、裕福な外の人間くらいなものだ。
大きな市場が存在するので、観光地の一つにはなっているものの、人混みの中で銃を乱射する訳にはいかない。
ならば、市場から離れた場所にいる金を持った観光客は、これ以上ないほど魅力的なターゲットだった。
息子が人を集めてくるまで時間がある。男性は娘の見た相手の特徴を知るため、話しを続けた。
「バスマ、その人がどんな恰好をしていたか教えてくれるか?」
「いいよ。えっとね、見たらすぐにこの人だって分かるとおもう。青くて長い髪を結んでて、お姉ちゃんかなって思うけど、男の人なの。あと、黒いスカーフみたいなの首にしてた!」
確かにこの温暖な気候の土地で、首にスカーフを巻いている男などすぐに分かるだろう。髪の色と長さも、この地域の男とはかなり違っているので実に特徴的だ。
女性のように見えるというのは引っ掛かるが、それ以外の部分でなんとか見つけられるだろう。
そうして、男性は娘から聞いた相手の見た目の特徴を何度も頭の中で反芻し、他の者にも伝えられるようにしてから、最後に居場所を聞いた。
「そうか。その人はどこにいたんだ? 父さんも見てみたいな」
「シャムスのお店のとこだよ。いっぱいご飯たべてたのしかった!」
「ははっ、良かったな」
「父さん、準備できたよ! あ、バスマ。おかえり、帰ってたのか」
娘から相手と出会った場所も聞いたところで、先ほど出掛けて行った青年が帰って来た。
外には青年や男性と同じ年頃の男たちが、拾ってきた細かい傷の付いている武器を持って集まっている。
時間をかければ巡回している軍人に見つかって制圧されるため、男性は集まった者らに娘の出会った観光客をターゲットにすることを伝えた。
***
昼食を終えた湊とレベッカは、二人で並んで町を散策していた。
日本にいる者たちやベルベットルームの住人への土産として、デザインの異なるアラジンランプや絨毯にチョコレートも買い。さらに、どうせなら記念に買っておけとレベッカに言われて、民族衣装や踊り子の衣装も数着買った。
民族衣装はともかく、湊が踊り子の衣装を着ると腹筋のせいで残念なことになるので、いつ使うことになるかは分からない。
だが、買ったときにゆかりの姿が思い浮かんだので、湊はピンクの踊り子の衣装を『岳羽用』と書いた包みに入れて、他の荷物と一緒に日本へ発送した。
きっと後日、ゆかりは受け取った荷物を見て、顔を赤くしながらどういう理由で踊り子の衣装を贈ったのか聞いてくるに違いない。
他の者にはデザイン違いでアンティークの土産を渡している中、ゆかりだけプラスアルファでそれがあるのだ。主に佐久間辺りとの修羅場は確実だろう。
しかし、なんとなく似合いそうなイメージで贈っただけの物に意味はない。聞かれても湊は、
「……見たときに岳羽が思い浮かんだだけだ」
と、真顔で静かに答えるに違いない。
冗談を言わない湊の言葉だけに、それはそれで新たな問題が起きそうだが、日本にいない湊には関係のないことであった。
そうして、市場は後回しにして、二人は店の並ぶ区画の雑貨屋から会話をしながら出てきた。
「超高級な店があるのはこの町じゃないのよねぇ。ラナフって国の日常を見る分にはベストだと思うけど」
「……来月には別の国にいる。日本への土産はたまに買う予定でいるから、この国だけでそこまで買うつもりはない」
「そう? ま、好き好んで治安の悪い国にいく神経は分からないけど、どこでも観光向けの町ってのはあるもんよ。値切り方も分かったでしょうから、次のとこでは実践してみなさい」
そう言って、後ろで腕を組んで楽しげに笑うレベッカ。
彼女の機嫌が良いのは、日本向けの土産を買うときに、レベッカも湊にチョコレートを買ってもらえたことと、アンティークを買うときに納得いく値段まで値切ることに成功したためだ。
洋服や化粧品は値切るのは難しいが、土産向けの物は顔見知りであったり、店の人間がノリの良い相手なら少しくらいまけてくれる事もある。
しかし、今回、レベッカが取った作戦は、自分と湊のルックスを武器に可愛い子ぶることで、店のオヤジのスケベ心を利用してまけさせ、品物を買うとさっさと退散するというものだ。
次の店で実践しろと言われても、声を出せばばれる上に、普通の洋服を着ている湊はちゃんと男に見える。筋肉質な子なんです、と言われても首を傾げられるだろう。
どうやっても実践して上手くいくとは思えないが、レベッカが素で言っていると気付いている湊は、軽く嘆息して次の場所へ移動するため一歩を踏み出そうとした。
「……素人か」
「え?」
「店に入っとけ」
「きゃあっ」
急に低い声で呟いた湊は、前にいたレベッカの腕を引っ張り、近くの店に向かって背中を押す。
相手は前のめりになりかけたまま、店のドアに手を突いて止まったが、一体なにごとだとレベッカが振り返った途端、フルオートの連続した銃声が耳に届いた。
『ウオォォォォォォッ!!』
叫びながら幾人もの男たちが、銃を両手で構えながら走ってくる。
急な銃声に人々は驚き逃げ惑っているが、男たちは真っ直ぐ湊を狙っていた。
逃げる途中にこけた女性がいるというのに、それには目もくれず銃口は湊に向けられ、放たれた弾丸は湊が直前にいた場所周辺に着弾する。
だが、狙いが自分だと分かっているのなら対処も容易い。周囲への被害を最小限に抑えるため、ステップで身体を揺らしながら、頬に一発かすった以外、全ての弾丸を躱し敵へと向かってゆく。
「あたらないっ」
弾丸を当たらないことに驚き足を止めてしまった敵へ、湊は地面を強く踏み抜いて一気に距離を詰める。
「ひぃっ!?」
そのまま敵の前に着地し、湊は全身を捻りながら勢いを乗せた回し蹴りで、敵の頭部を捉える。
攻撃を受けた青年は、人体の可動域を超えた方向へと首がねじ曲がり、独楽のように回転しながら吹き飛んでいった。
さらに湊は、一人を倒すと腰溜めにされていた右拳で、味方がやられて足を止めていた男の胸を真っ直ぐ打ち貫く。
「……おごっ」
岩をも砕く剛腕の一撃は、柔らかい肉に触れ、直ぐにそれらを押し潰しながら骨に当たり、砕いた骨ごと肺と心臓を破裂させる。
若者に続けて、二人目の男も口から血を吐きながら吹き飛んで動かなくなった。
ほぼ一瞬のうちに二人も続けて殺された敵は、どんな存在を相手にしているのかようやく理解したのだろう。顔を青褪めさせながら、射線上に一般人がいるというのに叫んで銃を乱射し始めてしまった。
「……チッ」
自分が避ければ他人が傷付く。それを認めない湊は、身体で弾を受けながら、マフラーから中華剣“星噛”を取り出し、蒼い瞳で敵の身体に視えている光の線に刃を通し斬り伏せた。
一人、二人、三人、袈裟切りで胴を分断し、横薙ぎで首を刎ね、刀身を地面へ叩きつけるよう頭から真っ二つに両断する。
銃創から流れる血か、倒れた敵から浴びた返り血か、湊は全身が血濡れになっていた。
だが、まだ止まる気はない。あと一人。湊は知らないが、今回のこの襲撃を計画した張本人が残っている。
味方が全てやられ、自分一人になったことで、男も後がないと気付いているのだろう。
距離はおよそ八メートル、しかし、逃げても無駄だ。背中を見せた瞬間、湊は手に持った星噛を投げつけ、相手の心臓を容易く貫く。
そうして、ゆらりと湊の上体が揺れて動き出したとき、男も手にしていたAK-47を鈍器として利用するため、両手で振り上げながら駆け出した。
「う、ウオォォォォォォッ!」
笑ってしまいそうになるほど、お粗末な体運び。武器の持ち方もなっておらず、湊までの距離もほとんど考えずに全力で走って武器を振り下ろすつもりなのだろう。
そんな事では、湊が緩急をつけて走れば、途端に相手は距離感を失い、武器を振り下ろすまでもなく懐に入れてしまう。
「ク、クッソォォォォォッ!」
男は湊が目の前にきた瞬間、死を覚悟しながらも諦めず、叫びながら威力の出ない不安定な状態で武器を振るった。
まだ、死ねない。息子が殺された以上、自分が死ねば残された娘には死しか待っていないのだ。
弾丸を至近距離で躱しながら、何故か急に喰らったと思えば、それでも平気で戦い続けるような、そんな訳の分からない化け物が相手でも関係ない。
自分が無理矢理に振り下ろした銃を、相手が頭を下げるだけで避けたのを認識しながら、男は最後の瞬間まで娘のために生きることを諦めなかった。
掠った銃で髪を結んでいたゴムが千切れ、視界いっぱいに青い髪が広がるのを見つめる。
そして、頭を下げた勢いのまま回転して振り下ろされた刃が、自分の首を切り落とすまで、男は娘のことを想い続けた。
「……フン」
首を落とされた男の身体から血が噴き出し、ぐらりと揺れてそのまま倒れる。
全ての敵を排除し終えて、湊が周りを見渡すと、明るく賑やかな町並みだった辺りは一面血の海になっていた。
誰も声を出せない。いくらたまにテロが起きると言っても、目の前でこうも凄惨な光景を見せられては、突然の事に思考が停止して頭がついていけないのだ。
だが、そんな膠着状態も一人の少女の声で動き出す。
「お父さんっ、お兄ちゃんっ!」
声がして振り向けば、先ほど湊が食事を奢ってあげた少女が路地から駆け出してきていた。
少女は父と兄に家で大人しく待っているように言われていた。けれど、近所の男たちと一緒に武器を持って町へと向かった事が気になり、密かに後を付けていたのだ。
そして、戦闘が終わり。自分の家族が倒れているのを見て、少女は堪らなくなって路地から駆け出し、倒れている青年と首の無くなった男性に真っ直ぐ駆け寄っている。
少女が動いたことでまわりも動き出し、誰が呼んだのか警邏の兵たちが武装した姿で向かってきた。
武器をマフラーに戻し、涙を流して兄と父を呼んでいる少女とやってくる兵を眺めていた湊は、蒼い瞳のまま静かに口を開いた。
「……残念だったな、武器なんぞ持っていなければ死なずに済んだだろうに」
「っ!!」
少女は湊の言葉にキッと鋭い視線で睨んで顔をあげると、傍に落ちていた父の持っていた銃を手にした。
大粒の涙を流し、怒りで荒くなった呼吸で肩を上下させている。しかし、銃口はぶれながらも湊の方を向いているため、引き金さえ引けば幼い少女でも何発かは当てる事が出来るだろう。
兵らが到着するまで時間がない。視線は少女に向けたまま、まわりの音で状況を把握している湊は、自分の胸に手を当てて少女に向かって言い放った。
「心臓はここだ。絶対に外すな。他の人間に一発でも当てれば、俺はお前を殺す」
「うぅ、ぐ……うわぁぁぁぁぁっ!!」
ギュッと目を閉じて、少女は引き金にかけていた指を一気に引いた。
連射の反動で銃が跳ね上がり、少女の手から離れる。だが、その間に放たれた四発の銃弾は四発ともが湊に直撃、内一発は見事に心臓を捉えていた。
「――――ッ」
「小狼っ!!」
口から血を吐いて崩れる湊に、レベッカが慌てて駆け寄る。
少女に撃たれた以外にも、既に十発以上喰らっているのだ。いくら丈夫な湊でも、蘇生が必要なレベルとなれば立っていることは出来なくなる。
けれど、湊はレベッカに支えられた状態で、蘇生が始まる前まで意識を繋いだまま、銃の反動で倒れた少女を蒼い瞳で見つめていた。
「テロリスト残存一、撃てぇー!」
そして、湊たちの目の前で、到着した四人の兵が、少女に銃を向けて発砲した。
乾いた破裂音が響き、少女の身体が踊る度に鮮血が散る。最初の一発が頭部に当たった時点で、少女は即死だっただろう。一瞬の痛みは感じただろうが、苦しまずには死ねたはずだ。
働き手の男が死んだ時点で、どうせ生きていても碌な目には遭わない。だから、湊は彼女に復讐の機会を与えた上で、彼女が死ぬように仕向けた。
「撃ち方やめ! 潜伏している残存兵への警戒を継続、被害者の搬送と現場の収拾を行う。お前たちは支部に連絡して人員を送ってもらえ。それが終われば市民の誘導だ」
『了解っ』
四人いた兵の中で最年長と思われる男が、他の者に指示を飛ばす。
それを聞いた兵らはすぐに連絡を取って、周辺にいた民間人を安全な場所へ誘導し始めた。
「容体は?」
「わ、分かんない。こいつ、他の人に弾が当たらないようにって、自分の身体を盾にしてっ」
ここに来るまでにおおよその状況を把握していたらしい兵士は、倒れている湊とレベッカの元へやってきて声をかけてきた。
レベッカは湊の手を強く握りながら答えるが、冷静さを失っているようで、まるで湊の状態を説明出来ないでいる。
いくら訓練を受けて戦闘にも参加していたとはいえ、レベッカはまだ二十歳。運が良かったのか、これまで仲間が死にかける場面すら遭遇してこなかったこともあって、ここまで瀕死の重傷を初めて見て気が動転していた。
「わかった。なら、直ぐに病院に搬送しよう。大丈夫だ。まだ意識はある。きっと助かるよ」
全身に返り血を浴びているせいで、それが湊の流した物なのか、襲ってきた連中の物なのか分からない。
しかし、明らかに心臓を撃ち抜いている弾痕が服についていることで、兵士はもう助からないと思っていた。
それでも、助かると言ったのは、気が動転しているレベッカがこのままでは動かないと思ったからだ。
現場に到着した時点でテロリストが全滅し、その家族らしき少女が一人銃を持って残っているだけの状態というのは、市民が傷付かず、尚且つ自分たち兵がテロリストを一人は排除したという記録を残せたので、非常にありがたかった。
被害者が異国の風貌をした湊であるのは、観光客がテロリストに襲われて死亡したというマイナスイメージになってしまうだろうが、他の市民を庇って死んだという話しがあるのなら、勇敢な少年の追悼のために人々が訪れるに違いない。
ならば、一時的に観光客が減るだろうが、それほど大した影響は出ないと思われ。兵は早々にこの場を収めるため、応援でやってくる兵に担架を用意させて湊を運ぼうとした。
「ぐっ……はぁ、治療の必要はない。ただ、少し疲れたから、このまま帰らせてもらう」
「え、おい、きみ!」
だが、レベッカや兵士たちの前で、湊は口から大量の血を吐くと急に自分の足で立ち上がってきた。
さらに、血に濡れた服が不快だったのか破いてその場に脱ぎ捨てると、髪についた血を絞って落としながら歩き出し。兵が呼び止めても、振り返らずに町の外へと向かって行く。
「あ、えっと、ここよろしくお願いします! あいつは私が連れて帰るんで、それじゃあ!」
すたすたと一人で進んでゆく湊を、復活したレベッカが急いで追いかける。
本当に先ほどまで倒れていたのかと思うほどの速度で離れていくので、追いかけるタイミングを失ってしまった兵らは、そのまま見送ることしか出来なかった。
もっとも、テロリストに襲われて無事に済んだのなら良かったとは思う。
これだけの血の海の作っておきながら、テロリストがどのようなグループだったのかという、特定のための事情聴取すらさせて貰えなかったのは痛いが、テロリストが現れるも多少の怪我人だけで鎮圧出来たという方が聞こえはいい。
そうして、湊たちの追跡を諦め、兵たちは急いでこの場を収めるために作業に移っていった。
***
湊がテロリストを殲滅して去ってから、兵たちがテロリストの死体を袋に収容していた頃、一人の兵士が物影から現れ。湊が脱ぎ捨てて行った服を、ひっそりと回収した。
服を掴むのに使った手袋ごと密閉出来る袋にいれ、それをさらに外から見えない黒い鞄に仕舞いこんで、何食わぬ顔で路地へと入って行く。
路地に入ると被っていた軍帽を放り投げて、無造作に伸ばされた茶色の髪と顎髭を揺らしながら、逞しい体躯のその男は愉快そうに笑って呟いた。
「へへっ、どうなってやがんだあの小僧。心臓ブチ抜かれて、なんで死なねぇんだ」
全くの偶然だが、この男は事の一部始終を見ていた。
初めは弾丸を躱す湊に驚愕したが、その後の体術にどこか知り合いに似た物をみて、余計に興味が湧いた。
しかし、瞬く間に敵を屠っていたはずが、何故だか避けられるはずの攻撃を喰らいながら敵を殺している。
それを見て、もしや、射線上の人間を守ったのかと、力を持ちながら路傍の石のために命を捨てる相手に失望した。
死んだら終わりなのだ。どんなに偉い人間でも、死んでしまえば関係ない。
そう思って、他の兵たちにテロリストが暴れていると無線を入れ、最後はどんなくだらない事を言い残していくのか眺めていると、どういう訳だか相手は吐血しながらも復活して去って行ってしまった。
服を脱いだときに見えた身体には、一つも銃創がついていなかった。
銃弾が身体を貫通していたのを目にしていたというのに、傷が一つも残っていないなどあり得ない。
「女がシャオランとか叫んでやがったな。ウチのお姫様と仙道の野郎が狙ってるやつも確かそんな名前だったはずだ。小僧の血がべったりついたコイツを手土産に、ちょいと探りをいれてみるか」
男は新たに獲物を見つけたことで、愉快そうに獰猛な笑みを浮かべ、軍服も路地に脱ぎ捨ててゆくと、物影にあった何かにかけられていた布を取り去った。
布の下から現れたのは、黒いハーレー。
男は持っていた鞄をしっかりとバイクに括りつけ、キーを差し込み、エンジンを吹かした。
そうして、男は湊の血のしみ込んだシャツという手土産を持って、誰にも知られず、この町から出て行ったのだった。