【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第七十二話 休日の過ごし方

7月5日(水)

早朝――カニス・近郊の森

 

 冷たい朝の空気の中、白い息をゆっくり吐きながら湊は森で佇んでいた。

 風に揺れる木々の葉が擦れる音や、鳥たちのさえずりだけが聞こえる、人々の営みからは隔絶された空間。

 そんな場所に湊がやってきたのは、自分の力を他人に見せたくないからだ。

 人から見られたくないのであれば、影時間に活動した方が簡単だろうが、ペルソナ使いは影時間に身体能力へ適性に応じた補整が付与されてしまう。

 普段の身体能力でどこまでやれるかを知ろうとしている湊には、その補整が今は邪魔だった。

 周囲に獣たちの気配以外が存在しないことを確認すると、“魔術師”のカードを手の上に出し、湊はそれを握り砕いた。

 

「こい、出雲阿国(イズモノオクニ)ッ」

 

 湊の呼び声と共に現れたのは、腰の帯に刀を差し、神楽舞の衣装のような豪華な巫女服を着た、黒髪の少女にしか見えないペルソナ、魔術師“出雲阿国”。

 あの満月の日、湊はシャドウの力と共にこの新しいペルソナも手に入れていた。

 

「出雲阿国、マハジオで俺を狙え」

《フフッ、本気で当てに行くよ?》

 

 出雲阿国は左手に持った扇を広げ、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 彼女もまた、座敷童子と同じように自分の自我を持って生まれたペルソナだった。

 可能性の芽で手に入れたペルソナたちは、他の者のペルソナのように自我を持っていない。

 だというのに、合体事故で生まれた座敷童子、ナイフに宿った怨霊から生まれたジャック・ザ・リッパー、その二人に続けて、ついに自らの内より目覚めたペルソナからも自我を持つ者が現れた。

 その異常事態に、湊は自分の精神が本気で分裂しているのではないかと危惧し始めていたが、顔合わせで呼び出した自我持ちのペルソナたちは仲が良さそうだったので、問題が起こるまでは別に気にしなくてもいいかと様子を見ることにした。

 

《いくよー、マハジオンガッ!!》

「――――ッ」

 

 殺る気満々の強気な瞳で扇を煽ぎ、出雲阿国は広範囲に強力な電撃を飛ばした。

 周囲への影響も考えて弱い魔法をお願いしたのだが、予定が狂っても静かに心を落ち着け、鈍い輝きをした金色の瞳を開くと、湊はその場に残像を残して消える。

 迫りくる電撃を躱し、さらに続けて、木々の間を走り抜け、時には木の幹を駆けのぼるなど、並みの人間では目で追い切れない速度での移動を続けている。

 

《まだまだぁっ!!》

 

 けれど、相手は人間ではなくペルソナだ。湊の動きを目で追い、先を読んで追加の魔法をお見舞いする。

 湊はそれも躱し、時にマフラーで打ち払って、火事にならないよう注意しながら、出雲阿国の攻撃を全て避けきった。

 通常、影時間の補整を受けて身体能力の上がった状態ですら、このような速さで駆けることは出来ないはずだが、背の高い木のてっぺんから落下して着地した湊は、特に息を乱した様子もなく、静かに落ち着いた呼吸をしていた。

 

(……身体への負担は殆どないな。エネルギー消費は激しいが、影時間の展開よりは余程楽だ)

 

 先ほどの湊の人間を超えた移動速度。その秘密は湊に目覚めたシャドウの力の利用法にあった。

 シャドウはペルソナと同じ、人の心が形を持って抜け出た存在である。桐条の研究によれば、その力は時空間に干渉する可能性を秘めているという。

 美鶴の祖父である桐条鴻悦が研究していたのも、シャドウの持つ時空間に干渉する能力を利用して、『時を操る神器』を手に入れようとしたためだ。

 けれど、桐条鴻悦はそれを手に入れられないどころか、滅びに魅入られ世界を破滅に導こうとした。そのような弱い心しか持たぬ人間に、心の化生たるシャドウの力を扱える筈がないというのに。

 湊がシャドウと同じ力を使うことが出来たのは、何もシャドウの王を内包し、シャドウらの母なる存在の身体の一部を宿していることだけが理由ではない。

 二度目の召喚に高同調状態でペルソナを呼び出すなど、通常では考えられないレベルで湊は影時間やペルソナに対して高い親和性を持っている。

 それこそが、影時間に関わる数多の事柄の核心に近付くための才能であり、ペルソナやシャドウの力を十全に使いこなすための鍵であった。

 

(時空間に干渉するというシャドウの力。空間への干渉は影時間の展開。時間への干渉は自己や周囲の時流操作か)

 

 そして、シャドウの力を自分も使えると知った湊は、影時間の展開だけでなく、時間への干渉を試みた。

 出来る事なら過去へと跳び。あの七年前の忌まわしい事故を未然に防ぎたいとも思ったが、そもそも過去に跳ぶ方法など不明な上に、既に起こった事象への干渉として、時間だけでなく空間も同時に移動することになってしまう時間跳躍は、湊とエールクロイツだけの力では不可能だとベルベットルームの住人にも言われた。

 だが、それだけで諦める湊ではなく。さらに研究を進めることで、影時間の展開と同様にエールクロイツを基点として、時の進みを外界と変化させることが出来ると判明した。

 先ほどの湊の高速移動もその応用であり、自分の時間の流れを周囲よりも速くすることで、まるで一人だけビデオの早送りのように倍速になって見えていたのである。

 他には自分のいる室内の時の進みを遅らせることで、部屋の中では三時間経っているのに、外界では一時間しか経過していないなどと言った使い方も出来る。

 もっとも、自身の時を加減速するのと違い、空間内の時流操作は影時間展開以上の力を消耗してしまう。

 さらに、この力もペルソナ能力の派生のようなものなので、仕事で補助以外にペルソナを使わないと決めている湊は、シャドウの時空間への干渉能力を、他者の命を助けるとき以外は使わないと既に決めていた。

 桐条鴻悦の求めた『時を操る神器』の簡易版だ。人の身には過ぎた力である事は間違いなく、非常に勿体ないことなのは本人も分かっている。

 けれど、自分の力でチドリとアイギスを助けられるようにするのであれば、相手が一般人なら異能を使わずに勝利して当然だと湊は考えていた。

 そんな考えと救える命は救いたいという思いの妥協点が、他者の命を助ける場合のみ、という条件下でのシャドウの能力使用であり。それでも、ペルソナは使わないというのが、湊の仕事に対するけじめであった。

 

《てーいっ!》

(……ペルソナとの同調率も徐々に上げられるようになってきている。完全同調が出来れば、影時間にはペルソナの身体で戦えるようになるだろう)

 

 考え事をしている湊に向けて強力な電撃が放たれる。

 しかし、それは自分の腕に重なるようタナトスの腕を顕現させ、真横に伸ばして広げられた掌に防がれた。

 攻撃を防がれた相手は落ち込んでいるようだが、湊は全く気にせずタナトスの拳を握ると傍に生えている木を殴りつける。

 体重を乗せていないにも関わらず、ペルソナの力が上乗せされた拳は容易く生木の幹を圧し折り、大きな音をたててそれを倒した。

 シャドウの力だけでなく、ペルソナの力も完全に使えるよう湊は密かに研究している。

 完全同調とは、高同調状態のさらにその先、湊が完全にペルソナと一体化してしまう召喚方法だ。

 出雲阿国を含めた自我を持っているペルソナたちとは、湊と彼女らの自我がぶつかり合ってしまい出来ないだろうと思っている。

 だが、『我は汝、汝は我』そう言いながら現れた以上、他のペルソナと自分は元々一つの存在の筈なのだ。

 完全に同調した状態の湊がどうなるかは不明だが、それでも自分の身体としてペルソナを操ることが出来れば、自分の持ち得る力の全てを注いで戦える。

 思考のラグも存在せず、細かな力の加減も可能。水中や炎の中でも問題なく活動できるかもしれない。

 2009年に始まる戦いは、何が起こるか分からない。故に、己に出来ることは何でも試して備えようと、他の者に気付かれぬよう気を配りながら、湊は無人の森の中でペルソナと共に鍛錬を続けた。

 

 

***

 

 鍛錬が終わると、湊はそのまま街へと戻り、自分たちが拠点にしている宿に戻ってきた。

 イリスがバルツァーギ兄弟との戦闘で負傷したため、最近は湊が単独で仕事をしていたが、一月ほど経ったことで回復したイリスもそろそろ復帰する予定である。

 復帰直後は調子の確認もあるので、戦闘になりそうな仕事は受けられないだろうが、別に危険な仕事ばかりという訳でもないため、しっかり選べば特に問題はないだろう。

 そうして、酒場になっている一階を通り過ぎ、階段で二階に上がって湊は自分たちの部屋の扉を開いた。

 

「ん? おお、おかえり。動けたか?」

「……それなりに」

 

 湊が部屋に入ったところで、ソファーの前にあるテーブルで作業をしていたイリスが顔を上げ笑って迎えてくる。

 それに湊は洗面台で手を洗いながら返し、タオルで手の水を拭きとってからソファーに向かうとイリスの隣に腰を下ろした。

 

「……占ってたのか」

 

 テーブルの上に広げられたタロットカードを見て湊が尋ねる。

 ペルソナ召喚に使っているカードとは絵柄も年季も異なる、少しばかり古臭いアンティークなマルセイユ版タロットの完品デッキ。

 現在、世界で普及しているウェイト版やライダー版と呼ばれる物の元となったものであり、それらとの大きな違いは『正義』と『剛毅』のアルカナの順番だ。

 マルセイユ版はペルソナと同じように八番に『正義』が、十一番に『剛毅』が来ているが、新しく作られたウェイト版たちは、アルカナを十二宮の星座と関連付けるために順番を変えている。

 また他にも、マルセイユ版の『愚者』は番号がないか二十二番だったが、ウェイト版では零番が振られているなど、細かい点の違いはいくつもある。

 今の世界で広く使われているのはウェイト版の方だが、占い方法や読み取り方が異なるだけで、別にどちらが優れているということはない。

 実際、イリスは主にテーブルに広げられているデッキを使って占いをするが、他にもウェイト版のデッキを二つ持っており、そちらの占い方法も知っているので占う事は出来る。

 湊もどちらの占い方法もイリスから習っていたが、占いはあまり信じないのかデッキすら持っていなかった。

 一応、マーガレットの依頼でアンティークなタロットカードを所望されているが、興味のない物を手に入れるのは後回しにする性格のせいで、その依頼は達成までまだまだ掛かりそうだ。

 そうして、湊がテーブルのカードから結果を読み取っていると、他のカードを片付けていたイリスが湊に話しかけてくる。

 

「朝食を食べたら買い物に行こうか。今日は良い縁があるって占いに出てたからな。小猫の誕生日プレゼントを近々買うって言ってたし。良いのが見つかるかもしれないぞ」

「……占いなんて受け取り方次第だろうに」

「あ、オマエ馬鹿にしてるだろ。占いってのは物事の流れを読み取る学問でもあるんだから、別に完全なオカルトじゃないんだって。第一、アタシなんかよりアンタの方がこれで食っていけるくらい才能あるんだぞ」

 

 完全にカードを片付け終えたイリスは、呆れた顔をしている湊の頭を撫でて立ち上がり、デッキをケースにしまって旅行鞄に仕舞いに行く。

 それを目で追っている湊は、イリスに言われた占いで食べていく才能とやらをまるで信じていなかった。

 仕事で櫛真智命(クシマチノミコト)の名義で占い師を演じることもあったため、タロット以外にも四柱推命やら西洋占星術など、複数の占い方法は学んでおり、それらしく誰かを占ってやることも出来る。

 けれど、湊は本人の性格もあって、占い師に扮している際に一般人から占いを依頼されると、かなり無情な結果の告げ方をする。

 例えば、カップルが自分たちの相性と今後について占って欲しいと言ってきたときには、男が浮気をしていると出たと告げ。女にいま直ぐに別れた方が賢明だと言った。

 また、不幸続きで悩み相談のような形で現れた四十歳手前の男性に、いつ頃になったら運気が好転するか尋ねられると、同じ生活を続ける限り、現状のまま好転する事はないとばっさり言い切った。

 当然、そんな事を言われた客たちは怒ってくる。二度と来てやるものかと言い、信じないなら金はいらないという湊の言葉の通り、何も払わずに去って行った。

 

「オマエ、栗原の店で占いでも始めたらどうだ? 幸運グッズも一緒に売ったら儲かるぞ」

「……詐欺だろ、それ」

 

 だが、長期の調査で数日後もまだ同じ場所で占い屋をしていると、以前のカップルの女の方が一人で現れた。

 なんでも、湊の言葉が気になって彼氏が寝ている間に携帯を見てしまい。そこで本当に浮気をしていることが発覚して別れたらしい。

 男の浮気相手は職場の既婚女性で、あのまま付き合っていれば不倫騒動に自分も巻き込まれていたかもしれないと礼まで言われた。

 そして、中年男性も同じように後日またやってきて、本当に参ってしまいそうなので好転させる方法があれば教えて欲しいと懇願してきた。

 結婚していて、二人の子どもの大学受験と高校受験が重なり、このままでは学費も払えず無理心中するしかなくなるかもしれない。

 そんな風に言われても、湊にすれば他人事なので、ただ一言「……どうでもいい」と返したくなったけれど、騒がれても困るので、しょうがなく占って家電量販店の店員にでも転職したらどうかと勧めておいた。

 元の仕事が食品加工業だったらしいので、随分と仕事内容が違っていることに相手は驚いていた。

 だが、相手は藁にも縋る思いで湊を頼っていたことにより、仕事の合間を使って転職を検討していたらしい。

 その結果、なんと転職が決まり、手取りが七万も上がって現在も順調に仕事を続けられ、子どもも無事に第一志望にそれぞれ合格したという。

 占った側としては結果を読み取って告げているだけで、何もそれらしいアドバイスはしていない。

 転職や進学が上手くいったのだって、本人たちの努力が実っただけだ。

 故に、いくら礼を言われたところで、湊は自分に占いの才能があるとは感じていないし。占い自体を信じる気にもなれなかった。

 

「……食事にいくか」

「オマエ、本当によく食べるよな。満腹になったことあるのか?」

 

 占いの話題に飽きた湊が朝食のために立ち上がると、イリスは薄手の上着を羽織って話しかけてきた。

 普段、湊は周囲の人間が食べ終わるまで食べ続けているが、同じ食事時間でも食べる量は倍以上だ。

 身長一六七センチに対し、体重は六八キロ。ボディマス指数(BMI)で見れば標準体重ではあるのだが、筋肉達磨になっていないにしろ、やや筋肉を付け過ぎている感は否めない。

 本人が大量の食事を必要としている理由は、その身体を維持するためなのかもしれないが、周囲の食事時間に合わせていて、いつもちゃんと満腹になっているのかイリスは疑問に思った。

 裏の仕事での稼ぎがある湊に金の心配はない。ならば、空腹で辛い思いをさせては可哀想だからと、自分に食事時間を合わせる必要はないことを告げた。

 

「満腹になってないなら、アタシとかに合わせないで好きなだけ食べてて良いんだぞ? お腹空いたら辛いだろ?」

「……別に気にしたことない。ただ食べられるから食べてるだけだ」

「そ、そうか。オマエ、丈夫な胃袋してるんだな……」

 

 限界知らずでただ食べ続けていただけという驚きの真実に、イリスは表情を強張らせてやや呆れてしまう。

 けれど、相手がひもじい思いをしていないのならば良かったと思うことして。湊を連れて部屋を出ると、一階で朝食を摂って買い物のために出かけることにしたのだった。

 

***

 

 宿を出た二人は、湊が来月にあるチドリの誕生日プレゼントを買うために街を回っていた。

 服や装飾品を欲しがるようなタイプではないため、相手が気に入る物となると中々に選ぶのが難しい。

 小物入れや化粧品というのも考えたが、小物入れはともかく化粧品は肌に合う合わないがあるので、ちゃんと確かめた方が良いというイリスのアドバイスで却下された。

 さらに探している途中である車のディーラーを発見し、ショーウィンドーに置かれていた『K1200S』という美しいシルバーのバイクを、長距離の移動も疲れないという事から湊が現金一括で買ったりもしたが、結局、これと言った物が見つからなかったので、二人は弾薬の調達も兼ねて武器屋に移動していた。

 

「んじゃ、.45ACP弾と9mm×19弾を二百ずつで。小狼は何かいるか?」

「12.7mm×99弾を三百発」

「うぇ、対物用の弾なんてそんなに在庫あったかなぁ。てか、キミそんななりでバレット使うの? 駄目だよ、あんなの人に向かって撃っちゃ」

 

 店内を見て回っているとイリスが声をかけてきたので、湊は少なくなっていたバレットM82A1に使う弾薬を大量に購入すると告げる。

 それを聞いた眼鏡をかけた優男風の店員は、在庫リストを取り出し苦笑しながら準備を始めた。

 ここは裏の人間も利用する武器屋だ。男は五代と同じように地下協会の組合員でもあるので、二人が仕事で人を殺していても特に気にしたりはしない。

 それが分かっているので、湊も店内に置かれた銃をショーケース越しに眺めてゆっくりしている。

 

「あらら、えっと小狼君だったかな? バレットの弾は二四〇発しか在庫ないみたいだ」

「なら、あるだけでいい」

 

 誰が使うのか分からないが、悪趣味な金色をしているコンバットマグナムや、可愛らしくデコレーションされたデリンジャーなど、本当に多様な銃が売られている。

 それを眺めていると男が申し訳なさそうに在庫不足を告げてきたため、イリスと男がいるカウンターまで行って、湊はある分だけでとりあえず構わないと返した。

 

「うん、ごめんね。必要だったら発注しておくから、まだ当分街にいるなら入荷次第連絡するよ」

「……わかった」

「じゃあ、二人の分を用意してくるから少し待っててね」

 

 言い終わるなり男は店の奥へと入って行った。

 数を用意するので時間はそれなりに掛かる。その間、二人は暇なので新しい銃を何か買おうかと、店内を再び見て回ることにした。

 棚ごとに拳銃やショットガンなど、種類が分けられているので、自分が普段は使わない物でもとても見やすい状態で置かれている。

 武器を取り扱う店の者にしては随分と優しそうな人物なので、商品の並べ方にも性格が出ているようだ。

 そうして、GLの装着されたF2000を眺めていたイリスは、時間潰しの話題として湊の装備について質問をぶつけてくる。

 

「そういや、オマエってグレネードランチャーは使わないよな。なんか、こだわりでもあんのか?」

「……自分で手榴弾を投げた方が確実だし飛距離が出る。それ以前に、弾丸で各個撃破の方がスタイルとして合ってるから、そういう広範囲に影響が出るのはあまり使う気にならない」

「なるほどね。じゃあ、突撃銃やサブマシンガンでもあんま連射しないってのは、単純に連続戦闘のために装填数で選んでる訳か」

 

 イリスの言葉に棚の商品を眺めていた湊は頷いて返す。

 敵が大勢いるのなら、連射の利く武器で制圧射撃をした方が敵の排除は早く済む。

 しかし、湊はそういった状況でもセミオートのまま、自分でいちいち引き金を引いて敵を撃っていた。

 自分や仲間に被害が出ていないのであれば、そういった変則的な戦い方をしても構わないが、周囲への影響を考えて手間な方法を選択する辺りが実に湊らしかった。

 話しを聞いて納得したイリスは、自分が見ていた商品から顔上げて、一際目立つようにディスプレイされたショーケースを眺めていた湊の元に進んだ。

 

「なーに見てんだ。欲しいのでもあったか?」

「……これ、珍しい」

「ん? ああ、エングレーブの入った銃か」

 

 ケースを眺める湊の視線の先には、金色の縁取りが為された、ホワイトシルバー色の装飾銃が飾られていた。

 ボディ全体には植物の弦をイメージした模様が彫られ、パールグリップには青い薔薇のメダリオンが小さく填め込まれている。

 スライドを含めたフレームの縁以外にも、トリガー、セーフティーレバー、マガジンキャッチなど小さなパーツが全て金色になっているため、それがよいアクセントとなって、銃全体の美しさをさらに引き上げていた。

 銃器に信頼性と実用性しか求めない湊にとって、それ自体を一つの芸術品にするという発想がなかっただけに、この銃との出会いは衝撃だった。

 他の者に言わせれば、湊がちょこちょこ集めている刀剣類にも似たような部分があるはずなのだが、本人の中で刀剣類と銃器は武器として全く別のカテゴリーになっているようで、視線はずっと装飾銃に釘づけになっている。

 部分的に深く精通しているが、基本的に広く浅い知識の集め方をしている少年の珍しい様子に、イリスは後ろから負ぶさる様に肩へ腕を回して、少し楽しそうに口を開いた。

 

「なんだ、これ欲しいのか?」

「……チドリへのプレゼントはこれにする。改造して、新しい召喚器にしたら、きっと似合う」

「ほーん、そういう事か」

 

 綺麗な赤髪のチドリに白い銃はよく映えるだろう。

 表情は普段通りだが、納得できる品を見つけられて、どことなく嬉しそうにしている湊を見て、イリスはチドリが随分大切に思われているなと微笑ましく思った。

 飾られた銃はS&WのM645をベースとした本物。けれど、手先が器用な湊ならば、黄昏の羽根を収めてマガジンを固定する改造くらい簡単に出来る。

 チドリ本人も銃を持ちたいと言っていたので、銃としての機能は排除されるが、手持ちのベレッタM92をベースにした湊作の最初期の召喚器よりもグリップ等が改良されていることを含めれば、十分に気に入って貰えるだろう。

 価格は日本にすれば約四十万。殆どは加工費用+デザイン料で、銃本体としての値段は三万円にも満たないはずだ。

 だが、もうこれを召喚器にしてしまおうと決めた湊に、その程度の値段など些末事。

 注文した弾丸を箱に入れて戻ってきた店員に対し、振り返って視線を合わせ、ショーケースを開けるように言った。

 

「……この装飾銃も貰う。代金は合算でいい」

「お、それ気に入った? それは現代エングレーブの神って言われてるカスパー・ディークマンの作品で」

「どうでもいい。ホルスターもセットでくれ」

「ちょっ、説明させてよぉ……」

 

 エングレーブを彫った人間など誰でも良い。欠片も興味はないと言葉を遮られ、男はしょぼくれながら腰のキーホルダーから鍵を取り出して、ショーケースを開けた。

 慎重に、そっと銃を手に取った男は、ジッと眺めている湊に品を確認させるため手渡す。

 ショーケース越しに眺めるのと、実際に手に持って肉眼で見るのとはやはり違うのか、湊は普段以上に鋭い瞳で銃を吟味している。

 それが大切にしている少女への贈り物だと知っているイリスは、傍らで見ていて笑いを堪えるのに必死だ。

 

「……買う」

「お買い上げありがとうございます。で、ホルスターだったね。それに合うやつは……この牛皮のやつかな。ホルスターっていうかガンベルトなんだけど」

 

 いそいそと棚下の箱から男が取り出してきたのは、ダークブラウンの右利き用ガンベルト。

 ただのホルスターより重量は増すが、衣服のベルトとは別に装備するので、腰回りの動きを邪魔しないなど利点もあった。

 ベルト穴の位置的に、腰の細いチドリでも問題なく締める事が出来るだろう。

 そちらの確認も終えた湊は、しっかり頷いて返すと銃をベルトに収めた。

 その後、弾丸の会計も纏めて済ませると、店を出てから箱と銃をマフラーに仕舞い。宿に帰ってからは、チドリに渡せるよう、武器としての機能を排除した召喚器へと改造を始めたのだった。

 

 

――???

 

 暗い闇の広がる湊の心の深部。今日もまた茨木童子はそこに独り座っていた。

 彼女を敵視していたファルロスは今はいない。だが、彼女の目の前で、淡い光と水色の欠片が渦巻き、二人の少女が現れた。

 一人は湊によく似た少女、節制“座敷童子”。もう一人は、十七歳くらいの年頃の少女、魔術師“出雲阿国”だ。

 茨木童子の前に現れるなり、出雲阿国は扇で自身を煽ぎながら、少し砕けた口調で相手に話しかける。

 

「八雲の目覚めは遠いわねぇ。あの子、一族の力よりシャドウとかペルソナの力ばっかり使えるようになるんだもの。これじゃあ、私たちが話しちゃった方が早いかも」

「なに、気にする事はない。伝えずとも時が来れば目覚める」

 

 出雲阿国の言葉に苦笑して、まだまだ焦る必要はないと茨木童子は相手を宥める。

 新たに目覚めたペルソナ、出雲阿国もまた、彼女たちと同じ過去のナギリの一人であった。

 歴史上の出雲阿国は、室町から安土桃山時代を生きたかぶき踊りの創始者として伝えられているが、この出雲阿国は室町末期の人間であり、安土桃山時代には既に没していた存在である。

 しかし、生きた時代の違いや先祖・子孫の関係があっても、お互いの親交には特に影響しないのか、全員が立場も気にせずタメ口で会話を続けた。

 

「……八雲の高速移動……あれ、すごい」

「ああ、あれね。目で追う事は出来るけど、反応速度が足りないから攻撃は当てられなかったな。ただ、高速移動じゃなくて、時流操作ね。あれは自分だけ別の時間の流れに乗ってるのよ」

 

 自分よりも幼い座敷童子に、出雲阿国は正しい能力を理解出来るよう説明してやる。

 ペルソナへの転生を遂げたのが女性ばかりなのは、次代へ伝える能力が女性の方が強かったためであり、別に男性のナギリがいなかったという訳ではない。

 だが、女性のナギリであっても、湊の母親のように実戦を知らずに育った者は伝える力も弱いので、いくら湊に近い世代であっても自我を確立出来る事はなかった。

 

「フフッ、やはり完全なるモノは素晴らしいな。極めて尚、無限の進化の可能性を持っている。外宇宙の存在の力すら使いこなすとは、流石に思わなんだ」

「目覚めが……楽しみ、ね……」

「私、八雲が目覚めたら舞踊を教えたい! この時代には残ってないやつもあるらしいし。八雲ならすごく雅に舞えるよ!」

 

 言いながら、出雲阿国は扇を使って舞の振付を少しばかり披露する。

 ナギリの力が目覚めれば、血に宿る記憶を継承出来るとは言え、実際に見本を見せて貰った方がイメージも湧くため習得はより簡単になる。

 けれど、出雲阿国はそれよりも、一族に望まれた愛子(まなご)に直接稽古を付けるのが楽しみなようで、他の二人と共に湊の目覚めを心待ちにするのだった。

 

 

 


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