――長鳴神社
鳥居から参拝所までのちょうど中間地点辺りの屋台。
そこで伊織順平は一緒に祭りに来ていた友近と、珍しい物が置かれているなと思い、しゃがみ込んで商品を眺めていた。
「すっげぇ、アイドルの写真とかグッズが売ってるのはよく見るけど、学校のアイドルの写真やグッズが売ってるとか初めて見たぜ」
「ああ、俺も初めて見たよ。プリミナも規模が大きくなって、こんな屋台まで出せるようになったんだな」
二人がいる屋台には『プリミナ&真田王国』と書かれている。
プリミナは湊のファンクラブである『プリンス・ミナト』のことで、後者は真田のファンクラブである『真田
両組織は去年の試合の事もあって対立していたはずだが、店員として並んでいる両組織の会長は、特に仲違いした様子もなく椅子に座っている。
それも当然で、プリミナの会長である雪広繭子は真田王国の会長・
花島の実家は繭子の実家の近所で花屋を営んでおり。二人は町内で自営業を営んでいる伝手で、このような屋台を開くことが出来ている。
繭子が真田と同じクラスで隣の席なため、自分は隣のクラスなのにと嫉妬した美和がねちねちと妬みの言を電話で唱え続けたことや。真田王国の会長のくせに、湊との遭遇率が高くてよく会話をしているのが羨ましいと逆に繭子が怒りのテレフォンをかけたこともあったが、そういった事を除けば両者は商売中でも普段通りの様子で接客をしている。
「お二人とも、この店の収益は全て新たな皇子グッズの開発費となります。ですから、存分に散財していってください」
「うふふ、そんな物よりも皇帝グッズの方が御利益もありますよぉ? 持っていれば女子と話題の共有が出来ますしぃ。今年のオススメはこの春の部活紹介時のブロマイドです」
キリッとした良家の娘的な雰囲気の繭子に対し、美和はおっとりした箱入りの御令嬢タイプ。
浴衣を着てそんな二人が並んでいれば、非常に眼福ではあるのだが、生憎と順平も友近もグッズを買うほど母校のイケメン二人のファンにはなっていない。
体型の隠れる服で女子の恰好をした湊だけは別ではあるが、画像データならばともかく、グッズとして所持していると、もしやソッチの気があるのではと思われる危険を孕むため、やはり二人は眺めるだけで買う気はなかった。
そうして、しばらく冷やかしがてら、何か面白い物がないか眺め続けていると、後ろの方からある女子の声と近付いて来る下駄の音がした。
「うわっ、すっごい。ほら、君のグッズが売ってる店があるよ?」
「……先輩の方は後援費か。俺の方は普通に個人収益みたいだな」
話しながらやってきたのは、リンゴ飴を片手に持った浴衣姿のゆかりと全身黒の司祭服を着た湊。
真田王国の商品近くに置かれた『この店の収益は真田選手の遠征や活動備品等の費用に当てられます』と書かれた立て札を眺め、プリミナの方にはそういった立て札がないことで、完全に自分たちの懐に納まるシステムかと嘆息しているが、別に店をやめさせようとはしていない。
本人がそうならば、無関係の自分が口を出すのも変かと、ゆかりも気にした様子もなく置かれている商品を面白がってみている。
だが、新たに冷やかしで訪れた二人と違い。自分たちの崇拝している少年本人が登場したことに繭子は驚愕して席を立つと、そのまま屋台をぐるりと回って湊の横に拝むようにしゃがみ込んだ。
その様はまさに祈りを捧げる修道女。恰好は浴衣だが、あまりに見事な姿勢で司祭服の少年を拝んでいるので、まわりの人間は一瞬修道服と教会を幻視した。
しかし、急に往来でそんな事をされても対応に困るので、湊が相手を立たせようとしたとき、繭子は一人で懺悔を始めてしまう。
「ああ、皇子。わたくしは以前、放課後に貴方のクラスに忍び込み、勝手に貴方の席に座って喜びを感じていました。どうか愚かなわたくしに罰をお与えください」
「……別に学校の備品ですから、先輩の椅子と交換してたって気にしませんよ。俺が授業等を受ける事に支障が出ないのであればですけど」
「そ、そんなっ、なんと慈悲深いのでしょう。ああ、皇子。どうして、貴方はこんな心の醜いわたくしに慈悲をお与えになるのでしょうか」
「……その後悔が自身への罰となるでしょう。ですから、それ以上の罰は必要ないんです。悔い改め、他者に慈しみの心を持って接しなさい。そうすれば、貴女もいつか己を赦し、罰から解放されます」
「はい。この雪広繭子は、いまこの瞬間より、人々のために尽くしてゆきます。わたくしの懺悔を聞いてくださり。ありがとうございました」
急に始まった寸劇モドキに、湊が合わせるとは思っていなかった周囲は驚いていた。
顔をあげた繭子の表情が憑き物が落ちたようにスッキリしていたことで、もしや本当に湊には何かの力があるのではと思い始める。
けれど、それを直接聞けるのは、友好度の関係からこの場にはゆかりしかいないので、その彼女が笑いを堪えている以上、真実を知る事は出来そうにもなかった。
綺麗な笑みを浮かべて立ち上がった繭子が、元いた店員の席に戻りデジカメで撮影し出すと、一同は普段の調子を取り戻し、急に現れた湊に話しかけてくる。
「ああ、そういえば、今日の皇子は素敵なお召し物を着ていらっしゃいますね。とてもお似合いですが、皇子はカトリックですか? それともプロテスタント?」
「これは知り合いが神社に喧嘩を売ってこいと着せてきただけです。実家の話しでいうなら、多分、神道だったと思います。よく知りませんが、系譜的に神の子孫になってるんで変な話ですけど」
自分はそもそもクリスチャンではない。繭子に尋ねられた湊は、演技で自嘲的な笑みを作って返す。
すると、一緒にいて話しを聞いていたゆかりが、内容に気になることがあったらしく、不思議そうに尋ねてくる。
「神の子孫ってどういうこと?」
「家系図ってあるだろ。うちの実家には紀元前から俺まで続く物があったんだ。で、辿って行くと龍神の豊玉姫命ってのが直系に存在する」
「りゅ、龍って実際にいないじゃん」
「まぁな。けど、神話における豊玉姫命をさらに遡ると天照やら伊邪那岐や伊邪那美がいるから、仮にそれらが真実なら、俺も日本創世の神々の血を引いている訳で。先祖として敬うならともかく、神として崇める宗教を信仰していたというのは疑問を感じるという話しだ」
言いながら最後に、知っている人間は既に死んでいるから詳細は不明だが、と付け足すも一同は話しのスケールが大きくてよく理解出来ていない様子である。
けれど、湊自身は自分で話しながら神々が実在していた可能性もあると思っていた。
ニュクスが到来したのは四十億年以上前の原始の地球。それから今日まで、ずっとシャドウやペルソナのような存在がいなかったとは言い切れない。
また、エリザベスたちの話しによれば、メッチーのような悪魔も呼び出され地球に訪れていたことがあるというので、仮に神話の神々がそういった存在だとすれば、人との間に子を為した者がいてもおかしくはない。
もしも、本当に神々はそういった存在で、自分のルーツがそこに行きあたるのであれば、自分は純粋な人間とは異なる部分もあるのだろう。
だからと言って自分の生まれを悩むことはないが、それでも、少しばかり気になって考えていると、今まで黙っていた順平が話しかけてきた。
「えっと、有里君だよな? オレ、君の留学と入れ替わりに転入してきた伊織順平。一緒のクラスで君の次の出席番号だから、こうして会えたのも何かの縁って事で一つよろしくな」
「……有里湊、よろしく」
夏祭りで初対面の挨拶というのも変だが、お互いに会う機会もないので、せっかくの出会いに挨拶くらいは済ませておきたい。
そういった思いで順平が握手を求めると、差し出された手をしばし見つめてから、湊も握手に応じた。
現実離れした雰囲気に、どこか素っ気ない態度を見せていたため、握手に応じて貰えない可能性を考えていた順平は受けて貰えた事に喜ぶ。
過去に少年野球でバットを振って少し固くなっていた手を掴んでも、相手は嫌な顔一つしないので、聞いていたよりも良い人間かもしれないと思った。
なので、少しくらいからかっても大丈夫かと考え、湊の隣にいるゆかりも巻き込み、両者の関係について尋ねてみることにした。
「へへっ、にしても、君ら二人でお祭りってことはやっぱそういう事?」
若い男女が二人で祭りを回るという事は、傍から見ればデートにしか見えない。付き合っているかはともかく、最低でも友達以上の仲ではあるはず。
校内ルックスランキング上位として認識していた二人が、女子は浴衣を着て、男子も私服とは異なった衣装をわざわざ着ているのだ。
これでお互いの間に何もないと言う方が嘘だろう。
そうして、尋ねた順平や友近たちもジッと答えを待っていると、湊が普段通りのアンニュイな表情で、興味無さげに答えてきた。
「……想像に任せる」
「だーかーらぁ、君もわざと誤解される返事すんのやめなさいっての! 違うからね? ただ、他の人とはぐれちゃっただけだから」
本日の数十回にも及ぶ組員らとの会話によって、ゆかりは湊が口を開く前からどんな風に答えるか半ば予想していた。
案の定、面倒くさがって否定も肯定もしないという、なんとも誤解を受けそうな返しをしたことで、ゆかりは即座に否定し訂正を加える。
だが、ここで湊はさらにゆかりの想像の斜め上を行く言葉を続けた。
「……部活のメンバーや真田先輩らと一緒に来ていたんだが、来てすぐに岳羽が俺の手を引っ張って集団から離れたんだ。俺は何度も止まれと言ったけど聞き届けられず、完全にはぐれてから岳羽は二人で回ろうと言ってきたな」
「た、確かにそうですけど、全然意味合いが違いますから!」
湊の言葉は確かに間違ってはいない。ゆかりは集合して割とすぐに湊の腕を掴んで強制連行した。
さらに、待てと言う湊の言葉も無視して、気付けば完全にはぐれた状態となっており。合流も難しそうだったので、二人でとりあえず回ろうかと提案した。
ここまでは全て真実なので、相手の言葉を完全に否定する事は出来ない。
けれど、故意に誤解を受けそうな説明をしているようにしか思えなかったので、責めるように睨みつけていると、蒼の皇子と桜の王女のゴシップに強く食い付いた友近が、興味津々とばかりに便乗して質問をぶつけてくる。
「岳羽さんって結構アプローチ激しいタイプなんだ。なんか意外だなぁ。なっ、告白ってどっちから?」
「そんな物はしてない……が、前に一時帰国したときに、岳羽が自分を好きと言えと何度も強請って来て大変だった」
「も、もういいから、君は黙ってて!」
「んぐっ」
やれやれと肩を竦めて答える湊の口に、ゆかりは持っていた食べかけのリンゴ飴を突っ込んだ。
強制的に黙らせるための策だが、入れる際強く歯に当たったようで、痛みで顔を顰めた湊が抗議の視線をゆかりに送る。
「はぁ、怒らないとか言ってたのにメチャクチャ根に持ってるじゃん。ってか、本当に私たち付き合ってないから。合流しなきゃいけないから行くけど、変な噂とか広めないでよ。じゃあね」
だが、当人はそれを敢えて流し、順平や友近に他言無用だと釘を刺してから、そのまま疲れた表情で湊の背中を押して去って行った。
人混みに紛れてすぐにいなくなった二人を見ていた順平は、どこか羨ましそうに去って行った方角を見続け、最後には耐えきれなくなったのか大声で騒ぎだす。
「いいなぁ……すんげぇ、いいなぁ! オレも彼女作ってイチャイチャしてー!」
「お前、自分と有里の顔面偏差値の差を考えろよ」
「ともちーも見ただろ?! 食べかけのリンゴ飴なんて口に入れて貰っちゃってさぁ! その甘酸っぱさは間接キスの味ですかっつーんだよ!」
「意味分かんねぇよ……」
順平との間にはテンションに差があり過ぎて、もはやついて行けないと友近は肩を竦めて首を振る。
その両者の近くでは、真田が祭りに来ていると聞いて喜んでいる美和と、湊がゆかりと付き合っている疑惑を聞き、白目を剥きながら泡を吹いている繭子が倒れていた。
そんなカオスな状況の屋台へ、数分後、今度はチドリたちのグループがやってくるのだが、順平が先ほど去って行った二人について口を滑らせたために、グループの者らは不機嫌になったチドリに先を急かされ、美和は真田と会話することも出来ず祭りでの邂逅を終えてしまったのだった。
***
プリミナと真田王国の屋台を後にした湊とゆかりは、暇つぶしのゲームに興じていた。
入り口付近で真田たちが遊んでいた屋台とは別の店だが、こちらも組員が開いている射的屋である。
コルクを詰めた銃を構え、ゆかりは大きなテディベアを狙って引き金を引いた。
「あー、ちゃんと当たったのにー……」
弾は見事に命中したというのに、全く動く素振りもなく弾かれてしまったことで、残念そうに口を尖らせるゆかり。
狙ったぬいぐるみは、支えもなくしっかりと座れていることから、ある程度の重さがあり。尚且つ、重心も安定しているのだろう。
これでは何発当てても威力の関係で倒れる事はない。それに気付いている湊は、まだ弾が残っているので、別の物を狙った方が良いのではと進言する。
「……他のやつにしたらどうだ? あのぬいぐるみは、重心が安定していて倒せそうにないぞ」
「えー、だってあのクマが欲しいんだもん。有里君、頑張って取ってよ」
「だから、コルク銃じゃ無理だと……」
「取ってくれたら、昼間の件はチャラにするからさ」
体重を暴露したことを景品でチャラにする。この交換レートが等価交換になっているのかは不明だが、今後もまた
とはいっても、アナライズを使わずともクマを倒すのに銃がパワー不足なのは明白だ。
湊らが話している間に、何かを察した組員が心配した様子で“イカサマをしますか”とハンドシグナルでこっそり尋ねているが、そこで変にゲーム性を崩すのはよくない。
そうして、イカサマをせず銃で倒す方法を考えること数秒。湊はゆかりの残弾を使わず、半額でいいと言っていた店員に百円硬貨を渡した。
「へ、へい。何発用意しましょう?」
「基本は何発だ?」
「二百円で十発です」
「ああ、十分だ」
次の瞬間、湊は背中に手を回すとサイレンサー付きのMk.22を抜き放ち、容赦なくゆかりの欲したテディベアやフロスト人形など大きなぬいぐるみを射殺して、全てを棚の後ろのネットに落とした。
ハッシュパピーの異名を持つ暗殺用に開発された銃だけに、サイレンサーを付けていたこともあって、実銃を撃った事は祭りの喧騒に紛れ周囲に気付かれていない。
だが、急に隣にいた少年がコルク銃ではなく本物にしか見えない銃を発砲したことで、ゆかりはパクパクと口を開けたまま言葉を失っている。
それは組員も同じようで、湊が裏の仕事で人を殺していることは聞いているが、学友の前で銃を抜き放つと思っていなかったらしく、引き攣った表情で汗を掻いていた。
しばらくしてから落とした景品を大きな袋に詰めているが、組員が景品を持ってきたところで、ようやくゆかりも復活し、直前のことについて説明を求め湊に詰め寄る。
「ちょ、ちょっと、今の何よ!? 明らかに本物の銃だったじゃない!」
「ガスの圧力で弾を発射するタイプのモデルガンだ。本物があんなに静かな訳ないだろ。その証拠に景品にも穴は開いてない」
説明しながら湊は受け取った景品を袋から出し、ゆかりに手渡して確認させる。
初めは信じていなかったゆかりも、クマを手に持ち全身を念入りに確認したが、湊の言う通りに弾が貫通した穴が見つからなかった。
そのため、疑いつつも一応は信じたらしく。完全には納得していない様子で、ぶっきらぼうに言葉を返してくる。
「……ホントだ。けど、普段からそんなの持ち歩いてたの?」
「外国だと玩具でも脅しになって、強盗が何もせずに逃げて行くんだよ」
実は全くのデタラメである。銃は勿論本物で、穴が開いていなかったのは、単に空包をぶつけたからだ。
空包とは弾頭の詰められていない弾薬の一種で、ほとんど光と音だけと言われつつも、銃の種類や距離によっては痣が出来たり骨折するほどの威力が出る場合もある。
今回は、蠍の心臓に居た頃、サバゲー感覚で実銃を使った遊びに使っていた銃をそのままにしていたので使ったが、仮に愛用のガバメントで空包を放っていれば、今頃、クマは眉間に風通しのよい穴が出来ているところであった。
そんな事は全く知らないゆかりは、湊の危険な持ち物についてもうノータッチでいることにしたのか、受け取ったぬいぐるみを改めてジッと眺めている。
しかし、しばらくして突然眺めるのを止めると、湊の方にクマの顔を向けて自分の口元を隠すよう抱き上げ、小さな子どものような声色で話しかけてくる。
「有里君、ありがとうクマー」
「……フッ、本物のクマは鳴き声でもクマなんて言わないぞ」
「ふふっ、分かってるって。ていうか、また笑ったね。君ももっと笑った方がいいと思うよ? 根は優しいんだからさ。いっつも殺し屋みたいな目付きしてるより、そっちの方が断然良いって」
ぬいぐるみでパンパンに膨れた袋を手に、湊とゆかりは射的屋を後にして歩き出す。
相手はたとえ話で“殺し屋”と口にしたのだろうが、正にその通りであることに、湊は内心で苦笑する。
自分は本物の殺人鬼だ。優しさも後に相手を利用し易くするための下準備に過ぎない。
そんな風に己に向けられたゆかりの言葉を心の中で否定するも、本人も気付かぬ内に現在の居場所に未練を感じているのか、今の関係を壊そうとは思わなかった。
「……そう言われても、自分でもどうやれば笑えるのかよく分からないんだ。ふとしたときに気付けば笑っているだけで、怒りなどの負の感情以外は六年前からほとんど湧かなくなった。泣いたのだって両親が死んだ事故が最後で、それ以来一度もない」
「それって……辛くないの? ご両親が亡くなったこと、やっぱり悲しいんでしょ?」
「悲しかった、とは思う。でも、記憶が徐々に薄れていくんだ。思い出そうにも、ビデオカメラの録画を見ているようで、はっきり言って他人事のように感じている。写真の一つでもあれば違うんだろうが、事故にあってすぐに施設に入れられたから、昔の自分を表す物は何も持ってないんだ」
桐条英恵と再会後、相手は湊に家族の写った写真を渡そうとしてきたが、それは英恵の物だからと受け取りを拒否した。
湊の母である菖蒲と父である雅らとの思い出の品はもう増えない。だからこそ、菖蒲の親友で今も大切に想っている英恵がそれを持っておくべきだと考えたのだ。
会話を続けている間に、二人は去年チドリたちが食事のときに座っていた本殿近くのベンチに到着した。
大量の景品の入った袋と、少しずつ買い集めていた料理の袋を傍に置き、並んで腰かけて後発組の到着を待つ。
先ほどまでと打って変わり、二人の間に暗い沈黙が降りていると、ゆかりもぬいぐるみの手を動かして遊びながらぽつりと溢した。
「私もさ、お父さんが君のご両親が亡くなった事故で死んでるんだよね。てか、世間的には事故を起こした張本人って扱い。桐条の研究機関の結構偉い人だったっぽいんだ……」
岳羽詠一朗、湊に適性を得る切っ掛けを与え、世界に滅びまでの猶予を作った人物だ。
ゆかりの話している事は湊も知っており、影時間の記憶のすり替えが悪い方向に働いた結果だと認識している。
「でも、私はお父さんが事故を起こしたとは思えないの。そりゃ、無関係ではないだろうけど、そこには何かしらの理由があったはずなのよ」
「……理由があれば許されるのか?」
「ううん、許されないよ。でも、真実や事実が分かっていない状態で、当時のニュースみたいに欲に目が眩んで成功を焦ったって言われるのは可哀想だと思わない?」
尋ねるゆかりの表情は、どこか諦観を含んだ乾いた笑み。
父親が事故を起こした人物としてバッシングを受ける際に、彼女も相当な仕打ちを周囲の人間から受けたに違いない。
しかし、それでもゆかりは無罪を信じている。欲に目が眩んで人々を危険に晒すようなことを、あの優しかった父がするはずはないと。
「だから、私はあの事故の真実が知りたくてこの街に来たの。お父さんは私の知ってる優しい人なんだって、それを証明したくて」
「……桐条には接触したのか?」
「え? いや、まだっていうか。やっぱり、そこを攻めないと無理かな?」
急に湊が相談に乗るような形で声を掛けてきた事に驚くゆかり。
けれど、湊もあの事故の被害者であるなら、自分と同じように少しは調べたのかもしれないと思い。素直に答えて会話が続く。
「あの事故現場にいた生存者がそもそも少ないんだ。仮に相手が桐条から離れているにせよ、その後の足取りを追うには知っていそうな人間に接触するしかない。どちらにせよ、そこは避けては通れないだろう」
湊もゆかりが真剣に父の無罪を証明しようとしていると理解したため、彼女が自分の持っている遺言のディスクに辿り着くヒントを与える。
ペルソナに覚醒したなら、相手に受けとめる準備が出来た時点で渡してもよいが、今のゆかりは適性を得ることも出来ないレベルだ。
それでは流石に危険に巻き込むことになるため、影時間についても教える事は出来ない。
故に、今は日常の世界だけでも出来ることに会話の内容を限定する。
「あー、うん。分かってたけど、すごく大変そう。三年に桐条先輩ってグループの御令嬢がいるけど、あの人と接触したらいける?」
「パイプを作る切っ掛けとしては妥当だろうな。ただ、本人が情報を持っているとは思わない方がいい。いくら宗家の人間でも、当時はただの小学生だ」
桐条側の情報は、研究成果も含めて、英恵を通じて湊もしっかり得ている。
それによると、事故現場でデスが生まれた事により事故が起きた事は分かっているが、そのデス自体は湊とアイギスの手によって討伐されたということになっていた。
しかし、日付から逆算すると、それらは人工ペルソナ使いの実験が始まる前に作られた報告書になっており。まだ小さかった美鶴に教えているとは思えない。
湊らがエルゴ研を脱走したときには、実験途中の研究データはほとんど飛んだので、サーバに残っていたデータに、新たに発足したラボでの研究データを足した分が桐条グループの持つ情報だ。
桐条武治が娘や妻に血生臭い人体実験を教えるとは思えないので、実質、ペルソナとシャドウ、そして、あの事故を境に影時間とタルタロスが生まれた、という事くらいが美鶴の知る情報の全てだろうと湊は読んでいた。
「そっか。ていうか、有里君ってそういうの詳しいの? 実は事故の真相も知ってたり?」
「……知ってれば嬉しいか?」
「まぁ、わざわざ大変なことをする手間が省けるからね。そこで調べるのを止めようとは思わないけど、その情報によっては調べて行く方向性が定まるっていうか」
少し恥ずかしそうに笑って、知っていたら教えてくださいと暗に強請ってくるゆかり。
本人もそこまで真剣に言っている訳ではないだろうが、一番最初に尋ねたのが、事の真相を最も知っている人物の一人というのは、彼女自身の持って生まれた運のおかげなのか。
様々な真相を知っていて訊かれた本人は、そのことに内心で苦笑しつつ、表情は普段通りのやる気の感じられない物にして、極めて勿体ぶった言い方で返した。
「……なら、何も教えないでおこう。せいぜい悩んで、何でもするからと泣き付いてくれば教えてやる」
「うわぁ、性格悪すぎ。本当に何か知ってるの? それに私に何させるつもりよ?」
せっかく、こうやって夏祭りにやってきたのだ。いつまでも暗い雰囲気を引き摺っていては勿体ない。
湊はわざと上から目線で返すことで、暗くなっていたお互いの間の空気を霧散させた。
だが、中学二年生の少女にそんな気遣いは理解されなかったようで、ジトっとした呆れを含んだ責める視線で一瞥し、ゆかりは湊が何を考えているか聞こうとしてきた。
気を遣ったとばれていないのなら好都合。湊は不遜な態度を続けて、質問に質問で返す。
「……何をさせると思う?」
「えー……なんか、やらしい事とか?」
「それがお前の希望か」
「ち、違うから!」
ゆかりの返事を聞いて湊が浮かべたのは、明らかな含みを持った嘲笑。
誰もが認める美貌を持ち、中学生とは思えない落ち着きをしているだけに、そんな少年が相手を見下したように哂えば、それは邪悪で蠱惑的ながらもいっそその闇に溺れてしまいたい気持ちにさせる不思議な魅力を放っている。
顔を真っ赤にして否定するゆかりも、自分がただ内容の恥ずかしさだけで赤面しているだけではないと理解していて、しかし、ただ顔が良いだけの相手に照れていることが悔しいため、ぬいぐるみの手を使って湊にジャブを繰り出す。
それを手で受けることで軽く流し、湊は同じ空気を纏ったまま会話を続ける。
「なら、他にして欲しいことがあるのか?」
「いや、して欲しいことって……あ、じゃあ、優しくして欲しい!」
「……まぁ、初めては痛いらしいしな。そのくらいの配慮はちゃんと」
「そういう意味じゃねぇっつの! 女子相手に下ネタ振るってどんな変態なのよ」
して欲しいことはないか尋ねてきたことを逆手に取り、ゆかりは閃いたとばかり顔を輝かせて、自分への態度を優しい物にしてくれと頼んだ。
学園の内外問わず、相手は基本的に女子に優しいと評判なので、それほど不満がある訳ではないが、たまにゆかりにだけ無遠慮な態度を取ることがある。
ゆかりとしては、その部分を他の女子と同じように丁寧に扱って欲しいと頼んだ訳だが、返って来た言葉は明らかな十八禁。
小学校から性教育は始まっているため、ゆかりも一応、そういった行為に対する知識は人並みに持ち合わせている。
けれど、まさか二人きりの状態で、固いイメージのある少年がそんな事を言ってきた事実に動揺を隠せず、ゆかりは頬を染めて自分の身を守る様にクマを胸に抱いた。
「君もやっぱり男の子じゃん。そ、そういう話しがしたいなら、私じゃなくて同じ男子としてよねっ」
「自分の性別も定まってないのに、そんな話に興味がある訳ないだろ。というか、大っぴらにする話ではないが、そこまで初心な反応をされてもな。さっき会った同級生の……
湊もゆかりが校内でモテていることは知っている。
放課後に告白したいからと女子に呼び出されれば、たまにゆかりと彼女に告白しようとした男子とブッキングすることもあり、同じ日に同じ場所を指定した告白する側だった二人が気まずそうに謝罪し合っていたこともあった。
別に告白されたから付き合わなければならないこともないが、それでも誰とも付き合わないのには何か理由があるのではないか。
そう思って興味本位で訊いてみると、ゆかりは視線を泳がせながら、やや恥ずかしそうに小さな声で答える。
「親重じゃなくて友近くんね。それで、えと、私、好きな人いないし。それに男に頼らないで自分一人で生きて行くって決めてるんだもん」
「……お前が抱いてるクマは男に頼って手に入れた物だと思うがな」
本人にその自覚はなかったようで、湊に指摘されたゆかりは、僅かに瞳を揺らしてクマを湊に返そうとしてきた。
けれど、貰ったクマとの別れが嫌だったのか、再び抱きしめて口元を隠すと、俯き沈んだ声色でゆかりは呟いた。
「君は……女の子なんでしょ。だから、セーフ」
「それは詭弁だ。まぁ、事情があるようだから深くは聞かない。ただ、辛くなったら話せ。愚痴くらいは聞いてやる」
「それって君が神父さんだから?」
「いいや、ある人にお前をよろしくと頼まれたからだ」
呼称としては神父よりも司祭の方が正しいのだが、そういった呼び方の違いを相手は理解していないようなので、湊は気にせず自分がゆかりに気を配っている理由を話す。
ベルベットルームの契約には含まれていないが、過去に岳羽詠一朗からゆかりと仲良くしてやって欲しい、守ってやって欲しいとお願いされた。
当時の湊は「出来たらね」と生意気に返して相手を苦笑させたものだが、去年の夢に出てきた彼としっかり守ってやると約束した。
だが、それをまだ話せない湊は、不思議そうにしばらく考えているゆかりにどう答えるか、聞き返される前に既に答えを用意しておく事にした。
「……入学式に席が隣だったからって、お母さんが君に挨拶でもしたの?」
「さぁ、どうだろうな」
「……ケチ、いじわる」
質問しても何度もひらりと躱して、ろくに答えてくれないことに怒ったのか、クマに顔を埋めて不満げに上目使いで文句を言うゆかり。
だが、案外子どもっぽい相手の予想通りのリアクションに、湊は苦笑しながら少し試すようにある提案を持ちかけてみる。
「……知りたいなら対価を払え。キスでいいぞ」
「口に?」
「お前に任せる」
そう言われると悩むのか、ゆかりは何度も湊の方をちらちらと見て考えている。
提案を持ちかけた湊としては、別に頬でも、手の甲でも構わない。
何せ口にされたところで、どうせ答えてやるつもりはないのだから。
そうして、聖職者の恰好をした悪魔に騙されている哀れな乙女は、ついに場所を決めたのか、しっかり一度頷いて答えを返した。
「それじゃあ、投げキッスで」
「……やってみろ」
「ンー……ちゅっ。はい、やった」
湊の言葉をどうせ出来ないだろうという挑発だと取ったのか、ゆかりはわざとらしいくらいの仕草で投げキッスを湊にプレゼントした。
終わった後は、どうよとばかりに不敵な笑みを浮かべて、湊が先ほどの質問に答えるのを待っている。
けれど、この悪魔は約束を破るだけではなく、しっかり対価を払った者に破滅の道まで用意していた鬼であった。
「まぁ、他のやつらに見られたようだがな。言い訳は自分で考えろよ。俺は“いじわる”だから、何も弁護しない」
「ちょっ、ウソでしょっ!?」
言われた事に驚き、ゆかりが湊の指差す方へ視線を向けると、確かに、不機嫌そうなチドリや気まずそうな美紀や風花が歩いて来ていた。
その後ろにいる先輩組も、真田は呆れ顔、荒垣は同情的な視線、亜夜は良い笑顔で手に持った携帯を見せてきているなど、どれもゆかりにとって優しくない対応ばかり。
中でも亜夜の表情と携帯を見せていることから推測するに、ゆかりの投げキッスはばっちり激写か録画されているようだ。
「た、たた、助けて有里君っ!!」
以前の土産のときは単純な喧嘩として処理出来たが、今回はいつまでも弄られるネタを皆に提供してしまったことになる。
テストや部活で馬鹿をしたなら、ちょっとした思い出として笑い話に出来るが、流石に男に笑顔で投げキッスをしたというのは黒歴史としか言いようがない。
クマを抱いていない方の手で湊の袖を掴むと、ゆかりは羞恥で混乱しながら涙目になって助けを求めた。
「……安心しろ。きっと生温かい目で見られるだけだ」
「それ一部は小馬鹿にしてニヤついてるだけだから!」
風花と美紀は気を遣ってそうしてくれるだろうが、逆にその優しさが生殺しのようになって、自分自身が場の空気に耐えられなくなる自信があった。
また、冷静になったチドリや話しを聞いた櫛名田は、きっと今回の事をネタにしてしばらく弄ってくるに違いない。
公衆の面前で投げキッスとは大胆だ、などと言って、ゆかりが羞恥に悶えるさまを見てニヤニヤと笑うのだ。
「ほ、他にっ、頭良いんならすごい案を出してよ!」
自分が馬鹿にされる未来が確信に近い形で予想出来ているゆかりは、他に何か解決策はないのか強請る。
チドリらが到着するまで時間がない。せめて、いまこの場を切り抜けられるだけの案が欲しい。
ゆかりが必死に頼み込むも、悪魔はやはり悪魔であった。
「男に頼っていては一人で生きていけないぞ?」
「そういう意味じゃなぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」
ゆかりの叫びも虚しく。その後は、合流してきたメンバーらに食事中投げキッスの話題で弄られ、どれだけ誤解だと言おうとも、亜夜の携帯に連続撮影された写真が証拠として残っているせいで言い訳が効かず。
また、湊に取って貰ったクマのぬいぐるみを大事そうに抱えていたこともあって、ゆかりは故意に集団からはぐれたという烙印を最終的に押された。
一方で、自分は弁護しないと言っていた悪魔は、大量に取ったぬいぐるみを女性陣に配分したことで聞かれる前にペースを掴み。
その後は、ずっと食事を続けることで、相手が尋ねづらい状況を作って、一人だけ追求を逃れており。最後までゆかりに追求が集中するよう、意図的に場のコントロールを行っていたのだった。