【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第三章 -Logos-
第八十二話 気付く者たち


9月18日(月)

早朝――桔梗組・本部

 

《海外のニュースです。今朝、日本の識別コードを持った小型飛行機が……》

 

 日課の鍛錬とシャワーを済ませ、学校へ行く準備をしていたチドリ。

 制服に着替え、ニュースを見ながら桜の用意した朝食を揃って食べようとしていた時、その声は聞こえた。

 

『ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!』

 

 全身がぞくりとした悪寒に震えるほどの絶叫。

 日常ではまず聞くことのない絶望一色に染まった声など、エルゴ研時代にも数度しか聞いたことはない。

 だが、いま頭の中に響いた声は、それよりもさらに深く暗い闇に呑まれた者の声に聞こえた。

 初秋の静かな朝にそんな声が聞こえる事などあり得ない。まして、それが遠く離れた地にいる少年の声ならば尚のこと。

 不思議に思ったチドリは、思わず呟いていた。

 

「……湊?」

「っ、ちーちゃんも聞こえたの?」

「私もって、桜にも聞こえたの?」

 

 気のせいだと思っていたが、どうやら桜にも同じ声が聞こえていたようで、相手も困惑顔を浮かべ頷いている。

 けれど、自分一人ではないということは、今さっきの絶叫はただの幻聴ではないということだ。

 二人揃って妙な夢を見ていただけならば不思議な体験だったと笑い話に出来る。

 だからこそ、今は湊の身に何かあったという前提で事を考えねばならない。

 

「……桜、栗原とかに連絡してみて。私も他に聞こえた人間がいないか聞いてみるから」

「う、うん。わかった」

 

 チドリの指示を聞いた桜は、持っていたお盆をテーブルに置いて電話の元まで駆けて行った。

 その間、チドリもとりあえず部活メンバーに、変な声を聞かなかったか、という内容のメールを一斉に送信しておく。

 時刻は既に七時を過ぎているため、朝練のあるゆかりや規則正しい生活をしている美紀と風花も起きているだろう。

 返事を待つ間に湊とイリスに電話とメールをしてみるが、何の応答もない事が余計に不安を掻き立てる。

 そうして、諦めて他の者からの返事を少し待っていると、佐久間や櫛名田も含めた全員からメールの返事が返ってきた。

 そこに書かれていた内容は、

 

「……全員聞こえた、ね。やっぱり湊に何かあったんだ」

 

 先輩の男子らには送ってないが、それでも別々の場所に居る五人以上が、同じタイミングで幻聴を聞いたなど異常事態である。

 さらに、他の者もどうやら湊の声だと認識したらしい。

 チドリがメールで聞いたことで、他の者らも幻聴ではないと理解したようだが、湊に何かあったのかと聞かれても答える事は出来ない。

 とりあえず、何かあったかも知れないことだけ伝え、現状を把握するため今日は休む連絡も同時にしておいた。

 チドリが平和な日常を過ごす事を願っている湊が聞けば、自分に何かあったくらいで休むなと言われそうだ。

 だが今はむしろ、そんな言葉で良いから彼の声が聞きたいと強く思う。

 

「ちーちゃん、お父さんや栗原さんも聞こえたって。でも、組員の人たちは渡瀬さんくらいしか聞こえてないみたい」

 

 戻ってきた桜が慌てた様子で答えると、チドリも自分が集めた情報を伝える。

 

「こっちも学校の知り合いは聞こえたって言ってる。でも、聞こえた人間と聞こえなかった人間の違いが分からない」

 

 知り合いならば全員が聞こえているのかも知れないと思ったが、組の仕事で遠出している鵜飼と渡瀬には聞こえていて、同じ場所にいる組員らには聞こえていないという違いが出た。

 ならば、湊の知り合いであることは聞こえる条件ではない。

 他に一部の者だけが関係している、湊との強い繋がりは何かあっただろうかと考え込むこと数秒。

 チドリは自分の内に存在する、湊と自分を繋ぐ何かの力が弱まっていることに気付いた。

 

「湊との繋がりが弱まっていってる。何これ、訳分かんない」

「繋がり……エリザベスさん達の言ってた“コミュニティ”とかって物かしら?」

 

 同じように桜も自分の内に存在する何かの力が弱まっていくのを感じたようで、しばらく考え込んだ末に一つの推測をもらした。

 コミュニティについてはチドリも湊から聞いている。湊の持つ他者との繋がり、自分だけでは育む事の出来ない外部から与えられる心の力だと。

 それが弱まっているのだとすれば事態は思っていたよりも深刻だ。

 繋がりが消滅する原因として、およそ考えられる理由は大きく分けて二つ。

 一つは湊が他人のことを考えられないほど精神的に追い込まれている状況。

 先ほどの絶叫から想像するならば、こちらの方が正解だと思える。何か自分たちでは想像も出来ないような、酷い目に遭ってしまったに違いない。

 けれど、そうでなかったのなら、最早一刻の猶予もないほど状況は切迫していると思っていい。

 そんなチドリが危惧する最悪の状況とは、湊が自らの意思で意図的に絆を捨てた場合だ。

 人に囲まれていても孤独を感じさせる冷めた瞳、それを見る度、いつかどこか遠くへ行ってしまうのではないかと何度も思った。

 自分たちの手の届かない場所へ、二度と会えないところへ、少年が去ってゆくのではないかと。

 

「……八雲」

 

 状況が分からない。それでも、何かせずにはいられない衝動を抑えこみ、チドリは桜と共に情報を集めるため、私服へと着替えに自室に戻るのだった。

 

 

深夜――パライナ地区

 

 現地時間で深夜一時を過ぎた頃、小高い丘の上に生気を失った瞳をした少年が独り倒れていた。

 丘の下に見える施設のまわりには、近所の街から警察や消防車がマスコミと一緒にやって来ている。

 だが、必死の消火活動も虚しく、消防士たちは天まで伸びる炎の壁に阻まれ施設の敷地内に入れないでいた。

 そう、イリスが死ぬ前に呼び出されたスーツェーが、今もまだ湊の力の供給を受けて施設を炎で包みこんでいるのだ。

 呼び出してから既に三時間は経過している。それだけの長時間ずっと魔法を放ち続けることなど、以前の湊ならば不可能だったに違いない。

 加えて、湊は“マハラギオン”と命令したが、その威力は他者の“マハラギダイン”を凌駕している。

 イリスが死に瀕していたことでコントロールを誤ったのかもしれないが、ナギリの血に目覚めたことにより、適性値も跳ね上がったのは間違いなかった。

 

「……ここに居たか」

 

 そして、そんな異様な光景の見える丘の上に、やってくる一人の武人がいた。

 燃える炎のように赤い髪、二メートル近い巨大な体躯、蓮の花の刺繍が背中に入った黒いカンフー服を着た男、仙道弥勒。

 やってきた仙道は、倒れている湊に駆け寄ると、相手を抱き起こして声を掛けた。

 

「おい、無事か! 返事をしろ、ナギリよ!」

 

 抱き起こしても、身体を揺らしても湊は何の反応も返さない。

 元々は敵だった男が近付いても、まったく何の反応も示していなかったことでその可能性は考えていたが、焦点の合わない光のない瞳を見たとき、似た物を見たことのあった仙道は今の湊の状態を理解した。

 この少年の心は完全に壊れている、と。

 武を極めようと世界中を旅してきた中で、親に売られでもしたのか、親子ほども歳が離れた男の慰み物になっている少女を見たことがあった。

 その少女も、生きてはいるが完全に感情が消えて、ただ言われた通りに動く人形のようになっていたことをよく覚えている。

 少女は辛い毎日を送る中で心が摩耗し、命だけでも助かるために心が壊れることを脳が選んだのだろうが、たった一夜でそれよりも酷い状態になるとは、湊がどれだけの絶望を味わったのか計り知れない。

 そして、楽しみにしていたナギリとの戦いの前に、少年をこんな形で壊してしまったソフィアへ憤りを感じる。

 

「くそっ、しっかりしろ! 死ぬな、小僧っ」

 

 心と身体はとても繊細なバランスで成り立っているのだ。このままでは、肉体も精神に引き摺られるように死んでしまうかもしれない。

 どうにか少しでも反応を返せるようにならないかと、必死に仙道は呼びかける。

 すると、相手もようやく自分の傍に誰かがいることに気付いたのか、光の消えた瞳を中空に向けたまま、小さく口を開いた。

 

「…………こ……ろし……て……くれ」

「っ、莫迦なことを抜かすな! 貴様はあの女と違い、生き長らえたのだろうが!」

 

 よもや、ここまで心が弱っているとは思っていなかった。

 あまりの事に言葉を一瞬失いかけるが、仙道は抱き起こしている湊の肩を強く掴みながら声を掛け続ける。

 湊の素性はほとんど分かっていないが、たとえ幾月らの言っていたクローンの話しが本当だったとしても、いまこの場に倒れている少年がナギリの力に目覚めかけていたことは確かだ。

 九頭龍を守り続けてきた鬼の力が最も発揮されるのは大切な物を守るとき。

 ならば、力に目覚めかけていた湊も、何か大切な物を守るために戦っていたに違いない。

 それを放り捨てて自らを殺してくれと願うなど、仙道の聞いていた鬼たちの姿とかけ離れ過ぎていた。

 ずっと湊の完成を待ち望んでいた仙道にとって、こんな無様な鬼の姿など耐え難いものであり、いっそこれ以上恥を晒す前に殺してやるべきかとも悩む。

 しかし、戦闘狂とは言っても、仙道も普通の人間としての感情についても理解はあった。

 相手はまだ中学生。そんな幼い少年が、自分の親しい人間を失ったのだ。一時的に何の気力も湧かない状態に陥るのも無理はない。

 けれど、いつまでもこんな姿でいて貰っては困る。

 復讐だろうと、ただの八つ当たりの暴走だろうと何でもいい。絶望の淵から甦り、本当の鬼としての力を自分に見せて欲しい。

 今は何を言っても無駄だと分かっているため、仙道はゆっくり湊を地面に下ろすと、立ち上がって去り際に言葉を残していく。

 

「六日待つ。一週間後、トラゴスの街にある廃ビルに来い。そこでわしと死合い、勝てばあの仕事屋が死ぬように仕向けた者の情報を教えてやろう。此度の件は偶然起きた事故ではない。お主の傍にいるあの女を殺すために仕組まれたことなのだ。大切な者だったのなら、手厚く葬り、そして(かたき)を討ってやれ」

 

 それだけ言い残すと、仙道は空に伸びる炎に一度視線を送ってから去って行った。

 独り残された湊は虚ろな瞳で身動きもせず、ただただ屍のように地面に横たわったままでいる。

 ナギリの血に目覚めた湊は、以前のように眠っても呼吸と脈拍の減少や体温が下がるという事が無くなった。

 以前のあの仮死状態は、封印時にアイギスの力と共にデスの力を取り込んだ湊の肉体が、少しでも長く生きようとしていた一種の疑似コールドスリープであり。いまこの瞬間も、血に目覚めて身体が作り変えられていっている湊には必要のないものなのだ。

 けれど、目覚めた鬼の力は未だ振るわれることはない。少年が再び立ち上がるまでは。

 

 

――屋久島・研究所

 

 チドリたちが湊の異変を感知するよりも時を遡ること数時間前。

 ここは桐条が対シャドウ兵装シリーズの製造と実験のため、エルゴ研の発足当時に秘密裏に建設した屋久島の研究所。

 あの事故以来、対シャドウ兵装シリーズの製造もほぼ行っておらず、今ではほとんど使われていない。

 だが、先の戦闘で中破したアイギスは、エルゴ研が湊の手で壊滅させられたため、安全な場所で補修と改良をしようとここに運び込まれていた。

 もっとも、ポートアイランドインパクト以降、どれだけ直そうとも一度も起動せず、外部電源で無理矢理に起動させようとしても信号が拒否され、アイギスは今や担当となった研究者たちを悩ませる存在となっている。

 研究者の中には完全に廃棄し、新造したボディへ人格を再調整したパピヨンハートを移植した方が良いのでは、という意見をいう者もあった。

 それが実行に移されていないのは、何があろうともアイギスの人格を宿しているパピヨンハートに手を加えてはならないと、桐条グループの総帥である桐条武治から厳命が下っているからである。

 桐条がそんな命令をしたのは、エルゴ研時代の飛騨のレポートに湊がアイギスのことを気に掛けている様子が書かれていたからだ。

 現在も同じように考えているかは分からない。それでも、湊が気に掛けていたアイギスとチドリという二人の少女に何かしようものなら、今度こそ、桐条グループは滅ぼされる。

 実行者と桐条が殺されるだけで済めばいいが、当然、そんな物では済まされない。

 名切りの力は一族や組織を絶つもの。血に目覚めていない状態でも、湊はたった一人でエルゴ研を壊滅させた実績があるのだ。

 湊の出自と生存を知っているからこそ、桐条は、絶対に何があっても自分以外がその標的とならぬよう、組織の人間らにも徹底させていた。

 そして、人々が寝静まっている深夜、桐条の命令でボディの修理以外、新しいパーツの開発しか特にすることもなくなった研究所で、長い眠りより目を覚ます者がいた。

 

「――――あの方が独りになろうとしています。わたしの一番の大切はあの方の傍に居る事。いかなくては」

 

 前面部が解放された円筒形のメンテナンス装置が、その主の目覚めによって静かに起動する。

 座っていたその装置の椅子をゆっくりと降下させ、目覚めた機械の乙女“七式アイギス”はデスとの戦闘から数年ぶりに自らの足で地面に立った。

 ボディの修理はほぼ終わっていたらしく、身体の調子を確かめながらシステムチェックを済ましていき、それと並行してアイギスは周囲を見渡し自分の武装を探す。

 2009年に再起動と設定していたにも関わらず、眠っていたアイギスにも湊の絶望に染まった叫びは聞こえた。

 機械である彼女は情緒面が未だ不完全で、他者の感情の機微も理解出来ない。

 だというのに、声変わりしていようとあの叫びが大切な少年の物であると理解し、また存在が消えてゆくのをはっきりと感じ取ることが出来ている。

 何とも不思議な感覚だが、いまは少年の危機を教えてくれたソレに感謝しておくことにした。

 

「武装は汎用タイプが望ましいであります。ライフル型やロケットパンチでは、手として使う際に非常に不便ですから」

 

 周囲には誰もいないが、元々、作戦行動での起用がメインに考えられているため、アイギスは作戦にどういった物が向いているかを報告しながら、メンテナンス装置の傍の台に置かれていた腕パーツを物色していく。

 先ほど言っていたように、掌を完全に排除して大口径の銃身を取り付けるライフル型のパーツや、とても巨大な拳型パーツなど、アイギスが作られた頃よりも性能の上がったパーツが複数置かれている。

 けれど、研究所を出た後にどんなことが起こるか分からないため、武器としてだけでなく人間の手と同じように使える物を彼女は欲した。

 いま現在装備中の腕パーツ『三連装アルビオレ』も汎用型の一つだが、出来ればもう少し威力の高い銃としての機能が欲しい。

 そうして、しばらく探すこと十五分。

 結局、完成している汎用型のパーツは見つける事が出来ず、アイギスは諦めて予備弾倉を多めに持ってゆく事に決める。

 誰の趣味かは分からないが、丁度良いところに上下分かれた迷彩服と防水処理の施されたタクティカルギアベストも置かれ、本来は弾倉を入れるところではないポケットも利用し、アイギスは二百発分の予備弾倉と緊急用の充電コードを収納して重くなったベストを迷彩服と共に身に付けた。

 

「作戦行動中の正装、装備完了であります。では、これより八雲さんの救出及び情報収集に向かいます」

 

 ずっと外界の情報をシャットアウトして寝ていた自分に、大切な少年がいまどこにいるかは分からない。

 2009年になったらまた会うという約束を破ることになり、少年から怒られるかもしれない。

 だがそれでも、少年の危機にこんな場所でじっとしている事は出来なかった。

 厳しい叱責も、重い罰則もちゃんと受ける。しかし、それは全て彼の元へ辿り着き、相手の安全を確保してからだ。

 準備を終えるとすぐにメンテナンスルームの扉を開き、アイギスは深夜の暗い廊下を疾走する。

 集音マイク機能と目に搭載されたサーモカメラによると、夜勤担当なのかまだ数名が研究所に残っている事が分かった。

 研究員か、それとも重要施設の警備として雇われたガードマンか。

 相手の姿を目視するまでそれは分からないが、順路を考えるとこのまま進めば遭遇するのは確実である。

 

「――――空砲を装填」

 

 対シャドウ兵装であり、桐条の重要機密でもある自分は勝手な行動を許されぬ身。出撃しようとしているのが見つかれば、すぐに捕縛されてしまうだろうとアイギスは考える。

 故に、少しでも時間のロスを減らすため、ここは先手必勝だと威嚇の意味も込めて空砲を装填しておいた。

 一番近くにいるのは十二メートル先の角を曲がってすぐ。身長と体温が高めなことから、相手は体格のいい男だろう。

 エルゴ研時代の経験則から研究員で体格がいい者は少ないため、高確率で巡回している警備に違いないと判断し。

 

「動くなっ、であります!」

 

 アイギスは速度を維持したまま角を曲がると、音に反応して振り返りかけていた男の足もとに向けて発砲しながら進行し、そのまま相手の横を過ぎ去る。

 

「うおぁっ!? な、なんで対シャドウ兵器が起動してるんだっ!?」

 

 足元に向けて発砲された男は、驚き壁に向かって飛び退きながら、自分を攻撃してきた相手がずっと眠っていたアイギスだと分かりさらに驚愕している。

 けれど、いま相手の質問に答えている暇はない。騒ぎを聞き付けた人間が隔壁を下ろして、施設から出られないようにされるかも知れないのだ。

 もしものときは、ペルソナを召喚して隔壁を破壊することも厭わないが、出来る事ならエネルギーの温存も考えて穏便にいきたい。

 後ろから聞こえてくる怒号が遠ざかるのを感じながら、アイギスはただひたすらに出口を目指して走った。

 

「いたぞ! 止まれ、止まるんだ!」

「その命令には従えないであります! あの方の元へ向かうのを邪魔するというのなら、貴方がたを敵対勢力と判断し、こちらも相応の対応を取らせていただきます!」

 

 先ほどのガードマンが連絡したのか、防犯カメラで異変を察知したのかは分からないが、行く手を阻む様に通路の先に現れた研究員とガードマンたち。

 その手には暴動鎮圧用のゴム弾を装填した拳銃が握られており、しっかりと狙いを定めてきている。

 しかし、アイギスは止まらない。相手が撃ってくる前に両手の銃口を研究員らに向けて、当てるつもりで足に発砲する。

 対シャドウ用に作られた彼女の射撃は正確だ。当てるつもりで撃てば、例え風が吹いている屋外であっても、七割以上の高確率で的を捉える事が出来た。

 その彼女がこんな狭い屋内で発砲すれば、当然、弾丸は見事に男たちの足に命中する。

 いくら弾頭のない空砲とは言え、プロテクターも付けていない状態で喰らった男たちは、痛みで施設中に響くような叫び声を上げた。

 

『ぐあぁぁぁぁっ!?』

「た、対人用の安全装置がどうして作動してないんだっ。対シャドウ兵装は人間を撃てないはずだぞっ」

 

 命中を逃れた研究員の一人が、アイギスが自分たちを撃てている状況に困惑し、どういう事だと頭を掻き毟る。

 男の言う通り、アイギスやその姉妹機である対シャドウ兵装シリーズには、暴走や反乱を起こした場合の保険として安全装置が組み込まれている。

 人間を撃つことが出来ない。照準を合わせようとしても、ロックが定まらず。無理矢理に撃とうとしても、撃つ瞬間に無関係の方向へ腕を向けるようプログラミングされているのだ。

 彼女たちは対シャドウ兵装シリーズと呼ばれてはいても、普通の兵器としても有効に使うことが出来るため、エルゴ研ではその安全装置はかなり念入りに作って組み込んだはず。

 故に、どうしてアイギスが直撃弾をしっかり撃てているのか理解出来ず、拘束手段を持たない研究員らは走り去っていく彼女を見送ることしか出来ない。

 だが、走り去っていく際、アイギスは自分が何故人を撃つことが出来るのかを小さく言い残す。

 

「わたしの一番の大切はあの方の傍にいること。命令の優先権もそのように書き換えました。あの方を守るためならば、わたしは世界とだって戦います。どうか邪魔をしないでください」

 

 真剣な表情、そして、自分の邪魔をするなと言った彼女の瞳の奥に宿った確かな意思。

 それを目にした研究員らは、精神すらも人工的に作られた彼女が、まるで本物の人間のようにしか見えなかった。

 

***

 

 研究所の者らの制止を振り切り、なんとか無事外に出る事に成功したアイギス。

 湊との繋がりが徐々に弱まってきているため、最早一刻の猶予もないことは分かっているのだが、今の彼女には湊の居場所に関する情報が不足していた。

 今現在、自分が屋久島にいることは分かっている。日付は2006年9月18日になって数時間経った深夜。

 研究所の外は台風十三号の影響で凄まじい雨と風が吹き荒れているが、もうすぐ通り過ぎて午前中のうちに本州へ上陸していることだろう。

 もっとも、そんな通り過ぎるのを待っている余裕は、一刻を争うと思っている現在のアイギスにはない。

 頭上で雷鳴が轟こうが、激しい雨が身体を打とうが、兵器である自分には関係ないとばかりに、どこか懐かしさを感じる屋久島の森の中を走り続ける。

 

(……不思議ですね。何故だか、この森を知っているような気がします。再起動後のためにこの島の地形データをインストールされたのでしょうか?)

 

 屋久島での運用実験が行われていないことから、この場所を知っている筈はないのだが、アイギスは自然とどこを進めば森を抜けられるのかを理解していた。

 機械の自分に既視感という物は存在しないからこそ、彼女自身は、デスとの戦闘後にここへ運ばれていたこともあって、新たに地形データがインストールされたと思い込む。

 だが実際は、当時の記憶を失っているだけで、アイギスは本当にこの場所を知っていた。

 いくらか内装や設備に変更があったようだが、1999年の五月に港区の研究所から演習のために搬送され。開発者の君嶋 夕(きみじま ゆう)や教官役で雇われた相沢 総太(あいざわ そうた)と共に先ほどまでいた研究所で数日間を過ごしていた。

 当時、ここに勤めていてアイギスの整備担当者だった狭山 京香(さやま きょうか)、訓練用のシャドウの搬送と調整を行ってくれていた岳羽詠一朗に、アイギス自身を足した計五人がその演習の参加メンバーだ。

 もっとも、君嶋は演習中にアイギスをシャドウから庇って死亡。

 相沢は元軍人というキャリアを持ち、君嶋の古くからの知り合いだったことで、アイギスにとって初めての課外演習の教官として雇われただけであり、演習終了後は桐条とは無関係な人生を生きていて居場所は不明。

 狭山も大学の先輩だった君嶋に誘われて研究に参加していたため、彼女が死亡したことを切っ掛けに退職している。

 そして、最も長く桐条と関わっていた岳羽ですら、ポートアイランドインパクトで既に故人になっているため、演習中の記憶がその後の活動に支障をきたす恐れがあると、当時のエルゴ研に記憶データを消されているアイギスに演習時のことを知る手段はない。

 

(地形データのインストールの真偽は不明ですが、いまは好都合であります。このまま森を抜け、空港を目指します)

 

 当時のことを忘れていようと、アイギスは道が分かるのなら都合が良いと考えひたすら進み続ける。

 雨でぬかるんだ地面の泥を跳ねさせながら、植物が鬱蒼と生い茂っていようと無視して斜面を駆け下りる。

 いま重要なのは少しでも早く湊の元に辿り着くことだ。

 居場所は分からないが、自分に湊のことを知らせてくれた“何か”のおかげで、相手が海の向こうにいることだけはハッキリ理解出来た。

 故に、まずは空港に行って海を渡る手段を手に入れる。数日前から台風で天気も荒れていたはずなので、飛行機は大量に残っていることだろう。

 燃料さえ入っていれば、後は秘密の鍵開けスキルと無駄にインストールされている兵器類の知識を利用して小型飛行機くらいは飛ばせるはず。

 そんな曖昧なプランを立てて、研究員らに手を回されるよりも早く移動手段を確保するため、森を抜けたアイギスは舗装されたアスファルトの路面を時速一三〇キロ(フルブースト)で疾走した。

 

「見えてきたであります」

 

 走り続けること数分。元々、研究所と空港はそれほど離れていなかったため、森を抜けてショートカットしたこともあり、アイギスは無事に空港へ辿り着くことが出来た。

 空港にやってきた彼女は、深夜で暗くなっている建物には目もくれず。そのまま速度を維持して滑走路への侵入防止の金網へ向かう。

 金網の上部には有刺鉄線が張り巡らされているが、アイギスの身体能力を持ってすれば、その程度、跳び超える事は十分可能であった。

 

「いきます!」

 

 気合一閃、十分に速度に乗ったまま、アイギスは跳躍すると有刺鉄線を悠々跳び超える。

 着地の際、下に雨水が溜まっていて勢いのまま滑るが、オートバランサーで調整し、なんとか堪えて数メートル進んだ先で停止する。

 これで侵入は完了した。次は格納庫から、燃料が入っていて尚且つ操縦できそうな飛行機を少しばかり借りれば、湊救出ミッションの第一段階をクリアーしたと言っていい。

 生憎の天気と深夜という状況で視界は悪いが、アイギスは暗視モードで格納庫を探す。

 元々、そんなに広い空港でもないため、軽く見渡せばすぐに見つける事が出来た。

 防犯カメラ等に写らないよう細心の注意を払い。滑走路内を横断して、扉に掛かっていた鍵を握力と腕力で引き千切って格納庫への侵入にも成功する。

 中には、観光客向けの物だろうか。数台の小型飛行機と少し大きめのプロペラ機が静かに置かれていた。

 

「最低でも海を越えて大陸に辿り着く必要があります。ここからですと、上海浦東(シャンハイプートン)国際空港が一番近いでしょうか。距離にして約八五〇キロ、セスナで十分ですね」

 

 言いながら、一番近くにあったセスナの燃料を確認してアイギスは満足気に頷く。

 燃料が満タンであれば、セスナは一一〇〇キロ以上航行出来るのだ。天気が悪くて多少進路はずれるかもしれないが、それでも海を渡るのは十分可能と言える。

 ただし、到着前に不審な機体として軍に撃墜される恐れがあるのだが、彼女はその危険性を全く考えていないのか、重い金属の扉を開いて滑走路へ出る準備を進めていた。

 扉を開いたことで強い雨と風が格納庫内に吹き込んでくる。

 だが、解錠スキルを利用してセスナに乗り込んだアイギスにとっては、その雨風の強さが湊が切迫した状況にあることを知らせているようで、余計にやる気に火を点けていた。

 様々な技術を習得している湊と違い、アイギスにはセスナであっても運転するための知識も技術もない。

 だが、兵器に関する知識だけは湊以上に備えている。戦車や戦闘機の知識もあり、部分的になら応用できるだろう。

 キーは持っていないのでピッキングで無理矢理に起動させる。エンジンが点火し、プロペラが回り出せば、ゆっくり操作法を確かめながら滑走路へと出てゆく。

 

《何をしてる! おい、動かしてるのは誰だ! 出てこーい!》

 

 勝手に格納庫の扉が開けられ、セスナが動いていることに気付いたのか、慌てた様子でやってきて機体の外で何やら騒いでいる人間の姿が見えた。

 けれど、大切な彼の危機なのだ。何人たりとも今の自分を止める事は出来ない。

 ただ滑走路へ移動するだけで風に煽られ操縦桿を取られるのを感じながら、アイギスは目的地への航路をシミュレートする。

 一応、空に出てからでも自分に搭載されている機能を使えば、ほぼリアルタイムで現在地を確認することは出来るが、それを行うと桐条グループに居場所を悟られてしまう。

 居場所がばれれば連れ戻される可能性があるため、アイギスは出来る限り外部情報に頼って自分の現在地を把握して行こうと決めた。

 そして、準備を終えた彼女は、ゆっくりと心を落ち着けて離陸の準備に入る。

 少しでも操作を誤ればこの強風に煽られて墜落し、飛行機ごと自分も大破してしまう。

 それは駄目だ。大切な彼を助けるまで、どんな事があっても自分は倒れる訳にはいかない。

 生存本能の存在しなかったアイギスは、湊のためにという前提を持ちながらも、自分が生きねばならないという想いを持った。

 想いが彼女に力を与え、加速を始めた機体に掛かるGを受けながら、絶対にミスの許されない状況でアイギスは極限の集中力を発揮する。

 離陸まで五秒、四秒、三秒とタイミングを計り、今だと思った瞬間に操縦桿を引いて機首を上げる。

 

「お願い飛んでっ!」

 

 浮き始めた瞬間に、さらに風の影響を受けるようになったが、今は多少流されても高度を上げる事が重要だ。

 雲の上にさえ出ればどうにかなると信じ、アイギスはひたすらにバランスを維持しながら上昇するよう機体を制御する。

 

「これは、予想よりも厳しい状況ですね……」

 

 操縦桿が変に傾きそうになるのを抑え、現在進行形で自分が危うい場面に置かれていることを再度認識する。

 だが、アイギスは操縦しながら不思議と高揚感のようなものを感じていることに気付く。

 人間は危険な状況に置かれるとハイになる者もいるので、自分も同じようにシステムがバグを発生させているのかもと疑ってみた。

 けれど、操縦しながら調べてみても、バグらしいバグは検出されない。バグでないなら、いま感じているこれは何なのか。

 分からないなりに考え続け、飛行機が暗雲の上に出て視界がクリアになったとき、アイギスはある可能性に思い至る。

 

「もしかして、八雲さんに会えることを喜んでいるのでしょうか? 確かに、ずっと会いたいと思っていましたが……。彼の身に何かが起きているというのに我ながら不謹慎ではないかと、精神面の異常を疑います」

 

 大切な彼の緊急時だからこそ自分は研究所を飛び出し、こんな風に飛行機を奪ってまで駆けつけようとしている。

 こんな状況で、相手の身を案じるよりも、会える喜びを感じるなど、湊に対する裏切り行為だと自分自身を叱責した。

 そして、進路がやや東に逸れているのに気付いて修正していたとき、

 

《あー、あー……マイクテスト、マイクテスト。おっほん……アイギス様、聞こえますでしょうか?》

 

 急に通信機から聞き覚えのない女性の声が聞こえてきた。

 相手が名指しで話しかけてきていることから、少なくとも現在の自分の状況を理解している可能性が高いと判断して良い。

 

「はい、聞こえますが。どちら様でしょうか?」

 

 もしや桐条の手の者かと警戒して返事を待っていると、相手はきっちり質問に答えてくる。

 

《私はエリザベスと申します。貴女と同じように、八雲様の身を案ずる者と思っていただいてかまいません》

「そうですか。わたしはアイギスであります。それで今連絡してきたという事は、エリザベスさんは八雲さんに何があったのかご存じなのですか?」

《ええ、概ね理解しております。アイギス様も八雲様とコミュニティを築いておられますから、彼の気配が弱まっていることにはお気付きでしょう》

 

 確かにエリザベスの言う通り、アイギスは今も徐々に湊の反応が消えてゆこうとしているのを感じている。

 デスとの戦い後、眠っている間は、ただ湊と共にいる夢のような物を見ていたような気がする。

 夢を見ているとき、今のように湊の存在を明確に感知したのは、数年前に湊がペルソナの通信機能を利用して語りかけてきたときだけだ。

 あのときは、ただ自分も話したいと強く願う事で通信に答える事が出来た。

 それ以降、2009年に目覚めると自分で設定したこともあり、何をしても目覚める事も湊と話す事も出来なかったので、今回、湊の存在を感じとって目覚められたことは奇跡だといっていい。

 相手のいうコミュニティが何かは分からないが、この繋がりの正体がそれなら、自分と湊はやはり繋がっていたんだと胸に温かい何かをアイギスは感じた。

 

「コミュニティ? よく分かりませんが、八雲さんが孤独になろうとしていることは理解しています」

《流石は第一の契約者、他の契約者よりも結びつきが強いようですね。仰る通り、八雲様は大切な方の死をご自身と関わったからだと思い詰め、もう犠牲者を出さぬようにと絆を捨てようとしています》

 

 相手の言葉を聞いたとき、アイギスは表情を歪め思わず操縦桿を握り潰しそうになる。

 身近な人間の死は人間にとってとても辛い事。それは、デスとの戦いで湊が死に瀕した際、機械である自分も“恐怖”という感情と共に痛いほど思い知った。

 戦うための兵器が“恐怖”を知っているなど、桐条の研究員にばれればすぐにでもメモリから湊に関する記録を削除されるような事態だ。

 けれど、メモリの一部が損傷したことが原因で、湊と共に戦ったことを部分的に忘れてしまっているというのに、これ以上、大切な彼との思い出を無くすわけにはいかない。

 故に、アイギスは命令違反であることは承知の上で、自分が恐怖を知っている事を報告するつもりはなかった。

 そして、アイギスは自分の知っている恐怖と照らし合わせ、あのとき聞こえた声が、そんな自分が感じた恐怖を遥かに凌駕する絶望に染まっていたと判断する。

 湊は今も絶望に押し潰されそうになりながら、それでも尚、他者のために絆を捨てて独りで耐えようとしている。

 それを知って、彼の傍にいることを第一に考える彼女が、少年の選択を容認できるはずなどなかった。

 

「それは駄目であります。わたしの一番の大切はあの方の傍に居る事。絶対に独りにはさせません」

《残念ながら、孤独へと身を堕とすのは時間の問題です。ですが、今動ける貴女なら彼を再び引き上げる事も可能かもしれません》

 

 他者の感情の機微を理解出来ないはずなのに、湊に関わる事は何故か普通よりも人に近い思考を持つことが可能らしい。

 相手が「今動ける」と言ったとき、その声にどこか悔しさが混じっている気がした。

 そう思ってアイギスが聞いていると、案の定、エリザベスは彼女側の事情を伝えてくる。

 

《この件に関して、私共は残念ながら自ら出向くことが出来ないことになっています。ですが、せめてこのような形で助力しようと、アイギス様に彼の現在地を伝えるため連絡いたしました》

「それは大変助かります。八雲さんはいまどこにいらっしゃるのですか?」

《今現在はパンテルという国から東に下ったパライナ地区という場所に倒れています。ですが、目覚めれば一度パンテルのカニスの街に戻られるでしょう。それ以降は、中東とヨーロッパの国々を行き来するものと思われます》

 

 言われて自分のメモリからマップデータを起動する。ボディの修復はほとんど終えていたようだが、メモリ関係は全く更新されていない七年前のままだ。

 よって、所々情報として怪しい部分はあるものの、自分の現在地からパンテルまでどれほど離れているかを世界地図で調べる。

 次に、中東とヨーロッパを行き来する相手と出会うには、どこを中心に移動すれば良いのか思案し。どこを拠点にすれば最も効率的かを割り出した。

 

「中東とヨーロッパですね。では、とりあえずトルコの辺りを目指す事にします。トルコからならば、どちらにも行きやすいでしょうから」

 

 トルコはアジアとヨーロッパを跨ぐ珍しい国だ。中東は一応、アジアに含まれるので、とりあえず目指す場所としては良い選択だと言える。

 それまでの国境越えは影時間にでも移動すればフリーパスなため、通信している相手も、ただ過酷な旅になることだけを案じて言葉を掛けた。

 

《上海からですと移動距離は八千キロ以上ございますから、道中どうかお気をつけて。ああ、それともう一つ。八雲様の本名は百鬼八雲ですが、仕事のときには仮面舞踏会の小狼と名乗っていますから、情報収集は主に仮面舞踏会の小狼に関する物を集めるとよいでしょう》

「百鬼八雲、仮面舞踏会の小狼ですね。了解であります」

 

 聞いたばかりの名前を最重要機密に設定し、複雑な暗号ロックを八重に掛ける。

 さらに、ダミーを複製し、そちらには三重でロックを掛けて誤魔化せるようにしておいた。

 例え、自分を作った桐条の研究員が相手であっても、湊の情報を他者にばらしてはいけない。アイギスにとって湊の命は世界よりも重いのだ。

 大切な人が死んだということから、湊は日本と違って危険な場所にいることも推測できる。

 ならば、情報を集めるにしても、湊に危害が及ばぬよう細心の注意を払った上で行わなければならないだろう。

 

「難しいミッションになりそうであります。貴女方以外に八雲さんの味方と断定してよい方たちはおられるのですか?」

《いることにはいますが、動ける者と限定すれば極少数です。さらに、彼を闇から引き上げることも出来る人間と限定すれば、可能性があるのは貴女のみです。我々のサポートも今回限りとなりそうですから、アイギス様には孤軍奮闘していただくことになりますが、お願い出来ますでしょうか?》

「勿論であります。例えこの身が砕けても、あの方を御救いします」

《フフッ……貴女が壊れてしまっては、八雲様が悲しみます。ですから、どうかご自身のことも大切になさってください。では、上海到着まで残りおよそ三時間。ごゆっくりと空の旅をお楽しみください。失礼致します》

 

 最後はどこかフライトアテンダントのような口調だったが、同じように湊の身を案じている者が言うからには、自分が傷付くことで間接的に湊を悲しませることになってしまうのだろう。

 そんな事はしたくないので、アイギスは改めて自分も出来る限り無事に湊の元へ到着するよう優先事項を書き変える。

 上海の空港までは、エリザベスの言っていた通り、あと三時間ほどは掛かると思われる。

 それまでは操縦と救出作戦について考える以外、特にする事もないので、持って来ていた緊急用充電コードを少々無理矢理に配線することで繋げて、エネルギーを充電しながら空港を目指す事にした。

 乗り込んだ時点で機内に積まれていたパラシュートも装備済みのため、仮に中国軍にセスナを撃墜されそうになっても緊急脱出は出来る。

 これで今できる事はなくなったと、アイギスは湊に出会うまでの方法をシミュレートしながら、三時間の空の旅を有意義に過ごしたのだった。

 

 

 

 




補足説明
アイギスが1999年五月に屋久島で行った課外演習は、公式携帯アプリである『アイギス THE FIRST MISSION』というアクションRPG内で描かれている。彼女の「~であります」という口調もその際に教官役の言葉で決まったもの。また、原作内では犬語翻訳機能と言われているイメージを読み取る力は、屋久島では猿の言葉を理解していることで、他の動物にも使える事が判明している。

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