【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第八十三話 虚ろな生者

――“蠍の心臓”本部・会議室

 

 日本でチドリたちが湊の異変に気付いていた頃、蠍の心臓の本部でミーティングをしていたナタリアの携帯に一通のメールが届いた。

 その送り主はイリス。ミーティング中とはいえ、物資の補給等の雑談混じりな話し合いがメインだったので、こんなタイミングで何の用か気になったナタリアは、隊員らに一言告げてからメールを開いた。

 そこに書かれていたのは、所々に打ち間違いと思われる多数の誤字が見られる不可解な文章。

 だが、誤字の部分を自身で補完しながら読めば、すぐに内容を理解して顔を驚愕に染めることになった。

 

「嘘、でしょ……」

「ボス? どうかしたんですか?」

 

 携帯を持ったままどこか呆然としているナタリアへ、怪訝に思ったラースが気を遣って声をかける。

 ナタリアがこんなにも冷静さを失うことなど珍しい。他の隊員らも、同じように心配そうにナタリアを見つめた。

 すると、声を掛けられたことで、少しは周りをみる余裕が出来たのか、ナタリアは携帯から顔を上げると一度深呼吸してから口を開いた。

 

「フゥ……イリスが死んだわ。依頼に失敗したというより、以前から誰かに狙われていて嵌められたみたい」

『……っ!?』

 

 ナタリアの口から語られた内容に、全員が思わず言葉を失う。

 つい数ヶ月前まで共に過ごしていた仲間が、自分たちの知らないところで死んだ。

 湊が死にかけた場面を除き、部隊の人間の死に目にも遭った事のないレベッカは、あまりに実感の湧かず、思わず立ち上がり声を震わせて聞き返す。

 

「し、死んだって、そんなまさか。一体どういう事ですか? そのメールは一体誰から来たんですか?」

「送り主はイリス本人。毒でやられたらしいけど、死ぬ前にボウヤを私たちに頼みたくて連絡してきたみたい。相手の現在地は地図が添付されていたわ。でも、そっちに行くよりも、パンテルのカニスの街に行った方が良いかもしれないわね」

 

 メールに書かれていたのは、事故に巻き込まれた経緯とイリス自身の推測が少々。

 以前から、あまりに自分たちの依頼に連絡の不備があって訝しんでいたようだが、今回の不自然な事故で、イリスは自分が狙われていたと気付いたらしい。

 もっとも、本当の狙いは湊の獲得で、傍にいる自分は邪魔だから排除されたのではないかとも書いていた。

 そして、それらの後には、自分が死んだ後は湊をどうにか日本に帰してやって欲しいという依頼が続けて書かれている。

 自分が何者かの策略で殺されたことを知れば、優しい湊は報復に走るかもしれない。

 大切な子どもに、昔の自分と同じ復讐などという虚しいことはさせたくないので、本人の意思を無視してでも日本の家に帰してやって欲しい。

 それがイリスが最期に遺した願いだった。

 

「……ボウヤが狙われてるってことは、どこからか生まれについての情報が漏れたのかもしれないわね」

 

 イリスのメールに書かれていた、相手の本当の狙いは湊であるという言葉が気に掛かる。

 そう言えば、来たばかりの頃に、日本で戦った仙道が湊の出自を知っていたと話していたことを思い出し。ナタリアはそこが今回の事故の原因ではないかと予想する。

 しかし、そんな風に考えながらも、彼女も他の者らと同じくイリスの死を信じられない気持ちから、冷静さを完全には取り戻せていないのか、少しでも落ち着くために煙草を取り出し火を点けた。

 自分たちのボスのそんな姿を見つめ、彼女の呟きにチャドが困惑した様子で尋ね返す。

 

「あ、あの、小狼君の生まれってどういう事ですか? 彼は、どこかの要人の子どもとかで、今も狙われてるって事なんですか?」

 

 確かに、今の呟きだけを聞けばそういった可能性も考えるだろう。

 けれど、要人の息子であった方がどれだけマシかと思いながら、ナタリアは煙を吐いて答える。

 

「いいえ。ボウヤの回収に行く以上、もう黙っていても意味がないから話すけど。あの子は名切りの一族の生き残りよ。小狼は当然偽名だけど、戸籍上の名前は有里湊、でも、本当の名前は百鬼八雲って訳」

 

 若い隊員らは知らないようだが、ラースやセルゲイなど、長く仕事をしている者たちは“名切り”の名を知っていたようで、先ほど以上に驚き言葉を失っている。

 海外における名切りの逸話は、現在では一種の都市伝説のような扱いだ。

 戦後の平和な日本での暮らしで人間になったとも言われ、そもそも、逸話自体が大いに脚色された物であるという見方も出ている。

 しかし、湊の身体能力の高さや、化け物じみた回復速度など、人間ではあり得ない生態も目にしてるため、それらは全て真実だったのではないかと考えながら、ナタリアは名切りを知らぬ若い隊員を少し置き去りにしながら会話を続ける。

 

「レベッカやバーバラは知らないでしょうけど、数年前に名切りの生き残りが死んだって裏の方で小さく話題になったじゃない? 実はその時、ボウヤだけ生き残っていたらしいわ」

「じゃ、じゃあ、あの身体能力も全て鬼の?」

「半分はね。どういう訳か、あの子は自分の一族の事を知らなかったみたいで、まだ全力は出せてないわ。まぁ、ボウヤを日本に帰して欲しいっていう、イリスの依頼をこなすには抵抗の少ない、不完全な方が都合がいいのだけど」

 

 あの演習の日に見せた力や、ラナフで子どもを見殺しにして荒れていたときに見せていた力でさえ、名切りの生き残りである湊の全力ではない。

 それを聞いた隊員らは薄ら寒い物を感じながら、暗い表情で黙りこみ、椅子から立ち上がった自分たちのボスの言葉を待った。

 一方、立ち上がったナタリアはメールに添付されていた地図を確認し直し、それをパソコンへと転送してから、ミーティングを中断して隊員らに告げる。

 

「急で悪いけど、イリスの最期の頼みだし、今から準備をして私はボウヤの回収に向かうわ。ラース、チャド、バーバラ、レベッカは一緒に来なさい。回収の成否に関わらず、一度こちらに戻ってくるから他の皆はそれまで留守をお願い」

『了解!』

「……ボウヤには、イリスからのプレゼントも渡さないといけないしね。なんとしても合流して連れ帰るわよ」

 

 イリスの死を信じたくはない気持ちと、大切な友人を殺した者への怒りで、胸中はかなり複雑だ。

 だがそれでも、生存の可能性という小さな希望に縋っている今も、友人が自分の命よりも優先した少年の身に危険が迫っている。

 遺言に応えるどころか、正体も分からぬ敵に少年が攫われては目も当てられないため、つい先日完成したからと預かっているプレゼントの事も思いながら、ナタリアはカニスの街へ向かう準備をしに部屋へと戻るのだった。

 

 

9月20日(水)

夜――パライナ地区

 

 EP社の薬品研究所を囲うように天までの昇る火柱。

 その光景は近隣に高い山や建物がないこともあり、十キロ以上離れた街からでも見る事が出来た。

 あまりに不思議な光景に、地元のローカル局だけでなく、海外のテレビ局までリポートに押しかけ、安全面から近付くことを禁じている警察と消防も集まっていることもあり。周囲は慌ただしい雰囲気に包まれていた。

 

「ったく、どうなってんだこりゃ。海の水を使い果たしても消えねぇんじゃねえか?」

 

 消火に当たっていた中年の消防士の一人が、二日前から燃え続けている火柱を見てごちる。

 どれだけ水をかけようが、消火用の薬剤を散布しようが全く効果が見られなかった。

 警察の科学班の推測によれば、研究所の薬品に引火したまま、偶然地下に存在した化石燃料の層にまで熱が達して燃えているのではないかとの話しだったが、中年の消防士は流石にそれはないだろうと一切信じていなかった。

 火が消えないだけでなく、消火任務に当たっている際、ずっと周囲でマスコミが騒いでいることも消防士の不満の種となっている。

 なるべく近くから撮影しようと思ったのか、撮影用ヘリまで持ってきたテレビ局もあったが、火柱がこのまま安定した形状で燃え続ける確証がないため、現在では国と警察が介入してここを中心とした半径三十キロ圏内は飛行禁止令が出されている。

 もっとも、その程度の事ではめげないのがマスコミ魂なのか、警察と消防で作った侵入禁止用のバリケードを越えての撮影を試みようとする者も現れており、既に逮捕者が八名出ていた。

 

「はぁ……今頃、中はどうなってんのかねぇ。内部の空気と水分は火でほとんど飛んじまってるって話しらしいが」

 

 火柱はよく見ると反時計回りに回転しながら昇ってゆく形で燃えている。

 自然発生した火はおろか、人工的に作ろうとしてもこんな炎の渦は作れるものではない。

 だが、隙間なく安定した柱型の渦形状で燃えている分、内部の状況も少しは予想出来るようで、あまりの高温で焼き続けていることもあり、内部に存在する物は全て灰化しているか、もしくは融解してまるでマグマのようになっているのではと見られている。

 また、渦の上昇に合わせて内部の空気は吸われるように燃焼に使われているので、ほぼ真空状態になっており、仮に空気があっても吸い込めば一瞬で喉と肺が灼かれるほどの高温になっているという。

 これでは、火が消えても遺骨を集めるのが大変そうだと、消防士がげんなりしていたとき、野次馬とマスコミの人垣を掻き分けて、なにやら近付いて来る者の姿が目に入った。

 長い髪を垂らし、俯いているせいで顔はよく見えないが、力無くゆらゆらとおぼつかない足取りで歩いているせいで、もしや騒ぎを見に来た酔っ払いかと疑ってしまう。

 だが、近付いてきた相手の瞳が前髪の間から僅かに見えたとき、周囲に居た警察と消防士らも男と同じように息を呑み言葉を失った。

 

(な、なんだよ、アイツ。生きた人間がどうやったらそんな目になるんだよ……)

 

 一切の光が消えた虚ろな瞳。死んで瞳孔の開いた人間の方がまだ生きているように見える。

 なるべく近い位置で火柱を見ようとしていた者たちが、驚いた様子で慌てて道を開けた事も頷ける。

 いま近付いてきている者は何故だか気配を全く感じず、そこだけぽっかりと存在が欠落しているような違和感を抱き、本当にこの世のモノなのかという不安を拭いきれない。

 幽霊がいるとすれば、実際にこんな感じなのだろう。自分たちのいる現世と彼らのいる常世の存在は根幹から違っている。

 男はやってくる少年らしき物を見つめ、そんな考えに至った。

 

「……っ!? お、おい、待て待て! こっから先は通せねえ。誰か知らんが他のやつらのとこまで戻りな!」

 

 存在自体が異質なモノが近付いてきたとき、男はようやく正気に戻り、火柱へと向かっている少年を呼び止めた。

 それに反応するように、他の消防士と警官も集まってきて、相手を囲う形で行く手を阻む。

 このまま近付けば、火柱の周囲で渦巻いている超高温の熱風で焼け死んでしまうのだ。

 ただでさえ、よく分からない状況だというのに、これ以上の問題を起こしたくはなかった。

 

「……どいて、くれ」

 

 だが、俯いたままの少年は、一度は止まったというのに一言呟いて再び歩き出そうとする。

 相手の肩や腕を掴んでいた者たちは、しっかり押さえているのに、どうして何事もなかったかのように歩き出せるのか理解出来ない。

 制止する者らを引き摺るような形で進み出す少年を、今度は別の警官が拳銃を構えて止まるよう警告する。

 

「止まれ! バリケードよりもこちら側は現在侵入を禁じている。この警告を無視した場合、即座に発砲するぞ!」

「ほれ、警官もああ言ってるんだ。何の用か知らないが、坊主もすぐに戻れって。今なら逮捕も拘束もされないで済む」

 

 足取りはおぼつかない癖に、やけに力の強い少年を全員で何とか止めようとしながら、悪い事は言わないから素直に従うよう説得する。

 けれど、やはり少年は説得にも警告にも応じる気がない様で、微かに聞こえる程度の声量で言葉を返してきた。

 

「……どけ」

「そうはいかねえって。あんまし困らせ」

「ミックスレイド――――百鬼夜行・大紅蓮地獄」

 

 男が言いかけている途中で、少年が両手に出現させた“節制(座敷童子)”と“(赫夜比売)”を司る二枚のカードを握り潰すと、突如地面に黒い霧が噴き出した。

 少年を中心に拡がってゆく影で出来た霧、それが覆った空間は火柱の余波ごと全ての熱が奪われてゆく。

 周囲の者が寒さに耐えその光景に慄いていると、少年は前髪の間から覗いた虚ろな瞳で自分を阻む者らを捉え、右腕を横に振るった。

 すると、少年の動きに合わせるように、地面を覆っていた黒い霧から実体を持った巨大な影の腕骨が現れ、少年を阻んでいた者らを薙ぎ倒す。

 

『ぐわぁぁぁぁぁっ!?』

 

 薙ぎ倒された者らは突然の事に理解が追い付かず、痛む身体を手で押さえながら立ち上がり、再び火柱へと進んでゆく少年をただ見送るしかない。

 先ほどまで地面を覆っていた黒い霧は既に消えている。

 薙ぎ倒された痛みが今も続いていることで、影で出来た骨の腕が現実に存在していたとはっきり認識出来るが、あまりの事にやはり現実感が湧かない。

 

「いってー……てか、あの坊主なんで進めんだよ」

 

 周囲の者らがカメラや携帯が動かないと騒いでいるのが耳に届くが、それよりも男は少年が熱風の吹き荒ぶ暴風圏内に入っても、一切歩みが止まっていない事の方が気になった。

 自分たちが防火服を着ていながらも近付くことは不可能だと諦めた距離である。

 普通の人間ならば、とっくに全身が熱で爛れて死んでいるに違いない。

 そして、信じられないと驚いている間に、少年はついに火柱に辿り着いて中に入って行ってしまった。

 

「……やっぱ、幽霊の類いか? うぇ、触っちまったぞ。こりゃ、明日にでも教会に行くしかねえな」

 

 こんな天に届く火柱という異常な物の近くにいるせいで、自分は疲れて幽霊か幻を見てしまったに違いない。

 男はそう思う事にして、気を取り直して警察と一緒に火柱へ一般人が近付かぬよう注意することにした。

 だが、立ち上がって火柱に背を向けかけていたその時、男たちがいる一帯を大きな揺れが襲った。

 

「なっ、なんだっ!? 地震かっ!?」

 

 思わず地面に座り込み、手と足を使ってなんとか踏ん張り耐えようとする。

 周りの者も立っていられなくなり、同じように地面に手をついていた。

 火柱に続いて地震とは運が無い。これも地球温暖化の影響かと、何ともずれた方向に発想を飛躍させ男が火柱に目を向けたとき、どういう訳か火柱に変化が起こっていた。

 

「火柱が、消えていく……」

 

 周囲が突然の揺れに戸惑っているとき、男たちの目の前で火柱がほぼ一瞬のうちに霧散して消えた。

 そのとき、何やら黒い物体が炎から飛び出し去って行っていた気もするが、揺れも治まったことで警官が火柱の消失を本部に無線で伝え、熱が治まってから消防士らも施設の跡地へ向かうという方針を固めた。

 もっとも、施設のあった場所には、ただ巨大な穴が存在しているだけとなっているのだが、それを他の者が知ることになるのは、実に六時間以上経ってからのことであった。

 

 

深夜――パンテル・カニス

 

 湊とイリスが宿泊していた『真夏の夜の夢』の店主であるマダム・リリィは、二人が依頼で出掛けた先で火災事故があったというニュースを見て、帰りの遅い二人を心配しながら待っていた。

 帰ってくる予定日から既に二日経っている。

 その間、どれだけ連絡しても返事は返って来ず。もしや事故に巻き込まれたのではと思い、心配して酒場も普段より早めに閉めて、彼女はカウンターに独り座っていた。

 

(ハァ……イリスも小狼ちゃんも大丈夫かしら? 事故に遭ってないといいけど)

 

 今でこそ酒場のオーナーとして働きつつ、裏では情報屋と仲介屋を営んでいるが、元フランス軍人という経歴を持つ彼女は、特別部隊の出身で自身の腕前も他人の力量を測る力も優れている。

 その彼女の目から見て、二人は一級の実力を持つ仕事屋だ。

 まだ年若く、経歴も浅いはずの湊など、オカマでも未だに身体は鍛え上げられた男のままであるリリィでさえ、本気でこられれば一撃で仕留められる力を秘めていると見ていた。

 実力もセンスもズバ抜けた二人が、事故に巻き込まれたくらいで死ぬはずがない。

 そう信じながらグラスを磨いていたとき、静かに扉が開らき、ついに待ちわびていた少年が帰ってきた。

 

「っ、小狼ちゃん! あぁ、良かったわぁ。ずっと連絡がつかなくて心配していたのよ? でも、帰ってきてくれて本当に良かった」

 

 帰って来た少年を見たリリィはホッと安堵の息を吐き、出迎えるため腰を上げて少年の元まで進む。

 どういう訳かトレードマークの黒いマフラーがなくなり、代わりに同じ色の大きな布の包みをまるでお姫様抱っこのように持っている事が気になる。

 だが、それよりもイリスの姿が見えない事の方が気に掛かったので、先にそちらについて尋ねようとしたとき、昔、戦場で嗅いだことのある人の焼けた臭いが鼻に届いた。

 

「小狼ちゃん、その包みの中身はなに? それにイリスはどうしたの?」

 

 それは間違いなく湊の抱えている包みからしている。リリィは表情を真剣な物にして、すぐに湊を問い質した。

 すると、問われた少年は俯いていた顔を僅かに上げ、生気の宿らぬ濁った瞳で見返し、ぽつりと呟いて答える。

 

「……これはイリスだ。俺が、殺した」

「な、何を言っているの? 冗談を言ってる場合じゃないの。本当の事を話して?」

「……脱出に失敗したから、証拠を消すために施設ごと焼き払ってやった」

 

 湊の話しが真実ならば、ニュースで報道されていた大火災は湊の手による人災ということになる。

 けれど、あんな天まで伸びる火柱を人が火を放った程度で作れる訳が無い。

 また、完全に感情が消えているというのに、足手纏いだったから殺したと話す少年が、どこか泣いているような悲しい顔に見えたため、リリィは湊の話しは全てが真実という訳ではないと予想した。

 もっとも、包みの隙間から僅かに見えた中身が、焦げた肉の僅かに残った人骨なのは本当らしく、相手が大切そうに抱えていることもあって、リリィは長い付き合いだった友人の死に涙を流した。

 

「ぐすっ……どうして、こんな事に……」

「……知り合いの誼で遺体は回収してやったから、夫と子どもの眠る教会の墓地に埋葬してくる」

「うぅ……フランスの……シャテーニュ村よぉ」

「あぁ、知ってる。教会に連絡したら、どういう訳か自分の墓も二人と同じ時に用意してあったらしい。ここへ戻ってきたのは、もう戻ってこない事を伝えるのと荷物を取りに来ただけだ」

 

 イリスから聞いていた彼女の家族が暮らしていた村の名前を伝えると、湊は小さく頷いて荷物を取りに階段を上がって行った。

 現在の時刻は既に日付が変わった深夜といっていい時間である。

 そんな時間に教会へ連絡をしているなど、知り合いの誼で埋葬するにしては、あまりに手回しが良過ぎる気がした。

 

***

 

 イリスと共に過ごしていた部屋に戻ってきた湊は、彼女の遺体を包んでいる巨大化させたマフラーごとソファーにゆっくり下ろす。

 本当はベッドに寝かせてやりたいが、流石に人の焼けた臭いがシーツやベッドに付いてしまってはリリィに申し訳ない。

 故に、イリスには少しばかり我慢して貰い。その間に湊は自分の荷物とイリスの荷物をボストンバッグに仕舞ってゆく。

 椅子の背もたれに掛かった上着や、テーブルの上に置きっぱなしになっていた彼女の万年筆と依頼リストを見ると、イリスが自分の名を呼びながら部屋に入ってくるのではないかと思ってしまう。

 だが、そんな事があり得ないことは、彼女の死ぬ瞬間を視ていた自分が一番分かっている。

 そうして、莫迦な考えをすぐに捨てて、湊は片付けを再開してすぐに荷物をまとめてしまおうとする。

 

(……イリスの服なんて、もう使い道もないな)

 

 現在の背丈ならば、イリスの着ていた服を着る事も出来る。

 しかし、このまま成長していけばすぐに着れなくなるため、彼女に買って貰った服があるのだから、わざわざ相手の服を着る必要もないだろうと鞄に仕舞いながら、これらの処分方法について考える。

 

(タロット……イリスの夫の形見か)

 

 イリスが自分の持ち物の中でも値打ち物だと言っていた、ケースに入った古いタロットの完品デッキを鞄の中に見つけ手に取る湊。

 占い方は彼女から習ったので知っているし、その精度も占い一本で食べていけるだろうと言われた。

 元々は趣味だったが本格的に研究し、現在では現実世界の占い師らよりも高精度で占えるマーガレットですら、湊の占いは予知のレベルだと悔しそうにしながら認めている。

 だがやはり、運命論を嫌う湊は占いを信じる気にも認める気にもなれず、“アンティークなタロットカード”と丁度依頼の条件を満たした、イリスの夫の形見から彼女自身の形見になったタロットをマーガレットに譲ってしまおうと考えた。

 

(……いっそ、全部燃やした方がすっきりするかもしれない)

 

 必要な人間がいるのなら、その分は譲ってしまい。残った物は形も残らないように処分してしまおうか。

 どの荷物を見てもイリスの事を思い出してしまうため、湊は虚ろな瞳でペルソナのスキルを発動しようとした。

 幼い頃からの体験により、炎は湊にとって破壊のイメージを持っているのだ。

 自分の両親も燃えて死んだ。イリスも自害していなければ、死因は毒ではなく焼死になっていたかもしれない。

 同じように他の物も全て燃えてしまえばいい。存在した痕跡ごと、この世から全て消えてしまえばいっそ清々しいだろう。

 

(……だが、今はイリスを家族の元へ連れて行ってやろう)

 

 遺品の処分は後でも出来る。

 だからこそ、それらは後回しにして、今はイリスを出来るだけ早く家族と共に安らかに眠らせてやりたいと思う。

 全ての荷物を纏め終わった湊は、イリスの遺体を包んでいるマフラーに全て仕舞って静かに部屋を出た。

 

***

 

 イリスの遺体を包んだ布を大事に抱えて階段を下りてきた湊が外へ向かうので、リリィもハンカチで涙を拭いながら見送りにゆく。

 外はまだ真っ暗で人の姿はなく、日中の賑わいが嘘のように街は静まり返っている。

 

「ぐすっ……お休みが取れたら、花を手向けにいくわ。でも小狼ちゃん、イリスの弔いが終わったら貴方はどうするの?」

「……分からない。でも、きっともう依頼は受けない」

 

 仮面舞踏会としての仕事は、自分を鍛えることとチドリが一生金銭面で苦労しないよう金を稼ぐことを目的としていた。

 チドリは湊が稼いだ金に一切手を触れていないが、その預金は既に五億を超えているので、余程豪遊しない限りは安心して良いだろう。

 稼ぎが必要ないのなら、後は自分を鍛える以外に依頼を受ける理由はない。

 そして、血に目覚めて現在も細胞が変化を続け、知識と技術も過去の名切りの記憶から引き出せせるようになりつつある今、自分を鍛えるという理由も湊は失った。

 ならば、もうこんな血生臭い世界に残る必要もないため、リリィも湊が安全な日常に戻るならその方が良いと考えた。

 

「心が癒えても、貴方は戦いから離れていた方が良いわ。優しい小狼ちゃんには似合わないもの。イリスもきっとそう思ってるはずよ」

「……そうだったら、どんなに良かっただろう」

 

 両腕で抱える包みを強く引き寄せ、湊は星の輝く夜空を見上げて溢す。

 

「……何も分からない。どうして俺は、こんな世界を助けてしまったんだろう」

「小狼ちゃん?」

「……世話になった」

「っ!?」

 

 別れを告げた直後、湊の背後に異形の黒い化け物が現れ、そのまま空中に飛び上がって去ってしまった。

 突然のことに困惑しながら、リリィは先ほどの“死”を連想させる存在が何なのか理解しようとする。

 だが、理解しようとすることを本能が拒み、そのせいか酷い頭痛を感じてリリィは地面に座り込む。

 

(あ、あれは、“死”その物だわ。どうして、小狼ちゃんはそんな物を抱えて生きていられるのっ)

 

 理解を本能が拒む筈だ。何せ、あれは生物が生きていて理解出来るはずの無い“死”その物なのだから。

 どうして死が具現化できるのかも、それを湊が使役しているのかも分からない。

 けれど、生きたまま死を内包してしまっている少年の身を案じ、リリィはいつまでも不安を心から取り除くことが出来なかった。

 


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