【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第八十六話 騙った代償

9月24日(日)

午前――教会

 

 教会の少し固いベッドで目を覚ました湊。

 葬儀を終えて以降のここ数日の記憶は殆どないが、シスターが真摯に世話を焼いてくれていたのは覚えている。

 ベッドの近くのテーブルには、水差しとリンゴがいくつか置かれ、ここ数日ろくに食事をしていない湊が少しでも胃に物を入れられる様に考えていたらしい。

 

「カグヤ」

《……はい》

「俺の髪を切ってくれ。もう弓に張るには十分な長さになっただろう?」

 

 部屋の中の物に視線を巡らせてから着替えを済ませるが、起きてからずっと、頭の中に声のような物が聞こえていることが気になる。

 しかし、そんな事よりもここを出る準備の方が先だと、人の姿でカグヤを呼び出してエリザベスに貰った短刀を手渡す。

 流石にベッドで切る訳にはいかないため、化粧台まで移動してから、切った髪を包んでおく和紙も用意しておく。

 短刀を受け取る前からカグヤは悲しげな表情をしていたが、湊が全ての準備を終えて待っている姿を見て、意を決したようにその髪を束にして切った。

 

《切れました》

「ああ、ありがとう」

 

 切った髪を包んだ和紙を短刀と一緒に湊へ渡すとカグヤは消える。

 それを気にした様子もなく、入学当初と同じ肩にかかる程度の長さになった髪を触って確かめ、湊はすぐに切った髪を数本取って名切りの短弓“暁”に張る弦を作り始めた。

 元々暁に張られていた弦は当時使っていた名切りの女の髪だ。それは湊の髪でも代用が利く。

 伸ばしていた理由も、髪質のよく似た自分の毛で予備を作るということだったので、手に取った髪を撚って数本の弦を作り終えると、残りは和紙に包んだまま形状変化によってフード付きの外套になった元マフラーに仕舞った。

 

――礼拝堂

 

 湊が部屋で目覚めた頃、教会の礼拝堂にはシスターと司祭、そして村に到着したばかりのエックハルト・グロスマンがいた。

 グロスマンはマダム・リリィに湊の居場所を聞いてやってきたわけだが、湊がどこにいるか尋ねれば、葬儀が終わってからは基本的に部屋で寝ていると聞かされた。

 少しくらい動かなければ身体に悪いので、シスターが付き添う形で教会の裏庭を歩かせたりもしたものの、やはり回復の兆しはなく。部屋に戻ればシスターが起こしにいかない限りはずっと眠りについている。

 それがここ数日の湊の生活だった。

 しかし、丁度三人が湊について話していたところ、なんと、奥へと向かう扉が開いて、レインコートのようにも見える黒の外套を纏った湊が現れた。

 

「小狼さん、もう起きて大丈夫なのですか?」

 

 手に一通の手紙らしき封筒を持ったままやってくる湊へ、シスター・アンナが急いで駆け寄る。

 傷付いた姿とずっと眠っていた姿を見ていただけに、自分で歩けるようになったのだとしても、やはりまだ万全とはいえないだろうと心配しているらしい。

 けれど、シスターの心配は杞憂だと告げるように、湊はどこか神秘的な美しさを宿した微笑を浮かべ答えた。

 

「ああ、問題ない。心配してくれてありがとう」

「そうですか。本当に、良かったです」

 

 立ち直るまでずっと世話を焼き、今もこうして他人の事に一喜一憂している。

 そんな相手の様子を眺めながら、この数日の事に湊は改めて礼を述べた。

 

「色々と世話をしてくれてありがとう」

「いえ、私がしたくてした事ですから。本当に元気になられて良かったです。そんな瞳の色をされていたんですね。金色だと思っていたんですが気付きませんでした」

 

 教会に来たばかりの頃は、心が壊れて濁っているようにも見えたが金色の瞳をしていたと思う。

 しかし、瞳に光を宿して現れた湊の眼は不思議な輝きを持った蒼色をしている。

 その眼を見て変わった色だと思いつつも、シスターは自分が勘違いしていたことにやや恥ずかしそうに苦笑した。

 また、髪が短くなっていることにも気付き、せっかく綺麗な長髪だったので少し勿体ない気もするが、今の肩にかかる長さでも似合っていると考え素直に感想を告げた。

 

「髪を切られたんですか? 長い髪も素敵でしたが、いまの長さもよくお似合いですよ」

「……自分ではよく分からないが褒めてくれてありがとう。シスターに一つ頼みがあるんだが、いま大丈夫だろうか?」

「頼みですか? えっと、どういった事でしょう?」

 

 出来る限りのことはしてやりたいが、内容を聞かないことには承諾できない。

 そう考えていると、湊は手に持っていた封筒を見せながら答える。

 

「手紙を出して貰いたいんだ。この国でのエアメールの出し方が分からないから、手続き等をお願いしたい」

「住所が書かれて切手が貼られていれば大丈夫ですよ。お急ぎでなければ普通郵便で出しておきますが、それでも良いですか?」

「ああ、問題ない。ただ、なるべく早い方が嬉しい。もうこの村を出ようと思っているから、その前に出してくれたと確認しておきたいんだ」

「では、少し村の方に用事がありますから、今からでも出してきます。ちゃんとしたお別れが出来ないのは残念ですが、またお墓参りに来たときにでも顔を見せてくださいね」

「ああ、また時間が出来たときにでも来る」

 

 簡単な挨拶を済ませると、シスターは湊から受け取った手紙を持って、司祭に手紙を出してくる事を伝えて教会を出て行った。

 後に残った湊へ、シスターと話している間ずっと見ていた二人は近付いて声をかける。

 数日前と違って瞳に光が戻った湊の顔を見た司祭は、瞳自体の色に言いようのない不安を覚えながらも、湊の回復は喜んでいるようで、やってきた湊を笑顔で迎えた。

 

「元気になったようで良かった。君を訪ねてやってきたグロスマン殿も、ずっと寝ていると聞いて心配しておられたんだよ」

「……もう大丈夫です。ご心配おかけしました」

 

 先ほどシスターに見せたように、湊は今度もまた綺麗な笑顔で答える。

 司祭があの日見た白い光はさらに強まって残っているが、世界から存在がずれているような違和感が消えていることで、今の湊ならば大丈夫だろうと僅かに安心出来た。

 そうして、どうにか少年が立ち直った事に喜び朗らかに笑っていると、湊は外套のポケットに手を入れて、司祭の隣でにこにこと穏やかに笑っているグロスマンに取り出した大きな封筒を手渡した。

 

「これ、依頼の品です。イリスの方は薬も一緒に焼けてしまったので、治療薬の調合リストだけですが」

「いえ、それだけでも十分です。この度は本当に残念でした。私がこんな依頼をしたばっかりに申し訳ない。せめてもの気持ちとして、報酬は満額支払いたいと思っているのですが、どうか受け取っていただけますか?」

 

 言いながら男は持っていたケースを開いて中身を見せてくる。中には米ドルの札束が敷き詰められ、総額は日本円にして約七千万円だ。

 それだけの大金が支払われるような仕事を、ここ数日まるで死んだような姿をしていた湊がこなした事に司祭は驚きを隠せない。

 けれど、少し申し訳なさそうな表情で礼を言いながら、報酬の入ったケースを受け取ることにした少年は、さらに驚くべき事を告げてきた。

 

「どうも、ありがとうございます。ただ、このお金は教会に寄付しようと思うのですが、それでも良いですか?」

「はい。彼女もそういった使い方の方がきっと喜ぶでしょうから、貴方の望むとおりにしてください」

「ありがとうございます。ニコラ司祭、このお金を教会に寄付します。イリスたちのお墓の代金を引いて、残りは自由に使ってください。寄付の名義は俺ではなくイリス・ダランベールからということで」

 

 ずっしりと重いケースを渡された司祭は思わず手が震えた。今までも寄付として献金を渡してくる者はいたが、さすがにこれだけの額は見るのも初めてだ。

 イリスらの墓を永代にしたところで九割以上が残り、それらは教会を全改修してもまだ余るくらいだろう。

 こんな額は流石に受け取れないと返そうと思ったが、顔を上げて少年の全てを見透かすような瞳を見ると言葉に詰まって何も言えなくなる。

 相手は自分の考えなど全て理解しているのではないか。そう錯覚するほど、少年は吸いこまれそうになる不思議な魔性を宿した瞳で見つめてきているのだ。

 そんな風に突然のことで司祭が困惑していると、湊は礼をして別れを告げてきた。

 

「……では、失礼します。お世話になりました」

「ま、待ちなさい。流石にこんな大金は」

「貴方が正しいと思う使い方をしてください。恵まれない子どもに施しを与えるでも、この村を美しく保つでも、それは自由ですから」

 

 言い終えるなりフードを被って湊は歩き出し、そのまま一度も振り返ることなく礼拝堂を出て行ってしまった。

 同じようにグロスマンも司祭に頭を下げてから後を追って出て行ったが、残された司祭は自分に与えられた使命は重大だと考えていた。

 寄付した者が正しい使い方を望むのなら、司祭は相手の意思を尊重する使い方を考えるだけだ。

 最初から自分のために使うような事は欠片も考えていなかったが、子どもを産めない身体になったイリスならば、自分の子どもを亡くしたこともあって、恵まれない子どもの幸せのために使って欲しいと思うだろう。

 小さい村だが自然に囲まれた素晴らしい村だと自信を持って言える。暮らす人々もとても温かい者たちばかりだ。

 これだけの条件に加えて湊から受け取った献金があれば、国や地方自治体の補助も受けて、教会で孤児院を開く事が出来るはず。

 その際には、自身とシスターだけでは手が回らなくなるだろうが、働きたい者を公募すれば人手も十分集まると思われるので、司祭はこのお金はそのために使おうと決めたのだった。

 

***

 

「小狼さんは、この後どうされるのですか?」

 

 教会を出て村の中を進んでいると、後を追ってやってきたグロスマンが話しかけてきた。

 起きてからずっと頭の中で聞こえている声の数と大きさが増したことで、湊はとても不快な気持になっているが、それを表情に出さずに簡潔に答える。

 

「とりあえず、俺を待っている者の元へ向かいます。俺も相手に聞きたい事が色々とありますから」

「ふむ、ダランベール氏が亡くなられたばかりでも、そう休んではいられないのですね。確かに仮面舞踏会は裏では名が売れていますからな。私のように頼る者も大勢いるのでしょう」

 

 湊の仮面舞踏会は名前ばかり売れていて、湊自身の姿や詳しい実力についての情報はあまり出ていない。

 それは地下協会を経由する仕事をあまりしていないからであり。また、対峙した者は基本的に殺されているため、どういった方法で戦うかを伝えられる者が生き残っていないからだ。

 けれど、そんな得体の知れない状態であっても、仮面舞踏会宛ての依頼は後を絶たない。

 達成率はほぼ百パーセントで、期日もきっちり守ることから非常に信頼できる。依頼の種類も護衛や抹殺、品物の入手や搬送など多岐に亘ることから、頼めば何でも叶えてくれる存在のように一部では語られている。

 自分もそんな噂を聞きつけて依頼した一人だと言いながら、グロスマンはあまりに多忙な湊に労いの言葉をかけた。

 

「お仕事は大変でしょうが、どうかご無理をなさらずお身体に気を付けてください」

「ええ、ありがとうございます」

 

 相手の言葉に素直に礼を言って笑顔で返す湊。

 教会でシスターに見せた笑顔も、司祭に向けた笑顔も、今の笑顔と筋肉の動かし方から何から全て同一の物だ。

 もっとも、笑みを向けられた者は相手が男だという事も忘れて見蕩れているため、そんな細かな事など考えている余裕はないだろう。

 己の美貌を最大限に活かす術をイリスたちに仕込まれていた湊は、当然、その事を理解しながら尚も笑顔で相手との会話を続ける。

 

「そういえば、お孫さんの名前は何と言いましたっけ? 世間は狭いと言いますし、何かの縁があるかもしれません。もう一度教えて頂いてもよろしいですか?」

「ええ。孫の名前はアルフレッドといいます。娘に似て綺麗な目をしていましてな。将来は自分も医者になって大勢の人を助けるんだとよく言っているんですよ」

「ははっ、そうですか。是非とも会ってみたいです」

 

 孫を溺愛する自分を親馬鹿だと、照れて恥ずかしそうに苦笑するグロスマンに合わせ、湊も目を細めて柔らかく笑う。

 だが、続く言葉を話すときには、その顔から全ての感情が消えていた。

 

「――――まぁ、本当に存在するんだったらの話しだがな」

「うぐっ!?」

 

 話している途中、急に背後からの衝撃を受けてグロスマンは唸る。

 衝撃の正体を知ろうと視線を向けている間に、浮遊感を感じたかと思えば、次の瞬間には周囲の景色が高速で流れていた。

 そこでグロスマンは、自分が湊の背後に現れた黒い化け物に掴まれ飛んでいると気付いた。

 時速何キロで飛行しているのかは分からないが、走っている車を瞬く間に置き去りにしていることから、少なくとも一五〇キロは超えていると推測できる。

 そんな速度で連れ去られ、気が付けば見渡す限り森と山しかない知らぬ場所についていた。

 どれだけ目を凝らしても、小さな山小屋一つ見つからない緑の深い山奥へとやってきた湊は、急に高度を下げたかと思えば、麓の森の少しばかり拓けた場所へと降りたち、グロスマンを地面へと転がした。

 

「ぐぁぁぁぁっ」

 

 突き飛ばされたかのような、強い力で地面の上へと放り投げられ、グロスマンは身体中を打ちながら転がってようやく止まる。

 普段ろくに鍛えていない六十を越えた肉体にその痛みはかなり堪える。

 手をついて身体を起こしたグロスマンは、感情の籠もらない酷く冷たい瞳で見下ろしている湊へ、一体何のつもりだと抗議の声を上げた。

 

「こ、これは何のつもりですか?! 事と次第によっては然るべき機関へ通報いたしますぞ!」

「……本名、フランク・マグワイア。アメリカで何度も逮捕されている詐欺師か」

「い、一体何を言っているのです? 私は本気で怒って」

 

 言いかけている途中で、グロスマンは湊の傍に控えるよう二人の女が立っている事に気付く。

 空から降りてきたときに確認した限り、こんな者たちは疎か兎一匹いなかった。

 森の中で自分たちのいる一帯だけ拓けているため、絶対に見逃しなどありえず、本当に女たちがどうやって現れたのか分からない。

 そうして、グロスマンが混乱していると、鬼の土面を被った茜髪の女が口を開いた。

 

《八雲、その力はあまり使うな。見過ぎると二度と他者を信用できなくなるぞ》

「……深く覗く以外にコントロールが利かない」

《ふむ……どうやらお前は受信する力が強過ぎるらしいな。アイギス程度の力なら、相手の感情を多少読み取るくらいで、後は動物の意思を理解することしか出来ないはずなんだが》

 

 茜髪の女“茨木童子”は、湊が相手の心を読んでいると推測して止めさせようとするも、湊は自分の意思で読んでいる訳ではないと返した。

 読心能力自体は、高次の精神を持つ全ての生物が発しているイメージを読み取る力の延長であり。人間は言葉に頼った為にその力が退化しているが、アイギスはこれによって動物の意思を理解していたので、デス封印時にアイギスの力を一緒に注ぎこまれた湊が使えてもおかしくはない。

 しかし、湊の場合、元々本人も同じ力の素質を十分に備えていた事に加え、アイギスよりも受信する力や読み取る力が強すぎて、見ないようにしても勝手に心を読んでしまうようだ。

 その事を知った赫夜比売は、生前から同じ力を持っている者として心配そうに声を掛ける。

 

《八雲、意識を広げてください。一人を深く視るよりも、周囲の獣の声まで拾ってしまった方が楽になります》

「いや、今はこっちの方が都合がいい――――アタランテ、逃がすな」

 

 湊が二人と話している途中で、男は背を向けて駆け出そうとしていた。

 無論、心が読めている相手にそんな不意討ちが効く筈もなく。湊はいたって冷静にカードを握り砕くと、新たに手に入れた戦車“アタランテ”を呼び出した。

 深緑の衣を纏い、美しい月色の髪(ルナブロンド)を揺らして現れたアタランテは、呼び出された空中で手に持った弓を引き絞り、逃げようとしていた男の足を射抜く。

 

「がぁぁぁぁっ!?」

 

 左のふくらはぎに矢が突き刺さった男は、痛みでまともに歩くことも出来ず、叫び声を上げながらその場で転倒する。

 刺さったままの矢を伝って流れた血が地面に染みを作り。その様子を眺めている湊の隣に降り立ったアタランテがさらに狙うかとばかりに弓を構えているが、情報収集を兼ねているため湊はそれを手で制して男に問いかけた。

 

「……フランク・マグワイア、お前は誰から依頼を受けた?」

「わ、私はそんな名前ではっ」

「そうか、三万ドルで俺たちを売ったのか。ああ、気にすることはない。この世界では騙される方が悪いんだからな。でもまぁ、行動には責任が伴うのも分かるだろ? ミックスレイド“ヘルヘイム(死者の国)”」

 

 質問をすれば答えは相手が勝手に教えてくれる。

 制御が利かないのは難点だが、実に使えそうな力を手に入れたと、湊は相手が怯えながらも再び逃げ出す隙を窺っていると理解したことで、“節制(座敷童子)”と“死神(タナトス)”のカードを顕現させ握り潰す。

 すると、湊の足もとから地面が凍りだし、瞬く間に周囲は氷の世界へと変貌した。

 今回展開したのは直径にして約三十メートルほどの範囲だろうか。丁寧なことに外界と遮断するよう境界から空へと氷壁が伸びて曲線形の天井を作り、外からは氷のドームに見えていることだろう。

 以前、座敷童子は氷壁を用いてタカヤの『S&W M500』の弾丸を防いでみせた。今回はさらにタナトスの力も加算して、通常のスキルよりも強力な効果を発揮するミックスレイドで氷壁を作り出したのである。

 壁の厚さは数十センチ程度だが、外界と遮断する結界としての機能を有した“ヘルヘイム”は、例えアギダインだろうと容易に融かす事は出来ない。

 つまり、護身用の拳銃程度しか持っていない男では、もうどんな手を使おうと逃げ出すことが出来なくなったと言う訳だ。

 

「……これでゆっくり話せる。質問を続けよう。お前に依頼してきた男は、自分の所属について何か話していたか?」

「し、知らないっ。私は何も聞いていないんだっ」

「他にその男と関わっていた者は?」

「本当に何も知らないんだよっ」

 

 突然訳の分からない場所へと連れて来られ、さらに急に女や氷の壁が現れたことで、男の心の中は全ての元凶である湊に対する恐怖に染まっている。

 いつ本名がばれたのか。個人から受けた依頼の報酬をどこで知ったのか。依頼人が男だと何故分かったのか。心が読まれていると信じたくない男は、必死に湊の情報源を考えようとしている。

 けれど、これだけ追い詰められている状況で、自分が助かる方法を考えるのならまだしも、自分の情報がどこから漏れたかなど考えるだけ無駄だ。

 あまりに混乱し過ぎて冷静な判断が出来なくなっていることが原因だろうが、この程度のメンタルしか持たない弱い人間が、何千人も殺してきた殺人鬼を騙し切れると思っていたことが腹立たしい。

 故に、湊は外套から“無の大剣”を取り出すと、それを氷の地面に突き立てた。

 

「知っている事があれば死ぬまでに話せ。いくぞ、ジャック」

《Yes,Master》

 

 呼び出したジャック・ザ・リッパーをカードに戻し、傍に刺していた“無の大剣”と融合させる。

 

「――――拷問刀“鋸挽き”」

 

 すると、錆びた古臭い大剣は光に包まれ、光が治まったときには反りのある巨大な片刃の鋸へと姿を変えていた。

 相手の呟いた武器の名と形に不安しか感じられず、男は地面に座ったまま無意識に距離を取ろうと、後ろに退がりながら湊に従うことを必死に告げる。

 

「な、何をするつもりだ? 物騒な物はしまってくれ。話す、何でも話すからっ」

「……ああ、直接言葉を発する必要はないんだ。ただ頭で考えてくれれば良い。むしろ、口先だけのお前の言葉は酷く不快だ。座敷童子、少し黙らせてくれ」

《……わかった》

 

 湊に呼ばれて姿を現した座敷童子は、腰が抜けたように足を放りだして怯えた瞳で湊を見つめている男を視線で捉える。

 そして、感情の読み辛い紫水晶の眼で相手を捉えたまま静かに右手を上げると、次の瞬間には地面から突如現れた氷槍によって、地面に突いていた男の右腕が宙を舞っていた。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 出現する瞬間には振動と共にゴゴゴッと低い音がしていたが、そんな物は一瞬だけで、驚いて避けようと思ったときには既に鋭い氷槍の先端が腕に突き刺さり、さらに伸びる勢いで腕を完全に千切り飛ばしていた。

 座敷童子はこの結界内に置いて、好きな場所へ瞬時に氷を出現させる事が出来る。相手を氷で拘束することも、今のように氷槍で貫くことも可能という訳だ。

 痛みによって自分の身に何が起きたのかを理解した男は、バランスを崩して倒れながら、叫び声を上げて痛みに悶え苦しんでいる。

 そんな男の様子に、今この場にいる者の中で赫夜比売だけは僅かに顔を曇らせているが、ペルソナに命じた本人は表情一つ変えず淡々と口を開いた。

 

「……走馬灯か。これは便利だな。知っているか? 死ぬ前に見る走馬灯は、脳が危険を感じて過去の経験から現状を脱する方法を探すために起きるんだ。お前の脳が記憶を探ってくれるなら、俺はそれを読むだけで済む。これなら尋問の手間が省けて都合がいい」

 

 言い終わるかどうかのタイミングで、湊は濁った金色の瞳になると他者の視界から消え、痛みでもがいている男の背中を踏みつけた状態で現れる。

 

「がはっ」

「次は足でもいってみるか」

 

 急に背中を踏まれて息を詰まらせている男の足へ、湊は手に持っていた巨大な鋸を当てる。

 シャドウの力を使っていなければ、常時、魔眼になっている今の湊にとって、わざわざ狙いを付けるような動作は必要ない。

 ただ視えている線を切れば良いだけだ。それだけで人間の身体など容易く肉塊に出来る。

 ならば、何故こんな無駄でしかない動作を挿むのか?

 それは、相手の恐怖を煽り、さらに強く走馬灯の形で記憶を探らせるためであった。

 

「や、やめっ」

「――――先ずは右だ」

 

 相手の言葉を無視して湊は一気に鋸を引いた。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!?」

 

 瞬間、足を切られ熱と激痛を感じた男は喉が潰れそうな程の叫び声をあげる。

 柔らかい肉と硬い骨を半ばまで切られ、穿いていたスラックスと下の氷は真っ赤に染まり、今もその染みを広げている。

 あまりの痛みで、男は残った腕の爪が割れるのも構わず氷を掻き毟って逃れようとしているが、背中を踏みつけたままでいる湊は、暴れる男をその場から全く逃がさない。

 それだけでなく、()()()完全には切り落とさなかった足を見て、表情は欠片も動かさずに口だけで謝罪を述べる。

 

「ああ、悪いな。手元が狂ってしっかり切り落とせなかった。出雲阿国、ちゃんと切り落としてさし上げろ」

《はーい、それじゃ行くよっと!》

 

 呼び出された出雲阿国は、笑顔で男の足に向かって手をかざし狙いを定める。

 何をするのかと思えば、そのまま掌に雷を収束させ、湊に当たらないよう気を付けながら球体のそれを投げつけた。

 距離があまり離れていなかったこともあり、見事に命中した雷弾は、まだ僅かに繋がっていた男の足を無惨に引き千切り遠くへ飛ばした。

 

「あ、あがっ……あぁぁ……」

《そんなに痛くないでしょ? ちゃんと雷で神経を麻痺させたしさ》

「逆に麻痺で上手く話せないんだろう。ショック死されても困るが、これはこれで困るな」

 

 複数同時に召喚していようが離れていようが、自我持ちのペルソナと湊は深い部分で繋がっているため、言葉を介さずに指示を飛ばす事が可能だ。

 それを利用して言葉では恐怖を煽りながらも、男がショックで死なないよう雷で麻痺させるように攻撃させた。

 けれど、細かい調整は難しかったようで、男は切断された足の周囲以外の筋肉も麻痺して痙攣している。

 これでは走馬灯を呼び起こさせるのも難しいため、湊は肩を竦めてジャックを無の大剣と分離させながら男から離れた。

 そして、手と足をそれぞれ片方ずつ失って倒れている男を眺めていた茨木童子は、二体のペルソナと一緒に戻ってきた湊へ苦笑を浮かべながら声をかける。

 

《フフッ、それでどうするのだ? この男に依頼した者は、イリス・ダランベール殺しの首謀者から遠く離れた末端の人間としか思えんが》

「……だろうな。そもそも、こいつは依頼人から詳しい事情を聞いていない。相手に踏み込まないことで長く業界でやってきたらしいが、だからこそ自分たちに辿りつけないよう敵はこいつを選んだのかもしれない」

 

 依頼を利用して仕事屋を陥れるときには、当然、ばれたときに報復を受けるリスクが発生する。

 通常は何人も経由して首謀者に辿りつけないよう細工をするが、相手はさらに経由する人間を選んで足が付かないようにしていたらしい。

 これでは心が読めても必要な情報を得る事が出来ないため、尋問を切り上げて、当初の予定通り仙道弥勒の待つ街へと向かった方が良いかもしれない。

 考えを纏めて座敷童子に氷結界を解かせると、背後に翠玉の騎士・審判“アベル”を呼び出し、男を地面に放置したまま他の者らと一緒に空へと浮かび上がる。

 そして、ある程度の高さで止まった湊は、男を眼下に捉えたまま相手が中央にくるよう四神のカードを対応する四方へ配置した。

 

「……ミックスレイド“黄龍招来”」

 

 静かに呟いた湊の声に反応するよう、四方に置かれた四神のカードを眩く光る。

 すると、それぞれを繋ぐように直径百メートルの八卦陣が空中に現れ、中央から途轍もなく巨大な茶色の岩が出現した。

 四方を守護する四神に対し、黄龍は中央を守護し五行の土を司る聖獣だ。このミックスレイドではそれに習い、限定的とはいえ土行の力を引き出す事が出来るらしい。

 その黄龍の力で呼び出された岩は、陣よりも小さいとはいえ、控えめに見積もっても百トンではきかないだろう。

 巨大な岩の出現に気付いた男は、未だに麻痺が解けていないのか、首だけを嫌々と動かして涙を浮かべている。

 しかし、落下を始めたそんな超重量物を途中で止められる訳もなく、冷たく見下ろしている湊の前で、岩は轟音をたてながら無慈悲に地面へ衝突したのだった。

 イリスが死ぬ原因となった依頼を持ってきた者を殺したにもかかわらず、湊は一切感情の揺れも起こさず視線を岩から外すと自身のペルソナ達に話しかける。

 

「……仙道弥勒の待つトラゴスまでは遠い。時を加速させて一気に飛ぶから、お前たちは俺の中へ戻れ」

《……制御出来ない読心を得てしまった者は心を病むと聞く。休めぬ時のことも考え、あまり力を使い過ぎるなよ》

 

 病み上がりで次々とペルソナを呼び出し、ミックスレイドやシャドウの力も使っていたことで、体調を心配した茨木童子が湊の中へ戻る前に声をかける。

 常時発動型の読心能力は、人の多い街では常に知りたくもない人間の心の汚い部分を見せられ、人里から離れても動物達の声を拾ってしまうため、本当にゆっくりと休む事が出来なくなる。

 今後の活動がどれだけ長期になるかも分からないこともあり、休めない事も考慮してペース配分をもっと気に掛けるよう言われた湊は、茨木童子へ素直に頷いて返すと、彼女たちが自分の中へ戻った事を確認して仙道の待つ街へと飛び立つのだった。

 

 

 




補足説明
湊の読心能力はアイギスの持つ“高次の精神を持つ全ての生物が発しているイメージを読み取る力”や、ペルソナトリニティソウルの神郷洵・結祈の持つ能力に類似したものである。効果範囲によって読み取る深さが変化し、対象を絞るほど相手の深層意識まで読めるようになる。また、人間が元々持つ知覚能力の延長なので、力のオンオフを切り替えれない代わりにペルソナ召喚のようなエネルギー消費は必要としない。

原作設定の変更点
PS2版のP3ではミックスレイドは特定のペルソナ二体を呼び出し発動するが、本作では発動するミックスレイドによって召喚数が異なる設定に変更。

本作内の設定
スキル発動アイテムとしてジェムは存在するが、ミックスレイドはアイテムではなく複数同時召喚時のみ発動するよう設定。
またベルベットルームや長鳴神社の稲荷神が扱っているスキル習得アイテムのスキルカード、眞宵堂や定期試験のご褒美で貰えるペルソナのステータス上昇アイテムのカードは、共に存在するよう設定。


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