【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

9 / 504
第九話 有里湊

???――ベルベットルーム

 

 ファルロスと別れたあと、八雲はベルベットルームで目を覚ました。

 そもそも、ベルベットルームには夢を経由してやってきているので、目が覚めたらまた別の夢の中にいたようなものなのだが。鍛錬の仕上げの段階に入っていたので、八雲は素直にテオドアとエリザベスに本日の手ほどきを受けた。

 そうして、今日の鍛錬で最低限の戦闘技能を伝えるという依頼に一区切りがついたので、渡す物があると言って八雲は二人と共にイゴールのいるメインルームに戻ってきていた。

 鍛錬の間は師弟関係だった三人もここへ戻ってくれば、八雲が客人である。

 そのため、言われるまま席に着くと、イゴールの後ろに控えていたテオドアが持っていたペルソナ全書から白檀香の栞を抜きとり、指でなぞると何かが光になって現れた。

 その光はゆっくりと降下し、八雲の前にあるテーブルでその正体を晒した。

 

「これは私からの贈り物です。名を『無の鎧』と言います。本来、『無の装備』は武具しか存在しないのですが、これはそのイレギュラーナンバー。他の無の装備と同じくペルソナと組み合わせることで、能力と形状が変化します。また、普段は八雲様の力に呼応して靴という縛りはありますが、スニーカーやブーツ、サンダルに脚鎧にも変化する優れモノです」

 

 テオドアの説明を聞きながら、八雲はテーブルの上に現れた騎士鎧の脚鎧に手を触れてみる。

 成人男性用のサイズのようで自分には大き過ぎると思っていると、触れた途端に鎧が光に包まれた。

 そして、その光が治まるとそこには八雲の足のサイズに合った編み上げブーツが現れており。テオドアの言っていた事が真実であることを表していた。

 

「では、続いて私からはこのマフラーを贈らせて頂きます」

 

 現れた編み上げブーツをせっせと履いていた八雲。

 今まで履いていたのはエルゴ研から被験体らに支給されるスニーカーだったので、久しぶりに素材の良い物を身に着けられると喜んでいたのだが、左足の紐を結び終えたところで、エリザベスに黒いマフラーを巻かれた。

 ベルベットルーム内は現実と違って温度・湿度共に快適な状態であり、別に防寒具が必要だとは思えない。

 そもそも、マフラーを渡してきたエリザベス自身、袖の無い制服を着ているので季節感もなにもないのだが、弟テオドアの渡してきた靴も特殊な魔法具だ。

 ならば、当然、エリザベスのマフラーにも特殊な機能が備わっているのだと推測した。

 

「これも何か特殊な物なの?」

「はい。先ず、防具としての性能ですが、例えチェーンソーで斬りかかられたとしても受け止める事が出来るほどの強度を有しております。また、無の鎧よりも形状変化に幅があるため、基本はマフラーですがコートなどにする事も可能です」

「へぇ、凄く軽いのにそんなに丈夫なんだ」

 

 話を聞きながら八雲は右足の紐も結び終え、巻かれたマフラーをモフモフと触ってその性能に感心する。

 エルゴ研に来るまで、八雲はどちらかと言えば富裕層に属する家庭で育っていた。

 そのため、生地の良さなども自然と分かるようになっており、ブーツに続いてエリザベスに貰ったマフラーも非常に上等な物だと理解している。

 その上、防具としての機能も優秀であるならば、普段から身に着けておこうと考えた。

 しかし、エリザベスの話はまだ終わっておらず、八雲の首にマフラーを巻いたまま隣で話していたのだが、急に手を伸ばしてそのままマフラーの中に入れてしまった。

 

「……え? どうなってるの? エリザベスの手、俺の方に来てないよ?」

「はい。これがもう一つの機能で、このマフラーには物を収納しておく事が出来るのでございます。我々、ベルベットルームの住人と八雲様のみ、このように出し入れが可能となっており。いくら収納してもマフラー自体の質量は変化することはないので、是非ともご活用ください。取り出すにはペルソナカードを出す時のように、手に力を纏えば出来ますので、試しに私が入れておきました物を取り出してみてください」

「あ、うん。わかった」

 

 マフラーから手を抜いたエリザベスは、八雲が試すのを隣に立ったまま見ており。その表情はどこか楽しげだ。

 それが八雲が厳しい鍛錬を修了したためなのか、それとも自分の贈り物を相手が気に入っている様子だからなのかは本人にしか分からない。

 だが、八雲はその万人が息をのむような美しい笑みに動じた様子もなく、薄っすらと手に光を纏ってマフラーに手を入れた。

 

「……あ、あった。よいしょっと」

 

 そう言って引き抜かれた手に握られていたのは、一振りの短刀。

 華美ではないが、境界部が金色に縁どられており、一目で上質と分かるほど美しい逸品。

 それを手に持っていた八雲は惹きこまれるように刀を鞘から引き抜くと、刃が薄っすらと蒼くなっていて、凶器でありながら芸術品としても大変価値のあるものだと感じた。

 

「凄いね、これ。剣筋が乱れないし、造りもかなり丈夫みたいだ」

「無銘のため、黒漆仕立ての短刀とだけ呼ばれている逸品でございます。八雲様の本領は武器とは無関係の部分でしょうが、戦士が手ぶらというのも格好がつきません。ですので、それもお贈りさせて頂きます」

「そんなっ、Eデヴァイスだって貰ってるのに、こんなにいっぱい貰えないよ」

「“先行投資”というものですから、気にされる必要はございません。受け取ることが心苦しければ、その分、鍛錬の次の段階で成長を見せて頂ければ私は満足でございます」

 

 今日で最低限の戦闘技能を身に着ける鍛錬は修了した八雲は、現段階で成人を相手にしても一般人ならばある程度は勝てる強さになった。

 だが、八雲が戦うのはシャドウという異形の化け物であり、またチドリを傷付ける不特定の相手である。

 そんなモノから守り続けるため、今後もエリザベスの言う通り、八雲は彼らのもとで鍛錬を積むつもりだった。

 

「……まだ、テオに一発も攻撃入れれてないもんね」

「フフッ、私や姉は力を司る者。人の理からは外れた存在ですので、身体の未熟な今の八雲様では、まだその拳は届きませんよ」

 

 ここ二ヶ月ほどの鍛錬では戦闘の心得と実戦経験を重点的に積んできた。

 ペルソナを使えばタナトスの覚えているメギドラオンで傷を与えることくらいは出来ただろうが、エルゴ研を出ればアクシデントに遭遇するのは普通の街中だ。

 そんな場所でペルソナをポンポンと出せるはずがないので、基礎中の基礎として体術をメインに鍛えたのである。

 しかし、飛騨の手によって神経伝達速度が人間の限界を僅かに上回っている八雲も、身体は七歳の子ども。

 一八〇センチ近くある身長のテオドアとはリーチに差があり過ぎて、いくら瞬間的に速くても距離を取られれば何も出来なかった。

 そして、余裕すら感じる笑みを浮かべて言ったテオドアの言葉は八雲も自覚している。まだ足りない。今の自分ではチドリを守りきる事は出来ないと。

 

「だろうね。けど、そうやって負ける言い訳を作ってられないからさ。これ、ありがたく貰っておくよ」

「はい。どうか、八雲様の秘める願いを叶える力とならんことを祈っております」

 

 そう言って短刀を受け取った八雲にエリザベスは笑みを返すと、貰った短刀をマフラーに仕舞い直し。目覚める時間がきたので、八雲は椅子に座ったまま意識を手放した。

 

影時間――第八研・飛騨専用開発室

 

 ベルベットルームから戻ってきた八雲は、辺りの景色が普段と違っている事に気付いた。

 普段は白い壁が緑色になっていて、景色だけでなく空気自体が別の物になっている。

 

「……影時間か。けど、なんでこんな時間に目が覚めたんだ?」

 

 手術などが無い限りは、十一時ごろに就寝し、翌日の六時頃に起きる生活をしている八雲は、かなり正確な体内時計を持っているため、その他の時間に起きる事は珍しい。

 だが、何か嫌な予感がすると思っていると、入り口の開く音がして飛騨がイラついた様子で入ってきた。

 

「なーぜ、よりにもよって満月の日に室長である私に断りも無く勝手な探索を決行したのでしょう! まったくもって理解でっきません!」

「どうしたの? 何かあったの?」

 

 第八研にいるメンバーは基本的に冷静であることが多い。内面では心が荒れ狂っていても、静かにキレるタイプなのだ。

 だが、そんな一人である飛騨には珍しく愚痴をこぼし、どこか焦りを見せている。

 それが気になった八雲は寝台から降りると、飛騨の元へ歩み寄った。

 

「ああ、少年! 良ーい、タイミングで起きてくれました! 非常事態です。他の室長たちで決議が勝手に行われていたようで、満月というデンジャラスな日に合同のタルタロス探索が行われるのです。そして、少女もそのメンバーとして徴集され、既にタルタロスに行ってしまいました!」

「っ、満月に、そんな無茶な!?」

 

 シャドウらの強さは月の満ち欠けが関係していると言われており、事実月が満ちるにつれ強さと凶暴性が上がるという結果が出ている。

 だというのに、よりにもよって満月という最もシャドウらが凶暴になる日にタルタロス探索を行わせるとは、正気を疑うしか無かった。

 

「少年のおかげでペルソナを扱える者も増えましたが、殆どの者は未だに成功率は数十回に一度と言ったところです。それなのに、成功率が上がって調子に乗ったのか、このような愚行に出るとは信じられません!」

「クソッ、チドリが危ない! 飛騨さん!」

「分かっています。貴方の調整は既にほぼ終わって、稼働実験の段階に入っています。私も一緒に行くとなると、きっと間に合わないでしょう。なので、頼みます。貴方だけ先に行ってください」

 

 一切遊びの無い飛騨の真剣な言葉に八雲はしっかりと頷いた。

 

――エルゴ研・屋上

 

《少年、聞こえますか?》

 

 隠し部屋から三ヶ月ぶり出た八雲は、飛騨に言われたルートを通ってエルゴ研の屋上へとやってきていた。

 屋上へ出るための扉には南京錠と鎖がかかっていたのだが、一刻を争うときだと眼を使い、死の線を視て、そこをなぞり破壊した。

 そうして、渡された通信機から、バタバタと忙しそうにタルタロスに向かう準備の音をさせながら飛騨が話しかけてくると、準備運動をしていた八雲が答える。

 

「大丈夫、聞こえるよ」

《では、貴方はそこから飛んでタルタロスへ向かってください。居場所も少年なら分かりますね? 向こうではこの程度の通信機では通信圏外になってしまうでしょうから、こちらから補助することはできません》

「うん。それも問題ない」

 

 答えながら遠くに聳える奈落の巨塔に向けて、屋上の中央から縁の方へと走り始める。

 

《そう言えば、少年にはまだ名前を伝えていませんでしたね。少年の作品名が決まりました。【飛騨製人型特別戦略兵装二式、有里湊】。それが君の名です。そこにただ在るだけで人の集まる里のような存在になるように、という意味ですよ》

「アリサト・ミナト……うん、わかった」

《では、行きなさい。少女を頼みます!》

「了解ッ!!」

 

 その声に答えるように自らの内より現れた死の神と共に、兵器としての名を手に入れた湊は満月の輝く空へと飛び立ったのだった。

 

――タルタロス・エントランス

 

 合同探索のために運び込まれた機材を前に、第一研の室長、松本はイラついた様子でそれを見ていた。

 

「なんという様だ!」

 

 今日という日の為に、飛騨に秘密にした状態で他の室長らで合同探索を決定し。それにより稀少な探知能力を持つチドリをメンバーに組み込むことに成功した。

 そして、いつもよりシャドウが凶暴であることを踏まえ、一グループの探索メンバーをいつもより多い六人になるようにした。

 最近の研究で少しずつ成果が出始め、影時間ならば平時より高確率でペルソナを呼べる者もいる状態で、万全を期した――――筈だった。

 そう、松本が見ているのは被験体らを表すマーカーが消えていくレーダーの画面だった。

 

「失敗作共め、少しは力が上がったかと思えば。結局、無様にやられているではないか!」

「やはり、慣れていないメンバーと組ませたことで、少なからず精神面に影響が出てしまったのでしょう。こんな事なら、他の研究室とも共同生活をさせておくべきだったか……」

 

 不機嫌な松本に冷静に状況を分析していた、第二研の室長、幾月が返す。

 既にマーカーでは一グループが全滅し、別のグループでも固まって行動しているのは二・三人単位で、他は殆どはシャドウから逃げる際にバラバラになってしまっていた。

 

「まぁ、バラバラにでも戻ってきてくれる分にはありがたいんだがね」

 

 そういって個人単位になりながらも、疲弊した様子で戻って来た被験体らを幾月が冷めた瞳で見ていると。急に外が騒がしくなっている事に気付いた。

 

《な、なんだっ!?》

《シャドウか!?》

 

 そんな風に外から聞こえてくる言葉の意味を理解しようとしている間に、何か高速で飛行する者がエントランスに入って来た。

 バァンッ、と扉を開ける際の大きな音と共に入って来た存在に研究員らは驚くが、その存在は他の者が反応する前に正面のゲートからタルタロス上階へと去って行ってしまった。

 

「……エヴィデンス?」

 

 小さく呟いた幾月の声に、反応を返せる者は誰もいなかった。

 

――タルタロス・9F

 

 合同探索でタルタロスへと連れて来られたチドリは、第四研の者らとチームを組まされ、九階まで上がってきていた。

 序盤はチドリの探知能力で戦闘を避けてきたのだが、徐々に敵も増え何度か戦闘に突入した。

 だが、残念ながらチドリのいたチームにペルソナを呼び出せる者はおらず、倒せないと分かると生き延びるためにバラバラに逃走し、現在三人にまで人数が減っていた。

 

「ぐっ……はぁ、はぁ……」

 

 そして、今もまた巨大なカブトムシ型のシャドウ、皇帝・死甲蟲に遭遇し戦っていた。

 チドリの他は少し年上と思われる男子と女子が一人ずつ。その二人ともが疲労から肩で息をしている状態でまともに戦闘できるとは思えない。

 

(脱出装置がなくてここまで上がって来たけど、これは……っ!?)

 

 とはいえ、斯く言うチドリも武器のナイフを持って、敵を睨んでいるが立ち上がるのも辛く。先ほどから紙一重で敵の突進を転がるように避けている有様だった。

 

《ギギィッ》

「くっ!?」

 

 ズザァッ、と転がりながら緊急回避して、なんとか直撃を避けるチドリ。

 今この状況の打開策を考えるが、まともに動けない二人に代わり敵を引きつけているチドリは、落ち着いて考える暇もない。

 せめて、どちらかが陽動をしてくれていれば、少し集中してペルソナ召喚を試みる事も出来るのだが、完全に傍観者になってしまっている二人にそれを期待することは出来なかった。

 

(っ、今ので少し足を捻ったかも。ったく、年上で私より探索回数多いくせになんで見てるだけなのよ)

 

 そんな風に内心で愚痴っても言葉にはしない。下手に大声で援護を要請すれば、思考が戦闘モードに切り替わっていない二人は真っ先にやられてしまうからだ。

 

《ギギギィッ》

「あぐっ!?」

 

 しかし、流石のチドリも紙一重で回避し続けられていただけで、足を痛めたこともあり、ついに敵の突進をまともに受けてしまう。

 軽い身体は当たられた勢いで通路の方まで吹き飛ばされると、四回転してやっと止まった。

 

《ギギィッ》

「っ!?」

 

 だが、敵はさらに追い打ちをかけようと、再びチドリ目がけ突進してくる。

 痛みで身体が一時的に麻痺して動くことは出来ない。

 当然、そんな状態でペルソナを呼ぶ事も出来ず。チドリも含めたここにいる全員がこれまでかと思った――――そのとき

 

「はぁああああああああっ!!」

 

 チドリの背後から飛びだした影がそのまま両者の間に躍り出ると、周りに衝突の衝撃を物語る低く響く音を立てながらも、突進してきたシャドウの角を真正面から掴み、一切退く事なく受け止めた。

 背中まで伸びた暗い蒼色の髪、首には黒いマフラーを巻き付け、靴は編み上げのブーツ。そして、敵を睨みつける金色の瞳をした少年。

 チドリがずっと探していた、けれど、以前とは体格から雰囲気まで比べ物にならないほど“変わった”少年は、敵の攻撃を正面から受け止めたまま口を開いた。

 

「――遅れてごめん。やっと、君を守れる」

「……八雲? 生きて、たの?」

「チドリ、君を守る。君を傷つけようとする全てのものから俺が守る」

 

 少女を守るため名も変えた少年、湊は再会した少女に宣言する。自分の決意を、在り方を契約にして。

 湊に守ると言われた少女、チドリも湊自身がどのような想いから自分を守ると決めたのかは分からない。だが、不思議と全てを委ねられると思い。疲れていながら綺麗な笑みを浮かべて返す。

 

「……うん、最期まで守ってね」

 

 そして、ここに第三の契約は結ばれた。

 チドリと結ばれた契約により、湊は心が満たされ万能感に包まれる。

 その万能感に包まれたまま、先ずは目の前の敵を排除しようと、両眼を閉じて両足に力を籠め重心を下げる。さらに、背中から指先まで全ての筋肉に神経を巡らせると、相手の角を掴んでいた手に力を入れ、開眼と同時に敵を持ちあげた。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 三倍以上の体格差を持つ相手を一本釣りで地面に叩きつける湊。

 ドゴンッと、空気を震わす音が響き、他の者が驚きで目を見開いている間に再び敵へ接近すると、ひっくり返りジタバタともがく敵の角を両手で掴む。

 

「ぐう、おっらぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 両手で掴んだ角を持ち手に、湊は敵を持ち上げ振り回す。

 ハンマー投げのようにグルグルと回転を続け、その勢いのまま放り投げると敵はぶつかった壁が崩れる程の威力で衝突した。

 だが、弱ってはいてもまだ脚が動いていることから生きているのだろう。

 最後の止めを刺すべく、湊は足に力を籠めると敵に向かって駆け出した。

 

「これで、ラストぉぉぉぉっ!!」

 

 弱っていた背中から壁に衝突したため、敵は湊らに腹部側を見せていた。

 そして、カブトムシは表面の羽根よりも腹部の方が柔らかいので弱点と言える。

 だが、それは普通のカブトムシの話であって、シャドウである死甲蟲は羽根よりは柔らかくとも、腹部もそれなりの硬度をしていた。

 それを勢いをつけたとは言え、ただの拳で貫き、あまつ崩れていた壁まで腕が突き刺さっているのを見ると、先ほどまでの自分の苦労は何だったのかと、チドリは言いようのないもやもやとした感情が湧いた。

 そうして、敵が黒い靄となって消え、湊も壁に突き刺さっていた腕を引き抜くと振りかえり口を開く。

 

「……よし。それじゃあ、先ずは回復かな。カグヤ、チドリとそっちの二人にメディラマ」

 

 戦闘が終了した事で、一時的な安全が確保されると湊はチドリの後ろで少女を抱いたまま浮いていたカグヤに回復を頼んだ。

 

《ルルゥ》

 

 どこか不思議な響きの声でカグヤが答えると、パァア、と温かな淡い光が身体を包む。

 いままで湊だけに気を取られていた三人は、安定して顕現しているペルソナとその回復スキルの強力さに驚くが、一先ず動けるようになるとチドリは湊に助け起こされ、他二人は壁に手をつき立ち上がった。

 

「……これ、八雲のペルソナ? ってか、なんでペルソナが子ども抱いてるの?」

「ああ、来る途中で見つけて拾って来たんだよ」

 

――タルタロス・6F

 

 湊がチドリの元に到着する少し前のこと。

 タルタロスの六階。そこは最近になって上がってこれるようになったエリア。

 現在の探索で最高到達階層は九階で、それ以上へ行った者はまだいない。

 以前は五階まで行くのも大変だったというのに、それより先へ行けるようになったのは被験体らが強くなった証拠だった。

 

「いやぁ、死ぬのいやぁっ!!」

 

 だが、今日は満月。シャドウらが一月で最も強くなる日だ。

 泣きながら壁際に逃げる金髪の少女に、法王・トランスツインズが迫っていく。

 少女の他に子どもの姿は見えない。あまりにシャドウが強くて逃げる際にバラバラになってしまったのだ。

 

「キャアッ!?」

 

 そして、少女に迫っていたトランスツインズが少女目がけてジオを放った。

 その直撃を受けた少女はかなりのダメージを受けたようで、涙を流しながら力なく地面に倒れる。

 

「う、うぅ……」

 

 だが、幸か不幸か意識は失っていなかった。

 いや、少女にしてみれば不幸以外の何物でもないのだろう。化け物が自分の命を奪う瞬間を最期まで見ていなければならないのだから。

 そうして、意識のはっきりとしないまま目だけは、シャドウの動きを見ていると、敵は再び頭上に電撃を集め始めた。

 バチ…バチィ……、と集中した電気が時折弾ける音が少女の耳に届く。

 

「……あぅ」

 

 意識ははっきりせずとも死にたくないとだけは思っていた。

 戦うのは嫌いで、こんな怖い思いをするのも嫌だった。

 しかし、研究所では戦わなければ生かして貰えない。そのために少女は辛いことも我慢し続けてきた。

 同じ研究室の人間ですら信用できず、まわりは全て敵。

 そんな辛い環境でただ自分が生きるために戦って来た少女の最期が、このような残酷な物で良い筈がない。

 

「タナトスッ!!」

 

 そう、敵の放った電撃が少女に届こうとしたそのとき、少女を守るように死の神が少年と共に舞い降りた。

 

「ブレイブザッパー!!」

 

 轟音を立てながら光刃が飛び、少女を今まさに葬ろうとしていた敵を飲み込む。

 

《グ……ラ……》

 

 通路全てを埋め尽くすような、破壊の光を受けた敵は黒いもやとなって消えていった。

 だが、少女は思考が定まらないのか、突然現れた存在に戸惑う。

 

「うぅ……」

「大丈夫? メッチー、この子に回復魔法かけて」

《メッチー!》

 

 少女を助けるため現れた湊は、タナトスと共に宙に浮きながらEデヴァイスのゲートからメッチーを呼び出し、少女に回復魔法をかける。

 メッチーの手が淡く光ると、少女の身体も同様の光に包まれる。

 そうして、傷がある程度癒えると状況が把握できるようになったのか、少女は身体を起こし座りなおした。

 

「だーれ?」

「ん? ああ、俺は湊。ちょっと急いでるから、話は移動しながらにしよう」

「っ、いやぁ……」

 

 チドリを助けるためにきた湊だが、チドリがいるのはここよりも上の階だ。

 そのため、この僅かな会話の時間すらも惜しいと、自身と連動しているタナトスの腕で少女を抱き上げようとしたのだが、少女は怯えた様子で腕から逃げる。

 少女のその行動に湊は少々驚く。自分にとってタナトスは見慣れたものであり、オルフェウスの次に目覚めていたペルソナだ。

 しかし、確かに死の神だけあって見た目は不気味で不吉なイメージを受ける。

 よって、それならばと、少女が怖がりそうにないペルソナを呼び出す事にした。

 

「……こい、カグヤ!」

「わぁ……ウサギさん!」

 

 現れたペルソナを見て、少女は瞳を輝かせる。

 

「カグヤ、この子を抱っこしたままついてきて。それと探知の方も同時進行でお願い」

 

 湊が新たに呼び出したペルソナは永劫“カグヤ”。人間に近い女性型のペルソナだが、レーダーの役割を果たすウサギの耳が生えており、少女はそれを見て目を輝かせると、素直に抱きあげられた。

 そして、少女を抱き上げたカグヤは移動を始めたタナトスと湊の後ろを飛びながら、耳を動かしてチドリや地形の把握を開始する。

 カグヤはタナトスのような戦闘特化タイプではなく、魔法特化タイプのペルソナでさらにチドリとほぼ同じ力を有している後方支援型のペルソナ。その能力の特性上、装備さえしていれば召喚しなくてもある程度は分かるのだが、湊は今はタナトスと高同調状態で移動している。

 そのため、改めて召喚した状態で探知することによって、湊はより正確は位置を割り出そうとしているのだ。

 

「……九階か、カグヤ急ぐぞ! チドリは敵と遭遇してるみたいだ!」

《ルルゥ!》

 

 チドリの元へ急ぐため加速した湊に返事を返すと、カグヤも少女をしっかりと抱きとめ速度を上げたのだった。

 

――タルタロス・9F

 

 そんな風に少女を助けてきた経緯を話し終えると、聞いていたチドリはムスッとした表情になっていた。

 何故急にそんな表情になったのか分からない湊は、不思議に思いながら尋ねる。

 

「……どうしたの?」

「別に……」

 

 守ると誓ったものの、湊自身はチドリの事をほとんど知らない。

 そのため、彼女が何に対して不機嫌になっているのか見当もつかず反応に困っていると、横から別の声が掛かった。

 

「ミナト、もう帰りたい」

「……ミナト?」

 

 カグヤに抱かれていた少女が湊の名を呼ぶと、本名しか知らないチドリは何の話だと湊を見やる。

 

「ああ、うん。名前変わったんだ。今後は有里湊って名乗るから、チドリも出来ればそっちで呼んで」

「変わったって……そんな簡単に変えるものじゃないでしょ?」

「そう、だね。けど、俺もそれだけ変わったから」

 

 苦笑する湊の目に陰が差すのを見ながらチドリは考える。

 エルゴ研に来て以来、ほとんどの被験体は名前で呼ばれる事が無くなった。

 研究員は被験体を番号で呼び、被験体同士もそれほど仲が良くならないので、会話自体が乏しい。

 それだけに、お互いを名前で呼ぶということがここでは特別なことだと思っていたチドリは少々ショックを受ける。

 湊の言った事が嘘ではないのは先ほどの戦闘で理解した。最後に会ったときとは比べ物にならないほど強くなっている。

 しかし、それでも本来の名であるはずの『八雲』と呼べないことに寂しさを感じずにはいられなかったのだ。

 

「……たまになら、八雲って呼んで良い?」

「え? ああ、別に構わないけど」

「うん。じゃあ、今は湊って呼んでおく」

 

 きっとエルゴ研で湊の本名を知っているのは自分だけだ。

 だから、チドリは自分も特別なときにだけ、その名を呼ぶ事に決めた。

 そうして、二人がお互いを見ていると、後ろから声をかけられた。

 

「えっと、助けてくれてありがとう」

 

 再会した二人が話しているのを傍らで見ていた二人のうち女子の方が、話が一区切りついたと思い話しかけた。

 湊はその声の方にちらりと視線を向けると、助けられた二人は怪我と体力が回復したことで余裕が出たのか、落ち着いた様子で自分たちを助けた者の姿をその目に焼き付けている。

 

「別についでだったから……。それで、あっちの子が、帰りたがってるから、戻ろうと思うけど、そっちはどうする?」

「あ、ボク達も今日はもう無理そうだから、一緒に着いて行ってもいいかな?」

 

 自分のことを『ボク』という女子が少々不安げに尋ねてきたので、湊もそれを了承し移動のためのペルソナを呼び出す事にした。

 湊の手に現れたのは『節制』のカード。

 突然現れたその不思議な輝きをもつカードに他の者の視線が集まっていると、気にした様子も無く湊はそれを握り砕いた。

 

「出ろ、バイフー!」

《グルル……》

「っ、虎のペルソナ……」

 

 湊が呼び出したのは巨大な青い虎、節制“バイフー”。

 バイフーとは中国語で白虎を指すのだが、湊のバイフーはホワイトタイガーではなくマルタタイガーにしか見えない。

 しかし、言葉の知識もなければ、間近で虎など見た事もない者たちは、自分たちとは完全に違う捕食する側であることを本能で感じ取り恐怖を抱いていた。

 

「おっきい、トラ!」

 

 そんな中、カグヤに抱かれている少女だけは動物が好きなのか嬉しそうにしている。

 相手の子どもらしい反応に呼び出した本人は軽い笑みを浮かべ、カグヤを近くに呼び少女がバイフーに触れられる様にしてやった。

 そして、それらを見ていたことで他の三人は気付いた。嬉しそうにしている少女を抱いているカグヤが湊のペルソナだというのは先ほどの説明で聞いた。

 だが、いま呼び出されたバイフーも湊のペルソナだ。

 常時安定して召喚できることですら驚くべき事だというのに、ペルソナを複数所持しそれらを同時に召喚できるなど聞いた事がなかった。

 

「湊。あなた、ペルソナを何体も呼び出せるの?」

「まぁね。前は隠さないといけなかったけど、自分の身を守れるくらい強くなったし。もう隠すの止めたんだ。それじゃあ、そっちの二人はバイフーに乗って。それでチドリはカグヤに」

 

 それぞれに言ってる間に、さらに湊は高同調状態でタナトスを呼び出し宙に浮く。

 動物の姿のペルソナに喜んでいる少女以外にとっては信じられない出来事の連続だが、ここまで非常識な能力を持っている者と共にいれば、自分達の命は先ず間違いなく安全だろうと思える。

 精神的にはいくらか落ち着き、体力も僅かに回復したが疲労状態には変わりない。

 なので、いまこの状況で疑問を解決するよりも、早く安全な場所に戻るべきだとして言われたペルソナに乗り。

 先導して飛んでいく湊に案内されながら脱出装置へと向かったのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。