【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

92 / 504
第九十二話 続く争い

深夜――ブルガリア・リノセロス

 

 ブルガリアのスリベンより北へ向かった場所にある地方都市リノセロス。

 周囲は森や山に囲まれているが、その街だけは近代化が進み、住居は古くからあるヨーロッパの建築様式でありながら、街の西側には遠くからでも目立つ大きな工場地帯が存在していた。

 建物の壁面に描かれているのは、久遠の安寧の表の顔を示す『EP』の文字。

 そう、ここは久遠の安寧が所持する大型兵器プラントの一つであった。

 元々、この辺りには森や平原くらいしかなかったが、久遠の安寧が事業拡大を目指し始めた際、この場所に兵器プラントを建設すると決め、一緒に人が住む場所も作ってしまったのだ。

 

(……久遠の安寧の街。だが、彼らは生きるために工場に勤めているだけだ。構成員とEP社の社員を選び分け、構成員たちを殺す)

 

 街から離れた森の中に潜み、湊は様子を窺いながら機会を待っていた。

 工場の敷地は機密を見られることを防ぐためだろうか、高さ十メートルを超える外壁に囲まれており、それを越えなければ正面ゲートを含めた全三ヶ所にある搬入口を突破するしかない。

 ペルソナを使えば簡単に飛んで越えられるものの、目立ってしまえば敵の集結も早まってしまう。そうなれば乱戦は必至なので、構成員ではない工場従事者が工場を守るためにやってきてフレンドリーファイアで負傷することも想像は容易であり、久遠の安寧以外を基本的に巻き込まないつもりの湊が出来る限りそれらの被害を避けて動くのも当然であった。

 

(高速での正面突破か、死角をついて壁面から侵入するか……まぁ、ゲートの警備が構成員である可能性が高い以上、そこを避ける事は出来ないか)

 

 わざわざ構成員の一人を伝令役として残し、組織自体を潰すと宣戦布告したことで一連の事件は全て湊の犯行だと思っている筈だ。

 以前から敵に恨みを持っていた者が今回の騒動に便乗して行動を起こし、その罪まで擦り付けている可能性も何件かはありそうだが、それで無関係の者を傷付けていなければ湊は気にしない。

 今はまだ準備段階。相手に自分という存在をはっきり『敵』であると認識させながら、徐々に動くために必要な部位を削いでゆくのだ。

 敵の本拠地は不明で、最後に殺そうと思っているソフィアがどのような人間であるかも分からない。

 だからこそ、炙り出すために湊は自分の存在の痕跡を事件現場に残す。工作員が包囲してきたならば、全員の記憶を覗いて情報を得る事が出来るから。

 また、宣戦布告時には鈴鹿御前もいたが、現在続けている襲撃を単独犯として見せていることにも理由は存在する。その理由はイリスを通じて出会った者らとの繋がりを隠すことが出来るためだ。

 今の湊に誰かを守っていられる余裕はない。だからこそ、湊は独りで敵を攻め続けて自分に注意を集める。

 組織を巻き込んだ湊とソフィア二人の戦争において、関係のない者たちが情報を得るために拷問されることや、誘き寄せるための人質にされるなどあってはならない。中でも湊にとって一番恐ろしいのは“現在”の素性がばれて、桔梗組本部を襲撃されることだ。

 鵜飼と渡瀬はまだ戦えるが、敵が銃器を使って一斉に襲ってくれば一溜まりもない。さらに、非戦闘員である桜とチドリを守って戦い続けるなど不可能。

 チドリがペルソナを使えば、敵の第一波を退けることは出来るかもしれないが、彼女を人との戦闘に参加させるなど到底許可できるものではない。

 敵が強大な力を持ち、尚且つ手段を選ばぬ相手だからこそ、一見無謀にも見える襲撃を湊は続けるのだった。

 

(……行こう)

 

 時刻は現地時間で深夜の二時になった。一度戦闘が始まれば臨機応変に対応してゆくが、中に入るまでと敷地内に侵入してからしばらくの間のプランは最低限立てた。

 左手にはガバメント、右手には刃渡り十八センチのナイフをそれぞれすぐ取り出せるよう準備しておく。敷地内を走り回って構成員と責任者たる幹部の一人を狩るのだ。大きな得物を持って走るのは無駄でしか無い。

 バイクに跨りエンジンを始動させると、湊は森を抜け最高速度を維持したまま正面ゲートへ近付いてゆく。静まり返ったレンガ通りはどこか風情があると感じられるものの、風を切って景色を置き去りにしてゆく今の湊はそんな事に気を割いてはいられない。

 街が静かだからこそエンジンの音が余計に響く。そして、音と共にライトの明かりが高速で接近してくれば、当然、ゲートの警備たちも異変を感知し、高さ四メートルほどの鉄門を閉めながら銃を乱射してきた。

 タイヤは防弾性の強化タイヤに変えてあるが、エンジンがほぼ剥き出しの構造上、まともに喰らえば容易くスクラップになってしまう。

 それを避けるため、湊は時速二百キロのスラローム走行で弾丸を躱しながら、警備らの記憶と心を読み取り選定を開始する。

 警備は五人、内二人が構成員と断定。敵まで残り三十メートルを切ったところで素早く銃を抜いて二人を射殺。速度は一切落としていないため、相手が倒れるよりも速く警備らの間を通過する。

 しかし、足場となるものがなければバイクで跳躍することは出来ない。故に、湊は門の直前でターンを決めると、その際にナイフで門の死の線を切りつけ鉄くずの山へと変える。

 オフロード以外のバイクで障害物の上を通過するのは危険だが、強化タイヤならばパンクすることはまずないので、湊は器用にバランスを取って通過すると敷地への侵入に成功した。

 

(問題はここからだな。本当に、どこにそれだけの数を集めておく暇があったんだか)

 

 ゲートからしばらくはただの道が続いている。兵器を扱っている以上、いくら街と隔てる壁があっても何かあれば街にも被害が出る。

 そのリスクをなるべく減らすため、壁からそれぞれ定めた距離をとって工場が立てられているという訳だ。

 そして、湊は道の先に待っている完全武装した集団の存在を感じ取り、ここまで度が過ぎた臆病者は久しぶりに見たと内心で嘆息した。

 湊がここへ来たのはリストに載った幹部の中から適当に選び、その所在がここだったに過ぎない。

 敵側がそれを予想している訳もないので、仮にあのリストに沿って殺している事がばれていたとしても、山を張って大規模に兵を配置することなど出来ないはず。

 敷地内に配置された集団は四十を超える。それぞれが中隊規模だとすれば、明らかに個人の護衛軍でないことから、久遠の安寧には組織が保有する一国家並みの規模を誇る軍が存在するのだろう。

 でなければ、自分たちの重要施設や幹部の護衛のためだけに、旅団規模の兵をそれぞれ全てに配置することなど出来はしないのだから。

 

「……はぁ、俺を欲しいのか殺したいのかはっきりして欲しいな」

 

 相手の熱烈な歓迎に思わず愚痴を零し、途中でバイクから降りて外套に仕舞う湊。その視線の先にはこの工場で作られた物なのか、大量の兵器を用意して待機している二個中隊がいる。

 入り口だからと人数を多めにして守りを固めたのかもしれないが、相手は根本的に湊と名切りの一族を理解していないが故に、久遠の安寧の者だけで護衛するという愚策を犯した。

 

(ソフィア・ミカエラ・ヴォルケンシュタインの策かは分からないが、兵を配置した優秀な指揮官に感謝しよう。これで――――)

 

 名切りは殺害を目的としたシリアルキラーではない。無関係の者を争いから守り、敵と断定した者のみを殺す一族だ。

 だからこそ、敵は護衛に無関係の者(一般人)を紛れさせておくべきだった。

 

(――――無関係な者を巻き込む憂いが無くなった)

 

 生かすべき対象の含まれない護衛など、記憶さえ読み取ってしまえばペルソナのスキルで一掃して構わない。

 一切感情の見られない表情のまま、湊は外套からミニガンを取り出すと集団に向けて掃射を開始する。

 静かだった夜の闇に響くのは、けたたましい射撃音と撃たれた兵たちの悲鳴。一秒間に最大百発撃てるミニガンから放たれた弾丸は雨となって怒涛のように降り注ぎ、(たちま)ち戦場に血で出来た別の雨を降らせながら相手を肉塊にしてゆく。

 どれだけ上等な武器を用意していようと関係ない。それらを使われるよりも速く敵を殺せばいいだけだ。

 動く者のいなくなった戦場に静けさが戻ってくると、湊は再びガバメントとナイフを手に持ち、血だまりの上を越えて敵を屠りに駆け出した。

 

***

 

 正面ゲートに配置された部隊は一方的に殺されたものの、いざ戦闘が始まってみれば、戦局はそれほど一方的ではなくなっていた。

 

「弾幕を張れっ、やつを近付かせるな!!」

 

 工場の建物内に侵入されないよう、それらを守りつつ戦火が及ばぬ距離に配置された部隊たち。

 拳銃とナイフを持って信じられない速度で戦場を駆けている殺人鬼に向け、隊員らに絶対に近付けさせるなと怒号を飛ばしながら、隊長の男が控えている隊員に対戦車榴弾発射器であるパンツァーファウストを使うよう仕草で指示を出した。

 指示を受けた隊員は、弾幕で誘導されている湊の進路を予測し発射する。激しい発射音と共に煙を拭きだし飛び出した弾頭は、そのまま高速で湊に向かって進み直撃する。

 戦車を正面から破壊する威力を持った武器だ。誰もが勝利を確信するが、上がった爆炎から五体満足の相手が吹き飛びながら出てきて地面を転がっている。

 防弾性の外套によって銃弾ではダメージを与えられなかったことを思えば、いまの攻撃は相手の足を止めたという点も含めて有効だったと言える。

 しかし、相手の肉体に欠損がないという事実が隊員らに与えた衝撃は、攻撃が通ったという結果よりも遥かに大きかった。

 

「くっ……攻撃を集中っ、第三班は続けて榴弾を撃ちこめ!」

 

 転がった先で相手が立ち上がりかけているのを見た隊長は、本当に人間なのかという不安を抱きながら、苦々しげに表情を歪めつつも指示をとばす。

 命令された隊員らも、胸中の不安を抱えたままでも攻撃の手は休めない。立ち上がったばかりの湊へ新たに発射された四発の榴弾が迫り、直前のダメージが抜けきっていないのか直撃して、さらに遠くへ吹き飛び転がってゆく。

 湊がこれまで数百人規模の敵を殺してきたのは、基本的に屋内で行われた作戦行動でのことだった。

 閉鎖された環境では逃げ場が少ないこともあり、味方が倒れてゆく事に余計に危機感を覚える。そこに銃撃の音や悲鳴などが加われば、恐怖を誘発し、冷静さを奪われた者はパニックに陥る。

 平時ならば確実に当てる事の出来る距離でも、平静な状態でなければ狙いも呼吸も乱れ、原因が自分側にあるにも関わらず、どうして相手には攻撃が当たらないのだと余計に敵戦力を強大に感じてしまうのだ。

 それだけの心理的要因がある事に加え、屋内では通路や部屋の広さの関係で取れる陣形が限れてくる。

 自分たちの被害も考慮すれば、先ほど使われた榴弾など使う事は出来ない。つまり、持って走り回れるマシンガンが主武装ということになる。

 ただの弾丸の雨であれば、マフラーを外套にする前からでも湊は切り崩した壁などを使って防いでいたので、なんら脅威ではなかった。

 敵の攻撃に構う必要がなければ、湊は壁や天井を使って立体的な動きで走り回る事が出来る。一般的な兵士や仕事屋がそんなデタラメな存在を想定した訓練をしている訳もなく。デタラメな軌道とあり得ない速度で敵は次々と狩られていった。

 だが、ここはだだっ広い平地だ。工場や事務所を兼ねた建物もあるが、それぞれが離れているため、一つの場所に侵入して各個撃破に持ちこめても、相手が乗って来なければ別の場所に移動して戦う必要がある。

 ならば、相手がきても物量で勝てるようかなりの人数を集め、一つの部隊がやられても被害が飛び火しない陣形を組んで待機していた兵士たちの方が圧倒的に有利であった。

 

「狙撃班前へ! 敵と距離が開いている間に、他の者は弾薬の補給をしろ! 第三班は各自の間隔をあけて榴弾を撃ち続けるんだ!」

 

 放った全弾が命中した訳ではなかったが、既に三発の榴弾の直撃を受けている。

 双眼鏡で確認すれば、相手の転がっていた場所に血液が付着していることもあり、流石に無傷ではなかったことに安堵する。

 それでもまだ動けるのだから恐ろしいが、隊長は相手を人間ではない別の何かだと自分に言い聞かせ、この戦線を維持できるよう兵らの補給を急がせた。

 

「マシュー、他の隊に連絡しろ。敵は恐ろしい機動力に加え防弾仕様の装備を持ち、榴弾の直撃を喰らってもまだ動き続ける耐久性も有している。だが、榴弾の直撃であればダメージは通り。相手の機動力を奪えると」

 

 今は足が止まっているからまだいい。先ほどまでは本当に攻撃がろくに通らず、弾幕という小さな力を集めて大きな威力に変えた戦力で敵を押し戻していたに過ぎなかったのだ。

 あのまま榴弾も効かなければ、いずれ弾幕を無視して迫ってきた相手に自分たちはやられていたに違いない。

 互いの戦力差からそのように分析した隊長は、副隊長に他隊との連携のために通信を送らせると、補給を終えた兵に様子を見ながら再び弾幕を張るよう命令する。

 このまま時間を稼げば敗北はない。施設の護衛に当てていない中間地点に待機している部隊が、いまこの瞬間も回り込みながら湊を包囲するように動いている。

 如何に化け物と言えども、榴弾の威力で吹き飛ぶと分かったのだ。あとは、包囲陣で死ぬまで嬲り続ければ勝てるだろう。

 そう考えた隊長は、直後、自分の認識の甘さを後悔することになる。何せ、周囲にいた兵たちの身体がばらばらになって吹き飛んでいたのだから。

 

「…………は?」

 

 仲間たちの血と肉が飛び散ったところで男は気付く、倒れていたはずの少年が起き上がり対物ライフルを撃ってきたことに。

 武器をいつ取り出したのか、着弾する瞬間まで相手が立ち上がっていることに気付けなかった事もおかしいが、それよりもバレットM82A1を拳銃並みの速度で連射できるなど聞いた事もない。

 武器の構造上、そんな速度で連射できるはずがないのだ。やろうとすれば反動で銃口は暴れ、まともに照準を付ける事も出来ずに明後日の方へ弾は飛ぶ。

 さらに熱で銃身が歪んでしまい、最悪、暴発して射手が手や指を失う事になるだろう。

 だというのに、相手はどう考えても無茶だとしか言えない速度で連射して来ていた。

 一発撃つ度に数人が吹き飛びながら死んでゆく。恐怖に怯えながらも榴弾で殺そうと試みた者がいたが、相手は飛来する榴弾を撃ち落としながら射手の兵を殺してしまった。

 味方がついにいなくなった頃、自分に迫る凶弾をスローモーションのように感じながら隊長だった男は一つ悟った。

 化け物に対して、どのような事でも絶対などと思ってはいけない。理解出来ないからこそ、理解を超えるからこそ化け物なのだと。

 

「ああ……じゃあな、化け物」

 

 自分の想像を遥かに超える存在。それを知ってしまった男は、勝てる訳がなかったんだと自嘲的な笑みを浮かべたまま、飛来した弾丸によって胴体を二分されて死んでいった。

 そうして、誰もいなくなった戦場から殺人鬼は去ってゆく。まだこの場所には殺すべき敵が沢山いるのだ。全員を殺すまで止まる事は出来ない。

 

***

 

 全身の痛みに耐えながら戦場を駆ける湊は、降り注ぐ弾丸の雨を無視して敵陣へと突っ込んでゆく。

 榴弾を何発も喰らったことで肋骨が折れた。けれど、足を止めれば確実に殺されてしまう。

 時流操作で先ほどは対処したものの、力の消耗を考えれば多用は出来ない。

 

(はぁ……はぁ……あと、二千くらいか)

 

 先ほどの部隊から有効な攻撃だと連絡を受けていたのか、正面から榴弾が撃ちこまれる。

 走りながらでも見えていた湊は、蒼眼を向けてナイフで弾を切り捨て爆発を防ぎ、お返しとばかりにガバメントで射手の顔面を撃ち抜く。

 ヘルメットを被っていようと守られているのは頭部だけで、それ以外の顔の大部分は素肌を露出したままだ。

 蠍の心臓にいたころ山岳での戦闘を経験していた湊にとって、乱戦状態とはいえ遮蔽物のほとんどない戦場ならば、その程度を撃つ事はさして難しくもなかった。

 そして、虎の子の兵器が無効化された上に射手まで殺された敵兵に動揺が走る。弾幕は維持されているが、それは引き金を引き続けているだけで実際に殺そうという意思を持って撃っている訳ではない。

 本気で殺しに来ている格上を相手に、そんな油断とも言えるような隙を晒すなど自殺行為だ。

 

「オオオオォォォォォォォォッ!!」

 

 案の定、湊が雄叫びを上げながら迫ってくれば動揺は戦慄に変わり、本能に従い逃げるべきか葛藤している兵らから完全に冷静さを奪う。

 

「撃て、撃ちまくれぇぇぇぇぇっ」

「止まれ、化け物っ」

 

 隊長の指示も無視して全員が一斉に攻撃を激しくする。兵器の放つ熱と火薬の臭いで周囲よりも空気が淀んでいるが、そんな物を気にしていられる状況ではない。

 ここで少しでも手を抜けば化け物の爪で引き裂かれてしまうのだ。逃げたい気持ちを押さえて引き金を引き続ける兵らの表情が悲痛さに染まりきっていた。

 しかし、冷静に進路を誘導して効果的な兵器を叩き込むでもしなければ、防弾防刃装備に身を包んだ湊を止める事はできない。

 右手に持っていたガバメントを仕舞い。代わりに刃渡り二十センチほどのナイフを手にした湊が敵陣へ到達すると、そのまま対人格闘に移ろうとしていた兵らを切り刻んでゆく。

 持っていた武器ごと腕を三分割し、胸にナイフを突きたて顔まで一気に切り上げる。

 振り返り様に後ろの兵の喉笛を切り裂き、その勢いを利用して別の人間を袈裟切りで身体を斜めに切断した。

 仲間を殺されたことに憤怒の形相を見せた男がナイフで切りかかってくれば、頭を下げながら右肩を後ろに引く様に振り返る形で躱した勢いを利用し、背中から地面に倒れるような姿勢のままで伸びきっていた相手の腕を切り落としてやる。

 渾身の一撃を避けられた上に腕を切られた男は一瞬で驚愕の表情に変わっているが、倒れかけていた湊はそのままオーバヘッドキックで敵の顔面を蹴り砕いた。

 血と共に飛び散る脳漿。味方のそんな物を被ってしまった者らは戦意を完全に喪失する。

 戦う意思のない者を斬るは武人の恥というが、兵たちが相手をしていたのは殺人鬼だ。当然、そんな戦いの中に存在する矜持を守る訳もなく、むしろ、戦意がなくなったのなら殺し易いとばかりに速度を上げて切り伏せていった。

 

(これで一気に減らすことが出来た。乱戦状態の今、残党を殺すのは簡単。逃走される前に優先して頭を叩いておくべきか)

 

 考えながら湊は離れた場所にいる別の部隊へ、両手に持った対物ライフルをお見舞いしてゆく。

 戦場の空は上がった火によって赤く染まり、硝煙と炎により空気が澱んでいるせいで、相手からは湊の姿がほとんど見えていないだろう。そんな状態で突如飛来する物体を避けられる訳もなく、撃ちこまれた凶弾に数百人いた兵は次々と倒れていった。

 離れた場所にいる部隊を排除し終えた湊は、弾倉を新しい物に取り換えてから外套に仕舞い直すと、再びナイフと拳銃に装備を切り替えて一気に敵本陣を目指す。

 そこまでの間にどれだけの兵がいるかなど関係ない。先ほど自身が行ったように対物ライフルで敵から撃たれようと、何度も榴弾に吹き飛ばされようと、湊はただ排除し敵幹部のいる本館へと進み続ける。

 たった数時間で既に千人以上殺めた。ナイフも、外套も、既に血で汚れきっており、湊が駆けた後には血の線が続いている。

 敵幹部のいる建物に来るまでに、湊自身も細かい怪我の他に火傷や骨折という怪我を負ってはいたが、本人の怪我はファルロスが優先的に回復を施してくれたのか既に完治していた。

 茨木童子も語っていたことだが、顔を灼いたところで簡単に治ってしまうという話しは真実であったらしい。

 

(もう、少し……ここにいるやつらを殺せば…………少し休める……)

 

 感情の読めない顔に僅かな疲労の色を見せながら建物に入った湊は、索敵と読心能力で敵の所在を突きとめる。

 相手は自分を守るSP程度は残しているようだが、あとは全て施設の防衛に回らせていたようだ。

 特に妨害されることもなく、静かに建物の中を歩き続けると、相手の恐怖と怒りに染まった心の声が聞こえてくる。

 兵たちから一向に湊を殺した報告があがらず、逆に通信の途絶えた部隊が半数を超えたことで、相手の不安は最高潮に達したらしい。

 廊下で警護に当たっている者たちは、口先ばかりで偉そうにしている相手へ内心でうんざりしているようなので、湊は音もなく武器を構えると廊下の端から五人纏めて対物ライフルを使って撃ち抜いた。

 

(これで、盾はなくなった)

 

 静かな建物内に響く一発の銃声。まさか屋内で対物ライフルを撃ってくるなど予想もしていなかったのだろう、五人は全員共が防弾ジャケットごと胴体が千切れて死んでいた。

 湊はその様子をただ眺めて武器をナイフと拳銃に再び戻し、部屋の前に出来た廊下の血溜まりの上を水音を立てて歩いてゆく。

 部屋の中にいるのは幹部を除いて三人、既に拳銃を構えて待っているが、そんな事をしても視えている者には意味がない。

 持っていた拳銃を貫通力の高い物に替えて、扉を開けずに壁ごと貫通して三人を撃ち殺した。途端、中では生かされた男の悲鳴があがる。

 もう戦闘力を有した者はいないので、何も心配する必要はないと考えた湊は扉の前に倒れている遺体をどかすよう、力を込めて扉を開けた。

 

「な、何故だ! 私が貴様に何かしたというのか!」

 

 部屋に入るなり幹部の男は顔を真っ赤にして怒鳴ってくる。

 相手の言い分も当然で、組織で汚い事はしていても、この男は湊となんら関わりのない人生を生きてきたのだ。

 それを組織の人間だから殺しますと言われれば、単なる逆恨みの八つ当たりではないかと激昂しても無理はない。

 だが、湊はイリスの復讐だけで戦っている訳ではない。これはもう『仮面舞踏会』と『久遠の安寧』という組織同士の戦争なのだ。

 

「……これは俺とソフィア・ミカエラ・ヴォルケンシュタインが始めた戦争だ。だから俺は、やつの持っている力を奪っていく」

「そんなくだらない事に私を巻き込むな! あんな小娘のせいで殺されてたまるか!」

 

 最凶の鬼一匹と裏界最大の組織、構図はシンプルだが、単純な性能のみを頼りに単独で暴れているからこそ対処のしようがない。

 今回、ここにいる男の采配によって、ある程度の人海戦術を用いれば湊側にもダメージと疲労を与える事が可能と判明した。

 しかし、どれだけの人数を用意すればいいかは不明で、尚且つ、仮に必要な戦力が数万人と出た時、それらをどこに配置するのかも考えなければならないのが最大の難点だ。

 

「私はあの小娘の側にはつかず、お前の邪魔もしない。それで良いんだろう。さっさと消えろ!」

「……ああ、じゃあな」

 

 ソフィアの味方にも湊の障害にもならないことを誓った男は、身体を震わせながら立ち去るよう命じてくる。

 偉そうな態度は気に入らないが、相手は本気で言っていたようなので、湊は別れを告げた去り際に拳銃で相手の心臓を撃ち抜く。

 乾いた銃声の響いた部屋の中で、撃たれた男は驚愕の表情を浮かべて苦しそうに倒れた。

 その瞳には「何故だ」という疑問と怒りがありありと浮かんでいたが、撃った本人は何も答えず扉に手をかけてそのまま部屋を後にする。

 即死出来なかった男は、痛みと失血によって意識を朦朧とさせながら約一分後に息を引き取り。その三時間後、戦闘音の消えた施設に様子を見に行った者の報せで、兵器工場の防衛に当たった約四千人の兵が全員死んだ姿で発見されたのだった。

 

 

10月7日(土)

――久遠の安寧・カペル支部

 

 ヨーロッパ全土にある支部の中でもかなり大きな規模を誇るカペル支部。その中に存在する巨大な会議室に、久遠の安寧らが幹部たちは集まっていた。

 そこまで出向くことの出来ない者の中にはモニターで参加している者もいるが、ほとんどの者が集まったことを確認した中年の男が木槌を叩いて視線を集める。

 

「突然の招集にも関わらず集まってくれたこと感謝する。諸君らも既に知っているとは思うが、ここ数週間の内に幹部が大勢殺されている。構成員も含めれば既に数千人にも及んでいる」

 

 幹部や構成員の死亡は一般のマスコミにも取り上げられニュースにもなっている。

 構成員の全てがEP社の社員としても登録されている訳ではないが、幹部は全員がEP社の方でも幹部となっているため、流石に隠し切れる訳もなく報道した。

 世界でも軍事と医療で世界シェアトップ企業の幹部が次々と殺されていることで、会社に恨みを持つ人物の犯行として警察たちも動いている。

 だというのに、相手はそれらを全く気にしていないかのように、今もまだ潜伏を続けながら次の標的を仕留めるため狙ってきているのだ。

 

「そして、また今朝も一人の幹部が殺された。リノセロスの武器工場を任されていた男だ。彼と工場を守るため四千人程の兵を配置していたのだが、深夜に襲撃を受けてたった一晩で全員が殺された。それも、たった一人の男の手によってだ!」

 

 語気を強めて机に拳を下ろして言えば、聞いていた幹部たちの表情も驚愕と困惑に染まる。

 状況によっては、たった一晩のうちに四千人が死ぬことはあり得る。戦争中ならば大型兵器を使った大規模な戦闘が起これば、多いとはいえ発生し得る被害人数の範疇ではあった。

 けれど、それを起こしたのがたった一人の男の手によってだと言われれば、半分聞き流していた者ですら気を引き締めて傾聴せざるを得ない。

 

「この度集まって貰ったのは他でもない。その男、“仮面舞踏会の小狼”を屠るため、皆にギルドへの要請を許可していただきたいのだ」

「しかし、敵は本当にたった一人なのですか?」

「戦場に現れるのは常に一人だ。他にも裏に仲間がいる可能性はあるが、仮面舞踏会は元々一人のチームと聞いている。そして、実動部隊が小狼のみであるなら、その唯一にして最大の障害を潰せば調べる時間などいくらでも出来る」

 

 仮面舞踏会に仲間がいたところで湊以上の戦闘力を持っているとは考えられない。

 故に、幹部らが思っている以上に事態を深刻に見た男は、湊の排除は急を要すると告げて仲間がいても後回しでいいと答えた。

 幹部らの前に立つ久遠の安寧がトップを務める男の名は、ルーカス・ライムント・ヴォルケンシュタイン。年齢は五十近いがソフィアの父親であり、血筋ではなく泥臭い努力によって現在の地位まで登り詰めた者だ。

 だからこそ、ルーカスは自身が培ってきた経験や直感から、湊を久遠の安寧の存在を揺るがしかねないとして、最大級の警戒を抱いていた。

 

「この小狼という男は自身を名切りの鬼と称したそうだ。発言の真偽はともかく、それを信じさせるだけの力を示してきた。それらを鑑みて率直に言わせてもらえば、小狼は組織を壊滅に追い込みかねない危険因子だと認識している」

「流石にそれはあり得んよ。ルーカス君、君は仲間が大勢殺されて過敏になっているんだ。少し休んではどうかね?」

「確かに過敏になっているところはある。だが、私は客観的な視点からも同じように申し上げる」

 

 既に引退して名誉職についている老人がへらへらと笑ってくれば、ルーカスは鋭い視線を送り老人の言葉を切って捨てた。

 一人で数千人を殺す相手が恐いから、対処法に良い案が浮かばないから、そんな状況で弱気になっていないとは言えない。

 けれども、弱気になっていて妙案が浮かぶ訳でもなし。ルーカスは湊に関する情報と、被害にあった幹部や構成員の情報を集めて個人でも分析していた。

 

「幹部も含め被害者は全て久遠の安寧の構成員だ。そう、EP社のみに勤めている幹部は誰一人まだ殺されていない。これを偶然だと考えるのは、あまりに楽観的過ぎるだろう」

「では、相手は我々側の情報を持っていると?」

「どこまでかは分からないが恐らく。そして今回、兵器工場正面ゲートの警備の内、構成員のみが殺されたことを考えれば、敵は久遠の安寧の構成員のみを狙っていると推測出来る。故に、私はただ敵を排除するのみだけでなく、敵がどこまでの人間を我々側と捉えて殺すのかを調べる意味も込めてギルドへの要請を行いたいのだ」

 

 今回の調査が上手くいけば、構成員以外は殺さない甘さを持った敵に対して、苦し紛れの防衛策だろうと出来る対処が増えてくる。

 このまま黙って消耗戦を強いられれば、弱った状態で湊ではない他所の組織が久遠の安寧を潰そうと現れるかもしれないのだ。

 よって、いち早く対策を練るためにも、十分な戦力の残っている状態で調査をする必要があった。

 ルーカスが真意を含めてその事を告げれば、幹部たちからは反論も上がらず、仕事屋たちが勝手に戦ってくれるのなら自分たちの兵が温存できることもあり、すぐにギルドへの要請は許可された。

 そうして、この日、仙道や数千の兵らを殺した実力を考慮し。『仮面舞踏会の小狼』討伐の懸賞金依頼が初期値一千万ドルという驚愕の値段で地下協会から世界各国の仕事屋たちへ発表されたのだった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。