【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第九十九話 救出班の合流

12月13日(水)

――オーストリア・ウィーン

 

 ウィーンの街にあるホテルのミーティングルームらしき内装の部屋。そこで、蠍の心臓の社長を務めるナタリアはある人物の到着を待っていた。

 すぐ傍には私兵たちが控え、部屋の外の廊下にも同じように私兵や隊員たちが控えており、何者かが襲ってきても警備体制は万全だった。

 

「……そろそろ来る頃ね」

 

 私兵たちは立ったまま警護しているが、ナタリアはドレススーツに身を包み既に会議用のテーブルについている。

 そして、同じように座って待っている五代たち三人に話しかけながら、腕時計で時刻を確認して派遣していた部下が目的の人物を連れてくるのを待つ。

 本来ならばこのように時間をかけている暇はないが、直接会って話さない事には対湊用の作戦を立てるのも難しい。

 故に、湊の目撃情報があった場所の近くを集合場所に指定する事で、集まる間にロスした時間を少しでも短縮して次の行動へ移れるようにしていた。

 ナタリアと同じように湊とアイギスの捜索に海外へやってきた三人も、冬の装いでアイギスの到着を心待ちにしていると、それから二十分ほど経ってからようやく扉がノックされた。

 何かあればノックすらせずに隊員が入ってくるので、ノックしたからには目的の人物が到着したのだろう。

 そう思って一同が待っていれば、予想した通りに軍服の上から隊員に借りたらしい冬用のコートを羽織ったアイギスが扉を開けて入ってきた。

 

「お待たせしました。対シャドウ特別制圧兵装シリーズラストナンバー“七式アイギス”、ただいま到着したであります」

 

 入ってきたアイギスは真面目な顔で敬礼しながら部屋の中にいた者たちへ挨拶をする。

 国や軍隊によって敬礼の構えは微妙に異なるので、ソ連陸軍式の敬礼を隊員らに教えているナタリアは苦笑するが、しかし、これでようやく役者は揃った。

 敬礼を解いてアイギスがテーブルまで近付いてくると、他の者も立ち上がり彼女を迎えた。

 

「はじめまして、蠍の心臓の社長を務めているナターリア・イリーニチナ・メドヴェージェヴァよ。言いにくいでしょうから、ナタリアでいいわ。ボウヤのガールフレンドと聞いていたけど、ボウヤより少し年上みたいね」

「ボウヤ、とは八雲さんの事でしょうか? 実年齢は異なりますが、確かにわたしは十七、八歳ほどの見た目で作られましたので、八雲さんよりも年上に見えるかもしれません」

 

 湊の年齢は影時間やベルベットルームの鍛錬分で経過した時間を加えても、せいぜいが十六歳ほどなのでアイギスの方が僅かに見た目の年齢は上になる。

 年齢についてアイギス自身はとくに気にしていないが、それでも湊を止めるために母性を感じさせる要素が少しでも多くあった方が良いと考えていたナタリアは、黙っていれば年上の落ち着いた女性といった雰囲気を持つ彼女に満足気な表情を浮かべている。

 そんな風にナタリアとアイギスが会話をしていれば、傍に来ていた五代たちも話しを円滑に進めるために自分たちの自己紹介をしてきた。

 

「どうも、はじめまして。僕は五代。そして、こちらは渡瀬さんと紅花さん。僕たちは小狼君と貴女を探しに日本からやってきたんだ。彼の名前については情報が漏れる恐れがあるから、このまま小狼君と呼ばせて貰うよ」

「了解であります。エリザベスさんからは動けるのはわたしくらいだと聞いていたので、八雲さんを探しに日本からやってきている方がいて素直に驚いています」

「エリザベスさんと話したのかい? なるほど、だから貴女は彼がいるヨーロッパの方へ向かえていたのか」

 

 話しを聞いて納得したように頷く五代。

 彼だけでなく、ナタリアたちもアイギスがどうやって湊がヨーロッパの方にいると知って、そのまま近付いていたのかがずっと気に掛かっていた。

 ペルソナについて知っている者は、理由が不明だったことで、彼女も湊と同じようにペルソナの特殊な力で居場所を感知しているかと考えていたが、エリザベスに会った事のある五代と渡瀬は、今回もベルベットルームの住人が客人のため力を貸していたのかと理解する。

 以前はホテルの駐車場を丸ごと崩壊させる力を発揮した湊を止めてくれたが、今回は自分たちが動かない代わりに、最重要人物であるアイギスが少年の元に辿り着くようサポートしてくれた。

 これがなければアイギスを飛行機に乗せて移動させられない関係上、救出作戦も間に合わなかった可能性があるので、住人たちの素晴らしいサポートに感謝せずにはいられなかった。

 心の中で彼女たちへの感謝を祈りつつ、時間を無駄にしないようあらかじめ決めていた説明を五代は始める。

 

「小狼君を助けるに当たって、僕やナタリアさん達が出来るのはせいぜい貴女を彼の居る場所まで連れてゆくことくらいだ。僕の情報屋のネットワークと隊員の集めた情報によって、彼がいる場所を割り出して貴女に伝える。だから、それが終わるまでにアイギスさんには日本にいる彼の味方と話しをしておいて欲しいんだ」

「それが八雲さんの生まれの話しなのですね?」

「ああ。多分、驚くような事も沢山あるだろうけど、復讐に走ってからも彼は心の奥底に優しさを残している。だから、アイギスさんの知っている彼の姿を信じてやって欲しい」

 

 日本にいた頃からの通算で、既に一万人以上の人間を殺している化け物を、理性は残っているので怖がるなと言ってもそれは難しい話しだ。

 けれど、それは敵に対しての姿であって、味方が知っている彼の不器用な優しさは健在である。

 イリスが教えた思考と感情を切り離す特殊技能によって、仮に湊が敵を前に激昂していたとしてもアイギスやチドリの言葉なら届く筈なのだ。

 だからこそ、再会した湊がどれだけ変わり果てていようと、自分の知っている彼だと思って欲しいと五代は願う。

 すると、

 

「ご安心ください。そもそも、わたしは八雲さんが人間ではない事を知っておりますので、例えペルソナやシャドウだったとしても驚きはすれども拒絶する気など微塵もないであります」

『……え?』

 

 そんな五代の心配もどこ吹く風と、どこか堂々とした佇まいの機械の乙女は、にっこりと笑いながら一同が驚くような事を平然と言ってのけた。

 警護していた隊員も、仕事中はほとんど隙を見せない渡瀬すらも、アイギスの言葉にやや呆然としている。

 盗聴や情報の拡散を防ぐためにナタリアは湊の素性を極一部の隊員にしか話していない。アイギスをここへ連れてきた隊員らは、その対象外の何も知らない者たちなので、誰も湊の素性を彼女に教えているはずはないのだ。

 けれど、五代たちが話す前にアイギスは湊が人間ではない事を知っていると言った。

 まさか、桐条家は名切りの詳しい事情を知っていて、それをアイギスにもインストールしていたのかと考えた五代は、彼女の知る情報の情報源を突きとめる事にする。

 

「アイギスさん、小狼君が人間じゃないというのは?」

「より正確に言えば、八雲さんはホモサピエンスに酷似した生物であると知っているであります」

「どこでその情報を知ったのか聞いても良いかな?」

「知ったのは七年前のムーンライトブリッジであります。当時は影時間に自然適合する者がまだいなかったため、用心のために幼い八雲さんをスキャンした際、人間としての照合率が七十パーセントほどでした」

 

 当時はまだ影時間に関する研究が進んでいなかったため、影時間への自然適合者も発見できておらず、アイギスは相手が人型シャドウの可能性もあると考えデータ照合を行った。

 その結果が人間である可能性が七十パーセントという数値であり、ちゃんと遺伝子や血液を検査すれば百パーセント人間であるという結果が出るかもしれないが、当時の照合率しか知らないアイギスは湊を人類の可能性は高いが現代人類ではないと判断していた。

 

「通常、性別や年齢に関係なく、データベースに存在する生物であるのなら九十五パーセント以上の値で照合します。よって、人間でない可能性が三割あるという事は、非常に人間に酷似した別種の生き物ということになり。八雲さんは現代人類である学名ホモサピエンス・サピエンスではないと断言できます」

「えっと、多分、それはまた少し違った話しだね。エリザベスさんたちも、名切りは現代人類から進化した種だと言っていたし。その照合結果はきっとそっちの話しだね」

「そうなのですか? どちらにせよ、わたしの一番はあの方の傍にいること。仮に八雲さんが猫の身体になろうと、それが八雲さんであるならわたしは気にしませんが?」

 

 普段、あれだけ抜き身の刀のような鋭さを見せているだけに、湊が猫でも構わないとアイギスが言ったことで、他の者はイメージとのギャップから笑いそうになる。

 戦闘時の湊は味方ですら恐怖を抱くまさに鬼神のような力を見せており、鬼神でなかったとしても、仕事用の名前である狼のイメージが強いのだ。

 そんな相手が対極なイメージの愛玩動物になれば、人間時で既に周囲の女性よりも頭二つほど抜けて美人なため、ギネス記録の世界一可愛い猫の記録を抜く素晴らしい猫になりそうな予感が一同にはあった。

 もっとも、この場でそんな事を言えば不真面目に取られるので誰も口にはしないが、全員が黙っていることを不思議に思ったアイギスが真顔で首を傾げているので、話しを進めるためにナタリアが口を開いた。

 

「まぁ、無駄話はこれくらいにしておきましょう。奥の個室にパソコンがあるわ。設定は既に済ませてあるから、そこで話しを聞いてきなさい」

「皆さんは聞かれないのですか?」

「彼の生まれの話しなら聞けるんだけどね。彼と戦うことになった場合の話は、小狼君の読心能力対策のために僕らは聞けないんだ。アイギスさんは機械の身体だから、もしかしたら彼の読心能力が効かないかもしれない。そういう訳で、日本にいるもう一人の少女からこの“贈り物”の使い方も聞いてごらん」

 

 言って五代はアイギスにショルダーバッグを手渡し、そのままパソコンの置かれた奥の個室へと案内する。

 中は執務机や本棚などが置かれ、一見事務室のような内装をしているが、アイギスが中に入ると五代は静かに扉を閉めて去って行ったので、言われた通りパソコンの前まで進み、アイギスはマウスを動かすことでスリープモードを解除した。

 スリープモードが解除された画面の真ん中には、ディスプレイの横に受話器が描かれたアイコンがあり、それ以外にテレビ電話用の物がないことから、アイギスは素直にそれをクリックして起動した。

 

《あ、繋がった? えっと、こっちの映像と声は聞こえてますか?》

「はい。映像、音声、ともに良好であります」

 

 テレビ電話が起動したことで、画面には着物姿の若い女性が映っている。

 アイギスは相手が誰かは知らないが、少女と呼ぶ年齢でないことから、この人物が湊の生まれについて話してくれる相手であると推測した。

 

「はじめまして、七式アイギスであります」

《どうも、はじめまして。鵜飼桜と申します。えっと、八雲君って呼んだ方が良いのかしら? とりあえず、わたしは今の彼の保護者をしています》

 

 柔らかく微笑む桜を見たとき、アイギスの心の中には少々の安堵があった。

 自分が両親を殺したことで身寄りをなくした彼は闇の世界で生きているとばかり思っていた。けれど、こんな優しそうな女性の下で暮らしているのなら、闇の世界でも生きていると言った方が正しそうだ。

 影時間がある限り平和な世界とは言い難いかもしれない。それでも、心休まる日常にも彼の居場所はあった。彼を想うアイギスにとって、その事実が何よりも嬉しい。

 

《わたしからは彼の生まれの話しをさせてもらいます。これは彼のお母様が自分にもしもの事があったらと、親友だった桐条英恵さんに伝えていたお話しなの》

 

 そう言って桜は、九頭龍の生まれに関する伝承に始まり、実際に名切りで行われた優れた血を取り入れる交配に関すること、血に宿り直系の子孫に知識と技術を継承する秘術、血に目覚めた者を守るための防衛機構など、名切りの業と呼ばれる亡霊たちに関することも全て話した。

 話しを聞いていたアイギスは時折目を大きく開いて驚いていたりもしたが、元々、戦闘を知らぬはずの湊が非常に高い戦闘センスを見せていた事に疑問を持っていたこともあり、それが名切りに由来するものであると知った事で納得しているようでもあった。

 そうして話しが一区切りすると、アイギスは何度も頷きながら桜に言葉を返す。

 

「なるほど、八雲さんは先代たちから自我への干渉を受けている可能性があると。現在の八雲さんが八雲さんではないかもしれないとはそういう事でしたか」

《ええ。でも、重要なのはここからなの。名切りの先祖たちが目指した完全なるモノ。それは人の位に堕ちた自分たちを、もう一度神の位に押し上げるために生み出される存在なんですって》

「神の位に押し上げる? ……よく分かりません。生物は生まれた時点でその生物としての一生を全うするのではないのですか?」

《普通はそうかも知れないけど、名切りと九頭龍は神の血が混じっているから、普通の人間とは異なる力を持っているみたいなの。神の位に押し上げるというのも、多分、その血の力を使ってするんだと思うわ》

 

 鬼と龍の両家の先祖に神がいるという話しだが、その点に関しては桜たちもよく分かっていない。

 神と呼ばれ崇められていた人物なのか、はたまたペルソナやシャドウといったこの世の存在ではない別の何かなのか、当時の歴史的な資料を手に入れるのも難しく。現状では異能を持った特異存在と仮定して話しを進めるしかないのだ。

 

《とりあえず、その神の位に押し上げる儀式の名前が『神降ろし』。“百鬼八雲”という人格をフォーマットすることで、神としての人格をインストールする器を作るみたい》

「インストールされた後の八雲さんはどうなるのですか?」

《インストール前のフォーマットの段階でわたし達の知る彼は消滅するわ。儀式は器を作るためのフォーマット、完成した器へのインストール、十全に力を使うための最適化、という全部で三段階あるの。それらしいニュースは聞かないから、今は第一段階フォーマットの途中みたいね》

 

 名切りたちが目指した完全なるモノは、二つに分かれた力を再び一つにして生み出される神だ。

 人の脆弱な肉体では神という上位存在を受け入れるだけの器になりきれず、仮に受け入れられたとしても、魂の強さ以外何の力も持たぬのでは神とは呼べない。

 だからこそ、名切りは神を呼び込むだけの強靭な器を用意し、生身で人を凌駕するだけの力と技を備えさせた。

 異能は受け継ぐ力を己のみに課していた九頭龍の始祖が持っており。名切りの力に九頭龍の異能が合わされば、それだけで既に人を超えた神に近しい場所に至っているといっても過言ではない。

 だが、それが自分たちの知る少年を生贄にして行われると知れば、当然、アイギスが黙っていられるはずがなかった。

 

「そんなっ、それでは一刻も早く八雲さんの元へ向かわなければ!」

《落ち着いて。フォーマットが完了間近になれば、契約者である貴女たちなら契約が切れかかっているという形で多分感じ取れるわ。その兆候がないのなら、まだもう少しだけ猶予があると思っていいはず。焦って失敗すれば全て終わってしまう。だから、どうか冷静さを失わないでね》

 

 焦る気持ちは分かる。桜とて大切な子どもを訳の分からない存在に変えられたくはない。

 だが、ここでアイギスが焦って出て行ってしまっては、本当に湊を助ける事が出来なくなるのだ。

 幸いなことに、アイギスも、日本に残っている少女も、契約が切れかかっている気配など感じていない。

 コミュニティという繋がりが消えた事は感知出来ていたので、それよりも強固な絆であるならば、二人も確実に感知できるはずだと桜が伝えれば、腰を浮かしかけていたアイギスも一応の納得はしたのか、黙って椅子に座りなおした。

 カメラを通じてその様子を見ていた桜は相手の様子に満足気に頷くと、今度は画面の向こうで相手が席から立ち上がり声を掛けてきた。

 

《わたしからの話しはこれでおしまい。それじゃあ、次に代わりますね》

《……貴女がアイギス?》

 

 桜に代わってパソコンの前に現れたのは長い赤髪の少女だった。

 事前に湊を救える人物が自分も含めて二人いることを聞いていたアイギスは、いま画面に映っている相手がその人物だろうと予想して、本日何度目になるか分からない自己紹介を口にする。

 

「はい。わたしの名前は七式アイギスであります」

《そう。私は吉野千鳥、チドリでいいわ》

「チドリさんでありますね。どうもはじめまして」

 

 丁寧に画面の前で礼をするアイギスに対し、チドリの視線はアイギスのヘッドフォン型ユニットなど“人ではない”部位に注がれている。

 現在は軍服によって関節部が隠れているが、そこが隠れていればアイギスを一目でロボットだと看破する事は難しい。

 だからこそ、本当に人間にしか見えないロボットが、しっかりと自分の意思で話している事が相手には驚きのようだ。

 けれど、それでは話しが進まないため、少しすればチドリも視線を戻して口を開いた。

 

《挨拶は省くわね。私から話すのは八雲との戦い方のことよ。まぁ、どう頑張っても本気の八雲には勝てないんだけど》

「大丈夫です。わたしは対シャドウ用に造られた兵器ですから、生身の人間には負けません」

《……ペルソナ能力の事を考えてないの?》

「……八雲さんは強いです」

 

 現在の湊の強さについては知らないはずだが、初めて召喚した時点で既にペルソナを自在に操っていた事をアイギスも記憶している。

 それから戦いの中で能力も鍛えてきたのなら、相手の能力は既に自分を超えていると仮定してもよいかもしれない。

 そう考えなおして、アイギスが湊の強さを認めると、チドリも同意するように頷いて答えた。

 

《そうね。飛べるしね》

「生身で飛べるのですか?」

《そんな訳ないでしょ。ペルソナの召喚方法の違いとかで、ペルソナを飛行装置代わりにして飛べるのよ。まぁ、そんな風にペルソナを思いっきり使ってきたら諦めて。上空からメギドラぶっぱしてきたら誰も防ぎようがないし》

 

 湊の最大の脅威はその無尽蔵とも思えるエネルギー量ではない。もっと単純に、制空権を取れる飛行能力こそが彼の持つ絶対の優位性なのだ。

 飛行速度はチドリが知るだけで時速二百キロを超える。それは移動を目的とした際の速度なので、戦闘時になればさらに高速で飛行する事も可能かもしれない。

 そんな相手が上空から広範囲殲滅攻撃を放てるとなれば、まだ固定砲台にすらなれない一般のペルソナ使いたちでは為す術もなく一方的にやられてしまうだろう。

 だが、アイギスにはチドリの砕けた言葉使いがいまいちよく分からなかったのか、首を傾げて聞き返してくる。

 

「メギドラぶっぱ? すみません。専門用語には疎いもので、一般的な言い方で説明して頂いてもよろしいでしょうか?」

《……こっちの攻撃が届かないような上空から、強力な攻撃をされたら防ぎきれなくて負けるって意味よ》

「戦い慣れているのなら、最初からそういった戦法を取ってくる可能性が高いと思うのですが。やはり、戦闘は短期決戦を選んだ方が消耗も少なく済みますし」

 

 言い直して貰った事で意味を理解したアイギスは、真剣な表情で相手がその戦法を取る可能性が高いと予測する。

 戦闘は長引けばそれだけ消耗を強いられる。温存して攻撃にエネルギーを使わずとも、その間に敵から攻撃を受ければ防御や回避にエネルギーを割く羽目になるのだ。

 戦い慣れている湊ならばそれを承知のはず。故に、消費を抑えるつもりだとすれば、当然、相手は短期決戦で事態の収束を図ってくるはずだった。

 

《いいえ、私や貴女が相手ならそれは百パーセントないと考えていいわ。むしろ、あり得るのは戦闘を放棄して飛んで逃げること》

 

 しかし、現在の彼をよく知る少女は淡々とした口調でその可能性を否定する。

 “優しい”湊だからこそ、そんな自分たちに余計な怪我を負わせる事など出来る筈がない。本当にあり得るのは傷付ける事を躊躇って逃亡を図る事だと話す。

 

《だから、そうさせないための作戦を教えてあげる》

「八雲さんを逃がさないための策ですか?」

 

 走って逃げるだけなら自分でも追いつけるはずだが、流石に飛ばれては追いつく前にエネルギー切れになる。

 アイギスはそう考えて、そもそも逃がさない方法があるのなら、それはすごい事だと画面に映る年下の見た目の少女へ尊敬の眼差しを向けた。

 

《ええ。理論は昔から考えていたけど、肉体の限界から私には不可能だった作戦よ。でも、機械の貴女ならきっと出来る。というか、貴女にしか出来ない戦い方ね》

「わたしにしか出来ない戦い方、でありますか?」

《そう。貴女には戦闘中ずっと八雲に舌戦でも挑んで貰う。倒すために戦うんじゃなくて、言い負かすために戦って貰うの。人の意見は聞かないけど、話しは聞いてくれる相手だからこそ有効な馬鹿げた作戦よ。それを達成したときにこそ私が送ったプレゼントが活きるわ》

 

 そういって不敵に笑った少女は、湊救出の実働部隊として動くただ一人の少女へ、自らの考案した策と共に少年を救う想いを託すのだった。

 

 

12月16日(土)

夕方――ドイツ・ヴォルフ

 

 ミュンヘンを北に行った場所にある雪の降る街ヴォルフ。

 昔からの古いドイツの町並みを残す長閑な場所であるはずのその街が、今は鬼と暗殺者たちの戦う戦場と化していた。

 街に近付いた時点で人の気配がないことを不思議に思っていた。雪が降っているため家に籠もっているのかとも考えたが、そうではなく現実に街から人の姿が消えていたのだ。

 雪の降る音すら聞こえてきそうな静まり返った街は、さながらゴーストタウンのようで薄気味悪く感じる。

 だが、誰もいないのなら敵がどこかに潜んでいるはずだと、湊が警戒しながら目的の遺伝子研究所を目指していれば、その者たちは現れた。

 全身をタイトな黒い戦闘装束で包み、素顔が分からぬよう覆面で顔を覆い隠した男女混合の数十人からなる集団だ。

 

(その辺の軍隊よりよっぽど集団戦闘に慣れているな)

 

 白い息を吐きながら両手に白金と漆黒の拳銃を構え屋根の上を走る湊は、手に武器を構えて追い掛けてくる者たちと距離を取る。

 振り返らず腕だけで真後ろへ貫通力特化のカラブローネの一撃を撃ち込むが、相手はそれを躱して、逆に別の屋根の上にいた仲間が湊に向けてワイヤー付きのナイフを投擲して牽制してくる。

 ナイフの刃には御丁寧に毒を塗ってあるらしく、横から来た琥珀色になった刃を遥か上空へ跳び上がる事でやり過ごした湊は、ナイフを投げてきた者の進行方向の屋根へ空中からファルファッラの一撃を撃ち込んだ。

 着弾した屋根は、まるで小さな爆弾が爆発したかのように瓦と木片が吹き飛び、飛来する破片を回避するため敵は追跡を諦めて湊とは反対側へと降りて行った。

 

(一人消えたところで状況は変わらないな。ここはやっぱり)

 

 敵を一人追い払った湊は、相手が集団戦のプロであるならば対処法を考えるよりも直接叩いた方が有効だと結論付け、屋根の上に着地するとそのまま振り返り蒼い瞳を敵に向けた。

 

「悪いな、お前らの相手をしている暇はないんだ――――カグヤ、浄玻璃鏡で敵を全員捕捉しろ」

 

 ペルソナの姿のカグヤを呼び出すと、湊の足もとで中央に太極図の描かれた八卦羅針盤の紋様が展開する。

 普段はただペルソナと知覚情報を共有する形で索敵能力を行使しているが、カグヤの持つ索敵能力は元々この“浄玻璃鏡”という固有スキルから派生したものだ。

 遠見の能力だけでなく、大気や地脈の流れすらも捉える能力の眼からは、如何に隠密に優れたアサシンだろうと逃れる事は出来ない。

 突然の事に驚いた敵がナイフや手榴弾を投げてくるが、ペルソナを呼び出している最中の能力者は、たとえそれが現実の時間だろうと補整を得る事が出来る。

 故に、ナイフも手榴弾も湊の身体を一切傷付ける事が出来ず、ただ弾かれて瓦の上を滑り落ちていった。

 そうして、敵の干渉を一切受けず悠々と居場所を探っていた少年は、隠れていた最後の一人まで見つけ出し。口元を歪め嗤った。

 

「――――捕捉完了、タナトス」

《ヴォオオオォォォォォォッ!!》

 

 カグヤに代わって雄叫びを上げながら現れたのは、禍々しいシャドウの姿をした黒き死神。

 超常の存在の出現を危険だと判断したのか、敵は湊の討伐を諦め逃走を始めるが、既に捕捉されている以上、逃げきる事は出来ない。

 

「マハンマオンで全員殺せ」

 

 少年が静かに命じればタナトスの赤い瞳が光り、街の至る所に白い閃光の柱が現れる。

 つい先ほど屋根から飛び降りて行った敵も、下の道を駆け出したところで白い光に拘束され、そのまま光に包まれると光が消えたときには地面に倒れ動かなくなっていた。

 倒れている遺体には外傷もなく、医者に死因を調べて貰ったところで心臓麻痺や不整脈としか出ないだろう。

 全ての光の柱が消えた事を確認した湊はタナトスを消し。屋根から降りると戦闘の疲れを解す様に首を鳴らしながら、再び目的の研究所を目指して歩き出した。

 

――遺伝子研究所

 

 長閑な古い街並みに相応しくない、近代的な冷たい印象を受ける外観の建物。

 そこが湊の目指していた場所であり、久遠の安寧の構成員たちが近付かせるなと命令を受けていた所だった。

 けれど、湊も表のプレートを見て知ったのだが、ここはEP社の研究所ではなく以前殺したアロイス・ボーデヴィッヒの会社の持ち物であるらしい。

 アロイスは依頼があって殺したが、それ以外の社員や研究者は久遠の安寧の構成員でもなければ殺す気はない。

 故に、明かりの点いてない建物の中を進んでいた湊は、奥に感じる人の気配を目指しながら、これで何もなければ時間稼ぎに嵌められたのだと思う事にしようと考えていた。

 

(……それにしても嫌な空気の場所だ)

 

 夜の病院を思わせるような不気味な廊下を進みながら、湊は言いようのない不快感を覚えていた。

 何が原因でこんな物を感じているのかは分からない。遺伝子研究所というからには、実験動物などを使ったり作ったりしていると思われるので、犠牲となった動物たちの怨念がこの地に留まっている可能性も考えたが、それらしい黒い靄を見ていないことでその考えはすぐに否定された。

 

(奥に誰かいる……なんだ、頭が痛い……)

 

 廊下の先にある研究室らしき場所から人の思念を感じる。

 人数は一人、性別は女性。街も含めて他に誰もいないので読心能力は相手の声しか拾っていないが、どうやら相手は湊の到着を心待ちにしているようだ。

 けれど、部屋に近付くにつれて湊は脳の奥から響くようなズキズキとした頭痛を覚え始める。

 ここまでに蓄積してきた疲労の影響を疑うも、そういった種類の痛みとは思えず、さらに近付けば今度は言いようのないざわつきを胸中に感じた。

 慣れぬ身体の異変と感覚に、虫の知らせのような第六感に語りかける何かを湊は感じ取った。

 だが、この先にいる者は己を待っている。久遠の安寧の構成員でもないくせに、ソフィア達はわざわざ自分をここへ誘き寄せた。

 今から外に出たら建物が囲まれているという、原始的な時間稼ぎの罠の可能性も否定しきれないが、それでも奥の人物が湊に会いたがっている事実は変わらない。

 ならば、仮にここをまるごと爆破して己を屠る算段であったとしても、少しくらい奥にいる者が待つ理由を聞いてから離脱しても遅くはないはずだ。

 長く続いた廊下の終着点。女の待つ部屋の前に着いた湊は、静かのその扉を開いた。

 

「おや? やぁ、そろそろかなとは思っていたけど、予想よりも早かったみたいだね。外には蛇とかいう一団が居た筈だけど、彼らではまるで相手にならなかったかな?」

 

 部屋に入るなり、スーツの上に白衣を着た退廃的な雰囲気の女が笑顔で出迎えてきた。

 奥の机の前に座っている女以外誰もいない事は分かっているので、湊が何かトラップがないか調べていると、何も答えない湊の様子を不思議に思ったのか、女は続けて口を開き話しかけてくる。

 

「どうかしたかな? ああ、ここは久遠の安寧とは関係ない場所だから罠の類いはないよ。キミをここへ呼んだのは単純に私が会いたかったからさ。コーヒーでも飲むかい? それとも紅茶の方がお好みかな?」

 

 ごちゃごちゃと物が溢れかえっている部屋の広さはおよそ学校の教室程度、ここは女が個人で使用している研究室のようで、大きな研究機械は全て別の部屋に置かれているようだ。

 相手の言う事も真実で部屋に罠など設置されておらず、お茶に誘われても受ける気は欠片もないが、それでもただ話しがしたくて自分を呼んだ事だけは湊も理解する。

 

「何の用があって俺を呼んだ」

「え? 何の用か……ふむ、会って様子を知りたかったというのは理由になるかな?」

 

 年齢は二十代後半から三十代前半、身嗜みを整えれば見れそうな素質を持っているというのに、相手は美に関して無頓着らしく、部屋の隅のゴミ箱には伝線したストッキングが無造作にいくつも捨てられている。

 それでも白衣だけは綺麗に洗濯されているようなので、相手は飛騨と同じく研究狂いの科学者なのだろうと湊は結論付ける事にした。

 そういったタイプの人間の記憶を深くまで読み込むのは色々と負担も大きい。別に今さらグロテスクな生物の死体を見たところで、夕食に肉が食べられなくなるようなか細い神経はしていないが、理解し難い行動を見なければならないというのは、それなりにストレスも溜まる。

 殺人衝動を抱えていた昔のように、他者を屠る事でストレスを発散させる事が出来なくなった今の湊にとって、ストレスは負の感情として名切りの業の餌になるだけだ。未だに制御の仕方すら分からない化け物を余計に強化するなど、面倒を嫌う湊が選ぶはずもない。

 よって、相手の記憶を読むのはある程度会話で情報を引き出してからする事に決め、遥か遠くまで意識を広げる事で、湊は相手の表層意識のみを読むに留める事にした。

 

「様子を知ってどうする?」

「別にどうもしないよ。出来れば身体について検査させてもらいたいけどね。成長促進剤の影響で君の身体はボロボロだろう? そもそも、クローニングで生まれた時点で十歳までに障害や遺伝子疾患で死ぬと思っていたから、こうやって会えるとは思っていなかったのさ」

「……何の話しをしているんだ?」

 

 相手から会話で情報を引き出そうと決めた矢先、湊は女の言葉の意味を理解して怪訝な表情を浮かべる。

 自分の身体がボロボロなのは事実だ。久遠の安寧に宣戦布告してからというもの、ろくに食事も休息も取らずにただ戦い続けてきた。教会で再び目覚めてから今日までの間に取った睡眠時間を足したところで三日にも満たないだろう。

 だが、それを相手が知っている筈がない。移動のペースから逆算するにしても無理がある。

 何より身体にガタがきている理由が、“成長促進剤”の影響というのが腑に落ちない。

 湊は飛騨の改造を受けた時にだって成長促進剤など投薬されていない。自分の寿命が人より短いのは細胞に刺激を与えて強化したことで、染色体等に傷が付き劣化が人よりも早く来るというのが理由だ。

 それは施術した飛騨本人から説明を受けたので、成長促進剤やクローニングなどが原因では決してない。

 要領を得ない事を話す相手をジッと見つめ、湊は再び言葉の意味を聞き返した。

 

「成長促進剤やクローニングとはどういう意味だ。お前は何の話しをしている?」

「あれ、依頼者は伝えていないのかな? ま、いいか」

 

 尋ねられた女は椅子から立ち上がると、本棚まで進んで何かのファイルを探し始める。

 それを眺めている間、湊は心臓が嫌に強く鼓動している感覚を覚えるが、女の探し物はすぐに終わったようで、黒い一冊のファイルを持って近付いてきた。

 

「これはキミを造ったときの資料だよ。クローニングは違法だから、当然、依頼者は本名ではなかったけど窓口を担当した人からは相手は日本人の男性だったと聞いてるよ。彼からの依頼はキミを造って出来るだけ早くオリジナルと同じ年齢にすること」

 

 ファイルの中身は確かに対象の細胞からクローン用の受精卵を造り。それを母体に戻して通常の赤ん坊と同じように出産した際の経過報告や、さらにその後の投薬についても書かれていた。

 書類と一緒に挟まっていた写真には、ムーンライトブリッジの戦闘から目覚めたばかりの湊そっくりな、筋肉がまるで発達していないガリガリな少年が写っている。

 そんな驚愕の内容に手を震わせながらファイルの中身に目を通している湊の様子に構わず。女は部屋の中を歩きながら楽しげに言葉を続ける。

 

「私はそのクローンの受精卵を実際に造った人間であり、それを着床させた母体であり、成長促進剤を投与してオリジナルと同じ年齢に仕立てた者だ。だから別に、“お母さん”と呼んでくれて構わないよ」

「ふざけるなっ。こんな物、俺の精神的動揺を誘うためにといくらでも捏造して用意出来るっ」

「なるほど、そういう考え方も確かにあるね。しかし、記憶を覗けるキミなら分かるはずだよ。私の記憶の中に“キミ”を造った記憶が確かに存在する事がさ」

 

 声を荒げる湊に対し、女は極めて冷静に返す。この女も久遠の安寧や他の仕事屋たちのように湊の能力を知っていたのだ。

 不敵に口の端を歪めていることから、いくらでも自分の記憶を覗いてくれて構わないと考えているのだろう。

 過去の記憶を既に失っている湊にとって、自分の生まれについて確認するには相手の記憶を覗くしか術はない。

 本人の意識がなかった間の外の情報は、血に宿る過去の名切りたちですら知りようがないのだ。

 だからこそ、湊は相手の言葉を否定し、自分が生み出されたクローンなどではない事を証明するため、当時の記憶を表層まで浮上させているであろう女の頭の中身を覗きこんだ。

 

「これ……は、そんなっ……」

「残酷かも知れないけど事実だよ。ま、クローンでも人間に変わりはないさ。キミが望むのなら、もっと詳しい話しをして――――ごほっ」

 

 “百鬼八雲”のクローンが実際に生み出されたという、信じ難い記憶に湊が顔面を蒼白にしている目の前で、さらに信じられない事が起こった。

 科学者としてか母親としてか、優しい笑顔で湊に自分の知る情報を伝えようとしていた女の胸から、真っ赤な血に染まった左腕が生えていたのだ。

 女の胸を貫いた腕の先にはまだ鼓動している心臓が握られている。これでは女は助からないだろう。

 貫いていた腕が引き抜かれると、女は膝から崩れ落ちるように床に倒れ込み、弱々しい呼吸を繰り返しながら自らを殺した者の姿を見ようとする。

 

「だ、れ……が……」

《やれやれ、我々の可愛い八雲をあまり虐めないで貰おうか》

 

 女を殺した張本人、太陽“茨木童子”は嘲笑を浮かべて握っていた心臓を握りつぶすと、血に濡れた腕を振るい血を払い落とした。

 以前、仙道を殺したときには鈴鹿御前が勝手に出て来ていたので、他の自我持ちのペルソナが同じように出て来られても不思議ではない。

 しかし、どうしてこのタイミングで現れ、自分の出生の秘密を知っているであろう女を殺したのか、今の湊にはまるで理解出来なかった。

 女を殺し終えて近付いてきた茨木童子は、優しい慈愛の笑みを浮かべて湊の前までやってくると、湊の持っていたファイルに手をかざし炎で燃やした。

 

「っ!? 何のつもりだ!?」

 

 炎が燃え移った時点でファイルから手を放したが、茨木童子のおかげでスキルの炎が効かなくなっていたためどちらにせよ怪我はない。しかし、高温の炎で一気に燃やされた資料は即座に黒い炭へと姿を変えてしまった。

 自分にはまだ知りたい事があった。女の記憶もクローンが生み出された事は分かったが、その後の経緯などは読んでいる最中であった。

 だというのに、突然現れそれらを阻むなど、一体どんな理由があってのことか鋭い視線を送って問えば、茨木童子は尚も深い笑みを浮かべたまま答えた。

 

《何、そんな物はお前には必要ないからな。あの事故から目覚めるまでの間の事は我々も知らないが、名切りの血に目覚めたのはお前なのだ。それ以外に何を知っておく必要がある?》

「自分の出生に関する事かも知れないんだぞっ」

《気にしたとて既に生を受けているのだ。特段困ることもないだろう。それに、お前の肉体が神を受け入れる機能を有しているのだから、我々の悲願にとって何の憂慮もないではないか》

 

 今度はクスクスと冷たい表情で笑っている相手を見たとき、ようやく湊はその異変に気付いた。

 目の前にいる名切りの祖の瞳に、自らが呑まれかけた底知れぬ闇が宿っている。これは自分の知っている彼女ではない。茨木童子自身の人格を、数千年の永きに亘って蓄積された名切りの業が支配しているのだ。

 相手の様子がおかしい事に気付いた湊は、即座に相手を自分の中に戻そうとする。

 だが、鈴鹿御前と同じく強い力を持った相手は、今の弱った湊の命令を撥ね退け悠々と言葉を続ける。

 

《フフフッ、八雲の心を惑わし余計な真似をしてくれたと思ったが、感謝するぞ名も知らぬ者よ。お前のおかげで八雲の心の隙間は拡がった。これならば、開けるかもしれん》

「……何の話しだ?」

《安心しろ八雲。これは云わばお前の肉体を神の力に慣らすだけだ。上手く馴染めばもう一度くらいは人に戻れる》

 

 言いながら距離を詰め、相手は隻腕だと言うのに湊を壁に押し付け拘束する。

 急な事態の変化に呑まれていた湊も、流石に自身のペルソナが突然の暴挙に出た事で、両腕を使って腕を離させようとする。

 しかし、女の細腕とは思えないほどの剛力を発揮する茨木童子はびくともせず、湊の胸に血に濡れた手を当てたまま、その手から眩い光を発し始めた。

 

「や、やめろっ。俺に触れるなっ!!」

 

 この光は危険だ。脳が全力で逃げろと警告している。

 相手が自分のペルソナであることも構わず、湊はタナトスを頭上に呼び出し相手の腕を切ろうとした。

 だが、その刃は湊を中心に二人を包む形で展開した光の膜に阻まれた。光の膜を出しているのは彼女ではない。相手も少々の驚きを見せて口元を吊り上げている。

 そんな自らの意思を離れた現象に湊自身も困惑するが、その助力によって、茨木童子の思惑は遂に為った。

 

《さぁ、此度は憤怒を呼び水に力を引き出してやろう。その存在を私に見せてくれ。目覚めろ、阿眞根産巣日神(あまねむすひのかみ)ッ!!》

「ぐ、が、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 始祖の手がより一層眩い閃光が放ったとき、少年の意識は強大な別の存在の意思に呑まれた。

 そうして、新たな神の誕生の余波により、“百鬼八雲”のクローンが生み出された研究所は極光に包まれ崩壊した。

 

 

 


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